ニコニコ動画において「アイドルマスター」、「VOCALOID」とならんで“御三家”と称され、多くのユーザーに愛されるまでに至った「東方Project」【※】。
そんな「東方Project」の魅力とは何か? もちろん答えは人それぞれだと思うが、その独自の世界観、とりわけキャラクターたちが暮らす「幻想郷」の存在は欠かせないだろう。
※東方Project
1996年に第1作が公開された同人の弾幕シューティングゲームシリーズ。その独特の世界観で人気に火がつき、音楽CDや漫画作品に加えて、数多の二次創作作品が生み出されてきた。
「幻想郷」――そこは社会の荒波に揉まれるストレスもなく、それでいて定期的に面白おかしなことが起きる不思議な場所だ。その魅力ゆえ、「幻想郷」に足を踏み入れたいと願うファンは少なくなく、人や物を幻想郷へと送り込む「幻想入り」と呼ばれる空想創作まで生み出されているほどだ。
そんな「幻想郷」の世界を、「コスプレ写真」で表現する人物がいる。サークル「Veronica」を主宰し、この分野において国際的に活動するフォトグラファー・うひ丸氏(@uhimaru999)だ。
二次元キャラのコスプレといえばイベント会場で撮影しているイメージがあるが、氏は、屋外で撮影を行う「ロケ撮り」という文化に精通している。つまり、作品の世界観の方にこそ重点を置いているのだ。
だから彼の作品は、通常のコスプレ写真とは趣を異にする。大きな桜の木の下で優雅に花見をする西行寺幽々子、黄金色に輝くススキの平野を往く稀神サグメ……どこか見たことのある風景でありながら、それでいてCGめいた非現実的な雰囲気が漂う。それはまさに「幻想郷」そのものなのだ――。
果たして、なぜ「幻想郷」はこんなにも我々の心をかりたてるのだろう? 「コスプレ写真」を切り口に、東方の世界観の魅力に迫った。
聞き手、文/春山優花里@haruYasy.
世界観の再現は「自然」との戦い
――うひ丸さんの写真を拝見していると、ロケーションを凄く大切にされているんだなと感じるんですが、そもそも写真を撮るまでにどのようなことを考えるのでしょうか。
うひ丸氏:
まずは各作品の雰囲気やキャラの設定などをチェックし、ロケーションを決定します。特に東方のキャラは「季節」が深く関わっていることが多いので、そのあたりはかなり気を使いますね。
例えば幽々子【※】を象徴する「桜」。当たり前ですけど、今年の桜が来年も咲くとは限らない。晴れか雨かという天候もそうだし、風の向きや強さで桜の散り方も変化するし、時間による自然光の変化だったり。世界観の構築もそうですが、そういう自然を相手にするってことが一番大変ですね。博打みたいなところあります。
この時のロケ地はちょっと荒々しい場所で、この桜は斜面に咲いているものだったです。さらに雨上がりで湿度も高くて、きつい環境だったんですけど、この桜が撮れるのはその日だけだって思ったら諦められなくて――少し離れたところの岩によじ登って、望遠で撮ったんです。
――岩によじ登って……よじ登って!?
うひ丸氏:
いやー体力的にめっちゃきつかったです(笑)。全身の筋肉を総動員して、死にものぐるいでカメラを構えましたね。
――またうひ丸さんの写真には、何というか……物語の様なものを感じるんですが、ただ単純にキャラクターに合ったロケーションで撮影しているだけではないですよね?
うひ丸氏:
撮影を行う時、設定も考えています。
例えば小傘の写真では、“唐傘のわすれ傘が長い年月をかけて妖怪「多々良小傘」になったあと、今もそのまま主を待ち続けている”という設定を組んでいます。「忘れられた時間」っていうのを表現したかったんです。
――明暗で浮かび上がる現実感と非現実感のコントラストも実に素晴らしいと思います。
うひ丸氏:
ありがとうございます。こういうライティングもなるべく自然光を重視して、必要に迫られない限りストロボも使わないですね。
――できるだけそのまま切り取ると……そして、その“環境も含めて「世界」を切り取る”というのがロケーション選びに繋がるわけですね。特に多々良小傘の写真は、郷愁の漂う画作りがなされ、「幻想」となった場所を楽しそうに駆ける姿を切り取った1枚から「からかさお化け」へと至る物語が浮かびあがります。
うひ丸氏:
小傘の写真は某所で保管されている古い校舎を使わせてもらったんですけど、一言に「学校」といっても時代によって違いがかなりあるんです。
たとえば机とイス。僕らが子供のころって木と金属、あるいはプラを使っているものだったと思うんですけど、ここにあるのは木だけで作られたものなんですよ。
――ススキを背景にした写真からも、そういった拘りが強く感じます。
うひ丸氏:
この写真は凄く印象に残ってまして……。日が陰ってきた1時間だけ、黄金に輝くんですよね。
その時間に晴れてくれないとダメだし、雲が多くても少なくても自然の光ならでは良さっていうのが表現できない。この風景から出てくる温かさが良いので、フォトショップなどで必要以上に手を加えるようなこともしていません。
――季節感のある風景といえばレティ【※】の写真も良いですね。
うひ丸氏:
この写真も忘れられないですね(笑)。こういう画って、パウダースノーじゃないと絶対に出せない。なかなか撮れないんですよ。ぱらついた浮遊感のある雪って。
雪質が肝要なので良いスポットを探すのに苦労しましたが、この撮影は正直に言って現地に行ってからがめっちゃ過酷でしたね(笑)。僕もモデルになってくれたコスプレイヤーも、ガタガタ震えて……めっちゃ寒かったですけど、頑張ったかいのある画になりました。
キャラにあった「居場所」の探し方
