ヴァニラウェアからの“卒業”。看板を背負わず、小さなものを作るために

──ヴァニラウェアを退社する流れも聞かせてください。
西村氏:
きっかけはコロナ禍です。会社としてリモートワークを許可する流れができました。その仕組みを作ったのは私でもあります。
コロナにかかって出社できない子が有給をどんどん使ってしまうのがかわいそうで、リモートワークの体制を作ろうとしました。
──なるほど、コロナがきっかけでしたか。
西村氏:
ただ、始めてみると、その仕組みを自分が使いたくなってきたんです。もともと、場所を選ばずに仕事をするのが夢でもありました。
それに、コロナがひどくなっていく中で、大都会に住んでいると、いざライフラインが切れたときに自分も人も救えないのではないか、という不安もありました。
当時はまだ結婚していませんでしたが、今の妻と「どこかに行こう」と話して、曽爾村に来ることになりました。
──そこからリモートで働いていたけれど、会社の方針と生活が合わなくなった。
西村氏:
はい。コロナが沈静化して、会社としては「ある程度出社してほしい」という話になりました。でも私は大阪から遠く離れた曽爾村にいる。出られない。会社の方針とは合わなくなったので、退社することになりました。
ただ、私がヴァニラウェアを辞めたかったわけでもなく、神谷さんが私を辞めさせたかったわけでもありません。生活が変わってしまって、純粋にライフスタイルが合わなくなったということです。
──そこから『暗黒城の魔女』につながる流れは、かなり特殊ですよね。ヴァニラウェアを辞めているにもかかわらず、神谷さん(ヴァニラウェア)の応援もあると聞いています。
西村氏:
もともと、退社する前から趣味で作っていました。家でコツコツ、シナリオやグラフィックリソースを作っていたんです。3年くらい作っていたと思います。
神谷さんは以前から、「ヴァニラウェアという名前を背負うと、それだけ大きなものを作らなければならない」という問題を考えていました。
だったら、ヴァニラウェアとは違う名前で、小粒なタイトルを作る形なら、ディレクターが育つのではないか、と。そういう話を私にもしてくれていたんです。
──神谷さんは神谷さんで、新しいゲームをどう作ればいいのか? という問題意識をもっていたわけですね。
西村氏:
はい。そのときに、「じゃあ、私はこういうのを家で作っています。これを作らせてください」と見せました。すると「いいですよ」となった。私としては、ある種の卒業という方向性で作らせてもらえるようになった、というのが本当のいきさつです。
──この「卒業」という言葉はかなり重要ですね。ヴァニラウェアのブランドを背負わせるのではなく、作り手が小さく外へ出て、自分のサイズで作る。ラーメン屋ののれん分けに近いというか。
西村氏:
そうですね。神谷さんとしては、年を取った社内の人がある程度抜けていって、自分たちで自分たちの作りたいものを作っていく形が広がってほしい、という考えがあると思います。私もそこに乗っている形です。
『暗黒城の魔女』は、なぜゲームブックなのか

──では改めて、『暗黒城の魔女』がどういう作品で、なぜ作りたかったのかを聞かせてください。
西村氏:
私にとってゲームブックは、幼少期にファンタジーというジャンルを知るきっかけになったものです。
私は当時、あまり本を読むのが得意ではありませんでした。失読症というほどではないと思いますが、本を読むのが苦手だったんです。
──え? ゲームブックが好きなのに、本を読むのは苦手だったんですか?
西村氏:
そうなんです(苦笑)。
でも、ゲームブックを通して少しずつ本を読めるようになりました。
言葉を覚え、イラストを模写して、絵も上達していった。ゲームブックから得たものは、知識としてもたくさんありました。だから、ゲームブックにお礼をしたい、恩返しをしたいという気持ちがあります。
──恩返し。
西村氏:
ゲームブックは、当時に比べると勢いはかなり落ち着いています。今も作っている方はいらっしゃるので、「廃れた」というほどではないと思うのですが、かつてほど一般的ではない。だから、もう一度盛り上げたいんです。
たとえば、何かのIPが出るたびにゲームブックも出る。『鬼滅の刃』のゲームブック、『呪術廻戦』のゲームブック、そういうものが当たり前になる状況を作りたい。
ただ、本でそれをやるだけでは、私の技術や知識があまり役に立たない。だから、ゲームという形を利用しようと思いました。
──なるほど。
西村氏:
本を読むのが苦手な人でも、音楽が入っていたり、エフェクトがついていたり、絵が動いたりすれば遊べるかもしれない。
ゲームをやっている人にも、本を読む習慣の入り口になるかもしれない。そういうアプローチで、ゲームブックをもう少し広げたいんです。
──影響を受けたゲームブックで言うと、どのあたりですか。
西村氏:
一番大きいのは、J・H・ブレナン【※】の『暗黒城の魔術師』です。『グレイルクエスト』シリーズですね。
タイトルからして、『暗黒城の魔女』にもつながっています。その後は『ソーサリー』や『ファイティング・ファンタジー』【※】です。ゲームブックから、TRPGの方にも関心が広がっていきました。

