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【全文公開】伝説の漫画編集者マシリトはゲーム業界でも偉人だった! 鳥嶋和彦が語る「DQ」「FF」「クロノ・トリガー」誕生秘話

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「自分をミダス王と自嘲していたんです」

――聞いていると、『クロノ・トリガー』も雑誌編集者的な発想から生まれたゲームということのようですね。

鳥嶋氏:
 いや、それは少し違うかな。
 元々は「エニックスが堀井雄二さんを甘やかしてるな」と思ったのが理由だね。堀井さんを本当に大事にして、ゲーム業界を活性化させたければ、やっぱり新しい企画をやらせなきゃいけないんだけど、『ドラクエ』ばかりつくらせてるじゃない。
 そこで申し訳ないけど、エニックスの千田さんには無断で企画を動かすことにしたの。それで思いついたのが、鳥山明+堀井雄二+坂口博信=『ドラクエ』+『FF』=『クロノ・トリガー』だったわけ。で、「史上最高のゲーム登場!」と銘打った校了紙をエニックスに送ったら、さすがに千田さんが慌てて電話をかけてきた。「これだけは勘弁してくれないか」と言ってきてね。

佐藤氏:
 そりゃそうだよねえ(笑)。

鳥嶋氏:
 でも、そこは彼とも戦って、なんとか通したけどね。坂口にも、クレームは僕が全て引き受けると伝えていたし。

――ちなみに、ここでも鳥嶋さんは製作に絡んでないんですか?

鳥嶋氏:
 もちろん。『ドラクエ』と一緒で、関わったのは基本的に座組のところだけ。

佐藤氏:
 でも当時、やっかみ記事が出ていたよね。

鳥嶋氏:
 いやもう、色々とあったよね。『噂の眞相』(※)に「鳥嶋は裏でバックマージンをもらっている」なんて書かれて、上司から疑われたりして(笑)。

※『噂の眞相』
1979年から2004年まで刊行されていた月刊雑誌。「タブーなき雑誌」を標榜して政治経済、社会情勢、芸能界ゴシップ報道などのスクープを掲載していた。

――もはや一介の編集者が通常やる仕事の範疇を超えはじめてますからね。

鳥嶋氏:
 ただ、僕からすれば、坂口や堀井さんたちのプロジェクトにこんなに無責任に関われてしまうのは、お金をもらってないからなんだよ。ノーギャラだからこそ、僕は彼らに“お客さん目線”で好きなように言えるの。それはとても大事なことなんですよ。

 だから僕は当時、よく自分を「ミダス王」(※)と自嘲してたんです。自分が触れた人間たちにお金を振りまくことはできる。でも、僕自身にお金が入ってくることはない。自分に触れたら、「ミダス王」はおしまいなんですよ。

※ミダス王
ギリシャ神話に登場する王で、触れたもの全てを黄金に変える能力を持つとされる。童話『王様の耳はロバの耳』にも登場し、耳がロバになってしまうことでも有名。

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――もちろん、その一方で雑誌編集者として制作過程のドキュメンタリーを誌面で行って、ジャンプ編集部に還元していたのだと思いますが。あれ、でも『クロノ・トリガー』って、ジャンプというよりはVジャンプ主導の企画に見えたのですが……。

鳥嶋氏:
 もちろん。だから、創刊時にVジャンプを盛り上げるために、半ばジャンプ編集部を騙したようなものだよね(笑)。初出しからあとは、ずっとVジャンプでの情報出しがメインだったんだから。

佐藤氏:
 はっはっは(笑)。でも雑誌創刊時の、「これでイケる」という感覚の持ち方が、ファミマガやファミ通の編集者たちとは、ずいぶんと発想が違うね。やっぱりコンテンツから入る辺り、鳥嶋さんは、漫画雑誌をずっとやってきた人だなと思いますね。

――ただ、普通の漫画編集者だったら漫画家を連れてくる程度だと思うんですが、そこで『クロノ・トリガー』をぶち上げてしまうのが、なんとも鳥嶋さんらしいというか……。

鳥嶋氏:
 でも、当時の僕は漫画雑誌でやれることは、ジャンプ編集部で全てやり終えたと思っていたから。
 僕の中では、ジャンプを表1から目次まですべて変えてみせるという目標があってさ、巻頭でゲーム特集をして、グラビアもやった。後ろの方の読者ページも、さくまさんたちのコーナーに変えた。もちろん真ん中の漫画も、鳥山さんや桂さんとやった。そうなると、もう漫画でやることは残ってないな、という気分だったんだよね。

