「歴史もの」の面白さとはなんだろうか?
このジャンルには一つの「逆説」がある。
秦の始皇帝が中華を統一することも、織田信長が本能寺で倒れることも、我々は作品に触れる前から知っている。それでも、歴史上の人物の物語に夢中になり続けるのはなぜなのだろうか?
その答えを探るため、電ファミでは、『信長の野望』シブサワ・コウ氏と『キングダム』原泰久氏に話を聞いてみた。
2026年はシブサワ・コウ氏の活動45周年、原泰久氏の『キングダム』連載20周年というアニバーサリーイヤーを迎える。今回は、その節目を記念した特別企画として、この両者に「歴史」について語っていただく対談が実現した。
おふたりは歴史の面白さは“余白”にあると語る。
歴史の“結果”は決まっていても、その“過程”に無限の可能性を見出せるからだというのだ。
1981年の『川中島の合戦』以来、「能力値」という概念を歴史シミュレーションに持ち込み、「歴史をゲームで遊ぶ」文化を浸透させてきたシブサワ氏は言う。「当時を想像する楽しさこそが歴史エンターテインメントの真髄」だと。
一方、中国の史書『史記』に残されたたった1行の記述から想像を膨らませ、春秋戦国時代の大ヒットマンガ『キングダム』を生み出した原泰久氏は、「史実の行間を最大限にドラマチックに埋めていくことが歴史物を描く醍醐味」だという。
創作論から始まった対談はしだいに熱を帯び、「王騎ロスを埋めるため苦肉の策で登場したイケメン武将」「うなじを描いたら哀しくなって死なせるのをやめたキャラクター」など、キャラクターの躍動が原氏の設計図を破るという“ライブ感”の背景や、ファン必見の制作秘話も飛び出した。
「歴史」という遊び場を全力で駆け抜ける2人のトップクリエイターの、熱く、そして無邪気な対談の記録をお届けする。

「歴史」が遊び場だった少年時代
──本日はシブサワ・コウ45周年、そして『キングダム』20周年、誠におめでとうございます。キャリアの節目を迎えるおふたりに、まずはその「原点」についてお伺いしたいと思います。おふたりが歴史というジャンルに魅せられたきっかけ、そのルーツはどこにあったのでしょうか?
シブサワ・コウ氏(以下、シブサワ氏):
ありがとうございます。45年と言われると、自分でもその時間の長さに驚きますが(笑)、振り返ればあっという間でしたね。
私の歴史好きの原点は、生まれ育った栃木県の足利市にあります。ご存知の通り、足利は室町幕府を開いた足利尊氏公ゆかりの地であり、「坂東の学校」と呼ばれた日本最古の学校・足利学校や、足利氏の氏寺である鑁阿寺(ばんなじ)といった史跡が、日常の風景の中に当たり前のように存在している街なんです。
子どもの頃から、歴史的な建造物が「観光地」ではなく「生活の一部」だったのです。ですから、「歴史を勉強して好きになった」というよりは、「気づいたら歴史がお友達だった」という感覚といいますか。自然と空気のようにそこにあった。
それが、後にいざゲームを作るぞとなったときに、最初の引き出しになっていったのだと思います。
原泰久氏(以下、原氏):
その感覚、すごくよく分かります。実は僕もシブサワさんと環境が似ているんです。
僕の出身は佐賀県の基山町(きやまちょう)というところなんですが、そこには町のシンボルでもある「基山(きざん)」という山があります。そしてその山には、「基肄城(きいじょう)」という国の特別史跡があるんです。これは、白村江の戦いで日本が唐・新羅の連合軍に敗れた後、彼らの侵攻に備えて築かれた、日本最古級の「朝鮮式山城」なんですよ。
シブサワ氏:
朝鮮式山城ですか! それはまた渋いというか、本格的な山城が身近にあったんですね。白村江の戦いの直後となれば、当時の日本にとっては国家存亡の危機に備えた最前線の防衛拠点ですよね。
原氏:
そうなんです。子どもの頃は、そこが歴史的にどれほど重要な場所かなんて知らず、ただの広大な遊び場として駆け回っていました。でも、大人になってから改めてその意味を知ると、景色が一変しました。「ここは1300年以上前に、実際に防人(さきもり)【※】たちが命懸けで守りを固めていた場所なんだ」と。
石垣の1つひとつを見て、「ここで兵士たちはどんな会話をしていたんだろう」「どんな不安な気持ちで海の方角を見ていたんだろう」と想像する。そうやって、「かつてここに生きた人がいた」という実在感(リアリティ)を肌で感じられたことが、僕が歴史を好きになった一番のきっかけであり、今の『キングダム』の創作にも繋がっています。
※防人(さきもり)
古代の日本において、筑紫・壱岐・対馬など北九州の防備に当たった兵士。
シブサワ氏:
その「想像する楽しさ」こそが、歴史エンターテインメントの真髄ですよね。史跡に立つと、数百年の時を超えて当時の風や匂いを感じる瞬間がある。
原氏:
ええ。それに加えて、僕はやはりNHKの大河ドラマの影響も大きかったですね。特に『独眼竜政宗』(1987年)は、子ども心に強烈なインパクトを受けました。家族と一緒にあの作品を見ながら、歴史にぐっと引き込まれていったんです。
──おふたりとも幼少期から歴史に強く惹かれていたんですね。原先生は、やはり歴史好きとして、コーエー(現コーエーテクモ)の歴史ゲームにも親しんでこられたのでしょうか。
原氏:
もちろんです!
