いま読まれている記事

上田文人氏、小島監督らの心を動かした『Another World』誕生秘話 ― 開発者エリック・シャイ氏に聞く「ひとりの人間がビデオゲームの歴史を変える」個人開発の可能性【ゲームの企画書】

article-thumbnail-2610222z

1

2

3

「インフィニティファックス」事件──「音楽を変えろ」という要求に、無限のFAXで抗議する

── インディーらしい制作エピソードとして、パブリッシャーから「BGMを変えろ」と要求された際、FAXの用紙を筒状につなげて無限に抗議文を送り続けたという話をうかがいました。この「インフィニティファックス」事件の真相を教えてください。

エリック氏:
あれはスーパーファミコン版の移植にあたって、契約先のDelphine Software International【※】がアメリカのInterplay社と再契約した際のエピソードです(笑)

※Delphine Software International
1988年に設立されたフランスのゲーム開発・販売会社。『Another World』のほか『Future Wars』なども販売した。

『Another World』は私が作った独自の言語で制作されていたため、Interplay側は私を通さないと一切の修正ができませんでした。だから、FAXで密に連絡を取っていたんです。

『Another World』エリック・シャイ氏インタビュー。「ひとりの人間がビデオゲームの歴史を変える」個人開発の可能性_023

ただ唯一、音楽データだけはコードに依存していなかった。そこで彼らは「音楽をもっとハリウッド風の壮大なものに変えたい」と要求してきたんです。

5回、6回ほどのやり取りの末、私は「こういう意図があるから絶対に変えたくない」と論理的にまとめてFAXを送りましたが、彼らは絶えず同じ要求を送ってきました。それに対する反論として思いついたのが「インフィニティファックス」です。

── 具体的にどうやって無限にファックスを送ったのですか?

エリック氏:
当時のFAXはロール紙でしたから、数枚の紙をテープで輪っか状につなぎ合わせ、送信しながら出てきた紙がそのままファックスへ再び吸い込まれるようにセットしました。そしてフランスとの時差を利用し、アメリカのInterplay社の夜中の時間を狙って送信をスタートさせたんです(笑)。

向こうのオフィスでは、朝になるととんでもない量の紙が散乱していたはずです。ただ、結果としてこの「インフィニティファックス」は効果がなかったんです。

── なんと……。そこまでしても、止められなかったんでしょうか。

エリック氏:
そうなんです。結局それを見ても彼らは「おもしろいね。でも音楽は変えたい」というリアクションでした。

ただ、最終的には元のパブリッシャーであるDelphine Softwareが「作家の意向は変えられない」と私を守ってくれました。

『Another World』エリック・シャイ氏インタビュー。「ひとりの人間がビデオゲームの歴史を変える」個人開発の可能性_024

── 無事、BGMを元のかたちで守ることができたんですね。ちなみに、「インフィニティファックス」と名付けたのはエリックさんご自身なのでしょうか?

エリック氏:
私が名付けました(笑)。

「感動と驚きのあいだ」。日本のクリエイターへの影響と『塊魂』

── 『Another World』は、上田文人さん、小島秀夫監督、須田剛一さんなど、多くの日本のトップクリエイターが「影響を受けた」と公言しています。この事実をどう受け止めていらっしゃいますか。

エリック氏:
端的に言えば、その状況を見て驚き、感動しました。

というのも『Another World』の制作当時は、国境を越えてこれほどのインパクトを与えるとはまったく想像していなかったんです。

『Another World』エリック・シャイ氏インタビュー。「ひとりの人間がビデオゲームの歴史を変える」個人開発の可能性_025

私自身、上田さんの作品には強く魅力を感じていますし、須田さんの『killer7』も大好きです。小島監督の作り出す世界観もすばらしいと思っています。そうした方々に影響を与えられたのだと実際に目にすると、ただただ感動するしかありません。

想像していなかったからこそ「感動と驚きのあいだくらいの感情」になり、自分でもなかなか言い表しづらい心境ですね。

── 日本のビデオゲームに対しては、どのような印象をお持ちですか。

エリック氏:
じつは、私が世界でいちばん好きなゲームが『塊魂』なんです。『塊魂』の強烈な「開放感」に深く魅了されています。

『Another World』エリック・シャイ氏インタビュー。「ひとりの人間がビデオゲームの歴史を変える」個人開発の可能性_026
(画像はSteam:Katamari Damacy REROLLより)

