1本のゲームすら作ったことがない、たった3人の駆け出しチーム。そんな彼らが放つ処女作のノベルアドベンチャーゲームが、発売前にもかかわらず世界中でウィッシュリスト10万件を突破するという異例の事態が起きている。
特筆すべきは、いっさいの宣伝を行っていない日本の裏側・ブラジルで開催されたゲームイベント「gamescom latam(旧BIG Festival)」にて、最優秀ナラティブ賞と最優秀アート賞のファイナリストに選出されるという現象まで巻き起こしているということだ。
……どういうこと???
ブラジルのゲーマーから注目を集めているゲームの名は、『シュレディンガーズ・コール』。電話で話を聞くことで生と死の狭間にある “魂” を救う物語が展開されるインディーゲームである。なぜ駆け出しチームが作った本作が、言葉の壁を越えて海外にまで届いているのか。
今回電ファミは、『シュレディンガーズ・コール』の開発を手がける新進気鋭のクリエイティブチーム「アクロバティックチリメンジャコ」に取材をする機会をいただいた。
圧倒的な作家性をビジュアルに注ぎ込むディレクター兼デザイナーのAchabox氏、メインのシナリオ執筆から作曲、プログラムの直接介入までひとりでこなす多才の塊・入交星士氏、そしてその規格外の演出を表現するための専用ツールを構築したエンジニアのame氏による座談会を実施。
さらに、彼らの才能に惚れ込み「商業性を意識するな、作家性で勝負してくれ!」と頑なに彼らのこだわりを守り続けた、パブリッシャーである集英社ゲームズ・プロデューサーの林真理氏にも同席していただいた。

そこで明かされたのは、一般的なゲームの作り方に捉われず、ただひたすらに「遊んだときの手触り」だけを突き詰めていった3人の妥協のない姿。
プレイヤーの「ボタンを押して物語を読み進める心地よさ」を守るために力技でプログラムを書き換える。1章作るごとに必ず喧嘩が発生するほどこだわりを真っ向からぶつけ合う。納得がいかなければ躊躇なくこれまでのビルドを捨ててゼロベースからでも全力で作り直す。
効率的な大量生産品とは真逆にある、細部まで手作業で仕立て上げられた「究極の1点物」はいかにして生まれたのか。世界が一時停止したコロナ禍の孤独を起点に、自分たちの才能を信じて突き進んだ、驚きと愛おしさに満ちた開発劇のすべてをお届けしよう。
ブラジルで人気!? なぜ『シュレディンガーズ・コール』は “日本の裏側” で話題になっているのか
──本日はよろしくお願いします。いきなりですが、本作をプレイして間違いなくすばらしい作品だと確信しました。同時に、実際に遊んだ人の熱量ある口コミによって、時間をかけて深く浸透していくタイプの作品だとも直感しています。そのため、いまの段階では「本来このゲームが刺さるはずの層にまだ届ききっていないのではないか」という勝手なもどかしさを感じていて。この魅力をどうにかひと言で伝えたいと考えているのですが、適した言葉がなかなか見つからず……。
林真理氏(以下、林氏):
おっしゃるとおりで、じつは私たちも頭を悩ませているんです。たとえば、安易に「泣けるゲーム」といったキャッチコピーで宣伝してしまうと、かえってその体験を損なうのではないか。そうした懸念は、集英社ゲームズ内でも常に議論しているところです。あらかじめ感情のゴールを提示してしまうことは、本作が持つ純粋な情緒を阻害しかねないと考えていまして……。
──そうですよね。「泣ける」とあらかじめ定義されてしまうと、受け手はどうしても「泣こう」と身構えてしまい、心の揺れが予定調和なものに変わってしまうかと思います。
林氏:
魅力をどう言語化すべきか、悩み抜いた末の現時点での答えは「絵本のような優しい物語」というものでした。しかし、それだけでは本作の本質を伝えきれないのも事実です。
そこで、思い切って第1章をまるごと体験版として公開することに踏み切りました。通常、体験版はもっと短く切り出すものですが、本作に限っては1章を最後まで通して遊んでいただかなければその真価は伝わらないと思ったからです。一度プレイしていただければ、口コミで広がっていくのではないか。その連鎖を信じて、地道に届け続けるしかないと考えています。
入交星士氏(以下、入交氏):
じつは現在、ウィッシュリストは10万件を超えているのですが、その大半は海外からの反響です。私自身、ブラジルのメディアに出演した際も日本国内とは比較にならないほどの熱烈な反応を肌で感じました。
日本ではよく「〇〇と〇〇を掛け合わせたゲーム」といった型にはめた説明が好まれますが、本作の場合「電話×〇〇」という簡潔な定義がなかなか機能しません。
