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「アキバ」を巡って街の歴史を辿る、元『月刊アスキー』編集長・遠藤諭氏による”街歩き講義”が開催。若者からは石丸電気のテレビCMに「知らない」の声も。ジェネレーションギャップ……!

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秋葉原といえば、電気街からパソコンの街、そしてゲームやマンガ、アニメにメイド喫茶など、それぞれの時代とともにその姿を大きく変えながら、さまざまなカルチャーの発信地であり続けてきた街だ。

しかし、なぜ秋葉原はこれほどまでに多様な文化が集まる場所になったのだろうか。

「アキバ」を巡って街の歴史を辿る、

2026年10月3日、ZEN大学は元『月刊アスキー』編集長で、同大学の客員教授とHARC(コンテンツ産業史アーカイブ研究センター)研究員を務める遠藤諭氏とともに、実際に秋葉原の街を歩きながら、その歴史や文化を紐解いていく「秋葉原街歩きフィールドラーニング」を開催した。

当日は10人ほどのZEN大学の学生が参加。まずは会議室で遠藤氏による秋葉原の歴史についてのレクチャーが行われ、その後、そこで触れられたスポットなどを実際に歩いて巡っていくというスタイルで進められた。

街歩き中は、遠藤氏がミニ拡声器を片手に、ポイントごとにその場所にまつわるエピソードを紹介。「Akiba Robolabo Meetup」や「神田明神」、「Shigezone」などでは、それぞれ秋葉原に関わる人物から直接話を聞く機会も設けられていた。

本稿では、そんな約3時間にわたって行われたフィールドラーニングの模様を、実際に巡ったスポットとともに紹介していく。

「アキバ」を巡って街の歴史を辿る、

取材・文/高島おしゃむ
編集/anymo


まずは遠藤氏による“秋葉原講義”からスタート!

ZEN大学の学生や教職員など、参加者が集まったのはJR秋葉原駅近くにある貸し会議室。ここで遠藤氏から、今回のメインスポットである“秋葉原”とはどんな街なのかについてのレクチャーが行われた。

今回集まった学生たちは、普段から顔を合わせて授業を受けているわけではない。ここもZEN大学らしいところで、こうしたオフラインのイベントは、学生同士が実際に顔を合わせてコミュニケーションを取る貴重な機会にもなっているようだ。

「アキバ」を巡って街の歴史を辿る、
元『月刊アスキー』編集長で、現在はZEN大学客員教授の遠藤諭氏。

遠藤氏が最初に説明したのは、そもそも「秋葉原」がひとつの明確な住所を指してきたわけではないということ。東京都台東区秋葉原という住所はあるがいわゆる「秋葉原」といった場合の意味ではない 。

現在も一般的に秋葉原と呼ばれている範囲は広く、住所上は千代田区外神田などにあたる。そのため、今回の街歩きでも秋葉原駅周辺から神田明神方面までを巡っていくこととなる。

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続いて、江戸時代から現代までの街の変遷を紹介。明治初期の大火のあとに火除地が設けられ、「あきばっぱら」と呼ばれるようになったことや、かつての秋葉原駅が貨物駅だったことなど、現在の街並みからは想像しにくい歴史が語られた。さらに戦前には青物市場だけではなく、自転車問屋が集まる街として全国の出荷の7割を占めるほど栄えていたという。

戦後になると、小川町や須田町周辺の闇市で真空管などが売られるようになり、その闇市に撤廃令が出たことで秋葉原のガード下に移転。その際の交渉が成立しなければいまの秋葉原はなかった可能性が高いとのこと。

そこからラジオや電子部品を扱う店が集積。やがて家電の街となり、1970~80年代にはマイコンやパソコン関連の店が増えていった。その後はゲームやマンガ、アニメといったファン文化がくわわり、2000年前後には再開発やメイドカフェなどの登場によって、さらに現在に近い秋葉原へと姿を変えていった。

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遠藤氏は、当時の映画や雑誌、写真なども交えながらこうした変化を紹介していった。興味深いのは、秋葉原が時代ごとにまったく別の街へ入れ替わってきたわけではないという点だ。それ以前の商売や文化の上に、新たな役割が次々と重なっていった結果、現在の秋葉原が形作られているというわけである。

