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水瀬いのりのライブは、間違いなく水瀬1人では成立しなかった。バンドメンバー、スタッフ、ファンとの絆を見せつけた2時間半

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声優アーティスト・水瀬いのりのライブは、まるでテーマパークのようだ。

コンセプチュアルな各楽曲に合わせ、澄んだ歌声、バンドの生演奏、多様な衣装、ステージ映像、会場照明、そしてファンのペンライトと歓声で構成されたステージは、それぞれが全く異なるテーマのアトラクションに乗っている感覚になった。

カッコよくて、かわいくて、あたたかくて、癒されて、ドキドキさせられて……たったの2時間半なのに感情が揺さぶられ、得も言われぬ満足感。ライブならではの“体感”がそこにあった。

それは、水瀬1人の力では成し得ることができないのだとも知った

“ソロアーティスト”と聞くと、1人でステージに立ち、パフォーマンスをし、ファンと向き合う印象があった。しかし、序盤にバンドメンバーの紹介パートが設けられるなど、しきりに「チームいのりのおかげ」「来てくれたみなさんのおかげ」と言葉を発する水瀬。

ライブ終盤には、涙と笑顔を浮かべながら「みんなでチームいのりだからね。私が弱音を吐ける場所がチームいのりだということがすごく嬉しい」とこぼした。

そこで気づいたのだ。バンドメンバー、スタッフ、ファン、1人でも欠けてしまえば、このライブは、この感動は、成立しなかったということに。

『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』キービジュアル
『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』キービジュアル

会場にいるすべての人たちでつくり上げられた、2023年10月29日(日)神奈川ぴあアリーナMMにて開催の『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』ツアーファイナル公演。思いがけず、めくるめく感情のジェットコースターに乗せられ、新たな気づきを与えてくれた本ライブの全容をお届けする。

執筆/ふくだりょうこ
編集/阿部裕華
写真/加藤アラタ、三浦一喜

メッセージ性が強い楽曲でファンと共に“SCRAP ART”の世界へ

暗転した会場の中、客席を埋め尽くしたアクアブルーの光が揺れる。

オープニングムービーが流れ始め、そのまま流れるように暗闇から水瀬の歌声が響き渡り、空気を震わせるようにして生バンドの音が重なる。ステージ全面に広がるスクリーンには夜景が映し出され、その光景をバックに始まったのは「スクラップアート」だ。ペンライトの灯がリズムに合わせて力強く揺れる。満月と雷をバックに背負って歌う水瀬の姿には、どこか神々しささえある。

『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』

そこから、背景には朝日が上り、客席のクラップに導かれるようにして、2曲目「identity」が始まる。力ある歌声で会場に光を充たしていき、ピアノの旋律が印象的な「brave climber」へ。水瀬が煽るように腕を振り上げると、客席の力が増していくのが分かる。

3曲を終え、少し表情を綻ばせた水瀬。MCでは客席に向かって来場の感謝の言葉を伝えたあと、「冒頭3曲からかなりメッセージ性があって、皆さんに届けたい思いが1フレーズごとにありすぎて、すでに万感の思い」と充実の表情を見せた。

そして、改めて今回のツアータイトル「スクラップアート」について触れた。
“廃材芸術”を意味する「スクラップアート」

「みなさんが不要と思って捨ててしまうようなものから、もう一度アートを作り出すというとても強い言葉」と解説しつつ、「日常生活や自分たちの暮らしにも当てはめることができないかなと思いました。私自身、諦めたり、挫折して立ち止まったりしても、それが不要(な時間)ではなくて、そこから再生したり、その経験をしたから輝けたりするんじゃないかと思って、このツアータイトルを背負って走ろうと決めました」と語った。

「1曲1曲に込められたメッセージをみなさんに届けたい」
そんな強い想いを伝えていく。

『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』

衣装をチェンジし、「僕らだけの鼓動」を披露。客席のペンライトは黄色と青が入り混じり、また違う光景が会場に広がる。水瀬はそんな光景をじっくりと見るように、ステージの端から端へ移動しながら歌声を届けていく。最初の3曲とは異なり、その表情は柔らかだ。

