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ふたりのインディーゲーム開発者がひとりの小学生に救われた話──構想16年、開発10年を費やした『RPGタイム!』制作の裏には小学生が作った「文房具図鑑」の存在があった

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真面目さと遊び心が両立しているところが『文房具図鑑』の魅力

──『文房具図鑑』に触発されて「図鑑のようなボリューム」を目指したという『RPGタイム!』ですが、どのような魅力を感じたのでしょうか?

藤井氏:
 『文房具図鑑』のいいところを考えたときに、大きく3つあると思いました。

 「深み」というものは「ボリューム」から出てくると思うんです。ページ数や描き込み、バリエーションの多さがおもしろさにつながるということを『文房具図鑑』から学びました。

 『RPGタイム!』も、ページごとに遊びや表現が異なっていたり、そもそもゲームではないものも入っているのですが、それらはまさに『文房具図鑑』の影響を受けています。

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 ものを作るとき「たくさんの量を積み上げること」は「時間を費やすこと」なので、覚悟がいると思うんです。なので、量を積み上げた先にある「厚み」がいわゆる世界観や独自性だったり、思いの強さにつながると思ったので、分厚いというのはいいことだと改めて感じました。

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 つぎに、『文房具図鑑』は型にはまらない自由なレイアウトもすごく素敵ですよね。たとえばノートに罫線があったら、ここまで自由にはならなかったと思うんです。罫線のない、真っ白なノートをお母さまが渡されたところがまずすごいところだと思っていて、「なんていうファインプレーなんだ」と。「お母さまありがとうございます!」みたいな。

──(笑)。

藤井氏:
 『RPGタイム!』はノートに罫線が入っているんですけど、そういった型にははめず、自由にやっていこうと思いました。健太郎さんの『文房具図鑑』には「ページをめくったらなにが描いてあるんだろう」と、エンターテインメントとして先が知れないわくわく感があるんです。そこも見習わさせていただきました。

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 最後は、真面目さと遊び心が両立しているところが『文房具図鑑』の大きな魅力だと思っていて。

 真面目さと遊び心をどちらも成立させながら、ひとつのものを作ることは簡単なことではないですよね。だからこそ、そういう作品が世の中に出ることは少ないと思うんです。『文房具図鑑』はどのページも根本的には真面目で、かつ遊び心を持っているなって。

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 『文房具図鑑』を制作している途中でしんどいこともあったと思うんですよね。健太郎さんも「全部がまったく手抜きじゃありません」というわけではないと思うんですけど、それは妥協ではなくて挑戦だと思っています。

 なので、僕らもちゃんと真面目さと遊び心を持ちながら1ページ1ページ丁寧に考えていこうという方針になりました。どのページも見どころがいっぱいという形は『文房具図鑑』を目指してがんばったところです。

──健太郎さんはいまのご意見をうかがっていかがですか?

健太郎氏:
 『文房具図鑑』は最初のほうは文房具の紹介などをしていてめちゃくちゃ密度があるんですけど、じつは後半になるにつれてネタが尽きてきて(笑)。

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一同:
 (笑)。

藤井氏:
 ネタが尽きたときが、アイデアの出しどころなんですよね。

健太郎氏:
 勘のいい人は気づくかもしれませんが、後半にノートの紹介が多くなっている理由は1ページ1ページを大きく使えるからなんです。原寸大で描いているので。

藤井氏:
 原寸大にしたのはまさにアイデアだと思います。

健太郎氏:
 全部で100ページあるので、だんだんと紹介できる文房具が尽きてしまうんです。なので、文房具屋に取材に行くこともありました。

藤井氏:
 そういえば『文房具図鑑』には漫画も載せていますが、文房具以外を載せることに抵抗はなかったのですか?

健太郎氏:
 4コマ漫画はけっこう描いてたのでそんなに抵抗はありませんでした。じつは今日、その漫画も持ってきています。

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──すごい量ですね!

健太郎氏:
 最初のほうは小1のときに描いたものです。小5くらいでやめてしまいましたが、400話近くまであります。

藤井氏:
 どんどん背景がうまくなってますね。

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健太郎氏:
 舞台となる世界を決めて背景を描いていました。

藤井氏:
 設定的なやつですか!?

健太郎氏:
 そうですね。たとえば、これは家やお店の見取り図です。

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南場氏:
 本棚にある本の1冊1冊まで細かい……!

藤井氏:
 あっ、この見取り図、どこかで見たことあると思ったら『文房具図鑑』の裏表紙ですね。

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南場氏:
 漫画はボールペンで描いているんですか?

健太郎氏:
 ボールペンです。

南場氏:
 ということは、一発描きですか!?

