なぜ人間はメアリだけなのか? 主人公以外を「動物」にすることで生み出す想像の余白
── 「電話を介して誰かに寄り添う」というシステムは、企画の初期段階から骨子として存在していたのでしょうか。
林氏:
そこだけは、開発の最初期から「なにがあっても変えてはならない」とチームに強く伝え続けていました。それこそ、「もしこのコンセプトを捨てるというならチームを解散しよう」とまで言って、お互いに不退転の覚悟で守り抜いた核になります。
── 日常的なツールである反面、現代において「電話」というメディアにはどこか特有の怖さもありますよね。誰からかわからない着信に対する恐怖や、見えない相手と会話することの緊張感というか。そうした怖さについては意識されていましたか?
Achabox氏:
最初はそこまで自覚していなかったのですが、開発を進めるなかでふと気づいたことがあって。
いまの私たちの生活にあるスマートフォンではなく、かつて家にあったような「黒電話」や「固定電話」を、実際に自分の手で受話器を取る瞬間って、確かに独特の緊張感や不気味さがありますよね。
昔の家の電話って、受話器を取るまで誰からかかってきたのかわかりませんし、静まり返った部屋に突然大きな音で鳴り響いたりするので、子どものころはあの音にどこかドキッとした記憶が、私の中にも確かに残っているんです。
本作でも、その「誰が出るかわからない」、「誰からかかってきたのかわからない」という不確定な怖さを大切にしています。電話がジリジリと鳴り響くシーンは、プレイヤーに心地よい緊張感やドキドキ感を味わってもらえるよう、音の響かせ方から間の取り方にいたるまで、かなり丁寧に作り込みました。
── 本作のタイトルである『シュレディンガーズ・コール』ですが、この「シュレディンガー」という不確定性を表すキーワードも、最初の企画書の段階からあったものなのでしょうか。
Achabox氏:
はい、そこも最初から骨子として持っていたものです。
このタイトルには本当にたくさんの意味を込めているのですが、私が最初にこの言葉を選んだのは、この物語に登場する「心残りを抱えた魂たち」の存在が理由でした。彼らは、まだこの世界に生きているのか、それともすでに死んでしまっているのかがわからない、まさに「生と死の狭間」にいる曖昧な状態なんです。
そんな、観測されるのを待っている不確定な魂たちがそこにいるというイメージからこの名前をつけました。その後、星士さんが物語のテーマとしてさらに何層もの深い意味を付けくわえていってくれたんです。
入交氏:
「シュレディンガーの猫」というのは、量子力学の世界で言えば、むしろ「そんな状態の猫は存在しない」と証明する方向の理論です。ですが、私たちは本作でそうした小難しい学術的なアプローチをしたいわけではなく、あくまで「寓話」や「メタファー(比喩)」としてこの言葉を使っています。ですので、ガチガチのハードSFとして受け取ってほしくはないんですね。
電話というメディアには、Achaさんが言ったような不確定さのほかに、とても不思議な性質があります。たとえば、ベルが鳴ってすぐに受話器を取るのか、それともしばらく待ってから取るのか。その「ほんの少しの間」で、電話の向こうの運命が変わってしまうかもしれない、といったシステム上の仕掛けも用意しています。
それに、電話というのは「相手」がいて初めて成立するものですよね。たとえば、ある男の子のことを心配して電話をかけるとします。仲のいい友だちがかけたら強がって「元気だよ」と言うかもしれないけれど、お母さんがかけたら「じつは元気がないんだ……」と本音を漏らすかもしれない。
つまり、かける相手によってその人の「状態」は変わるわけです。
相手を救うということは、対話を通じてその人の心に踏み込み、その存在を「観測」していくこと。そして、こちらの関わり方次第で相手の未来を変えてしまうかもしれない。そのインタラクティブな関係性すべてを含めての「シュレディンガー」なんです。
Achabox氏:
最後まで遊んでいただくと、まさに受話器越しの会話を通じて、少しずつ「相手の本当の形」が見えてくる。つまり、自分が相手を観測して確定させていくような不思議な感覚を味わっていただけると思います。
そして最後の「終章」まで辿り着いたとき、それまでの見え方がガラリと変わり、このタイトルの持つ意味がより深く胸に刺さるのではないかと思っています。
ame氏:
このゲームの核となるもっとも重要なコンセプトは、最後の「終章」にぎゅっと凝縮されています。極論を言えば、第1章から第4章までは、その終章というカタルシスを迎えるための「長い助走」に過ぎないという構成なんです。
ありがたいことに、現時点で公開している第1章は好評をいただいているのですが、私たちが本当に届けたい「本番」は、そのずっと先にある終章にあります。だからこそ、すべてが明かされたリリース後に皆さんがどんな反応をされるのか、正直なところ、今は期待と同じくらい不安もあります。
──ビジュアルや空間の描き方も非常に独特ですよね。プレイヤーがいるのは「電話のある部屋」という、極めて狭い閉ざされた空間です。それなのに、受話器を通じて外の世界と繋がり、そこから無限の広がりが生まれていく。舞台演出的な見せ方だと感じたのですが、この形式も皆さんで話し合いながら作り出されたものなのでしょうか。
林氏:
いえ、そこは完全にAchaさんの頭の中に最初からあった、固有のイメージがベースになっています。
Achabox氏:
はい。先ほどコロナ禍で孤独を感じていたときのお話を少しさせていただきましたが、あの当時「どうしても誰かに私の話を聞いてほしい」と切実に願っていた私の脳裏に、ぼうっと浮かんできたビジュアルがあったんです。
それは、薄暗い部屋の椅子にぽつんと座っている「三つ編みの女の子の姿」。そして、彼女を取り囲むように周囲にぼんやりとした見知らぬ人たちが何人も立っている……という光景でした。
ロジックで組み立てたというよりは、本当に「そのイメージが頭の中に降ってきた」という感覚に近かったと思います。世界を覆っていたコロナ禍のどこか重苦しい空気感や身近な大切な人を亡くしてしまったときの喪失感、自分でも気づかないうちに当時の私の感情がゲームの原型になったのかもしれません。
──本作に登場するキャラクターたちは、主人公のメアリを除いてユニークな動物の姿をしています。この「人間ではないキャラクターたちと対話する」という発想も、最初のイメージからあったものなのでしょうか。
Achabox氏:
はい、これも最初のビジュアルイメージから一貫していました。
