「世界初の3Dサバイバルホラーゲーム」としてギネス記録にも認定されている『アローン・イン・ザ・ダーク』。
その生みの親であるフレデリック・レイナル氏(以下、レイナル氏)は、同作を「不器用なゲーム」と呼び、シナリオに対しても荒いグラフィックを補うための「言いわけ」に過ぎなかったと語る。
発売から長いあいだ「誰も覚えていないのではないか」とすら思っていたレイナル氏が、自らの偉業を本当の意味で誇れるようになったのは、ここ数年のことだという。
えっ、ギネスにも登録されているのに……!?
そんなレイナル氏に対し、「勝手に師匠だと思っている」と語るのは『サイレントヒル』や『SIREN』を生み出した外山圭一郎氏(以下、外山氏)だ。雑誌に載っていた『アローン・イン・ザ・ダーク』のわずか数枚の画面写真を目にした若き日の外山氏は、それがどのような技術でどのように作られているのかまったく見当もつかなかったという。
『アローン・イン・ザ・ダーク』はそれほど画期的で、のちのホラーゲームに影響を与えている一作だ。
このたび東京日仏学院で開催された祭典「The Tenth Mosaic」【※】への出演のため、レイナル氏が来日。そこで電ファミ編集部は、外山氏との「ホラーゲームクリエイター対談」を実施した。

なぜレイナル氏は自作を「不器用」と呼ぶのか? 外山氏は『アローン・イン・ザ・ダーク』になにを見ていたのか? ふたりが語り合って見えてきた共通点とは……?
『アローン・イン・ザ・ダーク』誕生の舞台裏をお聞きしながら、3Dホラーゲームの “遺伝子” がどのように受け継がれてきたのかを、たっぷり掘り下げる対談となった。ぜひ最後まで読んでいただきたい。
※「The Tenth Mosaic」
2026年9月22日から23日にかけて東京日仏学院で開催された、ゲームカルチャーを祝福する祭典。国内外のクリエイターによるセッションが多数行われ、外山圭一郎氏、柴田誠氏、河野一二三氏、フレデリック・レイナル氏によるホラーゲーム座談会も実施されている。
言語の壁を越える「ゲームクリエイター」という共通言語
──本日はよろしくお願いします。「The Tenth Mosaic」出演のため、レイナルさんが日本にいらっしゃったわけですが、外山圭一郎さん、柴田誠さん、河野一二三さんという日本人ホラーゲームクリエイター3名とのセッションでのオファーがあったとき、どういうお気持ちで、なにを楽しみにセッションにのぞまれたのでしょうか。
フレデリック・レイナル氏(以下、レイナル氏):
セッションでも触れましたが、まずはみなさんにお会いできたことをたいへん光栄に思っています。
当然「言語の壁」は存在しますが、私たちはみんな、ゲームを開発しているクリエイターです。「同じ職業であること」自体が強く確固たる共通言語になっていると感じています。
お互いにデビュー作をリリースしてから長い年月が経ちましたが、当時のゲーム業界は間違いなく「特別な時代」でした。そうした共通点を分かち合いながらお話しできることを楽しみにしていました。
私が日本語を話せればよりスムーズかもしれませんが、本日もよろしくお願いいたします。
──ちなみに、『サイレントヒル』はプレイされていたのでしょうか。
レイナル氏:
じつを言うと、『サイレントヒル』は1作目しかプレイしていないのですが、当時は初代プレイステーションでしっかり遊んでいました。
現在はゲームを遊ぶことよりも開発に専念しているため、そこまで頻繁にプレイしているわけではありません。
当時を振り返ると、初代『サイレントヒル』は本当にすばらしい作品だと感じていました。というのも、プレイしながら非常に納得できる部分があったからです。私が手がけていたゲームはまだ原始的なものでしたが、そこからどのように表現が改善され、自分が実験的に試していた要素がどのように「進化」を遂げたのか、実際に体験して理解することができました。
当時の操作性で言えば、コントローラーのアナログスティックではなく十字キーで操作していたことも強く記憶に残っています。私の『アローン・イン・ザ・ダーク』もまさにそうした状況でした。

いまの若い読者がプレイしたら違和感を覚えるかもしれませんが、そうした時代背景や制約もまた、当時のゲームにおける共通点のひとつだったと感じています。
──外山さんは、レイナルさんが『サイレントヒル』を遊ばれていたというお話を受けて、いかがですか。
外山圭一郎氏(以下、外山氏):
