いま読まれている記事

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】

article-thumbnail-191227f

1

2

3

 『ドラゴンボール』をはじめとする数多くの名作コミックを生み出し、今もなお『僕のヒーローアカデミア』『鬼滅の刃』といった新たなヒット作を送り出している『週刊少年ジャンプ』

 そんな『ジャンプ』の強さの秘密はどこにあるのか。そして紙の雑誌の売れ行きが急速に落ち込んでいる現在、『ジャンプ』を中心とした少年漫画はこの先、どんな方向を目指していくべきなのか。
 それは漫画業界だけでなく、『ジャンプ』の連載漫画を原作とした作品が大きなウェイトを占めているゲームやアニメなどの世界においても、大きな関心事だと言えるだろう。

 2019年8月27日にDiscordで配信されたラジオ「居酒屋:でんふぁみにこげーまー」では、ホスト役にTAITAI編集長と鳥嶋和彦氏、鵜之澤伸氏、そしてゲストにサイバーコネクトツーの松山洋氏と、集英社の矢作康介氏を迎えて、「漫画はこの先どうしていくべきか?」というテーマについて、大いに語り合ってもらった。

 放送に参加したメンバーのうち、白泉社代表取締役会長の鳥嶋氏は、かつて『週刊少年ジャンプ』編集者として鳥山明氏や桂正和氏を発掘し、後に『ジャンプ』第6代編集長を務めた人物だ。
 そして矢作氏は、同じく『週刊少年ジャンプ』編集者として『NARUTO-ナルト-』を連載当初から約9年にわたって担当し、『ジャンプ』の副編集長を経て、現在は『月刊ジャンプスクエア』の編集長を務めている。つまり、『ドラゴンボール』と『NARUTO-ナルト-』を世界的な成功に導いた『ジャンプ』の元編集者が、漫画について語るというわけだ。

 一方、鵜之澤氏は元バンダイナムコゲームス社長として、『ジャンプ』をはじめとする数々の漫画原作ゲームを世に送り出してきた。
 そしてサイバーコネクトツー代表取締役社長の松山氏は、鵜之澤氏と協力して『NARUTO-ナルト-』や『ジョジョの奇妙な冒険』のゲームを制作してきただけでなく、ゲーム業界の中でもとりわけ漫画に対する愛情が強いことでも、広く知られている。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_004
左奥から鳥嶋和彦氏、鵜之澤伸氏、TAITAI、左手前から松山洋氏、矢作康介氏

 このようなメンバーが“居酒屋”のノリで自由なトークを繰り広げているだけに、登場する話題も非常に興味深いものだ。なかでも鳥嶋氏や矢作氏は、読者アンケートや連載会議といった『ジャンプ』編集部の“核心”部分を、元当事者の視点で明らかにしてくれている。
 『ドラゴンボール』や『NARUTO-ナルト-』を、漫画家と共にいかにして作り上げていったかというエピソードは、ファンならずとも注目だ。

 なお、この記事の内容は、「居酒屋:でんふぁみにこげーまー」で放送された発言に、放送後に行われた現場見学者との質疑応答を加えて、再構成したものとなっている。

聞き手/TAITAI
文/伊藤誠之介
編集/クリモトコウダイ


「僕は松山君のことを半分も理解していなかったようです」と、鳥嶋氏からのメールが

──それでは始めたいと思います。会場はすでに宴会ムードになっておりまして。唐突ですが、乾杯のコールから入りたいと思います。乾杯!

一同:
 カンパ~イ!

──もともと鳥嶋さん松山さん鵜之澤さん、集英社の矢作さんという4人での飲み会があったと聞きまして。ご存知の方も多いかもしれませんが、松山さんはすごいしゃべる方なんですね。ところがその会では、松山さんはなかなかしゃべれなかったらしいんですよ。
 それで、あの松山さんがしゃべられなかったなんて、いったいどんな会話が繰り広げられたんだろうと、興味を持ったんです。なぜか?と聞いてみると、集英社の矢作さんが鳥嶋さんに対して、漫画について熱く語っていたらしくて、松山さんが介入する隙がなかったという話を聞いて。

 その会を再現してみたら面白そうだなというのが、今回の趣旨になります。

松山氏:
 覚えてないでしょ?