一方で、海外のユーザーは中国や英語圏を含め、理屈よりも先に雰囲気や世界設定をダイレクトに評価してくれました。しかし、日本市場においてはこの「空気感」の提示だけでは、まだなにかが足りないのではないかと感じています。
──先ほどおっしゃっていたとおり「1章をまるごと遊んでもらう」という手法は非常に誠実ですが、まずはその第1歩を踏んでもらうためのフックが必要ですよね。たとえば、ストーリーについてもう少し、核心には触れずに伝えることは難しいのでしょうか。ストーリーの輪郭を丁寧に見せていくことで、日本市場特有の「もっと知りたい」という欲求を刺激できるのではないか、と感じたのですが。
ame氏:
そこがまさに、もっともお伝えするのが難しい部分なんです。たとえば、同じ集英社ゲームズの『都市伝説解体センター』【※】の終盤がそうであったように、本作もまた、ストーリーに触れること自体がプレイヤーの体験を損なってしまうタイプの作品でして……。
※『都市伝説解体センター』
墓場文庫が開発を行い、集英社ゲームズが発売した高評価ミステリー・アドベンチャーゲーム。呪物、怪異などの調査・回収を行う「都市伝説解体センター」の調査員となり世の中に広まる都市伝説の真実を探っていく

林氏:
ストーリーを具体的に語れないもどかしさはありますが、先ほど星士さんが言っていたとおり海外では「感性が先行して伝わっている手応え」もあります。じつは先日、ブラジルのゲームイベントで2部門にノミネートされたのですが、現地での宣伝はいっさい行っていなかったので本当に驚きました。
──それは純粋に作品が持つ「引き」だけで見つけ出されたということでしょうか。
林氏:
以前から「日本のアドベンチャーゲームはブラジルで親しまれる」という予兆はありましたが、まさかこれほどダイレクトに響くとは思っていませんでした。LudoNarraCon【※】に注目するような、ナラティブを愛する英語圏のコミュニティでも着実に熱が広がっているのを感じます。
※LudoNarraCon
Steam上で開催される、ストーリー重視のゲーム特集イベント。
そういったこともあり、本作は発売日に爆発的な数字を出すよりもプレイした誰かの心に深く静かに沈み込み、それが熱を帯びた言葉となって伝わっていく。そんなふうに時間をかけて世界に広がっていく作品なのではないかと、いまの反響を見て改めて感じております。
入交氏:
日本ではどう魅力を伝えていけばいいのか、まだ正解が見えていないんです。
たとえば海外に目を向けると、Reddit【※】などではビジュアルノベルのコミュニティが非常に盛んで、時に日本以上に日本の文化や感性を深く愛してくれている人たちが大勢います。彼らは説明抜きに、この作品の空気感を真っ向から受け止めてくれる。
ただ、そうした「海外での熱狂的な価値観を日本へ逆輸入する」という道筋は、いままであまり意識してきませんでした。海外で先に本質を理解されそれがまた日本へ戻ってくるという、これまでにない広がり方に、もしかしたら壁を突破するヒントがあるのかもしれません。
※Reddit
アメリカ発の世界最大級のオンライン掲示板型ソーシャルニュースサイト。ゲーム、趣味、ニュースなど多種多様なコミュニティが存在する
林氏:
とはいえ、単に「日本文化が好きだから」という理由だけで海外の方に刺さっているわけではないと思うんだよね。もっと根源的な、作品そのものの力が彼らを動かしているんじゃないかな。
入交氏:
確かにそうですね。海外のユーザーはいいものを見つけるスピードが本当に早いと感じます。興味深い点としては、本作をプレイしてくださった海外の方から「これって日本のゲームだったんだね」と驚かれることが多々あることです。
なかでもブラジルのユーザーから言われて印象的だったのが、「日本のフリーゲーム文化に近い懐かしさを感じる」という言葉でした。かつての『RPGツクール』【※1】作品や、「ニコニコ動画」の「ゲームアツマール」【※2】といったプラットフォームで、クリエイターたちが自作ゲームに己のすべてをぶつけて表現していた “あのころの熱狂的な空気感” を思い出す、と。
私たちは特にそこを狙って制作したわけではないのですが、海を越えた先の人々が、そうした日本のインディーゲームのバックボーンまでも深く理解して楽しんでくださっている。これには驚きました。
※1『RPGツクール』
ゲーム制作の知識がなくても手軽にオリジナルRPGを作ることができる、歴史あるゲーム作成ソフト。豊富な素材や直感的な操作が特徴で、数々の名作インディーゲームを生み出している
※2 ゲームアツマール
ドワンゴが運営していた自作ゲームの投稿・プレイサービス(旧称:RPGアツマール)。RPGツクールなどで作られたゲームをブラウザ上で手軽に遊ぶことができたが、2023年6月にサービスを終了している
