2000年代前半、株式会社アトラスは岐路に立たされていた。
『真・女神転生』シリーズでコアなファンがついていた同社だが、『真・女神転生』シリーズをもとにさらなるユーザーの獲得のため展開した『ペルソナ』シリーズと『デビルサマナー』シリーズは、コアな人気を得たものの、幅広いユーザーの獲得には苦戦していた。
ベテラン社員たちも次々と去っていき、同社のコンシューマーゲーム事業は大きな選択を迫られていた。
そんな中、2006年7月に発売されたジュブナイルRPG『ペルソナ3』は、発売当時から異質な雰囲気を放っていた。
色味を抑えられたアニメーションに、ラップ入りのクールなBGM。
ポップで軽やかでありながらも、底知れぬ昏いものを秘めたその空気感は、『ペルソナ3』以前の『ペルソナ』シリーズからは明らかに“変化”を遂げたものだった。
『ペルソナ2 罰』から約6年、ナンバリングとしては7年振り。2006年7月にプレイステーション2で発売された『ペルソナ3』は、のちにアペンドディスクと携帯機版もリリースされ、さらにアニメやコミックでも展開されていく。
続編となる『ペルソナ4』と『ペルソナ5』も、国内のみならず海外でも高い評価を得ており、『ペルソナ』は『ペルソナ3』を転換点として幅広いユーザーを獲得し、日本を代表するビデオゲームシリーズのひとつとして君臨するようになった。
その『ペルソナ3』は、シリーズ従来のおどろおどろしい空気感を大胆に明るく転調させつつ、キャラクターどうしの絆によって特殊能力“ペルソナ”が強くなっていくコミュシステムを主軸に、大幅な戦闘システムおよび悪魔合体への調整を加えていった。
過去作とはまったく異なる変貌っぷり──そんな同作の開発を指揮していたのが、アトラスの橋野桂氏だ。
現在はアトラスの新プロジェクトを率いる「スタジオ・ゼロ」を指揮する橋野氏は、日常的に「当たり前」として消費され続けている「中世ファンタジー」を相手に取り、「真なる幻想世界(=ファンタジー)」への回帰を目指し、新作の開発を続けている。
他者が形作った“当たり前”をそのまま受け継ぐことなく、自身の理解のもとに新たに解釈するその姿勢。同じく過去作で形作られたエッセンスをただ継承しただけではない『ペルソナ3』にも、似通った気配を感じはしないだろうか?
今回の取材で取り上げる、人の心を根底から揺さぶる『ペルソナ3』の企画書と、当時の橋野氏を取り巻く環境は、まさにそんな“革新”の姿勢に通ずるものだった。
そうして同作の開発が始まった2004年、アトラスの若き愚連隊は、橋野氏の赤き企画書のもとに集うことになる。
『ペルソナ3』の企画書は表紙から「革命」だった
──本日は『ペルソナ3』以降、『ペルソナ』シリーズの開発を指揮している橋野さんに、当時の開発についていろいろ尋ねたいと思っています。さっそく企画書を拝見していますが、わっと浴びせられるような文字数ですね。
橋野氏:
絵が書けないので、テキストで書くしかないんですよ。
──こんなテキスト量の企画書は初めて見ましたが、その中身もすごい。正直、心を動かされました。
橋野氏:
そんなところありましたかね(笑)。
──だって、表紙の文章からしてすごいですからね。「革命は必ず始まる。このバスに乗り遅れるな!!」とか、「真の死に方とは何か」とか、こんなもの仕事では見たことがありませんよ!(笑)
※『ペルソナ3』企画書の表紙より
“ここに目次書こうとしていますが、今はいいやということで、革命家たちの叫びに耳を傾けてみます。「15歳の悩める者よ、20歳の悩める者よ、30歳の悩める者よ。全ての悩める未成熟者たちへ・・・。革命は必ず始まる。このバスに乗り遅れるな!!」「真の死に方とは何か〜」(中略)・・・これら、設定とは一切関係ないのですが、熱いゲームになるといいなぁ。”
橋野氏:
今見ると…ヤバいですね。10年以上前なのでよく覚えていませんが、おそらくはスタッフに「これまで通りの作り方を変えよう」という想いを伝えたくて書いたのだと思います。
目次など誰も読まないだろうなと思い、開発室にあった「革命家の名言集」から、勢いのありそうなワードを代わりに羅列しました(笑)。当時は表紙にゲバラの顔【※】も写っていたんですけど、今回プリントアウトしたら出てきませんでした。
※ゲバラの顔
チェ・ゲバラの愛称で呼ばれたキューバの政治家エルネスト・ゲバラのこと。キューバ革命を成功させた革命家として知られる。
──この表紙もそうですが、作品のテーマもしびれますね。「生きがい(=死にがい)を見つけられない全ての若者に」。これを見てしまったら、2年は橋野さんに命を捧げたくなるかもしれません。
※『ペルソナ3』企画書2ページ目より「テーマ」
“ゲームプレイの目的と並行して、プレイによってユーザーに伝えたい作品のテーマ。作品としてのゲームの目的。それは「大切なもの」に命を掛け、覚悟の中で生の充実を得るという、現実ではとかく難しい体験を、ロールプレイさせること。死を意識することでの生の充実を考える切欠となるような物語を提供することにある。必死に探してこそ、夢が見つかり、必死に生きてこそ、その夢がかなう。生きがい(=死にがい)が見つからない全ての若者に向けた、励ましを試みる。本作のテーマは「死」であり「生」であり「夢」であり「青春」である。”
橋野氏:
あはは(笑)。
──そもそも『ペルソナ3』のテーマに生の充実感を据えたのはなぜだったんですか?
