いま読まれている記事

クリエイターには「原液」性が必要だ。藤本タツキが「嫉妬」した『我々は宇宙人』は、若い才能に立ち会うための映画である。

article-thumbnail-260925w

1

2

観終わった後、自分の話をしたくなる

藤本氏は門脇監督との対談で、本作について「観終わった後、自分の話をしたくなる」と語っている。

これは、重要な指摘だと思う。

映画を観て、その映画の話をしたくなるのは、面白い映画であればよくある光景だと言えよう。ところが本作は、確かに「自分の話をしたくなる」、そんな感覚があるのだ。

つまり、感情が作品の中だけで完結していない。

藤本タツキが「嫉妬」した『我々は宇宙人』は、若い才能に立ち会うための映画である_007

昔の友だちのこと。うまく付き合えなくなった相手のこと。あのとき言えばよかったひと言や、言わずに済ませてしまったこと。誰かの物語を観ていたはずなのに、自分の記憶の、似た場所が動き始める。

まったく同じ経験をしている必要はない。ただ、その場の気まずさや、自分を守りたくなった感覚に、どこか覚えがある。だから、「そういえば、自分も……」と話したくなるのだ。

そして、記憶が動いたあとに残るのは、必ずしも、気持ちのよい答えだけではない。

本作のユニークさは、そんな独特の読了感のような感覚にあると思う。

「宣伝しづらい」の正体は、予告で見せられない映画であること

藤本タツキが「嫉妬」した『我々は宇宙人』は、若い才能に立ち会うための映画である_008

本作のプロデューサーである林健太郎氏によれば、本作が宣伝しづらい作品であることは理解している、事前の正攻法的な宣伝は諦めていて、口コミに賭けている──という。

そんな考えで大丈夫なのか?

正直、話を聞いて心配になってしまった。

ただ、試写段階でFilmarksには200件を超えるレビューが集まり、9月24日時点で平均4.3点、7割が4点以上だ。公開前のレビューとしては、かなりの高評価だと言って差し支えない。

さらに興味深いのは、そのレビューの中身だ。

本予告とのギャップが大きすぎて騙された気がした

最初は平成あるあるにクスクス笑っていたら、終盤の怒涛の展開に唖然とした

などなど。
要するに、この映画の一番面白いところは、予告で見せてはいけない場所にある。だから宣伝が難しい。中途半端にジャンルの看板を掲げた瞬間に、嘘になるからだ。

しかしながら、光明もある。
先にも書いたように、この映画は、観た人間に「自分の話」をさせる。作品の感想ではなく、自分の記憶を語らせる。語りたくなる映画は口コミが回りやすい。

宣伝を諦めたわけではなく、本作の面白さは、正攻法の宣伝では伝わらない種類のものだから、口コミでしか届けようがない──というのが、正確なところだろう。

外したら会社が終わる、と言いながら撮らせた覚悟

藤本タツキが「嫉妬」した『我々は宇宙人』は、若い才能に立ち会うための映画である_009

ここからは、「才能に向き合った人」の話をしたい。

NOTHING NEWは、2022年に設立された映画レーベルだ。代表の林健太郎氏は、東宝に新卒で入り、5年勤めたあとに独立した。設立時の個人口座は8万円、借金は600万円だったと、自らnoteに書いている。

掲げたスローガンは「才能が潰されない世の中」。

門脇監督と出会ったのが4年前で、最初は2人だけ。そこからスタジオを一から作り、アニメ制作未経験の数人で、約4年をかけて完成させた。ほぼ全額が自社出資だ。会社の資金をすべてつぎ込み──どころか、足りないお金は別の仕事で補填しながら、ようやく完成にこぎ着けたという。

外れたら、会社が終わる。

比喩ではなく、と林氏本人が書いている。
私も会社を経営している人間なので、この話は正直、胃が痛い。この作品が商業的に失敗する可能性は、決して低くないからだ。

しかも「才能が潰されない世の中」というスローガンには、矛盾が埋まっている。才能を潰さないためには、まず会社が潰れないことが必要だ。その会社が、潰れる覚悟で才能を通している。経営としては、決して正しいとは言えないだろう。

