25年で音楽も変わった。ケン・イシイ氏「最後はセンス。だから光らせないといけない。」
水口氏:
なるほどね。音楽もこの25年でけっこう変わりましたよね。
ケン・イシイ氏:
音楽の作り方は本当に変わったと思います。しかも、1音1音を作り込むよりパーツを選ぶセンスが重要になってきているんです。僕らがやっているダンスミュージックだけじゃなく、ポップスでもそういう傾向が強くなっています。
水口氏:
最近はAIも発展著しくて、楽曲を読ませたら全部ステム【※】に変換しちゃいますよね。
※ステム……楽曲をボーカル、ドラム、ベースなどのパート別に分けた音源データ。
ケン・イシイ氏:
感心しますよね(笑)。僕もAIに仕事を取られないように頑張らないといけないですよ。
でも技術的な部分はテクノロジーに埋められていっても、音楽は最終的にはセンスの問題なので「センスだけは光らせておかないとな」と思っています。
水口氏:
そういえば、弘石さんの会社も今年で25周年ですよね。
弘石氏:
そうなんですよ。おかげさまで僕の会社である「U/M/A/A」も、『Rez』と同じ歩みで、25周年です。ちなみに社名は、「UGA」からインスパイアされたものです。

水口氏:
弘石さんは、この25年とこの先の何年かを考えたときに、音楽シーンをどういうふうに見ていますか。
弘石氏:
そうですね。最近思うのは、『Rez』も、コールドカットも、ヒップホップも、カット・アンド・ペーストも、テクノも、ハウスミュージックも、ぜんぶ地続きでつながっているんですよね。
最近、10〜20代のミュージシャンと会うことが多いのですが、今の若い世代はインターネットから音楽が入ってくるので、時系列で音楽を聴いていないんですよ。80年代のものでも90年代のものでも現在のものでも、同時代的に「いいものがいい」と考えるんです。その感覚には共感する部分がすごくあって、可能性もすごく感じています。
※一例として。U/M/A/Aに所属する10代のDJ・ミュージシャンのheykazma氏。クラブシーン近辺で活躍している。
あとは『Rez』が生まれた頃の世代のさらにその子どもの世代、つまりZ世代〜アルファ世代の感覚は、ゲームの領域でも音楽の領域でも、もっと新しいものを生み出してくれるような気がしています。だから今、すごく刺激的な時代だと思っていますよ。
※一例として。U/M/A/Aに所属する10代のDJ・ミュージシャンのheykazma氏。クラブシーン近辺で活躍している。
質疑応答で明かされるOval参戦秘話。そして音楽やゲームのこれから
──ここからは来場者の皆さんからの質疑応答に移らせていただきます。
来場者:
エイフェックス・ツインが候補に挙がっていたことに驚きました。『Rez』にはOval【※】の曲が入っていますが、彼は『Rez』に楽曲を提供しているほかのテクノミュージシャンの楽曲とは、系統が違うように感じます。Ovalはなぜ参加することになったのでしょうか。
※Oval……ドイツの音楽家マーカス・ポップによる電子音楽プロジェクト。傷をつけたCDの音飛びを素材に作曲する手法で1990年代に注目を集め、「グリッチ」と呼ばれる潮流の先駆者とされる。国内では「音響系」と呼ばれる電子音楽の潮流において語られるケースが多く、『Rez』発売前年の2000年には、聴き手が操作して「Oval」のような音を生成できるソフトウェア作品『Ovalprocess』を発表している。
小林氏:
それについてはよく覚えています。じつはOvalは大のセガファンで、あるときUGAを見学しに来たんですよ。そして「『Rez』に参加させてくれ」と言ってきたんです。「もうすぐマスターアップだけど、どうする」という話になったら、横田さんが「Ovalが大好きなんです。僕が徹夜でステージを作ります」と言って、それでOvalの参加が決まったんです。
水口氏:
忙しくて死にそうなのにやるんですから、横田さんは本当にOvalが大好きだったんですよね。
来場者:
他のエンタメとゲームの違いに「インタラクティブ性」があると思います。僕は自分でゲーム音楽を作っている中で、ゲームとしてのレスポンスと音楽的な表現が衝突することがよくあるんです。そのあたりのバランス感覚について教えていただけるとありがたいです。
小林氏:
これはクオンタイズの話ですよね。『Rez』の場合はロックオンしてからレーザーを撃つまでのタイミングで調節しているのでゲーム性が破綻せずに済むんですけど、これがアクションゲームとかになると、なかなか厳しい。
水口氏:
音数が増えると難しいってことですよね。音の間の隙間が埋まっていっちゃうから、心や感情に届く感じが弱くなっていってしまう。だから、『Rez』でコール&レスポンスの間を開けたのが、僕らの中では発明だったんですよね。
『Rez』以降、僕もいろいろ試していました。たとえば『チャイルド・オブ・エデン』ではもう少しオーガニック系の音や、歌も使ってみました。
水口氏:
『テトリス・エフェクト』でも試しています。『テトリス・エフェクト』は、『ルミネス』と比べると音数がすごく少ないんですよね。それは、『ルミネス』だと落としたブロックがタイムラインを通過したら消えるので“コール&レスポンス”になっているのに対して、『テトリス・エフェクト』だと落としたミノがその場で消えた瞬間に音が鳴ってしまうので音の設計が難しくなるからなんです。
水口氏:
僕がインタラクティブなデザインをするときは、『Rez』以降ずっと音が中心にあります。ただ、『Rez』ではいろいろ実験した後に音楽を入れていましたが、それ以降の『テトリス・エフェクト』などでは、最初に音楽を作っているので、その作り方も変わっています。
これらのやり方を比べると、『Rez』のようにゲームの手触りを確かめたうえで音楽を完成させるやり方のほうが、個人的にはやりやすいですね。先に音楽を作って無理にゲームに詰めても、人間の感覚がそれを受け入れなければ、全然気持ちよくならないんです。
ダンスミュージックやクラブミュージックが爆音で鳴っている現場を見ても、情報が多すぎない引き算の音楽のほうが、聴いている人がたくさんいる中でも自然と体が動くのかなと思いますね。