まずは『アローン・イン・ザ・ダーク』という作品との出会いからお話しさせてください。当時の日本は「PCでゲームをする文化」があまりなく、家庭用ゲーム機といえばスーパーファミコンがゲーム市場のほぼすべてを占めていた時代でした。
そんなとき、ゲーム雑誌の、海外の革新的なゲームを紹介するコーナーで『アローン・イン・ザ・ダーク』を目にしたのが、最初の出会いでした。当然、現在のようにYouTubeで動画をすぐに確認できる時代ではありません。掲載されている数枚の「画面写真」から想像を膨らませるしかなかったのですが、どのような技術でどのように作られているのか、まったく見当もつきませんでした。
その後、レイナルさんが作りあげたその「まったく新しいもの」は、カプコンさんの『バイオハザード』を経て、少しずつ受け継がれていきました。私もその流れの中で、ホラーアドベンチャーを作ることになりました。そうした経緯もあるので、勝手に「師匠」のように思っています(笑)。
レイナル氏:
そう言っていただけると、少し照れくさいですね。というのも、当時の自分を振り返ると『アローン・イン・ザ・ダーク』は非常に不器用で未完成なゲームという印象があるからです。そのあとに登場した『バイオハザード』や『サイレントヒル』を見ると、どれほど表現や技術が進化したかがひと目でわかりました。
実際、『アローン・イン・ザ・ダーク』におけるシナリオは、荒いグラフィックに対するいわば「言い訳」として、あとからつけ足したものに過ぎません。グラフィック表現も含め、当時はまさに暗中模索と試行錯誤の連続でした。いま改めて見返しても、「古いゲームだな」と感じます。初代プレイステーションの技術によって、より完成度の高い作品が生み出されるのを目の当たりにしたことで、技術の発展を実感しました。
だからこそ外山さんが、「動いているゲーム映像」ではなく静止画のスクリーンショットから想像を膨らませてくださったのは、逆によかったのかもしれません。実物をそのまま目にするよりも、想像力を掻き立てられたことが、結果としてよりすばらしい印象に繋がったのではないでしょうか。

──読者のために補足させていただくと、外山さんは『サイレントヒル』の制作にあたり『アローン・イン・ザ・ダーク』の存在自体は知っていたものの、決して隅々までやり込んでいたわけではなかったんですよね。そこを明確にしておかないと、単に『アローン・イン・ザ・ダーク』や『バイオハザード』の直接的な影響だけで『サイレントヒル』が生まれたかのように誤解されてしまう懸念がありましたので。
外山氏:
そうですね、『アローン・イン・ザ・ダーク』をプレイできなかった理由としてはリリースタイミングや環境の問題だったと思います。当時はプレイステーションなどでは発売されておらず、コンソールで遊ぶとなると「3DO」【※】などでしたから。
※3DO
1993年に北米で発売された家庭用ゲーム機。日本では1994年3月に松下電器産業から「3DO REAL」が発売。CD-ROMを採用し、PCゲームの移植作も多かった。
──当時の日本では、プレイできる環境自体が限られていましたよね。
外山氏:
はい。少なくとも私の周りで遊べる環境を持っている人は非常に稀でした。当時の日本全体を見ても、きっとそうだったのではないかと思います。
レイナル氏:
いまのお話を聞いていて感じたのですが、作風として『アローン・イン・ザ・ダーク』に直接的に近いのは、どちらかというと『バイオハザード』のほうかもしれませんね。とくに固定カメラのカメラワークという点において、手法に共通点を感じます。
一方で『サイレントヒル』は、私自身の記憶がやや曖昧な部分もありますが、プレイヤーがより自由にフィールドを散策できる余地が大きかった印象があります。
じつは、プレイヤー自身が自発的に「怖いところを探しに行く」という体験は、私自身も『アローン・イン・ザ・ダーク』で挑戦してみたかったことでした。
しかしながら当時の私たちはハードの技術的な限界やさまざまな制約から、固定カメラという手法を選択せざるを得ませんでした。しかし本音を言えば、もっと自由に動き回り、探索できるゲームを作りたかったという思いもありましたね。
模倣からの脱却と「一点突破」の差別化を目指した『サイレントヒル』
──先ほど「師匠」というお話がありましたが、外山さんにとって『アローン・イン・ザ・ダーク』は勇気づけられる存在だったのでしょうか。プレイステーションでホラーゲームの制作に挑むにあたって、どのような影響を受けられたのですか。
外山氏:
『サイレントヒル』に関して言えば、直接的なきっかけは『バイオハザード』の大ヒットを受けて、会社から「サバイバルホラーを作ってほしい」というオーダーがあったことでした。

