『ドラゴンズレア』から編み出した活路。ポリゴンエディターと自作言語が生んだ『Another World』
── 『Another World』は、プログラムの面でもグラフィックの面でも、当時の最高峰の作品です。本作を制作するにあたって「これなら思ったとおりの世界が作れる」と確信したタイミングがあったのでしょうか。
エリック氏:
まず、『Another World』の前に『Future Wars』【※】というタイトルを手がけたのですが、そこでは私はプログラミングをせず、グラフィックとアニメーションのみを担当しました。
※『Future Wars』……1989年にフランスのDelphine Software Internationalが発売したアドベンチャーゲーム。原題は『Les Voyageurs du Temps :La Menace』、英語版のタイトルは『Future Wars:Adventures in Time』。日本では1991年に、スタークラフトからPC-9801版が『フューチャーウォーズ 時の冒険者』のタイトルで発売された。エリック・シャイ氏はグラフィックとアニメーションを担当している。

エリック氏:
この作品を完成させたことで、グラフィック面での自信がついたんです。
同時に、Amiga 500で「GFA BASIC」【※】と「アセンブラ」という新しい開発ツールに出会いました。
※GFA BASIC
1980年代にドイツで開発されたBASIC系のプログラミング言語。Atari STやAmiga向けに広く使われ、高速な実行性能で知られた。
GFA BASICによって、これまでのゲームに注ぎ込んできたものを、すべてをひとつのタイトルに落とし込めることが分かったんです。そしてアセンブラが、その中核となりました。
── そこから『Another World』の制作へ入っていったのですね。本作のために、専用のポリゴンエディターや開発言語まで自作されたとうかがっています。
エリック氏:
はい。ポリゴンエディターに加えて、バーチャルマシンのようなスクリプトエディターと、それを動かすためのプログラミング言語を自作しました。
これにより、コードを毎回コンパイルしなくてもゲーム内に直接反映させることが可能になりました。

というのも、当時の言語は「イベントの順番を柔軟に変えて編集する」といった動作が難しかったんです。
私が制作したスクリプトエディターでは、イベントの順番や時間軸の調整を、自分が思うとおりに行うことができるようになっています。
── ちなみに、ポリゴンは当時においては最先端の技術だったと思います。ポリゴンのどのような部分が魅力的だと感じられたのでしょうか。
エリック氏:
ポリゴンに魅力を感じた発端は、まず技術的な側面にあります。当時は現代以上にゲームのデータの容量の制約が厳しかったのですが、ポリゴンはデータ容量が非常に小さいため、ひとつの作品に多くの要素を詰め込むことができました。
とにかく情報量を盛り込める描画方法は、私が目指した映画のようなシーンやシーケンスを作るのに最適でした。

もうひとつのきっかけは、Amiga版の『ドラゴンズレア』【※】を見たことです。
※『ドラゴンズレア』……1983年に登場したレーザーディスクゲーム。元ディズニーのアニメーターであるドン・ブルースが作画を手がけた。
あのアニメーションがすべてフロッピーディスクから読み込まれていることを知って「これならポリゴンでも同じような映画的表現ができるのではないか」とひらめいたんです。最初はどういうビジュアルになるか予想もつきませんでしたが、そのひらめきが「ポリゴンを使用した表現」においては、大きなきっかけになりましたね。
──当時の環境でポリゴンを駆使した表現を思いついたのはまさに画期的な発想だったと思います。ご自身ではなぜ、そのアイデアにたどり着けたのだと思われますか?
エリック氏:
正直に言えば、ポリゴンという技術自体は、私が使用する前から一般的な技術だったんです。3D表現においてはポリゴンが使われていることが多く、テキストアドベンチャーのグラフィックにもポリゴンが使われていたケースがありました。
だから私は「最初にポリゴンを発見した天才」ではありません。ただ『Another World』に際して思いついたアニメーションでの活用法は、当時としては新しいものだったと思っていますね。
「ゼロ」の状態からは、いつも紙から始まる。冒頭のコンテにあった研究所も柵も警備員も、すべてなくなった
── ちなみに『Another World』はSF調の世界観を採用していますが、本作を作るにあたって、最初に世界設定を構築されたのでしょうか?。
エリック氏:
その点は明確に答えづらいのですが、本当にゲームの企画を制作し始める「ゼロ」の状態においては、私はまず紙で作業をすることが多いんです。
たとえば『Another World』には主人公のレスターがいますが、開発においては、まず最初にレスターの顔をポリゴン風に紙で描き起こしました。そのうえで、一度画面上にイラストを落とし込み、モニター上での作業に移行しています。
また、こちらのスケッチは冒頭シーンのコンテとして最初に描いた絵です。研究所の建物や柵、警備員のような人物が描かれていますが、実際のゲームではこれらはすべてカットしているんです。
── イラストの柵や背景は魅力的に感じますが、なぜ削除したのでしょうか。
エリック氏:
カットした理由は「クルマを走らせるアニメーション」に重きを置きたかったからです。