ame氏:
その感覚、少しわかる気がします。特定の時代の自作ゲームが持っていた、あの独特な空気感というか。
入交氏:
海外のユーザーは『シュレディンガーズ・コール』に、2000年代の日本のサブカルチャーが持っていた「熱」のようなものを感じてくださっているのかもしれないですね。私自身がいわゆる『エヴァンゲリオン』世代ということもあり、無意識のうちに当時の空気感が作品に投影されているのかもしれません。
Achabox氏:
そういえば星士さんが3つ目のPVを作ったとき、「このクリエイターは平成初期世代やろ」というコメントをたくさんいただきましたよね。
入交氏:
ちなみに、いまの時代でも本当に「口コミ」から時間をかけて広がっていくような現象は起こり得るのでしょうか。どうしても、発売直後の初動を逃してしまったら、もう二度とチャンスはないのではないかと不安に駆られてしまうこともあるんです……。
──物理パッケージのみの時代は「おもしろくても埋もれてしまうタイトル」がありましたが、デジタルが主流となった現在ではタイトルが並び続けている環境です。なにかのきっかけでゲームのよさが伝われば、時期を問わず手に取ってもらえると思います。
最近でいうと『ダレカレ』【※】のように、作品そのもののクオリティが口コミを呼び、評価されていくケースがありました。本作も、そうした「見つけ出されるべき力」をじゅうぶんに秘めていると感じます。
※『ダレカレ』
人の認識の「歪み」を体験するインタラクティブノベル。新しいゲームアイディアを発掘するコンテスト企画「SENSE OF WONDER NIGHT 2025」にて講談社クリエイターズラボより販売され、TearyHand Studioが開発を手がける
入交氏:
それでいうと『ダレカレ』の成功には、インディーゲームコミュニティの応援もあったように感じます。
林氏:
一過性のブームではなくプレイした方々ひとりひとりの声が丁寧に積み重なり、あのようなすばらしい広がりを見せたのだと感じます。初動の勢いだけに頼らず、作品の質が時間をかけて正当に評価されていく。『ダレカレ』のケースは、インディーゲームにとってひとつの理想的な形ですよね。
Achabox氏:
そうですね。加えて、ゲーム実況による影響や「価格設定」の巧みさもありますよね。興味を持った瞬間に迷わず購入できる価格帯であることは、口コミを広げるうえですごく重要なフックになると思います。
林氏:
『シュレディンガーズ・コール』もそんなふうに、ひとりひとりのプレイヤーに深く届いていけばうれしいのですが……。もしこの作品の本質を射抜くような「いい言葉」が浮かんだら、ぜひ教えてください(笑)。
売れるゲームを作りたい制作者 vs 作家性のあるゲームを作ってほしい集英社ゲームズ
── ものづくりにおいて、「作家性(クリエイターのこだわり)」と「商業性(売れるための戦略)」のバランスをどう取るかというのは、つねに付きまといます。本作においては、商業的な考え方をプロデューサーの林さんが担い、開発チームの皆さんは作家性を徹底的に突き詰める、というような明確な役割分担があったのでしょうか。
入交氏:
もしかしたら意外に思われるかもしれないのですが、じつは私たち開発陣のほうが「とにかくおもしろいものを作って、ビジネスとしても大ヒットさせたい!」という強い気持ちを持っていたんです。
ところが林さんからは、ことあるごとに「売れるものを意識するなんて100年早い! 君たちは自分たちの作家性で勝負してくれ!」と言われ続けていました。私たちはむしろ、このゲームをたくさん売って、インディーゲーム業界で一旗揚げてやるんだっていう夢を持っていたんですけれど……(笑)。
ame氏:
そうそう、インディーゲームドリームをつかもうと(笑)。
入交氏:
そういう野心を私たちがのぞかせると、林さんからは「そもそもこの作品は、最初から “売れるもの” を目指して企画されたわけじゃない」と、引き戻されるんです。
商業的な数字を求めるよりも独自の作家性で勝負するよう、集英社ゲームズさん側のほうが、私たちの作家性を誰よりも信じて、かたくなに守ろうとしてくれていました。
林氏:
ぶっちゃけた話をすれば、いまや世界中で年間数万本ものゲームがリリースされる時代です。そんな中で「マーケティング(売れ線)」を起点にゲームを作ろうとしても、同様のアプローチは世界中多くの方がやろうとしていると思います。その土俵で勝ち抜くには、圧倒的な開発規模やボリューム、あるいは高名なクリエイターのネームバリューといった、明確な「殴り勝てる要素」がない限り不可能ではないでしょうか。
