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【全文公開】伝説の漫画編集者マシリトはゲーム業界でも偉人だった! 鳥嶋和彦が語る「DQ」「FF」「クロノ・トリガー」誕生秘話

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早熟な子供が編集者になった理由は?

――色々とゲーム業界のお話を聞かせていただいて面白かったのですが、さすがに鳥嶋さん自身のほうに興味が湧いてきたというか……そもそもなぜ編集者になったんですか。別に漫画が好きだったわけではないんですよね。

鳥嶋氏:
 就職活動のときに、「自分とは何か」を定義することが必要だと思ったんですよ。それで、自分が人より優れているものを書き出して、一つずつ消して行ったら、最後に残ったのが「人より本をたくさん読んでいること」だったんだよね。となれば、作家か編集者の二択ですよ。

 でも、僕は「昨日の悔しさを今日には忘れる」タイプの人間なんです。翌日の天気が良ければ、「まあいっか」みたいなね(笑)。そういう人間は作家に向いてないから、編集者になった。それだけのことですよ。

――……うーむ(笑)。

佐藤氏:
 鳥嶋さんっぽいね(笑)。

――本はどんなものを読んでたんですか?

鳥嶋氏:
 小説ならハヤカワのポケットミステリが好きで、アガサ・クリスティは高校生のときに全部読んでる。今だったら北欧ミステリが好きだね。
 でも、日本のミステリ小説は読まなかったね。人物造形は浅いし、社会状況の反映もないし、なにより謎解きが面白くない。日本の小説の編集者って、作家にしっかりと内容のアドバイスをしていないんだよね。だから、とにかくつまらない。

――学生運動をやっていた世代に当たると思うのですが、思想書なんかを読んだりとかは?

鳥嶋氏:
 一番難しい本を読んでいたのは、たぶん小学校の4年生から中学校の1年生くらいじゃないかな。あるとき、トイレでおしっこをしてるときに、「ここでおしっこをしてる自分はなんだろう」と思ったんだね。ふと、目の前のトイレの窓から見えた月の視点で、自分を見てしまったんですよ。

 すると、その日から、眠れなくなってしまったんだよ。それで図書館に行って、ニーチェとかプラトンとか『論語』とか、そういう本を一生懸命に読み漁ってみたんです。哲学書に解答を求めたんだね。

――中央公論の「世界の名著」に入っているような哲学の古典ですよね。なんか、サラッと早熟エピソードを披露されているような気が(笑)。

鳥嶋氏:
 でも、そこで当時の僕が得た答えというのは、「結論がバラバラじゃないか」ということだったのね(笑)。世の中にいる偉い人たちの本を実際に読んでみたのに、そこには正解なんてなかったの。それでもう、こういうことを考えるのには意味なんてないんだな、と思ったんだね。

佐藤氏:
 まあ、鳥嶋さんらしいけど、ちょっと早いね(笑)。

鳥嶋氏:
 で、そのあとは難しい本を読んだ記憶はあんまりないね。むしろ、すぐに年相応にエロ本に目覚めたとか、そんな感じだよね(笑)。

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――ううむ……(苦笑)。そういう意味では、以前にテレビ番組で、鳥嶋さんがジャンプ編集部に配属されたとき、「人気があると思う漫画を並べてみろ」と言われて、並べてみたら真逆だったという話を見たんです。そのときに初めて、鳥嶋さんは普通の人々と向き合ったのかなと思ったのですが。

鳥嶋氏:
 そう、真逆だった。
 あれは僕が、自分がジャンプを買う読者といかにかけ離れた存在であったかにショックを受けた瞬間ですよ。でも職業のプロになるとは、そういうことじゃない? まずはそこを補正しなきゃいけないと思ったよね。
 しかも新人時代の僕は、漫画なんて読んでなかったし、さっきも言ったようにジャンプの漫画も嫌いだったから。でも配属されてしまったので、仕方ないから向かったのが小学館の資料室。そこで調べて分かったのは、ジャンプ以外の雑誌には面白い漫画が沢山あるということね(笑)。だったら、自分が面白いと思えるものを作って、ジャンプのアンケートで他をなぎ倒せばいいじゃないかと決意したんだよ。

 あと、もう一つそこで分かったのは、世の中には「読みやすい漫画」と「読みにくい漫画」があるということね。

――どういうことですか?

