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東京大学教授・脳科学者 池谷裕二氏が語る“ホラー”がエンターテイメントたり得る理由

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 「人はなぜ恐怖を感じるのか?」――これはわかりやすい。

 恐怖は、自分の生命を脅かすモノに対峙したときに逃げたり戦ったりなどの選択を迫るシグナルだ。

 では、「人はなぜ恐怖をエンターテイメントとして楽しめるのか?」――これはなかなか難しい質問だ。

 作り物だから? いやいや、楽しめる理由はそれである程度説明できても、あえて怖がりにいく理由がわからない。さらに、大いに楽しむ人もいれば、まったく受け付けない人もいる。

 見回してみれば、小説に、映画に、遊戯施設に、そしてビデオゲームなど至るところにホラーコンテンツは満ち溢れている。心理学的な見地からは語られることも多いホラーだが、これを楽しんでいるときに自分には何が起きているのか、なぜ積極的に楽しもうとするのか。

 これらを知りたくて、今回は神経科学・脳科学の専門家、東京大学薬学部薬品作用学教室の池谷(いけがや)裕二教授に話を伺った。すると……僕らが恐怖を楽しむ行為は、ビールやコーヒーを美味しく感じることや、痛みに快感を覚えたりパンツに興奮したりという倒錯と深い繋がりがあるという。それはいったいどういうことなのか?

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池谷裕二教授

 池谷さんは『進化しすぎた脳』、『単純な脳、複雑な「私」』(ともに講談社)を始め、『脳には妙なクセがある』(扶桑社)、『脳はなにかと言い訳する』(新潮社)、糸井重里氏との共著『海馬 -脳は疲れない』(新潮社)など、脳に関する研究の最前線をわかりやすい形で読み手に伝えてくれる研究者だ。自分の脳をホラーのように切り開いて見られない僕らの代わりに、氏に仕組みを語っていただこう。


――本日は、ホラーゲームをプレイして恐怖を感じているときにプレイヤーの脳では何が起きているのかを、池谷さんの専門である神経科学・脳科学の見地からお伺いしたいと思っています。ちなみに、池谷さんはゲームをされるのでしょうか?

池谷裕二氏(以下、池谷氏):
 いまはまったくしませんが、昔は人並みにしていましたね。
 ホラーなら、『バイオハザード』の1作目はやりましたね。『2』もやったかな。怖いですよね。
 あとは、亡くなられた飯野(賢治)さんの『エネミー・ゼロ』は遊びました。ただ、『エネミー・ゼロ』がホラーかどうかはわかりません(笑)。

――もし生きていれば飯野さんは、池谷さんと同い年でした。東京大学の教授をしている方ということでおそるおそるやって来たのですが(笑)、ふつうにゲーム世代の方なんですね。

――さっそく伺いたいのですが、そもそも私たちは、なぜわざわざホラーを楽しむのでしょうか。

池谷氏:
 まさにその理由を調べた研究があります。この論文です。

 2007年に学術誌JOURNAL OF CONSUMER RESEARCHに発表された“ネガティブな感情の消費”という論文です。ここでは「人がなぜホラーを楽しむのか」について、3つの方向から説明しています。

 まずひとつ目は、「終わった後が気持ちいいから、見終わった後にスッキリするから」という、アフターマスモデル「Aftermath based models(事後モデル)」という分類です。

――ああ、お化け屋敷を出た瞬間の、あのなんとも言えない爽快感ですね。とてもわかります。

池谷氏:
 そして、もうひとつは「Intensity based models(強度モデル)」といって、これは単に「人によって怖さの感じかた(sensitivity)は違う」と言っているだけです。このモデルでは恐怖を感じにくいタイプの人が一部にいて、そういう人たちがホラー映画を積極的に楽しむ傾向があるようです。

 そして最後のモデルは、皆さんが想像しているものと、きっと異なるメカニズムだと思います。「co-activation model(同時活性化モデル)」と言って、人間は不快感と同時に快感を覚えるのだというモデルです。

――と言いますと?

