審査員を皆勤で務めた、飯田氏・イシイ氏・神谷氏のコメントを掲載!
飯田和敏氏のコメント

ゲームデザイナーズ大賞が始まったころ、桜井さんから示された指針が、いまも印象に残っている。
毎年CESAから数千件ものゲームをまとめたリストが届くのだが、必ずしもその中から選ぶ必要はない。われわれの食指が動き、手に取ってプレイした時点で、すでに選考されていると考えよう、というものだった。
そこまで信じてくれているのか。用意された候補に点数をつけるだけではなく、何を見つけ、何に興味を持ち、何を遊ぶかというところから任されている。
その期待を裏切らないよう、ゲームに真摯に向き合おうと思った。
僕は商業的なゲーム制作から離れて久しいが、ほかのみなさんは第一線に立つ現役のクリエイターで、驚くほど多くのゲームをプレイしている。ちょっと触って終わりではなく、クリアして初めて評価できる、というスタンスだ。自分のゲームをつくりながら、他の人のゲームもそこまで遊ぶ。いったいどうやって時間を捻出しているのだろう。
つくり手として他の人のゲームに順位をつけることには、ジレンマもあった。斬新なゲームに出会うと、どうして自分はこれを思いつけなかったのか、と思う。
『Viewfinder』はまさにそうだったし、『INDIKA』ではグラフィックスの自由な表現にやられた。審査する側にいながら、作品から刺激を受け、教わることも多かった。売上や人気とは別に、そのゲームにしかない新しさを、つくり手が見つけて伝える。そういう場として、この賞にはとにかく続いてほしかった。
継続については以前から相談があった。桜井さんとのメールを見返すと、2020年の時点ですでに後継者探しが課題になっていたことがわかる。
後継を引き受けないかという打診は、まず当時の審査員全員にあった。ただ、ひとりの審査員として参加することと、第一線に立つクリエイターたちに声をかけ、信頼して任せながら賞を続けていくことは違う。
桜井さんに自分が代わる? ありえない……。少なくとも、僕はそう思った。継続をお願いするために、授業の合間をぬって東京の「打ち上げ」に参加したこともある。なんと夕方に東京へ行って、翌朝9時には京都で授業だ。そこまでして続けてほしかったのに、自分が代わるとは言えなかった。
賞の終了に際して、「私の代わりがいなかった」という言葉が少しひとり歩きしてしまった感がある。けれども、桜井さんはずっと継続を模索していた。相談を受けてきたひとりとして、その言葉に至るまでの時間も伝えておきたい。
桜井さんの代わりにはなれないが、僕も大学の研究機関「遊び創り研究センター」で、小さな新しい賞を立ち上げようとしている。「未完成ゲームアワード」という。これは、作品にすらなっていない未完成のゲームを対象に、選考そのものを機会として、そのゲームとクリエイターの「問い」自体を深く考えていくものだ。第1回は2027年の開催を目指している。体制が固まったら、あらためて告知したい。
イシイジロウ氏のコメント

2010年の第1回から、2026年の最終回まで、ゲームデザイナーズ大賞の審査員を務めました。全17回、飯田和敏さん、神谷英樹さんとともに皆勤です。
振り返って、まず思い出すのは、桜井政博さんに『428 〜封鎖された渋谷で〜』のボタン配置を褒めていただいたことです。
ストーリーでも、演出でもなく、ボタン配置がすばらしいと言っていただいたんです。Wii版のボタン配置は、僕自身が担当し、こだわり抜いた部分でした。目立つところではありませんが、プレイヤーが快適に物語を読み進めるための、大切な設計です。
「そこまで見てくれている人がいるんだな」と感動しました。作り手がどこに頭を使い、何を工夫したのかを見つけ、具体的な言葉で伝えてくれる。僕にとって、桜井さんのすごさがよく表れている出来事です。
この賞の設立に誘っていただいたのも、そのころでした。
2009年、僕の監督作『428』が、日本ゲーム大賞の優秀賞を受賞しました。同じ年には、『デモンズソウル』も優秀賞を受賞しています。
その後、桜井さんから、ゲームデザイナーズ大賞の設立メンバーとして声をかけていただきました。『デモンズソウル』のような作品が、大賞に並ぶ評価を受けなければ、業界は先細りしてしまう。だから、別の評価軸を持った賞を作りたい。そういうお話でした。僕は即答で賛成しました。
ただ、その意義に賛同することと、実際に審査することは別です。
評価するのは、「独創性」と「斬新性」です。自分が好きな作品や、完成度の高い作品を選べばよいわけではありません。