佐藤氏:
 なるほどね(笑)。でもさ、『クロノ・トリガー』の実際の製作はどういう形で進んだの? だいぶ大変だったと思うけど。

鳥嶋氏:
 まず、坂口がさっきの『ウィザードリィ』と『ウルティマ』の良いとこどりみたいな感じで、『ドラクエ』と『FF』の世界観を一緒にしたいと言いだしたの。それで目をつけたのが、「剣と魔法があるけど、メカもある」という世界観ね。それにタイムスリップの要素を付け加えて、まずはスクウェア側から提案が持ち込まれてきた。

――実際に率いたのは、坂口さんたちですよね。沢山のプレイヤーがいて、だいぶ苦労されたんじゃないかと。

鳥嶋氏:
 だって、堀井雄二さんなんて、スクウェアにとって異分子だもん。たぶん、あの主人公はスクウェアのゲームで唯一しゃべらないキャラクターなんじゃないの。
 実際、彼らはかなり堀井さんに気をつかっていて、合宿場所も「全日空ホテル」だったからね。堀井さんは今でも、当時を思い返して「こんな豪華なところでやっていいんだろうか」と恐縮したと話すくらいだから(笑)。

 ただね、最初は企画だけ坂口が立てて、実作業は別の社員に任せていたんだよ。当時の坂口はスクウェアが拡大期で、クリエイターのスカウトだとかで忙しかったからね。でも、出来上がったロムを見たら……なんかね、もう一つという出来なんだよ。

――じゃあ、ボツに……?

鳥嶋氏:
 うーん(苦笑)、その担当も妙に性格が良い人で、僕も文句を言いづらいタイプだったこともあって「まあ仕方ないかなあ」と思って、ひとまず鳥山さんに見せに行くことにしちゃったんだよね。

 ところが、新幹線で鳥山さんの家に着いたら、坂口から突然電話がかかってきて、いきなり「鳥山さんに見せました?」と聞いてくるの。「いや、これからだけど」と答えたら、坂口が「じゃあ、見せずにすぐ持ち帰ってください。これはダメです。僕が全面的に入って、最初から作り直します」と言うんだよ。それから、すぐに坂口は泊まり込みで作り直し始めた。

一同:
 おおおお。

――カッコいい(笑)。

鳥嶋氏:
 それを聞いたときに、「こいつ、信用できる男だな」と思ったね。いや、それまで信用してなかったわけじゃないんだけど(笑)。

佐藤氏:
 それにしても、『クロノ・トリガー』はメディアが変わるたびにリメイクされてるよね。

鳥嶋氏:
 今でもずっと長く売れてる。きっと何か人の琴線をくすぐるんだね。あのゲームは非常にオーソドックスな作りにしたのが勝因だと思いますね。ゲームとしての手触り感が抜群に良いんですよ。

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『FF』のプレステ参入第一報はジャンプがスクープ

――少し話の流れは変わるのですが、『クロノ・トリガー』がVジャンプありきで始まった企画なのはよく分かったとして、当のVジャンプそのものはどういう経緯で始めたんですか? やはりコロコロコミックを意識したんじゃないかと思うのですが……。

鳥嶋氏:
 元々、Vジャンプの前身に当たる雑誌があったんですよ。小学館のサンデーに対して集英社のジャンプがあるんだから、小学館のコロコロに当たる幼年誌が集英社にもあっていいはずだと上層部が言い出して、僕に作れと言ってきたんだよ。仕方ないから作ったけど、始めてすぐに「ああ、集英社では無理だ」と悟ったね。

――なぜですか?

鳥嶋氏:
 だって、小学館がコロコロのような雑誌を作れるのは、『ドラえもん』や『オバQ』、そして学年誌だとか図鑑だとかをやってきた、彼らのノウハウや人脈まで含めた底力があってこそだから。でも集英社には、版権をキチッと扱った上でメーカーと対処するようなノウハウはないの。
 それが見えたから「この仕事をやってたら俺は潰れるな」と思って、意図的に3号のテーマを売れないテーマにして、上司に「やっぱ無理でしょ」と言ったね。

一同:
 (笑)

――さすが、不良サラリーマン(笑)。

鳥嶋氏:
 ただ、代わりに上司には「違うコンセプトのものをやります」と答えて、今のVジャンプのテーマを立てて、そっちにシフトしたんだよね。

佐藤氏:
 なるほどね。

――Vジャンプはどういうコンセプトだったんですか?

