『ステラソラ』のメインストーリーが、とんでもないことになっている。
とくに第八章が、あまりにもよかった。
※記事掲載直前に第九章が公開された。この記事では触れないがおもしろすぎた。
なにがそこまでいいのか。ひと言でいえば、「バッドエンド」だ。第八章で描かれたバッドエンドが、実装から1ヵ月半以上たったいまも、脳裏から消えてくれない。

『ステラソラ』のストーリーには選択肢があり、選んだ答えによって展開が変わる。もっとも、その大半は登場人物の行動が少しばかり変わる程度で、物語の本筋は揺らがない。
ただし、ごく一部に例外がある。主人公が命を落とすバッドエンドへ直行してしまう選択肢だ。とは言いつつ、第七章まではこのバッドエンドもスパイス程度の存在感だった。
ところが第八章で、そのスパイスが劇薬に化けた。
「やってくれたな(歓喜)」
「やってくれたな(悶絶)」
読み終えたあと、ふたつの感情が同時に押し寄せてきた。物語としては、もちろんよかった。そして、めちゃくちゃ胸が痛くなった。
声を大にして言いたい。みんな……『ステラソラ』のメインストーリーを第八章まで読んでくれないか!
しかも、だ。この記事を書いているあいだに、メインストーリー第九章の追加が発表された。
第九章のPVを見てほしい。不穏でしかない。お祝いムードのはずの1周年を目前にして、これである。既存プレイヤーの多くは、この先どうなってしまうのかと震えているのではないだろうか。

このゾクゾクを、自分たちだけで味わっているのはもったいない。
まだプレイしていない人とも、リリース時に触ってお休みしている人とも、第八章のバッドエンドを、そしてその先に待つ不穏な物語を……いっしょに体験したい。そんな思いで、この記事を書いている。
とはいえ、第八章のバッドエンドは、とんでもないネタバレのかたまりだ。そこでこの記事は、次の3幕にわけて進めていく。まずは、ネタバレなしでストーリーの魅力を紹介するパート。次に、第七章までのネタバレを含むパート。最後に、第八章のネタバレを含むパートだ。
なお、ネタバレなしのパートでも、物語の導入部分や、キャラクター同士の関係性には触れている。本当にまっさらな状態でストーリーを楽しみたい人は、いますぐブラウザバックして、『ステラソラ』のストーリーを読んでほしい。
文/竹中プレジデント
※この記事は『ステラソラ』の魅力をもっと知ってもらいたいYostarさんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。
Q.そもそも『ステラソラ』ってどんなゲーム? A.景色のいいゲーム
『ステラソラ』はどんなゲームか。
ひと言でいえば、景色のいいゲームである。
……と言いたいところだが、まずは基本から押さえておきたい。
『ステラソラ』は、Yostarが贈るファンタジーRPGとして、2025年10月20日にサービスを開始した作品だ。
バトルは見下ろし型のアクション。操作する主力キャラひとりに、支援キャラふたりを加えた3人チームで戦う。そこにローグライト要素が組みこまれていて、「星ノ塔」を探索するたびに手に入る強化が変わり、毎回違う育ちかたになる。
星ノ塔で作成した記録(編成データ)を使って、ほかのコンテンツを攻略していく……というのがゲームサイクルだ。
と、ここまでがまじめな説明である。
では、このゲームのいちばんの魅力はなにか。第八章が公開される前なら、筆者は迷わず「主人公(女性を選んだ場合の「魔王ちゃん」)」と答えていた。とにかく、かわいすぎるのだ。
その魅力は、開発陣もよーーーく理解している節がある。
魔王ちゃんは、表情差分がやたらと豊富だ。笑う、照れる、ドヤる、悪い顔をする。衣装差分も多く、水着姿も披露している。エイプリルフールの特別動画では、バニーガール姿を披露したうえ、3Dモデルでも登場し、声もついた(CV:飯田ヒカルさん)。
主人公にここまで手間をかけるゲームは、なかなかない。
もちろん、ほかのキャラクターたちも魅力的だ。このあたりは、さすがのYostarといったところだろう。
とくに、キャラクターを見せる仕組みが充実している。信頼度を上げると見られる、ボイスつきの特別なシーン「フォトメモ」。ストーリーの合間に差しこまれるスチル(1枚絵)。限界突破の画面「心相」で見られる、無防備な姿。「景色のいいゲーム」というのは、嘘ではないのだ。



