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夫(社長)の反対を押し切りVR筐体を開発!? 異例の社内ベンチャー設立経緯から世界平和の野望まで、“名物夫人(会長)”のゲームへの深い愛【コーエーテクモ:襟川恵子インタビュー】

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ビジネスは早すぎてもせいぜい半歩先

――ビジネスというのは、遅すぎてもダメだし、早すぎてもダメだと思うんです。襟川さんがちょうどよいタイミングを見極める際に、何かロジックとなるものはあるんですか? 

襟川氏:
 タイミングとしては、早すぎてもせいぜい半歩先ぐらいですよね。2歩先に進んで技術そのものから作り始めると、資金負担が大きくなります。そうなるとビジネスとしては、危険度が増してしまいます。

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 だから本来は、2歩先を見据えつつ、そこから半歩ぐらい下がって仕事をしているのがいちばんいいんです。でもこの業界はあまりにも変化が早いので、それでは出遅れてしまいます。先を見据えて半歩先ぐらいを進んでいると、ちょうどいい具合に周りが開けてくるんですよね。

 従来のゲームのビジネスも、もちろん拡大発展させなければいけません。シリーズ物も新しい要素を入れて作り変えますし、働き方改革も会社にとっては大事なチャレンジです。これからは、VRだけじゃなくてARやMR【※1】も出てきます。他にもe-Sports【※2】はどうなっていくのだとか、今VRに取り組むことで、また違った視野が開けてきますから。

Microsoftが本気出して作ったお値段33万円のHMDをさっそく購入してみた【HoloLens体験レビュー】

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※1 MR
マイクロソフト社製の「HoloLens」に代表される、Mixed Reality(複合現実)技術を指す。現実世界に、CGなどで描き出された仮想の情報をマージすることで、現実と仮想が複合する。

※2 e-Sports
electronic sportsの略称。対戦型ゲームを競技として扱う際の名称で、格闘ゲーム、MOBA、FPSなどジャンルは問わない。主な人気タイトルに『League of Legends』や『Overwatch』が挙げられる。1997年には初のプロフェッショナルリーグ「Championship Gaming Series」が設置された。アメリカや韓国で特に競技者人口が多く、高額な賞金のかけられた世界的な規模の大会もある。

これからの時代の“プロ”のあり方

――VRからはちょっと離れてしまうんですけど、体験に対してユーザーがお金を払うことに対して、襟川さんはどう捉えていらっしゃいますか?
 たとえば今はスマホさえあれば、無料でひたすら時間をつぶせてしまうじゃないですか。それに対して映画館では、座席が動くといったリッチな体験を指向しているといった具合に、エンターテインメントの価値が二極化していると思うんですけれども。

襟川氏:
 無料で一般の方が見たこともないような動画をどんどんアップしてくださって、そこにプロまで参加して、人々の心を捉えています。プロはプロとして、それを凌駕するようなものを作っていかないと、受け入れられません。
 普通に触れられない世界、初めての体験、それに価値を見出す方は出費を惜しみませんので、テクノロジーの進化により二極化も起こりますし、ある人は両方行き来するでしょう。

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 私はAMD(一般社団法人デジタルメディア協会)【※】の部会としてe-Sports協議会を立ち上げましたが、日本でe-Sportsを取り巻く環境はすごく遅れていますよね。それを一挙に挽回するためには、アメリカやヨーロッパで行われているe-Sportsのジャンルだけではなくて、日本独自の仕組みを作らないと。今や放送通信の領域に入ったe-SportsのVRも楽しいでしょうね。

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※AMD(一般社団法人デジタルメディア協会)……AMDでは、国家戦略の知的財産立国としてのクールジャパン構想にのっとり、総務省のもと国内デジタルコンテンツのグローバルな普及と発展に寄与する活動を行っている。襟川恵子氏は、この協会の理事長を務めている。
(画像はAMD公式サイトより)

 e-Sportsには、偶然性がありすぎてはいけないとか、いろんな規約があって、それはそれでよいのですが、RPGやシミュレーションでも自分がぜんぜんクリアできないものを、他の人が楽々とクリアしているのを見ると、感動するじゃないですか。他の人に感動を与えられる人が、プロになって生活ができ、新しい市場が形成され、雇用が生まれ、産業として発展していく支援ができればと思っています。

