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『サイバーパンク: エッジランナーズ2』先行視聴レビュー。ネタバレ防止のため、生感想メモから抜粋します「血、ブシャー! 花火、ババババーン! 命、爆発! っっっよよよ余韻!!!!!」

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『サイバーパンク: エッジランナーズ』を憶えているだろうか?

おれは覚えている。忘れられるはずもない。あれはすごいアニメだった。

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画像はサイバーパンク エッジランナーズより

ダークでアングラで、とほうもなく無情なナイトシティを照らす明かりは、温かな陽光ではなく静かな月とネオンだけ。

無機質で機械的、それでいて生の肉体と鮮烈な血の気配と密接に結びついたサイバネティクス。貪欲に利益を追求する企業に徹底的に抑圧され、望むと望まざるとに関わらず、無慈悲な利己主義の中でしか生きられない人々。

どう生きたかではなく、どう死んだかでしか自分を証明できない人々。
見た人は当然覚えているだろう。おれも覚えている。忘れられないはずだ。あれは、まさしく最高にパンク(反抗的)な物語だった。

『サイバーパンク: エッジランナーズ』(以下、『エッジランナーズ』)は、CD PROJEKT REDによるアクションアドベンチャーゲーム『サイバーパンク2077』をもとにしたNetflixオリジナルのアニメ作品だ。

その『サイバーパンク2077』自体もまた、テーブルトークRPG『サイバーパンク2.0.2.0.』の世界観をもとに開発されたもので、言ってみればこのTRPGが原典。が、それもまたウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』などのSF小説が提示した「サイバーパンク」という世界観をもとにしている。

異論はあると思うが、かなり雑に言ってしまえば、サイバネティクス(機械化・義体化技術)が異常発達した世界におけるディストピア物語だ。

『エッジランナーズ』はその暗黒の世界を、まさに危険なドラッグでもキメているかのような爽快さと激しさ、喪われていく人間性に対する、底の見えない暗い穴に引き込まれていくような遅延性の絶望とをないまぜにしつつ描ききった。

徹夜明けのアメリカンのような、さっぱりとしながらも尾を引くビターなラストだった。
もしまだ見ていない人がいるなら、まずはこれを見てみることをおすすめしたい。
え? Netflixに加入してない? あれって基本インフラじゃないの?

その続編にあたる『サイバーパンク: エッジランナーズ2』(以下、『エッジランナーズ2』)が、いよいよ10月20日からNetflixで一挙に配信される。

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10月1日に行われた第1話の限定試写会では、2話以降の展開に大きな期待の声が上がった本作だが、今回は正式な配信開始に先行して、その物語を全話視聴させていただいてきた。

ぜんぶ、みて、きた。

よ、よかったよぉ〜〜〜(アへ顔)

ということで、『エッジランナーズ2』について語っていきます。
あんまりデカいネタバレはしないように気をつけます。

執筆/恵那

※この記事は『サイバーパンク: エッジランナーズ2』および、前作『サイバーパンク: エッジランナーズ』のネタバレを一部含みます。ご注意ください。


今作はマラソン中のランナーズハイみたいな、エンドルフィン(?)アニメ

血、ブシャー! 花火、ババババーン! 命、爆発! っっっよよよ余韻!!!!!
(全話視聴後の生感想メモから抜粋)

ネタバレを避けるために具体的な言及ではなく、とりあえず筆者のリアクションから入らせていただきます。生感想ってなんかこうキモくなりがちですよね。魂の原液の漏出って感じがする。

それはともかくとして、今作も『エッジランナーズ』の名に恥じない作品になっていたと思います。

いやどうかな、先行レビューって誰とも感想共有ができないからちょっと怖いんですよね。俺は良いと思うんだけど、YAZAWAはなんて言うかな? みたいな?