橋野氏:
企画書を書いていた当時、たしか湾岸戦争があったんですよ。その時に「日本の若者はふわふわしているけど、よその国では若者たちが戦争で死んでいく現実がある」というような対比論が目立っていて。
──いわゆる「日本人は平和ボケしている」という考えかたですよね。だから海外の人たちの生きる姿勢を伝えたいという思いがあった?
橋野氏:
いえ、どちらが良いかという話ではなく、あくまで物語作りのきっかけでした。対比論というのは、問いかけであることも多いし、その時代の人たちが、気にしていることだったりしますよね。
極端な話ですが、たとえば現実世界だと1回死んでみることはできないじゃないですか。当たり前なんですけどね。でも、ゲームでもし死んでみたときに、「自分は生きがいか死にがいを持って死ねたのか」という体験を突きつけられたなら、シミュレーションっぽくて面白いなと考えたんです。大げさに言えば、人それぞれの死生観を考えるきっかけになるような、そんな物語ですね。
それは『真・女神転生』【※】の「ロウ」と「カオス」ルートみたいな、「本来はできないことを1度試してみると自分がどう感じるのか」という、物語の実験に近いものだったんですね。『ペルソナ3』はそういう、実験にすごくこだわっていた時期に生まれたものなんです。
なんせ『ペルソナ4』以降は『ペルソナ3』がウケたのもあって筋道は立てられたんですが、『ペルソナ3』のときはもう手探り状態でしたからね。どうすればアトラスの新作らしい「一風変わった仕掛けを持つRPG」になれるのかと考えたすえに行き着いたのが、「1回死んでみる」でした。
『ペルソナ4』の最後に「犯人をどうするか」というのもそうですが、プレイヤーに極限の選択肢を提供して、そこを味わって欲しいんですね。『ペルソナ3』の物語でも最初にそこを作りましたから。
「最後のボスが判明しました、戦うと君たちは必ず死んでしまいます、ただ戦わない場合は世界が崩壊してしまいます。どうしますか?」という分岐部分ですね。
──価値観を揺さぶって、「その人の主体的な選択がもたらす何かを突き付けたい」ということですね。
橋野氏:
もともと『真・女神転生』から生まれた『ペルソナ』シリーズという意識がありますからね。ゲームを作る上で目標にしなければと思っていることです。誰かの物語を追うだけだとしたら、それこそ漫画やアニメで見ればいいって話になっちゃう。そうなったらゲーム開発者としては寂しいですからね。
ちなみに当初『ペルソナ3』のエンディングには、「自分の葬式があって、そこに何人来るか」というシーンを入れようとしていました(笑)。
──あはは(笑)。
橋野氏:
寂しい死にかたってありそうじゃないですか、たまに想像しません? 「死んだら自分の通夜に何人来るだろう」みたいな。
──わかります。
橋野氏:
じゃあこのゲームをクリアしたあとに、「葬式に何人来るかがわかって、それを見ながらスタッフロールを流そう」というような話をスタッフとしていたんです。いまでは入れなくてよかったと思っていますが(笑)。
一同:
(笑)。
「赤い企画書」のもとへ愚連隊が集う
──ちょうど橋野さんがアトラスへ入社して以降、1996年には『ペルソナ』シリーズ第1弾となる『女神異聞録ペルソナ』が、1999年には『ペルソナ2 罪』が発売されているわけですが、橋野さんは関わられていなかったんでしょうか?