 将棋だって、昔は縁側でやっていたものが、AIにより変革し、若い人がプロとして大活躍しています。世界で主流のe-Sportsだけではなく、家族や友達と一緒にゲームプレイの配信を見て、みんなで楽しんだり、すぐに参加できたりしたらエンターテインメントの幅が広がります。

――襟川さんも、やはりe-Sportsやゲームの配信に興味をお持ちなんですね。

襟川氏:
 もちろんですよ! 一人さみしく家にいる時にゲームの配信を見て熱狂したり、家族や友人と一緒に「わぁ、スゴい」って言えたりするのは、楽しいし、心の栄養です。また多くの観客と楽しむほうが喜びは倍増します。それはサッカーや野球といったスポーツだけじゃなくて、ゲームプレイでも十分可能です。

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今年アメリカで開催されたe-Sportsの大会会場では、選手たちのプレイに多くの観客が熱狂した
(Photo by Getty Images)

 でも日本にはまだプロスポーツ選手のようなe-Sportsのスタープレイヤーはいません。ゲームのプレイを職業として、みなが憧れ尊敬する方々がたくさん出てきて、子どもに夢と活力を与えて欲しいです。

――最近は子どもがYouTubeで『マインクラフト』の攻略法を見つけて、それをお父さんに自慢するんだそうです。それが子どもの親に対する優越感につながるから、自分から進んで動画を探しているんだという話を聞いて、すごくリアリティを感じたんですね。たしかにそれは流行るなぁと。

襟川氏:
 それとは逆に学術会議の会長が「自分が孫に対して唯一、対等以上に話せるゲームが『信長の野望』【※】なんだ」とおっしゃってくださったんです。「兵糧ってどういう意味?」と聞かれて教えたり、時代背景を説明したりすると、ものすごく尊敬されるんですって。

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※「信長の野望」シリーズ……オリジナルは、光栄マイコンシステム(当時)から1983年に発売された、パソコン用歴史シミュレーションゲーム。1560年の春から四季ごとにターンが訪れ、1ヵ国1コマンドを入力して進めるシステムで、17ヵ国の統一を目的に、治水や開墾などの内政、訓練や戦闘などの軍事などに努める。 1986年には50ヵ国を舞台にした『信長の野望・全国版』が登場。これが光栄のファミコン参入タイトルとして1988年に移植された。シリーズは現在でも人気で、2017年11月30日には、最新作『信長の野望・大志』の発売も予定されている。
(画像は信長の野望・大志公式ページより)

 そうやってゲームを通して、ご家族で一緒に楽しむことが今、世界中でできるんです。ましてVRやARでみなさんがいろいろなことを共有できれば、生活も向上するでしょう。

ゲームで世界平和を実現するために

――今回のインタビューにあたって、襟川さんの過去のインタビューを読み返していたのですが、「コーエーテクモの今後の抱負は?」という質問に対して、襟川さんは「世界平和です」と答えられていて、スゴいなぁと思ったんです。

襟川氏:
 そうです。私は本当にそう思ってるの。ネットワークゲームの中ではね、国も宗教も超越して身の危険をかえりみず自分を助けてくれる人たちがいるんですよ。

 シミュレーション&ゲーミング学会で、関先生【※1】が研究されていたんですが、ゲームでコミュニケーションしながらお互いの目的を進めていくと、敵であっても相手の立場がわかり合えるようになると。その通りです。ゲームですから反対の立場でプレイもできるので、正と反が合意してさらに発展していく、まさに小池知事がおっしゃるアウフヘーベン(弁証法)【※2】です。

※1 関先生
国際政治学者で東京大学元名誉教授、立命館大学元名誉教授の故・関寛治氏。1927年生まれ。日本平和学会の初代会長を務めたほか、学生が国際社会のキーパーソン役を演じることで国際交渉を疑似体験できる「グローバル・シミュレーション・ゲーミング」を創設した。1997年に逝去。

