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自慢のおばあちゃん【黒木ほの香のどうか内密に。】

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黒木家は、祖父のことを「おじいちゃん」と呼んでいる。

おじいちゃんは、背が高くて、声が大きく、とにかく酒をよく飲む。

最近は会ってないけど、たぶん元気。

祖母は二人いて、「おばあちゃん」と呼ぶとどちらのことを指すかわかりにくいため、両親や兄と話す時には、犬を飼っている方の祖母を「犬ばあ」と呼び、猫を飼っている方の祖母を「猫ばあ」と呼んでいた。

二人の祖母の仲は良好だった。

ひと月に一度ほどのペースで会い、難波でショッピングをしたり、どちらかの家の近くのカフェでお茶をしたりなんかを楽しんでいた。

小さい頃はよくわかっていなかったが、祖母同士が仲がいいということはとても珍しいことだと今ならわかる。

犬ばあは、わたしが物心ついてから、髪型がずっと変わらない。

特に顔の造形が似ているわけでもないが、どこか黒柳徹子を彷彿とさせる人。

いつもいい服を着ている犬ばあは、季節ごとにイトーヨーカドーへと足を向け、わたし達きょうだいにもいい服をたくさん買い与えてくれた。

ただし、彼女の気に入った服以外はカゴに入れられないため、子供服がズラリと並ぶラックをゆっくりとした手でなぞりながら「どうやって説得しようか」と、常に思考を巡らせていたように思う。

この十数年後には忘れがたいプチ事件が起こり、試着室をいかに早く出るかだけを考えることになるのだが。

対する猫ばあは、本や映画が好きな人で、俳優なんかにも詳しかった。

福山雅治を特に贔屓にしていて、一番目の孫である我が兄を「福山に似てるわねぇ」としきりに褒め、もとより高い兄の自尊心をさらに押し上げていた。
まぁ実際兄貴はかっこいい部類に入るのだが、福山雅治にはあまり似ていないと思う。

エッセイの初回で少し紹介した、随筆を書いていたのがこちらの祖母である。

随筆のほかにも、短歌や俳句の教室に通い、陶芸にも手を出していた。

大きな食器棚には、飲み口がぼってりとした湯呑みがあったし、手触りがザラザラのお皿が重ねて置いてあった。

絵も中々に上手く、リビングや廊下のそこここに額縁付きで飾られていた。

中でも、彼女が描いた『タム』の肖像画(猫の絵も肖像画というのだろうか?)の出来は素晴らしく、幼いながらに「いい絵だな」と思って気に入っていた。

今回は、そんな猫ばあについてのお話。

猫ばあの家は実家から程近い場所に位置していたため、夏休みなんかには、自転車を漕いでよく会いに行った。

わたしが上京してからもそれは変わらず、たまに顔を見せに行っていた。

わたしの年齢が二十歳を折り返して、少し経ったころ。暖かい日差しが心地よい季節だった。

猫ばあの家でのんびりしていた時、いきなり「服でも買いに行こうか」と、猫ばあは言った。

多分だけど、初めてのことだったように思う。

服を一緒に買いに行くといえば、犬ばあだったからだ。

「えー!いいよそんなん!」と遠慮するわたしに猫ばあは「たまにはいいでしょ」と言い放ち、少々強引に連れ出された。

珍しいな。まぁ、こういうのも親孝行ならぬ祖母孝行か?と切り替え、近所の大きな道路の角にある、ふらっと入るには少々ハードルの高い面構えの服屋へと二人で向かった。

初めて足を踏み入れたそこは、四十代くらいの女店主が一人いるだけの、小さな店。

若者が服を買うには落ち着いた雰囲気の店だったが、二人でゆっくりと店内を一周し、せっかくこうして来たのだからと、フリルのついたベージュのロングスカートを買ってもらった。

普段のわたしなら、あまり選ばないベージュ色。
よく覚えていないが、猫ばあが「あら、それいいわね」なんて褒めてくれたんじゃないだろうか。でないと合点がいかない。それくらい、新鮮な選択だった。

おそらく猫ばあは自分がもう永くないことを漠然とわかっていて、わたしに服を買い与えてくれたのではないかと、今になって思う。

犬ばあと猫ばあは仲が良かったからこそ、その関係が何事もなく続くようにと努力もしていたはずで、その努力の内の一つが『お互いの役割を奪わないこと』だったのではないだろうか。

孫に服を買うのは犬ばあで、手料理を振る舞うのは猫ばあ。

そんな風に、いろんなことを細かく分担してわたしたち家族と過ごし、そして祖母同士の仲を保っていた。
でももしかしたら、猫ばあだって孫と一緒に服を選んだりしたかったのかもしれない。

