歴史を描く醍醐味と「史実」と「創作」のあいだ
──おふたりともそんな風に歴史に魅了され、それを作品として世に送り出してこられたわけですが、創作の場において“歴史を扱う面白さ”とは何でしょうか? また、原先生はなぜ漫画のテーマに中国古代の歴史を選ばれたのか、お伺いできますか。
原氏:
実は最初から春秋戦国時代【※】にしようと決めていたわけではないんです。
漫画連載を目指していた頃、歴史ものか現代ものか悩む時期がありました。その歴史ものの中でもいくつか題材の候補がありまして……たとえば項羽と劉邦の時代とか、日本の幕末ものだとか。でも最終的には、まだ誰も深く描いていない春秋戦国時代、始皇帝の中華統一をテーマに選びました。
有名な『三国志』のような超メジャーどころではない題材でしたが、逆に“余白”がたくさんある題材だと感じて飛びついたんです。歴史上の記録が少なく想像の余地が大きい分、自分の創作で埋められる余白がある。それがクリエイターとしては魅力的でした。
実際、史書に1行しか名前が載っていないような無名の人物でも、自分なりに魅力的に、面白く描ける余地があるわけです。そういう意味で「史書の1行からロマンを感じる」といいますか、想像力をかき立てられる部分に惹かれましたね。
※春秋戦国時代
古代中国の紀元前770年から紀元前221年までの期間。多くの小国が分立したのち、韓・魏・趙・楚・斉・燕・秦の「戦国の七雄」による対立の時代を経て秦の始皇帝による中国統一へと続く。
シブサワ氏:
なるほど、歴史の“余白”ですよね。
確かに『キングダム』の舞台である春秋戦国時代は、私もゲーム化を考えたことがあるんですが、三国志ほどメジャーではないだけに史実の情報が少なくて、原先生がおっしゃるように、自由に物語を作れる醍醐味がありますよね。
その一方で、誰もが知る三国志とは違って、逆にクリエイターの腕が試される題材だなとも感じていました。
原氏:
そこは、まさにそうで……。
実際、連載前には、編集部から反対意見もありました。
でも僕としては、歴史の中の人間関係やドラマをちゃんと描ければ絶対ヒットするはずだ、と自信があったんです。結果的には編集部もOKしてくれて連載開始に至ったんですが、振り返ると無謀な挑戦でしたよね(苦笑)。
──実際『キングダム』は、史実では名前しか残っていないような武将や出来事にもスポットを当てて、大胆に物語を作り上げているのが魅力です。例えば、作中ではドラマティックに描かれている「函谷関(かんこくかん)の戦い」も、史書ではわずか1行程度の記録しかないものなんですよね。
原氏:
ええ、『史記』の記述で言うと、「秦を攻めたが、抜けなかった(不抜)」みたいな、たった1行程度の記述しかない。
でもですね、1行であっても、“それが2000年残ってるすごさ”ってあるとも思うんですよ。
──それは、確かに。
原氏:
「五国もの大軍が攻めてきたのに、なぜ抜けなかったのか?」「誰がどう戦って守りきったのか?」という部分が歴史のブラックボックスになっている。だからこそ、「この戦いには、きっとこういう将軍がいて、こういうドラマがあったに違いない」「山の民が加勢に来たに違いない」と妄想を膨らませていくことができる。
その「たった1行」こそが、作家にとっては最大のロマンでありチャンスなんです。
史実に反しない範囲で、その行間を最大限にドラマチックに埋めていく作業が、歴史物を描く一番の醍醐味ですね。
シブサワ氏:
それはゲーム制作にも通じるところがありますね。
私たちも『信長の野望』や『三國志』を作る際、史実のイベントを再現しますが、プレイヤーが介入することで「史実とは違う展開(if)」が生まれます。
歴史の「結果」は決まっていても、その「過程」には無限の可能性があるんですよね。
「設計図」通りにはいかない、ライブ感の正体
──以前、シブサワさんが原先生の仕事場を訪問された際、物語の「設計図」をご覧になったそうですね。
シブサワ氏:
ええ、あれは衝撃でした。壁に物語の構成表が貼ってあって、中華統一までの道のりがビッシリと書かれていた。「原先生はここまで計算して描いているのか」と感服しましたよ。ただ……今日改めて聞きたいんですが、今の『キングダム』は、あの時の設計図通りに進んでいるんですか?(笑)
原氏:
……いやぁ、痛いところを突かれますね(苦笑)。正直に言いますと、まったく設計通りに進んでいません!
シブサワ氏:
やっぱり!(笑)
原氏:
大枠の歴史の流れ、「どこの国がいつ滅ぶ」といった史実は変えられませんが、そこに至るプロセスがどんどん膨らんでしまって。さっきもお話したように、キャラクターたちが勝手に動き出すんですよ。
当初はさらっと描く予定だったエピソードでも、キャラクターの感情を掘り下げていくと、「ここで終わらせるわけにはいかない」「もっと彼らのドラマを見たい」となってしまう。予定では10年くらいで終わるつもりだったんですが、気づけば20年。まだ中華統一の第一歩、韓を滅ぼしたところですからね……
シブサワ氏:
でも、だからこそ面白いんですよ。予定調和ではない、その場の熱量とライブ感が作品に宿っている。 最近だと、王翦(おうせん)の部下である倉央(そうおう)と糸凌(しりょう)のエピソードなんか、グッときましたね。
──戦場の只中にある男女のロマンスというか、愛を貫くシーンですよね。
原氏:
ありがとうございます。
実は糸凌も、当初の構想では死ぬはずのキャラクターだったんです。そのつもりで描いていたので、最高に熱く散る寸前まで描きました。でも、最後のシーンで彼女の「うなじ」を描いたときに、その絵があまりにも悲しすぎて……。「あ、このキャラは殺したくない! 生かしたい!」と強烈に思ってしまったんです(笑)。
シブサワ氏:
絵から感情が逆流したわけですね(笑)。
──漫画家さんには、最初から結末まである程度計算して描く「設計型」と、その場のノリとライブ感で描く「感覚型」がいると思いますが、原先生はご自身をどちらだと思いますか?