※J・H・ブレナン
アイルランド出身のゲームブック作家。代表作『グレイルクエスト』シリーズは、アーサー王伝説をモチーフにしたユーモアあふれる作風で、1980年代に世界的人気を博した。『暗黒城の魔術師』(原題:The Castle of Darkness、1984年)はその第1巻にあたる。
※『ソーサリー』『ファイティング・ファンタジー』
スティーブ・ジャクソンとイアン・リビングストンが立ち上げた英国発のゲームブックシリーズ。『ファイティング・ファンタジー』は世界的なゲームブックブームを牽引し、その派生作として『ソーサリー』も誕生した。日本でも翻訳版が多数刊行され、1980年代のゲームブック文化を象徴する作品群となった。
──ゲームブックの根源的な面白さは何だと思いますか。今で言えば、その感覚は『エルデンリング』などにも受け継がれている雰囲気ってありますよね。
西村氏:
やはり、「状況を理解し、選択をする」ことだと思います。人間にとって、この2つは非常に大事です。
人間が生きていると、日々、問題があります。
お腹が空いた、どこへ行こう、何をしよう。人は状況を見て判断している。歩くことですら、実は選択しています。トイレに行きたいから歩く。棚の上のものを取りたいから手を伸ばす。ほとんど自然に動いているように見えるけれど、実際には選択している。
ゲームブックは、それをものすごくシンプルに削ぎ落としているんです。状況を理解して、選択する。それだけに集中する。だから、プリミティブな面白さがあるんだと思います。
なぜゲームブックは、すぐ死ぬのか
──昔のゲームブックもそうですし、『暗黒城の魔女』もそうですが、わりとすぐ死ぬじゃないですか。あれは、なぜ必要なんですか。
西村氏:
世界が一寸先は闇だ、と言いたいわけではないのですが、選択によって未来が変わることを表現しているのだと思います。死んでしまうというのは、ゲームとしての極端な結果です。
実際の世界では、選択に明確な正解・不正解があるわけではないですよね。でもゲームでは、「これを選んだら正解」「これを選んだら間違い」という形にできる。それによって、選択の重要性が見える。
──難しさが、選択の面白さを感じてもらうための、スパイスでもあるということですね。
西村氏:
ゲームブックは、常に読者に聞いてくる。あなたはどうするのか、と。
だから、いきなりその世界に入って、いきなり遊べる。それはゲームブックの最大の魅力だと思っています。
──「あなたはどうするのか」と聞かれること自体が、ゲームブックの要なんですね。
西村氏:
そうです。選べる喜びです。0でもなく、1つでもない。
選択肢があって、それを選んで、成功と失敗がある。非常にスリリングで楽しいと思います。
デジタル化しても、「14へ行け」は変えない