矢作氏:
 覚えてない(笑)。

松山氏:
 じゃあ、覚えていないのは幸いだね。

矢作氏:
 もう一回話せるから。

──そもそもは、矢作さんと鳥嶋さんのあいだでどんな話をしていたんですか?

鳥嶋氏:
 それがよく覚えていないんだよね(笑)。5時間半も盛り上がっていたのに、中身は誰もよく覚えていないという(笑)。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_005
鳥嶋和彦氏

 そもそものきっかけはね、松山さんが泥酔した写真がツイートに載っけられていて。それをたまたま見て「松山さん、どうしてるかな?」と思って連絡したんです。

松山氏:
 そうですね。

鳥嶋氏:
 松山さんは『ジョジョの奇妙な冒険』のゲーム【※1】だとか、その前に『NARUTO-ナルト-』のゲーム【※2】を、非常にちゃんと作ってくれていて。
 鵜之澤さんからも、九州のレベルファイブ、ガンバリオン、それからサイバーコネクトツーが、非常にがんばっていると。バンダイナムコが頼りにしているゲーム会社だという話を聞いていて、その存在自体は知っていたんです。だけど松山さんとは、挨拶するぐらいだったので。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_006
※ 1 『ジョジョの奇妙な冒険』のゲーム……サイバーコネクトツーは、2013年発売のPS3用ソフト『ジョジョの奇妙な冒険 オールスターバトル』と、2015年発売のPS3&PS4用ソフト『ジョジョの奇妙な冒険 アイズオブヘブン』の開発を担当している
(画像はゲームソフト | ジョジョの奇妙な冒険 アイズオブヘブン | プレイステーション より)
『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_007
※2 『NARUTO-ナルト-』のゲーム……サイバーコネクトツーは、2003年発売のPS2用ソフト『NARUTO-ナルト- ナルティメットヒーロー』から、2016年発売のPS4用ソフト『NARUTO -ナルト- 疾風伝 ナルティメットストーム4』まで、『NARUTO-ナルト- ナルティメット』シリーズ14作品の開発を、13年以上にわたって続けてきた。
(画像はゲームソフト | NARUTO―ナルト― 疾風伝 ナルティメットストーム4 | プレイステーションより

 それで松山さんにメールを差し上げたら、本が2冊送られてきまして。1冊は『熱狂する現場の作り方 サイバーコネクトツー流ゲームクリエイター超十則』(星海社)という、どうやって今に至るか、なぜサイバーコネクトツーなのかという話。
 それともう1冊、1人の少年を絡めての話があってね。『エンターテインメントという薬 -光を失う少年にゲームクリエイターが届けたもの-』(KADOKAWA)という本。その2冊を読んだら、松山さんは面白い人だなと。

 それで1冊目の中に、鵜之澤さんや矢作の話が出てきて、僕が知らなかったような話も書かれていて。だから4人で一回会って、話をしてみたいねということで、その4人で寿司屋で会ったのが始まりなんです。

松山氏:
 そうですね、もう何カ月も前の話ですけども。

鳥嶋氏:
 どうでした? メールが届いて。

松山氏:
 いやもう、メールの一行目から怖かったんですけど(笑)。普通ほら、「サイバーコネクトツー 松山様」とか、あるじゃないですか。そういうのが何もないですから。いきなり1行目に、「僕は松山君のことを半分も理解していなかったようです」と書いてあって。もうスクロールさせるのが怖くて(笑)。メールの下のほうに何を書いてあるのかなと。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_010
松山洋氏

 そうしたら、私の書いた本を読んでくださって、面白かったと。つきましては、本に登場している2人を呼ぶから、一回4人でご飯を食べようと言っていただいて。それでお店に入ったら……まぁ、5時間半でしたよ。

鳥嶋氏:
 そんなにしゃべってた?(笑)

鵜之澤氏:
 あの時はシラフだよね?