原氏:
基本的には「設計型」だと思っているんです。僕は長いスパン、中間スパン、短いスパンの構成をしっかりと練るタイプで。でも、いざ描き始めると、その設計図をキャラクターたちが食い破っていく。連載が長く続くと、キャラクターが勝手に動き出す瞬間があるんです。
──それは、当初のプロットとは違う動きをするということでしょうか?
原氏:
そうです。王騎が想定以上に強くなって倒すのが大変になりました。また、王騎が死んだ後の展開も大変で。王騎という巨大な存在がいなくなってしまった空白をどう埋めるか。
「この穴を埋めるには、若いイケメンを出すしかない!」
と思って、王賁(おうほん)や蒙恬(もうてん)が登場しました。
シブサワ氏:
なんと、あの王賁や蒙恬の活躍は、王騎ロスを埋めるための苦肉の策から生まれたと(笑)。それは初耳です。
原氏:
はい(苦笑)。
彼らを登場させることで、信とのライバル関係や、次世代の台頭という新しい軸を作ることができました。
桓騎(かんき)のラストなどもそうですが、その時々でキャラクターが勝手に動き出すというか、作者の予想を超えていく瞬間があるんです。当初の計算を超えて、彼がああいう最期を選び取った。
描いているその場その場で、キャラクターの熱量に引っ張られて、「計算」ではなく「全力を尽くす」状態になっていく。最近はもう、毎回必死にキャラクターたちの背中を追いかけている感じです。
シブサワ氏:
それはすごいですね。クリエイターがキャラクターに動かされている。
ゲームの場合、AIの挙動が開発者の予想を超えることがありますが、物語の中でそれが起きるというのは、それだけキャラクターが「生きている」証拠でしょうね。
原氏:
ありがとうございます。実は、羌瘣(きょうかい)や楊端和(ようたんわ)は、史実では男性だった可能性が高いんですが、資料に「男だ」と明記されているわけではない。そこは「余白」だと思って、女性キャラクターとして描かせてもらいました。そうすることで、作品に華やかさが出ますし、独自のドラマが生まれる。
ただ、「これが史実だ」と誤解されてしまう怖さもあって。史記の数少ない文言は「史記より」と最大限に使用させてもらっていますが、それ以外はほとんど創作です。もちろん僕なりに史実を読み解いてリアリティがあるように注意してはいますが、伝えたいこと、描きたいことは「歴史」のみではないので。
シブサワ氏:
そのバランス感覚が絶妙だからこそ、『キングダム』はこれほど多くの人に支持されているんでしょうね。私も個人的には、媧燐(かりん)が今後どう動くのか気になっています。彼女の隣にいる副官……名前はなんでしたっけ? 彼との掛け合いも最高に面白いから、好きなんですよ(笑)。
原氏:
あはは、バミュウですね(笑)。
漫才のような掛け合いができるコンビがいると、キャラクターが立ちやすいし、シリアスな戦場の中で読者が息抜きできるポイントになるんです。
だから、実は『キングダム』には、そういうコンビを意図的に配置していたりします。信と河了貂、桓騎とオギコなんかもそうですね。
──魅力的なキャラクターというと、桓騎は、残虐非道な行いを繰り返しながらも、最後には読者の心を鷲掴みにして散っていきました。あのキャラクター造形はどうやって生まれたのですか?
原氏:
桓騎は、最初から「因果応報」で死ぬことは決めていました。
あれだけの酷いことをしたのだから、畳の上では死ねないだろうと。ただ、連載を続けるうちに彼の人気が爆発してしまって。「ただの悪役」として殺すわけにはいかなくなったんですね。
そこで、「なぜ彼はこれほどまでに世界を憎んでいるのか?」という根源を掘り下げていったんです。 彼の中にあるのは、社会の理不尽に対する純粋な怒りだった。秦国のために戦うわけでもなく、自分の国を作りたいわけでもない。ただ、虐げられた者たちのために、既存の体制(システム)に怒りをぶつけ続ける。
そうやって彼の内面を描いていくうちに、僕自身も彼に感情移入してしまって……最期を描くのは本当に辛かったですね。
シブサワ氏:
あの最期は圧巻でした。読者として、完全に「納得」させられましたよ。
リーダーには、リーダーにしか分からない「孤独」がある。桓騎の孤独、王騎の孤独、そして嬴政(えいせい)の孤独。それらが交錯するのが『キングダム』の魅力ですね。
媧燐しかり呂不韋しかり、『キングダム』の敵キャラって単なる悪役じゃなく信念や魅力があります。『キングダム』は敵味方ともにキャラが立っていて素晴らしいですよ。