『塊魂』に感じた魅力と同じように、日本のゲーム全般に対して、表現におけるためらいのなさを感じますし、そこに特別な魅力を感じています。

インディーは「イノベーションが生まれる空間」

── 昨今はインディーゲームのブームがあり、フランスでも『Stray』や『Clair Obscur:Expedition 33』など世界的な評価を受ける作品が次々と生まれています。この状況をどう見ていますか。

エリック氏:
私はインディーを「本当のイノベーションが生まれる空間」だと考えています。著名な作品で言えば『マインクラフト』のほか、『DOOM』なども、インディー出身だと言えるでしょう。

ゲームデザインやプレイの基準を一新してしまうような「お宝」のような作品は、しばしばインディーの領域から生まれてきました。新しい追い風を誘導するのがインディーだと思っています。

── 2025年には『Expedition 33』がThe Game AwardsでGOTY(ゲーム・オブ・ザ・イヤー)を獲得しました。マクロン大統領が国際ビデオゲームフェスティバルの創設を表明するという動きもあり、フランスのビデオゲームが盛り上がっている印象です。

エリック氏:
そうなんです。『Stray』も『Expedition 33』も、直近で高い評価を得た『Cairn』【※】も、いずれも南フランスのモンペリエという街で作られたゲームなんです。

※『Cairn』……The Game Bakersが開発した、山を登るクライミングゲーム。

『Another World』エリック・シャイ氏インタビュー。「ひとりの人間がビデオゲームの歴史を変える」個人開発の可能性_027
(画像はSteam:Strayより)

ただ、この3つの作品は事情が少し違っていまして、『Expedition 33』は非常に若いスタジオで、立ち上がってからの年数を考えると、ここまで来られたのは驚異的です。

いっぽうで『Cairn』のThe Game Bakersには、長年ゲーム業界にいる開発者が所属していて、やっと実りの見えた作品を出せた、という状況ですね。

── どのスタジオも同じ街に拠点を置かれているんですね。なぜモンペリエのスタジオがそうした成果を街単位で生み出せているのでしょうか。

エリック氏:
じつは私も住んでいる街なのですが、ここには開発スタジオどうしの非常に強い絆があります。「PushStart」【※】というミートアップイベントが定期的に開かれ、お互いにテストプレイをしたり情報交換をしたり、コミュニティ全体でいっしょに育っている環境があるんです。

※PushStart
モンペリエを拠点とするゲーム開発者のコミュニティ/イベント。地域の開発者が定期的に集まり、情報交換や試遊会などを行っている。

また、フランスはゲーム制作に対する国からの助成金制度が非常に充実しており、それが多くのインディータイトルを世に出すあと押しになっているのも大きな要因ですね。『Expedition 33』もこの助成金を受けていますし、ほかのフランス産インディータイトルも、おそらくこの制度がなければ、世に出すところまで持ってこられなかったと思います。

『Another World』エリック・シャイ氏インタビュー。「ひとりの人間がビデオゲームの歴史を変える」個人開発の可能性_028
(画像はSteam:Clair Obscur:Expedition 33より)

── 同じ街にエリックさんのようなレジェンドがいたら、アドバイスを求めに来る人も多いのでは?

エリック氏:
自分で言うのは少し恥ずかしいですが、実際にアドバイスを求められることはあります。

私自身、自分の経験を若い世代と共有するのが大好きですから、講演を開いて制作のメソッドやプロセスを教える講義もしばしば行っています。

生物としての人間と環境問題。AIがもたらす「ベール」への恐怖

── エリックさんが現在関心を持っているテーマについて教えてください。

エリック氏:
最近の大きなテーマは「生物学的な、大きなシステムの中における人間の立ち位置」です。これは『ペーパービースト』でも「動物性対テクノロジー」というテーマして多少触れたものですが、昨今の環境問題などが目に見える形で現れてきているいま、非常に考えさせられるトピックです。

『Another World』エリック・シャイ氏インタビュー。「ひとりの人間がビデオゲームの歴史を変える」個人開発の可能性_029
(画像はSteam:Paper Beastより)

── 近年急速に発展しているAIについては、どうお考えですか?

