ファンタジーでしか描けないものとは?
水野氏:
逆に僕のほうからもう少し詳しくお聞きしたいんですけど。橋野さんが次回作で異世界を舞台にすることを選んだきっかけは、何かあるんですか?
橋野氏:
既存のタイトルだけだと、いつか先細りしてしまうので、新しいことを何かやらなきゃという時に、みんな「ファンタジーをやりたい」って言うんですよ。
ファンタジーをやれなくて『メガテン』、『ペルソナ』のような隙間のジャンルでやっていたという、永遠の二番手感がアトラスにはあるんですけど。
水野氏:
何をおっしゃいますやら(笑)。
橋野氏:
でもそこで、「なんでファンタジーをやりたいの?」と聞くと、自分も含めて誰も答えを持っていなかったんです。
ファンタジーでしか描けないのはどういうもので、現代劇でしか描けないのは何かということに明確な答えがないと、単純に人気のあるジャンルだから、アトラスがファンタジーを始めたと思われてしまうので。
そのためにファンタジーでないと描けないものを考えるようになったんです。
それでどんどんトールキンの時代までさかのぼって、どういう時代背景で幻想小説や幻想文学といったものが生まれたのだろうか、ということを勉強し始めると、もう引きずり込まれるような魅力があるんですよ。
水野氏:
なるほど。ファンタジーの良さは何かというと、僕は「純化されてるから」だと思うんですね。
僕の書くことを現代劇でやってしまうと、青臭すぎたりして「そんな現代人なんていませんよ」と言われる部分があると思うんです。
たとえば今、世界を救うために街のチンピラをやっつけようって人はいませんよね。でも、ゴブリンを倒していた若者が最終的に世界を救うというお話は、ファンタジーならできるじゃないですか。
そういう人間の純粋な部分を肯定できるのが、ファンタジーの良さだと思っていて。
現代社会はすごく複雑なんだけど、それを分解して純化していって、それぞれのキャラクターが持っている怒りや正義をストレートに語っても嘘くさくないというのが、ファンタジーの良さなのかなと思うんです。
橋野氏:
僕らの結論も、それにすごく近いですね。現代劇では成立しない話をやるために、必然的に架空の世界が必要になったというところで、今、着地できそうかなという感じになっています。
水野氏:
楽しみです。純粋ファンタジー支持派なので、僕は。
橋野氏:
純粋ファンタジーになるのかどうか、まったく確信がないんですけど(笑)。
たとえばエルフ【※1】とかダークエルフ【※2】とか、トールキンの時代に作られた人外の種族ってあるじゃないですか。
それがなぜ現在に至るまで、これほどまでにいろんな作品で使われているのかという、その根っこの部分が自分にはまだつかめていなくて。もちろん便利だからといった理由もあるんでしょうけど。
水野氏:
結局のところ、名前を変える意味がないんですよ。同じような役割を持つ敵なり味方なりの種族を出す時に、トールキンが『指輪物語』で登場させたエルフやドワーフ【※】やホビットは、その典型になっているので。
それ以上の役割を与える必要がないのであれば、同じように使ってしまえばみんな情報として共有しているので、そこから大きくズレることはないですから。もちろん時代を経ていくと、ちょっとずつズレていくんですけど
――種族の名称は伝承から来ているんだけど、今、一般的に認識されている設定はトールキンのオリジナルというものが多いですよね。水木しげる先生の妖怪みたいな感じで。
水野氏:
オーク【※1】は『指輪物語』が初出です。ゴブリン【※2】やエルフやドワーフは、一応は伝承系ですよね。
橋野氏:
僕らは現代劇のゲームばっかり作ってきたので、そういった影響をあまり受けてこなかったんです。だから純粋に、トールキンがどういうつもりでそういう種族を作ったんだろうといったことを、すごく知りたいんですよ。
ディードリットがエルフのスタンダードになった理由
――今、『指輪物語』の設定をみんなが情報として共有しているというお話が出ましたけど、そういう西洋ファンタジーのフォーマットを日本に広く知らしめたのはなんだろう? と考えると、『ロードス』の存在が大きかったと思うんです。