当時の私は入社3〜4年目でディレクターを務めることになり、チームメンバーもゲームを1〜2本しか手がけたことがないような若いスタッフばかりだったんです。そのため、開発の出発点としてはどうしても先行作品の「模倣」から入らざるを得ない部分がありました。
しかし、ただの模倣で終わらせるのではなく、特定の要素で「一点突破」をすることで絶対的な差別化を図りたい、新しいポイントを打ち出したい、と考えていました。とくに注力したのは世界観の構築です。『バイオハザード』はゾンビ映画のようなエンタメ色の強い、アクション寄りの世界観だったので、それとは一線を画すアプローチを模索していました。
その際、モチーフのひとつとして浮上したのが「クトゥルフ神話」【※】でした。当時は日本でも少しずつ認知が広がり始めていた時期でしたが、『アローン・イン・ザ・ダーク』がリリースされた当初は「なぜこのテーマに着目したのだろう」と驚かされるほどの斬新さがありました。そうした世界観の広げ方やモチーフの選び方には、非常に強い刺激を受けていましたね。
※クトゥルフ神話
ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの作品群をもとに体系化された架空の神話。人知を超えた存在への恐怖を描く。
レイナル氏:
当時、私自身もハワード・フィリップス・ラヴクラフトの文学を日常的に読み込んでいました。ただ、彼の描く世界観は読者の想像力に依存する部分が大きく、視覚的・具体的なゲームとして「かたちにする」ことが非常に難しいテーマでもありました。だからこそ強く惹かれていた側面もあります。
また、同時期にTRPGも盛んに遊んでおり、『コール・オブ・クトゥルフ』【※1】や『ダンジョンズ&ドラゴンズ』【※2】といったタイトルを頻繁にプレイしていました。そうした体験が身近にあったことも大きいです。
※1『コール・オブ・クトゥルフ』
クトゥルフ神話を題材にしたテーブルトークRPG。1981年に米ケイオシアム社が発売。日本では『クトゥルフ神話TRPG』として知られている。
※2『ダンジョンズ&ドラゴンズ』
1974年にアメリカで発売された、世界初の商業テーブルトークRPG。剣と魔法のファンタジー世界を舞台に、プレイヤーが冒険者を演じる。
ただ、先ほどもお話しした通り、『アローン・イン・ザ・ダーク』においては、まず「ゲームシステムや技術的なベース」が先にありました。クトゥルフ的な要素は、あくまであとからつけ加えたものです。つまり、基礎となるゲーム構造に対して、ユーザーの想像力を掻き立て、恐怖感を演出するためのフレーバーとしてクトゥルフ要素を落とし込んだという背景でした。
しかし『サイレントヒル』をプレイしたとき、これは最初からストーリーやシナリオありきで構築されたゲームだと感じました。
『サイレントヒル』には明確なシナリオに基づくストーリーが存在し、「裏世界」のような重層的な設定まで用意されています。『アローン・イン・ザ・ダーク』のようなあとづけの手法ではなく、最初からひとつのホラー映画のように緻密に計算されたタイトルだと感銘を受けました。
──セッションでレイナルさんがおっしゃっていた「あとづけ」の具体例として、「洋館からの脱出ゲームにしたかったから物語を屋根裏部屋からスタートさせた」というお話が非常に興味深かったのです。
外山氏:
閉鎖空間の最深部からスタートするというのは非常に意外性がありますし、あの構造に対するこだわりをぜひうかがいたいです。
レイナル氏:
屋根裏部屋からスタートさせたことは、いま振り返ると自分でも不思議に思います。もともとのアイデアとしては、映画『悪魔の棲む家』【※】のように「とにかくこの家から出る(Just get out)」、つまり屋敷からどう脱出するかがポイントでした。
※『悪魔の棲む家』
1979年公開のアメリカのホラー映画。一家が移り住んだ屋敷で、次々と怪奇現象に見舞われる。座談会でレイナル氏は、ポスターに書かれた「For God’s sake, get out!(頼むから、出ていってくれ!)」の一文が『アローン・イン・ザ・ダーク』のシナリオの根幹だったと語っている。

ただ、ここでちょっとした “ずる” をしているんです。物語上の必然があったわけではなく、外までたどり着く「道のり」を作るために、あえていちばん上からスタートさせた。いわば、ストーリーのトリックのようなものですね。