自分には合わなくても、この発想には価値がある。逆に、大好きな作品でも、この賞で評価すべき新しさとは違うかもしれない。しかも、本当に新しいものは、自分の持っている物差しでは、うまく測れないこともあります。そこが、審査の難しいところだと思います。
じつは僕自身、『428』の発売時にこの賞があっても、受賞は難しいだろうと考えていました。複数の主人公を切り替えながら物語を進める仕組みは、『428』が最初に生み出したものではありません。『街』を受け継ぎ、進化させた作品だからです。
もちろん、進化のなかから新しい体験が生まれることもあります。ただ、自分の作品への愛着と、賞が評価すべき価値は、切り分けなければならない。自分は何を受け継ぎ、何を新しく提示できたのかを、考える必要があると思っていました。
ゲームデザイナーズ大賞は、審査する側も、ゲームの見方を問われる賞だったのだと思います。
そして、桜井さんが担っていたのは、審査だけではありませんでした。
審査員を集め、取りまとめ、授賞式では他の人の作品をプレゼンする。そのゲームを遊んでいない人にも、何が新しく、なぜ評価に値するのかを伝える。そこまで引き受けていらっしゃいました。
最後のスピーチでは、その役割を引き継ぐ人を、何年か探していたとお話しされました。これは単に、「桜井さんほどゲームに詳しい人がいなかった」という話ではないと思います。
作品の価値を見抜く力と、それを人に伝える力は別です。作家性の異なるクリエイターたちをまとめることにも、また別の力が必要です。そのすべてを、自分自身のゲーム制作を続けながら、毎年引き受けなければならない。
僕は皆勤で審査員を務めました。でも、審査に参加し続けることと、賞そのものを成立させ続けることは、同じではありません。審査員のひとりとして、その違いは、きちんと伝えておきたいと思います。
ほかの人が作った作品の価値を見つけ、世の中に届けるために、自分の時間と労力を使う。自分の制作がどんなに大変な時期でも、それを続ける。桜井さんが担ってきた仕事の重さは、そこにあると思います。
受賞作のプレゼンも、単なる作品紹介ではありませんでした。何を評価したのかを聞くことで、ゲームを見る視点がひとつ増える。その視点は、ほかの作品を遊ぶときにも活きてきます。賞の価値は、受賞した1本だけにとどまらなかったのだと思います。
最後のスピーチで、桜井さんは、独創性が必ずしも売上に結びつくわけではないこと、しかし、独創性を失った業界はゆっくりと死んでいくことを語られました。このふたつをいっしょに語ることが、大切なのだと思います。
多くの人に愛され、売れる作品には、もちろん価値があります。それを否定するための賞ではありません。ただ、それだけを物差しにしてしまうと、まだ広く理解されていない面白さを見落としてしまうかもしれない。
「この挑戦には価値がある」と、作り手の立場から伝える。そういう場所が、ゲーム業界には必要だったし、これからも必要なのだと思います。
賞が終わっても、そこで大切にされてきた価値までなくなるわけではありません。新しいものを作る人がいて、その価値を見つけ、伝える人がいてほしい。僕自身も、そのひとりでありたいと思っています。
「見てくれている人はいるんだな」。
桜井さんに『428』のボタン配置を褒めてもらったときの、あの実感です。自分が考え抜いた工夫を、誰かがちゃんと見つけてくれる。それは、つぎのものを作る力になります。ゲームデザイナーズ大賞は、その力を作り手に届ける賞でもあったのだと思います。
桜井さん、そして、この賞を支えてくださった皆さん、長いあいだ、本当にありがとうございました。
神谷英樹氏のコメント

まずは、桜井さん、長いあいだ本当にお疲れさまでした。ゲーム業界への計り知れないご貢献に、クリエイターとしても、いちユーザーとしても、深く感謝申し上げます。
振り返ってみると……いちばん最初に、桜井さんからどういう形でお声がけをいただいたのかをはっきりとは思い出せませんが、「一般投票で注目が集まりやすいタイトルとは別に、現役ゲームデザイナーの目で新規性、独創性のある作品を審査し、表彰する」という理念の、その名も「ゲームデザイナーズ大賞」を創設されるというお話があり、そしてその栄えある審査員のひとりとしてのお誘いをいただいて、そういうことでしたらぜひに! ということで、2010年の第1回から参加させていただきました。