池谷氏:
 つまり、恐怖を感じることと快を感じることというのは、脳の中の回路でどちらかが上がれば反対が下がるというシーソーのような関係にあるのではないんです。じつは脳はいいものも厭なものもあまり区別しておらず、同時に活性化させているんですね。

――ではホラーが好きな人も快感を覚えると同時に、じつは怖がっていると。

池谷氏:
 たとえば、手元からお金が出ていくとき、我々は損をしたような不快感を覚えるわけですが、じつは快感神経も同時に活動しているんです。後者が強いと、ショッピングでお金を使うことに快感を覚えます。

――ああ、ソーシャルゲームの「ガチャ」なんて、まさにそういう楽しさがある気がします。

池谷氏:
 身体で言えば、針を刺したときは痛みの神経が走りますが、それと同時に「快感」の神経もいっしょに働くんですね。これは下行性抑制神経と言って、感覚器官から痛みの信号が伝わる経路を途中でブロックする働きをしており、「痛くない」という思いを刺激してくれるんです。

 こうなった理由は、人間が痛みを感じるだけだと非常にマズいからだと考えられます。痛くないと思う神経も同時にないと生存に不利なんです。

――痛いだけのほうが危険がわかっていい気もしますが……それはなぜでしょうか?

池谷氏:
 たとえばライオンに追いつかれて囓られたとして、そのとき痛みにうずくまっているとそのまま食べられてしまいますよね。囓られて痛かったら、負傷したことは認識しなければなりませんが、それと同時にしばらく痛みを止めておき、そのあいだに逃げなければならない。そこで痛みを止める神経回路を脳は発達させているんです。

 じつは、そのとき脳内では、モルヒネなどの麻薬が作用する部分が恍惚を導いています。だから麻薬をやっている人はあまり痛みを感じませんし、手術のときや病気が末期に至った人にもモルヒネが処方されたりします。

――本当に身の危険がある場合は、逃げなきゃイケない、と。それにしても、よく冗談などで「脳内麻薬が」と言いますが、本当にそういうことなんですね(笑)。

池谷氏:
 快感の神経が痛みと同時に走らなかったら、もっと痛く感じるはずなんですよ。ですが、人によってバランスは異なっており、ちょっとでも快感が勝ってしまうと、痛みが気持ちよくなるんですよね。

――あー。まあ、あまり露骨な言いかたはアレですが、SMの趣味なんかはまさに……。

池谷氏:
 ええ。痛みが快感、それが趣味という方はいますよね。ふたつの神経競合のアンバランスによって、そちらの方向にいくことがあるんです。ただ、それをヘンな趣味として片付けてはならない。私たちみんなにとって、じつは痛みは快感なんです。

 たとえばおしっこをする行為。あれはとても痛いはずなんですよ。

――え? ああでも、敏感なところを物が通りますからね……。

池谷氏:
 そう。性交も本当はとても痛いものなんですよ。

 ですが痛みを消す作用のある神経が勝ることによって、おしっこを快感にしているんですね。用を足すとスッキリしますよね。じつは赤ん坊を見ているとわかるんですが、赤ん坊はおしっこが厭なんです。皆さん、赤ん坊はオムツが濡れて気持ち悪いから泣いていると思っていますが、調べてみると、おしっこしている最中、あるいはする前から泣いているんですよ。尿意や放尿感が不快なんですね。実際、いまのオムツは性能もよく吸うので、出た後はあまり泣きません。

 僕らは「用を足したらスッキリする」こと自体を学習しているので、用を足すこと自体がいつの間にか快感になっているし、それが苦痛だということにもはや気づいていないんですね。

――さすがに、気づいていませんでした(笑)。

池谷氏:
 基本的に僕らはみんなマゾヒストです。痛みが快感なんです。極端な例がそういうプレイになるのかもしれないし、人によってはランナーズハイなどの形で現れます。

