タイトル名:Truck-kun is Supporting Me from Another World?!
プラットフォーム:PC(Steam)、Xbox Series X|S
開発元:Strange Scaffold
販売元:Frosty Pop, Strange Scaffold
発売日:2026年7月29日
価格:2,300円
概要:「異世界転生ものでトラックに轢かれるアレ」がゲームになった。ドライビング×オートバトラー×ビジュアルノベルという誰も注文した覚えのない謎のハンバーガーだが、なぜかうまい。
「異世界転生もの」の特徴は、とにかく速いこと
主人公がトラックに轢かれる。
天国の門にて上位存在による審問が行われたのち、主人公が半ば強制的に生まれ変わる。
右も左もわからずにいると、色々あって、おもむろに前世の特技が開陳、発揮、効能される。
これが「異世界転生もの」の骨子である。
このジャンルのきもは、こいつはどういう人間だ、と視聴者がわかったその瞬間、主人公がトラックに轢かれるところだ。
すると、視聴者の同情もいっしょに異世界に転送される。
それによって、異世界でがんばる主人公が、よく見える。
人間が物語にフックされるまでの仕組みの種別がジャンルだが、「異世界転生もの」の特徴は、とにかく速いこと。
だからあなたが『Truck-kun is Supporting Me From Another World?!』で運転することになるトラック、「Truck-kun」は、「異世界転生もの」のジャンルがもっている、フックの速さを比喩している。
どれくらいの速さかといえば、歩行者だらけの都市部で120km/hを出しながら、同時に三つのミッションをこなす。
現世で通行人を轢くほど、異世界の彼女が強くなる
なぜミッション(使命)をこなすかといえば、あなたがドライバーであるところの「Truck-kun」が、ホワイトカラーの仕事に燃えていた彼女を、ある日のこと、うっかり轢いて、異世界へと送ってしまったからである。
どういう理屈でかはわからないが、彼女は死後、あなたの表象であるトラック・ドライバーにむけて、パーソナルな通信をくれる。
それも、画像つきだ。
生前には明るい茶髪、普通の耳、オフィス・スーツだったいでたちが、いまや明るいピンク髪、エルフの長耳、防御力の高そうなヘビー・アーマーを身にまとい、現世でもっと通行人を殺せと、あなたにむかってがなり立てる。
筆者はテキストを進めるボタンを連打しながら、その経緯をよんだ。
ために、よく理解していないから、間違っているかもしれない。
だが、どうも、彼女が転生してしまった異世界から現世に帰還するには、「スケルトン・キング」なるものを倒さねばならないらしい。
なぜかというに、転生先の世界と現世を繋ぐポータルを、そいつが塞いでしまっているからである。
しかし「スケルトン・キング」の実力は、あなたが轢いてしまった彼女のいまの実力の、はるかうえである。
したがって、「レベル上げ」をせねばならない。
「レベル上げ」のためには経験値が要り、経験値のためにはモンスターが必要である。
そしてモンスターの供給は、プレイヤーであるところのあなたの「現世」で通行人を轢き、その魂をスライムなどのモンスターに転生させることで成る。
それらのモンスターを倒して、彼女はレベルを上げる。
また、異世界における彼女の必殺技ゲージは、あなたが現世で破壊した、公共的な無機物と紐づいている。
あなたがビルボードや、テラス・テーブルや、プラスチックの樽や、電柱を轢いてぶちこわすたびに、異世界にいる彼女のSPゲージがじわっと貯まり、必殺技でモンスターたちを倒して強くなれる、というしくみである。
この現象に該当する日本語は、冥助【※】だ。
※冥助(みょうじょ)……神仏が目に見えないかたちで与える助け、加護のこと。
