恋人と手をつないで、あのタイタニック号を歩けるらしい。
そんなロマンチックなVR体験に、ひとりで行ってきた。
結果、深海では残骸そっちのけで魚を追いかけ、大階段では演奏そっちのけでメニューを読み、最後は会ったこともない乗客の人生に胸が詰まった。
ロマンスはなかったが、思いがけない30分だった。
舞台は、1912年に処女航海で沈没した当時世界最大級の豪華客船、タイタニック号。映画『タイタニック』で知ったという人も多いはずだ。
新宿で体験できる『タイタニック 〜時を越えた残響〜』は、深海に眠る残骸を探索したのち、沈没前の1912年へとタイムスリップするという構成の没入型VR体験だ。
2年間の調査とアーカイブ資料に基づいて再現された船内を自由に歩き回り、当時の乗客たちの物語を追体験できる。ロンドン、ニューヨーク、上海で上演されてきた作品で、日本では今回が初上陸となる。そんな施設を体験してきたのでレポートしよう。
気分はまるで「あの映画の2人」!ただし筆者はひとり
まずはヘッドセットをつけて、現実からVRの世界へと入っていく。
一般的なVR体験では両手にコントローラーを持つことが多いが、本作では手に何も持たずに参加する。ハンドトラッキングで、自分の手がそのまま使えるのだ。
VR空間では、同じ回に参加している他の人がホログラムのような姿で見える。没入感を損なわずに、周りの人の位置が分かる。しかも、一緒に来た知り合いは、ちゃんとその人の姿で見えるという。

つまり、どういうことか。なんと、友人や恋人と手を繋いで、2人で体験できるのだ。
さながら映画のジャックとローズのように、連れ添ってタイタニック号を歩き回れる。
……そんなVRシアターに、残念ながら筆者はひとりで挑戦した。仲良く手を繋ぐカップルを横目に。いいなぁ〜。
体験は、沈没船の調査チームの一員として、潜水艇で深海へ潜るところから始まる。
海面がだんだん遠ざかり、周囲は暗くなっていく。深海恐怖症の人にはつらいかもしれないが、ゆっくり沈んでいく光景は綺麗だった。
暗闇の中でも、自分の頭に懐中電灯が付いていて、向いた方向が照らされる。見たい場所を自分で照らせるのが面白い。
筆者はひとりだったが、全く寂しくなかった。
というのもVR空間でお友達ができたからである。
紹介しよう。クラゲだ。
本作では、ハンドトラッキングのおかげで、気になった物に触れられる。泳いでいる魚に手を伸ばすと、ちょろちょろっと逃げていった。この逃げ方が妙にリアルで、本物の魚と戯れているようだった。
本来ここは、海底に眠るタイタニック号の残骸を探索する場面である。しかし正直に言うと、筆者は残骸よりも魚を追いかけるのに夢中だった。……本当です。
大階段そっちのけで、机の上のメニューに夢中に
深海の探索を終えると、物語は一転、1912年へと時を遡る。
目の前に広がるのは、沈没前のタイタニック号だ。
本作は、ウェイターが運ぶワインボトルのラベルの文字まで読み取れるほどの再現度を謳っている。そして実際、小物まで作り込んであった。
機関室では、作業員が黒いすすにまみれている。床が網になっていて、上の階で働く人の姿を下から覗き込める。ハンドルには何か文字が刻んであり、読めはしなかったが、こういうところまで調べて再現したのだろうかと思わされた。
デッキに出ると、海を眺めている乗客がいた。同じ気分を味わおうと柵まで歩くと、そこには海鳥がとまっている。ちょっかいを出したら、飛んでどこかへ行ってしまった。
そして、タイタニック号といえば、あの時計台のある大階段。もちろん再現されている。時計台の前で演奏家たちが曲を奏で、それに合わせて客が踊る。
さっき深海で見てきたはずの船が、今は光に満ちている。正直なところ、この景色が残骸に成り果てるとは、とても信じられなかった。
しかし演奏そっちのけで筆者が惹かれたのは「机の上に置いてあるメニュー」だった。
食べることが好きな筆者としては、100年以上前の豪華客船でどんな料理が振る舞われていたのか、気になって仕方がなかった。
紙にはフランス語らしき言葉で、その日出されたであろうメニューが書いてあった。「これは……なんて書いてあるんだ。前菜?」「これはギリギリ読めそう。サーモンかな?」などと考えながら、ずっとメニューとにらめっこしていた。