松山氏:
 ビールを飲んでノンアル飲んでというのを交互で。ていうか、あの日からですから。オレはあの日以降、アルコールを飲んだら同じ量のノンアルコールを飲むというルールを作って。
 なにしろあの場で鵜之澤さんがオレに対して、めちゃめちゃブチギレたので。鳥嶋さんの会なのに、その横でなぜか鵜之澤さんが、めっちゃ怒ってましたからね。

鵜之澤氏:
 あの時ね、矢作さんがちょっと遅れて来たんだけど、その時もお前が酔っ払った話しかしてなかったの。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_011
鵜之澤伸氏

 そんなふうにお前が酔っ払ってるのを、みんなに知られているのはマズいなと。一応、社長じゃないですか。
 今、ゲームってお金がかかるじゃないですか。バンダイナムコはそれだけのお金をこの男に任せて、ましてやこの男の思いだけでゲームができあがっているようなものなのに、その社長がどっかで酔っ払って、まるで死んだみたいな格好になってると。

 これは経営問題だ、取引停止にするぞと怒ったら、多少は抑えるようになったのよ。良い話ですよ(笑)。

松山氏:
 久々に、大人から頭ごなしに怒られた感じがして(笑)。

鵜之澤氏:
 本当は、私が鳥嶋さんに怒られるぐらいのつもりで行ってたのに(笑)。

松山氏:
 まさか真横のバンダイナムコから怒られるという(笑)。

鳥嶋氏:
 いやでもね、その後で『若ゲのいたり』という漫画があって。あの中に松山さんと鵜之澤さんのエピソードがあった時に、「これはいかにも鵜之澤さんらしいエピソードだな」と。あのやり取りの状況が目の前にあったんだなと、後から思ったね(笑)。

【田中圭一連載:サイバーコネクトツー編】すべての責任はオレが取る。だから、付いてきてくれないか──男の熱意はチーム解散の危機を救い、『.hack』成功の活路を開く。業界の快男児・松山 洋に流れる血は『少年ジャンプ』色だった【若ゲのいたり】

矢作氏:
 僕はそのやり取りが終わってから入っていったんですよ、その日は。

松山氏:
 さんざん怒られた後でしたね。

矢作氏:
 遅れて入ったので、今、そういう話だったんだと分かりました。いなくて良かったと思いました(笑)。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_012
矢作康介氏

鳥嶋氏:
 遅れて入ってきて、このテンションで矢作は大丈夫かな? と思って。それで一言振ったんだよね。「今どう? 編集部の状況は」って。
 そうしたら、ものすごく真剣に、いろんな話を始めて。それで違う形で盛り上がったんだよね。

──その話は、どういうものだったんですか?

矢作氏:
 それがぜんぜん覚えてないですよ(笑)。その時に憤っていたことを、鳥嶋さんだからしゃべったんだと思うんですけど。ちょっと覚えてないですね。

鳥嶋氏:
 じゃあ今日現在、憤っていることを(笑)。

矢作氏:
 話が進められなくなりますよ。「ピー」って流さないと(笑)。

鳥嶋氏:
 じゃあ、ここしばらく憤っていることを話してみて。

矢作氏:
 そんなにはないですけどね。なんて言ったらいいんだろう、難しいじゃないですか。話の流れの中で言いたいですよね。

鳥嶋氏:
 でも会社、ロクでもないでしょ?

矢作氏:
 いや、そんなことないですよ(笑)。

松山氏:
 「そうですね」って、絶対に言えないじゃないですか(笑)。

鳥嶋氏:
 矢作さんの会社って、どんな会社なのか知らないんだけど。ひょっとして、小学館の方でしたっけ?(笑)

一同:
 (爆笑)

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_013

同じ漫画を10年も20年も連載して、それで完結しないお話って何なの!?

松山氏:
 ちょっと1つお伺いしたいですけど。『ベルセルク』【※】、ついにキャスカが目覚めましたね。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_014
※『ベルセルク』……三浦建太郎氏により1989年から執筆されているダーク・ファンタジーコミック。主人公ガッツの親友グリフィスが魔に落ちた「蝕」の際に、女剣士キャスカは凌辱されて正気を失っていたが、2018年に刊行された第40巻で、ついに意識を取り戻した。
(画像はベルセルク 40 (ヤングアニマルコミックス) | Amazonより)

鳥嶋氏:
 あんまり関心がない。

松山氏:
 ええッ!?  22年ぶりですよ、キャスカ。

鳥嶋氏:
 三浦さん本人にも言ったけど、「蝕」以降の『ベルセルク』って、話の展開があんまり好きじゃないんだ。正直言って、読者として興味がないから、読んでない。ごめん(笑)。

松山氏:
 白泉社の方ですよね?