なにより主人公であるメアリだけを、この世界において「特別な存在」にしたかったんです。本作には「世界最後の話し相手」という非常に強いキーワードがあるのですが、その言葉の持つ魅力や重みをビジュアル面でも最大限に強調したかったんです。メアリだけが人間で、それ以外のキャラクターはすべて動物という非対称な構図にすることが、作品のメッセージとしても適していると思いました。
それに、電話という「相手の顔が見えないメディア」だからこそ、受話器の向こうの相手をあえて動物の姿で描くことで、プレイヤーが自由にその姿を想像できる余白を作りたかった、という理由もあります。
結果として、キャラクターを動物にしたことは作品にとてもいい広がりをもたらしてくれました。たとえば、作中にはルーシーという「シカのお母さん」が登場するのですが、もし彼女を人間の姿で描いてしまうと、特定の年齢や生々しい現実感が前に出てしまいます。
ですが動物というモチーフを挟むことで、プレイヤーの皆さんが先入観を持たずに物語に没入でき、より幅広い層の方々に感情移入してもらえるキャラクターになりました。
──なるほど、人間の姿だとどうしても「何歳くらいの人」といった現実のフィルターがかかってしまいますが、動物にすることで超越できるわけですね。「年齢が特定されないからこそ、誰もが自分の物語として受け取れる」という発想の転換は、すばらしいアプローチだと思います。
Achabox氏:
ただ一方で、動物ならではの難しさもあります。なぜならふつうに描くと、みんな同じような年齢感に見えてしまうからです。そこをどう描き分けるか、キャラクターの生きざまや年齢層を伝えるために、衣服のモチーフや身につけている装飾品といったデザインの細部で、ニュアンスを調整していきました。
「消しゴムで絵を描く」ルーツと締め切り2週間前の極限状態が生んだ “奇跡のルック”
── Achaboxさんの頭の中にあるイメージを、星士さんやameさんに共有するときは、イラストで説明されたのでしょうか。それともテキストだったのでしょうか。
Achabox氏:
それはなかなか難しい質問ですね……。というのも、開発のフェーズやシーンによって、共有の仕方は本当にバラバラでした。
まずシナリオ面に関して言うと、最初のころはプロットもかなりぐちゃぐちゃで(笑)。3人が「これやりたい!」と思ったアイデアを、とにかく星士さんが力技で形にして、現場がワーッと盛り上がる、みたいな進め方だったんです。
ですが開発の後半になると、林さんをはじめ集英社ゲームズの皆さんが細かくロジカルなフィードバックをくださるようになりました。物語の緩急をしっかりつけ、プレイヤーの心をつかむために、キャラクターやプレイヤーの「感情の流れ」をグラフ化する手法を取り入れる必要があったんです。
具体的には、「このシーンでは最初はどんな感情でどこでどう落ち込んでいくか」という感情グラフをまず作成しました。そのうえで「じゃあこのタイミングで誰に電話をかけて、どんな話を聞くか」という流れを図式化していきます。それをベースに3人で「この展開でいこう」とミーティングを重ね、演出を実装していく。という、非常に緻密な開発フローへと進化していきました。
一方で、ビジュアルの共有については、本当にシーンによってさまざまです。ゲーム内の映像は私と星士さんのふたりで作っているのですが、星士さんが自身のイメージのままツールを使ってどんどんシーンに素材を仮組みしていってくれることもあれば、逆に私が「このシーンはこういう絵にしたい」と絵コンテのようなものを用意して「こういう動画素材を作るからこのタイミングで表示してほしい」と細かくディレクションすることもありました。
──本作は画面全体にザラつき感があって独特ですよね。少し実写映像のようでもあり、いい意味でビデオゲームらしくない映像表現だと感じました。
林氏:
あの独特の質感は、もともとのAchaさんの画風やタッチから自然と滲み出てきたものだと思います。開発の最初期から、すでにあの唯一無二の空気感をまとっていましたね。
Achabox氏:
そうですね。私はふだんドット絵も描くのですが、それとは別に、手描きでザクザクと描き込まれた絵柄やアニメーションがもともとすごく好きなんです。古い紙のテクスチャーがかかったような、どこかアンティークっぽい雰囲気であったり、異なる素材を組み合わせる「コラージュ」も大好きで。
本作は空想的な世界なので、背景はあえて鉛筆で描いたようなタッチにしています。一部、ほかのデザイナーさんにも手伝っていただいているのですが、その際も「夢の世界を表現するために柔らかい鉛筆の質感で “まるで誰かの思い出の1ページ” のような雰囲気にしてほしい」とお伝えしました。そういった自分の「好き」の引き出しが、ベースにあるのは確かです。
林氏:
それでいうと最初の企画書の段階では、いまよりももっとカチッとした「版画」に近いビジュアルでしたよね。そこから開発が進み、ブラッシュアップを重ねる過程で、現在の柔らかくザラつきのある方向性へ近づいていった気がします。
Achabox氏:
初期のあの版画っぽいタッチも結構気に入っていたんです。いまのルックに辿り着いたのは、じつはある「偶然」がきっかけでした。
まだストーリーの方向性すら固まりきっていないころに、日本最大級のインディーゲームの祭典「BitSummit Drift」(2024年) への出展が決まったんです。「出展に向けてキービジュアルが必要ですが、作れますか?」と林さんに言われたのですが、締め切りはなんと2週間後で(笑)。
とにかく強制的に形にするしかない極限状態でした。同時に、集英社ゲームズさんからは「商品として戦えるようビジュアルのクオリティをもう1段階引き上げてほしい」というリクエストもいただいていてしまい……。
その2週間、自分なりのこだわりと商品としての完成度を必死に擦り合わせながら夢中で描きあげたものが、本作のグラフィックの原型になりました。
ame氏:
Achaさんが初期のビジュアルを描いているときに横で見ていてすごく印象的だった言葉があるのですが、「消しゴムで絵を描く」とおっしゃっていましたよね。
あの独特な手法こそが、本作の最初のビジュアルイメージをガチッと決定づけたと思うんです。そのときの制作の遺伝子というか、手のフィーリングが、いまの画面全体の心地よい「ザラつき感」へと地続きで繋がっているのではないかなと。
Achabox氏:
それは確かにあります。私はもともとペンタブレットではなくパソコンの「マウス」で絵を描いていた時期が長かったんです。インターネットの画像掲示板に投稿するために、マウスで引いた無骨な線を整えるためにひたすら消しゴムツールで消してはまた描き直す、という力技を繰り返していました。