ただひとつ確信を持って言えることとして、今作『エッジランナーズ2』は前作とはかなり違ったテイストの作品になっています。

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前作『エッジランナーズ』は、ある意味でかなりアニメ的な快楽を追求した作品だと捉えています。

抑圧とカタルシスが波のように押し寄せる展開や、インプラントや人間性コスト、サイバーサイコ化といったエッジの効いたサイバーパンク描写。1話たりとも飽きさせないという強い意思を感じる激しい物語の中では、一方でダークでありながらも共感を呼びやすいウェットで緊密なキャラクター同士の人間関係も見せてくれる。

袋小路のどん詰まりにいる主人公・デイビッドの、抑圧的な世界に対する不可避的な反抗であったり、また彼に夢という名の呪いを託してくる人たちであったり、いかんともしがたい無力さとその絶望を、キャラクターたちの放つ眩さで魅力的に描いていました。

前作が各話ごとにドーパミンがドバドバ溢れ出て脳みそをびしょびしょにしてくるような作品だったとすると(するな)、今作はマラソン中のランナーズハイみたいな……エンドルフィン? エンドルフィンアニメだったという……ことにしといていいでしょうか??!

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画像はサイバーパンク エッジランナーズより

つまりですね、超雑にひらたく言えば、『エッジランナーズ2』はいわゆる “ドパガキ” 向けのアニメじゃないんですよ。前作はそうだったと言いたいわけではなくて、引き込むパワーはすごいし、大興奮するし、見ているうちにハイになってくる感じはするんだけど、方向性がぜんぜん違う。

たとえば前作は1話ごとのひきが強く「こ、これからどうなるんだだだ!?」が毎話続いていく展開でしたし、物語の中盤にははっきりと大きな切れ目があり、「じゃ、ここから後半の第2シーズンなんで!」みたいになっていたと思いますが、今作は全10話がまるっとひと続きの物語だと感じました。

『エッジランナーズ2』は、各話30分弱・全10話の作品ですが、約300分の長編映画1本くらいのつもりでいるほうが良いのではないかと思います。

またすでに情報が出ているのでご存知の方も多いでしょうが、本作は誰かひとりのキャラクターの視点からすべての物語を描くのではなく、主要なキャラクターたちがそれぞれ別個に物語の一部でありつつ、最終的にはそれが一本に絡まってゆくような、群像劇的な構成になっています。

要するに、1話だけとか2話、3話だけとか、細切れに見るとよくわからなくなるのではないかと思います。けれど全体を通してみれば、キャラクターたちのそれぞれの物語が繋がっていく。その快感は本作独自のもので、まあ要するに一気見したほうが絶対オモロいで!ということです。

前作にも通じる、どうしても捨てることができない「呪い」

本作は『エッジランナーズ』のその後の話を描く作品ではありますが、登場人物は一新されており、基本的には独立した物語です。前作の登場キャラは基本的に出てきません。とはいえまったく繋がりがないわけではなく、たとえば「アラサカ社」は今作でも重要な役回りで登場。

話としてはまったく新しくなっているのですが、とはいえ両者に通じている核もあります。そのひとつが捨てることができない「呪い」の話です。

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前作『エッジランナーズ』は、主人公デイビッドが大切な人たちから「夢」を託される話でした。母からは才能を活かして良い暮らしをするようにと託され、仲間のメインからはエッジランナーとしての伝説を作ることを託される。

それは彼らが望み、果たせなかった「夢」であり、それをデイビッドが受け取ったことで、捨てられない「呪い」になってしまった。物語後半で、デイビッドがメインのクロームに換装し、母のコートをまとっていた姿は、彼が受け継いだものをそのまま表している姿でもありました。

彼は結局のところその「夢/呪い」を抱えて、エッジの向こう側へと走り抜けることしかできなかった。けれど最後には、自分自身の「夢」を、ルーシーに託し、物語のラストに彼女は月へ向かう。

