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現実世界の過労でうつ病をわずらった「元社長」が、宇宙MMOの世界でふたたび企業の経営者を二度も務めた話。58歳のプレイヤーになぜゲームをプレイし続けるのかを聞いてみた【『EVE Online』プレイヤー取材記】

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経営したゲーム内企業、日本円で100万円の資産を抱える規模に

 しかし、盛者必衰の理は、思いのほか早く適応された。獲得した太陽系の資源を最大限に活用するためだろうが、Killarkhan氏が(Ved氏の発言によれば)独断で、単体での戦闘能力を持たない、採掘や交易専門の企業を同盟に加入させはじめたのである。

 この流れをきっかけとして、Runner’s HighTricell Coalitionからの脱退を宣言。防衛能力を大きく損なったTricellは内外の圧力に圧され、2010年ごろ、ついに崩壊したのであった。ただ、この灰燼から立ち上がり、仲間を集め、2021年の現在まで続く新たな企業連合──Caladrius Allianceを設立した者もいる。私たちはいずれ彼の証言を聞くことにもなるだろう。

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Runner’s Highのアライアンス所属歴。サードパーティーの情報サイト『Dotlan』から。

Ved Run氏
 Runner’s Highは同盟を失いましたが、Nullsecでの生活に慣れたわれわれは、Unclaimed.Against All Authoritiesといった海外の企業連合に参加することにしました。もはやそうしないことにはコンテンツが無いくらい、会社に所属しているプレイヤーたちが育ってきていたのです。

 いまだから言えますが、当時われわれが保有していたスーパーキャリアーの数は六隻。そのほかの資産も含めると、日本円で百万円は抱えていたと思います

新入社員が獲得できない問題。そしてひとつ目の企業を解散へ

Ved Run氏
 ただ、それはそれで問題が出てきました。Nullsecはエンドコンテンツで、敷居が高いですから、プレイヤーにもある程度のスキルと力量が求められます。そうなると、新入社員が入ってこれない、あるいは入ってもコンテンツを提供できないんです

 人の入れ替わりがなくなって、だんだんとアクティブプレイヤーの数が減ってきました。日々のローミングも成立しなくなって、どうしたものかと悩み始めました。

  「そうだったんですね」と私は言った。

──私が所属していた企業、ONI Industryは、その当時Nexus Fleetという北米系の企業連合に加入していて、南部で生活していました。Faythabolisのあたりです。
 そこからRunner’s Highが所属していたUnclaimed.の本拠地、Catchまでは十数ジャンプだった。所属していた連合同士は戦争していたけれど、私怨はなくて……よく艦隊を組んで遊びに行った記憶がありますよ。2013年ごろのことでしょうか……。

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当時の戦力図。下部のクリーム色で表された『Nexus Fleet』が当時筆者の在籍していたアライアンス。その下の深緑色で表された『Unclaimed.』がVed Run氏の在籍していたアライアンス。Nexus Fleetの領土より以東はN3連合、Unclaimed.より以西はDRONE REGION連合軍。つまり我々は最前線を分け合っていたわけだ。この戦争のひとつの転換点であったC3-0YD防衛戦の詳細は、別誌ではあるが、筆者がN3連合側の視点からまとめてある。また、当時の俯瞰的な戦況の解説は、Caladrius AllianceのFoch Petain氏による2016年の解説記事に詳しい

 長く続いた戦争の末、心身ともに消耗した多くのパイロットたちが、退職を決意した。この人員流出の流れを見て、氏はRunner’s Highの解体を決断した。似たようなことが、銀河系全体で起きていた。長きにわたる戦争は戦勝側の富を消尽し、敗戦側は組織の再編と新しい目的の確保を余儀なくされ、宇宙全体に寂しげな別れの気配が漂い始めていた。

 そんななか、宇宙の政治的趨勢を決める海外の大企業連合に名を連ねて戦った日本企業の面々は、この戦争で学んだことを糧に、主体的な軍事行動を可能とする新たな日系企業連合Vox Populi.の創設を目論みはじめた。詳細は省くが、この企業連合の黎明期に、解散したRunner’s Highの面々が加入するという流れがあった。
 この(当時の筆者にとって)じつに頼もしい面子のうちに、その当時の個人総資産を比較して、日系プレイヤーでは誰一人敵うもののいなかった、Ved Run氏が含まれていたのである。

 ここでやっと冒頭の、タイタンの話に戻ることができる。もはや時の流れのなかに失われたある作戦のなかで、筆者はVed Run氏のエレバス級タイタンに出港を要請した。その作戦のなかで、彼のタイタンは失われてしまったのである。

ふたたび企業を立ち上げるも共同設立社が蒸発

 これだけが直接の原因というわけではないが、事件からしばらくのあいだ、氏はモチベーションの低下に悩んでいた。自身の病状のこともそうだし、企業連合を抜けてしまったために、自分がもっとも自信を持っている能力──マネジメントの能力を発揮できる場所がないことにも、悩みはじめた。『EVE Online』のプレイヤーにはよくあることだが、思い詰めるところまで思い詰めて、一時はすべての資産を売却し、ゲームを引退して、ハワイに遁世することさえ考えた。

 その資産整理をまさに行いかけたとき、往年の友人から、もういちど新しく企業をつくり、はじめからやりなおしてみないか、という誘いがあった。これが、その名を知らぬもののいない戦闘狂集団、Piccolo S.P.A社の設立の所以である。

 この企業の勢いは恐ろしく、日本語コミュニティの有志が運営しているポータルサイト「Evenews Japan」の全日系企業撃墜数一覧表にて、十ヶ月連続で撃墜数トップを誇ったほどである。同社は半年足らずで、Lowsec地域で巨大な武力をもつ企業連合、Siege Green.に加入するまでに成長した。