線を「描く」というより、消しゴムで「削り出していく」ような感覚です。そのときに培われた手の癖や質感が、初期のグラフィック、ひいては現在の本作のタッチのベースになっているのは間違いありません。
林氏:
私は彼女の描く絵を、いわゆる「ゲーム用のグラフィック」ではなく、純粋な1枚の「イラストレーション(芸術表現)」として最初から捉えていました。アニメやマンガの文法ともまったく違う場所に存在している絵だな、と。だからこそ、その圧倒的な作家性をいかに殺さず、ゲームという動的なメディアの中に活かしていくかというアプローチに徹したんです。
もちろん、イラストレーションのままだとただの静止画になってしまうので、キャラクターの表情を動かしたり演出をつけたりする段階では、技術的にゲーム用素材としての加工を挟みました。ですが、根本の方針としては「彼女のイラストレーターとしての個性をなによりも前面に出す」という1点でしたね。
Achabox氏:
私自身もマンガに寄りすぎないようにすることは、描くうえでずっと強く意識していました。
林氏:
アニメーションのように大勢のクリエイターで大量の絵を分担して描く世界では、均一なクオリティを保つための「厳格なルール」が必要になると思っています。しかし、そのルールに則ると、どうしても表現の幅は最大公約数的なものに制限されてしまうような気がします。
でも、彼女がやっているのは「Achabox」という個人の魂から生み出される、世界にひとつだけのイラストレーションです。私を含め、ほかの誰も真似して描くことはできません。ルールで縛って小綺麗なゲーム画面にするのではなく、「彼女にしか描けない1点物の芸術を、このゲームの中でいかに量産してもらうか」。それこそが私たちの戦い方でした。
──お話をうかがえばうかがうほど、本当に効率とは真逆にある「世界にたったひとつの1点物」を作ってきたのだという実感が湧いてきます。
林氏:
ええ、まさにそのつもりでここまで走ってきました。集英社ゲームズとしても、ほかでは真似できない「圧倒的な作家性」が爆発した作品を、ビデオゲームというメディアを通じて世界に生み出していくというコンセプトで全力で挑んでいるんです。
ちなみに、本作はあの『都市伝説解体センター』とまったく同時にプロジェクトが立ち上がったんですけれど、あちらに比べて発売が丸1年も遅れてしまいました(笑)。
一同:
(笑)。
林氏:
本当に、よくぞここまでたどり着いたと思います。いまだから笑って話せますけど、開発中にアシスタントプロデューサーとふたりで「このプロジェクト、もう止めるしかないかもしれない……」と本気で頭を抱え、絶望した日が1日だけありました(笑)。あまりにこだわりが深すぎて、もうこれ以上前には進めないんじゃないかと。
──作り手がここまで熱量を持続して作り続けられたというのは稀有だと思います。
林氏:
だけど、私はこれが「ものづくりの本来あるべき正しい姿」だと思っていますし、クリエイティブとしてはこれ以上ないほど贅沢な経験をさせてもらったと感じています。
ame氏:
集英社ゲームズさんの、私たちの才能を信じ切ってくれるあの手厚いサポートがなかったら、私たちは絶対にここまでたどり着けませんでした。
Achabox氏:
ええ。間違いなく、私たちだけでは絶対に形にすることはできなかったです。
ひとつのツールの中に100曲分のサウンドデータをまとめてぶち込む規格外の楽曲制作
──本作はBGMもすばらしいですよね。通話相手ごとに曲が変わるだけでなく、シーンの展開や会話の熱量に合わせて、リアルタイムにリズムや曲調がシームレスに変化していく。それが各キャラクターの個性をより一層際立たせていて、「いったいどうやって作っているんだろう?」と不思議だったのですが、ここまでの制作秘話をうかがって、その答えがわかりました(笑)。
一同:
(笑)。
Achabox氏:
本当に、音楽めちゃくちゃいいんですよ! いっしょに作っている自分が言うのも変なんですけれど、純粋に「すごいな」と感じるんです。
──身近でその制作過程を見ている仲間がそこまで大絶賛されるということは、客観的に見ても相当なクオリティだということですよね。
入交氏:
裏話をすると、このゲームのためにすべての楽曲をイチから作ろうとしたら、スケジュール的に絶対に間に合わなかったんです。音楽周りの実装は開発全体のかなりうしろのフェーズに集中してしまったので、実質1ヵ月ほどで一気に仕上げる必要がありました。
じゃあどうしたかというと、私がこれまで舞台の仕事などで作ってきた、世に出ていない膨大な「ボツ曲」や自分が権利を持っている過去の楽曲資産をすべて洗い出したんです。もちろん、そのまま使うのではなく、本作の空気感やゲームの演出に合わせて徹底的に編曲を施して落とし込んでいきました。
ame氏:
ただ、そのアレンジのクオリティが本当にすさまじいんですよ。もとのメロディやモチーフは過去の流用だったとしても、それをどのシーンで、どんな楽器を使って、どんなテンポで流すかという “選択のセンス” が、星士さんはうまいんです。
専用ツールがあるからこそ、セリフのタイミングに合わせて「ここで楽器の数を減らして静寂を作る」「ここでテンポを上げて緊張感を出す」といった微調整がミリ秒単位でできる。過去の楽曲が、星士さんのアレンジによって、まるで最初からこのゲームのためだけに書き下ろされたかのような、完璧な劇伴音楽へと生まれ変わっていきました。
Achabox氏:
メロディそのもののよさはもちろんですが、星士さんは「このシーンに、あえてこの曲を当てるのか!」という、選曲のプロットの組み方が本当にすごいんですよ。私たちの想像の斜め上をいく、見事な音楽のハメ方をしてくるんです。
入交氏:
本作のようなノベルゲームの形式において、プレイヤーの五感に訴えかけられる要素って、基本的には「音」と「テキスト」がメインになります。しかも今回の舞台は部屋から出ない、極限に狭い空間です。だから開発の初期にふたりから「このゲームの空気感は曲に頼りますから」と言われて(笑)。
Achabox氏:
もう完全に頼ることにしました(笑)。
入交氏:
そうしたら、Achaさんから「こんなイメージの曲を作ってほしい」と送られてきた開発中の画面に、仮のBGMとして映画『インターステラー』【※】風の楽曲が堂々と組み込まれていたんですよ!
※『インターステラー』
クリストファー・ノーラン監督による2014年のSF映画。地球滅亡の危機に瀕した人類の救済を求め、元パイロットの主人公らが居住可能な新たな惑星を探すため、ワームホールを通り前人未到の銀河へと旅立つ
Achabox氏:
すみません! 私が勝手に「こういうのがいいな」と思って、仮で当てはめました(笑)。
ame氏:
そうそう!