水野氏:
『ロードス』というよりはむしろ、富士見ドラゴンブックの「コレクション」シリーズ【※】の影響のほうが大きいんじゃないかなぁ。当時のクリエイターの人たちが、あのシリーズを参考にして作品を作ったりしてくれたので。
――あっ、あのシリーズですか! それはたしかにそうですね。
水野氏:
じつは僕としては、戦略的にやっていたところがあるんですよ。「コレクション」シリーズでは、いろいろなゲームで使われているモンスター、アイテム、スペルといった設定をまず一般化した上で、その中に僕なりの世界観を上手くかぶせているんです。
その集大成として『ロードス』などの作品を作っているので。だからある意味、メタ的にズルいやり方をしてるんですね。「これが一般的だよ」と解説しながら、実際には自分の世界観を押しつけているというか、広めてしまったみたいなところがあるんです。
――でもそれによって、現在のライトノベル【※】などで定着している日本のファンタジーのベースが、そこで形作られたと思うんです。
※ライトノベル
和製英語:light novel。「軽小説」を原義とした小説のジャンルのひとつ。明確な定義は定まっていないが、若者向けで、読みやすい文体をもち、表紙や文中に挿入されるイラストにアニメ絵が用いられている等の特徴が挙げられる。通称は「ラノベ」。
水野氏:
そういう意味では戦略どおりですよ(笑)。もちろん僕の作品だけじゃなくて、新紀元社さんからも資料本【※1】が出ましたし。そういったものを通じてぼんやりと、日本の中での一般的なファンタジーというものが形成された気はします。
そのおかげで僕のオリジナルも、普通に一般の物だと思って使われることがあるんです。『BASTARD!!』【※2】に“ハイ・エンシェント”【※3】って言葉が出てくるんですけど、あれは『ロードス』や『ソード・ワールドRPG』【※4】のルーンの呼び方と同じですよね。
そもそもハイ・エンシェントって言葉自体、両方とも形容詞ですから、英語としてはおかしいんですけど(笑)。
※3 ハイ・エンシェント
『BASTARD!! -暗黒の破壊神-』に登場する古代語魔術のこと。古の神々と契約することで使用可能となる高度な魔法。
※4 ソード・ワールドRPG
1989年に富士見書房から文庫本で刊行されて以来、日本で最もプレイされたテーブルトークRPG。その背景世界は『ロードス島戦記』とも共通している。現在は世界設定などが全面的に刷新された『ソード・ワールド 2.0』が発売されている。
――言われてみれば、たしかにそうですね。
水野氏:
でも、そんなことはお互い様ですから。僕だって『指輪物語』をはじめ、いろいろなものをリスペクトしていますからね。
ただし、何が一般的な名詞で、何がオリジナルの固有名詞なのかを知らないままに使っちゃうと、あとで面倒なことになりかねないので。僕が自分の作品でオークを登場させないのは、そのためなんです。オークはあくまで『指輪物語』オリジンだと思っているので。
『ソード・ワールドRPG』でオークを出してるんですけど、アレはORCじゃなくてOAK、つまり樫の木から作った魔法人形なんですよ。そういう感じでしかオークは出せないんですよね。
でも最近はオークって、姫騎士をブイブイ言わすための特殊種族になってますけど(笑)。そのあたりは時代によって変わっているところですね。
――共通認識が積み重なっていく間に、イメージが少しずつ変わっていくという。
水野氏:
その中で何かエポックなものが出てくると、そっちにパッと変わっちゃうんです。ファンタジーにはそれなりに長い歴史があるから、中にはうるさいことを言う人もいるんですけど、そんなのは無視してもいいんですよ。
「俺の世界のエルフはこういうものだ」と言い切ってしまえば勝ちだし、そのエルフが人々にとって気持ちのよいものなら、5年後、10年後にはそのエルフのイメージが世の中に定着するので。
僕はディードリットでエルフを変えたと言われてます。エルフってディードリット以前は、萌えキャラの要素はあんまりなかったはずですから。