鳥嶋氏:
 漫画の技術というのは、基本的には全て分かりやすさから来てるんですよ。

 片っ端から漫画を読んでいくと、明らかに「読みやすい漫画」と「読みにくい漫画」があるのがわかってくるのね。そこで次に僕は「読みにくい漫画」をどんどん弾いていって、さらに「読みやすい漫画」の中でも特に読みやすいものを残していったんです。すると最後に残ったのが、ちばてつやさん(※)の『おれは鉄兵』だったんですよ。

※ちばてつや
1939年、東京に生まれ、2歳のとき満州に渡る。漫画家。
17歳のときに貸本漫画でデビュー。その後、少年漫画雑誌に移り、次々にヒット作を飛ばす。最大のヒット作となったのは梶原一騎を原作に迎えたボクシング漫画『あしたのジョー』で、社会現象を巻き起こすほどの流行となった。その後も、『のたり松太郎』や『あした天気になあれ』などのスポーツ漫画のヒット作を飛ばす。現在は、日本漫画協会理事長。

佐藤氏:
 へええ。『おれは鉄兵』ですか。

鳥嶋氏:
 そこで僕は、あの漫画の第1話19ページの全てのコマについて、なぜこのコマ割りで、なぜこのアングルなのかを50回読み返して、自分の中で分析しながら読んでいくことを課したんです。
 するとね、コマ割りという手法の意味がやっと分かったんですよ。しかも、それを新人漫画家の指導に応用してみると、もうみるみる上手になっていくのね。

――ちばてつやさんの漫画は何が違ったんですか?

鳥嶋氏:
 たぶん手塚治虫と比較すると分かりやすいんだよね。一言で言うと、手塚さんのコマ割りはストーリー展開の「理屈」に沿ってるけど、ちばてつやのそれは読者の「感情」に沿ってるんだよ。

 ちばてつやさんの原点は、満州にいた辛い時期に弟たちの気持ちを紛らわすために、紙芝居みたいな漫画を描いて見せていたことにあるらしいんですね。だから、子供でも読みやすい表現がとにかく抜群に上手い。僕の基礎は『おれは鉄兵』の、特に最初の方を徹底的に何度も読み返したことから出来ているんです。

佐藤氏:
 『ちかいの魔球』や『紫電改のタカ』なんかは、僕も子供のころ夢中になって読みましたねぇ。

鳥嶋氏:
 ええ、漫画の歴史において手塚治虫さんとちばてつやさんは「別格」。それは僕の中ではかなり確信を持って言えることですね。鳥山明さんだって、あくまでもそうした作家たちの積み重ねの上に成立した、“偉大なるアレンジャー”でしかない。実際、『Dr.スランプ』は『ドラえもん』と『鉄腕アトム』、『ドラゴンボール』は『里見八犬伝』と『未来少年コナン』の変形でしょ。

――言われてみれば、確かに。

佐藤氏:
 でも、そういう技術的な指導をする漫画編集者って、どのくらいいるんだろう?

鳥嶋氏:
 いやいや、周囲を見渡してみると、ほとんどいなかったですよ。他の編集者が言っているのは、僕に言わせれば「感想」ですね。そんなのは小学生でも言える。
 漫画はやっぱり構成だから、絵と台詞を組み合わせて表現するとはどういうことか、アングルとは何か、コマ割りとは何か、そういうことを徹底的に作り手の側が理解していないとダメなんです。

佐藤氏:
 なるほどね。

鳥嶋氏:
 しかも恐ろしいことに読者は、それがちゃんと出来てるかを瞬時に判断してきて、その結果の感想が「読みにくいな」なんだよね。

 だから、僕は漫画の打ち合わせは30分で終えるんです。それ以上の時間の打ち合わせには意味がない。作家の絵コンテも2回しか読まない。最初の1回で全て頭に入れて、次にどこが具体的にマズいかを作家に説明するときが2回め。
 それで充分なんですよ。なぜなら、読者という存在はそれだけ厳しいから。彼らがページをめくる手を止めたら、もうそれでおしまい。その漫画にはそもそも構成に難がある。編集者はそういう「読者目線」をいかに持つかが大事なんです。