「俺が君を月につれていく」という果たされなかった約束を、彼女自身が果たされた約束であるかのように上書きするラストは、『サイバーパンク2077』的ノワールの世界観で描けるギリギリで希望のある終わらせ方であり、ビターながらも深い余韻をもたらしてくれるものでした。

今作『エッジランナーズ2』は、もういちどこの「呪い」を描いています。けれどそれは、前作を見たファンが「もしデイビッドがすべてを捨ててルーシーと逃げてくれれば……」と願うような甘い想像の余地を残す呪いではなく、捨てることなどできるはずもない「自分自身」への呪いの話(だと思う)。

本作のメインキャラクターは、キービジュアルにも登場している4人。

まずは映画大好き少年「ロマン」。

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かつて凄腕のサイバーパンクだった「ウィーク」。

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コーポ生まれ、ストリート育ちの不良娘「タリア」。

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滅ぼされたクランの復讐のために身を焦がす「D」。

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物語の主な視点となるロマン少年を除く3人は、それぞれに捨てられないモノ……というより、捨てることなどできるはずもない自分自身に囚われているキャラクターです。

呪われているのは、捨てられるはずもない「自分自身」

たとえばウィークは、かつて「キング」と呼ばれた元凄腕のサイバーパンク。というより1話の冒頭では凄腕らしいのですが、なんとその1話で5分もしないうちにサイバーサイコシス化。え、早すぎん!? これってもっとクライマックスとかでやるやつじゃないん!?

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その後なんやかんやあって一命はとりとめるのですが、サイバーサイコシス化して暴走したことで、ウィークはすべてを失うことになります。

それはお金やサイバーパンクとして名声、かつての仲間や信頼といったものだけではなく──自身の身体の一部であったクロームもすべて。「インプラントの入れすぎでエッジを越えてしまった」と言われたウィークは、最低限の機能だけを残して全てのクロームを停止させられてしまう。

その結果、ウィークはかつては歯牙にもかけていなかったであろう、そのへんのチンピラにさえ絡まれてボコられる始末。ですが彼は、かつて自分が「キング」であったときのコートや銃、「キング」としてのシンボルが描かれたものを身に着け続けます。

彼は「キング」であったことを捨てられない。なぜなら、「キング」は彼自身なのだから。

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「D」はスネーク・ネーション出身のネットランナーですが、物語の開始前にクランが襲撃されて仲間は全滅。彼だけはたまたま難を逃れますが、以来その復讐のために殺戮を指示した相手を探しています。

いまでも夢で死んだ仲間の姿を見てはうなされており、顔に残ったひどい火傷の跡は、まるで頭から血を浴びてしまった姿のようにも見える。彼が許せないのは、この事件の原因となった人物であると同時に、生き残ってしまった自分自身、誰も救えなかった自分自身でもある。

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そしてタリアは──ビジュアルを見ても分かる通り、彼女は全身のさまざまなパーツをインプラントに換装しているのですが、彼女が逃れたいのは自分自身の身体にほかなりません。タリアは不治の病に冒されており、そのままでは死を待つしかない。

彼女はクロームなしでは生きられない。病と死から逃れるために、タリアは脆弱な部分を機械に入れ替えているのだけれど、もちろんそれには限界がある。この世界で伝説になった、あのデイビット・マルティネスでさえも、最後には過剰なインプラントの使用によってエッジの向こう側に行ってしまった。

死を待つしかない、脆弱で頼りない身体から、タリアは逃れることができない。なぜならそれは、どうあがいても自分自身でしかないから。

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『エッジランナーズ2』は、彼らが三者三様のすがたで自分自身という牢獄に縛られ、それに苦しんでいく物語です。いくら手放したくても、自分自身からは誰も逃れることができない。できるのは、どう折り合いをつけるか、だけです。

逃れられない自分自身という3人それぞれの呪いは、そのビジュアル面でもしっかり現れています。王冠のシンボルが入った銃とコート、血塗れのように見える顔の火傷跡、そして全身に施された多数のインプラント。