――ここからはもう少し撮影について詳しくお聞きしていこうと思うんですが、撮影時にはどのようなカメラを使っているんでしょうか。
うひ丸氏:
東方用のカメラとしてEPSONのR-D1【※】を使っています。
これが出た当時ってフィルムからデジタルに移行が進んでいた時代で、そんなときにアナログな機構を残しながらデジタルにシフトしていこうとしたカメラなんです。ホワイトバランスやバッテリーなどのメーターがアナログだったり、レバーを動かしてフィルムを巻く動作を入れないと撮れなかったりとか、そういうのが残ってるんですよ、これ。面白いでしょう(笑)。
そういうフィルムからデジタルへの移行期に作られたからなのか、デジタルなのにフィルムっぽい感じの画が出てくるんですよ。暗部も潰れたりしなくて良い感じの。
アナログっぽい手間がかかるカメラですけど、それもまた「東方」の世界観を表現するのにも相性が良いなと感じてます。
――これまでの話を踏まえると、うひ丸さんの中には東方の世界観――つまり「幻想郷」【※】のイメージがあり、それを現実に投影しているような印象を受けるんですが、その“幻想郷のイメージ”というのはどのようにして固めているんでしょうか。
※幻想郷
「東方Project」作品におけるキャラクターたちの暮らす世界、場所。博麗の巫女による「博麗大結界」、大妖怪・八雲紫による「幻と実体の境界」によって隔絶され、結界の向こう側は「外の世界」と呼ばれている。
うひ丸氏:
原作ゲームの情報を軸にしていますが、僕の場合は二次創作のイラストだったり、音楽とかも含めて、いろんなものを参考にしています。
特にイラストの場合は、キャラ主体のイラストよりも、キャラはすごく小さく描いて幻想郷という世界を描いている作品が好きで、そこからインスピレーションを得ることもありますね。
――つまり、東方ファンが生み出した「幻想郷」をインプットして、自分の中で新たな「幻想郷」を生み出していると。
うひ丸氏:
当たり前の話ですけど、「彼女たちは幻想郷に住んでる」ってことがとても重要なんですよ。
霊夢だったら神社、魔理沙【※1】なら森の中の小屋、地霊殿【※2】なら地下というような、それぞれのキャラにあった「居場所」ってのがあります。
※1 霧雨魔理沙
「東方Project」に登場するキャラクター。基本的に主人公キャラクターとして、幻想郷で起こった異変を解決すべく奮闘している。弾幕はパワー。
※2 地霊殿
2008年に発売された作品。正式タイトルは『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』。古明地こいし、さとりなど、多くの新キャラクターが登場した。支援キャラによって自機キャラの性能が変化するシステムを採用している。
――全てにおいて「理由」がちゃんとあると。
うひ丸氏:
東方って「時代」という軸で考えると古い――過去なんです。もちろんその考えも捉え方次第で変わると思いますが、僕のなかでは昭和、大正、明治、江戸、あるいは神話だったり。そういった過ぎ去った時代がベースになっていることが多い。
どこで、そのキャラが何をしているのか――「幻想郷」を表現するってなると、そういうのをしっかりと考えて、今となっては枯れた技術なんて言われるようなものだったり、今はもう使われていない旧式な設備だったり、そういうのを活用していくべきだと思っています。
――幻想郷って人が忘れた記憶みたいなところもありますもんね。
うひ丸氏:
そうなんですよ。霊夢や魔理沙みたいな例外もいますけど、河城にとり【※】や小傘とか、そもそも彼女たちは妖怪だったりもするわけです。
たしかに彼女たちはカワイイけど、その「妖怪」という本分を忘れちゃいけないって思っていて、そういう怪しさをしっかりと出すにはどうしたらいいかって考えたら、あまり現実感を強く出しちゃうとアレだし、かといって非現実的すぎてもアレだし……そのバランスが取れる場所をロケ地に選ぶようにしています。
――とはいえロケ地ってそんなにすぐに見つからないですよね。
うひ丸氏:
自分で調べたりしますけど、コスプレイヤーさんからここで撮りたいって教えてもらうこともありますね。コスプレイヤーの想うゴールと、カメラマンの想うゴールが当然あるわけで、そこをしっかりと擦り合わせて、意思の疎通をしっかりしておかないと、お互いに納得できる作品って作れません。なので、そういった意向は大切にしています。
あとはロケ撮りをするカメラマン同士で共有してる情報とかもあったりするんですけど、これはちょっと教えられないですね。
――いわゆるネットワークってやつですね。そう簡単に情報を出すわけにはいかないと。
うひ丸氏:
というよりも出せないですね……いろんな意味で。特にロケ地の持ち主が情報を表に出すことを望んでいないことが多いので。
ただ、過去に「なんの撮影するんですか?」って聞かれて、「東方です」って伝えたら「あ、東方ならOKです」って言われたことがあって。びっくりしましたね。
そういえば、中国のコスプレイヤーに頼まれて撮影した姫様の写真があるんですけど、そのロケも印象に残ってますね。
――これ中国で撮影したものだったんですね。なんか日本離れしたスポットだなぁと思ってましたが。
うひ丸氏:
こんなロケーションは日本では滅多にお目にかかれないですよね。誘ってくれたコスプレイヤーさんからは「こんなところでごめんね」って言われましたけど、僕らからしたら「いやいや、こんなロケ地、日本にはないぞ、最高すぎるでしょ!」って場所だったんで、めっちゃ興奮しました。
ただ、このときは夏場ということもあって気温が40度を超えてまして……ちょくちょく休憩をとりながらの過酷なロケでした。