来場者:
『Rez』開発時は何をやるにしても時間がかかる時代だったという話と、いまは音楽もAIで簡単にできるという話がありました。昨今ではAIでゲームも作れてしまいます。そんな時代の中で、アーティストにとって大事だと思うこと、あるいはこれからのゲーム文化や音楽文化はこうなってほしいという所感を伺いたいです。
水口氏:
せっかくだから、この質問に皆さんひとりずつ答えて、今日は締めにしましょうか。
ケン・イシイ氏:
僕は基本的には音楽のことを話しますね。先ほども言いましたが、音楽はいかに自分が持っているものを掛け合わせて他の人がやっていないものを作れるかが重要だと思います。
それにはセンスがもちろん大事ですが、本当に飛び抜けたセンスの人はそんなにいません。自分が積み上げてきたものに対して、さらに学んで新しいことを思いつこうとする姿勢が重要なんです。だからそういう種類のセンスで勝負していければ、アーティストとしてやっていけるのかなと思っています。
あとは、その人しか持っていない「味」ですね。良い悪いではなく、その人しか持っていない「味」をいかに強く出せるかが勝負です。

弘石氏:
AIの話になりますが、僕の会社では効率化のためにAIを使うことを奨励しています。でも時々「AIを使いすぎです」と言われてしまいます。
作成した資料などに、人間味が出ていないという指摘を受けることが多いんですよ。AI味が出ている創作物ってあると思うんですが、自分が作ったものがそうなっているんでしょうね。
いまはもう、世界中の人がAIを使う時代です。だからこそ、その人がそれまで体験してきたものから、どこまで独自なものを作ることができるのか。これが、今後重要視されてくるのかなと思います。

小林氏:
AIがこの後どんどん進化していったら『GTA』みたいなゲームが増えていくと思っています。逆にAIが2000年代にあったような尖ったゲームを作り出すのは、けっこう難しいのではないでしょうか。
だから、これからゲームを作る人たちは、独自性のあるゲームを作っていくんだろうと思います。今はインディーゲームも流行ってきていますけど、その領域でも、AIを賢く使って作っていく人が増えていくんじゃないでしょうか。

水口氏:
僕はまだ先が全然見通せていないですね。この先、AIがどこまで進出するのかもわかりません。ただ、最近AIでできあがったものを体験すると、それっぽいものはたくさんあるんですが、“それっぽい”どまりなんです。
今まで3週間かかっていたのが3分で吐き出されて、その分の時間がたくさん使えるのは便利な側面だとは思います。ですが、クリエイティブや作品性を考えたときには、“それっぽい”からどうやって一歩進むかのほうが僕の興味の対象です。
これは僕の自分勝手な希望ですが、AIには人の感覚を真には理解できないと思うんです。だから人間に最後に残されているのは、“それっぽい”以上の体験をしたときに感じる感覚しかないかなと思っています。
だから、シナスタジアも、そういうAIにできないところを見据え続けたいと思っています。もしその領域までAIが作ってきたら、そのときはもうやることはないですね(了)
アンダーワールド版の試作、発売3週間前に消えたファットボーイ・スリムの曲、納品日に届いた「ごめん、無理です」。25年前の『Rez』の裏側は、水口氏の言葉を借りれば「毎日が修羅場」だった。
だが座談会で語られたのは、ただの修羅場の武勇伝ではない。参考にできる前例がないなか「音を見る、映像を聴く」という共感覚のコンセプトを愚直に追い続け、ひとつのゲームとして形にした人たちの記録である。修羅場は、その結果にすぎない。
AIが「それっぽい」ものを3分で吐き出す時代に、水口氏は「“それっぽい”からどうやって一歩進むか」を考え続けると語った。撃つことが演奏になる、あの感覚の先に何があるのか。『Rez』から始まったシナスタジアの旅は、25年を経てもまだ途中である。