僕は以前からよく、「ラーメン」にたとえて、ゲームに限らず多くのエンターテインメントに対して抱いていた懸念をぼやいていました。テレビ番組や雑誌でよく「おいしいラーメン屋ベスト10」というような企画を見かけますが、上位に選ばれているのはどれも人が足を運びやすい、好立地の有名店ばかり。一般視聴者や読者、街ゆく人々へのアンケートなどで順位が決められているのですが、果たしてそれはフェアな選考のうえでの結果と言えるのだろうか? まだ誰にも気づかれていない、地方の裏路地でひっそりと営業しているこだわりのお店のラーメンは、どうやってその企画のスタート位置に立つのだろうか……? そんなモヤモヤした思いをいつもくすぶらせていたんです。
ゲームにも同じことが当てはまらないでしょうか。莫大な開発費、広告宣伝費をかけた大手パブリッシャーの大型タイトルもあれば、Steamで人知れずリリースされるこぢんまりとしたゲームもあります。長く続く人気のシリーズ作品もあれば、世界観もゲームデザインもすべてが新しい完全新規タイトルもあります。日々続々と市場に解き放たれるそれらのタイトルが、すべて平等に目を向けられて、遊ばれて、公平に評価を受ける……なんて、まぁ望むべくもないことでしょう。
前提として、毎年のように話題作が現れて、ゲームファンを熱狂させるというのはとても良いことです。僕もそういう業界に身を置いて、ゲーム作りでご飯を食べさせてもらっているので、大いに盛り上がっていただきたいと願っています。
それに、話題になるゲームには必ず理由があります。圧倒的な映像迫力だったり、壮大なストーリーだったり、根強いファンに支えられたシリーズ作品だったり。何かが多くのプレイヤーの心をとらえて、その人たちの思い出に強く刻まれるわけです。
そうやってゲーム業界を牽引してくれた功績、そして得難いゲーム体験を生み出した作り手の尽力が表彰に値することは、言うまでもありません。……なんだか、業界を引退した隠居みたいな物言いになってますけど(←オマエもがんばれよ)。
でも、そうやって話題作が煌びやかなスポットライトを浴びる一方で、その外を静かに通り過ぎて行く作品の中にだって、キラリと光る「おもしろさ」を持った唯一無二の逸品があるかもしれないとは思いませんか?
言い方はアレですが、話題になった作品は、放っておいてもゲームユーザーのあいだに広まっていって、商売的にも成功して、ユーザーにとってもメーカーにとってもWin-winになるでしょう。でも、まぶしすぎる光の陰になって見過ごされてしまった”隠れた名作”を、そのまま見送ってしまうのは、結果的にユーザーにとってももったいないし、ゲーム史・ゲーム文化的観点からも、看過していいことではないはずです。そんな不遇の作品を見つけ出して、ゲームを愛するプレイヤーみんなでその情報を共有したい! ユニークで前衛的な遊びを求める好奇心旺盛なゲームファンと、一見の価値ありの作品とを繋ぐお手伝いをしたい! そう思ったのが、僕が「ゲームデザイナーズ大賞」に協力させていただくことを決めた理由です。
桜井さんを筆頭に、第一線で活躍しているクリエイター諸氏が審査員として名を連ねていましたから、そんなみなさんといっしょに作品選びをしてみたい、というワクワクする気持ちもありました。
「ゲームのおもしろさ」というのは、制作費の規模がどれくらいなのか、話題の集まり具合がどれくらいなのか、ということとは本来関係がありません。もちろん、プレイヤーに感動や充足感を与えるのに、グラフィックやサウンド面などでの”装飾”が無関係だとは言いませんが、おもしろいかどうかの決め手は「ゲームデザイン」にある…と、ゲームデザイナーの僕は考えています。作り手が遊びを仕掛け、それに挑むプレイヤーとのあいだに生まれる駆け引き。それこそが「ゲームのおもしろさ」の肝であり、いろんな装飾を取り払った後に残る芯の部分にこそ、それが表れると思っています。僕は、そうした観点から毎年、対象作品を慎重に精査し、「唯一無二のゲームデザイン」を持つ作品を選んできました。
……念のため言っておきますと、「精査する」とか「選ぶ」なんて書くと、偉ぶってるようにも伝わってしまうかもしれませんが、そんな気持ちはまったくなく、むしろ「みんなおもしろいことを考えるなぁ」と感心したり、現役ゲームデザイナーとして嫉妬に近いものを感じたり、危機感を感じたりしながら、身を引き締めて審査に取り組んできました。みんな同じ土俵の上で勝負しているライバルですから。
そんなわけで、僕は「ゲームデザイナーズ大賞」の選考に、毎年楽しく参加させていただいていたわけですが……残念ながら今回を最後に、それも終わりを迎えることになってしまいました。ちょっと寂しいですね。