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健太郎氏:
 そうですね。下書きがあまり好きじゃなくて……。

南場氏:
 だから早いんだ。じゃないとこの量は無理だもん。

藤井氏:
 『RPGタイム!』も、鉛筆の絵で描いたものにいっさい色を入れていないんですね。それは、たくさん描きたいからなんですよ。

 本当だったら鉛筆で描いたあとに清書して色を塗って、いまのゲームだったらそれを3D化する流れになったりしますが、それをしてしまうとすごくコストがかかるので。僕らは鉛筆だけに絞ったことで、ボリュームを出すことができました

 でもそれよりも、ボールペン一発描きのほうが早いですね(笑)。

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一同:
 (笑)。

藤井氏:
 鉛筆だと消せるから書き直しちゃうんですよ。その分スピードが落ちるんですよね。

南場氏:
 一発描きは潔い。

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手描きの魅力はそこにある背景をイメージできるところ

──健太郎さんは白紙のノートの余白を意識的に埋めようというとしていたのでしょうか?

健太郎氏:
 情報量の多いものが好きなので、余白があると埋めたくなってしまいます。「デザインは余白」と言われたりしますが、僕は描きたくなるから逆なんですよね。

 でもじつは美大受験をするうえで、「粗密」というテクニックを学びました。均一に描き込んでしまうのではなく、部分的に描き込まない部分も作ったりという。いまはそういうことも取り入れています。

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──手描きの魅力ってどういうところだと思いますか?

健太郎氏:
 僕の場合、デジタルだと複製できてしまうので、逆に雑になってしまいがちなところがあって。手描きだと1点ものなので大切にしようと思えますし、温かみも感じます。とはいえどちらもいいところがありますね。

南場氏:
 手描きは質感みたいなものが出てくるのかなと思っています。鉛筆で描くと描いたときの汚れまでついて、雰囲気がいいんですよね。汚れとかシワとか紙の質感まで含めて「ひとつの絵」というか。

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藤井氏:
 汚れやシワがあると、そこにある背景をイメージできるところがすごくいいと思っています。描いた人の顔やストーリーが見える気がするんですよね。なので、手描きしたものをスキャンしてゴミを綺麗にしてしまうと「なんか足りないな」と思ったり。あとはラフ絵のほうがかっこよく見えるとかありますよね(笑)。

健太郎氏:
 ああ、わかります(笑)。

藤井氏:
 綺麗な線を引いてバチッと決まる人もいるとは思うんですけど、僕らは清書してしまうとだめみたいで。
 人っていい感じの線を勝手に見つけてくれるんですよ。ラフの状態だと見た人によっては、ちょっと痩せて見えたり、太っても見える。その想像力にお任せするのもおもしろいなと。

健太郎氏:
 デジタルで綺麗すぎると背景と馴染んじゃうことがあって。たとえば駅のホームでも「こちらです」みたいな目立たせたい字は手書きで書いてあったりしますよね。そうすることで、駅の綺麗なところと差が出て目に入りやすくなるっていう。

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──なるほど、たしかにそうですね。

健太郎氏:
 ……という話を大学の教授がしていました(笑)。

藤井氏:
 大学に行きたくなる話ですね。

一同:
 (笑)。

『文房具図鑑』は自分の中にある他人に向けて語りかけている

──『RPGタイム!』も『文房具図鑑』も、その密度を見ると、ある種の狂気があるからこそ生み出されたものだと感じたんですね。ご自身が作られる「ゲーム」または「書籍」について、作品を作っているイメージなのか商品をつくっているイメージなのか、制作物をどのように捉えていらっしゃいますか?

健太郎氏:
 僕は作品を作るイメージです。いままで売るものを作ったことがないというのもあるんですけど、『文房具図鑑』は作品どころか趣味だったので。でも、じつは人に語りかけるような口調で書いているんですね。それは他者に向けてというより、自分の中にある「客観的なもうひとりの自分」に向けて語りかけているみたいな。そのあたりは商業的なところかもしれないです。

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──主観でありながらも客観的に物事を見ているんですね。

藤井氏:
 たしかに、『文房具図鑑』は身近な人に語りかけてる感じがしますね。「あのね」っていうのがすごく身近に感じる。

──お母さまに見せるという前提で作っていたのかと思っていたので驚きました。

健太郎氏:
 母親にも恥ずかしくて見せたくなかったです(笑)。けっこう人見知りなので、自分から人に見せようとはあまり考えていませんでした。

藤井氏:
 お話を聞いていて、健太郎さんは自分に対して語りかけることができるからすごい量を作れるのかなと。周りからの反応に制作の影響を受けないというか。自分で完結されているので突き進むことができるんだろうなと。

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 僕はどちらかというと人に見せて反応を聞くところがあるので、よく考えると効率が悪いというか、前に進めていない感じがするんです。フィードバックをもらえることはいいことでもあるんですけどね。

──藤井さんと南場さんは『RPGタイム!』を作品と商品のどちらで捉えていらっしゃいますか?