かくして、画面のほとんどは『グランド・セフト・オート』ないしは『クレイジー・タクシー』的である3Dドライビング・ゲームであり、画面下半分は『ファイナル・ファンタジー』シリーズのドット絵を彷彿とさせるキュートなオートバトラーであり、そして、それらのゲームの進捗度と物語をプレイヤーに伝えるときには唐突なカットインからの古典的ビジュアルノベルである、という、誰も注文した覚えのないジャンル混交のハンバーガーがここに完成してしまったわけだ。
誰も注文した覚えのないジャンル混交のハンバーガー
しかし、インディーとは、そんな注文をした客はひとりもいないのにかかわらず、たとえば、バンズのかわりにフライド・チキンを用いてみたらうまいんじゃないかと発想し、その発想があんまりうまそうなので、実際に試さずにいられなくなってしまった馬鹿者どもの実験場である。
そして、本作の作者であるこの愛すべき馬鹿どもは、フライド・チキンもミートパテも野菜も、それぞれになかなかのうまさのものを出している。
料理としてすごいのかどうかはよくわからないが、ジャンルの異なる三種のネタがそれぞれに独立してうまいために、口に放りこんで噛んでいたら、混ざってきて、うまい。
が、それは料理としてうまいのか、それとも諸要素がそれぞれに独立してうまいのか? と、批評家を悩ませるような曲芸的ハンバーガー、それが本作である。
もちろん、ゲームとして、諸要素はどれも、それなりにうまい。
画面下部のオートバトラーのピクセルアートはよくできているし、唐突に挿入されるビジュアル・ノベルの温度感もちょうどいい。
プレイヤーのリソースの多くを要求する、都市破壊のドライビング・ゲームの部分は、いい塩梅の広さのマップを隅から隅まで使わせるように、わかりやすいミッションを短いテンポで繰りだす。
たとえば、「ビーチ・チェアを二十脚轢け」というミッションが点灯したら、やはりビーチに向かうのがいちばんいい、といった大局的判断を、たえず要求する。
そこで必要な運転技術とマップの記憶とをつねに試すのが、これもちょうどいい長さの、時間制限である。
じつはこの時間制限、無視したところで大目標の進捗度にはかかわりがないのだが、目標を細かく区切ってくれるので、プレイにめりはりがつく。
そうして、けっこう熱中してプレイしているうちに、だんだん物語が進んでいく。
その物語はといえば、努力がわかりやすく報われる異世界のほうが楽しいと悟ってしまったヒロインが、それでも現世に帰ってきてほしいという主人公の思いに応えるもので、語り口は軽いけれども、構造はなかなかロマンチックだ。
思い返すほどに、ものすごくよくできたゲームなのではないか、という気がしてくる。
新しい教科をつくったわけではないが、全教科オールA、といったようなゲームだ。
そして、愛すべき馬鹿どもの実験場であるインディーの場において、わけのわからぬ奇想の開陳にとどまらず、とにかく最後までストレスなくプレイさせてくれるゲームであることは、貴重だし美徳だ。
休日に、頭をからっぽにしてプレイするのに、丁度いい。
閑話だが、「Truck-kun」という言葉は、英語圏において、一般名詞として通じる。
ただし、インターネット上のごく限られた一部、Redditという掲示板の、それもとくに「異世界転生もの」の話題のみを扱う部署においてのみである。
そこにおいて彼らはすでに、「異世界転生ものの第一話で主人公を轢くのはたいていトラックだ」という事実に注目し、そこから抽出した「軽トラ」の概念をひとつのキャラクター(「Truck-kun」)にしたてあげ、ヘッドライトに萌える感じの目玉を貼り付けることまでした。
それはよかったが、あとはただ、ひたすらにミームを作ったり、「トラックくん」を運転していたドライバーの運命は主人公を轢いたあとどうなったのか、といった神学的議論をしたりと、ろくでもないことばかりやっている。
そうした文化を背景に生まれてきたゲームが、これくらいちゃんと遊べてしまうのは、インディーゲームの、というか、インターネット文明ぜんたいの爛熟、といってよい。
みなさん、今日も安全運転でいきましょう。