 そうそう、ビールやコーヒーが好きというのも、生物学的にはまったく意味がわかりませんからね。最初にビールやコーヒーを飲んだときを思い出してください。たいてい不快な感じのはずですよね。子どもはたぶんみんなビールやコーヒーが嫌いです。苦いものは苦痛以外の何者でもないんです。

 でもくり返すと、「毎日晩酌しないとやってられないよね」だとか、「やっぱり午後にはコーヒーを飲みたいよね」などとなって、不快が快に移ろいます。これらもすべてマゾの一形態なんですよね。

――おしっこの気持ちよさも、コーヒーやビールのおいしさも、すべて「調教」の結果だったと(笑)。

池谷氏:
 そして、ここで重要なのが、“快の転移”、“学習の転移”という現象です。これはホラーを考えるうえでも重要だと思いますよ。

 たとえば、ビールの苦味には本来は快感はありませんが、アルコールによる快感を得られるので、「飲んだ後は快感になる」ということを学習して、味自体を快感に感じるようになります。本当はお酒を飲んで気持ちよくなっているのが快感なんだけど、快感がビールの苦さ自体に転移する。これ、ふつうによく見られるんです。

 フェティシズムというものがそうでしょう。下着が好きな人など意味がわからないかもしれないけれど、快の転移を考えると、それは生物学的には当たり前の話となる。反射の実験で有名なパブロフの犬もそうですよね。

 パブロフの犬の実験では、犬の脳の活動、快感神経を計測しながら、ベルを鳴らしてエサをあげるんです。すると、普通はエサを食べているときに快感神経の活動が現れるんですが、ベルを鳴らしてからエサをあげることを何度もくり返していると、そのうちにエサを食べてもあまり快感神経が反応しなくなり、その一方でベルの音に快感を感じるようになるんですね。これも快楽がほかのものに転移する一例です。

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 ホラーの場合には、Aftermath effectが効いているんじゃないでしょうか。終わった後にスッキリ感を感じるから、それによって快が怖さそのものに転移して怖いものが好きになっているんだと思いますね。だから先ほどのフェティシズムの例、パンツが好きな男と同じですよ。本当はパンツなどぜんぜん価値がないのに(笑)。

――乱暴に言えば、ホラー好きもパンツ好きも変わらないと。「ゾンビ、あるいはパンツ」みたいな。

池谷氏:
 構図としては同じですね。ビールが好きなのも同じ。だから一方でビールを飲まない人やコーヒーを嫌いな人がいるように、ホラーを嫌いな人もいるし、好きな人もいるんです。

――いきなり、ズバッと本質的なことをご回答いただいてしまった感じですね(笑)。

  • 「恐怖」は脳のどこで生まれるのか?

――もう少しだけ恐怖について、深掘りして聞かせていただければと思います。「恐怖」というものは現代の神経科学ではどういう風に捉えられているものなのでしょうか?

池谷氏:
 恐怖(fear)は感情――専門的には「情動」というのですが――の研究の中でも、だいぶ進んでいるもののひとつです。

 脳を研究するときは実際に脳をいじることもあるので、対象がおもにネズミなどの動物になります。そのネズミの持つ感情の中で、もっとも原始的で再現性が高く研究できるのが、恐怖や痛みなんですね。

 逆に、喜びや幸せなどの情動をネズミで測定するのは難しいんです。快感はまだ判るかもしれませんが、こっちは本当に難しい。そもそも「幸せ」のような情動は、ネズミにはない可能性さえあります。

――確かに、幸せそうなネズミは見たことないかもしれません(笑)。恐怖を感じているとき、脳ではどんな部位が反応しているのでしょうか?