鳥嶋氏:
 オレはもう会長で、現場に直接の責任はないから(笑)。

 でもね……旬の時に描き切っていなくて、話の流れの中で今ここに来て描くというのは、ファンにとっては良いかもしれないけど、ほとんどの人にとっては「だから?」って感じがあると思う。
 身も蓋もない言い方だけど、同じ漫画を10年も20年もやっちゃダメ。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_015

 なぜかというと、週刊誌って年間50冊でしょ。50話だよね。ということは、10年間やったら500話だ。それで完結しない話って何なの?

 基本的に1カ月に4週じゃない、週刊誌は。だったら4週で1エピソード、サイクルで終えて行かなきゃいけない。
 せめて2カ月だよね。それが何カ月も続くと、新しい読者が入ってこれなくなる。漫画の良さって、誰でも読める、誰でも入ってこられる、いちばん安価な娯楽だから。それが途中から入っていけない形になってるのは、ビジネスとしてマズい作り方だと思う。

 これを言うと、元いた会社批判になっちゃうけど。僕が会社に入った時の野球漫画が読めなかったんですよ。
 なぜかというと、ボール一球を投げるのに何カ月もかかってる。冗談じゃないと。

 アンケートがあるから、山場をずっと見せたいという気持ちは分かるけど、そこのところを誤解すると、ある種のオナニーになっちゃう。やっぱり、もうちょっと見たいっていう時に切っていくとかね、どういうふうに読者を意識しながら綱引きをするかを、やらなきゃいけない。

 そういう意味で言うと、今は編集者が作家に寄りすぎていて、作家と読者の中間にちゃんと位置していない感じです。ということで、矢作さんにお返ししましょう(笑)。

矢作氏:
 まあでもやっぱり、引き込まれていっちゃうというのはありますね。あと、これだけの数のお客さんを掴んだら、そのお客さんを楽しませるように作るというのも、1つの考え方になっているかもしれないと思って。
 本当に、新しい読者を入れる努力というのは難しくて。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_016

 たとえば、雑誌には「このタイミングで売るぞ」というのがあるんです。スゴい作家が新連載を始めるとか。
 その時に僕らとしては、ここから読んでくれる読者、新しく入ってくれる読者がいるわけだから、その新しい読者に向けて、今やってる連載を読んでもらえるようにしなさい、という話をするわけですよ。

 でも、これまでの展開とか自分のやりたいことに引きずられていって、そこにきちんとついてこれる作家さんは少なくて。そんななかで、本当に新しい読者を取り込んでいきたいという貪欲な人は、そこにしがみついてくる。
 どんどんと貪欲に行く作家さんもいるし、「もうオレはいいよ」という人もいるんで、そこは一概に言えないところもあると思うんですけど。

『ジャンプ』で連載している漫画家なら、全員がアンケート1位を目指している

鳥嶋氏:
 松山さんに2つ、漫画ファンということで聞いてみたいことがあるんです。

 まず1つ目。ナンバーワンの漫画が10年変わらないということは、雑誌のカラーが10年間変わらないわけですよ。そんな雑誌をあなたは見たいと思いますか?

 2つ目。何週かに1回お休みして、良い原稿を描く。
 単行本も売れます。だけど載っている号と載っていない号がある。載っていない号は、その漫画のファンからすると欠陥商品だよね。それでもあなたはその雑誌を買いますか? この2つを答えてください。

松山氏:
 マジメに答えちゃうと、どっちも「NO」ですね。
 10年間同じ作品が1位を取ってるのは、やっぱりおかしいですよ。新しい作品が次から次に、予想もしなかった新しいエンタメが生まれてくるのが、そもそも『少年ジャンプ』だったわけじゃないですか。言い方が悪いですけど、蟲毒みたいな場所で。……これはたとえが悪いな(笑)。

 だけどやっぱり他誌と比べて、化け物みたいな発明作品が生まれるのが、『ジャンプ』だと思います。しかも、そういうメガヒットを生み出す人はみんな、ベテランじゃなくて若手じゃないですか。
 それこそが『ジャンプ』だと、私はずっと思っているので。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_017