エリック氏:
私もコードを書く際などに利用していますが、AIは「非常に恐怖を感じるツール」でもあります。AIは、本来存在しないものを本物のように見せることができ、現実にひとつの「ベール」をかけてしまう感覚があります。ですから、私たちの現実の見方をぼやかしかねないツールだと思うんです。

さらにロボット技術の発展とLLM(大規模言語モデル)が組み合わさったとき「本当に生きているのか、生きていないのか」という境界線が曖昧になるような現象も起きると考えています。

AIが生成するテクスチャはきれいですが、表面的ですよね。数十億年の進化を経た「生物の奥深さ」に対して、AIやロボットの美しさは果たしてどこまで深みを持つのか。昨今のAI時代において、そういったことをよく考えていますね。

『Another World』エリック・シャイ氏インタビュー。「ひとりの人間がビデオゲームの歴史を変える」個人開発の可能性_030

── 最後に、今後のビデオゲームに期待することと、日本のファンへメッセージをお願いします。

エリック氏:
正直に言えば、ゲームの「技術的な進化」に対する期待はもうとくにありません。現在の環境で表現の手段は十分に満たされており、これから10年間技術的なイノベーションが起きなかったとしても、問題ないと思っています。

そういった状況の中、私が期待しているのは、ゲームの「流通や拡散の仕方」です。

現在、非常に莫大な数のゲームがリリースされ、市場は飽和状態にあります。だからこそ、AIのような技術は「量産」のためではなく、プレイヤーが「本当にクオリティの高い、オリジナルな作品にたどり着きやすくするためのツール」として発展してほしいと願っています。

── エリックさんご自身の活動についてはいかがですか?

エリック氏:
現時点でお伝えできるのは、「現在、新しい作品に取り組んでいる」ということです。中身についてはまだ秘密ですが、すでに2年ほどこのプロジェクトに取り組んでおり、鋭意制作中であることだけはお伝えしておきます。

── 詳細が明かされる日を、日本のファンとともに楽しみに待たせていただきます。本日は貴重なお話をありがとうございました。

(了)


自分でエディターを作り、開発言語まで書いた。全体の構想が見えないまま「即興」で作り、うまくいった要素だけを拾って積み上げた。「音楽を変えろ」と言われれば、無限に流れ続けるFAXで抗議した。

どれも「こう作るのが正解」という手本がどこにもないからこそ、生みだされたユニークな選択だと思う。

ただ、取材を終えていちばん印象に残っているのは、そうした逸話ではない。エリック・シャイ氏が、拍子抜けするほど謙虚だったことだ。間違いなくレジェンドクリエイターであるいっぽう、自分の仕事については、淡々と、むしろ恐縮しながら語る。

しかし、この姿勢はただの謙遜ではなく、いまも作り手のひとりであり続けているクリエイターとしての実感なのだと思う。

『Another World』から35年経ったいまも新たなテーマに向き合い、新作の開発にもすでに2年を費やしている。若い世代に制作のメソッドを教えながら、みずからの表現と、それを取り巻くビデオゲームの世界に、いまも正面から向き合い続けている。

インディーとは「本当のイノベーションが生まれる空間」だと氏は言う。35年前、その空間には名前すらなかった。いまは名前も、道具も、届ける手段も溢れている。この記事に掲載したエリック・シャイ氏の経験と哲学が「つぎに歴史を動かす誰か」の背中を押すものとなれば幸いだ。

1

2

3

副編集長
電ファミニコゲーマー副編集長。元ファミ通.com編集長。1990年代からゲームメディアに所属しており、これまで500人以上のゲーム開発者、業界関係者、著名人インタビューを手がける。1970年代後半からアーケード、PC、コンシューマーゲームにのめり込み、『ウィザードリィ』のワイヤーフレームで深淵を覗き、現在に至る。
Twitter:@Famitsu_Toyoda
編集者
ゲームアートやインディーゲームの関心を経て、ライター/編集をしています。

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合がございます

新着記事

新着記事

ピックアップ

連載・特集一覧

カテゴリ

その他

若ゲのいたり

カテゴリーピックアップ

インタビュー

インタビューの記事一覧