【徹底検証】ラスボスといえば小林幸子? いやいや藤崎詩織(ときメモ)? やる夫と「ラスボス」用例史を学んでたら、二人のどっちが先にゲームに登場したか気になってきた……

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そして「ラスボス」が誕生した

その段階から「ラスボス」に省略されるまで、どれくらい時間が必要だったんだお?
ほとんど間はなかったとしても不思議ではないだろ。というのも、「ラスト」を「ラス」と省略する使いかたは、たとえば麻雀では遅くとも1960年代初めには見られたからだ。麻雀は日本の社会・文化にさまざまな影響を及ぼしており、「安全牌(あんぜんパイ)」、「立直(リーチ)」など、麻雀用語から一般化した言葉も少なくない。
ファミコンでも、任天堂がかなり早いうちに『麻雀』とか『四人打ち麻雀』を出してたお。
実際、1990年前後のビデオゲーム雑誌を調べてみると、アーケードゲーム雑誌「ゲーメスト」の1991年2月号に掲載された、読者からの質問コーナーの投稿で、「ラスボス」が使われている。投稿時期を考えれば、1990年のうちには、ゲームマニアのあいだでこの表現が使われ始めていたと考えられる。
「ラスボス」は1980年代末か、1990年ごろの生まれってわけだお。
しかし一方で、この「ラスボス」は、かなりくだけた表現と捉えられたようだ。1993年秋に出版されたファミコン通信責任編集の『ゲーム用語事典』では、ゲーム用語の項目に「大ボス」と「小ボス」がある一方、「ラスボス」はスラングの項目に入っている。
「ラスト」を「ラス」まで省略すると俗っぽい感じがするのは、しかたないところかお。にしても、「中ボス」がなくて「小ボス」が入ってるのは、1993年にしちゃちょっと違和感があるお。
そこは、先に触れた『メトロイド』で公式に「小ボス」が使われていたことと関係があるかもしれないがな。ともかく、1991~1993年の「ファミコン通信」本誌を大まかに確認した範囲では、「ラスボス」は水玉螢之丞氏のイラストコラム『元祖水玉本舗』【※】でわずかに使われた程度。ほかにはちょっと見当たらなかった。もっとも、雑誌の編集部や記者によってこのあたりの判断には幅があったようで、「ゲーメスト」の1993年の誌面では、「最終ボス」、「ラストボス」などに混じって「ラスボス」がしばしば使われている。
※元祖水玉本舗……SF、オタク方面の知識と愛の深い漫画家/イラストレーター、水玉螢之丞によるゲームイラストエッセイ。1992年から99年まで「ファミコン通信」、「週刊ファミ通」で連載されていた。作者は2014年に永眠。2017年2月に単行本化され話題を呼んだ。
(画像はAmazonより、2017年発売の単行本版)
最初に出てきた『ときメモ』の話が1994年ってことは、マニアのあいだでは「ラスボス」がけっこう使われてた一方で、雑誌ではスラング扱いして使うのを避けてたところもあったのが、1993年から1994年あたりの状況なわけだお。
そしてこの後、ゲーム音楽のアルバムでは、1995年発売のセガのシミュレーションRPG『リグロードサーガ』【※】のサウンドトラックの曲名に、「ラスボス・バトル」という言葉が使われた。ゲーム開発元が公式に「ラスボス」という言葉を使用した、比較的早い例だと考えられる。

※リグロードサーガ
1995年にセガからセガサターン用に発売されたシミュレーションRPG。同機の初期に行われたRPGラインナップ強化プロジェクト「ロープレ王国(キングダム)」のうちの一作。キャラクターや背景がすべてポリゴンで表現されているのがまだ画期的だった時代の作品で、マップあたりに登場できるキャラクターの数が少なかった。

公式に使われるようだと、もうスラングとも言えないくらい広まった感じだお。
「ファミコン通信」改め「ファミ通」では、改題から1年ほど経た1997年ごろには、おもに“やり込み”関係の記事を中心に、記者による文章にも「ラスボス」がしばしば見られるようになった。一方大手新聞・雑誌のビデオゲーム関連以外の記事では、「週刊朝日」2000年5月12日号の、同誌の名物コラム『デキゴトロジー』の中に、「ラスボス」を使った見出しが確認できる。
ほー。2000年前後にようやく、一般の雑誌にまで進出してきたわけかお。