たとえば、これまで多数のヒット作を生み出した実績のある方がインディーゲームを作れば間違いなく注目されるでしょうし、「300億円の巨費を投じたインディーゲーム」という触れ込みがあればそれだけで話題になるでしょう。しかし、私たちがなにで勝負するかといえば、やはり自分たちの「いちばん尖った強み」を極限まで磨き上げる以外に道はありません。
もちろん、3人が「大ヒットさせたい」と願う気持ちは痛いほどわかっています。集英社ゲームズも趣味の延長で終わらせるつもりはありません。ビジネスとしての商業性は会社としてしっかりと担保しているからこそ、3人にはノイズを気にせずクリエイティブに100パーセント集中してもらいたかったんです。
とはいえ、彼らはただ作って終わりではなく、海外向けのSNS発信などもみずから率先して手伝ってくれています。「作ること」だけに閉じこもるのではなく、この作品を「世界へ届ける」という地平まで、いまや全員でいっしょに走れている実感がありますね。
入交氏:
世間がイメージするような「ビジネス最優先のパブリッシャー vs 表現にこだわるクリエイター」という対立構造ではなく、私たちの場合は完全にその役割が逆だったんです(笑)。私たちのほうが「どうすれば売れますか」と前のめりになっていて、林さんから「そういうことじゃない」と言われていました。
ame氏:
「星士さんのクリエイティビティは売れ線に走らなくとも、その尖った作家性のままでじゅうぶんに商業的成功を収められるクオリティがある」と、私たちの才能を誰よりも信じてくれたのが、集英社ゲームズさんだったんだなと、いま改めて感じています。
林氏:
それは星士さんだけじゃなく、3人全員に対して、ですよ。
「人と話すことで救われた体験を、ゲームで誰かに伝えたかった」
──改めて『シュレディンガーズ・コール』の成り立ちについてうかがわせてください。アクロバティックチリメンジャコさんにとって、本作は初のビデオゲーム作品となります。企画立ち上げ時、どのようなビジョンを描いて制作をスタートされたのでしょうか。また、3人という少人数のチームでどのように完成形を共有し、膨大なアイデアを取捨選択していったのか、このチームならではの制作スタイルについても教えてください。
Achabox氏:
本作の着想を得たのは、世界中がコロナ禍に見舞われていた時期でした。当時、私の中では祖母の死をはじめ、個人的に非常にショックな出来事が重なっていたんです。本来であれば誰かに会って直接言葉を交わしたりして折り合いをつけていくべき状況でしたが、外出自粛によってそれも叶いませんでした。
ただ、心の中には「誰かに話を聞いてほしい」という切実な思いがずっとあったんです。
しばらくするとDiscordやZoomといったツールを通じて、友人だけでなく初対面の方々がいるコミュニティに混ぜていただく機会も増えてきました。そこで思い切って自分の悩みを打ち明けてみたところ、まったく見ず知らずの人たちが自分と同じ痛みや葛藤を抱えていることを知ったんです。
そこから新しい絆が生まれ、私自身、大きな救いを得ることができました。
「物理的に離れていても、受話器を介して誰かの心に触れ、寄り添うことができる」──。その体験こそが、電話を軸にしたゲームを作りたいと思った最大のきっかけです。
林氏:
集英社ゲームズでは「ゲームクリエイターズCAMP」という、次世代の才能を支援する取り組みを行っています。その第1回開催「GAME BBQ vol.1」に企画書を提出してくれて、『シュレディンガーズ・コール』は大賞を受賞しました。わずか10枚ほどの企画書から始まり、3人ともゲーム制作のプロセスをイチから学びながらのスタートだったんです。
──まさに手探りでの船出だったのですね。
林氏:
はい。とにかく「やってみなければわからない」という状態だったので、試行錯誤の積み重ねでした。最初から「全何章で曲数はこれくらい」といった明確な設計図があったわけではなく「やりたいコンセプト」に対して、どうすれば理想の表現に辿り着けるかをひたすら模索し続けたんです。
曲もシナリオも作っては捨て、作っては捨て、を繰り返しました。結果として、日の目を見なかったシナリオ、楽曲、キャラクターは、完成した本編を遥かにしのぐほどの膨大な量になっています。
Achabox氏:
本当にそうでしたね。最初は企画書が10枚程度あるだけで、具体的なゲームの形すら見えていない状態でした。「電話で誰かを救うゲームって、いったいどういうものだろう?」という根源的な問いを抱えながら、毎週のようにビルドを出しては、仕様や見せ方を少しずつ変えていって……。
納得のいく手触りに辿り着くまで、1歩進んでは2歩下がるような、そんな毎日でした。
──その「壁打ち」のような試行錯誤を、集英社ゲームズさんとともにずっと続けてこられたのですか?