矢作氏:
 『ジャンプ』でも、みんなトップを目指しているとは思うんですよ。ただ結果的に、1位の作品が他から抜かれなかっただけで。

 それにいちばん辛いのは、トップに立った人ですよ。だって抜かれたくないじゃないですか。
 そうすると、ずっとトップを取り続けないといけないんですよ。僕だって、自分が担当した作品でトップを一回取ったら、次の週からゲロ吐きそうになりますよ。だって落ちちゃうしかないんだもん(笑)。

 ところがそれをね、クリアし続ける漫画もたしかにあるんですよ、『ドラゴンボール』とか。アンケートで800票とか取っちゃうと、「あぁ勝てないな」みたいな。
 もちろん、そういう「勝てない」という気持ちは、持っちゃいけないと思うんですけど。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_018

 ただ、僕らの頃はやっぱり、絶対に1位になるというのを目指していましたから。アンケートで1位になったら、編集者が漫画家の言うことをなんでも聞いてくれる、ってことにしたりして。
 たとえば自由に描かせてもらうとか。

 僕が高橋陽一先生から聞いたのは、「原稿のフキダシにセリフを書かなくていい」と。「自分の代わりに担当編集が全部、ネームから書き写してくれるんだ」って。
 『キャプテン翼』が過去に1位を取った時にそういうシステムを考案して、そのおかげで僕が担当になったら、ずっと書き写すハメになったんですけど(笑)。

鳥嶋氏:
 それはダメでしょ(笑)。

矢作氏:
 でもそれは、高橋先生が自分でそう言って、達成して得た権利ですから。僕はそれに対して文句を言いたいわけじゃなくて。

 要するに、読者アンケートで1位を取るというのは、『ジャンプ』においては全作家の目標なんですよ。『ジャンプ』の漫画って、20本しかないじゃないですか。
 20本の中の1位って、イメージしやすいんですよ。アレとアレが1位、2位、3位となったら、それを超えればいいんだと。

 だから結果的に、1位の漫画はずっと変わらないように見えるかもしれないですけど、じつは週ごとには、けっこう入れ替わったりしているところもあるんですよ。

松山氏:
 たとえば今って、載れば1位の『ONE PIECE』があって、絶対に不動の1位じゃないですか。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_019
(画像はONE PIECE 1 (ジャンプコミックス) | 尾田 栄一郎 |Amazonより)

矢作氏:
 でも『ONE PIECE』だって、抜かれる時はあるし。

松山氏:
 あるんですか!?

矢作氏:
 ありますよ、それは。僕も抜いた時はありますし。

松山氏:
 それは『NARUTO-ナルト-』でしょ。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_020
(画像はNARUTO-ナルト- 1 (ジャンプコミックス) | 岸本 斉史 |Amazonより)

矢作氏:
 『NARUTO-ナルト-』でもありますし、他の漫画が抜いてるのを見たこともありますよ。

 ただ年間1位は当然、ダントツで『ONE PIECE』です。10年続くのはおかしいと言われても、それはやっぱり尾田栄一郎先生の努力がナンバーワンだからだと思うんですよね。
 なんか変な力が加わって1位になってるわけではないですから。読者は本当に面白いものを1位にするので。

松山氏:
 それは間違いなくそうですよね。

矢作氏:
 尾田先生の何がスゴいかというと、今でも進化しているところがあって。
 「なんでもいいから欠点を言え」って、編集者に言うんですって。そこに尾田先生の凄みがあるというか。なんか、若い編集者が愚にもつかないことを言っても、尾田先生にはそれを取り入れる感じがあるんですよね。

松山氏:
 毎週のネームで、強いてあげればどこが気になるかというのを、必ず担当の方に言わせるらしいんですよ。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_021

鳥嶋氏:
 そんなの当たり前じゃん。

松山氏:
 もちろんそうですけどぉ(笑)。

矢作氏:
 新入社員が担当になったら、そんなの普通は何も言えないですよ。そもそも数年前まで、卒業文集に「『ONE PIECE』大好き」って書いたりしていた人間なんですから。