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「ビッグヒットを生む最大のコツは分かる?」

――ただ、作家の指導というのは難しい面がないですか。特に鳥嶋さんが扱ってきた「天才」級のクリエイターって、尖った人間たちだから編集が変なダメ出しをしていたら、才能が丸くなってしまうこともあり得たと思うんです。

鳥嶋氏:
 そりゃ新しいものは常に尖ってるよね。彼らは異形の存在であって、万人が手に取れるようなものじゃない。だからこそ、まずそれを「面白い」と思える感性が編集者には求められる。

――鳥嶋さんの場合で言うと、鳥山明さんが当時の編集長にまったく相手にされてなかったのを、鳥嶋さんが拾い上げたという話がありますよね。

鳥嶋氏:
 そう。鳥山さんの場合は、当時『マカロニほうれん荘』の鴨川つばめさんの可愛い絵が流行ってたし、江口寿史さんもいたし、ああいう絵がこれからイケるという確信はあったんだけどね。

 ただ、市場を見ながらどうデザインや個性の密度を変えていくかを考えていく必要はあるんだよね。まあ、カルピスの原液は飲めないけど、薄めれば飲めるみたいな話といえば、わかりやすいかな。
 でもさ、そこはテクニックなんかなくて、僕だって試行錯誤だよ。ちょっと薄めては舐めてを繰り返して、「あれ、ここは炭酸を混ぜるのがいいのかな」とか、そんな感じだよね(笑)。

――とはいえ、過激にボツを出し続けた編集者は他にいても、鳥山明や桂正和のような作家を生み出した人は他にいないわけで……何かコツのようなものはあるんじゃないかと思うのですが。

鳥嶋氏:
 まず一つ言うと、僕は作家のエリアには入らないんです。よくストーリー作りに参加している編集がいるけど、あんなのは二流の編集のやることだね。そういう編集者が関わった作品はスマッシュヒットにはなっても、決してビッグヒットにはならない。じゃあ、ビッグヒットを生む最大のコツは何か分かる?

――いや、さすがにちょっと(笑)。

鳥嶋氏:
 簡単。「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」ですよ。
 いかに作家に無駄弾を撃たせて、いかに何度もダメ出しをして、最後には作家に「自分は他人よりなにが優れているか」を悟らせるか、これに尽きるんだね。

 編集の側から「こうすればいい」とサジェスチョンしても、結局は作家の身にならない。作家自身に自分で気づかせる以外にないんです。ということは、編集の仕事は短時間に的確にダメ出しを繰り返すことに尽きるんだよ。まあ、技術論のレベルでの指導もしていくわけだけどね。

――でも、作家自身で自分が本当に「描きたいもの」に気づくのって、ずいぶんと難しくないですか?

鳥嶋氏:
 そこでもう一つの話になるんだね。
 作家には「描きたいもの」と「描けるもの」があるんだよ。そして、作家が「描きたいもの」は大体コピーなの。既製品の何かで、その人がそれまでの人生で憧れてきたものでしかない。

 鳥山明さんであればアメコミっぽい作風だとか、そういうものが「描きたいもの」としてあったけど、そこからヒット作はやっぱり出てこないんです。実際、鳥山さん自身の「描きたいもの」は、申し訳ないけどつまらないんですよ(笑)。

佐藤氏:
 なるほどねえ。まあ、ストーリーテラーという人でも実はないからね。

鳥嶋氏:
  そこに彼のボツの歴史があったんです。色々と彼はカッコいい絵柄の作品だとかを描いてきたけど、最後には「則巻千兵衛」というオッサンと「アラレちゃん」というメガネを掛けた女の子に行き着いた。でも、それこそが彼にしか描けないキャラクターだったんだね。そこに辿り着いたときに初めて、彼はヒット作家になった。

――いかにも日本風のダサい、則巻千兵衛やアラレちゃんこそが鳥山明だけの「描けるもの」だった。

鳥嶋氏:
 結局、ヒット作はその人の「描けるもの」からしか出てこないんです。それは作家の中にある価値観であり、その人間そのものと言ってもいい。これをいかに探させるかが大事で、そのために編集者は禅問答やカウンセリングのように色々なことを対話しながら、本人に気づかせていくんです。

 すると、本人にしか出せないキャラクターが、まさに則巻千兵衛のようにポンと出てくる瞬間がある。ここにその作家の原点があるんだね。そして原点的なものは、まさに言葉本来の意味で「オリジン」(※)なんです。「オリジナル」であることの真の意味とは、そういうことなんですよ。