※2 アウフヘーベン
日本語では、「止揚(しよう)」や「揚棄(ようき)」などと略されるドイツ語。対立する二物の関係性を合意し、ひとつ上の次元に引き揚げることを指す。ここでは、敵同士でも、より高次な目的の為にわかり合えることの例えとして使われた。小池百合子氏が使用したことで話題となった語句でもある。

――ゲーム会社の今後の抱負で「世界平和」と言える人は、なかなかいないですよ。

襟川氏:
 ゲーミングシミュレーションは本を読む学習ではなく、人間が自分の立場で役割を演じて結果を出していくので、より実践的です。古くから欧米では教育現場に導入されていました。関先生や学術会議会長であった近藤次郎先生【※1】たちと当社の襟川(陽一氏)が発起人となり、1989年に日本シミュレーション&ゲーミング学会を設立しました。
 日本での学会設立を支援しようと、国の仕事しかなさらないグラフィックデザイナーの永井一正先生【※2】が学会のポスターを作ってくださいました。素晴らしい出来栄えに海外の学者の方々が欲しがられていました。

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※2 永井一正……1929年生まれ。日本のグラフィックデザイナー。日本デザインセンター最高顧問、日本グラフィックデザイナー協会特別顧問、日本デザインコミッティ名誉会員。企業のシンボルやプロスポーツチームのユニフォームなど、数多くのデザインを手がけてきた。国内外の美術館に作品が所蔵されている。画像は話題に上がっているポスター。

 これから先、AIで働くロボットがどんどん出てきて、ディープ・ラーニングで賢くなって、24時間黙って仕事をします。企業はどんどん利益が上がっていきますよ。なにしろロボットは食べないし飲まないし、家も欲しがらない。勝手に賢くなるので学校も行かない。政府は徴収した税金を低所得者にばらまき、消費してもらわないと経済が成り立ちません。

 介護にもロボットが導入されますが、低賃金の介護サービスの方に相応の賃金が支払われれば嬉しいです。そうなるようにテクノロジーの進化を期待しています。

 私としては、貧困で苦しんでいる人たちも富裕層も国や宗教を超えて、お互いに大好きで共感し合えるゲームにより、プロゲーマーとして尊敬される人がたくさん輩出されたら本望です。昔のハーレム出身のジャズミュージシャンみたいにね。
 若い人が夢と活力と努力により、この産業が拡大発展したら、社会、経済的不満からISIS【※3】などに入らずにすみます。そういう平和社会の一翼をゲームが担えると考えています。

※1 近藤次郎
1917〜2015年。日本の航空工学者、東京大学名誉教授。航空工学では航空機の超速化、環境科学では大気汚染の予測や核拡散問題について取り組んだ。1985〜1994年の間、日本学術会議会長を務めたことでも知られる。

※3 ISIS
“Islamic State of Iraq and Syria”(イラクとシリアのイスラム国)の略称。イラクとシリアで活動するイスラム過激派組織。IS、ISIL、ダーイシュ、イスラム国などと呼ばれる。シリア・アラブ共和国北部の都市ラッカを首都として国家樹立を宣言しているが、外交関係で国家の承認を行った国家はない(2017年10月13日時点)。

「文部科学省がしっかりしてほしい」

――エンターテインメント産業は、食料の生産量が増えるのに比例して大きくなる、というデータがあるんです。要するに衣食住が満ち足りて、これ以上働かなくてもよくなった時に、何か生きがいが欲しくなって、映画を見て感動したり、ゲームをやって満足したりするようになるというんですね。
 襟川さんとしては、ゲームやエンターテインメントがこれからの社会に果たす役割を、どのように捉えておられますか? 