じつはこれ、Anime Expo 2026の『エッジランナーズ2』イベントに登壇した五十嵐監督らが語っていることでもあります。それによれば、「ロマンを除くキャラクターにはそれぞれ呪いを設定し、その要素をいかに外見へ落とし込むかを考えて作りました。」とのこと。

だとすれば、ロマン少年って何もないの? と物足りなそうな顔をしているそこのあなたに朗報です。ロマン少年にはロマン少年の役回りがちゃんとあります。

「映画」という“この世界では終わったコンテンツ”に対する愛と、物語への信頼

じつは第1話の試写会の際などにも制作のウラ話としてCD PROJEKT RED側から「『パルプ・フィクション』のような物語をアニメでやってみたい」という申し出があったことなどが語られており、本作は映画的なエッセンスを多分に含むものになっています。

そしてこのロマンこそ、カメラと映像が大好きな映画少年。本作は群像劇的な作品ではあるのですが、誰かひとりメインの主人公を選べ、と言われればそれはこのロマン少年。というのも本作は、ロマンを通して見た物語でもあるからです。

本作の第1話、冒頭はこのロマンがカメラを回しているシーンから始まります。彼は「映画」が好きな変わり者……というふうにロマンのことが説明されるのですが、しかしそれを説明する彼と同年代らしき子どもは「映画」が何か知らないし、見たこともないと言います。

というのも、『サイバーパンク』の世界では、もう映画(映像)というのは“終わったコンテンツ”だから。この世界におけるもっともメジャーな娯楽は、物語を目と耳で味わう映像ではなく、出来事を脳に直接体験させるBD(ブレインダンス)。

じつはこの冒頭部分、前作とも対照関係にあるシーン。
というのも、『エッジランナーズ』第1話の冒頭は、主人公・デイビッドがまさにそのBDでサイバーサイコシス化した男の最期の記憶を見ているシーン。

物語的な筋とは少し離れるのですが、本作ではここで対比された「BD」に対しての「映画」というのも、ひとつの重要なテーマと言えそうです。同じく第1話ではそれをはっきりと明示するように、ロマン少年が「映画」というものについての愛と、物語への信頼を語るシーンがあります。

「今売れてるのはBD。お前の好きな映画じゃない。もう終わってんだよ、映画は。」

「BDじゃ物語は描けないよ。」

「物語? 要るか、そんなもん。」

「BDは垣根がない。あっちとこっちを隔てる垣根が。すごい映画はさ、垣根を越えてやってくるんだ。あるのに越えてくる。あるのに、なくなるんだ。“ない”じゃできない。そのためには物語が要るんだ。」

「そりゃ大層なこって」

『サイバーパンク: エッジランナーズ2』第1話より引用

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若干12歳のはずなのですが、どこぞの少年探偵さながらのマセかたというか、ちょっとびっくりするくらい大人びすぎているキャラ。こんな時代にBDやってないなんて、現代風に言えばいまだにサブスク音楽どころかCDすら聞かずに「やっぱレコードが最高だから」と言ってるようなもんでしょうか。なんかそれはそれでかなりいそうな気もするが……。

じつはこのロマン少年、本作の脚本を大塚雅彦氏と共に手がけたCD PROJEKT REDのバルトシュ・シュティボル氏が、「He’s mine and Kai Ikarashi’s love letter to cinema!」(彼は私と五十嵐監督からの、映画に対するラブレターなんだ!)とXで語っていたのですが、その投稿に海外メディアの記者が寄せたコメントへの反応から、“元ネタ”と思しき存在が、2002年のブラジル映画『シティ・オブ・ゴッド』に登場する写真少年・ブスカペであろうと推測されています。

残念ながら筆者はこの映画をまだ観れていない(Netflixさん配信して……)ので詳細な話はできないのですが、リオデジャネイロのスラム街でギャングに憧れる少年たちを描いたクライム・ノワールの名作とのこと。その地獄のような抗争について、カメラを通して語り手になったのがブスカペという少年です。