コーエーさんの『三國志』シリーズは子どもの頃から遊んでいました。一番最初は、確か友達の家でパソコン版の『三國志Ⅱ』や『Ⅲ』をプレイした記憶がありますね。最初に触れたのは小学生の頃だったでしょうか。友達と、あーだこーだ言いながら遊んでいたのをよく覚えています(笑)。
あとは、学生時代に『真・三國無双』シリーズにも触れました。爽快なアクションで三国志の武将たちを操れるのが楽しかったですね。
シブサワ氏:
原先生がうちのゲームで遊んでくださってたなんて嬉しいですね!(笑)
『三國志』も『無双』も楽しんでいただけたなら光栄です。当時から、歴史好きの方にとってコーエーのゲームは特別な存在でありたいと思って作っていましたから、それが漫画家としての原先生にも刺さっていたと知ると、作り手冥利に尽きます。
── シブサワさんご自身は小説や漫画もお好きとのことですが、実は原先生の『キングダム』もかなり早い段階から読まれていたとか。読んだきっかけは何だったのでしょう?
シブサワ氏:
実は『キングダム』を手に取ったのは娘に薦められたのがきっかけなんです。
うちの娘(襟川芽衣氏)が漫画好きで、「これはきっとヒットするから読んでみて!」と教えてくれまして。それで単行本をまとめて貸してもらって読み始めたんですが……もう登場人物の魅力に圧倒されましたね。キャラクターがものすごく魅力的で、物語にグイグイ引き込まれていきました。「これはすごい漫画があるぞ!」と興奮したのを覚えています。
原氏:
ありがとうございます(笑)。
実はシブサワさんが『キングダム』を読んでくださっているという話は、だいぶ後になってから編集部経由で聞いて、「本当に!?」って驚いたんですよ。歴史ゲームの第一人者に読んでもらえるなんて、と。
シブサワ氏:
いやいや、本当に面白かったので。私は歴史もののエンタメには結構いろんな作品に触れてきたつもりですが、その中でも『キングダム』は群を抜いていました。歴史上の人物をここまで生き生きと魅力的に描けるものかと。
歴史への興味を深める過程で「ゲーム」の影響
──原先生にとって、歴史への興味を深める過程で「ゲーム」の影響はありましたか?
原氏:
それはもう、めちゃくちゃありますよね。
『三國志』をプレイしていたときなんかも、登用コマンドで新しい武将が出てくるたびに、「あ、このキャラは知ってるぞ!」とかいって盛り上がっていましたし。
──日本人の歴史認識について、いかにコーエー(シブサワさん)の影響が大きいかといえば、武将のパラメーターってあるじゃないですか。ああいう、人物の強さを数値化して表現したのって、実は『信長の野望』の発明だったと思うんです。
原氏:
それは……いや、確かに本当にそうですね。それはすごい発明ですよ!
そういえば、『キングダム』でも、作中のおまけページとして武将の能力値を載せたり、『キングダム 公式ガイドブック』で詳細なパラメータを公開したりしていますが、よく考えたらあれ、完全にコーエーのゲームの影響ですよね! 自分もめちゃくちゃ影響されてました。
シブサワ氏:
ははは。いやあ、そう言っていただけると光栄です。
私が最初の『信長の野望』を作った1983年当時、シミュレーションウォーゲームというジャンルは、ボードゲームが主流だったんです。またコンピュータゲームといえば、反射神経を競うアクションゲームがほとんどだったような時代です。
私は、ボードゲームの持つ戦略的な面白さを、コンピュータの計算能力を使って表現したかった。そこで導入したのが、人物の能力を数値化するシステムだったんです。
吉川英治先生の小説などを読みながら考えると、「劉備はこれくらいかな」「呂布の武力はやっぱり最強クラスだろう」と、数値がどんどん浮かんでくるんです。
原氏:
ええ? 武将のパラメーターってシブサワさんが決められていたんですか?
シブサワ氏:
ええ、初期の頃は私が1人で勝手に決めていました(笑)。
例えば、「武力」ひとつとっても、98と97の違いをどう表現するか。呂布は当然100だとして、関羽は98なのか97なのか。張飛との差はどうするか。
その「たった1の差」に、小説から受けた印象や、私自身の「武将への想い」を込めていたんです。「こいつは頭は悪いけど腕っ節は強いから知力は低く、武力は高く」とかね。そうやって数字を入れることで、ドット絵のキャラクターに「人格」が宿るんですよ。
原氏:
なるほど。その「1の差」の妙味に、僕らユーザーは熱狂したわけですね。「なんであいつが92で、こいつが91なんだ!」みたいな議論も含めて、歴史を楽しむ土壌を作っていただいた。歴史上の人物を「キャラクター」として立たせ、比較可能なものにした功績は本当に大きいと思います。
──ところで『キングダム』における武将パラメーターは、やはり先生ご自身で考えておられるんですか?
原氏:
はい、完全に私の遊び心で考えています。強さや知力みたいな項目以外にも、各キャラ特有の項目を作ったりして、数値を割り振って楽しんでますね。



