『ギ・クロニクル』第二夜（End 08「捕食」）

「……もうすぐ、夜ですね。
　天気が良かったせいか、
　今日は多く進めました。
　
　皆さんの沈黙と勤労に、
　改めての感謝を。
　
　ここで足を止め、
　すべきことをしましょう」

「……ほんとうに、やるの？
　ゴニヤはやっぱり、
　えらびたくないわ……」

「気持ちは分かるぞ、ゴニヤ。
　じゃが……理不尽も、
　したくもない決断も、
　時に要るのが人生でのう。
　
　それで傷つき、磨かれた魂を、
　『死体の乙女』は選ぶ。
　
　踏ん張りどころじゃぞ」

「その通りです、ウルヴル。
　悩み、迷い、
　同胞を想うことを、
　我らは誇りましょう」

「……能書きはいらない。
　済ませよう。
　日が落ちる前に」

「『ヴァルメイヤ、
　　我らを導く死体の乙女よ！
　　信心と結束をいま示します！
　　ご照覧あれ！』
　
　血と肉と骨にかけて──
　
　　　みっつ！
　
　　　　　ふたつ！
　
　　　　　　　ひとつ！」

「『死体の乙女』の名において、
　ワシはフレイグを指名する。
　
　言いたくもないがの……
　今のワシらの中で、バケモノと
　戦えるのは実質、小僧だけ。
　
　ヨーズも斬り合いじゃ
　小僧に敵わん。
　
　ゆえ、敵が乗りうつるなら、
　小僧じゃろう……」

「私、べつにない。確証とかは。
　ただ。
　選ばなきゃならないなら。
　
　殺せるの、
　
　この中では、フレイグだけ」

「ふたりとも、おかしいわ！
　どうしてそんなこというの！？」

「ゴニヤの言う通りです！
　『儀』で我らのすべきは、
　ただ、選ぶことのみ！
　それ以外の言葉は不要です！
　まして、そのような、
　言い訳のめいたこと……！
　
　これはヴァルメイヤへの
　裏切りですよ！」

「……知らない。私は以上」

「……乙女への裏切り、じゃと？
　
　じゃあ聞くがのビョルカ。
　何の理由も聞かされず、
　ただ『犠』となるほうが、
　納得いかんとは思わんか！
　
　ワシなら思うぞ！
　剣が折れたならなぜ折れたか、
　ワシの腕か、使い方のせいか！
　知らずには死に切れん！
　
　全てを乙女の意志じゃとして、
　いったい誰が救われる！」

「……まあ、分かる。
　
　鍛冶も、猟も、
　『なぜ』を考えなきゃ
　やれない仕事。
　みんなが嫌う、
　『理（り）』ってやつ。
　
　フレイグも、分かるはず」

「わからない……
　『理』はこわいものと
　おそわったわ。
　こんなやりかたで使って
　ほんとうにいいのかしら……
　
　こわいわ……ふたりとも！」

「落ち着きなさい、ゴニヤ。
　確かに『理』は、我らでなく
　ヴァルメイヤに委ねるべき。
　しかし刃と同じく、
　人を想う心があれば役に立つ
　ものでもあります。
　
　……分かりました。
　あなたがた2人が
　あくまで良心に基づいて
　『理』を振るうと言うなら、
　信じましょう」

「私は別に、『理』なんて……」

「しかし、それを他人に強いる
　ことはできません。
　私やゴニヤが、良心に従って
　黙っておくこともまた──」

「──いや、だ、
　
　明かして下さいよ、
　ビョルカさんも、ゴニヤも、
　
　でないと、
　でないと僕は……」

「フレイグ！？」

「そうしないと！
　みんな同じにしないと！
　なんか……イヤなんだよ！
　
　分かるでしょ！？」

「……皆の気持ちも分かる。
　じゃが、ここはあえて、
　『理』を手にとるべきと
　ワシはあえて繰り返す。
　
　ゆえに皆が、疑いの理由を
　述べることにも賛成じゃ。
　いずれそれを振り返って、
　分かることもあろうからの。
　
　ビョルカよ。
　どうしてワシを指さした？」

「……ふう……
　分かりました。フレイグまで
　それを望むというのなら……
　『理』で救いがあるか、
　試すこととしましょう。
　
　では、言います。
　『儀』をすると決めてすぐ、
　あなたはすぐ『理』に
　走りましたね、ウルヴル。
　
　職人としての心がそうさせた
　とも思えましたが、少し、
　奇妙に思えた。
　それ以上のことはありません」

「ムウ……なるほどのう。
　ゴニヤ、お前はどうじゃ」

「ゴニヤは……ゴニヤは……」

「……もしあなたが良心から
　言いたいのであれば、
　ヴァルメイヤへの責は
　私が負います。
　
　でも、いいのですよ、
　無理をしなくても……」

「……ううん！ 言うわ！
　こどもだからって
　あまえたくないから！
　
　
　ゴニヤには、つよい理由なんて
　ありはしないの。
　
　ただ、ヨーズが……
　
　さいきん、フレイグに、
　なんだかつめたくて、
　へんだから……」