ロマン少年の役割は、これと同じものだと言えるでしょう。切った張った、撃った撃たれたのとは無縁でいられないナイトシティらしく、本作でもさまざまなドンパチが繰り広げられるのですが、それらを行うのは彼以外の3人。ロマン少年は基本的に争い事の当事者ではありません。

けれど物語は、彼のカメラを通して語られることになる。まさにロマンは、本作を物語るためのキャラクターだと言えそうです。

その意味で、彼の名前が「ロマン」【※】であることも、あからさまなほどに示唆的です。たとえば、かつての栄光を引きずる「キング」ことウィーク(weak:弱い)という名前なども、物語的な皮肉でしょう。そう考えると、「タリア」や、どう考えたって偽名の「D」も……。

※ロマン
英語のromanceではなくフランス語のromanのこと。物語小説などのことをさす。

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とまあこんな感じで、映画ファンへの目配せもふんだんに盛り込まれた本作ですが、もちろん本作単体でもおもしろいし、原作ゲーム『サイバーパンク2077』ファンへの目配せなんかもいろいろ。ゲーム内でもおなじみの「EL COYOTE COJO」では、「いやなんでこんなとこにいるんですか?!」みたいな人に出くわすかも知れません。

ということで、みなさまもぜひ『サイバーパンク: エッジランナーズ2』をお楽しみください。こちらは10月20日からNetflix一挙配信となります。

それはそれとして、おねショタの話をします

それはそれとして、筆者が発狂した話を最後に共有させてください。そしてできれば、ここから先はぜひ全部見たあとに読んでほしい。共感してほしいので。

※ここから具体的な話になるので、10月20日Netflix独占で配信予定の本編を視聴のうえご覧ください。お願いします。

正直かなりどうでもいい話なのですが、個人的には予告とかにも出てたBDショップのエディター「ジェシー」の見た目がド癖すぎて、めっちゃ楽しみにしていました。

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そして待ちに待った第1話、LOVE100万倍全力パンチみたいなクソだる仕草で登場し、これまた1ミリもヤル気を感じられないダルそうな声。100点満点カレーで大満足……!と思いきやそのまま最後までほとんど登場せずに端役で終わってしまって、筆者は発狂していました。

いやお前ロマン少年とのおねショタ要員じゃなかったんですか!?!?(半ギレ)

かたやロートルテクノロジーな映画を愛好する少年。
かたや最先端のBD編集(チューニング)技能でボロ儲けするお姉さん。

こんなんおねショタしろって意味じゃん?!!? 日本語通じねえな!!!?!?

3話くらいでお姉さんとおすすめの映画の話とかしろよ!? そんで「じつは私も昔はよく映画見ててさ……」とかなって家にお呼ばれしろよ!?!? 歓迎してくれることにちょっとうれしい気持ちになりつつも男としてまったく見られておらず警戒されないことに焦ったりしろよ!?!!! するだろ!!?!??

毎話毎話「そろそろ再登場するんじゃないかな……?」って期待しながら見てたのに。どうすればいいのよ、この気持ち。

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でも……!!
『エッジランナーズ2』におねショタはないの……?

と残念に思ったそこのあなた、安心してください。おねショタは……あります!

これはたいへん尊くてよいものなのですが、その話をする前には、そもそもなぜおねショタという関係性が尊いのか、まずはその話からしなくてはなりません。
あらかじめ注意しておきますが長いです。

まず前提として、お姉さんとショタは恋愛関係になりません。なぜなら法に触れるからです。
法には触れないかもしれないけど、なんかこう、東京都青少年条例とか、なんかそういう感じのものに抵触しそうな気がします。良くないことです。良くないことだという自覚は持てよ?