※オリジン
英語のoriginalの名詞形であるoriginは、「起源」や「素性」を表す言葉。

――でも、大抵の場合、「描けるもの」はむしろ本人には克服したいコンプレックスそのもので、逆に「描きたいもの」はワナビーしてる価値観だったりするんじゃないですか。作家なんてプライドが高い人も多いし、大変な作業に思えますが……。

鳥嶋氏:
 だから結局は、一つの言いたいことを繰り返し作家に言うことに尽きると思うよ。ただ、その届け方も毎回変えていかなきゃいけないし、大変な作業だよね。だから、僕は「編集者は沢山の人間と付き合うべきじゃない」と言うんです。作家と話せる時間は限られていて、だからこそ自分が選んだ人間と深く付き合う必要があるんだよ。

 逆に僕は、「この人は才能がないな」と思ったらそのことは強めに伝えて、それで終わりにしている。
 厳しいと言われるかもしれないけど、別に漫画だけが人生じゃないんだから。漫画がダメでも他の才能で豊かに生きていける可能性なんていくらでもある。なのに、なまじ才能がないのにしがみつくのは不幸だよ。まあ自分でも、わざわざそういうことを本人に言うのは、実にお節介だとは思うけどね。

――才能はそんなにパッと見抜けるものですか。

鳥嶋氏:
 それが分からなかったら、編集者として給料をもらわない方がいい。
 どうやって見抜くのかといえば……まあ結局は勘になってしまうのだけど、その磨き方はあるからね。ありとあらゆる面白いものを見て、自分自身の価値観を作ってはぶち壊すのを繰り返して、自分という人間の土壌を耕し続けるんです。やっぱり目が開いている限り、編集者はモノを見続けなきゃいけないね。

佐藤氏:
 あのちょっといいですか? 漫画家というのは小説家に比べて才能の要素が多くて、育てるのが難しいということはありませんか。特に絵とか線とかは天賦の才で、その人の持って生まれた官能のようなものを発掘するというイメージがあります。対して小説家は言葉だけだから、稀有なものを発掘するというよりは、育てるイメージがあるんですが。

鳥嶋氏:
 ん? どういうこと?

――ああ、佐藤さんはメディアワークス立ち上げ時期に、初期の電撃文庫でちょっと才能がありそうな作家であれば、とにかく編集をつけて育成してみた……という話をしていましたよね(※)。

佐藤氏:
 とくに最初の方は「電撃ゲーム小説大賞」っていってね,「ゲーム」って単語が入ってたせいか,一風変わった作品がかなり多かったんですよ。でも,そういうものってエライ作家さんから見るとね,余計に「なんだこれは」ってなっちゃう。だから電撃文庫では,ちょっとでも才能がありそうな新人さんには,全部担当編集者をつけたんですね。それこそ入賞から漏れたような人でさえ,面白いなって感じた人には担当を付けて,地道に育てた。僕自身が指示したわけではなかったんだけど,編集部が自主的にそれをやったんですよ。

 

4Gamer:
 でも,そんな人海戦術みたいなやり方って,経営が苦しいなかでどうしてできたんですか?

 

佐藤氏:
 どうしてできたかっていうより,作家さんや作品がないことにはビジネスが回らないわけですから,もうやるほかなかったんです。未熟かもしれないけれど,確かに文芸作品としてはダメなのかもしれないけれど,新興だった電撃文庫としては,そんな悠長なことは言ってられなかった。(中略)そうしたやり方で新人作家を育てたことが,結果としては,作家が読み手とあまり身の丈が変わらないままで作品を作れたというかね。うまい具合に同時代のニーズに合った作品を生み出す結果につながったと思うんですね。

ゲームの周りに凄い才能が集まっていた――日本のコンテンツ業界を振り返る「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第12回は,KADOKAWA代表取締役社長・佐藤辰男氏がゲストより引用

佐藤氏:
 そうそう。小説家は多少稚拙でも、編集がついて二人三脚でやっていくとちゃんと育っていくという手応えがありました。ライトノベルという新しいジャンルのせいもあったかもしれないけど。

鳥嶋氏:
  そんなことを言えば、絵だって技術的には上手くなるよ。でも、その個人が持っているイメージだけはどうにもならない。それは本人の「人間性」から生まれてくるもので、そこで“持っていない”人は面白くならないですよ。