藤井氏:
 僕らも作品として作っているイメージです。というのも、前身となる『バトルクエスト』は僕と南場が学生のころに卒業制作として作ったものなので、商品としては作っていませんでした。

 20代後半くらいになってそれぞれが別のゲーム会社で経験を積んでいたのですが、オリジナルゲームってよほどの幸運がないと作れないんですね。自分のゲームが作れないという中で、だったら自分たちで「こんなふうに作れるよ」というのをみんなに知ってほしくて作り始めたのが『RPGタイム!』でした。

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──おふたりでいると意見が衝突したりどちらかを選ばないといけないという場面もあったかと思いますが、折り合いのつけ方やルールはあったのでしょうか? また、制作期間が長い中で、譲らずに貫いたものがあれば教えてください。

藤井氏:
 (南場さんを見ながら)あまり喧嘩しないもんね。

南場氏:
 いちおう役割の違いはあるので最終的に判断をつけるのは藤井なんですが、それまでは普通に話し合いをしています。

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藤井氏:
 でも実際のところ僕が判断することもほとんどなくて。もしかしたら南場がすごく我慢をしてくれてるのかもしれないですけど(笑)。たとえば僕が熱くなっているときは南場がクールダウンしてくれたり、その逆もあったり。そのあたりのバランスは特に決めたわけではなく自然と役割ができていて、いわゆるディレクター的な判断で決めたことは数回くらいですかね。

 その判断も私と南場ではなくゲームに登場する「ゲームクリエイターを目指す小学生のケンタくんが判断する」というところに行きつきました。ケンタくんの答えを自分たちで探す感じです。

南場氏:
 ケンタくんを基準にすることで、「彼ならこういうアイデアを選ぶ」とか「彼はこうは言わない」といった判断ができるようになりました。

──コンセプトがブレないように意識を合わせるということもされたのでしょうか?

藤井氏:
 ゲーム業界では「コンセプトをしっかり決めるべきだ」と言われがちですが、僕らはひとつに絞れませんでした。なので『RPGタイム!』はコンセプトを定めずに、さまざまなゲームジャンルに挑戦しています。

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 健太郎さんは『文房具図鑑』を最初のページから順番に描かれていたとのことですが、僕らも1ページ目から描いていきました。ただ、制作期間が10年近くもあったので、作ってる途中で自分たちもスキルアップしていくんですね。3Dが作れるようになったりしたりして、どんどんおもしろくなっていくんです。

南場氏:
 世界観はきっちり守るようにして、ゲーム自体は自由に作っていくっていう。たぶん、ゲーム制作としてはめずらしい形ですよね。

──健太郎さんは美大で共同制作も経験されているのでしょうか?

健太郎氏:
 大学の課題でグループワークをする機会があったのでふたりでやってみたのですが、なかなか難しくてお互い別のものを作ることになってしまいました(笑)。

──“RPGタイム!2”がもしあるとすれば、デスクワークスさんと健太郎さんが一緒に作ったらすごいものが生まれそうですが。

藤井氏:
 そうなったら、僕たちも別のものを作っちゃうかもしれません(笑)。

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一同:
 (笑)。

藤井氏:
 でも、別のものを合わせたときにおもしろいことが生まれることってあると思うんですね。だからこそチーム制作はおもしろい。僕と南場は好きなものもぜんぜん違いますが、でもなんか合うんです。やっぱり「1」ではないおもしろさができるなと思っていて。

 もちろん、ひとりで作るという魅力もあると思いますが、健太郎さんもチーム制作の機会があればぜひいろいろ体験してみてほしいですね。

──健太郎さんは『RPGタイム!』を実際に遊んでみていかがでしたか?

健太郎氏:
 本当にこだわりがすごくあって、楽しかったです。ノートの中の物語なのに実際に現物が落ちてきたり、そういうインタラクションみたいなところもあって。

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──普段はあまりゲームをされないとうかがいましたが、『RPGタイム!』を遊ばれてみて、エンタメ的なおもしろさとアート的なおもしろさ、どちらを強く感じましたか?

健太郎氏:
 創作も楽しかったのでエンタメ的なところもありましたが、僕はアート的な印象が強かったです。なんといっても手描きですし。

──触れるアート作品みたいな感じでしょうか。

健太郎氏:
 ああ、そうです! 鉛筆で描いた絵が動くって理想でしたけど、実際あまり見ることがなかったので、それもすごく楽しかったです。

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副編集長
電ファミニコゲーマー副編集長。
編集部
幼少期からホラーゲームが好き。RPGは登場人物への感情移入が激しく的外れな考察をしがちでレベル上げも怠るため終盤に苦しくなるタイプ。自著「デブからの脱却」(KADOKAWA)発売中
Twitter:@MarieYanamoto
デスク
電ファミニコゲーマーのデスク。主に企画記事を担当。 ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
Twitter:@ex1stent1a

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