林氏:
ええ。半年間ほどは毎週どころか、下手をすれば週に3回といったペースでそのサイクルを回し続けていました。3人とも、とにかく「捨てる」ことへの躊躇がないんです。
一般的なゲーム開発のように、「まず強固なプロットを立ててから細部を埋めていく」という進め方ではありませんでした。むしろ断片的なシーンだけをまずは実際に作ってみて、その手触りを確かめる。そこで「いや、このキャラクターは本物じゃないな」と感じたら、翌週にはもう別の物語を書き上げてくるんです。
そうやって、特定のシーンや感情が「本当に自分たちが描きたいものなのか」をひたすら問い直す。その試行錯誤の果てに、いまの形が浮かび上がってきました。
──一般的なゲーム制作の常識からするとかなり特殊な手法ですよね。
林氏:
これこそが、小規模開発だからこそ成し得る「最大の強み」だと自負しています。たとえばこれが50人規模のプロジェクトだったら、まず不可能だったでしょう。曲を差し替えたいと言えば現場から反発が起こるだろうし、シナリオを最初から書き直すなんて言おうものなら各所から怒号が飛んでくるでしょう(笑)。
ですが、このチームはわずか3人です。3人さえ納得すれば、その瞬間に舵を切ることができる。そしてなによりすばらしいのは、そこで歩みが止まらないことです。何度ボツを出しても、よりよいシナリオを書きあげてくる。その圧倒的な打席数と粘り強さには、3人のクリエイターとしての底知れない能力を感じています。
──創作の原動力についてもうかがわせてください。コロナ禍での体験がきっかけとのことでしたが、それをあえて「ビデオゲーム」という、プレイヤーの介入を必要とする媒体で表現しようとしたのはなぜでしょうか。本作を通じてユーザーにどんな感情を抱いてほしいのか、皆さんがこのゲームで伝えたいと思っている骨子についても教えてください。
入交氏:
根底にあるのは、自分たちを救ってくれたものへの「恩返し」のような気持ちかもしれません。私の場合はロックやメタルなどのバンド音楽に救われた経験があり、それがいまの表現の糧になっています。
一方で、Achaさんにとっての救いは、幼いころから触れてきた「ゲーム」そのものだったんです。マンガやアニメに心を救われる人がいるように、Achaさんはゲームという体験に救われてきた。
だからこそ、「今度は自分がゲームを通じて誰かを救いたい」という願いを抱くのは、Achaさんにとって極めて自然な発想でした。その思いを詰め込んだのが、集英社ゲームズさんに送った最初の企画書なんです。
ame氏:
ネタバレに関わるので詳細は伏せますが、その企画書には物語の結末として描きたい “ある展開” がはっきりと記されていました。それは映画でも小説でもなく、プレイヤーがみずから干渉して体験する「ゲーム」という形を選ばなければ、決して成立しない表現なんです。
この物語を届けるには、ゲームという手段以外にあり得ない。その確信は最初から一貫しており、今日まで一度も揺らぐことはありませんでした。
林氏:
体験版は第1章をまるごと公開していますが、物語はそこからさらに大きく、予想もつかない展開を見せていきます。結末の「オチ」こそが、Achaboxさんがもっとも表現したかった核心なのですが、それをどうゲームとして形にするかが最大の課題でした。
Achaboxさんの中には強く「表現したい衝動」がある。けれど、当時はそれを具現化するための「技術」がまだ追いついていなかったんです。もし私が答えを教えてしまったら、それはAchaboxさんの作品ではなく、私が「発注」して作らせただけのものになってしまう。だから、自分で正解を見つけ出すまで、私はただ隣りでいっしょに模索し続ける道を選びました。
開発開始から1年ほど経ち、第1章が8割ほど出来上がったとき、ようやくこのゲームが向かうべき「真のゴール」が私の中にも見えてきました。それまでは、私自身もどこに着地するのかまったくわかっていなかったんです。当初はモバイル向けに開発していたのを中断したり、アクション要素を試しては捨てたりしていました。
すべては「誰かを救い、救われる」というあの感覚を、どうすればゲーム体験として結実させられるかという挑戦の連続でしたね。
──いまのお話をうかがうと、ある意味で「プレイヤーを深く信頼している」からこそ成立する作品だと感じたのですが、なぜそこまでプレイヤーを信じることができたのでしょうか。
Achabox氏:
なぜでしょう……。「信じる」と言われると、じつはそこまで強く意識していたわけではないんです。ただ、プレイした方が「きっとこう感じてくれるだろう」と信じて作ってきたのは確かです。
実際に体験版やイベント会場でプレイしてくださる方々を見ると、皆さん涙を流してくださったり、「本当によかったです」と温かい言葉をかけてくださる。その姿を見るたびに、私はこう思うんですよ。「それは遊んでくれたあなたたちが心優しい人だからなんだよ!!!」って。
皆さん、画面の向こうのキャラクターに対して本当に真っ直ぐ向き合ってくださる。その熱量に、私たちの方が驚かされることも多いんです。
林氏:
3人が制作に没頭するいっぽうで、私はあえて外部の視点を取り入れる機会を意識的に作ってきました。
イベントへの出展はもちろん、集英社ゲームズのスタッフにテストプレイを依頼してプロデューサー陣やマーケティング担当者がどう感じたかを詳細なテキストにまとめてフィードバックしたり。
会場でのお客さんの生の声や専門スタッフによる多角的な視点など、そうした「リアルな反応」をひとつひとつ丁寧に積み重ねていったことで、作品に反映されていると思います。
「カレー」を頼むと「ラーメン」が出てくる!? 個性の強い3人ならではの開発環境
──林さんのお話から、皆さんが非常に多角的な才能をお持ちだということが伝わってきました。エンジニアであるameさんから見て、この「異色の3人」が合流したことで生まれた、このチームならではの独自の強みや、開発の進め方はありますか?