佐藤氏:
 ということは、漫画も小説も編集者の仕事は、その人に眠っているものをいかに掘り起こせるかですよね。

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鳥嶋氏:
 それはそうですよ。例えば、『銀の匙』という漫画があるでしょう。あれは作者の実家が農家で、その体験談があの漫画に反映されていて、ああいう作品こそが「描けるもの」だよね。それをいかに発見させるかは間違いなく編集の仕事です。ただ、才能の問題はそりゃ出てくるでしょう。

――佐藤さんとしては、才能というのは結構育ててみないと分からない面があるから、とにかく育ててみようという感じがあるんでしょうか……。

佐藤氏:
 そうですね。小説家の卵の場合は、そういう感覚で付き合っていたと思います。しかし、漫画家さんは出会い自体も希少でね。僕にとって敷居が高かったということかもしれない。

鳥嶋氏:
 まぁ、佐藤さんと僕では「流儀」が違うのだと思うね。僕から見ると、佐藤さんはマシンガンでダダダダっと撃って、広い面を取ろうとしているんです。でも、僕はずっとスナイパーライフルで一つずつ狙い撃つような、そんな仕事の仕方をしてきたと思う。どちらが正しいのかというより、手法の違いのような気もするね。

――ちなみに、鳥嶋さんの言う才能というのは、ストーリー作りの能力みたいな話なんでしょうか?

鳥嶋氏:
 いや、ストーリー作りに時間をかけても、意味なんかないよ。大事なのはキャラクターだね。
 そうね……言ってしまえば、「人間」を描けてるかどうかの一点に尽きるんだけどね。動物だろうが、ロボットだろうが、魔物だろうが、やっぱりキャラクターである以上は、本質的には“人間”なのよ。それがしっかりと描けていれば、「これは私だ」と読者に思わせられるんだよ。

――まさに鳥山明さんの漫画ですね。ロボットであろうと、宇宙人であろうと、道端のうんこであろうと、誰もが活き活きと生命を吹き込まれている。

鳥嶋氏:
 往年の漫画家たちは、少女漫画出身の人が多かったんだよね。例えば、ちばてつや、赤塚不二夫、石ノ森章太郎なんかもそう。当時はそこから始めるしかなかったのだけど、お蔭で昔の作家はキャラが立った人間描写には長けていたね。

――とはいえ、現実的にはどういうふうに描けばいいのでしょうか?

鳥嶋氏:
 「身近」に感じられるかどうかだね。

 よく僕が新人漫画家に言うたとえ話があるんですよ――例えば、君が大好きだった女の子にデートの約束を取り付けて、その場所に急いでいたとする。そのとき、交通事故で倒れている人がいたら、どうするか。知らない人だったら、きっと君は助けるかどうか迷うはず。でも、それが自分の弟や妹、あるいは友達だったらどうするか。たぶん、君は迷わず助けるんじゃないかな。そして、その君の判断は「身近」に思っているかどうかにかかっている。
 「キャラクターを立てる」という事の本質は、ここに尽きるんだよ。キャラクターの「身近さ」を上手く作れているだけで、同じエピソードでも切迫度が一気に違う。

――なるほど。

鳥嶋氏:
 だから、ストーリーを作り込むことに血道を上げるのがいかに無駄かという話ですよ。その前に考えるべきは、身近に感じられる魅力的なキャラクターなんです。キャラクターさえしっかりしていれば、エピソードなんてどうとでもなる。というか、むしろエピソードなんて、そのキャラクターを際立たせるためのものでしかないんだよ。

 たとえばミステリというジャンルで、なぜ『シャーロック・ホームズ』や『007』だけが売れ続けているのか。他にも面白いミステリはごまんとあったのに、彼らだけが何度も映画化されて、生き残っている理由は何なのか。しっかりと考えて、掘れば掘るほど結論は常にシンプルだね――答えは、強いキャラクターの存在にあるんですよ。

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編集者はお金にこだわらなければいけない

――鳥嶋さんの活躍された時代は、『聖闘士星矢』や『キン肉マン』のようなジャンプ作品がどんどんアニメ化されて、マーチャンダイズの仕組みもどんどん整えられていった時代でもありました。佐藤さんのいた角川書店がそういう“メディアミックス”を自覚的に仕掛けたのは有名ですが、やはりジャンプ編集部にもそういう方針はあったのですか?

