※生成AIにGMをやってもらうTRPGみたいなゲームです
猫も杓子も二言目には「AI」を口にする世の中である。
わざわざ言うまでも無いが、AIという言葉自体は大昔からあった。が、ChatGPTをはじめとするLLM(大規模言語モデル)やAI画像生成といった生成AIが話題になってからはAIという言葉自体が指す意味が多少変わってきたように思う。
レトロニムという言葉がある。新しい概念や技術が登場したことによって、それまで使われていた言葉が元々持っていた意味や機能が古くなり、新たにつけ直される名前のことだ。
「フィルムカメラ」や「固定電話」「物理書籍」などがその代表と言えるだろう。
そんな感じで、これまでふんわりと使われていたAI──人工知能という意味の名称が、生成AIやその出力物に取って代わられ、昔ながらの処理や分析、判断を行っていたAIには新しい名前が付けられるんじゃないか……。そんなことをぼんやり考えてしまったりもする。

テキストを書いたり絵やマンガを描いたりするのが生業の私にとっては、生成AIはまだ日々の生活をちょっと助ける程度のものでしかない。ときどき話し相手になってもらったり、アイディアの壁打ちを手伝ってもらったり、月々の食費を管理させたり……その程度の使い道だ。
だがエンジニア系の友人たちからはすでに生成AIと対話しながらプログラムを作る「バイブコーディング」を用いなければ仕事にならんという声を何例も聞いている。
好むと好まざるに関わらず、今後生成AIと関わらない生活というのはやはり難しいのだろうなと思わされる話であるなあと他人事のように思ったりしたのだった。他人事じゃねーぞ!
さて、今回はそんな生成AIをゲーム本編に用いたゲームを遊んでくれとのお仕事です。
『サーガ&シーカー』。先日正式リリースされたばかりの「物語錬成ゲーム」であります。
本作は例えるならば「テーブルトークRPGのゲームマスターを生成AIが行う」といった風情のゲームです。
ゲームにはあらかじめざっくりとしたストーリーがいくつか用意されており──。
また、キャラクターも用意されているし……。
TRPGよろしくキャラクターシートを用いて自分のキャラクターを作ることもできます。せっかくだから今回は私自身を作って遊んでみたよ。
※本文中のスクリーンショットはβテスト時点のものです。
物語にガリガリ介入できるのが痛快

例えばゲームのチュートリアルとなる、冒険者の酒場での一幕。
クエストの依頼を探すべく仲間たちとともにお店にやってきた、というシチュエーションなのだが、このように地の文と仲間たちとの会話に混じって「どうする?」と話を振られることがある。
ここが通常のゲームだったらあらかじめ用意された選択肢を選んだり……あるいは大昔のアドベンチャーゲームなら、「答え」を推理してそのキーワードを直接入力したりする。
が、ここが本作のキモ。物語がAIによって生成されることを活かして、「完全に自由に」プレイヤーの意思で好き勝手に振る舞うことができるのだ。
そんなわけでこの場では試しに、冒険者の酒場というより居酒屋のようなメニューを頼んでみることにする。
あるわけねーだろ冒険者の酒場にガツキムチがよ!!!!!!!

いやあるんかい!!!
こんな感じでガシガシ物語に介入して、ときにはシチュエーションに入り浸りなりきって……あるいはとことんセオリーに反する振る舞いをして荒唐無稽に物語をぶち壊して……といったふうに遊べるのが本作の魅力です。
これがなかなかどうしておもしろい。
いや、正直最初はかなりナメてたんですよ。「生成AIが自動で物語を作る!」って言われても、なんも期待してなかった。
プロの文筆家が生成AIを厳しく取り扱って、それをものすごく調整したテキストならともかく、AI生出しのテキストなんか読めたもんじゃねえだろ……と。
が、実際に遊んでみると感触が違うというか、そこは問題ではないと気付いた。
実際、出力されるテキストはβテスト版の現在、そこまでおもしろいものではないです。いわゆるLLMならではの、当たり障りのない全肯定な雰囲気で、クリシェに満ちたテキストが出力されてくる。
でも、そんな世界で自分自身だけは自由に振る舞えるんですよ。