メロディに合わせて躍動する「クリスタライズ」。クラップが響き渡り、サビでは客席の合いの手も入り、盛り上がりが増していく。ポップなメロディから転調し、楽曲の中でさまざまな表情を見せていくのが印象的だ。

会場の空気が十分に温まってきた中、「いのりバンド」が存分に音を発していくバンドメンバー紹介パートへ。「いのりバンド」にはメンバーカラーが決まっており、水瀬のバンド紹介アナウンスと共に会場を染めるカラーが変わる。ささやかだが、ステージと客席の空気がより強く交じり合っていくように感じられた

『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』

“くらり”とともに、柔らかな空気で会場を癒す

バンド紹介を経て、今度は白を基調としたふわりとした衣装に身を包んだ水瀬が登場し、温かに「アイマイモコ」、しっとりと「運命の赤い糸」を歌う。髪型も変化し、柔らかな空気をまとう。動き方も心なしか変わり、前半5曲からガラッと世界観を変えていく。

『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』

MCでは、キュートな衣装にも触れた。会場からはペンライトをクルクルと回しつつ、「回って!」のコールが。

今回のライブツアーから変更になったペンライトの回し方をお知らせしつつ、客席のリクエストに応えて、その場でBGM付きでゆっくりとターン。照れくさそうにしながらも、キュートな笑顔を見せた。

次の楽曲は「リラックスしながら、ゆったりときいていただけたら」と水瀬が作詞を務めた「くらりのうた」へ。ここでは、ファンが持っているオフィシャルグッズ「くらりライトチャーム」も演出のひとつに取り入れた。青のペンライトと、くらりライトチャームの光が混じり合い、会場がまるで海の中のように。ゆらゆらと揺れて、癒しの空間を作り上げる

そのまま「あの日の空へ」を表現豊かに歌う水瀬。しっとりとした本楽曲は、会場のファンの心を癒していく。

『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』

ここで、ブリッジムービーへ。

今回のツアーは「アート」がテーマということで、水瀬自身もアートに挑戦。ツアー6公演のムービー全てで違うアートに挑戦しており、最終公演となる今回は“絵画”だ。
大きな白いキャンバスをローラーで青に染め、ダイナミックさを見せていく。公式キャラクターのくらりちゃんを中心とし、海の生き物を描いた水瀬画伯。作品テーマ「くらりの仲間たち」を完成させた。

ここまで“書道”や“ちぎり絵”など6種類のアートに挑戦してきた水瀬だが、実はそこに隠されたメッセージが……。全会場のアート作品の一部の文字をつなげると「スクラップアート」になることを明かし、会場からは拍手が湧く。

また、ムービー中のインタビューで「1曲1曲の楽曲が持つメッセージやキャラクターを明確に伝えることを意識している」と水瀬は語る。

「私のいろんな曲には主人公が代わる代わるいて、曲が持っている色や曲から見える景色を普段は聴いていただいています。だけど、目で楽しみ、伝わってくる振動や臨場感を含めてライブだと思うので、(今回のツアーは)体感型を意識しています。皆さんにそれが届いていると何よりです」

こだわり尽くした演出と魅せるパフォーマンスで会場との一体感が強まる後半戦

ポップな幕間映像が終わると、再び空気が変わる。
紗幕が下ろされたステージ上に登場した水瀬が歌うのは、「アイオライト」。紫の衣装に身を包み、クールさと妖艶さが感じられる。紗幕には映像が投影され、MVの世界観をステージ上で再現していく。

紗幕が落ち、シャープな映像と、白のライティングの中、「クータスタ」「TRUST IN ETERNITY」と畳み掛けていく。客席からは力強いコールとクラップが響き渡る。そんな大きな会場からのレスポンスを飲み込むように、サビにかけて高音が美しく伸びる。