鳥嶋氏:
 いやいや、そんなの全くなかった(苦笑)。
 あのね、当時のジャンプの編集長は「アニメにするとキャラクターがすり減る」とか平気で言ってたんだよ。

――え、そうなんですか。

鳥嶋氏:
 本当だよ。僕なんて編集部の中でも特にアニメ化に熱心だったから、冷たい目で見られていたんだから(笑)。
 でもさ、テレビの1%は100万人でしょ。ジャンプがどんなに偉そうに300万部売ったところで、3%の視聴率にしか値しない。ところが当時の『Dr.スランプ』の視聴率は36.5%あったわけ。もう規模感が全く違うんだよ。キッチリ漫画とアニメを連携させて、組まない手はないんだよ。

佐藤氏:
 マーチャンダイズの方はどうだったの? アラレちゃんの消しゴムなんかがずいぶんと出ていた記憶があるけど。

鳥嶋氏:
 『Dr.スランプ』のときに、こちらにあらかじめ問い合わせもないまま、たくさんひどい商品が出たんです。それで僕は本当に怒って、色々なところと喧嘩したんです。
 だから、『ドラゴンボール』のときに全てルールを決めて、僕のOKを取らないものは一切出さないことにしたんだよね。季節ごとに何を出すかもあらかじめ先方に提示してもらって、一時期に商品が一気に出ないように全体でコントロールしていく体制を作った。もちろん、その代わりにジャンプで商品の紹介はするようにしたけどね。

佐藤氏:
 ああ、そうか。当時は、そもそもスポンサーと商品化の権利がしっかりと結びついていなかったからねえ。

――そういう二次展開のルール化って、当時の雑誌編集者はどのくらいやっていたのでしょうか。

鳥嶋氏:
 ジャンプに関して言えば、現在に至るアニメ化のあり方の元になるルールをキッチリと決めたのは、まさに僕が『ドラゴンボール』を扱ったときだったね。
 シナリオからキャラクター設定まで事前に全て決めた上で、原作者の鳥山さんに見てもらう。ただし、以降は原作者は立ち入らない。原作者は原作を描くのが仕事だからね。作家に見せるとつい彼らは感想を言いたくなるのだけど、アニメ化やマーチャンダイズはあくまでもビジネスでしかないからね。

――聞いていると、当時の出版業界にはまだメディアミックスの考え方がなかったということでしょうか。本当に雑誌屋さんがひたすら漫画家さんと作品をコツコツ作っていただけというか……。

鳥嶋氏:
 だって、そもそも単行本をちゃんと売るという考え方も編集部になかったんだから(笑)。

佐藤氏:
 そういえば、ジャンプコミックスのデザインが急にキレイになった時期があったけど、あれはもしかして鳥嶋さん?

鳥嶋氏:
 僕が「ダサいから変えてくれ」と言ったんですよ。だって、昔のジャンプコミックスは絵を描くのに邪魔な、色んな枠があったでしょう。

佐藤氏:
 あれは業界的に話題になったんですよ。

鳥嶋氏:
 へえー(笑)。それは知らなかったですね。

佐藤氏:
 というのも、80年代の終わりにコンプコミックスを創刊した時も、その後で電撃文庫を創刊したときも、本屋さんの平台を見ながら、みんなでジャンプコミックスのカバーを勉強したんですよ。タイトルの置き方なんかずいぶん冒険してるし、絵も美しくなっている。たぶん、あそこでコミックスからの女性ファンがついたんじゃないですか?

鳥嶋氏:
 まあ、昔のジャンプ本誌の漫画の絵って、どれも汚かったからね(笑)。そりゃ女性は手に取らないですよ。だから、僕はそれまでの後ろにベターッと色を引いていたのを、白地に変えたんですよ。そうするとパステルカラーが、ちゃんと浮くんです。

佐藤氏:
 あれは綺麗だったよね。ずいぶんと電撃文庫の参考にさせてもらいました。

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――あの……ちょっと話を戻してしまうのですが、単行本の売上に興味がなかったということは、いったい何を軸にして当時の漫画編集者は動いていたんですか?