これがなかなか痛快なんだよな。
そもそも論を言えば、ビデオゲームが、映画や動画などの映像作品、あるいは本と異なっている点はなんでしょう? ゲームがそうしたメディアに勝っているのはどこなんでしょうか?
私は「自分の操作に対してレスポンスがあること」と考えます。
我々が「マリオジャンプしろ!」という意思のもとにボタンを押したらマリオがジャンプしてくれるからこそ、ビデオゲームはビデオゲームなのです。
とはいえ、そうした「意思の反映」にも限界はあります。
我々はゲームの制作者が想定して盛り込んだ以上の振る舞いをすることは──バグとかを除けば──できないのです。
例えば私、『デス・ストランディング』を遊んだときに「どこまで露悪的に振る舞えるだろう?」って試してみたくなっちゃったんですよ。荷物は投げ飛ばしたり転がしたりして、限界まで壊してから届けたり、死体をわざと放置して爆発させたり。
でもあのゲームってそういう振る舞いを良しとしない思想のもとで作られているので、いくら悪いことをしても小島秀夫監督の手のひらの上からは逃れられないんですよね。ゲーム内で怒られたり低評価をつけられたり、ゲームオーバーになるだけで「悪く振る舞った先の世界」を見せてもらうことはできない。これは世の中の大抵のゲームがそうです。マリオを遊んでるときに王国を裏切ってクッパの手先になることはできない。
が、『サーガ&シーカー』はストーリーそのものに神の手で介入することができるので、それができちゃうんです。
もちろんそれを楽しむにはどこかで手綱を握っている必要がありますがこれが遊んでてなかなか痛快なんですよね。
荒唐無稽な展開でも生成AIならとりあえず許容して広げてくれる
例えば「峡谷のワイバーン」というストーリーを遊んだ際にはこんな展開が拡がりました。
戦わずして魔物軍団を討伐できた。
だってめんどくせえじゃん! 30体以上の敵なんて!

こうした、ちょっと邪道だったり荒唐無稽な展開も無理無く(?)展開させることができる。これが人間のGM相手だったら「変なアドリブ入れんなや!」と怒られるかもしれないが、そこは生成AI相手なのでどんな無茶振りでも一応、体裁を整えて話を進めてくれる。
「あらかじめ用意されたストーリー」という箱庭を舞台に、AIとアドリブ合戦を繰り広げることができるのだ。
上の古代遺跡の依頼のあとは「ドラゴンみたいに強い、古代ワイバーンの大群を退治してくれ」と頼まれたのでどうしようかな……と悩んだ挙げ句、まあ友達と『ダンジョンズ&ドラゴンズ』遊んだときにホワイトドラゴンと戦ったことあるしな……で乗り切ったりしました。
いや言葉を交わしてるだけだから当たり前なんだけど……まったく関係ない別作品の話題も通るんか~い!
極端に公序良俗に反していない限り、どんな無茶振りでも一応リアクションしてくれるのが文章生成AIのいいところではある。試してないけどこれ多分いきなり「私、ガンダム乗れるんで倒せます」とか「ペルソナ使えるんで」とか言い出しても全然通るよ。
粗削りながら無二の体験あり
リリースしたてということ、生成AIベースということでまだまだ粗削りなところもあるにはある。
本作はClaudeやChatGPT、Geminiといった文章生成AIをベースにしているが、基本的には使用者を「全肯定」してくれるようで、パーティメンバーにしろNPCにしろやたらとヨイショを入れてくるのがストーリー的には気になるところ。
また、こちらの話を極力拾おうとするので展開が冗長になるのも考えどころ。
宿屋で雑談まじりのつもりで「ほんじゃ麻雀でもしよっか」と言ってみたら本当に麻雀が始まってしまい、こっちは早く次の日になってストーリーが進んでほしいのに目に見えない牌を切らされる状況になってしまって困惑したりもした。


あくまで生成AIとのおしゃべりを楽しむゲームなので、TRPGのように「敵のステータス」や「ダイスロールを用いた戦闘」などもなく、戦闘シーンなどでは「完全にトドメさしたつもりだったけどまだ死なないんかい!」みたいなこともありがち。
このへんはどうなんでしょうねえ。今後のアプデで軽く追加してほしい要素な気もするし、コンセプト的に数字のやり取りは入れません、が正しい姿勢な気もするし悩ましいね。
とはいえ思っていた以上に脳みそのふだん使わない領域が刺激されて、無二の体験が得られるのは間違いない。
無茶振りを繰り返すことで、お話のアイディア作りにも使えるかもしれないね。この記事に使ったみたいにマンガとかにしてSNSに公開してみてもオモロいかもしれないし。
これまであまり「お話を作る」ということをやってこなかったという人も、「大喜利に答える」みたいなノリでストーリーが紡がれるので「ストーリーテリングしたぞという快感」をインスタントに得られる遊びとしてはとても優秀と言えるのではないでしょうか。
新しいネタ掘りの畑として、『サーガ&シーカー』オススメです。