松山氏:
 子どもの時に読んでいた『ONE PIECE』の作家さんですからね。

新人漫画家のデビュー作を表紙にする雑誌なんて、世界の中で『ジャンプ』だけ

鳥嶋氏:
 ずっと1位の話はちょっと置いといてね、僕は鵜之澤さんに話を振って聞いてみたいんだけど。

 矢作も僕も、『少年ジャンプ』の編集部にどっぷり浸かってきたわけですけど。そうすると外から見てね、『ジャンプ』編集部のこういう、良くも悪くも煮詰まっている感じ、それはどういうふうに見えてました?
 鵜之澤さんは『ジャンプ』以外の漫画雑誌やその編集部も知っていると思うんですけど。

鵜之澤氏:
 いろんな漫画が原作のゲームをやらせてもらうけど、やっぱり『ジャンプ』って別だよね。一個だけまったく別の体系っていうんですかね。
 NHKのドキュメントでもやってましたけど、編集部自体が下克上じゃないですか。電話を誰よりも早く取って有望な新人を捕まえよう、みたいな。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_022

松山氏:
 編集部全員がライバルですからね。

鵜之澤氏:
 僕のいたバンダイも、けっこうエグい会社でしたけどね。わりと肉食系の、狩猟民族と言われていたんだけど。でもそれ以上に、『ジャンプ』はスゴイなと思うし。

 その結果として、バンダイナムコが商売をさせてもらうと、売れるのが『ジャンプ』モノばっかりになるでしょ。面白い原作は集英社以外でもいっぱいあるんだけど、売り上げはそこまでいかないんだよね。
 これが不思議なところで。

松山氏:
 バンダイナムコのそこそこの成分が、『ドラゴンボール』と『ONE PIECE』と『NARUTO-ナルト-』でできてますから(笑)。

鵜之澤氏:
 あと『ガンダム』ね(笑)。戦隊、ライダーという子ども向けのものもあるけど、小学校高学年以上だと『ジャンプ』になっちゃうんだよね。

 僕はたまたま『機動警察パトレイバー』【※】とかをやってたんで、『週刊少年サンデー』編集部なんかも当時、いろいろ行ったりしていたんだけど、向こうは平和ですよ(笑)。空気がぜんぜん違う。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_023
※『機動警察パトレイバー』……作業用ロボット「レイバー」が普及した東京を舞台とする、アニメ・コミックなど多岐に渡るメディアミックスプロジェクト。ゆうきまさみ氏による漫画版は、1988年から1994年まで『週刊少年サンデー』で連載された。
(画像は愛蔵版機動警察パトレイバー (1) (少年サンデーコミックススペシャル) | ゆうき まさみ | Amazonより)

 どっちが好きかというとまた別だから。単純に漫画雑誌で言うと、僕は『サンデー』がけっこう好きで。
 でも『ジャンプ』ってまったく別物だもんね。今の10年続いたりする話とかも、僕は特殊だと思うし。

 誰にでも分かりやすくないと、1位にはなれないじゃないですか。いくら作家性があったからといって、たとえば大友克洋が描いたからって、必ず1位になるわけではないですから。

矢作氏:
 それとは別のベクトルになっちゃうんですよね、売れるとか、話題になるとかいったことは。
 『ジャンプ』は若者どうしが組んで、そういうものを生み出すんです、『バクマン。』じゃないですけど。ベテランが活躍するところでは一切なくて。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_024
(画像はバクマン。 1 (ジャンプコミックス) | 小畑 健, 大場 つぐみ | Amazonより)

 たとえば、鳥嶋さんや僕が新しい漫画を立ち上げて、スゴい漫画を作ろうという発想は、『ジャンプ』ではゼロなんです。新入社員が入ってきて、その新入社員と同じぐらいの年齢の漫画家と出会って。

 『ジャンプ』って、みんなが最初に読んでいた漫画雑誌だから、みんなが持ち込みに来てくれるんですよ。
 そうするとそこにいる編集者が、どんなに若い漫画家だろうとちゃんと相手をして、付き合ってくれるんです。

 だから漫画家としては、この人の言うことをちゃんと聞こうと思うし、その漫画家の姿を見て、編集者のほうも成長していく。この人に尽くさないといけないと、お互いに思うようになって伸びていく。
 そうやって1位になるじゃないですか。1位になってなくてもある程度の順位になると、今度はそこから落ちたくない。それも漫画家だけじゃなくて、編集者にとっても自分ごとなんです。

 だけどベテランの編集者がついちゃうと、そうでもないというか。わりと客観的に「それはそうだよな」「この位置だよな」と見えちゃうというのが、僕らはあるんですよね。
 だから『ジャンプ』編集部って、歳を取ったらみんな外に出ていくし。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_025

鵜之澤氏:
 それはあえて出すの? それとも自然と出ていっちゃうの?