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 しかし、創業の瞬間は波乱に満ちていた。人々に声をかけ、ゲームシステムに会社を登録したその日に、氏を誘った共同創立者が蒸発してしまったのだ。残されたのは、ここで新しいキャリアを積むことができるのだと期待に胸を膨らませて集った、将来有望なパイロットばかりだった。

 氏は悩んだ。しかし結局、新会社をなかったことにするという選択肢を、採ることができなかった。創立メンバーとして集まった初心者や中堅、ベテランのパイロットたちを前にして、一時は諦めかけていた『EVE Online』への情熱を、もういちどかき立てた。

 そこから、運命は氏に優しかった。楽しくゲームができればいいという気楽な趣旨の企業だったにもかかわらず、とんとん拍子に人が増え、ベテランが活躍し、若手が育ち──総体として、相当なレベルの軍事力を保有するまでに至ったのだ。

 とはいえ、またしてもリクルートの問題が再燃し、同社は二年ほどで活動を休止することになる。そこからさらに、近年急成長をみせた日系企業連合、NACHO Allianceへと氏は移籍し、さまざまな業務を始めることになるのだが……。

なぜ困難があっても『EVE Online』をプレイし続けるのか?

 「と、まあこんなところです。こういったお話で、大丈夫でしたか」と氏は言った。

 「お聞きしたいことがあります」と私は言った。

──お話を伺っていると、いくつもの波乱と挫折を経験されてきたようですね。最初の巡洋戦艦が墜ちたとき、Tricellが崩壊したとき、Runner’s Highが解散したとき、そしてタイタンが墜ちたとき……いずれも心が折れて、ゲームを止めるに足る出来事だったと思います。

 タイタンが墜ちて、私たちの企業連合から抜けたあと、モチベーションが下がったと仰っていました。そのあと新しい会社を作ったのも、共同創設者に誘われたからであって、自分から意欲を持って取り組んだわけではなかった。そして共同創設者が蒸発して、メンバーだけが残った……にもかかわらず、あなたはゲームを止めなかった。それは……。

 私は少し考えて、つぎのように言った。

──あなたが『EVE Online』の世界で挑戦することを諦めないのは、かつて現実世界で経営されていたプログラミングの会社から、あなたが蒸発したことを、悔いているからでしょうか。

 しばらく考えたあと、氏は言った。

Ved Run氏
 誰かと何かをするのが好きなんです。事業を計画して、マネジメントして、人をまとめるのが。引退せず踏みとどまったのは、やはり、このゲームのなかで、それができるからでしょうね。

 病気のことがありますし、ずいぶん歳を取りました。現実で会社を興すことは、もうできません。しかし、このゲームのなかでなら、可能なのです。この幻の世界であれば……。

 そのとき私は想像のなかで、寝台に横になり、私に説法を説いている寝釈迦像の姿を見た。その前にはDiscordが動作しているタブレットがあり、それに向かって男が話しかけていた。氏の心はさまざまな辛苦を越えて朗らかであるように思われた。

 あえて言おう。氏はもはや、われわれの〈現実〉に寄与することはないだろう。ゲームにばかり熱中して、なんの価値ももたらさない、還暦を目前にした鬱病持ち。社会に貢献しない手帳持ちと、氏を嘲ることはあまりにもたやすい

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 しかし。私は少年のころ、氏が創造したユーザーインターフェイスに触れたことがある。

 二十年前の夏の日、私の両親が経営するささやかな会社の顧客名簿は、NECのPC-9821に保存されていた。裏手の森で蝉が鳴き、夕立を予兆する入道雲が青空にあらわれていたあの永遠の夏の日、Windows 95で動作する名簿管理アプリケーションに、少年はデータを打ち込んで、いくばくかの小遣いをもらったものだ。

 そして、私の記憶が正しければ、あのアプリのユーザーインターフェイスのマウスカーソルは、握ったり離したりする手のアニメーションを持っていた。それを頼りに、私は、子供には難しいはずの、名簿入力をオペレーションを一人前にこなしていたように思うのだ。

 もしもそのようにして人間のあらゆる活動や仕事が繋がっているのであれば、それこそが社会と呼ぶべきものだ。われわれの精神がオンライン・サーバーに接続して交歓するとき、体験と友情が生まれる。その軌跡がいつの日か誰かのもとにたどり着き、好ましい感情を生むとき、われわれは、生きることは無駄ではなかったと感じることだろう。

──たとえそれがオンライン上の、ピクセルの星々と宇宙船に彩られた、夢幻の世界の出来事であったとしてもだ。

 氏がふたつの世界で行った仕事の跡は、たしかに後世に受け継がれている。それは金銭的価値の製造や社会的な寄与に留まらない、かけがえのないものであると、私は思う。

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2021年の『EVE Online』における巡洋戦艦、ドレイク。

 「最後にひとつ、質問なのですが」と私は言った。「『EVE Online』のユーザーインターフェイスについて、どうお考えですか」。

 氏は微笑みながら言った。「それについては、回答を控えておきます。公式案件でしょう、これ」。

 Ved Run氏のご病気の快復を心から祈念して本稿を擱く。

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藤田祥平
1991年大阪府生まれ、文筆家。
Twitter : @rollstone
Website : http://shoheifujita.smvi.co/
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ニュースから企画まで幅広く執筆予定の編集部デスク。ペーペーのフリーライター時代からゲーム情報サイト「AUTOMATON」の二代目編集長を経て電ファミニコゲーマーにたどり着く。「インディーとか洋ゲーばっかりやってるんでしょ?」とよく言われるが、和ゲーもソシャゲもレトロも楽しくたしなむ雑食派。
Twitter:@ishigenn

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