そもそもYostarのゲームを遊んで、かわいさとフェチが出てこなかったら、それはとんかつ屋でとんかつが出てこないのと同じである。一揆ものだ。
その点、『ステラソラ』は期待どおりのものをしっかり出してくれる。一揆の心配はいらない。
この子たちの絆、尊すぎないか?
ここからは、ネタバレなしでストーリーの魅力を紹介していきたい。……と意気込んだものの、これがなかなか難しい。ネタバレを避けると、どうしてもふわっとした表現になってしまう。そこは、どうか許してほしい。
気をとりなおして。リリースから第八章が公開されるまでの約10ヵ月、筆者にとって『ステラソラ』のストーリーは「キャラクターがかわいい物語」だった。
燃える展開は、しっかりある。それでも真っ先に語りたくなるのは、キャラクターたちのことだ。いま思い返しても、場面より先にキャラクターの顔が浮かぶ。そういう作りだった。
その魅力の軸になっているのが、キャラクター同士の「絆」だ。もう少し欲望にまみれて表現すると「なんかいい匂いがしそう」な関係性なのだ。
まずは「空白旅団」。アヤメ、コハク、セイナの3人は、記憶を失った魔王を見つけ、最初期から旅をともにしてきた仲間だ。
3人は孤児院「ヒナギクの家」で育ったこともあり、距離感はまるで家族。寝るときもいっしょで、言葉にしなくてもお互いのことをわかっている空気がある。3人が並んで笑っている姿を見るだけで、頬がだらしないことになってしまう。

そんな3人は、主人公のことを「魔王さん、魔王さん」「ボス、ボス」と慕ってくれる。
いっしょに寝たり、ともに潜入捜査をしたり、いっしょに寝たり……。章を追うごとに、その絆は深まっていく。
続いて、第三章から本格的に描かれる「花咲旅団」。
「自分たちの居場所を守りたい」という、ささやかな願いから生まれた小さなギルドだ。もともとのメンバーはカエデ、ナズナ、ナツカの3人で、そこに新入りのフユカが加わった。

ところが、物語に登場した時点で、彼女たちの仲はこじれている。メンバーのひとりだったナツカが花咲旅団を離れ、新たに討伐隊を編成しているのだ。ともに過ごした時間を忘れたかのような、よそよそしい空気が流れ、ナツカはかつての仲間に「裏切り者」とまで呼ばれてしまう。
それが彼女たちの本心ではないことは、見ているこちらにも伝わってくる。それでも、すれ違いは止まらない。もどかしい。もどかしすぎる。この4人がどうなっていくのかが、第三章から始まる物語の本筋だ。
最後に、第五章から本格的に登場するフィレン。とにかく、めちゃくちゃいいキャラクターなのだ。
……なんだけど、フィレンと、とあるキャラクターの絆について語ろうとすると、ものすっごいネタバレになってしまう。なので、お気に入りの表情を置いて、ごまかしておく。

ちなみに筆者は、主人公を女性(魔王ちゃん)にして遊んでいる。そのぶん、感じかたに偏りがあるかもしれない。
それを差し引いても、プレイしながらつい笑顔になってしまう。そんな癒やしの物語だと感じている人は、少なくないのではないだろうか。これも間違いなく、『ステラソラ』のストーリーの魅力である。
※ここから先は、第七章までのネタバレを含みます。
『ステラソラ』には、主人公が死ぬ選択肢がある
そんな『ステラソラ』には、ちょっと変わったシステムがある。選択肢によるストーリー分岐と、その先に待っているバッドエンドだ。

この仕組み自体は、ビジュアルノベルでは珍しいものではない。多くの作品に搭載されてきた。選択肢によって攻略するヒロインが変わったり、結末が変わったりする。悲惨な結末を経て、後悔しながらハッピーエンドを目指す構成の作品もある。
一方、運営型のゲームでは、物語は基本的に一方通行だ。作中で選択肢が出ても、物語の流れに影響しないケースがほとんどだろう。本作の選択肢も、大部分はこの形に近い。
ただし、ごく一部の選択肢はバッドエンドに直結している。このバッドエンドでは、主人公が命を落とすか、それに近い結末を迎える。
モンスターに襲われる、後頭部を殴られる、首を絞められて植物状態になるなど、その経緯はさまざまだ。結末に至るまでの様子は、ダイジェストのように描かれる。
バッドエンドに到達したあとは、選択肢の手前に戻ってやり直せる。これは単なるゲーム上の仕様ではなく、物語の設定とも結びついている。主人公には死に戻りのような力がある。死亡後は「白い部屋」で反省会を開き、その未来を避けるように行動を変えていくのだ。
こうして書くと、なかなかに壮絶だ。実際、主人公はひどい目にあっている。
とはいえ、第七章までのバッドエンドは、そこまで存在感があるわけではなかった。選択肢を間違えたときに見られる、もうひとつの結末。見終わればすぐにやり直せて、本筋に戻っていく。
だからこそ、主人公が悲惨な結末を迎えていても、「ありえたかもしれない未来」として、一歩引いて見ていられた。少なくとも筆者はそうだった。
※ここから先は、第八章のネタバレを含みます。
第八章の爆弾は、バッドエンドに仕込まれていた
だが、第八章は違った。
そもそも第八章は、読み進めている最中から「なんだか気合いが入っているな」と感じる章だった。とくに、過去のエピソードが描かれる「追憶」パートには、すっかり心をつかまれてしまった。
アヤメ視点の追憶では、アヤメ、コハク、セイナの3人が孤児院「ヒナギクの家」でどう過ごしてきたのか、アヤメが抱えるコンプレックス、そして3人が空白旅団になるまでの流れが描かれる。
ずっといっしょに旅をしてきた3人だ。こちらとしても、もう家族みたいなものである。そんな3人の過去を知れる話が、よくないわけがない。
エリー視点の追憶で明かされるのは、エリーが「ママ」になるまでの物語だ。
「ヒナギクの家」のママであるエリーは、かつてターフェアイトという名で、最強の戦闘マシーンとして恐れられる存在だった。物語は、そんな彼女が孤児院で赤ちゃんの面倒をみるところから始まる。