橋野氏:
当時アトラスは大きな方向転換を模索していて、『真・女神転生』ブランドのもと『ペルソナ』と『デビルサマナー』【※1】を展開していこうという話が出ていたんですね。
『ペルソナ』は『ラストバイブル』【※2】のチームが手がけていて、『デビルサマナー』は『真・女神転生』や『真・女神転生II』を作っていたチームが担当していました。僕はもともと後者のチームに配属されていたんです。
※1 『デビルサマナー』
『真・女神転生』からの派生した、悪魔を召喚する「デビルサマナー」を主役とするシリーズ。人類の命運を掛けた戦いではなく、社会の裏側であるアンダーグラウンドで起きたドラマが描かれていく点が特徴。1995年に初代『真・女神転生 デビルサマナー』、1997年に続編『デビルサマナー ソウルハッカーズ』が発売された。
※2 『ラストバイブル』
『真・女神転生』からの派生シリーズのひとつ『真・女神転生外伝 ラストバイブル』のこと。初代は1992年にゲームボーイで発売。ファンタジー要素の強い世界設定や、最終作『ラストバイブルスペシャル』を除きオーソドックスな2Dロールプレイングゲームのシステムを採用している。
──では『ペルソナ』の立ち上げには関わっていないと。当時はどのように見ていましたか?
橋野氏:
「向こうのチームはキャラクターを立てて、学園モノでやっているんだ」ぐらいの感覚でしたね。なにせ、忙しくて他所のチームを見ている余裕はなかったので。
ただし、思っていた印象とは裏腹に、あの殺しに来るゲームバランスといい、扱っている題材といい、良い意味でカオスな魅力を感じていました。時代性を反映させた独特の世界観についてもそうですね。それが当初感じていた『ペルソナ』【※】という作品ですね。
ただ、先輩たちが「『ペルソナ』はさらなるユーザーを獲得するために立ち上げた」と言っていたのも、よく覚えているんです。
いまだからこそ言えてしまう話ではあるんですが、『ペルソナ』も、学園ジュブナイルという切り口や、当時人気だったプレイステーションの流れもあって、新しいユーザーもたくさんプレイしてくれた作品ではありましたが、それでも「コア向け」というイメージからは抜けきれない部分があったと思います。
『ペルソナ』以外でも、幅広い層のユーザーの獲得はアトラスの指針としてあって、層を広げるという点で苦戦していた記憶があります。
──そんな『ペルソナ』シリーズの最新作を、『真・女神転生III-NOCTURNE』【※】を経て任されたわけですよね。
橋野氏:
たしか当時、これからのゲーム開発をどう変えていこうかという話になっていたときに、若手のスタッフに「何か新しいのを作らせてみるか」と。そこで任命を受けた僕が、「なら『ペルソナ』は、前作までで物語は完結していて、しばらく間も空いているので、全くの新作としてやってみましょうか」という話になったんですね。
──『ペルソナ』というシリーズはアトラスが大きな方向転換を模索しているときに生まれ、『ペルソナ3』で生まれ変わるときにも似た経緯があったんですね。どちらもアトラスの岐路で生まれたという。
橋野氏:
そうですね。『ペルソナ3』を始めたときは、「そもそも『ペルソナ』シリーズってどういう背景で立ち上がったんだっけ」と振り返り、「そういえばよく似ている状況だな」と思いましたね。
あのときに会社がユーザーをもっと拡げようと『ペルソナ』を生み出し、「じゃあ次は僕も、もう一度アトラスのユーザー層を拡げるために『ペルソナの新作』をやってみよう」という、そんな感じでした。
──『ペルソナ3』は若いスタッフが中心になって作ったとのことですが、当時はおいくつぐらいだったんですか?
橋野氏:
とにかく若かったですね。僕が30代にはいったぐらい。20代のスタッフもたくさんいて、彼らとチームを組みました。
いまはわかりませんが、当時、アトラスに入ってきていた人って、純粋というか、「この会社で出世してやろう」とか、「いい経験を積んでやろう」なんて人はいませんでしたね(笑)。すぐに意気投合しました。
──とにかくアトラスのゲームを作りたいと。
橋野氏:
とくに当時のアトラスには、アトラスっぽいものを作りたい人たちしかいませんでしたからね。
みんな、それまでもいろいろな作品に参加していたんですが、なかなかユーザー層を拡げられないという状況を、下から見ていた世代だったんですね。「もっと他にやり方もあるんじゃないか」という思いを溜めていた。
「アトラスらしい面白いものを作りたい」と思って入社したけれど、同時に「これまでと同じ作り方だけを続けていたらジリ貧じゃないか」という危機感を抱いていたんだと思います。
あとはどこの会社でもあると思うんですが、力はあるのに、拘りたいプロジェクトになかなか配属される機会に恵まれなかったスタッフもいて、彼らにも「もっと活躍してほしい」という思いもありました。副島(成記)【※】もメインでアートデザインを担当したいと言っていたスタッフでした。
※副島成記
1974年生まれ。株式会社アトラスのアートワークチームに所属するキャラクターデザイナー兼アートディレクター。新入社員として入社後、デザインスタッフとして様々な作品に関わる。
【『ロードス島戦記』出渕裕×『ペルソナ』副島成記:対談】「エルフの耳はなぜ長い?」次世代に受け継がれるビジュアル作りに隠された秘密を探る【新生・王道ファンタジーを求めて②】
──社内で鬱憤の溜まった若者たちがかき集められてきたと。
橋野氏:
鬱憤かどうかはわかりませんが、まるで愚連隊ですね(笑)。
最初から、完全にチームが出来上がっていたわけではないので、『真・女神転生Ⅲノクターン』を一緒にやったメンバーに加えて、空いてそうなスタッフに「一緒にやらない?」と声を掛けていました。
ちょうど大きなタイトルが終わったばかりで、世代交代というか、社内の若手スタッフたちの意思が「何かやろう」という風に高まっていて、『ペルソナ3』の開発が勢いよく進んだのは機運もあったのかなと思います。
──その若き愚連隊たちが集って、あの企画書を形作っていったのでしょうか?
