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『堀井雄二のドラゴンクエストのつくりかた』書評──何かを作りたい人ならドラクエファンじゃなくても読んだほうがいいと思う理由

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2026年5月某日──。
堀井さんを囲んでドラゴンクエスト40周年を祝う小さな宴席があり、その末席に加えていただいた。その席で、堀井さんがこの本を執筆中であることが話題にあがった。

「結構しっかりモンスターパラメータとかも載せてるよ」

そう言う堀井さんに、向かいに座っていた僕と内川(毅:ドラゴンクエストXIディレクター)は、「いやいや、僕らの技能が流出するじゃないですか(笑)」みたいな話をした。だが、実際のところ、そんなガッツリしたノウハウ本じゃないんだろう、と僕は思っていた。堀井さんのことだから、きっとドラクエファンが読んで楽しいカジュアルな本になるのだろうと、そう思っていた。

だから僕は、2026年7月17日に発売されたこの本を読んで、本当に心から驚いた。多少大げさな言葉を使えば、度肝を抜かれたと言ってもいい。

この本は、ドラクエファンが読んで楽しめるものであることは当然として、同時に、文字通り『ドラゴンクエストのつくりかた』の核心にある原理や哲学にまで踏み込んだ内容だった。驚きのあまり、僕は立て続けに二回読んでしまったほどだ。

それは、コンセプト設計に始まり、シナリオの構成、セリフの心得、キャラクター創作論、マップ制作術、モンスターへの個性の与え方、ゲームバランス論、果てはキャッチコピーの考え方に至るまで、多岐に渡っている。

そしてそれらの説明は、いつもの堀井さんの語り口そのままで、何かを隠そうとする様子はひとつもなく丁寧だ。「相手に伝えたい」という書き手の感情がにじみ出ているのが、本当によくわかるのだ。それは、長年堀井さんと一緒にものづくりをしてきた自分がそう感じるのだから、間違いない。

今回、書評を書くに当たって、本書をもう一度通して読んだ。その上で確信したのは、本書は『ドラゴンクエスト』の作り方にとどまらず、人を楽しませるエンタメ作品であれば、どんなものにも通底する本質を語ったノウハウ本であるということだ。そうでありながら、読後感は質のいい長編小説を読み終えたときのように清々しい。なぜそんな感想が生まれるのかについては、本書の見どころをいくつか紹介した後で、最後に触れようと思う。

文/元『ドラゴンクエスト』シリーズディレクター 藤澤 仁


「意表を突く」という堀井さんマインド

本書の中では、「意表を突く」という言葉が何度も出てくる。あるいは、それが「いたずら」という言い方の場合もある。この言葉は、実に堀井さんらしい。とにかく堀井さんは、人の「意表を突く」のが好きな人だ。

僕がまだ堀井さんのスタッフになって間もなかった頃のこと。10人程度でのミーティング中、誰か一人が席を外した瞬間、堀井さんは「隠れよう!」と言って机の下に潜った。全員がくすくす笑いながら机の下に隠れると、堀井さんは「電気も消そう」と言って、スイッチの近くの人が会議室の電気を消す。数分後、席を外した人が戻ってきて、「…………え?」と言った瞬間、みんな堪え切れず暗闇の中で爆笑……みたいなことをしょっちゅうやる人だった。(だから週に一度の堀井さんとのミーティングは、楽しくて仕方がなかった)

堀井さんのこういう姿勢は、ものづくりの場面においても一貫している。予定調和を嫌い、意表を突いて相手をびっくりさせる。ドラゴンクエストの随所に、そのマインドが表れている。

ある夜、たまたま見つけたのは、賑やかではないが人々が静かに暮らす小さな村。その村の宿屋に宿泊し、朝目覚めるとそこには誰もいない……。そう。ドラクエ3のテドンの村で見た、あの演出だ。プレイヤーは意表を突かれて、思わず「…………え?」とこぼしてしまう。このやり方こそが、実に堀井さん流なのだ。

こうした演出は、一つの村の仕掛けにとどまらない。竜王の「世界の半分をやろう」もそうだし、ドラクエ3の終盤になってようやく、これが壮大な三部作であったことを知らしめる構造も、堀井さん流のサービス精神の賜物と言える。

 意表の突きかたとかも、しっかり考えておきたいよね。
 たとえば、お姫様がさらわれてしまって、助けにいったら、なんとそこにはお姫様が一人でいました。ここで、お姫様はいったい何をしているのか。何をしていると、いちばんプレイヤーが「おおっ」と思うのか。
 そういうことをしっかりと考えて、いろんな例をいくつか書いていくわけ。

本書「ロールプレイングの設計図-11」より

「意表を突く」アイデアを生み出すために必要なのは、プレイヤーの感情に対する想像力だ。プレイヤーは、どうすればいちばん「おおっ」と思うのか。この感覚を忘れずに思考を深めていくことこそ、ドラクエに限らず、すべてのエンタメ作品に通ずる精神だと思う。

バトル系パラメータが公開……?