池谷氏:
 おもに扁桃体(amygdala)ですね。これは大脳辺縁系(limbic system)と呼ばれる部分の一部で、哺乳類が持っています。

▲赤いアーモンド状の部分が扁桃体。
その真下に回り込んでいる水平にU字状の部位が海馬だ。

 海馬(hippocampus)のすぐ隣り、ヒトで言うと、脳の表面のどこからも遠いような、いちばん深いところにあるものです。

 扁桃体は、進化の過程から考えると、もともとは単に“恐怖”を感じるための場所だったんです。動物にとって、痛い思いや厭な思いを避けるということは、生命を生きながらえさせるもっとも手っ取り早い手段です。そういう思いを検出する脳回路というのは、原始的な動物であっても最初から備わっていたんですよ。

――恐怖というのは、生物が生き抜くために欠かせない感情なんですね。そして人間の場合は、それを扱う部位をわざわざ存在させている、と。ちなみに、扁桃体は「恐怖」以外にも何かを司っているのでしょうか?

池谷氏:
 ええ。ひと言で言うなら喜びや楽しさのようなポジティブな感情まで含めて、情動を司る部位です。

 じつは、扁桃体は恐怖を制御するための専門回路として哺乳類に生まれて使われてきた部位だったのですが、進化してヒトになっていく過程で、どうも喜びや楽しさなどほかの情動もカバーするようになり、いまに至っています。

 ですから、確かに言いかたとしては、「扁桃体は情動を司る部位で、そのひとつが恐怖」というのはそのとおりなんですが、本当は少し違うんですね。そもそも恐怖以外の楽しいことを検出する役割などが扁桃体に後から追加されたのだ、という考えかたでいいと思います。

――おもしろいですね。人間の感情というものが、まさか「恐怖」を司る原始的な部位が進化した結果として生まれてきたものだったとは。

  • 「恐怖」のおもしろさはエンターテイメント全般にある

――感情といえば、ホラーゲームの中に挟み込まれている知的な操作やパズルをクリアしていると、どうも恐怖が冷めていくことがあるんです。実際に何度か、お化け屋敷の仕事をしている人やホラーゲームのクリエイターから、「じつは謎解きと恐怖は本当に相性が良くない……」と聞いたこともありまして。

池谷氏:
 ああ、そうでしょうね(笑)。それは、あると思います。

 ホラーコンテンツを怖がっているときと、パズルを考えているときに活動している脳の部位はまったく異なるんです。怖さを感じるのは、最初に話した脳の真ん中の部分、扁桃体のある大脳辺縁系なのですが、知的作業をするのはいちばん外側の大脳皮質です。

 じつは、この大脳皮質がなぜ発達したのかというと、大脳辺縁系を始めとした進化的に古い脳――つまり扁桃体などの活動を抑制するためなんですね。ですから脳にパズルみたいなものをやらせるのは、大脳皮質を活性化させるのと同義で、ホラー体験で大脳辺縁系がせっかく活動しているのに、それを抑え込んでいるということになりますよね。

――謎解きに使うような知的な能力は、脳の中では新しい場所にあって、そもそも恐怖のような原始的な感情を抑えるためにある、と。確かに、そんなものを活性化したら、ホラーが台なしですね。

池谷氏:
 原始的な生物は、「怖かったら逃げる」だけです。でも、人間はそうじゃないんです。

 だって、怖いものから逃げてばかりいると、その先にあるかもしれない黄金を逃しますよね。だから人間のように高度な動物は、ドリアンだって「臭いけど食べてみよう」とする。その結果、「ドリアンって美味いじゃん」と知ることができる。大脳皮質はそういう高度な知的作業を担っています。頭を使うってそういうことでしょう。「受験戦争から逃げたいけど勉強をしなくては」とか、基本的にガマンさせて、理知的・理性的に脳を働かせているわけです。

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――恐怖というのが、人間の感情のなかで大変に原始的なものであることが、よくわかります。ただ、恐怖にも種類があると思うんです。たとえば『バイオハザード』で言えば、暗い中でドアが軋む音を聞いてゾクッとする“不安”と、ゾンビが現れてウワッとなる“恐怖”はちょっと違いますよね。前者は人間の想像力が介在しているし、後者は対象そのものに感じる“身の危険”に近いものだと思うんです。