橋野氏:
いえ、最初はひとりだったので、ひとりで黙々と作業を進めていましたね。『ペルソナ3』の起案に許された時間もそれほどなかったので。だから、大凡のゲームデザインはこちらでまとめて、後で合流したスタッフに話しました。『ペルソナ4』以降では、みんなで企画を練りましたが。
──企画自体は、どのように“狙って”いくのでしょうか。
橋野氏:
マーケティングに詳しい人はよく、「この作品はこれぐらいしか売れない」、「この作品を買う人は、そもそも決まった数しかいないんだ」って定義されるんですね。「だから限りあるそのユーザーに対してだけアプローチをすべきだ」って言うんですよ。
でも、それって作る側からすると「本当にそうなの?」と思ってしまう。そうではなく、“もしかしたらここにいるかも”という意識を持ちたいんです。そのほうが「どうなるかわからない」という意味で面白いし、こちらが面白がってこそ、プレイヤーに取り組みがやっと伝わるんじゃないかと思うんですね。
以前、フロム・ソフトウェアの宮崎(英高)さん【※】に、「『DARK SOULS』がじつはロジックだけではなく、リビドー的な感情も含めて計算されている」という話を聞いたことがあるのですが、やっぱり「いいなぁ」と。決まったロジックだけではなく「試してみなければわからないような仕組み」を入れこめるかどうか。とても難しい事だと思うのですが、そこがうまく伝わってくれれば、新たに「やってみたい」と思ってくれる方が増えるような気がするんですね。
※宮崎英高
フロム・ソフトウェアの代表取締役社長。2009年に『Demon’s Souls』を手掛けて以降、『DARK SOULS』や『Bloodborne』といった国内外で高い評価を得た3DアクションRPGを生みだし続けている。
──なるほど。
橋野氏:
どういう問題でも、アイデア次第で解決できるかも、対応できるかもと思えることって、すごく夢があることだと思います。人の知恵ですべてが解決できるかもしれないというのが。
たとえ、それが未完で終わっていたとしても、熱意があったからこその未完だと思えるような作品なら、スケールを感じます。『カラマーゾフの兄弟』【※1】などの未完の大作ってやつですね。ゲームで言えば、当時の『シェンムー』【※2】とか。
──意志がいちばん輝いているときがいい、と。
橋野氏:
つまり、「これってこういうものだから」みたいな常識に対して逆に突き進むのが面白いわけじゃないですか。
パソコンもろくに使えない僕なんかをアトラスが雇ってくれたのも、一か八かだと思うんですよ(笑)。結果がわからない「一か八か」に対して、プレイヤーから良い反応が引き出せたら最高だし、そのために可能な限り計算はしつつも、答えは最後までとっておきたい気持ちがありますね。
──未開の部分を突き進むということですね。『ペルソナ3』の企画書にも、そういう姿勢が反映されている気がします。
橋野氏:
ただそういう姿勢にみんなが単純に付いてきてくれるわけじゃないので。だから企画書でテーマを提示して開発スタッフの中で握り合えば、そこで示した目標に対して、良い悪いの判断を聞いてもらえると思ったんですよね。
「僕の好みだけで判断したり、お願いをしているわけではないよ」と、先に説明というか、言い訳したかったんでしょうね。だからこんなに文章を書くのかもしれません。
──それはもはやビラじゃないですか。アジテーションビラ【※】ですよね。
※アジテーションビラ
政治における目的や施策などを記した広告。
橋野氏:
それをたぶん無自覚にやってるんでしょうね。意識していたわけではなかったんですが。
──いやでもすばらしいですよ。個人的には家に持って帰りたいくらいです。
橋野氏:
いや……若気による痛々しい詩みたいなもんじゃないですか(笑)。
──(笑)。橋野さんの赤い企画書のもとに愚連隊が結成され、社内で世代交代というまさに革命に近い流れでゲームが作られ始めたという流れは、とてもドラマティックだと思います。