『アクアリウムは踊らない』……通称、『アクおど』。知る人ぞ知る、人気のフリーホラーゲームだ。
タイトルをプレイしたことがない方も、このゲームが生まれるまでの経緯は、SNSで見かけたことがあるかもしれない。
友人に誘われたことをきっかけにイラスト担当としてゲーム作りに参加
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その友人たち全員が蒸発
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その後、ブラック企業に勤めながらひとりで8年かけてゲームを完成させる
ゲーム制作仲間が全員蒸発してしまうことじたい、それなりに珍しい部類に入るだろう。その後、ひとりで8年かけてゲームを作り上げる根性も恐れ入る。ただ、それ以上にすごいのが、そのうえで『アクおど』がヒットしていることだ。
公開後、2日後には10万ダウンロードを突破。グッズ展開、アパレルブランドの発足、プロ声優がついたドラマCDの発売、マンガ雑誌でのコミカライズ版連載。1年で55万ダウンロードを突破し、Nintendo Switch版の発売まで発表された。
かつて、ここまでの超スピードで盛り上がったフリーゲームがあっただろうか?
一人で8年かけて制作されたゲーム『アクアリウムは踊らない』がついに完成https://t.co/twypa0WAT6
— 電ファミニコゲーマー (@denfaminicogame) February 10, 2024
自ら「ホラー嫌い」を公言する作者が、友人に頼まれたことをきっかけに約4000時間を費やす。行方不明の幼馴染を見つけるために恐怖の水族館を探索するホラーゲーム。前編は無料公開中 pic.twitter.com/q1h95q6SG7
ここまで盛り上がっているゲームを作った制作者なのだから、「もちろん作者さんは用意周到にさまざまな根回しをしていたに違いない」と、筆者は感じていた。
今回は、そんな異例のスピードで爆発的に人気となったホラーゲーム『アクアリウムは踊らない』を単独で完成までこぎつけた橙々氏に直接インタビューする機会に恵まれた。
ゲーム作りに誘われ仲間が蒸発した『アクおど』誕生秘話から、ブラック企業に勤めながらひとりで8年間作り続けた期間のエピソード、そしてヒットしてNintendo Switch版の発売まで、本作が辿ってきた歴史に迫った。

取材・文/TsushimaHiro
編集/竹中プレジデント
『アクおど』誕生秘話。友人4人とゲーム制作を始めるも、自分以外が全員蒸発してしまった
──作品を知っている方の間では有名な話ではあると思うんですけど、『アクアリウムは踊らない』という作品が誕生したきっかけを、あらためてお聞きしてもよろしいでしょうか。
橙々さん:
そうですね。なんなら、タイトルより有名な話になってしまっていると思うのですが……(笑)。
きっかけは、飲み会の席で友人から「絵描けるらしいじゃん、ゲーム作りとか興味ない?」と、誘われたことでした。
私はもともと、『Ib』【※】がすごく大好きで、自分でもゲームを作ってみたいと思っていました。そんななかでのオファーだったので、ふたつ返事でOKしました。
※『Ib』……kouri氏が手がけた美術館を舞台としたホラーアドベンチャーゲーム。制作ツール『RPGツクール2000』で制作されており、2012年にフリーゲームとして公開。2022年にはPLAYISMよりリメイク版が有料ゲームとして発売された。

──もともとゲーム作りに興味はお持ちだったんですね。
橙々さん:
はい。しかも、私よりもゲーム制作に知識があるメンバーが4人いて、イラスト担当としてゲーム作りに参加できるということで、当時は「チャンスがきたな」と思っていました。
1年から2年くらいは作っていたと思います。ただ……いつの間にかほかのメンバーが消えてしまって……。なぜか私だけが残っていたんです。
──失礼な質問になってしまうのですが、橙々さん以外の制作メンバーが蒸発してしまった理由については心当たりはあるのでしょうか?
橙々さん:
ゲーム作りあるあるだと思うんですが、最初だけ盛り上がって、以降はみんなのやる気がシューッって下がってしまい、その状態がズルズルと続いていました。
シナリオやマップなど、各担当ごとに締め切りを設定していたんですが、気づいたらその締め切りを守っているのは私だけ……しかもみんなと連絡がとれない!
──友人なのに……(笑)。
橙々さん:
進捗の報告がないんです!
私は当初、お願いされたことを淡々とこなしていたんです。でも、進捗報告しているのは私だけだし、制作は進まないし「大丈夫かな……?」という不安をヒシヒシと感じていました。結果的に、そのグループは自然消滅してしまいました。
ただ、そのとき誘ってもらえなかったら、ゲーム作りをすることはなかったと思うので、そのきっかけじたいはありがたいと思っています。……蒸発したことについては、今でも「オイ」とは思っていますけど(笑)。
──ちなみに、その友人たちからは連絡はないんでしょうか。『アクおど』が発表された後も。
橙々さん:
ないですね。多分、発表していることにも気づいていないと思います。このゲームのアニメ化ができたら、ちょっと連絡してみようかな……と思っているくらいです(笑)。
ブラック企業に勤めながら、ひとりで8年かけてゲームを完成させる
──友人たちが去った瞬間、ほかのことに興味が移ってもおかしくはないと思うのですが、その瞬間の橙々さんの心象はどのように変化していたのでしょうか。
橙々さん:
悲しいという感情より、「私がやるっしょ!」という対抗心の方がすごく強かったです。
というのも、友人たちが蒸発した時点でスーズとルルのデザインはできていたんです。私としてはそれ(キャラクター)を捨てられた気分になって……「私がこのキャラクターを幸せにしてやる!」というのがモチベーションになっていましたね。
ですので、友人たちに蒸発されて悲しいとか、ムカつくみたいな感情はありませんでした。
──ひとりになった後は、どのようにゲームを作っていったんでしょう?