襟川氏:
 日本は島国で、四季があることで、感覚が非常に優れています。味覚も世界で一番だと思います。白身の魚を生で食べ分ける人種なんて他国にいないんですから。白身の魚は、全部ソースで味をつけちゃったりしますからね。視覚も日本人は、色のバランスがちょうどいいんです。他の人種だと少しピンクに寄ったりして見えるそうです。

 味覚も視覚も良くて、細かいことにこだわる物作りに向いている人種なのに、今は物作りの仕事が海外にどんどん奪われています。もともと優れた感覚を持っている日本人なんですから、エンターテインメントでも、もっともっと世界に打って出ていけるはずです。なかでもゲームというのは、複合技術ですから、没入感はどんなコンテンツよりもゲームのほうが上です。自分で映画の世界を変えられるのですから。

 ハリウッドでは今、映像がハイレベルになって日本は追いつけません。おまけに日本ではプログラミング能力、物理演算だとか、基礎教育が充実していません。一流大学の理工学部に入ってから初めてプログラミングを勉強する国なんて発展途上国でも今、ありません。文部科学省がしっかりしてほしい。

 だってアメリカは国防省をはじめ、国ぐるみでハリウッド映画産業も支援しています。ゲーム産業はどのジャンルより、ハイクオリティーな映像を駆使するのに、美大でCGを教えられる大学がありません。企業に全てのしわ寄せがきています。政治家はグローバルな視野をもって国益に大きく貢献できるゲームソフト作業を支援してほしい。他国のゲームソフト産業に対する支援を知っていただきたいです。

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襟川氏が理事長を務めるAMD・一般社団法人デジタルメディア協会が開催した第22回AMDアワード授賞式の様子
(画像はコーエーテクモホールディングス公式サイトより)

 私はAMDの理事長として、クールジャパン【※1】を打ち出す行政改革の必要性を訴えています。VIPO(映像産業振興機構)【※2】ができたおかげで、遅ればせながら海外に向けて翻訳する映像やイベントに3分の1ほど補助されるようになったんですが、プログラミングやデータやCGを多用するゲーム分野にはまったく支援がありません。

※1 クールジャパン
日本的な文化や日本発祥のコンテンツが「クール(かっこいい)」と、海外から高い評価を受ける現象。及び、その現象を逆手に取った、日本の政府・企業による対外戦略の名称。2002年にアメリカのジャーナリスト、ダグラス・マグレイによって提唱されたのが初出とされる。

※2 VIPO(映像産業振興機構)
日本のコンテンツ産業を国際競争力あるものとし、日本経済の活性化に寄与することを目的に、2004年に設立された特定非営利活動法人組織(公式HPより)。経済産業省からの受託により、日本のコンテンツの海外展開に必要なローカライズやプロモーションの支援事業(J-LOP)を行っている。

――ハリウッドがその代表ですけど、メジャーマーケットで当たるコンテンツって、どちらかというと最大公約数的なコンテンツじゃないですか。

襟川氏:
 そう! もう本当にハリウッドだけになって、オリジナリティがなくなってしまいましたよね。昔はフランスにはフランスの、イタリアにはイタリアのすばらしい音楽や映画があって。各国ごとに特色があって、その地を訪れるのが楽しみでした。それが今は何もかも、ハリウッド一色になって。今でも各国で作っていないわけではないんですけど、制作予算も違い、なかなか日本に入ってこなくなりましたよね。

――一方で日本の作るものは、どちらかというとニッチというか。全世界でニッチを狙って、100万本、200万本を売るというビジネスだと思うんです。

襟川氏:
 最初はニッチ、つまり隙間なんですけど、そのニッチが認知され、世界に広がっていく。そういうことをできる人材が、日本にもいるはずです。

 ただアメリカのほうが、人口も多く人材が圧倒的に多いんです。プログラミング教育も小中学校からとか、映画の作り方もゲームの作り方も徹底して組織的で、レベルの高い教育機関がそろっています。日本でももっと教育に力点を置かないと。

 今のゲームの世界の中で、日本がまだこれから活躍できる市場というのがあります。携帯電話なんか、本当にもったいなかったですよね。日本が世界を凌駕できる余地が、十分にあったはずなのに。