ame氏:
先ほど私たちのチームの強みについてお話しましたが、それはやはり星士さんの “圧倒的な多才さ” によるところが大きいと思っています。私はエンジニアとして開発ツールを作る立場にありますが、そのツールは「星士さんのためだけに作っている」と言っても過言ではありません(笑)。
ツールの方針は極めてシンプルで、「星士さんが使いやすければOK」、「星士さんが扱える複雑さであればどれほど高度な機能でも実装する」です。逆に、星士さんが直感的に使えないものは、どんなに優れた機能でも採用しません。ルールに縛られず、星士さんがその手で物語や演出を形にできるのであれば、どんな特殊な仕様でも組み込んでいく。
私たちの強みは、この「究極の属人性」にあると考えています。3人とも担当分野を越えて動ける “多機能さ” を持っていて、最終的には私も少し作曲に関わったりもしました。この3人だけで最後まで走りきれてしまう。それこそが、私たちの「インディーとしてのアイデンティティ」であり、最大の武器です。
入交氏:
(笑)。じつは『シュレディンガーズ・コール』のためだけに独自開発されたシステムがいくつもあるんです。音楽や映像を寸分の狂いなく同期させるためのもので、おそらく汎用性はまったくありません。次作に使い回すことすらできないような贅沢な仕組みになっています。
ameさんが私のために作ってくれたその専用システムを、私がさらに現場でガチャガチャと触り倒して、時にはまるで「ハッキング」するかのような強引な使い方で演出を組み込んでいくんです(笑)。
一同:
(笑)。
ame氏:
「自由に触ってもらえばきっとすごい化学反応が起きるはずだ」と期待して権限を全開放したんですけど、いざ蓋を開けてみると、あまりにも独特な組み方をするから「これどうやって海外向けにローカライズすればいいんだ……」と、頭を抱えることになりました(笑)。
入交氏:
セリフとプログラムが完全にひとつのコードの中に混ざり合ってしまっているんですよね。そのおかげで、音楽や映像とセリフが完璧に連動した「最高に気持ちいい瞬間」を生み出せたのですが、ローカライズ作業のときにはもう、どこになにが書いてあるのか自分たちでも判別不能な状態で(笑)。
さらに恐ろしいことに、実装した私ですら「こんな仕様、入れたっけ?」という謎の挙動がつぎつぎと出てきて。「いったいどうやって動いているんだ」と、自分たちが書いたコードに自分たちで驚かされる毎日でした。
ame氏:
星士さんはもともとBASIC【※1】を嗜んでいたこともあってプログラミングの素養があり、if文などの条件分岐【※2】も抵抗なく書ける方だということはわかっていました。だからこそ、星士さんに渡すツールにも「条件次第で複雑な処理ができる機能」をあえて組み込んだんです。
※1 BASIC
1960年代に開発された初心者向けのプログラミング言語。シンプルな命令文が特徴で、個人用パソコンの黎明期に広く普及した。現在もプログラミング教育や、往年のレトロゲーム開発の文脈などで親しまれている
※2 if文などの条件分岐
プログラムの処理を条件によって分ける制御構造。設定した条件が「成立するか(True)」「成立しないか(False)」を判定し、それぞれに応じた異なる処理を実行させる仕組み
一般的なゲーム制作において、シナリオライターに直接プログラムコードを触らせるなんて、大きな組織ではリスクが高すぎてまず不可能です。でも、星士さんなら書ける。そして、プログラムに触れるからこそ演出のタイミングや順番をその場で自在に入れ替えることができるんです。
たとえば、最初のタイトルコールで「生きている・死んでいる」という選択肢を選ぶと、突如、画面全体にバーッと出る演出があります。そこでどちらかを選んだときに少し置いてから演出を爆発させるのか、あるいはボタンを押した瞬間に即座に反応させるのか、エフェクトの有無でどう体感が変わるのか。
それを星士さん自身の手で、納得がいくまで、ミリ秒単位で試行錯誤できる。そして試した結果、体感としていいほうをつねに選び続けることができる人なんです。
入交氏:
だからデバッグがたいへんで(笑)。狙っているのか間違えているのか、判断できないんですよ。
ame氏:
「ここのエフェクト出ていませんけどバグですか?」と報告したら、星士さんから「いいえ、出さないのが仕様です」と返ってきたり(笑)。
林氏:
「このシーンでは必ずこのエフェクトを出す」といった明確なルール化がされていれば、デバッグ会社さんにもスムーズに説明できるんです。でも本作の場合は、シーンごとに演出を加えたり、あえて抜いたりしている。