鳥嶋氏:
 どっちを?

鵜之澤氏:
 両方ですよ。編集者も漫画家も。

矢作氏:
 編集者も漫画家も、両方ですね。
 『ジャンプ』としては、新連載は新しい漫画家でやりたいと。まったく世の中に出ていない作家、この漫画で初めて世に出る作家を、新連載号の表紙にするんですよ。そんな雑誌なんて『ジャンプ』しかないですよ、たぶん世界中で。

 だからそのぐらい、他の雑誌とはやり方が違うんです。方法論が違うし、考え方も違うし。
 そういう雑誌だと思います。だから唯一売れているんだろうし、新しいものも出てくるし。

鵜之澤氏:
 逆に言うと、他の雑誌は何でやらないの?

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_026

矢作氏:
 できないですよ。怖いし。

鵜之澤氏:
 アンケートハガキを入れて、それを冷酷なまでにやるっていう。今のソシャゲみたいに。

松山氏:
 アンケートやKPIだけの話じゃ、たぶんないんですよね。他の雑誌にもアンケートは付いてますし、もちろん集計もしてますから。

鳥嶋氏:
 だからもう1回、『ジャンプ』が大好きな松山君に質問します。
 「面白いもの3つに○をつけてください」っていうハガキがあるじゃないですか。今、鵜之澤さんから出た『ジャンプ』のアンケートシステムね。批判の的でもあるけれど。

 松山さんはたとえばハガキを送るとして、20本全部読んで、点数をつけて、上位3つに○をつける? 面白いもの3つって、どういう心持ちで○をつけると思います?

松山氏:
 私は子どもの時も含めて、アンケートに○をつけて送っていた側なので。その時の感覚で言うと、私はこの週の『ジャンプ』でいちばん面白かったもの3つを、ちゃんと選んでいましたね。

鳥嶋氏:
 ほう。

松山氏:
 もともとこの作品は好きなんだけども、今週はちょっとそうじゃなかったというのは、入れていなかったです。

矢作氏:
 ちゃんと批判もするんだ。

鳥嶋氏:
 これは、ちょっと少ない気がするな(笑)。

矢作氏:
 珍しいタイプですよね。

松山氏:
 ほとんどの人が、みんなまず盲目的に『ONE PIECE』は絶対につけちゃうと思うんですよ。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_027

鳥嶋氏:
 だいたいは、もともと好きなもの3つなんですね。あとはその時に目に留まったもので。
 これを言うと極論だけど、面白いか面白くないかは、あまり関係がないの。だって1本の漫画の19ページは「悩んでも19ページ」だから。

 要するに、一生懸命考えた19ページでも、印象に残っているコマがいくつかあっての19ページでも、○がついたものが勝ちなんですよ。

 ということは、一週間の使い方を間違えて、7日間のところを9日間使って漫画を描きました、今週は面白いですよと言っても、次の週で使えるのは5日になっちゃうんですよ。そうなるぐらいなら「今週はもうこれでいいや」って割り切るべき。

 だから鳥山君が『Dr.スランプ』から『ドラゴンボール』に変わった時に、「鳥嶋さん、ストーリー漫画はラクでいいですね、ページが来たら終わりますから」と言ったんですよ(笑)。

『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】_028
(画像はDr.スランプ 1 (ジャンプコミックス) | 鳥山 明 | Amazonより)

松山氏:
 ギャグ漫画は1話完結で、オチをつけないといけないから。

矢作氏:
 それはある種の境地ですよね。

1

2

3

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合がございます

Amazon売上ランキング

集計期間:2024年4月19日12時~2024年4月19日13時

新着記事

新着記事

ピックアップ

連載・特集一覧

カテゴリ

その他

若ゲのいたり

カテゴリーピックアップ