冒頭の堀井さんの言葉通り、本書では、バトル系のパラメータ仕様がほぼ完全に公開されている。パラメータ設定は、自分がスタッフだった当時に主戦場としていたフィールドだ。その仕様やノウハウは、それこそ門外不出の、秘中の秘にあたる情報と認識していた。それらが惜しげもなく公開されており、しかも、各パラメータの性質から、そこに値を設定するコツまでも、堀井さんの言葉で詳細に解説されている。僕がこのことについてどれだけ興奮しているのかを、少し文字数を割いて説明させてほしい。

本書内で堀井さん自身が語っている通りだが、こういったドラクエの各種パラメータの類いは、ドラクエ7までは堀井さんが一人で設定していた。ドラクエ8のときに、僕が「堀井さんが調整するデータの下地作りをさせてほしい」と志願し、初めてその作業の一部を引き受けさせてもらった。

しかし、その仕様やノウハウを記したドキュメントのようなものはほとんど存在せず、あったとしても情報が古いままのものだった。僕は、それらの資料を読み解き、それでもわからないところは堀井さん(かドラクエ7のプロデューサ)から口述伝承によって教えてもらわなければならなかった。

あまり詳しくは言えないのだが、時には情報が不足し過ぎていて、ほとんど考古学的な考察が必要になるような場面もあり、僕がドラクエのバトルの仕組みを完全に理解するまで、しっかり三ヶ月くらいの時間を要したように思う。

だから言わせてほしい。

その!
貴重な!
情報が!
こうして一冊の本としてまとめられる日が来ようとは!

僕がどれだけ驚いているのか、この興奮を誰かに理解してほしいと願ってやまない。これだけで、この本には見るべき価値があると思うのだ。

堀井さん自身がYouTubeの番組でおっしゃっていたことだが、これらの情報はあまりにドラクエに特化されたものであり、他のゲーム制作にとって参考にできる点は限定的かもしれない。

けれど、ドラクエがどんな原理で動いているのか、その仕組みがここまで詳らかに公開されたことは過去にない。ダメージはどういう計算式で算出されているのか、モンスターの性格付けはどういう仕組みでされているのか。そういったことに少しでも興味がある人は、これ以上の参考書はないはずなので、是非読んでみてほしい。

セリフについてのあれこれ

僕が堀井さんに初めて会ったのは1998年、堀井さんのシナリオアシスタントスタッフ募集の面接の時だった。堀井さんは、「シナリオ課題、面倒だったと思うんですけど、やってみてどうでした?」と僕に問いかけた。

当時の僕は物語と言えば小説しか書いたことがなく、シナリオと名のつくものを作ったのは、これが初めてだった。なので、そのとき感じていた純粋な気持ちを答えた。

「ドラクエのキャラにできる演技は、その場で飛び上がるとか、頭上に『!』が出るとかしかないので、物語をほとんどセリフだけで構成するのが難しくて、新鮮でした」

堀井さんは「そうそう!」という感じに少し身を乗り出して、「いやホントにそうなんだよね。だから難しいんだ」と頷いた。このやりとりがプラスに働いたかどうかは今もわからないが、僕は無事に堀井さんのアシスタントの一員に加えてもらえることになった。

本書の中でも、ドラクエはセリフで物語を進めているという趣旨のことが何度か出てくるのだが、その中でとても印象深いものがある。

 ボクは漫画家を目指していたこともあるので、基本的に人のセリフだけで物語を進めている。で、セリフは基本的に吹き出しの中にあるので、文字列も絵の一部だと思っている。

本書「「ドラゴンクエスト」のノウハウを呟いてみる-11」より

この「文字列も絵の一部」という考えは、ドラクエの現場では本当に徹底されていた。その考えは、今の自分にも染みついている。現在、僕と一緒に物語づくりに従事している社員は、僕がどれだけこのことにこだわるのか、そのうるささをよく心得ている。

セリフが冗長なことも、文字が小さいことも、行間が狭いことも、難読漢字が使われていることも、特別な意図がない限り僕は決して認めない。

時を超えて運ばれてきた一冊

さて、このまま書き続けていると文章量が本書を超えてしまいかねないので、さすがにこの辺で一区切りつけたいと思う。どうして自分がこの本にこんなにも深い思い入れを持つのか、そのことに触れておきたい。

僕も堀井さんも、ずっと途切れることなく何かを作り続けている人間だ。そういう種類の人間にとって、自分たちが作ったものを振り返って語り合う時間というのは、本当に少ない。僕たちが話すことと言えば、今作っているものについての話が大半で、まれにその先の未来に作るものの話をすることもある。その程度だ。