鳥嶋氏:
 「一つの画面の中にゲーム・アニメ・漫画が映る」だね。今となっては既に実現してしまった未来像だけどね。

――でも、その未来像って、去年くらいになってやっとスマホ上で実現した話のような気がしますが(笑)。

鳥嶋氏:
 でも、そうなることは当時すでに明確に見えていたからね。そうなったとき、やはりゲームの時代が確実に来るのも見えていた。

 だから、まず僕は開発途中のゲームをどんどん公開して、プロモーションにつなげていく手法を徹底することにしたの。当時は、北はハドソンから九州のシステムソフトまで、主要なソフトハウスを広告代理店と一緒に行脚したものですよ。しかも、そのときに各社の人に「クリエイター個人の名前と顔を表に出したい」と頼み込んだ。だって今後、子供の憧れの職業がゲームクリエイターになるはずだと思ったからね。
 だから、坂口が誌面に登場するときには、ファッションカメラマンとスタイリストをつけたし、堀井雄二さんが登場するときも魔法使いみたいにCG風に登場させた。

――そんな発想、当時のゲーム雑誌には存在していたんですか? そもそも一般には、プレイステーション以降に、ソニーの丸山茂雄さん(※)たちがクリエイターをアーティストとして扱ったのが、ゲーム開発者が「ゲームクリエイター」として扱われていくようになった始まりだと言われていると思うんですが……。

※丸山茂雄
1941年、東京に生まれる。株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)取締役会長、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)代表取締役社長などを歴任。
70年代にCBSソニーでアイドル、80年代にエピックソニーでロックを手がけ、「音楽業界の父」と呼ばれる。その後、株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)で、開発者の久夛良木健氏とともにプレイステーション事業を手がけ、その際に音楽業界の手法をゲーム業界に導入。ゲーム開発者を「クリエイター」として推していく戦略を取った。

鳥嶋氏:
 そんなのVジャンプのほうが早かったに決まってるじゃん(笑)。

佐藤氏:
 まあゲーム雑誌も、コンプティークやログインは、地方のソフトハウスを訪ねる旅みたいなことはやっていたんです。コンプティークでは「ソフトハウスマラソン」といって正月号の別冊付録をやってましたね。80年代の定番の人気企画だったんですよ。

鳥嶋氏:
 なるほどね。いや、でもそれは僕らと発想が違うかな……。Vジャンプは地方がどうこうとかじゃなくて、クリエイターを明確に人物としてクローズアップしようとしたんですよ。

佐藤氏:
 そう、僕たちの場合は、新作のスクープを取りに行ってた。あと読者プレゼント。それで、日本中を行脚して心に響いた出会いはありましたか?

鳥嶋氏:
 やっぱり印象的だったのはカプコンかな。当時、坂井さんって人がいたでしょう。

佐藤氏:
 ああ、あのカプコンのスポークスマンだった……。ずいぶん前に亡くなりましたよね。でも、坂井さんは開発中の製品を見せるというのは渋ったでしょう。

鳥嶋氏:
 そうそう。あの人とは2時間くらい議論した記憶があるな。僕の方針がおかしいと言うから、「あなたがいかに狭いところで仕事をしているか、今からお話しします」と言って、なぜかセールスに行ったのに「いかにゲーム会社がクリエイターを損なっているか」を説教していた(笑)。

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佐藤氏:
 アーケード出身の会社はパソコン出身の会社のようなゆるさはなかったね。法人著作物という発想が徹底してたし。

鳥嶋氏:
 ただ、その後カプコンとは何度か誌面を組んで、『バイオハザード』のときに本格的に協力関係を築けたかな。その背景には、Vジャンプの存在感がゲーム業界として無視できないものになった経緯があったんです。ゲーム業界としても宣伝の媒体として、高年齢層向けのファミ通だけでなく、低年齢層向けのものを求めていて、そこにVジャンプは上手くハマったんだね。

――なるほど。とはいえ、この辺までの鳥嶋さんの動きというのは凄まじいものがあるのですが、実のところプレステ以降のゲーム業界の流れに、あまり鳥嶋さんは絡んでいないように見えるんです。

鳥嶋氏:
 まあ、深くは関わらなかったね。ちょうどその頃、ジャンプ編集部に呼び戻されて、編集長として立て直すことになったのもあるしね。ただ、プレステに『FF』が参入するときには、ジャンプで一番にスクープを抜くために坂口の電話を待ったんだよ。

佐藤氏:
 電話を待った?