声優・黒木ほの香エッセイ「自慢のおばあちゃん」:黒木ほの香のどうか内密に。_001
カメラマンはN子ちゃんとR子ちゃん

わたしにとって猫ばあは、いつも優しかった。
だが母から「おばあちゃんとこんな話したねん」と聞く中で出てくる祖母の言葉は、意外な鋭さを孕んでいた。

どおりで随筆の中の祖母のモノローグはキレキレなのか。

特に祖父へのツッコミは背筋が伸びるくらい冷ややかで、何度か笑ってしまった。

祖母が生前、スキーにゴルフに麻雀に、と遊び回る祖父のことをブツブツ言っていたのを思い出した。
優しく接してくれていた孫の前でアレだったんだから、そりゃあ随筆の中では言いたい放題だろう。

初めて触れる猫ばあの素直な言葉にクスリとしながら読み進めていると、我が母の口調に違和感を覚えた。

んん?あ、そうか。標準語だからか。

あんなにコテコテな大阪訛りなのに、なぜか母の言葉は全て標準語に直されていた。

何か理由があるのか?今となっては聞けない疑問が、行き場のないまま宙に浮かぶ。

そこでふと、猫ばあに聞きたいことがたくさんあることに気がついた。

猫ばあの好きな食べ物を、わたしは知らないのだ。
彼女はいつだって、孫たちの好きなものを用意してご飯に招いてくれたから。

猫ばあに話したいこともたくさんある。

祖父のせいで食わず嫌いに拍車がかかった納豆を克服したこと。

年に二度大阪に帰っていた時よりも仕事が増え、広い部屋に引っ越せたこと。

『星の王子さま』の本の朗読をしたこと。

六花亭に負けないくらい美味しいレーズンバターサンドに出会ったこと。

書き出してみると、これらを聞いた猫ばあがどんな言葉を返してくれるかを無性に知りたくなった。

いつか会った時に話せばいいと思って、電話をかける選択肢が浮かばなかった過去の自分を激しく責め立てたくなる。馬鹿やろうめ。

ページを次へとめくると、こんなことが書いてあった。

『「お母さん、死んでもきっと自分の部屋の机の前に座っていると思うわ」と言うと娘は「いやー怖い止めてよ」と笑った。本当に死んでも私はあの部屋のあの椅子に座り、窓からぼんやり外を見ているのじゃないかと思うのだ。そして原稿用紙に随筆でも書いているのかもしれない。』

猫ばあは、今もあの家にいるのだろうか。

艶のある深いブラウンカラーの机の前に、ぽつりと座っているのだろうか。答えが出ないことを考える。

猫ばあの家にクーラーが設置される前、「風が通ると涼しくなるから」と霧吹きで網戸に水を吹きかけていた横顔がぼんやりと浮かんだ。

「どうせならもっとかっこいい時のおばあちゃんを思い出してよ」と顰めっ面をしそうだなと思って、心の中でごめんねと唱えた。

今わたしの手元にある猫ばあの随筆は七十本を超える。よくもまぁこんなにたくさん書いたものだ。猫ばあはやはりすごい。

一つ一つを噛み締めるように大切に読んでいたが、猫ばあの話を書くならと、今月に入ってから一気に読んだ。

その中には「わたしのことだろうか」と思う部分があったりもした。

基本的には『孫』とぼやかされているが、複数人の孫のセリフが出てくる中では、きちんと個人名が出されていた。

『ホノカ』と、わたしの名前が目に飛び込んできた時、わけもわからず泣いてしまった。

内容どうこうではない。とにかく、次から次へと涙が溢れて止まらなかった。

わたしたち孫のこともチラチラと出てくるが、多く登場するのは、祖母の娘であるわたしの母のことだ。
冗談を言ってはよく笑い、祖母と楽しげに話す様子が幾度となく出てきた。

『この年になっても、いやこの先もずっと、子を思う、ただ一生懸命なだけの、愚かな母親をやっていることだろう。』

最後にそう書かれて終わっている作品があった。

祖母は母のことが大好きだったんだと、どこを読んでもよく伝わってくる。

祖母が愛した母を、わたしも大切にしたいと思う。
後悔することがないように。

あとがき
最終回です。全二十五回、楽しく執筆させていただきました。
ずっと書きたかった祖母の話を、ようやく書けて嬉しい限り!
この連載が始まってから自分と向き合う時間がかなり増えたし、祖母との思い出に何度も浸ってあたたかい気持ちになりました。自慢の家族に感謝です。
ここまで読んでくださったあなたにも感謝を。
今までありがとうございました。また、どこかで!

黒木ほの香

編集:川野優希

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