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8歳の少年が『マインクラフト』で亡くなったひいおばあちゃんのお墓を立てた話

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 たとえばテレビを見た人は、遠い遠い国の政情不安についてのニュースと、人気俳優が出演するテレビドラマを、事実と虚構とに区別する。自分とはほぼ無関係の世界の話であるという意味では、ほぼどちらの話も同様の性質のものだ。そこにしっかりとした線を引き、「現実」の大きさを自己の内部に便宜上確定することで、自分が立つ世界の位置を把握することができる。

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 「境界線」があることによって、ようやく浮き彫りになる極めて曖昧な「自分」。アイデンティティをこの世界の中で保持していくために、現実と虚構を区切ることは必要不可欠だ。煎じ詰めれば記号でしかない名前を疑問なく使い、紙きれである紙幣に価値を認めるのと同じように、自己も他者もその現実の線引きの定義においてさしたる違いはないというお互いの信頼関係の上にこの社会は成立している。

 しかし時折ではあるが、そういった自分の中に確立された「境界線」を揺らがせる不思議な感覚を惹起させるできことが起きる。今年5月、『マインクラフト』でひいおばあちゃんの墓を子供が立てたというツイートを見たときもそうだ。

 幼少期から当たり前のようにビデオゲームをプレイしてきた多くの人たちにとって、少年との経歴に大きな違いはない。ただし、筆者はビデオゲームの世界に没入することはあっても、「ビデオゲームの中で生きる」という感覚を持つことはなかった。

 一見当たり前のようなことではあるが、創作物に没入し夢中になるのと、その世界に生きているという感覚は、絶望的なほど違うのだ。それはきっと単に年齢の差であるとか、感性の差、社会の芥に塗れているかどうかの差ではなく、そこには彼我の「デジタル」というものへの感覚の完全な断絶がある。

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 お話を伺ってみると、亡き曾祖母のお墓をマインクラフト内で建て花を取り替えている8歳の少年はごく普通の少年だ。『マインクラフト』はiPadで遊び、ジェットコースターなどを作るのが好き。兄弟で『大乱闘スマッシュブラザーズ』『スプラトゥーン』を楽しむ。

 デジタルな遊びだけではなく、おにごっこ、トランプや『カタン』のようなアナログゲームも遊ぶ。デジタルネイティブ世代らしいエピソードといえば、未就園時からYouTubeの動画を見て育ち、iPadも説明書などを見ずに使い方を覚えた。とはいえ、そういった話はそこまで特殊ではなく、今時の少年だという印象を受ける。

 その少年が曾祖母の死に直面した。曾祖母は大往生ではあったものの、身内の死を目の前にしたショックから、その少年はその葬儀に出られなかった。そして出れなかった葬儀の代わりに、『マインクラフト』内で曾祖母のお墓を建てたという。

「曾祖母が危ないということで曾祖母に会おうと丁度曾祖母の家に我々の家族が集まっていた際、曾祖母が皆の前で息を引き取りました。 曾祖母も大往生であり、皆で看取れたのはよかったのですが、まだ子供にとって目の前で亡くなったのはショックだったようで、曾祖母の葬儀にはその子は行きたくない、と行けませんでした。行けない代わりにマイクラで曾祖母のお墓を作っていました」(母親)

「葬儀には行けなかったのですが、彼なりの弔い方をしたいと考えたのだな、葬儀に行けなくてもそういう弔い方があるのだな、と納得しました」(母親)

 葬儀に出られない代わりに『マインクラフト』でお墓を建てる。自分の想定内におさまっていたその少年は、急激に筆者の理解できない世界に飛んで行ってしまう。しかしご両親が「彼なりの弔い方をしたのだなと、納得した」と言うように、「なるほど、確かにそれは“生きている”ということだな」という、納得と驚嘆が相まった感情。それでいて、理解することは容易いが、近づくことが容易ではない感覚がそこにはある。

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 たとえば多くのMMORPGは、自分の分身であるキャラクターが、そこでまるで生きているかのように生活できる。キャラクターは冒険したり、釣りをしたり、生産したり、知り合った仲間と共闘したりできる。家を買ったり、家具を設置したり、ギルドに入ったりすることも可能だ。その世界の中で現実と同じようにできる多くのこと用意されている。

 ゲーム内の人間関係が発展し、オフ会という形で出会ったり、友人関係を築いたり、最近では実際に結婚したりする例も多い。その意味で、オンラインの中で「高度にソーシャルな世界」は今でも存在する。