それにしても、「ゲームデザイナーズ大賞」が始まった2010年といえば、『ベヨネッタ』第一作目の発売の翌年です。え? 自分はそんな昔から長いこと審査員をしてたっけ? ……と思って、過去の受賞作品を調べてみたら、そこには見覚えある17もの個性的な作品がズラリと並び、そしてそのひとつひとつを見るうちに「そうそう、この作品を選んだんだっけ」と、選考当時の記憶が蘇ってきました。今回振り返ってみて初めてわかったのですが、僕は審査員皆勤賞だったんですね。第1回から継続して務めさせていただいたことも光栄の至りですし、自分自身も産みの苦しみにあえいで日々勉強している身でありながら、おこがましくも他人さまの作品を評価するなどという役目を続けさせていただいた責任の重さも、改めて感じています。
でも、審査員長である桜井さんが背負ってきた重責は、こんなふうに呑気に思い返している僕とは比べ物にならないものだったでしょうね。桜井さんはタイトル審査だけではなく、毎年毎年、審査員を務めるディレクター陣全員に審査を呼びかけ、集まった意見を取りまとめ、評価が割れた場合には再審査を実施したり、議論が白熱して暴れる厄介な審査員たちをなだめたり……なんてことはなかったですけど、あらゆる面倒ごとを一手に引き受けて、最終的には授賞式で壇上に上がって、単身作品のプレゼンをするというところまで務めをまっとうしてきたわけです。とても本業のゲーム作りと並行してできることではなく、本業とX(旧ツイッター)とYouTubeのショート動画鑑賞で毎日あっぷあっぷしている僕には、とてもこなせる仕事じゃありません。
桜井さんは、「ゲームデザイナーズ大賞」を終える理由を「自分の後継者がいないから」と言われましたが、まったくその通りです。海千山千の面倒なディレクターたちに声をかけるなんて多大な精神的負担を強いられる役目は、僕はお金を積まれても受けたくないですし、ましてや、毎年授賞式が終わった後日、ラグジュアリーな会場を手配してその厄介者たちを集めてパーティーを開き、あまつさえ二次会ではその狼藉者たちを自宅に招いておもてなしするなんて、想像するだに全身の震えが止まりません。
そして何よりも、「この人が審査員長を務めるなら間違いない」と、ゲームファンの誰もが納得する、ゲームに対する深い造詣と、偏りのない広くフラットな鑑識眼、それらを併せ持つ人物でなくては、この「ゲームデザイナーズ大賞」には説得力が生まれないでしょう。想像してみてください。普段SNSで暴れ回っている僕がステージに立って、ボソボソと作品の品評をする姿を。どう足掻いても茶番です。つまりはそういうことなのです。
そんなわけで、「ゲームデザイナーズ大賞」はユーザーだけではなく審査員たちからも惜しまれながら終わりを迎えるわけですが、僕はいまでも桜井さんが「やっぱりやめるのをやめました」と言ってくれるのを待ってます。そして、また審査員みんなで集まって、よもやま話に花を咲かせたいです。むしろ、その場だけを定期的に作ってください!
……という冗談は置いといて、僕はこの「ゲームデザイナーズ大賞」が終わることが、残念でもありながら、これからのゲーム業界の未来に向けて、ちょっと楽しみでもあるんです。
奇しくも桜井さんと僕は、1970年生まれで同学年です。ヨコオタロウさんや上田文人さんも同学年ですね。ゲームデザイナーズ大賞の審査員を見ると、近年審査員に加わったトビーさんを除いて、それほど大きく変わらない年齢の面々が並んでいます。皆さん、現場で「ディレクター」として、唯一無二の作品を作ってきた/作っている名だたるゲームデザイナーですが(……と巧妙に自画自賛を織り交ぜつつ)、もうみんないい歳です。そろそろ、我々が務めてきた役割は終わってもいいころかもしれません。
……いや、クリエイターとしてゲーム作りの場ではこれからも皆さんご活躍されていくことでしょうし、僕自身もまだまだがんばりますよ。でも、いつまでも同じ顔触れが幅を利かせていたんじゃ、ゲーム業界は足踏みしつづけるだけです。これからは、溌剌として野心的な若い世代のゲームデザイナーたちにどんどん前に出てきてもらって、ゲーム業界を牽引していってほしい。そして、「ゲームデザイナーズ大賞」が掲げてきた理念を体現して、これまで以上にゲーム業界を発展させていっていただきたい。そんなふうに思うのです。
桜井さんの「自分の後継者がいない」という言葉も、もしかしたらそれを願ってのメッセージなのかも知れませんよ。というわけで、いま絶賛活躍中の若いゲームクリエイターのみなさん、あとはよろしくお願いします!
