【インタビュー】『428』イシイジロウの、TVドラマをゲームに変える新挑戦。「謎解きLIVE」最新回の本格ミステリ史における文脈とは?【今週土曜:NHK19時】

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「かまいたちの夜」のフローチャートに驚愕した

――せっかくの機会ですので、この流れでイシイさんに「サウンドノベル」のミステリ史的な文脈をお聞きしたいです。

十角館の殺人……新本格ブームの火付け役となった綾辻行人による長編シリーズの第1作目。1987年に発売された同作を皮切りに、次々にパズル指向の強い若手の本格ミステリ作家がデビュー。本作は、人物描写やそのトリックなど、その後の新本格ミステリを象徴する特徴を持つ作品でもある。画像は『十角館の殺人』(講談社、新装改訂版・2007)。
(画像はAmazonより)

 ただ、本格ミステリを知らない人も多いので、ここで少しだけ補足させてください。
 謎解きをメインに据えた探偵小説――いわゆる「本格ミステリ」は、ある時期以降、日本では長らく伝統が途絶えかけていた小説ジャンルでした。そこに80年代後半、大学推理研出身の作家たちが登場して、いわゆる「新本格」と呼ばれる本格ミステリの再ブームが始まります。そこで大きな役割を果たしたのが、サークル内で部員同士で「犯人当て」を開催する伝統があった、京大推理研の作家たちでした。94年にチュンソフトが手がけたサウンドノベル『かまいたちの夜』の原作者・我孫子武丸先生も、その出身者となります。

 ただ、このチュンソフトの「サウンドノベル」と「新本格ミステリ」の同時代性は、あまり真剣に語られていないと思います。イシイさんは、当時どう見られていましたか?

イシイ氏:
 僕は『かまいたちの夜』を移植することになって、初めて「本格ミステリ」ってすげえんだな……と思ったんですよ。
 それまでクイーン【※1】やホームズ【※2】などのミステリも、ポツポツ読んではいたけど、普通に物語として面白がっていただけでした。まあ、SF好きとして、『星を継ぐもの』【※3】なんかの「世界ってこうだったのか!」みたいな、ある種ミステリ的などんでん返しの大嘘を与えてくる作品は大好きでしたけどね。
 ところが、チュンソフトに入社して『かまいたちの夜』の内部フローチャートを見て、衝撃を受けたんです。何が凄いって、フラグを管理しないでノベルゲームを成立させていたんです。

※1 クイーン
エラリー・クイーン。フレデリック・ダネイ(1905〜1982年)とマンフレッド・ベニントン・リー(1905〜1971年)が探偵小説を書くために用いたペンネームの一つ。代表作に『ギリシャ棺の謎』(1932年)など。

※2 ホームズ
19世紀後半に活躍したイギリスの小説家、アーサー・コナン・ドイルによる「シャーロック・ホームズ」シリーズの主人公である、架空の探偵の名前。

※3 星を継ぐもの
ジェイムズ・P・ホーガンによる1977年のハードSF小説で、同作家のデビュー作。月面上で真紅の宇宙服を身に着けた人間の亡骸が見つかり、その正体をめぐる研究が進むにつれ、人類や月の起源、太陽系の成り立ちなどさまざまな謎が解き明かされていく。

――それは、どういうことですか?

イシイ氏:
 普通のノベルゲームって、『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』【※1】にしても『STEINS;GATE』【※2】にしても、展開はフラグで管理されていて、それを解放しない限り、決して解決することはできないんです。

 この構造はノベルゲームの物語そのものに大きな制約をかけていて、どうしても物語がループしていくんです。例えば、よくノベルゲームで「死んでしまった人間を助ける」みたいなストーリーがあるじゃないですか。これをフラグ管理の発想で作ると、一度は被害者が死ぬルートに行かないと助けられないし、突き詰めるとそのループを止めるには、入り口の部分の最初のループを止めるしかないという物語になっていく。
 ああいうノベルゲームの典型的なストーリーって、実はそういうフラグ管理から必然的に出てくる構造なんですよ。

『かまいたちの夜』のゲーム画面。画像はバーチャルコンソール版。
(画像は任天堂公式サイトより)

 ところが、『かまいたちの夜』は違っていた。このゲームは恐ろしいことに――最初から「解決できてしまう」。つまり、フラグで管理していなくて、単に難易度の問題として簡単に正解にたどり着けないようにしているだけなんです。

