この女、あきらかにやばい。でも可愛くなってくる
「まず、ここにわたし(メェイ)、メェィスメル、わたしぃ、メスメル……。イヒッ。教団のメンバーは、いまはふたりとも会うことあたわざるも、ミルフィ。専門は薬草学と動物使役。そしてマラディ、専門はポーション調合と魔法科学、、、。」
この女、あきらかにやばい。
自分の名前をはじめて相手に伝えるのに、言葉遊びなのか、舌をかんだのか、よくわからない感じでへんに言うし、すごく早口で喋るし、イヒッとか言うし、まだ会ったばかりなのにここにいない人の話をしているし、陰キャみたいな読点の連続をつかう。
だが、そのボディ・ランゲージはじつに伸び伸びとしていて、生きることにまったく夢中になっている、純粋な少女の雰囲気もある。
リビングの振り子時計にインタラクトすると彼女は、「チクタク……チクタク、、、」とつぶやきながら楽しそうに、ワルツのリズムでくるくると回る。
「ああ、あなたに力の使い方を教えられるのが、とっても楽しみ!」などと言う。
早口のうちにも、たまにものすごく古めかしい英単語を使う。
論理的思考能力も、充分である。
彼女、魔女メスメルには、なんともいえぬ、ひとによっては邪悪と定義しかねない、独特の魅力がある。
たとえていえば、いつも学校の図書室の隅っこにいて、ぶあつい本をフヒフヒ言いながら読んでいる、やばそうな女子の魅力だ。
「おまえそれ、なに読んでんの?」と、つい声をかけたくなるような、陰の者の引力がある。
それも、じつに強力だ。どうしてか、目が離せない。
見ているうちに、なんだか可愛くなってくる。
「キッチンで待ってるわ。おいで、、、そのまえに、あたしたちのおうちをご覧になってもいいわよ、、、イヒッ。」
と言いのこし、メスメルは去る。
ところで、「おうち」のリビングは蝿だらけであり、天井には木のツタがはびこっていて、二階につづく階段は書物に埋め尽くされて通行不能であり、ばかでかい振り子時計には長針も短針もなく、カーペットのデザインは全てを見通す目で、壁にかけられた十字架はひん曲がっている。
ビデオゲームは嗅覚を伝えないが、もし伝えたとしたら、この家、すごくへんな匂いがする。
あなたの意志力の表象であるマウスカーソルが、画面左上の「逃げ出す」を思い出す。
しかし、いつでも「逃げ出す」ことができるなら、もうすこしだけ、見ていってもいいのかもしれない。
そう思って、そこらにあるオブジェクトにインタラクトする。
陰は陰だが、種々の魔術的な表象がおもしろくもある。
そうして気持ちをつくったあと、いよいよキッチンに向かう。
メスメルはちゃんと待っている。
じつに丁寧かつ情熱的な魔術の基礎知識の講義のあと、彼女はあなたの「力の使い方」のレベルをはかり、それがとても小さなものであることを知る。
そして彼女はおもむろに、ピンク色の液体のつまったフラスコ瓶をあなたに差しだす。
「これを飲めばあなたの〈力の使い方〉を力そのものも一緒にサプリメントしてくれるはずだよ、、、」
あなたは画面左上を見る。
「逃げ出す」のボタンは消失している。
選択肢があらわれる。
飲むか、飲まないかだ。
このあとは、たぶんネタバレだと思うから、言わない。
知りたかったら、じぶんでやってほしい。
だが、
飲むと、こうなる。
ダメ。ゼッタイ。
魔術とは、信じれば叶うということ
ここからのお話をまとめて言うと、あなたがメスメルに魔術を習っていく、そのうちに、彼女があのような新聞広告を打ったほんとうの理由が明らかになっていく。
オカルトでない論理構造で、なるほどとわかる理由づけも、ちゃんとなされている。
だが、このゲームの肝は、やはり魔女メスメル当人の、心そのものだ。
彼女はじつに怪しいが、その怪しさがたまらない魅力であって、しかも彼女はあなたの師匠として、じつに熱心にあなたを教え導いてくれる。
その胸中に、どんな目的を隠しているとは知れぬにせよ、あなたとともに魔術を極めたいという情熱は、たしかなものであるようだ。
だが、しかし。
ほんとうに、魔術なんてもの、あるのだろうか。
へんな夢をみたあとに、家が火事になったというのは、魔術のあらわれなんかでは全然なくて、たんにわたしが火の始末を忘れただけではなかったか。
そうした種類の基本的な疑念がだんだんと高まり、プレイヤーが自由意志でポイント・アンド・クリックするにつれて、やがて魔女メスメルの心の在処をみつけるにいたるお話は、それじたいが、そこにある現象そのものを信じるという、もっとも普遍的かつ最高度の魔術の、的確な実践となっている。
したがって、この作品は世に数多くあるグリモワール(魔導書)のうちでも、最高の入門書のひとつだ。
魔術についての筆者の見解をひとつ。
オカルトな話をしているとき、「魔術ってほんとうにあるの」というひとにたいして、「きみがここにこうして生きていること、それじたいが魔術じゃないか」とこたえると、たいていのひとは、にっこり微笑むか、ぷんすか怒る。
したがって、魔術は実在する。
Q.E.D.。
(補足すると、この文章は魔術である。このゲームも魔術である。この世界もあなたの実在も、ぜんぶ魔術である。)
魔術とは、一言でいえば、信じれば叶う、ということである。
信じて叶ったサンプルケースをあつめ、帰納して実証しようとすることである。だから科学だ。
信じて叶う例など、巷にあふれている。たとえば、いまちょっといい雰囲気のあの子と、明日お話をしたいなと思い、実際にそうするのは、ごくあたりまえに、誰もが使っている魔術である。
だが、あまり高望みだと、むずかしい。
たとえば、数多の絶世の美女と何百人も子孫をつくりたいと思い、実際にそうするには、莫大な心的エネルギーと、効率的な術式を要する。
ある魔術(Magick)の難易度を計るなら、現実と対象との時空間上の距離をかけ算した値を、術者の心的エネルギーと術式の効力を足した値で割ればいい。
方程式であらわせば、D = dt/(w + r)【※】だ。
※D – Difficulty, d – Distance, t – Time, w – Wish, r = Ritual
成功するかどうかは、そうして算出された難易度(ディフィカルティ)と、術者の実力(アビリティ)を突き合わせればよい。
A > D なら成功、 A < D なら失敗である。
さて、なんの話だったか。
いや、魔女メスメルのように理論ばかり追求するのは、ほどほどにしよう。
話はかんたんだ。実際にゲームをプレイして、彼女の魔術にかかってみればいい。
彼女の名前のスペルはMESMERで、これはMesmerize(魅了する)という動詞を思わせる。
しらべてみたら、むかし、メスメルという「心理誘導術師」が、十八世紀のドイツにいたらしい。
このひとが、Mesmerizeという単語のもとになったのかどうかまでは、筆者は知らない。
なんにせよ筆者は、MESMERにMesmerizeされている。
長調よりも短調が好きで、四拍子よりも三拍子が好きで、存在しない時計の針にあわせてくるくる踊り、さいごのときにはすてきなお別れのピアノを弾いてくれる彼女に、まったく魅了されている。
彼女とおなじように、じぶんも魔術を使えるのかも知れないと、信じてしまうほどに。