 ただ、高度にソーシャルな世界でゲームをするのと、ゲームの中で「生きる」というのは、おそらく本質的な意味で大きく違う。その先にリアルな人間が存在するという前提のもとでゲームをプレイすれば、そこで「生きている」ということになると感じるプレイヤーは通常いない。それはあくまでも拡張した現実であって、ただそれだけで十全に完結した世界とは誰も呼ばない。

 現実の人間はゲーム内と同じではない。ゲーム内と完全に切り分けられ、現実と紐付けられた個人だ。それを理解した上で遊ぶのがビデオゲームという娯楽だ。我々はその拡張した現実がよりリアルで実体験に近い手触りのものになると、たとえば『ソードアートオンライン』『.hack』、あるいは映画『レディプレイヤー1』のように、ゲームの中に入り込むことができるようになったら、まるでそこで「生きている」ように感じるだろうと考えがちだ。

 もちろん現代のテクノロジーが指向するリアリティの文脈ではそれは正しい。
 しかし一方で少年は『マインクラフト』の世界に曾祖母への弔いの心をすんなりと持ち込む。つまり本人の身体とゲーム内の自分を分離せずにそのままに、彼の追悼の想いが曾祖母に届く方法を選んでいる。そこにあるのは仮想現実でも拡張現実でもなく、ただ自然に現実とデジタルと融合した「リアリティ」だ。

 だからこそ、このツイートは大きな反響を呼んだのだろう。それは自分に持ちえない感覚を持つ人への憧憬であり、同時に、もしかしたら自分が描いてきた世界の境界線の場所が「現在進行形で」変わりつつあるのではないかという予感だ。

 しかし同時に、自分たちが子供だったころ、そういった感覚、つまりリアルでは無いものの中に本当に生きていたといが感覚はあった、という人も多いだろう。

 ツイートをした教室の先生は、今回の件について以下のように仰っている。

「小さい頃にメリー・ポピンズが好きで毎日毎日見ていたのですが、大人になってから見たら、メリー・ポピンズの中で道に絵を書いてその中に入っていくシーンでは、それを自分で描いたような手と腕の感覚がありました。おそらく自分もその頃はメリー・ポピンズの世界の中に生きていたんだと思います。今回のお子さんも大人になってから見直すと、近い感覚を感じるのではないかと思います」(先生)

 デバイスが変わっていけば同様の感覚の発露の仕方も違うと言われれば、それも否定できない。もしかしたら『マインクラフト』の中でひいおばあちゃんのお墓を建てる、という行動は、単に彼のやさしさと想いの強さが生んだ、実に8歳の少年らしい感情の置き場所だったのかもしれない。現実と虚構の間にある便宜上の隔たりが確定していないからと言われればなるほどと頷くしかない。

 それが新しい世代の新しい感覚なのか、世代を超えた普遍的な現象なのか、刺激的な話なのかとるに足りない話なのかは各人の判断だろうし、そこに明確な回答は与えられず、なおかつ不必要だろう。

 しかし、けっして真似することのできない新しい感覚に戦々恐々としながらも、その感覚が仮に今の世代全体に生まれた萌芽で、デジタルとアナログの自然な融合の中「生きる」ということ自体のコンセプトデザインを根底から変えていくかもしれないという予感は、とてもふんわりとしてた手触りではあるが、確かにそこにあるように思える。

Q. 「『マインクラフト』で遊ぶことをどう思ってる?」
A. 「普通だと思っている」
Q. 「『マインクラフト』のどんなところが好き?」
A. 「自由に建築できるところ」
Q. 「『マインクラフト』にいるもうひとりの自分ってどう思う?」→
A. 「不思議ではない、普通のこと」
(8歳の少年の答え)

 世界というものの認知の枠を作り変えていく、リアルと虚構の意味そのものを覆して新しい境界線を引く可能性かもしれないということに、やはりそこにはどこか心踊ってしまう「ざわめき」がある。

ライター/Nobuhiko Nakanishi

文/ishigenn

ライター
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Nobuhiko Nakanishi
大学時代4年間で累計ゲーセン滞在時間がトリプルスコア程度学校滞在時間を上回っていた重度のゲーセンゲーマーでした。 喜ばしいことに今はCS中心にほぼどんなゲームでも美味しく味わえる大人に成長、特にプレイヤーの資質を試すような難易度の高いゲームが好物です。
編集
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ニュースから企画まで幅広く執筆予定の編集部デスク。ペーペーのフリーライター時代からゲーム情報サイト「AUTOMATON」の二代目編集長を経て電ファミニコゲーマーにたどり着く。「インディーとか洋ゲーばっかりやってるんでしょ?」とよく言われるが、和ゲーもソシャゲもレトロも楽しくたしなむ雑食派。
Twitter:@ishigenn

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