だけど。
この矛盾を引き受ける人間がいないと、才能を世に出せないのも事実なんだろう。そして、ときにはこういう作品が必要だとも思う。

よくこの監督に「このまま」作らせたものだ

藤本タツキが「嫉妬」した『我々は宇宙人』は、若い才能に立ち会うための映画である_010

改めて言うが、よくこの監督に、こんな映画を撮らせたものだと思う。

冒頭でも書いたが、いわゆるヒット作を作ろうと思ったら、多くの人に届きやすいように、作品を整えていく必要がある。要するに、「原液」を薄める作業が必要になる。

そして通常、そういった仕事は、プロデューサーとか編集者と言われる人々が請け負うことが多い。

「タイトルはもっと分かりやすく」「絵柄はもう少し一般向けに」「中盤の展開は予告で見せられるように」。そう言うのがプロデューサーの正しい仕事であり、私がその立場なら、たぶんそんなことを言ってしまうだろう。

だけど、本作のプロデューサーである林氏は、きっとそれを言わなかったのだろう。
あるいは言った上で、最終的に門脇監督の原液性を優先させたに違いない。

門脇監督がクラウドファンディングのページに書いた文章に、こんな一節がある。

2022年3月、学生時代からの友人の紹介で林氏と出会った。初めて会ってから4ヶ月、企画書を何度も書き直して壁打ちした。そのあと、こう聞いたという。

門脇:「作る確率は何パー?」
林:「95パー」

まだ何もない会社の、まだ何も撮っていない監督に対しての、95パーだ。

よほどその才能を信じられなければ、こんな作品を、このままの内容で出させはしないだろう。才能を信じるというのは、口で言うのはたやすいが、実際の行動に移すとなると大変難しい。

林氏は完成後、「同じやり方ではもう二度と作れない」と語っている。

長編アニメを一度も作ったことがなかったからこそ取れた打ち手があった、知らないことだらけだったから多くの人に助けられた、という文脈だ。
門脇監督も、立ち上げから完成まで全部を経験する長編は、後にも先にもこれが最初で最後だろうと言っている。

当然だろう。
だからこそ、このような作品はたまにしか出てこないし、出てきたときには立ち会う価値があるのだ。

門脇康平という作家に立ち会うこと

ここまで書いてきたように、これは、作家・門脇康平の原液とも言える映画だと思う。

確かに、癖はある。
ちょっと見づらいし、見に行きづらい内容かもしれない。楽しい気分で劇場を出られるとも約束できない。

しかし、新しいアニメーション作家の才能に立ち会うという意味においては、ぜひ行くべき作品だと言えよう。

本作が、将来、門脇康平というクリエイターを論じるにあたっての重要な作品として語られる未来を願っている。

作品自体は、後で配信サービスなどで観ることもできるだろう。
しかし、この「立ち会う」という体験は、いまじゃないとできない。

『ほしのこえ』をリアルタイムで観た人が、いまも「あのとき観た」と言えるのと同じことだ。原液に立ち会う体験は、あとから薄めたものを飲んでも取り戻せないのだ。

1

2

編集長
電ファミニコゲーマー編集長、「第四境界」プロデューサー。 ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長を経て、KADOKAWA&ドワンゴにて「電ファミニコゲーマー」を立ち上げ、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、サイトの設計など運営全般に携わる。2019年に株式会社マレを創業し独立。 独立以降は、編集業務のかたわら、ゲームの企画&プロデュースなどにも従事しており、SNSミステリー企画『Project;COLD』ではプロデューサーを務める。また近年では、ARG(代替現実ゲーム)専門の制作スタジオ「第四境界」を立ちあげ、「人の財布」「かがみの特殊少年更生施設」の企画/宣伝などにも関わっている。
Twitter:@TAITAI999

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合がございます

新着記事

新着記事

ピックアップ

連載・特集一覧

カテゴリ

その他

若ゲのいたり

カテゴリーピックアップ