――襟川さんとしては、そこはもう過去形ですか。

襟川氏:
 日本の携帯電話が全世界に普及できればよかったんですけど、iPhoneやAndroidができて、彼らの牙城となってしまったので。スティーブ・ジョブズという、たった1人の天才が世の中を変えました。ソニー! 覚醒せよ(笑)。

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※襟川陽一氏は、2002年3月に開催された「Macworld Conference & Expo/Tokyo 2002」で、スティーブ・ジョブズ氏の基調講演にゲストとして登壇。当時コーエーの子会社であったエルゴソフトの代表として、Mac用日本語入力システム「EGBRIDGE」と日本語ワープロソフト「EGWORD」のプレゼンテーションを行った。なお、スティーブ・ジョブズ氏が日本で基調講演を行ったのは、これが最後となった。(編集部注)
Image by Matt Yohe.  Licensed under the terms of cc-by-3.0.)

 襟川(陽一氏)なんて、「ジョブズと一緒にプレゼンテーションをやってくれ」と言われて行ったんですけど、「もう一度やったからいい」なんて二度目の熱心なオファーは断りました。あの時に仲良くなっておけば、今頃はピクサーと一緒にゲームを作ったりできたかもしれないのにね(笑)。でも、ゲームに関しては任天堂さんなんかは負けてないじゃないですか。だからこれからですよ。

会社の経営も、会社をデザインすること

――今回の取材では、襟川さんがふだん、どういったモチベーションでお仕事に取り組まれているのかということに、興味があったんです。
 VR センスにしても、襟川さんほどの立場の方が、自分で小さな開発チームを率いて熱心にやるというのが、純粋な経営からはちょっと逸脱している感じに、傍目には映ると思うんです。なぜ襟川さんがそれをやらなくちゃいけないのでしょうか。それをやろうとするお気持ちが、どこから沸いてくるのでしょうか? 

襟川氏:
 私は物作り屋なんです。デザイナーですから。昔から色々なものを自分で作っていました。私の壊れたピアスに金具をくっつけて、それを娘に付けさせたらすごく似合って、「やったー!」って喜んだり。自分でアクセサリーを作って、もったいないからそれをネオロマンスのキャラクターに身に付けさせて、商品化したり。キャラクターのお菓子を作ってみたりと、趣味がビジネスです。

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「ネオロマンスゲーム」より、『アンジェリーク ルトゥール』の絢爛豪華な世界観
(画像はアンジェリーク ルトゥール公式サイトより)

 自分で何かを作って、それが上手くいくと、くだらないことでも嬉しいんです。ゲームソフトは手がかかりますが。ファイナンスは数十億円の利益を出すために毎日、早朝から市場とにらめっこ。一方、グッズの利益は数十万〜数百万円ですから優先順位があります。

 会社の経営も、会社をデザインすることなんですよ。未来像を描き、計画を立てて適材適所に人を配置して、世の中の役に立つモノを作って、業績を上げながら社員も成長していく。形のないところから考えていったん形ができれば、拡大発展させていく。盆栽と同じで手を抜くと形が悪くなる。

 PVやロゴやキャラデザインのイベントのデザインもチェックしますよ。モノを作る時は常に関わってきましたね。社員の採用も私の重要事項の一つです。

――今でも新入社員を、襟川さんが直接面接されているのですか? 

襟川氏:
 最終面接の際は、必ず自分で決めてきました。会社は社員が命ですもの。生涯給与で1人4億円の判断をするのは真剣になります。1人ではなく、その人の家族の人生にも大きく関わりますので。

 面接であがっちゃう子を、それが理由で不採用にしてしまうなんてあり得ません。地方の優秀な学生が緊張して話せなくなるのは当然。入社して2〜3ヵ月もしたら別人です。でも社員、役員の育成が整ってきたので、来期からは私の仕事をもっと移譲していきます。部下のほうがずっと私より優秀ですから。