池谷氏:
 そうですね。少し整理すると、正確には心理学ではanxiety(不安)とthreat(脅威)という情動を考えるんです。

 『バイオハザード』のゾンビのような、こちらに物理的危害を加えそうなものに感じる怖さや、画面上でもいいのですが銃で撃たれそうなときなど、命に差し障りがありそうなものに感じる怖さは“脅威”ですね。しかし、お話のとおり、「何が起こるかわからない」という、即物的ではない、見えないものに対する怖れとして“不安”もあります。

 たとえば高所恐怖症と言いますが、じつはあれは恐怖ではなく、「落ちるかもしれない」という不安なんですね。いままでに厭な経験をしたことがあり、「こういうときって厭なことが起こるんだよな」というような漠然とした感情が不安です。この見えないものに対する不安という情動は、かなり知的な作業ですよね。

――なるほど。いちおう、心理学的にも区分があるというわけですね。

池谷氏:
 そういう知的な不安と直接的な脅威があって、その中間のところにfear(恐怖)があると心理学では説明されていますね。とはいえ、私は神経科学が専門なので、心理学の説明を聞いても、「それはいっしょでは?」と思ってしまうほうですが(笑)。実際、脳の働く部位としては、ほとんど変わりません。今回のように“ホラー”というまとめかたであれば、それら3つすべてが入ってくるので、あまり分けなくてもいいとも思いますね。

 ほかにも、じつは『スーパーマリオブラザーズ』の最後に出てくるクッパは脅威ですよね。マリオにしてみれば襲われているわけです。『ドラゴンクエスト』だって最後に出てきたボスに負ける怖れがあります。インベーダーゲームだって上方から宇宙人が攻めてくるのは脅威です。

 つまりホラーだけが特別というわけでなく、脅威、恐怖、不安のような要素はだいたいのエンターテイメントに何かしら入っていると僕は思っているんですよ。

――ああ、確かに。

池谷氏:
 その比率が高く、とくに「やられるかもしれない」という体験を目的とするものがホラーなのではないかと考えます。

――それを神経科学の見地から考えると、『バイオハザード』のゾンビであっても、『スーパーマリオ』のクッパであっても脳の中で起きていることは変わらないということですか?

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池谷氏:
 変わりませんね。ですが『バイオハザード』のようなものの場合は、またちょっと話が違って、ゾンビをつぎつぎとなぎ倒していく快感もそこにはあります。ちなみに、この倒す快感は扁桃体の働きではなくて、ventral tegmental area、日本語で言うと腹側被蓋野(ふくそくひがいや)という部分の働きです。

――そのスカッとする快感も、ゲーム全般にけっこうありますよね。

池谷氏:
 ホラーに限らず、スカッとする快感には2種類があります。何かの目的を達成した快感と、もうひとつは試験など厭なことが終わった快感です。

――達成感と解放感ですね。

池谷氏:
 私はイヌを飼っていますが、1日のうちでいちばん喜ぶのは、じつはエサをもらえるときじゃないんです。いちばん楽しそうなのはお風呂から上がったときなんですね。すごくはしゃぎ回ります。だいたいの動物は水をかけられるのが嫌いです。だからお風呂の時間は我慢の時間帯。そして、お風呂が終わった後の喜びようと言ったら、「エサをあげるよ」と言ったときの喜びよりはるかに強いんです。

――解放感はそんなにも強い快感なんですね。

池谷氏:
 そうです。抑揚のない感情の状態をベースラインとしたとき、おいしいものを食べたり、かわいいものを見たりなどという“ゼロからプラスに転じる情動”だけでなく、ベースラインを下げておいて元に戻す“マイナスからゼロへの情動”も快感となり得ます。

