“作る”と“作業”、似ているようでちがうふたつの概念と、技術革新がもたらす新たなる線引き。生成AIを前にしても「まだまだ我々がやれることは残っている」
──任天堂の「独創」という考え方や宮本さんの発想を、後進のクリエイターたちにどう受け継ぎ、託していこうとお考えですか?
宮本氏:
日々の仕事の中でやりとりしていくしかないので、コツコツやっています。ただ、任天堂も開発者だけで3000~4000人、全部入れると世界中で1万人ぐらいの規模になり、原点にあった「独創」という精神を全員に行き渡らせるのは難しくなってきました。
そこで、一緒にものを作る過程で「独創ってなんなのか」を議論するようにしています。僕が新人だと思っていた人たちも、いつの間にかけっこう年寄りになってきたので、中堅が集まってそういうことを議論する場も作ろうと、取り組みを始めたところです。
──生成AIの発展でものを作るハードルが下がるなか、ゲームデザインというジャンルでは「人間がどこまで才能を発揮できるか?」が問われているように感じます。生成AIと文化としてのゲームについて、どうお考えですか?
宮本氏:
とても規模の大きな質問ですね。ちょっと昔話をすると、ちょうど僕らの時代にコンピューターが出てきて、タイプライターからワードプロセッサへと、どんどん道具が進化していきました。
たとえばデザイナーは、ポスターの文字をきれいに書く「レタリング」という技術を学校で習います。昔はそれができれば、もうデザイナーと呼べたんですね。海外で流行っているデザインをなんとなく日本語にしてレイアウトするだけでも、デザイナーと呼ばれた。
ところが、コンピューターやワープロが進化すると、文章はどこかからコピペできるし、絵もどこかから持ってこられるし、文字もきれいに書いてくれる。そうやって道具が技術的な部分を引き受けてくれるようになって初めて、レイアウトのセンスのような、その人個人のデザイン能力が表に出てくるようになりました。
これによって、ご主人がデザイナーで奥さんが家事をしていたとしても「実は奥さんの方がデザイン能力が高かった」というようなことが、どんどん起こったんです。それが、道具が変わるということなんです。
いま、生成AIで起きていることはそういうことだと思います。
僕らはいつも、「作る」ことと「作業する」ことを分けて考えています。何かを作ろうと思ったら、まず大きな構成を作る。そこから先は空いている穴を埋めたり、きれいに仕上げたりするのが「作業」です。
これが厄介で、作業って楽しいんです。作業をしていると、ものすごく「作っている」満足感がある。でも怖いのは、その作業に満足して、「けっこういいものができた」と勘違いしている自分なんですよ。
だから、AIがいろんな作業をしてくれるようになればなるほど、本当に「作る」とはどういうことなのかを、みんなが真摯に考える機会になる。それは大いにいいことだと思っています。
過去のデザインにも、コピペだけで出てきたものはあったでしょう。でもそれは、ずっとは残らないですよね。デザインに何があるかというと、何かをデザインしようという個人の意図で、コンピューターにはその作業を手伝ってもらっている。
AIがどこまで進化して、いつか「作る」を含めたすべてをやってくれる日が来るのかはわかりませんが、現時点では、まだまだ我々がやれることは残っているなと思います。
ニンテンドーDSは当時、「世界で一番安いコンピューター」だった。教育現場にDSを持ち込んだ『ニンテンドーDS教室』や美術展示会でのガイドシステムなど、試行錯誤はゲームの枠組みを超えた
──この50年間で、ゲームはリビングで子どもが遊ぶものから、老若男女が健康やコミュニケーションのためにも遊ぶものになりました。今お話いただいた生成AIも含め、今後ゲームと人との関わり方はどう変化していくと考えていいますか?
宮本氏:
すこし遠回しな回答になるんですけど、ちょうどニンテンドーDSを作っていたころ、「任天堂のハードってすごいな」と思ったんですよ。あれだけの機能のものを、あの値段で提供できる。そこで思ったのが「学校の教材にするのが一番いい」ということでした。
シャープさんといっしょに作った『ニンテンドーDS教室』は、先生のPCに生徒それぞれのDSがつながっていて、子どもたちがいま答えをどう書いているかを、先生が全部見られる仕組みです。
ほかにも、美大の卒業展のようなところで、「お客さんにDSを持ってもらうと、作品の前で自動的に音声ガイドと画像で説明してくれる」という仕組みも作りました。それをウェブ上で設計できるシステムにして提供したら、どんどん進化して、ルーブル美術館のガイドシステムになったんです。
そのころから、ゲーム機と呼んではいるけども、これは実質「世界で一番安いコンピューター」なんじゃないかと思うようになっていました。そしてDSでいろいろ試すうちに、半分はゲーム、もう半分は「これはゲームと呼んでいいのか」というものを作り始めていました。
そうした「ゲーム機をゲーム以外のことにも使う」という流れは、スマートフォンの進化で一気に進みました。僕らにとっては悔しいことですが、世の中全体で見れば、スマートフォンの進化はメディアの進化としてものすごく大きかったと思います。
そうなったいま、「インタラクティブにコンピューターを使う」ことをゲームと定義したら、ほとんどのものがゲームだと思いますし、ゲームのなかの目的のためだけに遊ぶのも、もちろんひとつのゲームでいいでしょう。本当に境界線がなくなってきたと思います。
いまは高性能なものもアマチュアの人が作れるようになってきました。その人が作ったものを1時間楽しんだら、どんな楽しみ方でもそれをゲームと呼ぶ。そうなると、さまざまな遊びが生まれてきますよね。いまは荒削りなりに、いろんなものが広がっていると思います。
ゲームの定義を広くすれば、ゲームデザイナーがいなくても、みんながゲームを作れる時代になってきた。「そういうボーダーがなくなっていくのが理想やな」と思っていました。だから、いまはとてもいい時代になったと思います。
──そのうえで、今後どのような展望を描いていらっしゃいますか?