――VRにしても、本格的な普及にはまだ時間がかかるという現状は把握されているのに、先々のことを枠にはめては考えておられないですよね。

襟川氏:
 枠はないですよ。世の中は毎日変化していますから。ただ、基本は同じです。自分が燃えて楽しくないと、他の方に受け入れてはもらえないですから。

 私はよく聞くんです。ゲームを作っている社員の子に。「どうなの? 面白いの?」って。それで「面白い」と答えたら、「よし」って。作っている人が面白くなかったら、面白いものなんかできませんからね。

――本日はありがとうございました。(了)

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 着々と開発が進むVR センスは、今年の6月末に東京ビッグサイトで開催された「コンテンツ東京 2017」の会場で、試遊ができる状態でお披露目された。

 完成披露会の席で襟川恵子氏が語ったところによると、出展前日の夜に夫の襟川陽一氏が初めてVRセンスを試遊したのだが、プレイに没入した陽一氏は両腕を大きく動かしてしまい、筐体内部にPS Moveをぶつけてしまったのだそうだ。
 これではいけないと、製品版ではコントローラを使用することが、出展前夜に急遽決定したのだという。VRに挑戦する試行錯誤が現在もなお続いていることが伝わってくるとともに、状況を確認したら即座に決断を下す恵子氏らしいエピソードだと感じた。

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VR センスの内部には、このように座って体験する。写真のように、コンテンツ東京での試遊の際はPS Moveを使用して操作を行ったが、製品版ではコントローラを用いるそうだ

 そして現在、VR センスはすでに数カ所でのロケテストを実施し、各所で整理券が即配布終了になるなど一般ユーザーの注目も集め始めている。

 実際にプレイすることができたVR センスの体験自体は、予想していた以上に面白いものだった。VRの360度映像や音響に、シートの動きや風の感覚が加わることによって、リアリティや没入感はやはり格段にアップする。
 こうした五感を刺激する多彩な要素が、アーケード向けの汎用筐体としては比較的コンパクトなサイズに収まっているというのは、今後の展開において可能性を感じさせてくれるものだ。

 襟川恵子氏は、半ば直感的にVRの開発を決意し、短期間・少人数でハードとソフトを同時に開発するというチャレンジを現在も続けている。実際にVR センスを体験してみると、恵子氏がVRの本質を的確に捉えていることに、改めて気づかされた。

 VRの体験を映像や音響だけでなく、風や香りといったそれ以外の多彩な感覚にまで拡張するというのは、熱心にVRに取り組む多くの開発者たちが実践していることだ。

 さらにVRをエンターテインメントだけでなく、高齢者福祉といった実用的な面で活用することまで考えている点も、先進的なVR開発者たちと共通する。物事の本質を見据えて、躊躇なくそこに向かっていく恵子氏の鋭敏なセンスは、夫の陽一氏と共にゲーム業界の最前線を40年近くに渡って走り続けてきた経営者ならではの才覚だと言えるだろう。

 ゲームクリエイターのシブサワ・コウとしてその名を馳せる襟川陽一氏の印象が強いだけに、恵子氏のことは我々業界人でもつい、経営者という枠で考えてしまいがちだ。だがインタビューで本人が語っているとおり、恵子氏もまた美大卒業後にデザイナーとして活躍する「クリエイター」なのである。そんな恵子氏にとっては、女性向けゲームやVRの開発も、そして会社経営や政界との交渉も、全てがモノ作りのデザインとして捉えられているのではないだろうか。

 e-Sportsから世界平和まで、襟川恵子氏がこれから先のゲーム業界を、どのようにデザインするのかに期待したい。

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 電ファミ人気連載企画ゲームの企画書」よりシブサワ・コウ氏、襟川恵子氏のインタビュー。ゲーム史において数々の「世界初」を開拓してきたコーエーの35年間の軌跡を伺いました。

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インタビュアー
電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。
元々は、ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter:@TAITAI999
インタビュアー・著者
過去には『電撃王』『電撃姫』で、クリエイターインタビューや業界分析記事などを担当。現在は『電撃オンライン』『サンデーGX』などでゲーム記事を執筆中。また、アニメに関する著作も。
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