――海外のイラストに出てくるエルフは、すごく怖い見た目ですよね。
水野氏:
悪魔のイメージですからね。『ロード・オブ・ザ・リング』【※1】のレゴラス【※2】以外は、日本人は海外のエルフをあんまり認めたくないんじゃないかなって思います。
※1 ロード・オブ・ザ・リング
ピーター・ジャクソン監督が母国のニュージーランドをロケ地として、『指輪物語』を映画化したシリーズ。外見や大きさの異なるさまざまな種族や怪物たちが入り乱れる、壮大なファンタジー世界を実写映像化することに成功している。全三部作で、第一部『ロード・オブ・ザ・リング』は2001年公開。日本では翌年の2002年に公開された。
――『ロード・オブ・ザ・リング』のエルフは、ディードリットの影響も受けている気がするんですけど。
水野氏:
あの映画の監督は、『ロードス』のアニメを見ているという噂を聞いたことはあります。でも僕が『指輪物語』の映画に対してそういうことを言うのも、失礼な話なので。
僕はあの映画のモリア【※】のシーンを見て、自分がどれだけ『指輪物語』から影響を受けているか、改めて思い知りましたから。『ロードス』のOVAだと第1話に出てくるドワーフの大トンネル自体が、モリアの坑道に対するリスペクトなんですから、そりゃあ似てるのは当たり前ですよ。
※モリア
『指輪物語』に登場するドワーフの地下王国。フロドたち「旅の仲間」が通過しようとした時には、地下に潜んでいた悪鬼バルログによって廃墟と化していた。地下に広がるモリアの探索と、そこで繰り広げられるオークやバルログとの戦いは、ファンタジーRPGにおけるダンジョン探索の源泉のひとつとなっている。
――あの当時、僕もリアルタイムにTRPGをやっていた人間として、OVAの第1話を見た時に「僕らがやってるゲームを映像にするとこうなるんだ!」というのを実感しました。
水野氏:
あの第1話は反則ですよね、絵のクオリティがハンパないですから。結城信輝さん【※】みたいなスゴい方が参加されてるおかげですよね。
「天空のエスカフローネ」20周年だそうですヽ(´▽`)ノ
— 結城信輝 (@nobuteruyuuki) April 2, 2016
オリジナルキャラという意味でも、TVシリーズという意味でも初めての作品でした。
今でも話題にして頂く事も多いのは、逢坂さんはじめスタッフの方々の尽力によるものだと思います。 pic.twitter.com/srgLgErQZb
※結城信輝
1962年生まれ。日本を代表するアニメーターのひとり。『天空のエスカフローネ』、『宇宙戦艦ヤマト2199』など多数の作品でキャラクターデザインを手がけている。『ロードス島戦記』のOVAでは、キャラクターデザインと総作画監督を担当。
RPGとともに固有名詞のカッコ良さも輸入された
――『ロードス島戦記』や「コレクション」シリーズを書く際に、海外で流布しているファンタジーから何を選んで、何を選ばないといった取捨選択はあったのですか?
水野氏:
やっぱりありましたよ。そういった要素を一般化して、だいたいこんなふうに理解すればいいよ、というのが「コレクション」シリーズの骨子だったので。
僕は『D&D』や『指輪物語』からインスパイアされている部分があるので、そのあたりで着地させましたけど、それはやっぱり僕の中の好みですよね。
とはいえ、他にもいろんなファンタジーゲームを遊んでいたし、特に『ルーンクエスト』【※1】は、『指輪物語』とは一線を画すファンタジー世界を完全に構築しきっていてすごく好きだったので、そちらの影響も大きいですね。僕は当時、グローランサ【※2】の研究では最先端を行ってましたから。
※2 グローランサ
『ルーンクエスト』の主要な背景世界。多数の神々が存在する世界で、その神々に対する信仰がキャラクターの生活や特殊能力をも左右するという設定は、『ロードス島戦記』や『ソード・ワールドRPG』の世界観にも深く影響を与えている。
――ファンタジーの要素を取捨選択するにあたって、具体的な基準はあったのですか?