 つまり、情動のベクトルがとにかく上を向いていればいいわけです。だから恐怖を存分に楽しむなら、あらかじめベースラインを下げておくといい。ジェットコースターのようなものも、高さやスピードなど、ちょっとネガティブな感情にあらかじめ自分を置く、典型のひとつです。

 試験や仕事もそうでしょう。やり遂げた達成感と、それまでの拘束からの解放と、「もしかしたらやり遂げる前に失敗するかもしれない」という不安からの解放などが混在しますよね。達成感と厭なものから逃がれた解放感というのは、じつは大きく二分できるようなものではなく、密接なもので、本質的にいっしょなんじゃないかと思います。ホラーゲームについてはとくにそうじゃないかと。

――そういう話を聞いていくと、ホラーはエンターテイメントの基本を踏まえた娯楽なので、楽しめるのは当然と思えてきますね。

池谷氏:
 ただ、以前にどこかの論文で、「やっぱりニセモノだと解っているから快感になるんだ」と言っていたものがありました。もし本当にライオンがここにいて襲われたら、それはぜんぜん快感にならないはずなんですよ。

――それはすごく本質的な話ですね。

池谷氏:
 悲しい小説を読んだときと同じです。「恋人が死んだ」話は泣けますが、実際に自分の恋人が死んだら、たぶんぜんぜん楽しくないんです。「ニセモノだから」とどこか達観しているから怖くないという主張は一理ありますね。「ゲームだからどうなってもいいや」となる。

――確かに、これはここまでの議論の前提ですよね。実際に目の前にクッパが現れたら、おもしろそうと思う前に逃げますからね。

池谷氏:
 というか、たぶん気絶します(笑)。

  • つまるところ「恐怖」を楽しむと……

――いろいろとお話を伺いしまたが、恐怖を楽める仕組みは拙いながら理解できました。最後に……たいへんすばらしいお話の後に俗っぽい質問で恐縮なのですが(笑)、ホラーゲームなどで恐怖を楽しむことで、人生にどういうメリットがあると池谷さんはお考えになりますか?

池谷氏:
 そう来ますか(笑)。

 まず、カタルシスがありますよね。悲しい小説を読んだときと同じで、いわゆるストレスの発散になる。

 でもそれ以外に何かいいことがあるかな? と考えると懐疑的になります。恐怖を楽しんでいる時間があるなら、もっとたくさん稼いで、もっと日本の税金に貢献して、と言いたくなっちゃいますね(笑)。あ、でも、ゲームを買って楽しむのは消費活動だから、経済には貢献していますね(笑)。

――多少は貢献していますね。

池谷氏:
 であれば、ひとつのゲームを何度も楽しむよりは、楽しんだらできる限りまた新しいゲームを買っていただいたほうがよさそうですね(笑)。

――そうさせていただきます(笑)! あと、もうひとつだけお尋ねします。ホラーゲームの怖さを増して楽しむために自分でできる努力って、何かあるでしょうか?

池谷氏:
 先ほどの例のように、気持ちのベースラインを低く置くことですね。たとえば部屋を暗くしたりなど、その環境を破壊するもの、気を散らすようなものを減らせばいいですね。とくにホラーゲームの場合は、「見えない」ということが恐怖につながります。「暗い」や「静か」は恐怖です。「暗い道が嫌い」というのは僕らがもともと持っているものなので、部屋をその状態に近づければいいかもしれません。

――いまはVR(バーチャルリアリティ)に勢いがあり、ホラーコンテンツが人気を呼んでいますが、そういう意味ではVRは視界を覆うことからも、やはりホラーには向いているのかもしれないですね……!

池谷氏:
 集中するために、ほかの破壊要素をすべて排除できますからね。でも、これはホラーゲームに限らず何にでも共通します。ゲームに限らず、勉強するにも騒がしいところでやるよりは、ひとりで部屋でやったほうがいいですから(笑)。

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