※1 この世の果てで恋を唄う少女YU-NO
1996年にエルフから発売されたPC用アドベンチャーゲームで、剣乃ゆきひろ(=菅野ひろゆき・故人)がゲームデザインやシナリオからプロデュースに至るまでを担っている。歴史や宗教、哲学を始め、数学や物理にいたるまでの広範な知識に裏打ちされた、時空を股にかけるシナリオに加え、ゲーム中で主人公がたどった平行世界の分岐ルートを視角的に記録するA.D.M.S.と呼ばれるシステムに対しての評価が高い。のちに家庭用ゲーム機への移植がなされ、2017年にはPlayStation4およびPlayStation Vitaでリメイクがなされている。

※2 STEINS;GATE
2009年にXbox 360用ソフトとして発売。5pb.(当時)より発売。テキスト中心のアドベンチャーゲームだが物語中に選択肢がなく、「フォーントリガー」と呼ばれる携帯電話を使った「電話やメールの送受信、あるいは無視」のシステムによって主人公が物語中の世界線(並行世界)を遷移・遡行し、トゥルーエンドを含むいずれかのエンディングまで進むことになる。

――確かに、言われてみれば『かまいたちの夜』のあの構造は、一般的なノベルゲームとは一線を画していますよね。デジタルにフラグ管理で難易度を作るのではなく、純粋にアナログな謎解きの難易度の調整のみで、分岐型ゲームのシナリオが構成されているわけですしね。

イシイ氏:
 僕は「こりゃ、とんでもねえな」と思って、そのとき本格ミステリに興味を持ちました。

 だって、これならプレイヤーに全ての決定が委ねられているわけですよ。なんなら事件を起こさなくてもいいし、起こしてもいい。つまり、事件は常に自分の責任において起きるような物語になる。当時の僕は、「ミステリ作家ってすげえ! すいません!」という感じですよ。

神部氏:
 そんなこと、出来るもんなんですねえ。

イシイ氏:
 でも、こう話してみると、僕はミステリとは実践的な仕事の中で付き合ってきた感じですね。ゲームを考える過程で、ミステリについて考えてきたのだと思います。
 もちろん、その後、綾辻行人さんの「館シリーズ」なんかには、衝撃を受けたりしましたけどね。新本格ミステリの叙述トリックは大好きです。ああいう作品を見ると、京大推理研が行ってきた「犯人当て」のノウハウや思考実験は、本当に様々なジャンルに影響を与えているんだと思いますね。『かまいたちの夜』にしたって、この蓄積なしには生まれてない。ゲーム業界にとっても、まさにターニングポイントのような存在だと思っています。

我孫子武丸氏の代表作『殺戮にいたる病 』(講談社・1992)
(画像はAmazonより)

――なるほど。ちなみに今回、イシイさんは番組として最終的にミステリのフォーマットに落とし込んだわけですが、そのときにミステリの面白さをどう捉えていたのでしょうか。

イシイ氏:
 そうだなあ……僕がミステリで面白いなと思うのは、「ミスリード」なんです。
 あれはゲームバランスの作り方と似ていて、読者をノセてあげてるわけですよ。「これを解けるのは俺だけじゃね?」と思えるギリギリのところで、逆に「騙された!」となるのは嬉しいですよね。
 ただ、この話はちょっと「犯人当て」を考えると、難しい気もしますね。どうなんでしょう……(苦笑)?

ミステリの魅力は、ロジック? どんでん返し?

――これは……僕が答えるのがよいでしょうか(笑)。
 イシイさんの仰るとおり……難しいでしょうね。本格ミステリって一口に言いますが、実は大きく二系統あると思うんですよね。一つは、究極系がエラリー・クイーンの「国名シリーズ」【※】ですが、あれは手がかりにもとづいてエラリー・クイーンが繰り出すロジックそのものが、極めてエレガントな快感があるんです。このタイプの作家たちって、実はそんなに一生懸命ミスリードしないし、ファンも「騙された!」という気持ちよさより、正々堂々と手がかりを出したフェアプレイの中でのロジックの魅力を求めているところがありますね。彼らの作品は「犯人当て」に近いものがあります。

神部氏:
 なるほど。

1931年に発表された『オランダ靴の謎』。国名シリーズ初期の、エラリーのエレガントな推理が光る端正な一作。画像は『オランダ靴の謎』(東京創元社、新版 ・1959)
(画像はAmazonより)

※国名シリーズ
アメリカの探偵作家エラリー・クイーンによる長編探偵小説シリーズ。『ローマ帽子の謎』(1929年)から『スペイン岬の謎』(1935年)の計9作品を指している。ほとんどの作品で「読者への挑戦状」が挿み込まれており、本格ミステリのパズラーの嚆矢とされるシリーズ。なお、邦題で『ニッポン樫鳥の謎』(1937年)と付けられている作品があるが、原題(The Door Between)に国名は入っていない。