水野氏:
特に『アイテム・コレクション』では、たとえば剣ならショートソード、ブロードソード、グレートソードみたいに機能的な面から分類したり。
曲刀ならシミター、カタール、シャムシールと、時代も地域もバラバラなんだけど、とりあえず曲刃の小刀はシミターと呼びましょうとか、自分なりに体系づけして提示しているところはありますね。
橋野氏:
この武器はこのぐらいのダメージ値で、みたいなイメージまで広まっていますよね。
水野氏:
そのあたりは『D&D』の影響が大きいと思います。ただ武器に関しては、日本人にはあまりなじみがなかったからこそ、名前自体が独立してキャラクター性を持った気がしますね。
その武器が持っている歴史はわからなくても、グラディウスってこんなもの、シャムシールってこんなものという感じで、名前のほうからキャラクター性を持つようになったんじゃないかなぁと。
――海外では一般名詞なんだけど、日本だとそれが固有名詞化したという。
水野氏:
そうそう。だって『ファイアーエムブレム』でマルスの持っている剣がファルシオンだったりするわけで。ファルシオンって曲刃ですけど、マルスが持ってるのは直刀ですよね(笑)。
でもファルシオンという名前の響きがカッコイイから使われているのだろうし、僕もファルシオンという名前はカッコイイと思います。これがフランス語の発音でフォールションになると、ちょっとね(笑)。
他にもフランベルジュとかエストックとか、日本人からすると名前の響きだけでもう、カッコイイじゃないですか。
――海外からテーブルトークRPGやコンピュータRPGの文化が輸入された時に、そういった固有名詞のカッコ良さも一緒に入ってきたわけですね。
水野氏:
僕は特に固有名詞のカッコ良さが好きだったから、『アイテム・コレクション』や『スペル・コレクション』ではモンスターと同じように、アイテムやスペルをキャラクター化したかったんです。そのために、本の中で短いドラマを書いたりして。
いきなり「ファイアボールとは」って説明されてもつまんないじゃないですか。
だからファイアボールをテーマにしたショートショートをまず書いて、ファイアボールを使うシチュエーションを描いてから、ファイアボールの解説を書く、みたいな形にして。
――そういうドラマが加わることで、RPGの文化が豊かになりますよね。
水野氏:
どうなんでしょうね。僕としてはそうしないと読み物として、商品として成立しないからそうせざるを得なかったってことでしたけど。たまたま当時のグループSNE【※1】には、山本弘【※2】をはじめ、そういうことができるスタッフがいたのが良かったですね。
そういう意味ではただの解説書じゃなくて、読み物としての面白さがあったからスペルやアイテムに親しみを感じてくれた人がいたなら、企画としては成功だとは思いますけど。
……なんだか、あんまり参考にならない話を長々と語ってしまって恐縮です。
※1 グループSNE
安田均氏が率いるゲームデザイナー集団。『ロードス島戦記』、『ソード・ワールドRPG』、『ガープス』、『モンスター・コレクションTCG』など多数の作品を手がけて、日本のTRPGやアナログゲームシーンを盛り上げた。水野良氏も、かつてはグループSNEの一員として活動していた。
※2 山本弘
1956年生まれの小説家。『時の果てのフェブラリー』、「MM9」シリーズ、『アイの物語』などのSF作品で知られる。かつては水野良氏などとともにグループSNEの一員として活動しており、TRPGリプレイやアンソロジー小説を多数手がけていた。
橋野氏:
いえいえ。お話を聞きながら、武器の設定をどうしようかなぁと思っていました(笑)。
でもファンタジー世界って、威厳とかカッコ良さが実際に相手にダメージを与えうる世界なんじゃないかと思うんです。ネーミングのカッコ良さや造型のカッコ良さで序列が決まっている世界に、なんとなくリアリティを感じるというか。
戦国武将の甲冑にも、ワケのわからない飾りがついてるじゃないですか。そんなのがついてたら動けないだろうっていうものを、現実世界でも着ていたわけですからね。魔法を実際に撃てる世界であれば、それは装備しうる強い武器なんだろうなと思うんです。
水野氏:
やっぱり説得力は大事ですよね。ミスリルという名前だけで、「よし、硬いぞ」って思えるじゃないですか。
橋野氏:
本当に武器とか魔法の名前を、どうしようかなぁと思っているんです。
水野氏:
魔法は独自の言語体系にするのか、能力をストレートに説明する名前にするかの二択ですよね。『ドラクエ』や『FF』は独自の言語体系だし。
橋野氏:
どこからが現地の言語で、どこからが記号的につけるべきか、作法がよくわからないんですよ。
水野氏:
ファイアボールって英語だけど、じゃあこの世界は英語で会話してるの? という話になるじゃないですか。そこであえて日本語にして「火の玉の呪文」とかにするのもアリでしょう。
橋野氏:
あくまでUI【※】上ではファイアボールと出るけど、登場人物は絶対にそれを口にしなければ良いのかな、とか。考え始めるといろいろ大変なんですよね(笑)。
※UI
ユーザーインターフェースの略称。人間が機械を扱う際に必要な情報を表示したり、コントロールするための方法やデザインのこと。いわゆる「プレイ画面」にあたる言葉。
ファンタジーは「なんでもあり」でいいんです
――橋野さんとしては幻想小説の成り立ちだけでなく、種族や武器の用語の起源にまでさかのぼって調べられているのですか?