あのクルマはロトスコープで撮影したものなのですが、柵や背景まで含めて実際に画面へ落とし込もうとすると、非常に複雑になってしまいました。だから余分な要素をそぎ落とす判断をしました。
余談ですが、制作中は「引き算」をすることが多いんです。最初からすべてをコンテどおりに作るのではなく、実際に表現する媒体と向き合いながら構築していくスタイルを好んでいます。
ジェンロックという「驚異のアクセサリー」を活用したロトスコープ
── いまお話にあったように、本作ではロトスコープの手法を取り入れている点も印象的ですが、どういったきっかけでこの技法を取り入れたのでしょうか。
エリック氏:
ロトスコープは、もともとアニメーションの手法として知っていました。ディズニーでも実際に使われていましたし、ラルフ・バクシ【※】の映画にも使われていた技術です。
※ラルフ・バクシ……アメリカのアニメーション監督。1978年の『指輪物語』をはじめ、ロトスコープを大胆に用いた作品で知られる。
当時、Amigaには映像編集などに使われる「ジェンロック」【※】という驚異的なアクセサリー(周辺機器)があったんです。
※ジェンロック
外部から入力した映像信号と、コンピューター側の映像出力を同期させ、重ね合わせる装置。テロップ合成など映像制作の現場で使われた。
これを使うと、背景に映像を流しながら、そこにアニメーションのフレームを重ねて落とし込み、再生することができました。だから1コマ1コマ、描き起こすことができたのです。
── Amigaにそんなアクセサリーが存在したんですね。
エリック氏:
そうなんです。本来このツールは映像やエフェクトの作成に使われていましたが、私はこのツールの本来の用途を少しひねって、ゲームのロトスコープ制作に活用しました。
── ちなみに、ロトスコープを使う目的としては、リアリティを表現するためだったのでしょうか。
エリック氏:
理由はふたつあり、ひとつはリアリティを保持できたから。もうひとつは、アニメーションが作りやすかったからです。
最終的にロトスコープは、先ほどの冒頭のシーンと、キャラクターの動きに使用しています。歩くこと、走ること、そういった部分に使いました。

──ロトスコープを使ったゲーム自体、当時は珍しかったですよね?
エリック氏:
当時はとくに知らず、あとになってジョーダン・メックナー氏【※】が『カラテカ』でロトスコープを使っていたことを知りましたね。
※ジョーダン・メックナー
『カラテカ』(1984年)、『プリンス オブ ペルシャ』(1989年)の作者。実写映像をもとにしたキャラクターアニメーションをいち早くゲームに持ち込んだ人物として知られる。

「白紙症候群」と即興。アウトプットは「生き物」であり「対話」することができる
── 『Another World』は、全体の設定や脚本をあらかじめ固めず、即興的に作られたという逸話があります。それは本当でしょうか?
エリック氏:
たしかに、即興的な部分はあったと思います。なぜそうなったのかと言われれば、当時の私には、全体の構想が最初から見えていなかったからでしょうね。
目の前の白紙を前に手が止まってしまう「白紙症候群」は誰にでもあるかもしれませんが、私の場合、とにかく書き始めないとつぎが見えてこないんです。
実際に手を動かし始めると、ほかのアイデアが自然に思いつく。そこからうまくいった要素だけをピックアップして、そのうえにつぎを積み重ねていく。私はそうやって作ることが多いんですよ。
個人のインディー開発者は、初期段階から複数の方向性を同時に検討して正解をつかみ取る、というやり方は難しいと思います。だからこそ、少しずつ作りながら発展させていくプロセスが私には合っていました。
── 個人で開発していたからこそ、作りながらアイデアを広げていくスタイルを選べたんですね。
エリック氏:
そうして出来上がったアウトプットは、私にとって完全に「生き物」のような存在になります。その生き物を見て刺激を受け、つぎの展開を考える。いわば作品との「対話」に近い感覚ですね。
── 本作がプレイヤーの心に強く残るのは、明確なセリフやUIがなく「想像する余白」が残されているからだと思います。このスタイルに関しても、即興的に開発する中で生まれたものでしょうか。
エリック氏:
あらかじめ「UIを極限まで表示しない」ことは考えていましたが、余白をあえて多く残したスタイルは、制作を進めていく中で自然と生まれました。
プレイヤーの想像力に委ねるという発想は、制作を進める中で自然に生まれてきたものです。最終的にゲームを完成させるのは「ユーザーの想像力」なのだと、次第に確信するようになりました。