――それに対して、ミスリードが好きで好きで仕方ない人たちもいて、特に英国なんかの小説が上手なタイプの作家に多い印象です。彼らは伏線の嵐に、どんでん返しを楽しむ世界ですね。アガサ・クリスティとか、もしかしたらイシイさん大好きかもしれないんですけれども、クリスチアナ・ブランド【※】みたいなミステリ作家ですね。こっちの作家は、「物語」の魅力でファンになる人も多いです。

※ クリスチアナ・ブランド
1907〜1988年。イギリスの推理作家、児童文学作家。活動の全盛期はやや黄金期の作家たちとはずれるものの、数々の名作長編本格ミステリを著した。1983年に刊行された『招かれざる客たちのビュッフェ』は16の作品から成る傑作短編集。児童文学作家としては、「マチルダばあや」シリーズで有名。

イシイ氏:
 ああ、ブランド。はいはい(笑)。

1983年に発売された、クリスチアナ・ブランドの『Buffet for Unwelcome Guests』の翻訳版『招かれざる客たちのビュッフェ』(東京創元社・1990)
(画像はAmazonより)

――まさにチュンソフトの名作群なんかも、伏線によるどんでん返しの快楽を浴びせかけるような作品たちですよね。このどっちに転ぶかって、実はコアなミステリ好きでも、好みに傾向が出るところだと思います。

イシイ氏:
 その分類は分かりますね。というのは『TRICK×LOGIC』が、まさに前者の「パーツを集めてエレガントに解いていく楽しさ」で、普段の僕の作品の逆を目指したからです。

『TRICK×LOGIC』(チュンソフト・2010)
(画像はAmazonより)

 ただ、そのときに思ったのは、「これって解けないと面白くないんじゃないか?」という疑問でした。逆に「ミスリード」って、解けなかったとしても「騙されたこと」それ自体が面白いんですよ。そういう意味で、僕はエンターテイメントとして、全ての人に開かれた幅広い面白さを提示できるのは、後者ではないかと思ってしまうし、そっちを目指したいんですよ。

――実際のところ、ミステリ史におけるミスリードの最高の天才が、アガサ・クリスティ【※】という「世界一の売上数を誇る小説家」だというのが象徴的で、やはり幅広く物語として受け入れられるポテンシャルがあるのは、後者だと思います。

イシイ氏:
 まあ、本当は前者と後者を両取りしたいんですけどね(笑)。

※ アガサ・クリスティ……1890〜1976年。イギリスの女性推理作家。1920年、『スタイルズ荘の怪事件』で推理作家としてデビューして以来、85歳で亡くなるまでの間に数多くの作品を手がけ、「ミステリーの女王」と呼ばれた。『アクロイド殺し』(1926年)、『オリエント急行の殺人』(1934年)、『そして誰もいなくなった』(1939年)などが代表的。全世界で20億を超える発行部数があり、「聖書とシェイクスピアの次に読まれている」と言われることもある。
Image by Violetriga & Flanker.  Licensed under the terms of cc-by-3.0.)

「犯人当て」とミスリードは相性が悪い?

――ただ、この二者択一は、永久の問いかもしれないんです。特に前者を「犯人当て」まで形式を絞ると、困難だと思います。僕も学生時代に議論した記憶がありますが、「犯人当て」にミスリードをどのくらい持ち込むべきかという問題があるんですよ。

イシイ氏:
 あ、その話を今日しようと思っていたのですが、やっぱり京大推理研は、その議論に行き着いていたんですね。

――「犯人当て」の成立条件を突き詰めると、どうしてもぶつかってしまうんです。
 ……って僕が延々と喋っていていいのかわかりませんが(笑)、ちょっと続けます。例えば、A・B・C・Dの手がかりに気づけば解けるというミステリで、仮にEというミスリードの手がかりを置いたとします。作者としては、「読者が最初にA・B・C・Eと気づくんだけど、それでは解答が出ないことに気づいて、Dの手がかりに思い当たると視点がひっくり返るという、二重解決の構造にしたい」とか思ったりしているわけです。
 でも、これ、大抵の場合そうはならないんです。単に解けないことに茫然としたり、A・B・C・D・Eの全ての手がかりに気づいた、目ざとい人間こそが「どういうこっちゃ?」と悩んだりする。その一方で、何も考えない人間が、かえってEの存在に気づかずA・B・C・Dをいきなり発見して雑に推理したり(笑)。