「……そう。ありがとう。
　
　では、フレイグ。
　あなたの『理』を聞く番です」

「……僕は……」

「……僕が、ウルヴルさんを
　指さしたのは……
　
　理由なんて……
　
　……いや、ないです。
　
　一人選ばなきゃならないから、
　無理矢理決めただけ……」

「フレイグ。
　やはり心を隠すというなら、
　それもあなたの一存です。
　その公正さや善悪は、
　あなたが自分で考えること。
　
　
　ただ、独り苦しみ悔いるより、
　ヴァルメイヤに預けては
　どうですか」

「僕は……
　
　誰が怪しいとか以前に、
　女子供が死ぬのが嫌です……！
　
　見えてる敵なら、
　僕が剣にも盾にもなる！
　
　けど『ヴァリン・ホルンの儀』
　だと、僕は立てない……！」

「……なるほど。
　だからせめて、残る唯一の
　成人男性であるウルヴルを、
　やむなく指さしたのですね。
　
　どのような決意も、
　それが善なる意志に基づくなら
　ヴァルメイヤは祝福します。
　
　加えて言えば、あなたの決意は
　我らの道に一切恥じぬものと、
　私は思いますよ、フレイグ」

「……御託はいらん。
　次に進んだらどうじゃ」

「言いながら目を反らすジジイ。
　考えは読めない」

「結構です。
　こたび各々が指さされた数は、
　
　フレイグ、2人。
　ウルヴル、2人。
　ヨーズ、1人。
　このようになりました」

「『ヴァリン・ホルンの儀』は、
　ただ一人を選ぶための、
　決選の儀を含みます。
　
　フレイグとウルヴルを除いた
　3人により、
　どちらか一人のみを選びます。
　
　……では、早速の指名を……」

「まって、ビョルカ！
　ふたりの言い分をききたいわ！
　ひとことだけでも！
　
　でなきゃ、えらべないもの！！」

「私は別に、あってもなくても」

「本来の儀にはありませんが……
　まあ、いいでしょう。
　
　フレイグ、ウルヴル、
　伝えたいことはありますか」

「……僕は、さっき言ったから。
　でも……
　
　さっきウルヴルさんやヨーズが
　言ったようなことはないです。
　僕はレイズルさんを
　殺してない……
　
　それ以上、誰かを疑うような
　理由も、気持ちもありません」

「ワシも別に、小僧が憎くて
　言っとるわけじゃない……
　
　ただ意見は変えんぞ。
　ワシは絶対『狼』じゃないし、
　危ういのは小僧に違いない」

「ウルじい……」

「……いいですね？
　それでは決めますよ。
　
　『ヴァルメイヤよ、
　　ご照覧あれ！』
　
　血と肉と骨にかけて──
　
　　　みっつ！
　
　　　　　ふたつ！
　
　　　　　　　ひとつ！」
　

「『儀』は決しましたね。
　選ばれたのは、ウルヴル。
　
　日没、ヴァルメイヤの刻限。
　間もなく捧げものは為され──」

「ちょっと待てェ！
　
　ゴニヤは、さっきヨーズを
　指さしとったの……
　
　ワシを思って、
　避けてくれたんかの？」

「……ええ、そうよ……
　
　ゴニヤ、どっちがあやしい
　なんて、えらべないけど……
　
　でも……でも……
　ウルじいがしんじゃうのは、
　イヤだったもの……！」

「……ありがとうの、ゴニヤ。
　
　ゴニヤはいい。
　ビョルカも、前と変わらん。
　『納得』できる
　
　なぜじゃ、ヨーズ！
　
　おまえはさっき、
　小僧に入れて、」

「気が変わっただけ。
　
　ビョルカの言う通り。
　ちょっと変。ウルヴル」

「ヨーズ！ ひどいわ！」

「……
　
　ワシとしたことが、
　読み違えたわい。
　ヨーズに限って、あり得んと
　思とったのじゃが……
　
　大義や大局を、私的な感情で
　曲げるとは、言語道断……！
　
　汚らわしい！
　醜い、醜いぞ、
　きさまの想いは、ヨーズ！！」

「────……！」

「──そこまでです！！
　これ以上、道を汚すことは、
　ヴァルメイヤが許しても
　私が許しません！！
　
　ウルヴル！ よろしいですね！」

「……あい分かった！」

「……ああまで言っておいて、
　頼めた義理じゃあないがの。
　
　もしきさまが、
　『狼』でないなら。
　
　後は頼むぞ、フレイグ」

「『死体の乙女』よ！
　
　血と肉と骨にかけて！！」

「……ゴニヤ、ひとりでねるわ！」
　 そう言い放ったゴニヤが、
　一人で離れていってしまった。

「ああ、もう……
　
　ウルヴルのことがまだ、
　納得できないのでしょう。
　幼い子ゆえ、仕方ないですね。
　
　私が少し話してきます。
　皆さんはここで……」

「待って。
　
　今夜はそのまま。
　バラけて寝よう」

「……なぜです、ヨーズ。
　猟師としての直感ですか？」

「逆。敵が獣なら絶対離れない。
　
　備え。万一の可能性。
　昨日。たまたま1人で
　済んだだけかも。
　
　『狼』かどうか、関係ない。
　昨日と違う態勢で備えたい」