その変化の過程では、一般的なショッピング街では見られないものが重要な役割をはたすことも少なくなかった。廃品同様のジャンクや輸入品、ときにはグレーな商品、客や店員の特殊なつながり、手作りのキットや同人誌などだ。それが、秋葉原の歴史で見落とされがちだが重要なポイントだと説明していた。

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ここで面白かったのは、遠藤氏が懐かしい石丸電気のテレビCMなどの映像を見せながら紹介していたときの参加者たちの反応だ。今回は学生たちだけではなく、同行する教職員にも若い世代が多かったこともあってか、「何? 全く知らない」といった声も聞こえてきた。こうしたジェネレーションギャップを間近で感じられたのも、このレクチャーの面白いところだった。

こうしてひと通りの“予習”を終えたところで、いよいよ学生たちは遠藤氏とともに秋葉原の街へと出発することになった。

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普段は見過ごしがちな“ディープなアキバ”を巡るツアーのスタート!

今回の秋葉原街歩きフィールドラーニングの前半は、昭和通り近くにある貸し会議室を出発し、ヨドバシカメラ マルチメディアAkibaの横を通り抜けながら、いったん書泉ブックタワーのある秋葉原駅前南通りのほうに出るというものだ。

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途中、小さな店が並ぶニュー秋葉原センターに立ち寄り、JR秋葉原駅方面へと移動するという流れだった。だが、この日は土曜日ということもあり、駅に近づいていくにつれて人の数も増えていく。そのため、当初は『STEINS;GATE』でタイムマシンが墜落した場所としても知られる秋葉原ラジオ会館の屋上に行く予定もあったのだが、人が多すぎたためスキップすることに。

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通常のツアーではめったに訪れることのない、ディープな秋葉原に誘われる参加者たち。
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混雑のため、残念ながら秋葉原ラジオ会館の屋上への訪問はスキップすることに。

その後、レクチャーの中で遠藤氏が紹介していた映画『洲崎パラダイス 赤信号』にも登場した秋葉原ラジオセンターを通り抜けていく。その道中も遠藤氏は、手に持ったミニ拡声器でそれぞれの場所がどんなところなのかを参加者に紹介しながら、街歩きを進めていった。なかなか便利な拡声器だが、秋葉原はジャンク通りにある「あきばお~」で仕入れたものとのこと。

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続いて一行が向かったのは、秋葉原の高架下にある商業エリア「SEEKBASE AKI-OKA MANUFACTURE」内のショップ「Akiba Robolabo Meetup」だ。こちらでは、Akiba.TV株式会社 代表取締役 の吉岡有一郎氏が出迎え、店の特徴や取り組みなどを参加者たちに紹介した。

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写真左がAkiba.TVの吉岡有一郎氏。手に持っているのは遠藤氏が昨年作った「アキバ」の語源である平安時代の修験者「秋葉三尺坊」についての同人誌で、お店であつかっている。

「Akiba Robolabo Meetup」では、ものづくりの街である秋葉原を象徴するように、3Dプリンタで製作したアイテムやロボットなどを販売している。また、この場所からインバウンド向け秋葉原ツアーの運営やYouTube番組「Akiba.TV」を毎日配信するなど、精力的に秋葉原の文化を発信している。

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3Dプリンタで作られたアイテムに興味津々の参加者たち。

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「Akiba Robolabo Meetup」で記念撮影した後、休憩場所であるN高等学校秋葉原キャンパスに向かうことに。今回のツアーには直接組み込まれていなかったが、「Akiba Robolabo Meetup」のすぐ近くには、店舗を移転したばかりのレトロゲーム専門店BEEPがある。ちょうど店の前を通ったため、ここでも遠藤氏が足を止めて紹介を行っていた。

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その後N高等学校秋葉原キャンパスにたどり着いたのだが、なんとここで中に入ることができないというハプニングが発生。そこで、近くにある公園に移動して休むことになった。

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N高等学校秋葉原キャンパスに入れないというハプニングが発生。ここで遠藤氏の機転により、近くの公園へ移動することになった。