入交氏:
そうやってふたりが勝手に共鳴し合ってハードルを爆上げしてくるから、作る私は困りましたよ(笑)。比較対象が、いきなりハリウッドの超大作映画になっちゃったわけですから。
それなら自分の過去の曲を入れてみよう、と途中で気がつきました。
林氏:
星士さんの音楽的な素養を土台にしつつ仮入れされた名曲のエッセンスを貪欲に吸収して本作の味に変えていく編曲能力と、それをシナリオや映像の細かなタイミングに寸分の狂いなく同期させていく技術、それらすべてのピースがこれ以上ないほど綺麗に噛み合っていました。そこは本当にすばらしい仕上がりになったと思っています。
それともうひとつ、私は音楽の発注段階で「序盤の楽曲はとにかくピアノをメインに据えてほしい」とだけリクエストしていたんです。その「ピアノ」という主軸さえブレなければ、星士さんがどれだけ斜め上の方向へ自由に楽曲を展開させても、作品全体のサウンドトラックとしての統一感は決して崩れませんから。
ame氏:
私はこの手法に、名作『アンダーテイル』【※】に通じる魅力と統一感を感じています。
『アンダーテイル』って、あるひとつのシンプルな「たんたんたん」というメロディが、ショップに行くと「タッタッタッ」というテンポに変わるんですね。同じモチーフをさまざまな奏法やテンポで「変奏」させることで、ゲーム全体の統一感を保ちながら、シーンごとにまったく異なる豊かな色彩を生み出している。星士さんが本作でやっていることも、まさにその贅沢な変奏の美学そのものなんです。
※『アンダーテイル』
トビー・フォックス氏が手がけたRPG。“誰も死ななくていいやさしいRPG” をキャッチコピーに掲げ、ストーリーや革新的なゲームシステムから不朽の名作として評価を受け続けている
入交氏:
ここまで褒めてもらっているのに現実的な話をしてしまうのは申し訳ないですが、そうやって同じモチーフをアレンジした理由は、単に「時間がなかったから」なんです(笑)。
技術的な話をすると、一般的なゲーム開発では、シーンごとに曲のデータを1曲ずつ用意して管理しますよね。でも私の場合は、ひとつのツールの中に100曲分のサウンドデータを全部まとめてぶち込んでいるんです。
そこから、演出のタイミングに合わせて必要なメロディや楽器の音を、必要な箇所へ力技で引っ張ってくるという、かなり規格外なやり方をしていて。時間的にも技術的にも極限の制約があったからこそ、あの手この手でやり繰りしました。
林氏:
ものづくりの現場というのは、いつもこういうスタイルになりがちです。「時間や技術の制約がある中で、これが本当にベストなのか?」という果てしない葛藤と、つねに戦い続けることになる。
入交氏:
実際、割り切った部分もかなりありました。というのも、本作は試行錯誤にものすごく時間がかかってしまい、開発の最終盤には林さんから「作品を完成させるために、なにを捨ててなにを取るかを決断しなさい」と、かなり強く言われていたんです。そうした極限の制約の中で、必死に曲を編み上げていきました。
林氏:
最後のほうになると、ツールが優秀なこともあって、星士さんたちがいくらでも試行錯誤を続けられる状態になってしまっていたんです。そうすると「ここを作り直したい」というループが延々と始まってしまう。
あれもやりたい、これも足りないというアイデアがつぎからつぎへと溢れ出てくるのは悪いことではないですが、それらをすべて形にしようとしたら、間違いなくあと1年はかかってしまう。だから最後は、私が全員の目線を「作品を完成させること」へと向けさせました。
──クリエイターのこだわりが強ければ強いほど、完成はどこまでも先延ばしになってしまいますよね。
入交氏:
インディーゲームの開発者って、よく「Steamの発売日当日の朝5時までバグ修正や調整を続けていた」といった限界エピソードが語られると思いますが、私たちもそうなってしまいそうでした。でも、それではダメだと強く意識したんです。
集英社ゲームズさんと組んでいる以上、スケジュールを守り「適切にローカライズする」、「データを安全にパッケージングする」、「メディアの取材を受ける」、「宣伝活動を行う」といった、世に届けるためのプロとしてのプロセスを、制作と並行して全員でしっかり意識しながら最後まで走り切るべきだと思いました。
ame氏:
個人的には、ゲームのBGMがお好きな方には、ぜひ最後の「終章」までプレイしていただきたいなと思っています。私が自分で言うのも本当にどうかと思うのですが、終章で流れるBGMの演出は、ちょっと鳥肌が立つほどにすごい仕上がりになっています。ぜひ、その目と耳で確かめていただきたいですね。
音楽周りのシステムでいうと、本作にはプレイヤーの操作やシーンの展開に合わせて、BGMのメロディや構成が途切れることなく自然に変化していくシステムを実装しているんです。
非常に開発コストが高く実装が難しいシステムなので、ゲーム全体のごく限られた重要なシーンにしか導入していません。ですが、「終章」ではこのシステムが本当に鳥肌が立つほど美しく機能しているんです。これほど見事に使いこなしてくれている姿を見て「苦労してこのシステムを開発した甲斐があったな」と、エンジニアとして深く感動してしまいました(笑)。
林氏:
この演出はプログラミングの知識だけでなく、曲のコード進行や構造を音楽理論レベルで完璧に理解している人でないと実装できない芸当ですね。
入交氏:
技術的なことを言えば、前の曲と次の曲の「キー(調)」を合わせ、さらに「BPM(テンポ)」を計算してリアルタイムに繋いでいます。
プレイヤーがボタンを押したその瞬間に、音楽が不自然に途切れることなく、滑らかにつぎの展開へと転調していく。だからこそ、プレイヤーの耳には音楽が完全にシナリオの進行と「合っている」と感じられ、没入感が生まれるんです。
たとえば、オープニングの「生きている・死んでいる」が溢れ出す場面でも、じつは裏でまったく別の曲へとシームレスに繋がっていく演出をやっています。
ame氏:
これって、本来であれば専門の作曲家や音響エンジニアが、専用のミドルウェアを使って付きっきりでやるべきたいへんな作業なんです。それを星士さんは、メインのシナリオを書きながらひとりでプログラムを叩いてそこまで落とし込んでくれた。本当に信じられない多才さです。
入交氏:
逆に言うとそこまで徹底的にこだわらなければほかに勝負できる武器がない、という危機感もあったんです。だからこそ「もうこれしかない!」という覚悟で、必死に取り組みました。
──いまのお話をうかがって、「The Game Awards 2025」でゲームオブザイヤー(GOTY)を獲得した名作『Clair Obscur: Expedition 33』【※】を思い出しました。似たようなアプローチをとっていて、ストーリーと音楽の連携が高く評価されているんですね。
スタジオ立ち上げ当初、最初から音楽家をチームに迎え、「音楽がゲームにとっていかに重要か」を徹底的に意識して作った、と。だからこそ、ゲーム内の感情の盛り上がりとシーンが、音楽のサビの盛り上がりと完璧にシンクロする。そんな設計ができているゲームはほとんどないので、同じことをやられているんだと改めて驚きました。