紅白に登場するあの「ラスボス」の影響

さて、大手の新聞や雑誌で「ラスボス」という言葉が使われた記事は、各種データベースで調べる限り、2000年代に入ってしばらくのあいだは、「なくはない」という程度だった。それが2014~15年を境に少し増えてきているようで、とくに朝日新聞では、2008年と2010年に1件ずつしかなかったのが、14年に4件、15年に7件、16年に6件と変化が顕著に現れている。
それってもしかして、歌手のあの人の関係かお?
そのとおり。小林幸子氏が、2013年に“歌ってみた”動画を「ニコニコ動画」に投稿したことが契機になったようだろ。ただ、これにはひとつ前置きがある。ちょうどそのころ、TBS系で放映されていた大ヒットドラマ『半沢直樹』の主人公の敵役が、ネット上で「ラスボス」呼ばわりされていた。しかも一部のテレビ情報誌に、これを反映して見出しに「ラスボス」を使った記事が載った。
「やられたらやり返す。倍返しだ!」のフレーズが記憶に新しい
(画像はAmazonより)
さすがに、平成の民放テレビドラマの最終話視聴率トップ【※】だけのことはあるお。

※関東地区での集計。

そこに小林氏の動画が加わったことで、ニコニコ動画のユーザー層とも重なるゲーム好きのあいだで広まっていた、小林氏をラスボスにたとえる表現が、輪をかけて大きく広まった。そして、大手新聞でも取り上げられるようになったというわけだ。

それがどこまで影響力を維持するかで、「ラスボス」が国語辞典に載るかどうかが決まりそうだお。
ところで、この「小林氏=ラスボス」という図式が明確に成立したのは、「ゲーメスト」の1998年8月15日号だという意見が知られている。この号では、同年にゲームセンターに登場したケイブの『エスプレイド』のラスボス、“ガラ婦人”の特集記事が組まれ、その中に「ゲーム界の小●幸子?」とのキャプションがあった。
ガラ婦人。その名の響き通り、ガラガラしい
(画像は株式会社ケイブHPより)
伏字にしたって、バレバレだお。
『エスプレイド』はいわゆる“弾幕シューティング”のさきがけのひとつであり、ガラ婦人は、「派手な攻撃を仕掛けてくる女性のラスボス」として視覚的なインパクトがあったと考えられる。したがって、これは小林氏とラスボスを結びつける、有力なポイントと言えるだろ。
でも、この記事だけで一気に、小林さんがラスボス扱いされるようになったってわけでもないんじゃないかお?
それはもちろんだ。小林氏の『紅白歌合戦』での衣装は、1980年代後半ごろから恒例の話題となってきていて、たとえば1993年末の「ペガサス」は、雑誌「FLASH」の1994年1月25日号で「歌うキングギドラ」と報じられた。また「ファミ通」では、1996年3月1日号の「ファミ通町内会」で「小林幸子の衣裳は、もはやドロンボーメカだ。」、1997年5月23日号の「ゲーム帝国」で「’96紅白で確信した。小林幸子は使徒だ。」という読者の投稿ネタが掲載されている。
使徒ってのは、『エヴァンゲリオン』のそれかお。つまり、1990年代の中ごろくらいには、『紅白』での小林さんを“巨大な敵”扱いするネタがそれなりにあったわけだお。

「演歌の女王」公認ゲームがあった!?

そしてもうひとつ、忘れてはならないことがある。じつは小林氏は『エスプレイド』の登場よりも数年早く、公式にビデオゲームに“出演”していた。
へー。なんていうゲームなんだお。
博報堂マルチメディアエンタテイメンツが1994年に3DO向けに発売した、『シアターウォーズ 娯楽の殿堂』がそれだ。この作品は、プレイヤーが借金まみれの劇場のオーナーとしてショーを開催し、その興行収入で借金を返済しつつ劇場を改修・増強していく、シミュレーションゲーム風のソフトだ。その中で、「ダンサー」と称される出演者や舞台装飾、大道具、そして音楽を選んでいくことになる。
その出演者として、小林さんが出てくるわけかお。
そういうことだ。小林氏はこの作品のダンサーのうち唯一実在の人物であり【※】、「押しも押されもせぬ演歌の女王」と紹介されている。またショーで使える音楽に、小林氏の代表曲のひとつ『おもいで酒』が含まれている。

※説明書には、「本ソフトはフィクションであり、登場人物、団体等の名称はすべて架空のものです。」とあるが、エンディングでは小林氏が所属する幸子プロモーションの協力を得ていることが明記されている。