橙々さん:
大学時代から作り始めて、就職してからは寝る前の時間や休日などプライベートの時間を使ってゲーム制作をしていました。
──週5で働きながら並行してゲーム制作をしていたということですか?
橙々さん:
そうです。ずーっとフルタイムで働いていました。ゲームとは関係ない業種だったこともあり、新たな仲間もできずに、ひとりで知識もないまま作っていました。
ただ、何回かブラック企業にあたってしまって、そのたびに無理やり時間を作って「ゲーム制作で心を癒す」という生活をしていました。
パソコンの電源もつけられないくらい忙しい時期もあって、そのときはさすがにゲーム作りどころじゃなかったですね……。数ヵ月くらいその生活が続いたときは、ゲームを作りたいのに作れなくてストレスでした。
──何回か……。そんなにブラック企業にあたるものなんですね。
橙々さん:
ブラック⇒ブラック⇒ブラック⇒ホワイト⇒ブラックみたいな流れです(笑)。
──ほとんどがブラックじゃないですか(笑)。橙々さんが疲れ果てている時に、「洗濯機の自動音声の声を聴いて涙を流した」というエピソードは今でも覚えてます。
橙々さん:
そうそうそう! 洗濯機から流れる自動音声に感動して泣いてしまって。その後、その仕事はやめました(笑)。
──しかし、その状態でよく8年も作り続けられましたね。なぜ耐えられたのか……。
橙々さん:
本当にいろんな方から聞かれるのですが、逆にひとりだから作り続けられたんだと思います。
私としては、ゲームを作ることを「辛い、大変」と思ったり、「疲れているけどがんばらなきゃ……」とプレッシャーに感じることはないんです。息をするように手を動かしていたかったし、作っているその時間が幸せなんです。
ただ、複数でゲームを作ろうとすると、どうしても意見がぶつかってしまうんですよね。絶対にこだわりたいところを流されてしまったり、意見があわないことがあるとストレスに繋がってしまう……それが一切ないひとりだったからこそ、続けられたんだと思います。
実況での「撮れ高」を意識して、ホラーゲームというジャンルを選んだ
──友人たちと1、2年ぐらい作っていたということなんですが、その友達と関わっていた時のゲーム内容って、『アクおど』には影響があったんですか?
橙々さん:
まったくないですね。友人たちが蒸発して、自分でゲーム(『アクおど』)を作ろうと決意したときに、もともと作っていたゲームの形は全部捨てて、いちから作り直したのが『アクおど』になります。
──では、もともと友人と作っていたゲームは『アクおど』の内容には影響を与えていないってことなんですね。
橙々さん:
そうですね。ただ、友人たちとのゲーム作りのなかで「もっとこうすればよいのに」や「ここがおもしろくない」と思っていたところは頭の中にあったので、そういう意味では少なからず影響はあるかもしれません。
──たとえばどのような要素が?
橙々さん:
もともと作っていたゲームのシナリオは、謎解きが重視されていない内容だったんです。「探索して箱を開ける→鍵を見つける→次の部屋へ行く」というような、プレイヤーにとっては、ただの作業になっていました。
私としては、プレイヤーの方にもっとやりごたえを感じていただきたかったので、『アクおど』では本格的な謎解きを組み込むことに挑戦しました。
──謎解き、ですか。
橙々さん:
はい。私自身、ゲーム実況を見るのが本当に大好きで、ゲームを作るときも実況してもらうことはかなり意識していました。
私もYouTubeでゲームの実況配信をしているんですけど……やっぱり配信のなかで「撮れ高」がほしいんですよね。
謎解き要素では、英語や数学の問題も入れているんですが、あえて基礎中の基礎のものをお題にするのも実況で撮れ高を意識してのことです。
──むむ……簡単な問題を入れるのがどう撮れ高につながるんですか?
橙々さん:
簡単な問題でも、きっとわからない人はいると思ったんです。そうすると、リスナーからツッコミが入るじゃないですか。そういうリスナーとのやりとりも意識して作っていました。
実際、リスナーからツッコミを受けている配信者の方もいて、その様子もおもしろかったですね。
──そういう実況でのリスナーとのやりとりも想定してゲームを作られているんですね。
橙々さん:
それもあって、ホラーというジャンルを選びました。ホラーゲームはその見どころがすごくわかりやすいんですよ。
驚くポイントがあって、そこで「キャー」とリアクションするのは代表例だと思います。まあ私は苦手なんですが……。
──ちなみにホラーゲームを作るのは怖くないんですか?
橙々さん:
こ、怖いです……。
──怖いんですか(笑)。
橙々さん:
自分で演出しているはずなのに、テストプレイのときは怖くて腰抜かしちゃいそうになることもあります……。なので大変です。
──『アクおど』で巨大魚にいきなり飲み込まれたシーンは驚きました。横からグワーッときた瞬間、「あ、死んだわ」って。
橙々さん:
しめしめ(笑)。
