ビデオゲームの世界同時発売が当たり前となってひさしいが、ひと昔前までは発売日が数ヵ月~数年単位でずれているのがふつうだった。
環境の問題や物流の制約から、まずは現地の国での発売が行われ、そのあとに他言語にローカライズされるため、どうしても時間差が生まれていたわけだ。
そのため、コアなゲーマーの中には、手間と費用をかけて海外からハードとソフトを輸入する人もいたほど。
だが、現在ではデジタル配信の普及や翻訳技術の発展、メーカーの方針転換などにより、多くのタイトルが多言語で同時開発され、世界同時発売が標準になりつつある。
これは決して大手メーカーの話に限ったことではない。2019年に設立されたクラウディッドレパードエンタテインメント(以下、CLE)も、海外タイトルを日本へ、日本タイトルを海外へと、精力的かつ幅広いローカライズを行っており、注目を集めている。
『イースIX』や『軌跡』シリーズを始めとする日本ファルコムタイトルをはじめ、ディースリー・パブリッシャーやフリュータイトルのアジアローカライズ版を展開しているほか、海外産の新規IPを日本で発売するなど、グローバル展開を行っているCLE。

じつは、CLEの代表を務める陳 云云氏(チン・ウンウン氏)は、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)で20年以上にわたり日本タイトルの中国語ローカライズを手がけていた人物。ゲームに対しての愛情とローカライズへの情熱を強く抱いており、ゲーム業界では名が知れた人物でもある。
CLEはなぜ熱量の高いローカライズを実現できているのか? ほかのローカライズ会社との違いはどういったところなのか? 編集部は陳氏にインタビューを実施し、ローカライズの現状やCLEの特徴、パッケージ版へのこだわりや今後の展開などについて話をうかがった。
聞き手・文/豊田恵吾
『Back to the Dawn』日本語ボイスはなぜ実現したのか
──本日はよろしくお願いします。 まず直近のタイトルについてお聞かせください。クラウディッドレパードエンタテインメントがローカライズを手がけた『Back to the Dawn ~ブレイク・ザ・アニマル・プリズン~』(以下、『Back to the Dawn』)は、100万字を超える膨大なテキスト量ながら、ハードボイルドな世界観や人間(動物)関係のニュアンスを自然に伝える翻訳クオリティの高さが評価されています。反響をどう受け止めていらっしゃいますか?
陳 云云氏(以下、陳氏):
おかげさまで、発売前から非常に温かい反響をたくさんいただきまして、たいへんうれしく思っております。
ただ、日本語ボイスの導入は初めての試みでもありましたので、プレッシャーも大きかったです。ユーザーにどう受け取ってもらえるかなど緊張感がありました。
限定版がすぐに売り切れとなったり、日本語ボイスがユーザーによろこんでいただいたりと、挑戦してよかったと思っています。
10月22日にはプレイステーション5版が発売となりますので、さらに多くの方が手に取っていただければうれしいですね。

── クラウディッドレパードエンタテインメントはローカライズに真摯に取り組まれている印象があります。お話いただいたように、『Back to the Dawn』は日本語ボイスが追加されていますが、大きな会社でもなかなかできないことだと思うんです。なぜクラウディッドレパードエンタテインメントはローカライズにそこまで注力しているのか。実現までの経緯も含めてお聞かせいただけますか?
陳氏:
ローカライズというものは、クリエイターが作った既存のものを別の言語に置き換えるだけだと思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、私にとっては少し違います。私にとってのローカライズとは、言葉の壁を超えて、クリエイターの想いや作品に込められた願いを海の向こうのユーザーに忠実にお届けすることだと考えています。
ただ翻訳するのではなく、ローカライズするときに「どういうことをやればユーザーのみなさんによろこんでいただけるのか?」をつねに考えています。『Back to the Dawn』はシナリオが丁寧に作られているのですが、ボイスがない場合はダイナミックな体験が伝わり切らない部分があるんです。
私はファミコン世代で、昔から日本のゲームになじみがありました。日本のユーザーにも最大限に楽しんでいただきたく、日本語ボイスは欠かせないと思ったんです。そこで、弊社が日本語翻訳のアレンジを作り、ボイスも収録することにしました。
──『Back to the Dawn』に限らず、日本のユーザーからの日本語ボイスの要望は多いのでしょうか?
陳氏:
『Back to the Dawn』はもともとSteamで発売されていたタイトルですので、アメリカやヨーロッパ、中国のユーザーにすでにたくさん遊んでいただいていました。
CLEからコンシューマー向けに発売するにあたり、日本のユーザーにもっとこのタイトルを楽しんでもらうにはどうすればいいのかを考えたとき、やはり多くの日本のゲームにはボイスが入っていて、声優さんたちの表現によってゲームが彩られていました。
ただボイスを入れるのではなく、やるからにはキャラクターに合致したすばらしい声優さんにお願いしたいと考え、弊社でキャスティングからディレクションまで行いました。