小林さんの顔が出てきたり、声が聴けたりするんかお?
残念ながら、そうではない。この作品は、登場人物も含めほとんどのグラフィックが、3DCGソフトによるプリレンダリングで制作されており、小林氏の顔写真を含む実写映像や似顔絵は一切ない。また作中のセリフは文字での表示のみで音声がなく、ショーで使える音楽も、一部を除いて歌唱なしのインストゥルメンタルになっている。
うーん、そうなんかお。で、小林さんはその『娯楽の殿堂』のラスボスなんかお?
その点については、いろいろな見かたがありそうだ。この作品のストーリーモードで、彼女はプレイヤーが劇場を2000席規模に増強した、ゲームの大詰めの段階になってはじめて出演者として選べるようになる。ゲームの進め方によっては、ここで借金をすべて返済していちおうのエンディングを迎えるプレイヤーもいるだろう。しかし一方で、この小林氏の登場タイミングは、ゲームの最終段階とは言いがたいのも事実だ。
どういうことだお。
というのも、作中の劇場は、4000席規模にまで増強できるからだ。この段階にまで進めると、ある出来事によって、プレイヤーの借金がいきなり増大してしまう。
ははーん。それを返済しないと、真のエンディングにならないってことかお。
そうだ。しかもこの作品は、劇場の規模が変わるごとにダンサーを含めたショーの選択肢が大きく変わる仕様になっており、劇場が4000席になると、小林氏は選べなくなってしまう。またこのことと関係しているが、小林氏の出演料は、ゲーム中最大ではない。最大規模の劇場で選べるダンサーの中には、出演料が小林氏を上回る個人がいる。
なんで、いちばん大きな劇場で小林さんを出演させられないんだお。
その理由は、はっきりとはわからない。しかしそれとは別にもうひとつ、見逃せない点がある。この『娯楽の殿堂』の説明書を見てみると、裏表紙で一部のダンサーを紹介していて、そこに小林氏もしっかり載っている。少なくとも制作者側には、彼女へ出演のオファーを出すことを、プレイヤーの当面の目標にしてもらおうという意図があったことは、ほぼ間違いないと言えるだろ。
すると小林さんは、『娯楽の殿堂』での“暫定ラスボス”だったってことくらいなら、言えそうなわけかお。
うむ。さらに、『ときめきメモリアル』は1994年5月27日発売だったのに対し、『娯楽の殿堂』はその約半月前の5月14日に発売されている。つまり小林幸子氏は、芸能界へのデビューが藤崎詩織より早かったのは言うまでもないが、ラスボス格の人物としてのゲーム界へのデビューも、詩織より一歩早かったというわけだ。
ずいぶん強引に、『ときメモ』の話とくっつけたもんだお。っつか、詩織がリアルにアイドル活動してたことをそもそも知らない人も、いまとなってはかなりいそうだお。
その教訓が、昨今のゲーム発のアイドルの活動に活かされているのかもしれないと考えれば、それはそれで趣深いが、本題とはだいぶ離れてしまうな。今回は、こんなところとしておこうか。
そういや今回、最初の「ラスボス」の説明をいきなり「ゲームの最後に登場するボス」っていう形で始めてたけど、そもそも「ゲームのボス」ってなんなのかっつーあたり、スルーされてる気がするお。そのへんの話は、やらないんかお?
じつは、中の人はその話をコラムでやるつもりだったんだが、編集部から「それ、やる夫とやらない夫にやってもらいましょう!」という提案があったそうでな。
「せっかくだから、俺はそのやりかたを選ぶぜ」【※】ってわけかお。
そういうことだ。そんなわけで、次回はビデオゲームのボスにまつわる話の予定だ。それを読むと、今回の話もさらに味わい深くなるということらしいので、楽しみにしておいてほしい。

※せっかくだから、俺は○○を選ぶぜ
伝説のサターン用シューティングゲーム『デスクリムゾン』の主人公コンバット越前が、ゲームの導入ムービー中で、“赤の扉”を見かけたときに発する言葉「せっかくだから、俺はこの赤の扉を選ぶぜ」に端を発するネットミーム。だがどこが赤いのか不明瞭なうえ、“赤の扉”を選んだ「せっかく」の理由が語られておらず、プレイヤーにインパクトを与え、以降の定型ミームとなった。

【謝辞】

 

本稿の作成にあたり、以下の方より情報の提供をいただいた。(敬称略)

松原圭吾(攻略本研究家)

Twitter: @zerocreate
Web:http://vgsearch.info/

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著者
コンピューター文化史研究家。2013年よりブログにて「やる夫と学ぶホビーパソコンの歴史」を連載。約2年で本編を完結後は、不定期に番外編を掲載。日本の文化・社会とコンピューターやビデオゲームとが、どのように関係してきたのかに関心を深めている。当たり前と感じていることに疑問を持つのは難しいと思う今日このごろ。
Twitter @Kenzoo6601

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