まさか、これほど豪華な大階段を目の前にして、メニューに夢中になるとは思わなかった。
近づくほど大きくなる氷山に、自分の目を疑った
船内を巡ったあと、外に出ると綺麗な夜空が広がっていた。オーロラまでかかっている。
だが、見とれていたのも束の間、物語はあの夜へと進む。穏やかだった空気が一気に張りつめ、海の向こうに氷山が見えてきた。
最初は、遠くに小さく見えるだけだった。それが船が進むにつれてどんどん大きくなっていき、目の前まで来たときには、想像していたよりずっと大きかった。
怖いというより、見入ってしまった。「今見ているこの大きさも、まだ最大ではないのでは」と、自分の目が正しいのかを最後まで疑っていた。
自分が船長だったら、「これくらいの氷山、大したことはない」と思って、進路を変える判断ができなかったかもしれない……。
帽子を取りに戻った女性、生還しても入国できなかった男。実在した乗客たちの人生
筆者は映画の『タイタニック』しか知らない状態だったので、「フィクションではない、本物のタイタニックを体験するのは面白いのだろうか?」と思っていた。
しかし、そんな心配は杞憂だった。
実際のタイタニック号にも、映画に負けないほどの人間ドラマがあったのだ。
本作では写真家・映像技師のウィリアム・ハーベックを追う形で話が進む。作中の語りによれば、彼はドキュメンタリー映像の先駆者だったが、タイタニック号とともに海へと沈んだ。
三等客室では、当時の給料3か月分の船賃を家族から借りて乗船した女性の話が語られる。彼女は一度救命ボートに乗ったにもかかわらず、帽子を取りに客室へ戻り、それでも生き延びたという。
もう一人、印象に残ったのは、沈没事故から生還した中国人男性の話だ。
彼は奇跡的に助かったものの、当時のアメリカには中国人の移民を制限する法律があり、入国できなかった。
あんな大事故を生き延びたというのに、今度は法律に阻まれてしまうなんて。せっかく助かったのに……と、なんともやるせない気持ちになった。命が助かったからといって、その先の人生が順風満帆とは限らないのだ。
驚くべきことに、これらは実在した人物の話だという。事実は小説よりも奇なり、というやつかもしれない。
体験は最後に、出航するタイタニック号と、それを見送る大勢の人々の場面で幕を閉じる。
その光景を見ながら思ったのは、「素敵な船なのに沈んでしまう」ということではなかった。作中で紹介された人物以外にも、この船にはたくさんの人が乗っていて、それぞれに夢やドラマがあったはずだ。その多くが、ここで途絶えた。
そう思うと、胸が詰まった。
施設の代表の方も「船だけでなく、乗っていた人たちの人生を印象づけたい」と語っていた。この作品が見せたかったのは、船の豪華さ以上に、そこにいた人々なのだと思う。
豪華客船の華やかさも、乗客たちの人生も。タイタニックをもっと知りたくなった
映画でしか見たことのなかったタイタニック号を、自分の足で歩き、自分の手で触れる。そんな夢のような体験だった。
船が沈没したり、押し寄せる海水に呑まれたり……といった凄惨な描写はないので、ホラーが苦手な筆者も安心して楽しめた。
ただし序盤はかなりの時間を深海で過ごすので、海洋・深海恐怖症のかたはご注意いただきたい。また約30分、立ったまま歩き続けることになる。
筆者は普段からVRChatで遊んでいるが、そんな筆者でも大満足のVR体験だった。強いて言えば……隣にディカプリオがいないことだけが不満だ。
複雑な操作はなく、ヘッドセットをつけて歩き、気になった物に手を伸ばすだけ。筆者が参加した回では、VRが初めてという来場客が半数以上だった。VR入門用にもおすすめできると思う。
友人や恋人と、もちろんひとりでも楽しめる。アクセスの良さも抜群なので、洋画が好きな知り合いがいたら、誘ってみてはいかがだろうか。
『タイタニック 〜時を越えた残響〜』は、東京・新宿の「Storydive Theater WAHHHP」(ヨドバシ新宿西口駅前ビル10F)で、2027年2月28日まで開催予定だ。