後半戦はさらにディープに! 神田明神から東京ラジオデパートまで巡る

N高等学校秋葉原キャンパスから、千代田区立練成公園に移動したあとそのまま休憩に……とはならず、ここでゲストとして角川アスキー総合研究所・アスキー編集部で秋葉原を担当する北村明弘氏が登場。秋葉原に関するさらにディープな情報が紹介された。

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ゲストの北村明弘氏。

遠藤氏いわく、秋葉原には毎週来ているものの最新の全体像までは詳しくないので、現在の街をよく知る北村氏に声をかけたという。北村氏によれば、ここ最近の秋葉原では再開発が進んでいるほか、特に増えているのがカードショップ、ドラッグストア、ホテルの3つだという。

ドラッグストアはインバウンド需要が大きく、訪日外国人が日本の医薬品などを購入するケースが増えているという。いっぽうでホテルについては、海外からの観光客だけでなく、「秋葉原に泊まりたい」という国内からの需要も大きいことが、増加の背景にあるそうだ。

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おでん缶やメイド喫茶、マジコンまで、アキバにまつわるさまざまな話題が飛び出し盛り上がっていた。

後半もさまざまなスポットがコースに組み込まれていたが、時間が限られていたこともあり、大きく分けて立ち寄ったのは神田明神と東京ラジオデパートの2ヵ所だ。神田明神では、同神社の広報を担当する岸川雅範氏がゲストとして登場した。

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岸川氏からは、神田明神の成り立ちや、近年注目を集めるさまざまなIPとのコラボレーションについて紹介された。

この日は平将門公にまつわる話題にも触れられ、神田明神では10月10日に「20世紀末のオタクと平将門公」と題した講演が開催されるという。こちらでは國學院大學教授の大東敬明氏が登壇し、「パトレイバーと将門」や「メガテンと将門」など、一見すると意外な組み合わせについて語られる予定だ。

また、秋葉原という土地柄もあり、神田明神では『ラブライブ!』や『薬屋のひとりごと』といったIPとのコラボレーションも実施しやすいという。岸川氏によれば、こうした企画を神社側から提案することもあるそうだ。

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写真左が岸川雅範氏。

岸川氏の話を聞いているうちに日も落ち、周囲はすっかり暗くなっていた。ここで一行が向かったのが、最後のスポットとなる東京ラジオデパートだ。ここも負けず劣らずディープな場所で、個性豊かな店がぎゅっと凝縮されていた。

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東京ラジオデパートで一行が立ち寄ったのが、「Shigezone」というお店だ。こちらは茂田克格氏が始めた店で、中国・深センなどで見つけた、日本ではあまり流通していないアイテムを輸入して販売している。今回のツアーでは、茂田氏は別件があったためスタッフが参加者たちに店内の商品を紹介してくれた。

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同店の特徴のひとつが、商品のユニークなネーミングだ。たとえば売れ筋として紹介されたのは、500ルーメン以上という非常に明るいLEDライトなのだが、その商品名はなんと「【クッソ明るい】LEDライト」。ほかにも「しょぼいDSPラジオ」やGPSを利用した時計など、ほかの店ではあまり見かけないような変わり種の商品が並んでいた。

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これにて今回のフィールドラーニングはすべて終了となった。当初は立ち寄る予定だったものの、時間の都合で回ることができなかったスポットもいくつかあったが、それだけ秋葉原という街には短時間では語り尽くせない歴史や文化が詰まっているということでもあるだろう。

遠藤氏によれば、今回の反応や積み残しもふまえて第2回の開催も検討したいとのこと。次回は今回とはまた違った“秋葉原の知られざる文脈”に触れられる機会になりそうだ。

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ライター
ライター/編集者。コンピューターホビー雑誌「ログイン」の編集者を経て、1999年よりフリーに。 現在はゲームやホビー、IT、XR系のメディアを中心に、イベント取材やインタビュー、レビュー、コラム記事などを執筆しています。
編集者
3D酔いに全敗の神奈川生まれ99’s。好きなゲームは『ベヨネッタ』『ロリポップチェーンソー』『RUINER』。好きな酔い止めはアネロンニスキャップとNAVAMET。
Twitter:@d0ntcry4nym0re

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