イシイ氏:
 なるほど。

――おそらく、抽象的な「論理」の空間でそのような正解を想定できたとしても、本当にリアルの人間が限られた時間でそんな解答が出せるのかという問題が、「犯人当て」にはあるのだと思います。ミスリードはそのワナに陥りやすいんですね。論理的に可能であっても、人間の認知構造として解答にたどり着くのが困難になっている問題は、確実に存在していますから。

イシイ氏:
 それ、面白いなあ。僕はちょっと、そういう作品を作るのに挑戦してみたいですけどね。

――ただ、むしろ下手な人が作ると、普通にそうなるんです。
 だって、推理の「手がかり」そのものを探すタイプの犯人当てにするだけで、今度は厳密に思考するほどロボット工学の「フレーム問題」【※】みたいになってしまって、すぐに思考の範囲が限定できなくなりますから。色々と気がつく人間ほど、解けないような問題編になってしまうんです。
 突き詰めると、「論理的に唯一解になっていても、現実的に解くのが困難な謎解きだったら、それは本当にフェアプレイが成立していると言えるのか?」という議論にまで行き着くんです。

※フレーム問題
枠組みが規定されないと、コンピュータが無限にある可能性を想定しきれず、機能しなくなる「フレーム問題」を例に挙げ、小説という曖昧な自然言語で書かれた「犯人当て」のミステリーがミスリードを導入したときに、同様のフレーム問題に突き当たりがちな点をここでは述べている。

イシイ氏:
 そこも、ゲームクリエイターとして、大変に分かりますね。

――いずれにせよ、少なくとも僕のいた当時の京大推理研では、「“犯人当て”は“本格ミステリ小説”とは別物」というスタンスで割り切っていました。ミスリードも積極的に推奨してはいなかったです。
 逆に、そのレイヤーの問題まで考えて面白く「犯人当て」を作ることは厳しく要求されていたし、本当に上手な人はその制約の下、時に解ける形でのミスリードも上手にいれて、実に面白い謎解きを作ってきました。僕が在籍していた時期でも、小説家としてデビューした円居挽【※1】や森川智喜【※2】みたいな作家たちは、やっぱり普通に上手でした。

※1 円居挽……1983年生まれ。日本の小説家・推理作家・漫画原作者。 京都大学卒で、在学中は京都大学推理小説研究会に所属していた。2009年に発売された『丸太町ルヴォワール』でデビュー。画像は『丸太町ルヴォワール』(講談社文庫・2012)
(画像はAmazonより)

※2 森川智喜
1984年生まれ。日本の小説家、推理作家。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了。在学中は京都大学推理小説研究会に所属していた。2010年に『キャットフード 名探偵三途川理と注文の多い館の殺人』でデビュー。

イシイ氏:
 今の話を聞いて一つ思ったのが、だからこそ僕は「謎解きLIVE」に出演した際に、番組内で自分が解答者として色々な可能性を喋ることによって、プレイヤーとして読者をミスリーディングすべきだと感じていたということですね。

 小説と違ってリアルのゲームなら、プレイヤーがいてコミュニケーションができるわけですから、問題編とプレイヤーで構造を分けられる。『TRICK×LOGIC』でも、実は同様の発想があった気はしますね。あのゲームでは、手がかりから「迷推理」をやる名探偵を何人か出しています。プレイヤーの存在をもっと考えることで、僕はエンターテイメントがもっと多面的なアプローチが可能になると思っているんです。

なぜ「謎解きLIVE」で困惑したのか?

――なるほど。ただ、「名探偵に間違えさせる」のもミステリの根幹に関わる難しい問題です。
 ここも少し解説しますと……例えば、エラリー・クイーンが「国名シリーズ」で挿んでいた「読者への挑戦状」がありますよね。あれって、ほとんどの人は作者のクイーンがメタレベルから読者に挑戦していると思ってるのですが、よくテキストを読むと、実は虚構の作中人物のクイーンが送っているんです【※】。つまり、あれは「リアル世界の作者のクイーン」が読者に「真相を当ててみろ」と言ってるんじゃなくて、「虚構世界のキャラのクイーン」が、リアルの読者に「俺の推理を当ててみろ」とコミュニケーションを取ってきているという、ちょっと奇妙な構造なんです。

ギリシャ棺の謎……1932年に刊行された、エラリー・クイーンの国名シリーズの中の一作。画像は『ギリシャ棺の謎』(東京創元社・2014)
(画像はAmazonより)