続くMCでは衣装の話や早替えについても触れたあと、「みなさんとコール&レスポンスをしていきたい」と客席に向かって呼びかける。「アリーナ!」と階ごとに声をかけていくが、会場の階設定を間違える水瀬。「可愛いところがでちゃっているよ」とはにかみつつ、再度チャレンジ。3回目にして成功し、「これがやりたかったのよ」とニコニコだ。

『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』

そして、「声を出せる人は出してください」と「約束のアステリズム」。水瀬も煽り、会場からは大きな声と、力強く突き上げられるペンライト。会場全体がぶち上がり、温度が上がっていくのがわかる。そんな客席を見て、水瀬は目を細める。

ライブはそのまま終盤に向けて走り出す。
最後の時間が近づいていることを客席も予感しているのだろう。「Million Futures」での掛け声とクラップはより大きくなっていく。水瀬が「せーの」と声をかけると大合唱。客席のボルテージは上がっていくばかりだ。いのりバンドのメンバーもテンションの高いパフォーマンスを見せつける。

ここからは、通称「WWWシリーズ」の楽曲ゾーンへ。ガーリーなワンピースに赤のジャケットを合わせた水瀬が、それぞれの楽曲イメージに合わせた映像が流れる中、Wにちなんだ3曲を披露。

まず届けたのは「Well Wishing Word」。西欧の街並みを思わせる映像をバックにキュートなダンス。続く「While We Walk」は、夕焼けの街並みをバックに、美しい高音を響かせ、情緒たっぷりに歌い上げた。

最後に、雪ふる街並みの中で「Winter Wonder Wander」。映像に呼応するように、客席にも白のペンライトが点る。終盤には、ステージ上に雪が降り積もる。スクリーンの中で花火が上がり、さらに世界観が強まっていく。

『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』

水瀬は「WWW」シリーズを「こんなふうに、シリーズとして3部作になるなんて、当初レコーディングしていたときは全く思っていなかった」と振り返る。

「物語性があったり、時系列は違えど登場人物がシンクロしたりする楽曲で、ファンタジックな世界に連れ込めたらいいなと思っていました。今となっては、この3部作をライブで聴いていただけるのが嬉しくて。何より、この楽曲たちからもらったメッセージやパワーが大きすぎて……今日もこの場所で、感極まる思いで歌わせていただけて、本当に嬉しく思います

本ライブで水瀬が繰り返し口にしていたのは、「メッセージ性」だ。

「みなさんにもちゃんと思いが届いているでしょうか」というと、大きな歓声が応える。「私は緊張しいで人前に出ることがそんなに得意ではないんですけど、いただいた楽曲をみなさんに聴いてほしい、届けたいという思いで今日もこうしてステージに立っています」と、今までの楽曲たちに支えられて今日もこうして歌えているという実感を伝えた。

そんな中、早くも「次の曲が最後の曲」と言うと、会場からは「えーっ!」の大合唱。本編最後の曲に「これまで声出しをできなかった期間を経て、みんなと一緒に完成させる歌」と水瀬。

「本当にずっと夢に見ていた、『こうなったらいいな』と思う景色が今目の前にある。そして、『みなさんの声が聞こえてくる』と信じています。一緒にこの歌を歌っていただけたら嬉しいです」とコールしたタイトルは「僕らは今」

スタンドマイクをしっかりと握り、水瀬にスポットライトが当たる。力強い歌声が空気を震わせる。その声にファンの声とクラップが重なり、一音ごとに会場の心がひとつになっていくのが感じられる。そして、ラストは全員で大合唱

「みなさんのおかげで本当に素敵なツアーになりました!」と水瀬が言い、最後は全員でジャンプ。一体感を持ったまま本編は締めくくられた。

想い溢れ、涙……「ここが弱音を吐ける場所」

『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』

アンコールでは、ツアーグッズのTシャツにジーンズというラフな衣装で「くらりちゃん」のフロートに乗った水瀬が登場。「Morning Prism」「ココロはMerry-Go-Round」を披露。ファンの近くで歌声を届けるだけではなく、エアハグや投げキッスなどで一人ひとりとしっかりコミュニケーションをとっていく。ステージに戻ると、端から端まで走り、会場にウェーブを起こして一体感を高めた。