アヤメの名付け親がエリーだったこと。もともとの彼女が、1ミリもママらしくない性格だったこと。アヤメ、コハク、セイナを育てていくうちに、彼女自身も少しずつ変わっていったこと。そして、ママとして子どもたちを守るために、自らの記憶を犠牲にしたこと。
追憶では、そうした彼女の歩みが描かれていく。これが、じんわり沁みる。
どちらも、いい話だった。そんな追憶を堪能して正規ルートを読み終えたときは、「第八章もよかった。次章が楽しみだ」と満足していた。
ところが、だ。あくまで個人的な所感ではあるが、第八章のピークはバッドエンドにあった。
第八章のバッドエンドでは、主人公と空白旅団の3人が無残に死んだあとの世界が、丁寧に描かれていく。
復讐に走るエリーの姿は、あまりに痛々しい。幻覚や幻聴に苛まれ、明らかに正気を失っていく。それでも、狂っていく気持ちが、わかってしまう。
これまでダイジェストのようだったバッドエンドを、なぜここまで事細かに描くのか……。しかも、ボイスによる演出まで用意されている。なかでも鼻歌は、しばらく忘れられそうにない。
主人公がやり直せる物語だからこそ、最悪の未来をここまで描き切れたのだと思う。このバッドエンドは、ぜひ実際に体験してほしい。
正直に言うと、第八章を語りたいと思う動機の8割くらいは、このバッドエンドにある。それくらい、深い爪痕を残していった。
見ていて苦しかったし、つらかった。それでも、この描写を見たからこそ、正規ルートのありがたみを噛みしめている自分もいる。
筆者は、正規ルートを読み終えてからバッドエンドを見た。だが、これから第八章を読む人には、むしろこの苦しさを味わってから正規ルートに向かってほしいとすら思っている。
第八章のバッドエンドを見たあとで正規ルートに戻り、空白旅団の3人とエリーのやりとりを目にすると、いろんな感情が湧き上がってくる。絶望の味が濃ければ濃いほど、希望の味は深くなる。昔から、物語とはそういうものだ。
そして、第八章でこんなものを見せられたもんだから、第九章でもバッドエンドを期待してしまっている自分がいる。
第九章の実装に先がけて公開されたPVには、不穏な映像が紛れこんでいた。

アンジュ……! お前……!!
彼女の名前はアンジュ。主人公を本気で殺そうとしているキャラだ。彼女がいることで物語に緊張感が生まれている。
最初にイラストを見たときは清楚でかわいい女の子だと思っていたのだが、実際はまるで違った。むしろ、いまではこの狂気じみた感じがたまらない。
いまのストーリーの様子だと、すぐさま仲間になるのは難しそうだ。それでも、美少女ゲーム的な禊(みそぎ)イベントを経て、2周年か3周年あたりでプレイアブル化してほしい。そう願ってしまうくらいには、好きなキャラだ。
この物語のひりつきも、不穏さも、全部きみのおかげなんだ。アンジュ、もっと暴走してくれ。
『ステラソラ』は、2026年10月20日にサービス開始1周年を迎える。
その1周年を目前にした9月29日には、第九章の公開と同時に、第八章のバッドエンドで強烈な印象を残したエリーがガチャに登場した。
エリーのイメージPVを見た瞬間、あの悪夢がよみがえった。本来なら「ママー! ばぶばぶー!!」と大はしゃぎしているところだ。それなのに、頭の中であの鼻歌が勝手に再生されて、身体が震えている。
頼むから、ハッピーなエピソードで上塗りさせてほしい。
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