鳥嶋氏:
 坂口からその決断のタイミングがあると聞いてたから、「スクープさせてくれ」と頼んでおいたんですよ。で、スポーツ誌みたいに予定を組んでおいて校了紙だけ置いておいたの。で、坂口が電話で「やります」とかけてきたから、一気に校了紙をおろしてスクープ報道。翌週には全てのゲーム雑誌を出し抜いて、ジャンプが一発目に「『FF』がプレステ参入!」と報じたんだね。

――週刊少年漫画雑誌なのに、「スクープ」という概念が飛び出してくるのが凄いですね。

鳥嶋氏:
 そりゃ、ジャンプには「この世の面白いもの」は全て集まらなきゃいけないから。そういうブランディングで戦ってる以上、絶対に手を抜いてはいけないんです。子供は真実を見抜くからね。

佐藤氏:
 コンテンツを囲い込むVジャンプと情報の第一報主義のファミ通との狭間で、角川は、コンプティークもマルカツも独自路線で活路を開こうとしたんです。雑誌だけでは勝てないから、ゲームとマンガと小説とアニメとマーチャンダイズ、全部展開して生き残りを賭けた。……まあ、それぞれの道を歩んだということですね(笑)。

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松野泰己、鈴木裕、宮本茂……開発者との思い出

――ここまで色々と興味深いお話を聞かせていただいて、正直なところ想像以上に深いところまでゲーム業界に関わっていたと聞いて驚いてるのですが、鳥嶋さん個人にとって印象深いゲームにはどんなものがありましたか?

鳥嶋氏:
  僕が逃したゲームは二つあるんです。
 一つは『ポケットモンスター』ね。でも、これは正直に告白するけど、僕が自分の目で見て何一つ良さがわからなかったから仕方ない。もう一つは『伝説のオウガバトル』なんです。

――松野泰己さん(※)ですか。

※松野泰己
1965年生まれのゲームクリエイター。1989年にクエストへ入社後、「オウガバトル」シリーズを製作。『タクティクスオウガ』を完成させるとクエストを退社。当時のスクウェアに移籍してからは『ファイナルファンタジータクティクス』や『ベイグラントストーリー』を手がけた。

鳥嶋氏:
 そう。ゲームショウで見たときに、ビジュアルもゲームコンセプトも素晴らしいと思った。ただ、そのときについ「確かに良いゲームだけど、これはジャンプのターゲット層じゃないな」と判断してしまったんだね。
 でも、実際にゲームが発売されてすぐに、「ああ、なぜ会いに行かなかったのか」と本当に後悔した。確かにあのゲームは年長者向けだよ、でもこの松野という男は決してこのゲームだけで終わるようなやつじゃない。絶対に他のゲームを作れる男だった、と気づいたんだね。

――それはどういう部分で感じたのですか?

鳥嶋氏:
 まず、あの世界観の“暗さ”ね。ゲームの中に「悪」という概念をここまでリアルに入れて、しかも松野はプレイの仕方でどんどんストーリーが変化していくようにしたわけだよ。あのとき、僕も初めてRPGの「強くなるために人を切っていく」という発想の「業」を真剣に考えさせられたし、それが作品全体のテーマになっていくのはあまりに深いじゃない。
 それからは、用賀にあったクエスト社に月1回お茶を飲みに行って、「松野に会わせてくれないか」と言い続けていたの。でも、絶対にクエストの社長が会わせてくれないんだよ。

佐藤氏:
 徳川さん!

鳥嶋氏:
 そうそう、徳川家の末裔の人らしいんだけどね。でも、そうしたらある日、坂口が「松野泰己をスクウェアに迎えようと思ってる」と言い出して、「ええええ」となってね(笑)。僕はめちゃくちゃ怒ったんですよ、「おまえ、最低だな」と。

――なぜですか?