※『Clair Obscur: Expedition 33』
魔女に呪われた世界で死の運命に抗う第33遠征隊の物語を描いた作品。JRPGから影響を受けており、ターン性ながらリアルタイムで進行する要素や幻想的で美しいアートワーク・音楽が大きな特徴となっている

林氏:
一般的な開発現場だと、どうしても仕様書を書いてサウンド専門の部署や外部へ発注するという縦割りの形になりがちですからね。
──それではただの背景音楽(BGM)として流れるだけになってしまいがちですよね。
入交氏:
同じ集英社ゲームズの『都市伝説解体センター』の開発チーム(墓場文庫)で作曲を担当されているあだPさん【※】からも、同じようなアプローチで制作しているというお話をうかがったことがあります。
※あだP氏
インディーゲーム開発チーム「墓場文庫」のメンバー。同チームが手がける『和階堂真の事件簿』や『都市伝説解体センター』において楽曲・効果音といったサウンド全般を担当し、作品の独特な空気感を演出している
墓場文庫の皆さんとはふだんからとても仲良くさせていただいて、クリエイティブについて刺激を与え合っているのですが、じつは本作に登場する動物キャラクターたちの、あの「ふにゃふにゃ」とした、どこか愛らしくて不思議なキャラクターボイスは、あだPさんに担当していただいているんです。
林氏:
チームの垣根を越えてすごくよい関係が築けているんです。
そういえば開発の途中に、墓場文庫のメンバー、講談社ゲームクリエイターズラボのところにょりさん【※1】、OdencatのDaigoさん【※2】たちを交えて、ゲーム合宿をやったことがあるんです。古民家ホテルを一軒まるまる貸し切って、みんなでノートパソコンを持ち寄ってね。そこであだPさんもゲームの曲を作ったりしていたのですが、なぜかハフハフ・おでーん(以下、おでーん)さん【※3】だけはずっと台所でみんなのために料理を作って、もてなす側に回っていて(笑)。
一同:
(笑)。
入交氏:
そんな楽しそうな空気のなかでも、私たちは横でバチバチに喧嘩していました(笑)。
※1 ところにょり氏
講談社クリエイターズラボ所属のインディーズゲームクリエイター。言葉にできない切なさや情緒を表現した作風が特徴。代表作は『違う冬のぼくら』『違う星のぼくら』など
※2 Daigo氏
インディーゲーム開発スタジオ「Odencat」の代表兼クリエイター。『くまのレストラン』や『メグとばけもの』などを手掛け、ドット絵で描かれる心揺さぶる感動的なストーリーを生み出している
※3 ハフハフ・おでーん氏
インディーゲーム開発チーム「墓場文庫」のメンバー。『和階堂真の事件簿』や『都市伝説解体センター』の開発において、主にグラフィックやドット絵、ディレクションを担当している
林氏:
でも、そうやってチームの垣根を越えてすごく仲がいいので、開発途中のバージョンを墓場文庫のメンバーに見てもらってフィードバックをもらい、いろいろと助けてもらいました。インディーの横の繋がりの中で、開発の進め方を教わったり相談し合ったりできる環境が自然とできていたんです。
入交氏:
もう、彼らには感謝しかないです。
林氏:
2025年のクリスマスなんて『シュレディンガーズ・コール』チームはもう一生懸命働いていて、クリスマスも祝えないような、ある意味極限状態だったんですよ。そこへ、ひと足先に作品をリリースして余裕のあったおでーんさんが、事務所にケーキを持ってきてくれてね。
入交氏:
「こっちはもう終わったよ〜、あとは売るだけだよ〜」と、煽りに来るっていう(笑)。
ame氏:
先に開発を走り切った側だからこそできる、愛のあるイジりでしたね(笑)。
Achabox氏:
ちなみにこの黒猫(ハムレット)のぬいぐるみ、じつはおでーんさんの奥さまの手作りなんですよ!
──えっ!? これ、手作りなんですか?
Achabox氏:
そうなんです。しかもこれ、ハムレットの手にスマホをかざすとSteamのページに飛んで、ちゃんと『シュレディンガーズ・コール』の作品ページが表示される仕掛け(タグ)まで入っているんです。『都市伝説解体センター』の「トシカイくん」のぬいぐるみを作ったのもその奥さまで、お願いしたら本作のハムレットも作ってくださって。
──すごいですね。つぎにゲームを作るときは、もう奥さまも公式に開発メンバーに入ってもらったほうがいいのでは(笑)。
入交氏:
それでいうとクレジットに載せるためのお名前もあるみたいなんですよ(笑)。おでーんさんが、周りのみんなに勝手に適当な名前をつけていくノリがあり、墓場文庫でエンジニアをしているモチキンさんも、最初は本名で活動していたのにあの名前に変えられちゃったらしくて(笑)。
Achabox氏:
その流れで、奥さまのお名前は「お醤油どぼみ」さんっていうらしくて……。
林氏:
ちょっと待って、かわいそうだからその名前を広めるのはやめてあげて(笑)。だって「どぼみ」だよ!?
Achabox氏:
でも、『シュレディンガーズ・コール』のエンドロールには、バッチリ「お醤油どぼみ」ってクレジットされてますから(笑)。
──先ほどキャラクターボイスのお話が少し出ましたが、本作ははっきりと言葉をしゃべるのではなく、あえて「ふにゃふにゃ」とした抽象的なボイスにされていますよね。ここもプレイヤーの想像の余地に委ねるための演出なのかなと感じたのですが、そうした意図があってフルボイスを排するという判断をされたのでしょうか。
Achabox氏:
はい、まさにその通りです。開発中、第1章のプロトタイプが完成した段階で主人公のメアリと一部のキャラクターを対象に声優さんにお願いして仮のボイスをあててみたことがあったんです。
それを実際にプレイしてみると、お芝居自体は本当にすばらしく、すごく感動的ではあったんです。ただ……なんというか……自分でゲームをプレイしているというよりは、画面の向こうの「アニメをただ観せられている」ような感覚になってしまって。
ame氏:
どこか「美しい朗読劇を聞かされている」ような、受動的な気持ちになってしまったんですよね。ゲームというメディアが持つ本来のよさであるはずの「自分の手で物語を進めている」という能動的な感覚が薄れて、見せられたひとつの正解(舞台)にプレイヤーが固定されてしまうような違和感がありました。
それもあって、どれだけ贅沢であっても、今回は声優さんによるボイスは使わないと3人で決断したんです。
それに、この作品においてもっとも大切なのは、プレイヤーが「自分自身の心地よいタイミングでボタンを押して、テキストを読み進められること」です。もしそこに声優さんのすばらしい演技の “間” が挟まってしまうと、プレイヤー自身のテンポと衝突して、かえって没入感を壊してしまう可能性がありました。
だからこそ、あえて具体的な意味を持たない今の「ふにゃふにゃ」としたボイスへと行き着いたのですが、結果としてプレイヤーの皆さんが自分の脳内で「相手の本当の声」を自由に想像できる、最高の形に仕上がったと思っています。
異なる道を歩んでいた3人の人生がコロナ禍の偶然を機にひとつのゲーム開発へ収束した巡り合わせ
──これだけお互いに強いこだわりを持っていると、開発中、3人のあいだで本気の喧嘩に発展したこともあったのでしょうか?