以前、僕がドラゴンクエストの開発から離れて4年ほど過ぎた頃、ドラゴンクエスト10のイベントステージで、堀井さんが「ドラクエ10の相撲バトルは藤澤が考えてくれて、あれは本当にいいアイデアだったと思うよ」という趣旨のお褒めの言葉をくれた。それに対して、その場で僕が思わず返してしまった言葉は、「いや、嬉しいですけど……、今ですか?(笑)」だった。

『堀井雄二のドラゴンクエストのつくりかた』藤澤 仁書評:何かを作りたい人ならドラクエファンじゃなくても読んだほうがいいと思う理由_001
2018年夏 大阪でのイベントにて

そういうことなのである。堀井さんが、僕たちスタッフの仕事を遡って褒めてくれることなど、ほとんどない。それは堀井さんの性格の問題とかではなく、何かを作り続けている以上、僕たちにはそんな話をする時間も機会もない、ということだ。

だから僕は、「自分のあの頃の仕事は、果たして堀井さんを満足させられるものだったのだろうか」ということが、ずっとわからないままだった。だけど、それは仕方がない──そう思ってるときに、この本が現れた。

この本には、あの頃の自分が伝えてほしかった言葉が、たくさん書かれていた。ああ、そうか。あのとき堀井さんはこう思っていたのか。堀井さんの口からは聞くことができなかった言葉や想いが、何十年も遅れて、この本によってようやく運ばれてきた気がするのである。

一つ引用したい。

「遊んでくれて ありがと。つまらなかったわ。
 このセリフで、いっぱつでマリベルのキャラが立ったと思う。
「遊んでくれてありがとう。でも、つまらなかったわ。
 じゃないんだ。「ありがとう」と「つまらなかった」のあいだに「でも」を入れてしまうとセリフとして普通になってしまう。これでは、マリベルじゃない。そういうふうに、接続詞ひとつにも気を遣ってセリフを書いていくわけ。

本書「「ドラゴンクエスト」のノウハウを呟いてみる-6」より

このセリフは、僕が担当したものだった。以前、Xにそのことを書いたことがある。

僕は当時、堀井さんの工房の1スタッフであり、堀井さんのチェックを経て「堀井雄二工房」から生み出されたセリフは、すべて堀井さんによって書かれたのと同じことなのだ。

このセリフを堀井さんに見てもらった当時、堀井さんから何か言われた記憶はない。うん、いいね、くらいのことは言われたかもしれないが、その程度だったと思う。

それから25年以上の時間が経ち、堀井さんが自著の中で「キャラを立てるためのセリフ」の例として、このセリフを用いてくれている。それが、僕にはとても嬉しかった。


おわりに

さて、それでは最後に、本稿の最初に書いた「本書の読後感はなぜ清々しいのか」について語ろうと思う。

本書は、様々な要素が複雑に絡み合った不思議な一冊だ。まずはタイトル通り『ドラゴンクエストのつくりかた』についてディープに説かれたノウハウ本であり、ドラゴンクエスト40年の歴史を語るクロニクルであり、ものづくり全般についての考え方を示した堀井雄二から現代の若者へ向けられた応援歌でもある。

 どんな困難も、ゲームのクエストと思えば、なんとか攻略してやろうという気分になるはずだよ。頑張れ!

本書「堀井雄二が送るゲーム作りのワンポイント・エッセンス-12」より

そして、本書の読後感をなにより高めているのは、著者の塩崎剛三さんと堀井さん二人の友情だ。閑話休題として挟まるお二人のやり取りが、本当に楽しい。お二人はドラゴンクエストが生まれるよりも前からの長い付き合いであり、交わされる会話には、気心の知れた者同士の特別な空気が漂っている。

その空気感と、塩崎さんの確かな筆致が、本書をただのノウハウ本に留まらせない大切な魅力になっている。本書は、堀井雄二さんと塩崎剛三さんの二人が、今日まで歩いてきた日々を刻んだ青春グラフィティだ。

本稿にて、書籍『堀井雄二のドラゴンクエストのつくりかた』に少しでも興味を持ってくれた方は、ぜひ一度ページを開いてみてほしい。もしも何かを作りたいと思っている人なら、きっとあなたにとって大切な言葉が、そこに書かれているはずだ。

【藤澤 仁氏の関連note】
堀井雄二氏との思い出や、『ドラゴンクエスト』シリーズの制作当時を振り返る記事も公開されています。あわせてご覧ください。

初めて制作に携わった『ドラゴンクエスト7』を、当時堀井氏に送ったレポートとともに振り返る記事「きっといつかできるようになる ─『ドラゴンクエスト7』の思い出」

『ドラゴンクエスト8』の開発に打ち込んだ日々と、その後の自身の変化を振り返る記事「挫折と孤独と燃え尽き症候群 ─『ドラゴンクエスト8』の思い出」

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