上記を指摘したテキストとして、京都大学推理小説研究会の会誌「蒼鴉城」29号に収録された『挑戦権は誰の手に』(薗田竜之介)がある。

イシイ氏:
 へえー。僕もクイーンは読んでいますけど、そうなんですか。

――僕も、推理研で先輩に教わって、初めて気づきました。でも、ここには本格ミステリの謎解きの大事な論点が象徴されていると思います。
 つまり、本格ミステリとは「名探偵の推理を当てる」遊びなのか、それとも「作中世界の真相を当てる」遊びなのか、という問題です。クイーンは明らかに前者の思想なので、エラリーが見たものが「手がかり」になるし、名探偵は決して間違えるべきでない存在になる。でも、新本格のほとんど全ての作家や先ほど名前が出たクリスチアナ・ブランドなんかだと、名探偵の推理が合ってようが間違えてようが極論、どうでもいい。僕らが当てるべきなのは、あくまでも「客観的な真相」なんです。

イシイ氏:
 それ、実は僕も「謎解きLIVE」に出演したとき、困ったところなんですよ!

 だって、明らかに探偵役の持っている情報と、我孫子先生が持っている頭の中の情報には差があるんですよ。とすれば、もうこの二つをレイヤー分けした上で、同時に推理を走らせていくしかない。我孫子先生の想定しているであろう展開を予測して「メタ」に展開を読みながら、同時に名探偵役がそこから何を読み解くのかも想定したんですよ。

神部氏:
 なるほどなあ……。

イシイ氏:
 まさに「客観的な真相」「名探偵役の推理」のどっちを当てるゲームなのかは告げられてないので、そういう二重の解き方を走らせておかないと、保険が利かないなと思いました。

――そこを当然のように想定してくるのが、まさにゲームクリエイターの「鋭さ」だと思います。たぶん、ほとんどのミステリ作家も読者もこの区別が曖昧だし、だからこそ叙述トリックみたいな仕掛けが成立するんですよね。一生懸命、名探偵の推理を当てようと頑張ってたら、突然ラストで「これは過去の出来事だったのさ。ほら、この真相は当てられなかったでしょ」と作者に告げられてビックリ……みたいな(笑)。

“魅せる犯人当て”は突破口になるか

――という感じでして、本格ミステリの「騙し」の面白さって、実は色々な曖昧さで成立しているところが、多分にあると思います。そして「犯人当て」も突き詰めると、本当の意味でゲームとして成立させるには厄介なワナが沢山ある。基本的には、どういう解決を提示しても、なかなか議論が絶えない遊びではあるんですよね……ってなんか、つい遠い昔の血がたぎってますね。聞き手が喋りすぎて、すみません(苦笑)。

イシイ氏:
 いやいや(笑)。
 ただ、僕としては、「フレーム問題」とか「ミスリード」の問題はプレイヤーの導入で解決できる気がするんですけどね。もうね、プレイヤーの方が面白い解決編を作ったら、それで勝ちでいいと思うんですよ。

――よく出来た「別解」の提示で作者を叩きのめすヤツですか? 「犯人当て」が終わったあとの感想会で、見かける光景ではありますけれども……。

イシイ氏:
 いや、そこはむしろ第三者視点の導入ですね。

 やっぱりミステリって、作家と読者の「一対一」の対決でしかないけど、ここに第三者である観客の視点が入ってくると、あらゆる曖昧さの解釈みたいなものまで「魅せる」勝負になるはずなんです。
 「犯人当て」の謎解きの過程も、そうやってクリエイティブな「魅せる」エンターテイメントになると思いますよ。

――つまりは、「アルティメット人狼」【※】ならぬ「アルティメット犯人当て」みたいな感じですね(笑)。でも、そう聞くと「知的バトル」のゲームとして、かなり「魅せる人狼」は現代の最適解に近い場所にいる気もします。

イシイ氏:
 あの形式だったら、全てのルートを同時に思考して、いくらでもプレイヤーが互いをミスリードし合えますからね。しかも、別に外してもイイじゃないですか。「アルティメット人狼」では、負けた人であっても面白ければ、ヒーローになれますからね。
 「犯人当て」にも、そういう楽しみ方は導入できるような気がしますね。だって、僕は観客なしで人狼をやったときは、すぐに飽きたんです。それがお客さんを入れるだけで、全く飽きない遊びになった。ミステリだって、もっと面白くなるかもしれないですよ。

※アルティメット人狼
2014年に初回が開催された、ニコニコ生放送で配信している人狼イベントシリーズ。将棋棋士、評論家、雀士、俳優など多様な人々を集めて人狼をプレイする様子を配信している。

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