ame氏:
むしろいつも喧嘩ばかりしていたので、どれが本当の喧嘩だったのかわからないくらいです(笑)。でも、少なくとも「1章の開発ごとに1回」は、確実にバトルがありましたよね。
Achabox氏:
いやいや、もっとありましたよ! 体感としては、1章につき20回くらいは衝突していたかもしれない……(笑)。
林氏:
開発の中盤以降からは、集英社ゲームズのマーケティングチームのメンバーも定例の打ち合わせに参加するようになったんです。毎週1時間半ほどミーティングをやるんですけれど、その場で彼らが本気で喧嘩を始めるのを、私が「まあまあ、落ち着きなさい」って諭すのがお決まりの構図になってしまって。あのころはもう、ゲーム専門学校の先生にでもなったような気分でした(笑)。
3人でバチバチにやり合っている時もあれば、今度は私の出す提案と意見がぶつかって、ヘソを曲げてしまうこともあったり。納得がいかないとビデオチャットの画面の向こうでずっとうつむいたまま、蚊の鳴くような声で「はいはい……」って返事をするんですよ。「ああ、これ完全に1ミリも納得してないな、思いっきり拗ねてるな」と、丸わかりで(笑)。
──それだけ、自分たちのクリエイティブに対していっさいの妥協をしたくないという、純粋な姿勢を最後まで貫き続けてこられたということですよね。
林氏:
ええ、本当にそのとおりです。ビデオミーティングがピッと終わった瞬間に同席していたマーケティングのメンバーから「林さん、今日のAchaさんめちゃくちゃわかりやすく拗ねてましたね……!」って言われたりして(笑)。
入交氏:
基本的には、Achaさんの中に「私が表現したいこと」という強固なビジョンが、最初からガチッとあるんです。まさに彼女は、絶対に妥協を許さない強力なゲームディレクターなんですよ。
そしてもちろん私にも、これまでのキャリアからくる「やりたいこと」や「技術的にできること」のプライドがあるじゃないですか。だから「そこは私を信じて任せてくれ!」と言うんですけれど、Achaさんは絶対に首を縦に振らない(笑)。「いや、私のイメージはそうじゃないんだ。とにかく形にして!」って、突き返されちゃうんです。
Achabox氏:
だって、私が「カレーを作って」って言っても、星士さんが「ほら、最高のラーメンができたよ!」って出してくるからじゃないですか!(笑)
一同:
(笑)。
Achabox氏:
だから、「そうじゃない!」ってバトルになるんです(笑)。星士さんもameさんも、プログラミングや実装といった技術的なアプローチからロジックを組み立てて作っていくタイプ。でも私は、理屈抜きで先に頭の中にイメージがあるタイプ。
もし最初に「技術的にできるかどうか」を考えてしまうと、私の頭の中にある純粋なイメージが、どんどん妥協で削られていっちゃう気がして怖かったんです。だからこそ、ゲーム開発の現場で古今東西繰り広げられてきた、「私はこうやりたいんだ!」「いや、技術的にそれは不可能です!」という伝統的な衝突が、私たちのあいだでも毎日のように起きていました。
ame氏:
でも、隣りで見ていた私から言わせてもらうと、星士さんも強固なビジョンを持ったアーティストだと思います。「ビジョン vs ビジョン」のぶつかり合いだったからこそ、あそこまで熱いバトルになったんだと(笑)。
Achabox氏:
ただ、そんなふうに何度も衝突を繰り返して開発の後半に進むにつれて、お互いの手の内や大切にしていることがわかるようになっていきました。最終的には、3人の足並みが綺麗に揃ってひとつのゴールへ向かっているという、ものすごく強い一体感を持てるようになりましたね。
林氏:
本当に、3人とも……3人とも見違えるほど大きく成長したよ……(遠い目)。
──林さんの目が、まるで娘や息子を見ているようです(笑)。 ところで本作にはさまざまなジャンルのアイデアが詰め込まれていますが、皆さんはどのようなゲームに影響を受けてこられたのでしょうか?
Achabox氏:
私はそれこそ0歳のころからゲームに触れていました。世代としてはスーパーファミコンで、もともとは父が自分のために買ってきたはずなんですけれど、気づけば私がすっかりその席を占領してしまって。
アクション、パズル、シミュレーション、RPGと全方位のジャンルが好きなのですが、今回の『シュレディンガーズ・コール』を作るうえで特に強烈な影響を受けたのは、『サイレントヒル』シリーズ【※1】と『OMORI』【※2】ですね。重厚でどこか歪んだ空気感のルーツを探ると、まずこの2作が浮かびます。
※1『サイレントヒル』シリーズ
コナミが展開する世界的なホラーゲームシリーズ。霧に包まれた街「サイレントヒル」を舞台に、人間の内面の恐怖や歪んだ心理を具現化した異形のクリーチャーや重厚なストーリーで高い評価を得ている
※2『OMORI』
2020年に発売されたサイコロジカルホラー要素を含んだRPG。主人公のひきこもりの少年・サニー(オモリ)が過去のある出来事に向き合う姿が描かれる

ふだんは『スプラトゥーン』のような大作からインディーゲームまで本当に幅広く遊んでいて、ここ数年で特に熱中したのは『龍が如く』シリーズだったりします。
──『龍が如く』ですか? 作品の繊細なルックからすると、少し意外なチョイスですね。
Achabox氏:
そうですか!?(笑)
『Ghost of Tsushima』のように重厚なストーリーでガツンと感情を揺さぶってくる骨太な作品が大好きなんです。その一方で『Vampire Survivors』や『BALL x PIT』といったローグライク系のアクションもかなりやり込みますし、スマホゲームでは『シャドウバース』にもハマっていました。
ame氏:
『シュレディンガーズ・コール』はアドベンチャーゲームなのに、これだけ語っておいてアドベンチャーの名前が出てこないという(笑)。
Achabox氏:
あっ、もちろんアドベンチャーもたくさん遊びますよ! 近年だと『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』の、プレイヤーを飽きさせない画面の細かい演出や仕掛けにはすごく感動して、本作でもかなり参考にさせていただいた部分があります。あとはえーっと……
林氏:
そんなに無理してタイトルを並べなくても大丈夫だよ(笑)。
ame氏:
(笑)。私の幼少期を振り返ると、父の友人に不思議なおじさんがいたんです。その人がある日突然、大量のゲーム機やソフトを持ってきてくれて。
小学生だった私のもとに、説明書もないまま『フロントミッション セカンド』【※1】や『サガ フロンティア』【※2】といった、子どもには難解すぎる名作たちがぽんと置かれたんです。なにが起きているのかまったくわからないまま夢中でプレイしたのですが、もしあのときおじさんがゲームを持ってきてくれなかったら私の人生はいまとは違うものになっていたかもしれません。
中高時代は『テイルズ オブ』シリーズ【※3】などに熱中していて、昔からとにかく「物語」が大好きでした。一時期ゲームから少し離れた時期もあったのですが、そのあいだも自分で小説を執筆したり、TRPGに没頭したり、物語の周辺からはずっと離れることがなくて。
※1『フロントミッション セカンド』