橋野氏:
エルフってこうだよね、ホビットってこうだよねと、ファンタジー好きの人ならすぐわかるようなことを、そもそも何も知らないので。
(「PROJECT Re FANTASY」のイラストを見ながら)エルフが金属の鎧を着ちゃダメだろうとか、そもそも赤毛のエルフなんかいないだろうとか。だからこの副島の絵は要するに、「僕らは何もわかりませんよ」という表明なんです(笑)。
水野氏:
それはもう、なんでもありだと思いますよ。
橋野氏:
でも、いろいろ言う人もいるんですよ。
水野氏:
たしかに火属性な感じはしますよね。耳は尖ってるけど、金属鎧を着てるし、エルフというよりドラゴンライダーっぽいかなぁ。
橋野氏:
ドラゴンの紋章とかつけちゃってるんで、文法無視もいいところです(笑)。だから調べざるを得なくて。まさか、こんなに調べないといけなくなっちゃうとは、と思ってます。
そうやって調べ始めて、ファンタジー好きの人に話を聞くと、さっき水野さんがおっしゃったように「そんなの気にしなくていいよ」って言われるんです。でもそれがまた、罠のようにも感じて(笑)。
水野氏:
いやもう、ホントになんでもありですよ。なんでもありの中から、その人のセンスでキチンとふるいにかけられていれば、そこから出てきたものはその人なりのファンタジーだと、僕は思うんです。
フィルターを通さずに何でもかんでも入れちゃうと、さすがに空中分解する危険性がありますけど。
僕の場合は、自分の世界観の中に組み込むための理屈を一応考えた上での、なんでもありにしています。
たとえば『グランクレスト戦記』【※】では、フラッグを出すと一般の兵士がバーサーカーになったり、スパルタンになったり、ドラグーンになったりするという世界観を作っているんです。それによって、本来はぜんぜん時代が違うはずの兵種が存在するっていう理由付けを一応していて。
そういう理由付けを踏まえた上で、なんでもありという部分を大事にしたいなと。
『グランクレスト戦記』では他にも、異世界からの投影体っていうモンスターが出てくるんですけど、ヴァルハラとか、オリンポスとか、タルタロスとか、そういう異世界の名前さえ決めておけば、どの世界からモンスターが出てきてもいいのだっていう。これもある意味、なんでもありですよね。
「それは空中分解してるよ」と言われたらそれまでだし、「その設定があるからこの世界はしっかりしてる」と言ってくれる人もいるだろうし。そこは受け手さん次第ですよね。
『ロードス島戦記』はライトノベルなのか?
橋野氏:
『ロードス』を改めて読ませてもらって感じたんですけど、水野さんの作品はテンポやリズム感がスゴくいいんです。主人公が常に決断と選択を迫られていて。
水野さんはもともとテーブルトークRPGのゲームマスターでもあるので、プレイヤーを退屈させてはいけないという意識が、そういったところに影響しているのかなと。
水野氏:
僕の文章のスピード感は他の人よりも速いみたいですね。たぶん、丁寧に書くことができないだけだと思います(笑)。
橋野氏:
ゲームマスター的な目線から、読者をプレイヤーに見立てて書かれてらっしゃるのかなと思って。それがライトノベルの良さの本質でもあるのかな、という感じもしました。
水野氏:
ライトノベルの本質がどうなのかは、僕にはわからないです。ライトノベルの元祖、ライトファンタジーの元祖と言えるのは、僕としては『スレイヤーズ!』【※】だと思っているので。
自分自身では、『ロードス』はゲームファンタジーだと思っているんです。ライトファンタジーはもう少しキャラクター寄りだから、『ロードス』みたいに途中で主人公が交代したりはしませんよね。
僕がライトファンタジーのスタイルで書いたのは、「魔法戦士リウイ」というシリーズですね。それに対して『ロードス』や、今書いている『グランクレスト戦記』は、ライトファンタジーとはちょっと違うかなって、自分でも思います。
――ライトノベルの定義を考えた時、テンポは1つの軸になると思うんですよ。その意味で『ロードス』は、それまでの小説に比べて明らかにテンポが良いと思うのですが、それは先ほど橋野さんが言われたように、TRPGの即興劇的な面から生まれたものなのでしょうか?