手紙を探しに屋根裏部屋へ行き、そこから外へ出なければならない。その「道のり」のスタート地点として、屋根裏を選んだわけです。
もちろん進んでいく中で地下も通りますし、そこにはちょっとした “ひねり” も入れています。でも、もっとも意識していたのは「この道のりをどう作るか」でした。シナリオを意識していたというよりは、この道のりそのものを、ひとつの「伝統的なゲーム」として捉えていたんです。
外山氏:
なるほど、非常におもしろいですね。しかし「脱出」という目的を考えると、玄関から入って奥を目指すのではなく、あえて「もっとも奥深い場所」にプレイヤーを配置して外を目指させるというのは、言われてみれば合理的な設計ですね。
「暗闇を反転すれば霧になる」プログラマーのひらめきから生まれた『サイレントヒル』の霧
──改めて『サイレントヒル』の制作プロセスについてうかがいたいのですが、世界観やシナリオを最初にしっかりと構築してから、実際のゲーム開発に入っていったのでしょうか。
外山氏:
じつは、決してシナリオ先行というわけではありませんでした。開発を進めていく中で、必要に応じてストーリーを構築していったかたちです。
『サイレントヒル』の企画段階において、『バイオハザード』との差別化を図る最大の鍵として考案したのが「ライティング(照明)」の演出でした。
開発のごく初期は、それこそ『アローン・イン・ザ・ダーク』などのように、プリレンダー【※】画像にマスク処理を施すことでライトの明暗表現を再現できないか、といった試行錯誤からスタートしていました。
※プリレンダー(プリレンダリング)
あらかじめCGで描画(レンダリング)しておいた静止画のこと。当時のハードではリアルタイムに描ける3Dに限りがあったため、緻密な背景を一枚絵で用意し、その上に3Dキャラクターを重ねる手法が使われた。この方式では視点が固定されるため、固定カメラの演出と結びついた。
レイナル氏:
そのお話を聞くと、正直なところ少しうらやましくもありますね。当時、私自身ももっと「照明を使った演出」で試行錯誤してみたいと思っていました。
もし仮に私がインフォグラム【※】に残って『アローン・イン・ザ・ダーク2』の制作に携わっていたとしたら、間違いなくライティングの表現を追求していたと思います。なぜなら照明は、ホラー映画やホラーゲームにおいて非常に重要な要素だからです。
※インフォグラム
1983年にフランスのリヨンで創業したゲーム会社。『アローン・イン・ザ・ダーク』を発売した。
しかし、初代『アローン・イン・ザ・ダーク』では技術的にそこまで踏み込むことができませんでした。そうした演出を実現するには、プリレンダーではなく「リアルタイム3Dレンダリング」の空間で表現するしかないと考えていたのです。

ですから、キャラクターが懐中電灯をかざして暗闇を照らす表現を見たときは、「やはり表現者として目指す場所は同じなのだな」と納得しました。私自身、つねに意識し続けていた表現領域でしたから。
技術的な話に関連すると、確か1999年ごろだったと思いますが、当時私はドリームキャスト向けに『アガルタ』【※】という別のホラータイトルを手がけていました。その開発初期段階においても、まさに「いかに光と影を演出に組み込むか」が最大のテーマでした。
プレイヤーが懐中電灯を使い、バッテリーが切れる恐怖と隣り合わせで探索していくような仕組みは、まさに当時から実現したかった要素でしたね。
※『アガルタ』
レイナル氏が率いるセガ傘下のフランスのスタジオ「No Cliché」が、ドリームキャスト向けに開発していたサバイバルホラー。ドリームキャストの生産終了にともない、2001年に開発が中止され、未発売に終わった。
外山氏:
レイナルさんの『2Dark』【※】には、まさにそうしたライトの演出やシステムがふんだんに盛り込まれていますよね。
レイナル氏:
はい、『2Dark』には過去の課題やアイデアが色濃く反映されています。私にとっても非常に思い入れの強い特別なタイトルですが、まさにライティングの表現を徹底的に追求した作品でした。
※『2Dark』
2017年に発売されたステルスホラー。レイナル氏が設立に関わったスタジオGloomywoodが開発した。誘拐された子どもたちを救い出すため、元刑事の主人公が殺人鬼たちの潜む施設に潜入する。光と闇を使い分ける潜入が特徴。

──『アローン・イン・ザ・ダーク』では「館」そのものが主役と言えますが、一方で『サイレントヒル』は「街」が主役であるように感じられます。舞台の描き方という点において、外山さんが当時意識されていたことは何ですか?