スクウェア(現スクウェア・エニックス)が発売したシミュレーションRPG。人型機動兵器「ヴァンツァー」を操り、近未来の過酷な戦場で繰り広げられる重厚な群像劇
※2『サガ フロンティア』
1997年にプレイステーション用ソフトとして発売されたスクウェア(現スクウェア・エニックス)の人気RPG。異なる目的を持つ複数の主人公からひとりを選び、自由度の高い「フリーシナリオ」でそれぞれの物語を進めていく
※3『テイルズ オブ』シリーズ
バンダイナムコエンターテインメントが展開する、日本を代表するRPGシリーズ。格闘ゲームのようにボタン操作でキャラを動かして戦う「リニアモーションバトルシステム」によるアクション性の高い戦闘や、アニメーションを駆使した王道の物語、魅力的なキャラクターが人気
その後、社会人として会社員をしていたころに、『OneShot』【※1】と『スカイリム』【※2】というまったく異なるふたつの傑作に立て続けに出会ったんです。そのときに「ゲームというメディアの表現力はこんなにすごいことになっているのか」と、文字通り雷に打たれたような衝撃を受けました。
もともと、『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』【※3】のような名作ノベルゲームも遊んでいたので、ゲームの中に「新しい物語の形式」があることは知っていました。ただ、当時はまだどこかで “小説の延長線上” という印象を拭いきれずにいたんです。それがいま、技術の進化によってゲームでしか味わえない、まったく新しい物語体験へと大きく生まれ変わろうとしている。その時代のうねりを肌で感じて、私はついに脱サラをしてゲーム開発の道へと飛び込む決意を固めました。
※1『OneShot』
猫のような特徴を持つ迷子「ニコ」の導き手となり、太陽を失った世界に光を取り戻すパズルアドベンチャーゲーム。ゲームの枠を超えた奇妙な仕掛けや謎解きに挑む
※2『スカイリム』
ベセスダ・ソフトワークスが手がける、世界的大ヒットを記録したオープンワールドRPG。プレイヤーは竜の血を引く主人公「ドラゴンボーン」として世界を脅かす邪悪なドラゴンと戦うだけでなく、緻密に作られた世界で「もうひとつの人生」を自由に生きることができる
※3『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』
1996年にPC向けに発売された伝説的なSFアドベンチャーゲーム。並行世界(パラレルワールド)を行き来する「A.D.M.S」システムを搭載し、失踪した父の謎と数多の次元にまたがる壮大な物語を描いた名作
入交氏:
私はかなり古い話になってしまうんですけど、小学生のころ、家に「PC-98」という黎明期のパーソナルコンピュータがありまして。フロッピーディスクで日本ファルコムの『イース』【※】などを遊んでいたのが私のゲームの始まりです。アドベンチャーゲームも、画面を見ながらキーボードで直接コマンドを英語入力するシンキングラビットさんのクラシックな作品を子どもながらにプレイしていました。
※『イース』
当時はフロッピーディスク数枚組で供給された初期の『イース』。ディスクアクセスを感じさせないシームレスな画面切り替えや古代祐三氏による美しいFM音源BGMが大きな話題を呼ぶ
そこから自分でプログラムを組む「BASIC」にのめり込んでいって、当時は『マイコンBASICマガジン』や『I/O』といった伝説的な専門誌を毎月むさぼるように読んでいましたね。子どものころは、本気で「将来は自分で新しいOSを作りたい」とまで夢見ていたんです。
……ところが、中学校に入ると、急にそういうものがすべて嫌になってしまいまして(笑)。
中学生にもなると、気づいちゃったんですよ。「アセンブラ(プログラミング言語)が使えたところで、学校の女子には1ミリもモテないんじゃないか?」という、あまりにも残酷な現実に(笑)。それよりも「バンド」だと。
一同:
(爆笑)。
ame氏:
「モテたくて音楽の道へ行く人」って、本当に実在するんですね(笑)。
入交氏:
そう、アセンブラじゃモテなそうだと思ったから(笑)。それで一気に音楽の方向へ舵を切って、中学からはひたすらロックやメタルを聴き漁るようになり、プログラムのコードからは完全に離れました。
ただ、思い返せば音楽の道へ進むきっかけをくれたのも、やっぱりゲームだったんです。当時『イース』などの劇伴を手掛けられていた作曲家の古代祐三さん【※】の音楽が本当に大好きで、ゲームの音を全部カセットテープに録音して毎日聴き込んでいたんですよ。「このゲーム音楽をバンドでやったら、めちゃくちゃカッコよくてモテるんじゃないか?」と思ったのが、私の音楽人生の原点です。
※古代祐三氏
『イース』、『アクトレイザー』、『世界樹の迷宮』などの楽曲を手掛け、初期のFM音源からオーケストラ調まで時代を牽引する革新的なサウンドを生み出し続けている
その後、紆余曲折あり、その間の20年ほどは長くなるので全部省きますが、運命のいたずらというか、コロナ禍をきっかけに、ゲームの世界に戻ってくることになります。ちょうど世界が止まってしまった時期に、名作『The Last of Us』【※】のパート1と2を立て続けにプレイして、「やっぱりゲームってすばらしい表現だな」としみじみ感動していた、まさにそのタイミングで声がかかったんです。
※『The Last of Us』
謎の寄生菌によって文明が崩壊したアメリカを舞台に描かれる、サバイバルホラーアクションアドベンチャーゲーム。映画のように重厚なストーリーと、過酷な世界でのリアルな人間ドラマが高い評価を受けている
──これ以上ない、完璧なタイミングでのスカウトだったのですね。
入交氏:
本当にそうですね。当時はコロナのせいで本業の舞台関係の仕事がなくなってしまい、とにかく時間だけは無限にあったので、引きこもってめちゃくちゃゲームをプレイしていました(笑)。
Achabox氏:
そうそう。本業がストップしちゃったから、星士さん確か『ペルソナ5』【※】を500時間くらい狂ったようにプレイしていたんですよね(笑)。
※『ペルソナ5』
アトラスが手がける大人気ジュブナイルRPG。昼間は普通の高校生として学園生活を送り、夜は「心の怪盗団」として腐った大人たちの歪んだ欲望を盗み出す二重生活を描く
入交氏:
ゲーマーに戻っていた絶妙なタイミングで誘われて、最初は「ゲームのシナリオを書いてほしい」と言われたんです。文章を書くだけなら本業の経験も活かせるからいいかなと思って軽い気持ちで引き受けたんですけど、気づけば「曲も作って」、「映像の演出もやって」と、あれよあれよという間に……。
ame氏:
気づいたときには、プロジェクトのど真ん中にどっぷりと巻き込まれていましたね(笑)。
Achabox氏:
全部できるのがおかしいんですけどね(笑)。
──名残惜しいのですが、そろそろ時間となりますので、最後に改めて本作の見どころをうかがいつつ、この記事を読んで本作に興味を持ってくれた方や未来のプレイヤーに向けて、おひとりずつメッセージをお願いします。
入交氏:
体験版(第1章)がありますので、理屈抜きでぜひ触ってみてほしいです。……でも、こんなシンプルなメッセージでいいのかな?