まあそんなことを持ち出すまでもなく、普通お姉さんとショタは恋愛しないわけですよ。高校生とか大学生くらいのお姉さんがよ? 小学生のちびっこと恋愛対象になるか?
絶対ムリ。魂を賭けてもいい。

「でもそれが成り立つのが物語のいいところじゃないですか」みたいなしょうもない正論はどうでもいい。いま私はおねショタ理論の話をしているんです。

理論上、原則的に、お姉さんとショタは恋愛関係にならない。そこには断固とした隔絶がある。なぜなら年齢の差は埋められないからです。お姉さんが18歳のとき、ショタは12歳。19歳のときは13歳、20歳のときは14歳。年齢の差は絶対に縮まらない。

が、なんとこれを続けていくと不思議なことが起こります。お姉さんが21歳のときは15歳、22歳のときは16歳、23歳のときは17歳、24歳のときは18歳……と、なんだか恋愛関係が成立しそうな気がしてきませんか!? こころなしか東京都青少年条例の表情も穏やかになっているように見えます……! 

動かし難く絶対のものに思えた年齢の壁が、なんだかだんだんどうでも良くなっている。24歳と18歳だとまだ若干ティーンズラブ文庫っぽさがあるかもしれませんが、30歳と24歳ならどうだ。これならもうハーレクインだろう!

このように、お姉さん⇔ショタにおける年齢差という絶対的な壁は、じつは未来において解消されうることが約束されている。絶対に成り立たないように見えて、それでも断崖の先の未来を信じられるなら、そのさきの碧天には必ずヤコブの梯子が降りてくる。つまり、おねショタとは「希望の物語」なのです。

ここまでを前提として説明したところで、『エッジランナーズ2』のロマンくんの話に戻ります。
ロマンくんのロマンスのお相手は誰あろう、タリア嬢です。

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このふたり、出会い方もだいぶロマンティック爆発(と言えなくもない)感じで、ジブリでたとえるなら『天空の城ラピュタ』みたいな感じです。空から女の子が降ってくる(物理)んです。

その後ちょっとしたいざこざはあったものの、それからも半ば腐れ縁的な感じで、タリアの映像を撮影する約束をしたり、パパ(自認)に「彼氏です」と紹介されたり、なんかいい感じのイベントを踏んでいきます。

ですが、本稿でも少し説明したように、タリアは不治の病に冒されています。
一緒に年齢を重ねていくことで絶対的に思われた断絶がやがて喪失するという、約束されたおねショタ勝利の方程式が、これでは成り立たないかもしれない。

時間さえあれば、すこしだけ待つことさえできれば、それがこの越えがたい断絶を埋めるためのたったひとつの冴えたやり方のはずなのに、タリアにとっては時間だけがない。

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この物語の最後にふたりがどのような結末を迎えるのか……はさすがにここでは控えておきますが、このふたりの最後のシーンが、ちょっと正気を保てないくらいめちゃめちゃにメロかったので、どうしてもそのことだけ申し伝えたく筆を執った次第です。末筆ながらご拝読に厚く御礼を申し上げます。

正直これは発明だと思ったし、『サイバーパンク』でしか描けないシーンでもある。
すぐそばにあるはずなのに、もう届いているはずなのに、でもそれは避けがたく喪われてしまっている。それをすばらしく見事なやり方で描いている。

こんなふんわり言葉でしか伝えられない自分が悔しい。でもここまでこんな蛇足を読むようなモノ好きさんなら、なんかうまいこと伝わったんじゃないでしょうか。伝わってなくても書くだけ書いて筆者は満足しました。

あらためて、みんな見ようね『エッジランナーズ2』。
たのしいよ『エッジランナーズ2』。

編集・ライター
ル・グィンの小説とホラー映画を愛する半人前ライター。「ジルオール」に性癖を破壊され、「CivilizationⅥ」に生活を破壊されて育つ。熱いパッションの創作物を吸って生きながらえています。正気です。

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