──ゲームブックを現代風に、デジタルで作る上で、変えた部分と変えてはいけない部分は何でしたか。
西村氏:
「14へ行け」【※】のようなものは、変えてはいけないと思いました。ゲームブックを知っている方が「そうそう、これだ」と思う部分です。
すぐ死ぬことも同じです。ゲームブックですぐ死なないものもありますが、やはりすぐ死ぬゲームブックは多かった。だから、それも入れています。
※「14へ行け」
『グレイルクエスト』シリーズに出てくる有名な一節。冒険に失敗すると、プレイヤーは14ページに飛ばされ、死んでしまう。
──「14へ行け」は、今で言うネットミームみたいなものですよね。
西村氏:
冒険の途中は辛い。でも終わると気持ちいい。その感覚も大事にしています。クリアしていただけたら、楽しい、気持ちいい体験になるのではないかと思っています。
変えた部分としては、デジタルなので、セーブができる。音楽が鳴る。声が入る。エフェクトがある。豪華にできるところは豪華にしました。
──HPなどのメモ部分が自動で管理されるのも大きいですよね。紙のゲームブックなら、いちいち手書きでシートを書き換える必要がある。
西村氏:
そこはデジタルの強みです。ただ、ゲームブックとして遊んでいる感覚は残したかった。私はゲームブック文化に感謝しているので、これを遊んだ人に、また紙のゲームブックにも触れてほしいという気持ちがあります。
だから、ただのテキストアドベンチャーにはしたくありませんでした。ゲームブックとして遊んでいるかのような体験にしたい。これは元々ゲームブックというものをデジタル化したものなんです、と伝えたいんです。
──ビジュアルノベルとの違いは、その「本を読んでいる」感覚にある?
西村氏:
そうです。純粋なシステムとして見れば、テキストアドベンチャー&RPGの亜種ではあると思います。ただ、表現を思いきり「本」に振り切りました。
一般的なアドベンチャーゲームは、自分の視点で世界を見ることが多い。『暗黒城の魔女』も一人称ではありますが、見ているのは机の上の本なんです。あくまで、プレイヤーは本を読んでいる。
だから文字が多くても、本だから当たり前になる。
絵があまり動かなくても、本だから当たり前になる。
このゲームでは、そこをとても重要視しているんですが……。「ああ、なるほど!」と思ってもらうのは、やはり遊んでみてもらわないと伝わらないですね。
300枚以上の絵、20時間級のボリューム。それでも「趣味」で書いていた

──今回、イラストは300枚以上あると聞きました。
西村氏:
小さな絵も含めて、正規に使う絵が300枚以上ありますが、すべて私が一人でコツコツと描いたものになります。ゲームを作りながら、これが必要だ、となってから描くので、使わなかったものはほとんどありません。
──最初の3年は、エンジニアがいるわけでもなく、ひたすらシナリオと必要な絵を貯めていたそうですね。
西村氏:
今思えば、これをどうするつもりだったのか分からないくらい、ずっと黙々と一人で作っていたんです。最初は、ゲームとして形にする計画や当てがあるわけでもなく、ただただ描きためていたんです。
──出口が決まっていない状態で、なぜ続けられたんですか。
西村氏:
楽しかったんだとしか言えないですね。趣味だったんだと思います。
あと、本作を作り始めたきっかけの一つに、X(旧Twitter)で見かけた話題がありました。
森の魔女が孤児を拾い、その子が成長してマッチョなイケメンになる。その男の子は魔女を母のように慕うけれど、血がつながっているわけではないので、恋人のような感情もある。そういう漫画か小説の話題があったんです。
私はそれを見たとき、その感覚がよくわからなかった。この2人が親子関係にしか見えない。では、恋愛感情になるにはどうしたらいいのか。それをお話にしてみようと思って書き始めたのが、『暗黒城の魔女』です。
──最初は、感情の構造を理解するための探求だった。
西村氏:
そうですね。探求心から始まったと思います。もちろん、いつか完成させて、誰かに遊んでもらいたい気持ちはあったと思います。でも、基本的には好きで書いていました。
ゲームブックには厚みがありますよね。ページを開くと、いろいろなキャラクターが出てくる。これを自分が出すにはどうしたらいいだろう、と考えるのが楽しかった。少し変態的かもしれませんが、浮かれてやっていました。