鳥嶋氏:
 だって、坂口と同じ方向で、かつ彼を超える可能性のある唯一の天才が松野泰己だったんだから。それを自分の中に取り込もうというのは実に最低だと。「お前を軽蔑する」と言った記憶もあるな(笑)。

※ちなみに。松野氏のスクウェアへの移籍については、「引き抜きみたいな話はなかった」と松野氏本人が後日に語っている。

佐藤氏:
 まあ、あの時点ですでに松野さんはブランドになっていたものね。

――歴史の「もし」ですが、あのとき松野泰己さんがクエストに居続けて、鳥嶋さんと『ドラクエ』や『FF』のような形で組めていたら、日本のゲーム業界の歴史は大きく変わったかもしれないですね。日本におけるシミュレーションゲームの地位も、全く違うものになったかもしれない……。

鳥嶋氏:
 ね? 僕の悔しさが分かるでしょう。エニックスとスクウェアに並ぶ第三極も立つわけで、業界が物凄く盛り上がったはずだしね。
 ……ただ、残念ながらクエストという会社にそこまでの経営基盤がなかったのも事実じゃないかな。もう一回りあの会社が大きければ、色々なものが変わったと思うのだけどね。

――他に面白かったゲームクリエイターには、どんな人がいますか?

鳥嶋氏:
 『バーチャファイター』のときの鈴木裕かな。
 アクション性の高いゲームにあのCGを持ってきたのは凄いよね。すぐに鈴木裕さんの家に訪ねて行って、徹夜でワインを呑みながら話し込んだら、翌日大渋滞で会社に帰れなかった記憶があるな。もちろん、セガともすぐ組むことになって、編集部に開発機を入れてもらって、毎日スタッフでプレイしていたね。僕もガンガン遊んでいたけど、なんかよく見ると桃白白(※)に似てるやつが出てくるんだよね……(笑)。

※桃白白
タオパイパイと読む。『ドラゴンボール』作中に登場する悪の軍団・レッドリボン軍に雇われた殺し屋。辮髪のような長い三つ編みが特徴的で、初めて悟空を打ち負かした悪役となった。自分で投げた柱に乗って移動するシーンが有名。

一同:
 (笑)

佐藤氏:
 いましたよねえ(笑)。

鳥嶋氏:
 まあ、組むからしょうがねぇやと思ってそこは目をつむったけどね(笑)。

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――目をつけた人がいるとすぐに会いに行ってるようですが、そこは意識的にされているんですか?

鳥嶋氏:
 それは才能への礼儀でしょう。あと、本人に会うと、同時に必ず仕事場を見せてもらえるでしょ。そうすると色々なことが分かるんですよ。どういうスタッフがいて、どういう環境で制作していて、この会社の金回りはどの程度で、どんなポスターが貼ってあって……みたいにね。これが後々、もの凄い役に立つんですよ。「あ、このチームは、実は会社に大事にされてないな」とかね。

――ううむ、怖い……(笑)。ちなみに、宮本茂さんとお会いしたことはあるんですか?

鳥嶋氏:
 ある。一度だけ会って、宮本さんに文句を言ったな。
「なぜゼルダの主人公を緑の帽子のキャラクターにしたんですか?」と言ったんですよ。日本でマリオとゼルダの売上に差がついている最大の理由は、僕に言わせれば「色」なんですよ。「赤」と「緑」の差は本当に大きい。

――「緑」は弱いんですか?

鳥嶋氏:
 日本人には「緑」はウケない。
 しかも、あのキャラクターの元ネタは、どう見てもピーターパンでしょ。ディズニーへの憧れが強すぎるし、日本人はピーターパンは好きじゃない。それに比べて、マリオはヒゲ面の太ったオヤジでしょ。そんなの日本人がどっちを好きになるのかは明白だよね。

――確かに、わかるような(笑)。スパイク・チュンソフト会長の中村光一さんはどうですか?

鳥嶋氏:
 『不思議のダンジョン』のシステムの説明を受けたときに、元のゲームをどう変更したのかを彼に聞いて、もうすぐに「こりゃウケるな」と思った。あれほど明快なゲームのプレゼンを、僕は後にも先にも聞いたことがない。

――僕らも仕事で中村さんからゲームの話を聞くのですが、もう面白さの本質をさも当たり前の話のようにシンプルに解説してくれるんですよ。

鳥嶋氏:
 そうなんだよ。思わず僕は、「あまりに惜しい。あなたは自分がいかに優れているかを知らない」と言ったからね(笑)。「僕にプロデュースさせてくれたら、絶対にもっと大きくなれるよ」と。

一同:
 (笑)

佐藤氏:
 中村さん、本当に謙虚だもんね。

鳥嶋氏:
 ちなみに、その次に明快なプレゼンだったのは、川上さんの『ニコニコ動画』の説明ね。
 聞いた瞬間、「ああ、こいつは疑いなく天才だ」と思った。集英社に帰ってすぐに、僕は「ニコ動とすぐに組もう」と言ったもん。「あそことは色々とあったんだろうけど、もういいよ。これとこれの条件さえクリアすればいいからさ」と言ってね。やっぱり、よく知ってる人は説明が明快なんだよね。

――その後、鳥嶋さんはゲーム業界から離れてしまったわけですが、黎明期のクリエイターたちとまさに実地で付き合っていた視点で、いまのゲーム業界をどう見ていますか?