宮本氏:
今後はわからないです(笑)。いまは映画作りに夢中で、プロの人たちとやりながらも、自分でどれぐらいできるかを試してみたい。そのなかで、またゲームのようなものを作ろうとするかもしれません。
デジタルメディアの進化で、仕事は大がかりになったいっぽう、スピーディーにできるようになった部分もあります。意欲のあるあいだはいろいろ試したいですし、「独創」と言っているので、任天堂では普段やらないようなことをして、社員を驚かそうかなというぐらいに思っています。
宮本氏にとってのライバルは「ルービック博士」!? 作ったものを誰かに見せ、驚いてもらう楽しさが、宮本氏の創作の原点
──あらためてうかがいますが、宮本さんにとって「ゲーム」とはどのようなものなのでしょうか?
宮本氏:
僕は子どものころから、自分が作ったものを誰かに見せて、「おーっ!」と驚いてもらうのが楽しみだったんです。中学生のころはマンガ家になりたくて、マンガを描いては人に見せていました。親が勝手に自分の部屋に入ってくるので、入ると驚く仕掛けやお化け屋敷のような仕組みを作っては、親に怒られるのを楽しんでいました。
工業デザインをやってからも、「テーブルの上で、なぜだかわからないけれどずっと動いている」ような、そういう不思議なものを作りたかったんです。
ゲームを作り始めたころ、「あなたにとってのライバルは?」と聞かれると、僕は「ルービック博士です」と答えていました。ルービック・キューブは、工業デザインをやっている自分にとって、憧れの傑作です。そういうものを作りたいと思っていたので、ゲームと出会えたのはとても幸運でした。
ゲームセンターで、人がなぜお金を入れるのか。それは必ずしも射幸心ではなく、自分のプレイが悔しいからです。その気持ちをビジネスにしているゲームというものに、幸運にも出会うことができた。それを広げていくうちに、お金をもらうことより、「なぜもう1回やりたいと思うのか」に興味が移っていきました。
ただ遊んでいるだけでは面白くないという人が、その世界に自分が入っているような感覚になったらどうなるのか? つまり、箱庭のようなゲームですね。箱庭を作ると、やっぱりお話があったほうが面白いので、周辺のお話を作る。
でも僕たちは語り部ではないので、お客さんがゲームを遊んでいるうちに、お客さんのなかにお話ができてくる。そういう構造を作るにはどうしたらいいのかを、どんどん考えるようになりました。
「自分が出したものを、相手にどう受け取ってもらえるか」という仕事をずっと続けられているので、「とても幸運やったな」と。ゲーム会社としてではなく、何を出すかわからない不思議なおもちゃ会社として任天堂に就職したのが僕のスタートですから、とてもラッキーな出会いでした。
──今回の受章は、宮本さんにとって到達点とお考えでしょうか。それとも、まだ通過点のひとつでしょうか?
宮本氏:
いまもいくつかの仕事をしているので、引き続きそれを続けていくだけですね。もうこの歳ですから、いつ仕事ができなくなるかわからない。それを覚悟しながらも、楽しく、いまやりたいことを進めようと思っています。
遊び手と同じように、作り手も遊びながら作っているので、それが続けられたら楽しいなと思います。
──宮本さんが開発されたゲームは、世界中で楽しまれているかと思いますが、「この仕事をやっていて良かった」と感じる瞬間はいつですか?
宮本氏:
難しいですね……。「作ったものを遊んでいる人を見ているのが一番の楽しみ」としか言いようがないですね。自分のメッセージを伝えたくて作って、それがどう伝わったか、ということはあまり考えないんです。こういうことをしたら楽しいと思うんじゃないか、興味を持ってもらえるんじゃないか、ということをひたすら作り続ける。
映画で言えば、このセリフで正しいか、もっと短いほうがいいかなど、心地よく受け止められているかをずっとイメージしながら作っています。遊んだり見たりしている人たちが、心地よく、楽しくその時間を過ごしてくれていたら、それで満足です。その人がどう解釈してどう語るかは、もう僕のエリアではないと思っています。