一貫した仕様ではなく、場面ごとの「体感」を優先してバラバラに作り込んでいるので、私ですら「この挙動は正解なのか?」と迷うことがあります。仕様書に載っていない表現を見て「これは演出かな」と思ったら、じつは単なるバグだったりすることもしばしばで(笑)。
──もはや一般的なゲーム開発の枠組みを超えていますね。オートクチュールというか、世界にたったひとつの「究極の1点物」を作っているような贅沢さを感じます。
入交氏:
名前を出すのは本当におこがましいのですが、たとえば『アンダーテイル』【※】作者のトビー・フォックスさんのコードも、じつはすごいことになっているという逸話がありますよね。分岐条件を力技で書き殴っているような、すさまじい執念が宿っている、と。
日本の作品でいえば『グノーシア』【※】も、シナリオとコードが一体化していると言われていますよね。効率を求めるなら避けるべき道かもしれませんが、あえてそこに踏み込み、コードにまで作家性が滲み出してしまう。それこそが、インディーゲームや小規模開発に宿る、最大の魅力ではないかと感じています。
※『グノーシア』
2019年にPS Vita用ソフトとしてリリースされたSF人狼アドベンチャーゲーム。プレイヤーは宇宙船の乗組員となり、嘘をつき人間を消し去る未知の敵「グノーシア」を議論で炙り出しながら、繰り返されるループの謎を解き明かす

──それほど属人性の高い、尖ったものづくりを3人で共有できていることが驚きです。個人制作ならわかりますが、チームとして見事に融合されていますよね。
入交氏:
そこは林さんにハンドリングしていただいているおかげです。
林氏:
私はこれまで多くの小規模開発に携わってきましたが、以前ある方に言われたおもしろい言葉があるんです。
「開発は “ふたりまで” なら楽だ」と。ひとりかふたりであれば、話し合った記憶は必ず双方が共有しています。ところが3人になると「自分だけが聞いていない」という事態が起こり始める。逆に10人規模になればシステム化されるので、管理はまた楽になる面もあると思っています。
3人というのは、意見が割れたときに動きがピタッと止まってしまう、もっとも難しいバランスだと思います。だからこそ、そこには「第4の人間」の介入が必要になります。それが私の役目でした。3人の議論が煮詰まったり、まとまらなくなったりしたときに定期的に召喚される、調整役のような存在です。
──でも林さん、それってそうとう「胃が痛くなる」役割ですよね?(笑)
林氏:
いやぁ、本当にたいへんでした。これまでのプロデューサー経験の中でも、間違いなく「過去イチ」のたいへんさでした(笑)。
一同:
(笑)。
ame氏:
『都市伝説解体センター』よりたいへんでしたか?
林氏:
こちらのほうが3倍くらいたいへんでしたね(笑)。
一同:
(笑)。
──先ほどおっしゃっていたように「ボタンを押す瞬間の手触り」や「音と映像が完璧に噛み合う心地よさ」への作り込みは、まさに皆さんの真骨頂だと思います。そしてそれを作品の細部まで貫かれている、と。
入交氏:
じつを言うと、開発の初期段階では「もっとゲーム性を入れなければ」とかなり奮闘していたんです。でも、そんな私たちに林さんが明確にストップをかけてくださって。
ゲームとしての複雑な仕組みを追うのではなく、演出による驚きや没入感に全リソースを投入する。そう決断して、いまの形に振り切るまでには、かなりの時間を要しました。
林氏:
最初の1年ほどは、コンセプトはあるけれど、自分たちがなにを作るべきか、なにを作りたいのかすら見えずに模索し続けていました。でも、試行錯誤の末にたどり着いたのは「このチームは演出と音楽だけでじゅうぶんに勝負できる」という確信でした。だからこそ、持たせる武器をあえて「超シンプル」なものだけに絞り込んだんです。
ただ、そのシンプルな武器だけで10時間というプレイ時間を飽きさせずに描き切る……。その難しさが、開発の後半になるにつれて、大きな壁として立ちはだかることになるわけですが。
入交氏:
そうなんですよね。壁にぶつかると、不安になってつい「ゲーム性」を入れたくなるんです(笑)。
ame氏:
本当に、すぐ新しいシステムを入れようとするんですよ(笑)。
入交氏:
たとえば『Her Story』【※】のような名作インディーゲームを遊んで、「やっぱりインディーにはこういうすごさが必要だ!」と感化されてしまうと、自分の足元が揺らいでしまって……。
※『Her Story』