水野氏:
TRPGのリプレイ【※】って、ダラダラ書こうと思ったらいくらでも書けるんです。でも『ロードス』のリプレイは、第1部なんかは全8回の連載でラスボスとの対決まで描きましたから、そりゃあ情報量は多いはずですよね。
※リプレイ
TPRGの文脈においては、TRPGを実際に遊んだゲーム内容(セッションと呼ばれる)を、主に戯曲形式で再現したものを指す。特に日本では、リプレイがライトノベルレーベルなどから出版されており、セッションの実況や解説といった役割を越えて、純粋な読み物やエンターテインメントとしても楽しまれている。
橋野氏:
TRPGのリプレイを小説化するにあたって、これだけはゲームでは味わえない何か、読者に対するメッセージみたいものはあったのですか?
水野氏:
メッセージとかそういったものって、僕はまったくないんですよ。もちろん、日頃から感じていることが、小説の中ににじみ出ているとは思うんですけど。『ロードス』はその当時の読者に言わせると、「説教くさい」という批判もありましたから。
橋野氏:
逆にメッセージみたいなものは、エンタテインメントから排除すべきというお考えですか?
水野氏:
排除すべきとは思ってないんですけど……。メッセージ性って、各キャラクターの言葉の中に自然と内在すると思うんです。
あんまり押し付けるような形になってもね、そんなこと言われなくてもいいよ、って思いません?(笑)
橋野氏:
僕がゲームを作る際は、まずテーマとかメッセージを考えて、そのために材料を集めてくるタイプなんですよ。説教くさいんです(笑)。
でも最近、それが揺らいでいて。今、水野さんがおっしゃったように、その世界の中で必死に生きている人物たちの戦いを描くだけで、彼らが何かしらメッセージを発するはずだと思うようになって。
水野氏:
さっきもお話ししたように、僕としては各キャラクターに、「お前は何が言いたいの? どう行動したいの?」と問いかけて、それを見つけ出していく感じなんですよ。
書いた後で、でもちょっと違うよな、と思うこともありますから。「これはキャラクターじゃなくて、俺がしゃべってる」と。
橋野氏:
あぁ、なるほど。
水野氏:
作家がしゃべってると感じる時は、キャラクター性を殺してしまっているんだと思うんです。
僕はやっぱりゲームマスターであって、プレイヤーキャラクターがどう行動するのかを見て、僕自身がそれをどう受け止めたのかというところからスタートしているので。
たとえばパーンやディードリットについて、ファンの人と語る機会があった時には、「パーンかぁ。あいつはどういうキャラクターなんだろうね」って、ファンと同じような目線でしか語れないんです。
もちろん設定的なことは語れるんですけど。
世界観主導なのか、それともキャラクター主導なのか
橋野氏:
キャラクターはそうかもしれないですけど、TRPGのシナリオの場合は、そういうわけにはいかないですよね?
水野氏:
TRPGのシナリオは僕の場合、事件の概要と、その解決法を用意しているだけですから。TRPGのいいところは、アドベンチャーゲームとは違って、筋道が1つとは決まっていないところなので。
だからプレイヤーには、いろんなアプローチで事件を解決してほしいと思っています。戦闘なんてそれこそ、必要がなければしなくてもいいし。
もちろん、リプレイなどで作品として世に出さなきゃいけないものに関しては、どうしても誘導しなけりゃいけないし、盛り上げないといけないしというのはあるんですけど。
でもゲームマスターとして自分自身が好きなスタイルは、事件とその真相だけしか用意していない形ですね。
橋野氏:
昨今、日本のRPGがJRPGと呼ばれていて、今水野さんがおっしゃったような物語の作り方は、いわゆるJRPGではあまりされてないものかなと思います。それについてはどう思われます?
水野氏:
先ほどお話ししたように、僕のやり方はまず背景世界というプラットフォームを作って、それから物語を作っていく形です。それに対して『スレイヤーズ!』みたいな作品は、まずキャラクターがいて、キャラクターのために物語があって、そこにファンタジーの世界観が付随しているという形ですよね。
でも、これはこれでダイレクトにキャラクターの魅力が伝わるから、いいんじゃないかなあと思います。むしろ今の主流はそちらかなと思いますけど。
橋野氏:
最近の流れで言えば、とりあえず派手なコスチュームの子が出てきたほうが人気が出るから、みたいな形でキャラクター性だけが優先されると、本来は大事にしなきゃいけない異世界の設定がおざなりになってしまうと感じることはないですか?