鳥嶋氏:
 「目指せ! 何百万部突破!」、そればっかり。本当にバカだよね(笑)。

佐藤氏:
 書籍編集者と雑誌編集者は全く違う生き物というか、体質が全く違うんですよね。雑誌屋は、雑誌を売ることしか考えない。それに、雑誌が全盛期の頃は、大手になるほど雑誌編集者のほうが花形だったんです。

――へえ、そうだったんですか。

佐藤氏:
 うん。実際、女性誌や週刊誌、ライフスタイル誌が大手出版社の主戦場で。書籍出版社は中小の会社というイメージもあったくらい。漫画の世界でも、雑誌が売れることがすべてで、大手の場合、コミックスの製作は編集プロダクションに任せる例が多かったと思います。

鳥嶋氏:
 でも、売上は当時から単行本のほうがずっと多かったんだから、しっかりと単行本を売った方がいいに決まってる。収益を上げることが、まずは編集者の役目なんだから。
僕は当時からそう主張していたんだよ。桂正和さんの『ウィングマン』なんて、ジャンプの順位は良くなかったけど、単行本の表紙のお色気で売上を伸ばしたりしてね。

――『ウィングマン』、エッチですもんね……。

鳥嶋氏:
 桂さんには「お前は女を描くしか取り柄がないんだ。死ぬ気でカバーを描け」と迫ったな。アンケートの人気はデコボコで、正直に言って続けられるか怪しい漫画だったんですよ。でも、単行本の売上が無視できないレベルであれば、編集部は絶対に切ることが出来ない。僕はそれを狙ったんですよ。

 ……ええと、君はもしかしたら、なぜ僕がこんなに金にこだわるのか不思議に思ってるんじゃない?

――はい、正直なところ……。

鳥嶋氏:
 それはね、作家の才能の寿命は短いからだよ。

 作品を続けてヒットさせることなんて、ほぼ不可能。そして、どんな漫画家でも10年活躍すれば、第一線での人気の賞味期限はやってくる。
 だからこそ、僕たちは作家に1円でも多く返さなきゃいけないんです。もし作家の預金通帳にお金がちゃんとあれば、彼らは嫌な仕事をする必要がなくなる。次の作品を練るべきときに、焦って変な仕事だってしなくていい。

――確かに……それが一番ですね。

鳥嶋氏:
 僕はよく漫画家に言うんです。「お金はしっかり稼ごう、君はお金で時間を買うんだ」って。編集者はそのために稼がせてあげることが、何よりも大事なんです。だから、僕は会社組織の連中の言うことなんて全く信用なんてしていなかった、全くね。

――ここまでの鳥嶋さんの動き方を聞いていると、その信念はよく分かります。

佐藤氏:
 そういえば、『ドラゴンボール』でも何冊か揃えると、神龍が現れる仕掛けを作っていたよね。うちの息子も並べて楽しんでましたよ。

――あれは印象的でした!

鳥嶋氏:
 あれも、少しでも単行本の売上を伸ばしたくて考えたことですね。一巻でも抜けていたら、みっともなくなるから買いたくなってくるじゃない。
 ある日、本屋の漫画専門コーナーにいるときに、「なんでみんな細かい絵ばかり、背幅に載せてるんだろう」と、ふと不思議に思ったんだよね。そうして、子供の頃に集めていたカバヤのキャラメルのオマケを思い出したの。
 あれってダブリが出ると友達と交換したりして、絵を完成させていくじゃない。漫画も一緒で、背幅をいっそ一枚絵にしてしまえば抜けたところを買いたくなるし、何よりも作家に一回依頼するだけでいいというね(笑)。

――おお、頭いいですね(笑)。

鳥嶋氏:
 いや、こういうのは大事なんだよ。よく「忙しい」なんて言いながら仕事をしてる編集がいるんだけど、申し訳ないけど全然ダメ。仕事なんだから、いかに合理的に進めるかを常に考えなきゃ。

 『ドラゴンボール』の単行本で言えば他にもあって、僕は鳥山さんに全部デザインを先に決めてもらったの。それに合わせて単行本のカバーを作ったら、そのままリリースできるようにしたんです。
 このやり方なら、最初に鳥山さんに絵を描いてもらえれば、単行本ごとの確認も必要ない。鳥山さんも、単行本を作っている編集プロダクションも、みんな楽になる。小さなことかもしれないけど、こういうことを合理的に進めるのも編集の仕事なんですよ。

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