鳥嶋氏:
 ……本当に日本のゲーム会社はダメになってしまったと思う。ゲームはつまらないものになってしまったね。
 あれだけの最先端の才能を集めながら、子どもたちにどう遊ばせるかのアイディアが何もない。ドキドキさせるものがない。新しいものを生み出せていない。プレイステーションが出てしばらくした辺りから、ずっとそうだよね。今の『FF』を見てみればわかるでしょ。もはやスイッチを押しながら映画を見ているだけであって、ゲームとしては完全にクソゲーじゃん。

佐藤氏:
 なぜ、鳥嶋さんがそんなふうに思うような業界になってしまったんだろう?

鳥嶋氏:
 ハードが変わるたびに特需があったから、真剣にゲームを考えてこなかったんだと思いますね。
 結局、「ゲームとは何か?」を常に原点回帰しながら作る人がいなくなったんです。今のゲーム業界の人間たちは、どこかで「ゲームってこういうものでしょ?」とタカをくくってるね。あれだけの才能を抱えておきながら、子供たちに響くゲームを作れていない最大の理由はそれですよ。

――僕がゲーム業界でインタビューしてきた経験でも、やはり黎明期にゲーム業界に飛び込んできた、堀井さんや中村さんのような人たちと、それ以降の世代ではなにか感覚に断絶がある気がするんです。

鳥嶋氏:
 うーん……それは「ワクワク感」じゃないかな。
 最初の世代の人間たちは、「新しいものが登場した」というワクワク感にあふれていた。しかもそれをまだ人が知らない状態で、自分が見つけてしまったことを、誰かに伝えたいという気持ちが強かったよね。それはもう今のクリエイターからは失われてしまったものだと思う。

佐藤氏:
 でも、その「ワクワク感」というのは、Appleのゲームからファミコン誕生までのあの時代特有のものじゃないですか。新しいものが生まれる瞬間に立ち会っているという感覚は、黎明期特有の“一回性”のものだと思う。だから、ゲームが規定路線のまま進化し続けても、あの感動は戻ってこないように思いますね。

――逆に、鳥嶋さんから見て、漫画やアニメと比較したときの「ゲームとはなにか?」の特徴はどういう部分にありますか?

鳥嶋氏:
 簡単に言うと、まず漫画は手塚治虫さんの発明によって、コマの連続で動きを表現できるメディアになったんですよ。そして、それに色をつけて動かすとアニメーションになった。その流れからゲームを言うのであれば、自分の手でキャラクターを動かせるという要素を付け加えたのが大きいね。

佐藤氏:
 まあ、そうだよね。

鳥嶋氏:
 ただ、ここでゲームが圧倒的に強いのは、感情移入のテクニックなんですよ。漫画やアニメで一番難しいのは主人公と読者を一体化させることだからね。キャラクターを立てて、主人公を自分だと錯覚させるために、漫画家は本当に沢山のテクニックを使うわけ。
 ところが、ゲームは動かした瞬間に主人公は自分になってしまう。漫画において最も習得が難しいノウハウを、あらかじめクリアできている。これが漫画やアニメと比較したときの、ゲームの凄まじさだよね。「動かしたものが自分になる」という感覚の持つ凄まじさを、今のクリエイターはどのくらい理解できているんだろうと思うよ。

――そういう話で言うと、『ドラクエ』の主人公はしゃべらないけど、『FF』はキャラがしゃべるという話がありますよね。

鳥嶋氏:
 堀井雄二さんはゲームを作る前はすごろくなども作れる作家だったんですよ。セブンティーンのすごろくコーナーとかを担当していて、かなり人気だったらしいんだよね。まず、堀井さんにはもともとそういう部分でのゲーム性が強くあるんだよ。
 その上で、彼が当時僕に言っていたのは、RPGとは「違う人生を体験することだ」ということね。そこに導入するために、彼の物語のキャラクターは自分ではしゃべらない。でも、かたや坂口は違う。まずビジュアルをどう作るかから入っていく。
 まあ、これは方法論の違いだとしか言いようがないのだけど、少なくとも当時の二人には今僕が言ったような「ゲームとは何か?」の洞察は当たり前にあったものだったね。

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