水野氏:
キャラクターありきの世界って、僕も最初は抵抗があったんですけど、他の人の作品を見ているうちに、それもアリだなと思えてきたんです。
それにシリーズが進んでいくうちに世界観が自発的に決まってくる部分もあるし、バランス感覚の優れた作家さんが書けば、世界観というのは自然に守りますからね。ただ、その世界観がルール化されていないから、他の人と共有できないというだけで。
橋野氏:
こっちの国は明らかに産業革命以降の文化を持っているのに、こっちの国は近世のままの文化で、情報手段はあるはずなのになぜ交流がないんだろうか、といった違和感を覚えることもあるんですよ。
この世界はたしかにあってもいいかも、みたいなリアリズムのところで。
水野氏:
なんでもありでも世界観が揺るがずに、読者が離れなければそれでいいのでは、って思っちゃうんです(笑)。たしかに僕は世界観が好きだから、世界観を壊してるなぁと思うとイヤにはなります。
でも、これはこういう世界なんだねというのが納得できたら、それでいいのかなぁと。なんでもありは楽しいので、特に否定しようとは思わないですね。
橋野氏:
展開される物語は別に異世界じゃなくても語れるような話なんだけど、便宜上魔法とかスキルとかを使わなきゃいけないんで、とりあえず設定上は異世界ってことになってる作品も、最近は多いですよね。
水野氏:
転校した先の学校でモテモテになりました、という話はもうリアリティがないんですよ。
でも異世界に転生して、異世界ならではのチート能力を発揮したらモテモテになったという話なら、まだ読めるってことだと思うんです。それはそれでアリだと思うんですよね。
――最近の異世界物って、ゲームっぽいものがすごく多いじゃないですか。
水野氏:
ゲームというものがメタ的に使われていますよね。ゲームのルールが世界観に内在するんじゃなくて、レベルがいくつとかいうことを、メタ的に言うようになっていて。
一般的なゲームファンタジーが共通言語として確立されているから、レベルをはじめとする用語的な部分をそのまま使ったほうが、共感が得やすいからだと思います。
――説明が要らないからファンタジーを使うパターンが多い気がするんです。本当に新規の世界だと、それがどういうものかを説明しなきゃいけないけど、ファンタジーの世界であれば、なんとなくこういうものだよねって共通理解が、最初から存在しているという。
水野氏:
平均化されたファンタジーの一般世界みたいなものがありますよね。とりあえずこれさえ押さえておけばファンタジーだ、みたいな。
――「PROJECT Re FANTASY」というのは、それを一回崩して戻すみたいな作業なのかな、と思っていて。
橋野氏:
自分たちとしてはこれまで、ファンタジーを上手に消費してこなかったので、どこがフォーマットなのか、わかっていないところがあって。
『ペルソナ5』は東京の渋谷を舞台にしたんですけど、それはなぜかというと、舞台となる世界を自分たちで作らなくてもいいからなんです。渋谷にあるものは、もうすでに決まっているわけですから。
だから、ファンタジーならとりあえず宿屋を置けばなんとかなる、みたいな感覚は僕らにはぜんぜんなくて。
むしろファンタジーはものすごく緻密に世界を作らないといけないので、僕らが今までやってこなかったような、多大な作業が発生するだろうと覚悟しているんです。
水野氏:
細かい設定を積み上げていくデータ羅列型のやり方をすると、大変ですよ。
橋野氏:
やめたほうがいいのかな(笑)。
水野氏:
たとえば『グランクレスト戦記』は、「混沌とは何か」というところからスタートしているんです。
混沌とは自然法則を乱すものである。自然法則が乱れたら魔法ができる。というような形で、1つの出発点からだんだんと枝葉を分けていくと、骨組というか筋が通るので、作品としては展開しやすいのかなと思うんです。
このやり方を“設定集約型”と、自分では呼んでいるんですけど。
同様に『アカシックリコード』という作品は、アカシックレコード(世界記憶)という既存の概念を自分なりに解釈して、世界観を作っていきました。
そんなふうに何か1つパワーソースみたいなものを決めて、そこからいろんな設定を枝葉に向けて下ろしていくほうが、僕は好きですね。ただ、こういうやり方をしている人はあんまりいないので、僕はちょっと特殊なのかなと思うんですけど。
中世風の異世界でも、メンタルは現代人
――橋野さんのほうは、どこから手をつけているのですか?