警察のデータベースを検索し、断片的な記録映像から殺人事件の真相を明らかにしていくアドベンチャーゲーム。斬新なストーリーテリングやゲームスタイルが、数多くのユーザーから絶賛を受けた名作
ame氏:
星士さんは、直前にプレイしたゲームの影響をものすごく受けるタイプなんです。そのたびに私たちが引き戻すのが恒例になっていました(笑)。
Achabox氏:
本当にそうなんです。打ち合わせで「つぎはこうしよう」としっかり決めたはずなのに、あがってきたものを見ると話していた内容とは違う、まったく新しい要素が入っていたりして。さすがにこれには「林さんも怒るんじゃないか……」と(笑)。
林氏:
本当に、毎回違うものを持ってくるんだよね。
ame氏:
星士さんは制作スピードが異常に早く、先ほどお話ししたとおり「星士さんがやりたいことはなんでも形にできる」という専用ツールを私が作ってしまったので……(笑)。ちょっと目を離して2日も経つと、もうまったく別のなにかが組み上がっているんです。
一同:
(笑)。
Achabox氏:
あまりに星士さんが新しいことを始めたりするので、ついには林さんから「Achaさんは、ずっと横で星士さんのことを見張っておいて!」と直々に命じられました(笑)。
林氏:
通常、1週間かけてあがってきたものに対して「ここはこう直したほうがいいんじゃないか」とアドバイスをすると、翌週にはその修正案が反映されているものですよね。ところが星士さんの場合、翌週には修正どころか「ゼロから作ったまったく別のもの」があがってくる。
それに対してまた「いや、それならこうしたほうが……」と投げかけると、さらに翌週には、斜め上の方向からまた別の「ゼロからの新作」が届く。その繰り返しなんです(笑)。
──「カレーを作りましょう」と話していたのに、翌週には「ラーメン」が出てくるような感覚でしょうか(笑)。
林氏:
まさにそうです(笑)。「カレーをもっとおいしくするために香辛料を足してみたら?」とアドバイスすると、翌週にはなぜかラーメンを持ってくる。そこで「それなら、このラーメンに味噌を足してコクを出してみようか」と言うと、つぎはピザが出てくる、という感じです。
一同:
(笑)。
ame氏:
制作現場で星士さんの思考のロジックをずっと聞いている私たちは、その “飛躍” の理由がわかるんです。たとえば、カレーを作っていて「辛みが足りない」と指摘されると、星士さんの中では「辛み……辛みとはいったいなんだ……!?」という自問自答が始まってしまうんですよ。
入交氏:
そうなんです。私の中では「カレーに辛さを足す」という足し・引きの修正ではなく、「 “辛み” という概念を最も輝かせる、最高の料理はなんだろう?」と、ゼロベースで考え直してしまうんです。
Achabox氏:
それに、本人は同じ手法を繰り返すことにすぐ飽きてしまうので、「最新のアイデアこそがつねに最高のはずだ!」という思考になっちゃうんですよね(笑)。
ame氏:
だから、「辛くてうまいものといえば担々麺だから、この担々麺こそが求められている “辛み” への正解なんです!」と、自信満々で出してくる。星士さんとしては、リクエストに対して最大限の熱量で応えている自負があるから、そこで「いや、いまはカレーの話をしてるんだよ」と否定されると……。
入交氏:
「自分なりに最高の解答を出したのになぜ否定されるんだろう?」と、本気で困惑してしまうんです(笑)。
ame氏:
そうしたやり取りを積み重ねていくうちに、ようやく「あっ、求められているカレーの方向性はこっちだったのか」と、共通の着地点が見えてくるようになりました。
Achabox氏:
そうそう。開発の後半になると、ようやく林さんの意図を汲み取った修正ができるようになってきて。「カレーっていうのはこっちの方向ね、タイ風のグリーンカレーなら納得です!」という感じで、少しずつ足並みが揃っていきました。
林氏:
……さっきからみんな星士さんのことばかり言ってるけど、3人とも同じタイプだからね!?
一同:
(爆笑)。
林氏:
“3人とも” そうだったからたいへんだったんですよ!
──それぞれのこだわりがあるからこそあの仕上がりになっているんだということが、いまのお話を聞いて理解できました。
林氏:
3人ともディレクター気質があるからチームとしてはたいへんなんですよ。たとえば小説家を3人集めて「本を書いてください」とお願いしたらとてもまとまりそうにないじゃないですか(笑)。
入交氏:
確かに(笑)。





