アンコールに感謝を伝え、「笑顔をたくさん見られて、癒されました」とにっこり。無事に最終公演を迎えられたことに、どこか安堵の表情もうかがえる。

楽しい時間の締めくくりには、「回せるものはありますか?」と問いかけ、「もっともっと強くなった私たちで高く飛び立てる」と「Ready Steady Go!」で盛り上がりは最高潮に。

曲の序盤からそれぞれがペンライトとタオルを回し、風を起こしていく。水瀬もタオルを回し、客席をキュートな笑顔と共に盛り上げていく。ラストには銀テープも舞い、華やかさが増す。

『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』

感謝の言葉を届けて、ステージを去った水瀬だったが、会場からの大きな「もう一回」コールに呼ばれて再び登場。

「本当に本当にチームのみんなが大好きで……」と言葉を詰まらせ、「しゃべっていると泣いちゃう」と涙をこらえる。「大きな会場だけど、すごく近くて温かくて。きっとみんなが同じ方向を向いているんだろうなと思える時間でした。自分にとってもすごく安心して歌うことができました。ありがとうございます」と感謝を伝え、「みんなね、チームいのりのメンバーですから。弱音を吐ける場所がチームいのりだということが私はすごく嬉しくて」と涙をにじませた。

そして、「本当にみなさんも辛いときは無理しないで無理って言ってくださいね。頑張りすぎないことが一番ですから。弱音を吐くことも勇気だからね。私もいつもそう、弱音ばっかり吐いているんです」と想いを吐露。

涙をあふれさせつつも、笑顔は消さない水瀬。「だけど楽しい場所にしてくれたのはみなさんのおかげ」と言い、「みなさんもぜひ自分の個性だったり、自分の好きな色、自分らしさを大切にしながら、聴いて歌っていただけたら嬉しいです」と言って届けたのは「Catch the Rainbow!」だ。<みんながいるから!しあわせ>と歌い、バンドメンバー、一人ひとりのそばに寄り添う姿が印象的だ。

ペンライトによる多様な色彩が煌めくなか、歌いきった水瀬。ステージの端から端へと走り回り、パワーを届け、「無事完走!」といい「本当に本当に忘れられないツアーをありがとうございました」「みんな大好きだよ!」と笑顔を弾けさせた。

「また一緒に幸せを歌いましょう」
そう言って笑顔を見せた水瀬。彼女のそばには、ファンがいる。

『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』

『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』
2023.10.29 ぴあアリーナMM公演セットリスト

-OPENING MOVIE-
M1 スクラップアート
M2 identity
M3 brave climber
-MC-
M4 僕らだけの鼓動
M5 クリスタライズ
-バンドメンバー紹介-
M6 アイマイモコ
M7 運命の赤い糸
-MC-
M8 くらりのうた
M9 あの日の空へ
-BRIDGE MOVIE-
M10 アイオライト
M11 クータスタ
M12 TRUST IN ETERNITY
-MC-
M13 約束のアステリズム
M14 Million Futures
M15 Well Wishing Word
M16 While We Walk
M17 Winter Wonder Wader
-MC-
M18 僕らは今
アンコール
EN1 Morning Prism
EN2 ココロはMerry-Go-Round
-MC-
EN3 Ready Steady Go!
Wアンコール
EN4 Catch the Rainbow!

ライター
大阪府出身。大学卒業後、フリーランスのライターとして執筆活動を開始。ゲームシナリオのほか、インタビュー、エッセイ、コラム記事などを執筆。たれ耳のうさぎと暮らしている。ライブと小説とマンガがあったら生きていける。
Twitter:@https://twitter.com/pukuryo

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