Achabox氏:
この作品のテーマって、すごく身近なものなんですよね。作中に登場する通話相手たちも、友だちであったり、家族、親子、あるいは婚約者や結婚相手だったり。誰もが人生で関わるような関係性の人たちばかりです。そんな、誰しもが共感できる身近な人たちに「電話を通じてそっと寄り添っていく」というお話なので、とにかくまずは最後まで遊んでほしい、本当にそのひと言に尽きます。
入交氏:
あっ、いまAchaさんが言ってくれた言葉を聞いていて、ハッとわかりました。
じつは「誰もが共感できる」という普遍的な言葉は、裏を返せば、この作品においてはちょっと危ないのかもしれない。万人受けするものって、結果的に誰の胸にも深くは届かないことがあるじゃないですか。
だから本作は、むしろ「世界中の、ごく特定の、どうしても届けたい誰か」にしか届かない可能性のある、すごく尖った作品だと思います。でも、いまこの記事を読んでいる「あなた」にこそ、決定的に突き刺さる可能性が極めて高い。
たとえば、子どものころに周囲に馴染めなくて音楽ばかり聴いていたとか、バンドに憧れたとか、アニメやマンガが大好きだったとか……そうやって、世界の片隅でずっと自分の「逃げ場」や「居場所」を探し続けていて、それをビデオゲームという表現に求めているような人たち。そういう人なら、このゲームの切実さがわかるはずです。
実際に中国やブラジルの展示会でも、確実にそういう「どこか孤独を抱えた人たち」のもとへ真っ直ぐに届き、激しく共鳴してくれました。日本の、そしてこの「電ファミ」を読んでいる皆さん。そう、いまここで「自分のことだ」と思った方のためのゲームだと思います。
林氏:
「あなたのための物語」だと。
入交氏:
そう。そういう、たったひとりの「あなた」に向けて叫ぶようなアプローチでないと、このゲームは届かない気がしているんです。
Achabox氏:
私がこのゲームを作ろうと思った出発点には、かつてコロナ禍の底で「誰かに私の話を聞いてほしかった」と切実に願っていた、孤独な自分がいました。私はこのゲームという物語を描くことで、自分自身が救われた感覚があるんです。
きっと皆さんの中にも、「あのとき誰かにこれを聞いてほしかった」「誰かと話したかった」という夜が、1回くらいはあると思うんです。いままさにそういう寂しさを抱えている人にも遊んでほしい。
本作は、誰もが通り過ぎてきた「あの日の孤独な気持ち」を呼び起こすゲームになっています。話を聞いてほしかったあのころの自分、あるいはいまの自分。そんな「あなた」に、ものすごく深く刺さるゲームになっていると思うので、ぜひ受け取っていただけたらうれしいです。
ame氏:
ひと言で表現するなら、これはやっぱり「傾聴(耳を傾けること)のゲーム」なんです。
プレイヤーがなぜ、受話器の向こうの相手の話をじっと聴くのか。それは、そのキャラクターと心で繋がり、「絆」を結ぶためです。だからこそ、このゲームは、あなたの目の前にいる大切なキャラクターたちとあなたが本物の絆を結べるように、システム、グラフィック、シナリオ、音楽のすべて、開発チームの総力を結集して作った作品です。ぜひ、受話器から伝わってくる温かい絆を感じてみてください。
林氏:
私はこの作品を、いまを生きる「大人の人」にこそ、最後までじっくりと体験してほしいと思っています。ゲームという形を借りてはいますが、これは傷ついたことのある大人のための、優しくて切ない「絵本」のような作品です。気になっている方はぜひ、最後の最後までページをめくってみてください。
Achabox氏:
本当はここで、本作の核心に迫るような最高のキャッチコピーを叫びたいところなんですけれど、それを言ってしまうと致命的なネタバレになってしまうのが、本当にもどかしい……!
入交氏:
じゃあ、におわせる感じで言ってみたら?(笑)
Achabox氏:
難しい! だからこそ私たちは「世界最後の話し相手」という言葉を掲げているんですけれど、最後までプレイしていただくと「ああ、世界最後の話し相手って、そういう意味だったんだ……!」と、驚いてもらえる仕掛けになっています。
だから、その、つまり……ッ。
一同:
…………。
Achabox氏:
ダメだ、表現できる言葉がないです! 諦めました!(笑)
──このチームの「絶対にネタバレをしない!」という強い意志を感じました。やはりまずは体験版をぜひプレイしていただきたいですね。(了)
インタビューを始める前、筆者の頭にはずっと「このゲームの魅力は、なぜこうもひと言で表しにくいのだろうか」という疑問があった。
しかし、その答えは彼らの口から語られていた。大切な人を失ったときの言葉にできない喪失感。コロナ禍の閉塞感の中で「誰かと話したい」と切実に願ったあの夜の孤独。そして、画面の向こうの誰かと繋がることで、確かに救われたあの瞬間の震えるような感覚。
到底、ひと言では片付けられない生々しい感情から着想を得た物語が、安易なキャッチコピーに収まるわけがなかったのだ。
それを「究極の1点物」として仕立て上げるため、3人のクリエイターがどれほどの熱量でこだわりをぶつけ合い、極限の制約の中でひと針ひと針を縫い進めてきたのか。その泥臭くも純粋な制作の軌跡に、ひとりのゲーマーとして激しく胸を揺さぶられた。
本作『シュレディンガーズ・コール』は、きっと「誰かに教えたくなる」ゲームだ。もしこの記事を読んで少しでも興味を持っていただけたなら、まずはあの受話器を取ってみてほしい。






