橋野氏:
これまでの作品と同じです。ゲームをクリアした時に、プレイヤーにどう思ってもらえるか。
「楽しかった」だけで終わらずに「明日から元気に過ごせそうだ」と思ってもらえるために、何に気づいてもらえればいいか、みたいなところから始めています。そのために舞台が東京ならいいのか、田舎町ならいいのかと考えて、今回は異世界がいいだろうと。
水野氏:
鈴木大輔君から『ペルソナ5』がいかにスタイリッシュなのか、という話を聞いていたので、異世界を舞台にするというのは、これまでやられてきた都会的な感じの作品とは真逆な印象を受けたんですけど。
橋野氏:
異世界ではあるんだけど、この世界はたしかにあるはずだと思ってもらうためには、たとえ近代以降の世界設定ではなかったとしても、今の人たちがわかる共通前提みたいな物をある程度拾っていかないといけないのかなと思うんです。
もちろんテレビはないし、大量の情報が印刷されてるわけでもないんだけど、何かしら今の若い人たちでもわかる共通前提みたいなものがあれば、グローバル時代にふさわしい中世ファンタジーが作れるんじゃないのかなと。
水野氏:
キャラクターたちのメンタルには、近代以降の考え方を持たせるんですか?
橋野氏:
そうするつもりです。中世の人たちに見せるわけじゃないし、そもそも僕らに中世の人たちの考えは、なかなか掴みきれないので。
水野氏:
中世のメンタルで作られた作品も、それはそれで見てみたいですけどね。ただやっぱり、僕も中世風の舞台で書いてはいますけど、現代人にわかるメンタルにはしますよ。物語は共感されなければ意味がないので。
橋野氏:
中世ファンタジーを描く時に、みんなが自然の一部だという共通認識を懐かしむようなものを作ってしまったら、たぶんアトラス的にはダメだろうなと思ったので。現実ではない異世界で展開する物語を描きながら、同時にこれは今自分たちが受け取るべき、味わうべきリアリズムの物語なんだ、みたいな形になればいいなと。
今の現代社会って、なんとなく行き詰まってることになってるじゃないですか。少なくともみんな、これから科学が発展して夢のような社会が来る、とは思ってなさそうだし。
水野氏:
そうですね。僕らが子どもの頃には「未来は明るい」ということになっていて、その頃はスペースオペラが流行っていたんです。科学の進歩で人間は豊かになれると思っていた時代では、スペオペに夢があった。
橋野氏:
でも今は、スペースオペラは流行りではないですよね。AIがもうすぐ人間の知能を超えるかも、みたいな話が出てきても、それによってみんなリストラされるんじゃないか、みたいな受け止め方をする向きもあります。
水野氏:
今はディストピア物がめちゃくちゃ多いですよね、『進撃の巨人』【※】をはじめとして。そろそろユートピアの時代が来るのかと思ったら、ディストピアの時代がけっこう長く続いていて。
橋野氏:
そうなんですよ。
水野氏:
ディストピアに癒やされるというのもあるんでしょうね。ディストピアを見ることで幸せになったり救われたりする人も、確実にいるので。そんなディストピアのカウンターとして、なろう系の異世界ファンタジーがあるのかな。あれはあれでユートピアだから。
橋野氏:
来たるべき未来のディストピアって、これから訪れるものなので、すごくリアルに受け取っちゃうんです。でも異世界召喚物のユートピアは、今の現実からその世界に行くので、絶対に手に入らない世界だという感じがしちゃうんですよ。
でも一方で、本当にそうなのかなという疑問がすごくあるんです。
――どういうことですか?
橋野氏:
調べてみたら今の時代は、中世とすごく似ている状態らしいんです。中世のヨーロッパは、イタリアのブドウ畑すら開墾できなくなったギッチギチの状態で。
これ以上国を富ませようと思ったら他国を侵略するしかない、他人から奪うしかないっていう、パッツンパッツンに閉塞した時代だったらしくて。そこから意を決して大航海時代に乗り出して、新大陸が見つかって良かったねって話なんですけど。
でもそこから植民地の時代になって、世界大戦が起こって、今の2017年はまた、グローバルでパッツンパッツンに行き詰まっている。そう考えると、改めて中世を舞台にしたものも、案外いろんな人に刺さるものになり得るんじゃないかという好奇心があって。
この先の世界がどうなるかわからないからこそ、今の世界ではない違う世界をちゃんと設定して見せることができれば、若い人たちに刺さるのかなと。なんか、オッサンが作ったディストピアみたいな作品にはしたくないんですよね(笑)。