「……あなたが言うなら
　そうしましょう。
　夜の雪山は魔物の狩場。
　『村』の巫女の先輩方も、
　全滅を避けるために同様に
　離れて夜を越したとか。
　
　その知恵を、今は頼ることと
　しましょう」

「『護符』の範囲はわりと広い
　ようですから、
　その範囲で、散りましょう。
　
　ゴニヤには私から説明します。
　
　それでは、ヨーズ、フレイグ。
　気を付けて下さいね。
　
　おやすみなさい」

「下痢の妖精」

「違う。もうやだ。なに」

「夜は私が警戒する。
　昼の大役。お疲れ。
　とっとと休んで。
　あと死んで」

「え、あ、へ、あの、
　ねぎらいのことば……？
　とか疑問を口にする間もなく
　何なんですかオイコラてめえ
　百日下痢の呪いで
　尻の穴を焼き切ってやろうか」

「……寝よう」

「寝ろって言った。
　耳も詰まった？ 便秘の化身」

「下すか詰まらすか
　どっちかにしろよ。
　
　眠れないから、ちょっと話を
　できないかなって来ただけだ。
　
　……どこいるんだよ。
　顔見せてくれよ。
　狙われてるみたいで
　命の危険感じるだろ」

「無理」

「なぜに」

「いま裸」

「こっちも眠れない。
　『護符』のせい。やたら暑い。
　雪浴びてた。
　いきなり来るな。
　完全変態フンコロガシ」

「いっとくが屋外で勝手に脱いで
　狙撃してくる奴のほうが
　変態のレベル高いからな！！
　
　つうか今さら何だよ！！
　『村』じゃガキはまとめて
　湯浴みだっただろ！！」

「……そうだった。
　ブタの鼻みたいなアザが
　あったよな。あんたの内股」

「なんでそんなん見てんだよオイ
　絶対人に言うなよ今もあんだよ」

「知らないし
　それとこれ、まったく別。
　
　1つ数える。去るか死ね」

「みじけえ！」

「いーち、」
　全力で逃げた。

「皆さん、無事で何よりです。
　
　これは、『狼』の脅威は
　去ったと見ていい……
　ものでしょうか？」

「何とも言えない。
　最後まで警戒したい。
　
　必要なら、追加の『儀』も」

「……フレイグは、
　どう思いますか」

「うーん……
　詳しいことは、次に何か
　起きてから考える。
　それまで慎重に進む、かな」

「ありがとう。
　
　つわもの2人の考えは、
　ほぼ一致しているようです。
　
　慎重に、進みましょう。
　
　ゴニヤも、いいですね？」

「……はい」

「ゴニヤ、大丈夫？
　怪我とかしたか？」

「……！ なんでもない！
　なんでもないわ！」

「手を伸ばせば
　露骨に避けられた。
　
　とりもなおさず、
　無理はない。
　これはウルヴルジジイの
　命を奪った手だ。
　
　だけど……
　やっぱり、悲しいな」

「フレイグ。しんがり行って。
　中衛は私がやる。
　
　よしよし」

「ヨーズ……！
　
　もう少し固まって歩いた
　ほうがよくない……？
　
　僕が偵察で行ったり来たり
　してるせいで、
　全体の速度が落ちてるのが
　気になるんだけど……」

「駄目。
　獣の気配が強い。
　たぶん、追われてる。
　
　先に見つけて。
　追い払うか、殺す。
　
　今度はあっち行って。
　その次はそっち。
　ゴー。猟犬。ゴー」

「いた！ 見つけた！！」

「ゴニヤの姿が見えません……」

「──やめて！ はなして！！」

「駄目。なんで逃げた？」

「ヨーズ！
　どうか手荒にせぬように！
　
　……ウルヴルを『館』にやった
　ことが、そこまであなたを
　追い詰めたのですか、
　ゴニヤ。
　
　どうか話して下さい。
　それ以外に、私たちには
　心当たりがないのです」

「………………」

「……今日一日から判断して、
　どう思いますか、皆さん。
　
　私は実のところ、
　もう安心してよいのでは、
　とも思うのですが……」

「僕は……まだちょっと、
　判断できないです。
　ヨーズは？」

「……獣以外、危険は感じない。
　私見。『儀』は不要」

「……ゴニヤは、
　やったほうがいいって……」

「なあに？」

「…………」

「はっきりしないことがあれば、
　『死体の乙女』に聞くのが、
　僕らのやり方かな、なんて……」

「……フレイグが正しいですね。

　それではやはり『儀』は
　執り行うことにしましょう」

「……その程度で命かける？」

「なので、こうしましょう。
　フレイグ、そこに盾を置いて。
　これを指さすことで、
　『誰も犠としない』を
　選べるものとします。
　
　皆がそれを望むならば、
　ヴァルメイヤもそれを認める
　というわけです」