外山氏:
私自身、キャラクターよりも「舞台設定」から企画を発想していくタイプだと自覚しています。その傾向がとくに顕著に表れていたのが、のちに手がけた『SIREN』【※】でした。
※『SIREN』
2003年にソニー・コンピュータエンタテインメントから発売されたプレイステーション2用ホラーアドベンチャーゲーム。発売から20年が経過した現在でも、夏になると “異界入り” というワードがSNSを中心に話題となっている。
これはゲームというメディアの特性でもあるのですが、主人公は「プレイヤーの分身」であるという側面があります。私自身が第三者として画面をただ眺めているようなゲーム体験よりも、“一体感” が得られるゲームが好きなんです。
だからこそ基本的には、プレイヤー自身が未知の不気味な空間へと迷い込んでしまうところから物語をスタートさせることを強く意識しています。しっかりとした「場の設定」さえ構築できれば、そこに身を置くことで自然と物語が動き出していく感覚がありますね。
──外山さんも、技術的なアプローチを意識されていた部分はあったのでしょうか。プレイステーションの描画能力でこれまで実現できなかった3D表現への挑戦や、ホラー特有の「画面が鮮明に見えすぎないからこそプレイヤーの想像力が掻き立てられて恐怖が増す」といった視点も含め、モダンホラーというジャンルを選択されたのですか。
外山氏:
先ほどの話にも繋がるのですが、まず「ライティング」というテーマが最初に決まり、そこからさまざまな試行錯誤が始まりました。
その過程で、チームのメインプログラマーがプレイステーションの公式機能としてはサポートされていなかった「ポイントライト(点光源)」のシステムを独自に試作してくれたんです。しかしながら、その光源処理は見た目こそすばらしいものの、描画負荷が極めて高く、「描画処理が重すぎて家の一部分くらいしか表示できなくなる」と言われてしまって……。
ちょうどそのころ、世界観の模索としてスティーヴン・キングの小説『霧』【※】を読んでおり、数メートル先すら見通せない濃霧の奥になにかが潜んでいるというシチュエーションに強く惹かれていました。
※『霧』
スティーヴン・キングの中編小説。突如発生した濃霧の中に正体不明の怪物が潜み、人々がスーパーマーケットに閉じ込められる。2007年には『ミスト』の邦題で映画化された。
その話をプログラマーにしてみたところ、「この暗闇の描画ロジックを反転させれば、そのまま霧の表現としても使えますよ」と提案してくれて「それはすばらしい!」となったわけです。
──技術的な制約を逆手に取るかたちで、『サイレントヒル』のあの「霧」が誕生したのですね。
レイナル氏:
霧のアイデアは本当に見事ですし、開発上の課題を解決する手段としても合理的なアプローチだと思います。
私自身もプログラマーやディレクターの視点を持っているのでよく理解できるのですが、視界を霧で遮ることで描画負荷を巧みに “ごまかし” ながら、より広大な空間が存在しているように見せかけることができます。
しかも、ホラーというジャンルにおいて、霧は単なる「開発上の都合」にとどまりません。独特の不気味な雰囲気を醸し出すだけでなく、外山さんがおっしゃった「濃霧の奥になにかが潜んでいるかもしれない」という心理的恐怖を表現する演出としても完璧に機能しています。
プログラマーの技術的知恵とクリエイターの演出意図が結びついた、非常に見事なアプローチだと感心させられますね。