──声優の選定も御社が行われたのですか?
陳氏:
はい、弊社からリクエストを出してエージェンシーさんから候補をいただいて、キャラクターに合致する人物、演技力やこれまでの代表作などを考慮し、「この方だったらしっかり表現できる」と思った方にお願いしました。
── たしかに、仲村宗悟さん、間宮康弘さんの演技はすばらしかったです。
陳氏:
ご本人たちもこのお話を非常によろこんでくださいました。間宮さんはもともとSteam版の『Back to the Dawn』を遊んでくださっていたそうで、「まさか自分が演じることになるとは思わなかった」と仰っていました。収録現場も非常によい雰囲気で、セリフについても声優さんの視点から多くの意見をいただき、日本語のセリフはさらによくなりました。

ゲームを遊びたいから日本語を勉強した
──陳さんご自身がゲーム好きとうかがっていますが、ビデオゲームにはどのように接してこられたのでしょうか?
陳氏:
私は台湾出身なのですが、幼少期にファミコンが出てきたときからずっとゲームばかりしていて、日本のゲームのすばらしさを体感してきました。当時はいまと違ってゲームの正規流通も少なく、中国語ローカライズされたソフトもありませんでした。
それでもゲームが好きだったので、辞書を片手に遊んでいたんですね。一般的に言語は学校などで勉強して学ぶものですが、「ゲームを遊びたいから日本語を勉強した」という感じです(笑)。
すばらしいゲームがたくさんあったので、ゲームが好きそうな友だちにおすすめしていたのですが、「日本語が読めない」という理由で敬遠されてしまって……。
そのときに、「いつか自分が日本語のゲームソフトをすべて中国語にローカライズしてやる!」と心に決めたんです。そういった原体験もあり、1998年にソニー・コンピュータエンタテインメントに入社しました。
そのときも、「絶対にゲームのローカライズをやりたい」と思っていまして、社内はもちろん、社外の方やサードパーティーの皆さんに会うたびに「中国語版を作らせてください」と伝えていたんです(笑)。
──いまでこそゲームが多言語にローカライズされるのは当たり前ですが、当時はその考えを持つ方は少なかったですよね?
陳氏:
ほとんどいなかったですね。当時はプレイステーションのゲームがアジアで正式に流通していなかったことから、マーケットそのものが存在していなかったんです。
ローカライズに関しても英語版はありましたが、タイトルによってはスペイン語、フランス語、イタリア語、ドイツ語などの欧州言語を作るくらいで、発売時期も日本版が発売されてから半年~1年後ということも少なくなかったです。ですから、自分が「中国語版を作りたい」と言っても、変な目で見られていましたね(笑)。
──時代が陳さんに追いついたんですね。
陳氏:
そうかもしれません(笑)。当時は誰も本気にしていなかったのですが、日本のゲームを中国語版に翻訳して中華圏のユーザーに遊んでもらうということを、私は決して諦めなかったんです。
『ICO』のローカライズからセールスまで「ひとりで全部やった」
──SCEに入社されたきっかけは、プラットフォームの会社だからこそローカライズの仕事ができると思ったからなのでしょうか?
陳氏:
それも大きいです。当時、アジアのマーケットに興味を持っていて、アジアで展開したいというハードメーカーはSCEしかなかったと思います。
また、ローカライズをするためには、翻訳、QAといった作業が必要ですが、そのうえでローカライズしたソフトをしっかりと販売しなくてはいけない。当時は正規のマーケットがなかったアジアに先行投資をするということは、ソフトメーカーだときびしかったわけです。そういった背景もあり、いろいろと縁があってSCEに入社しました。
──入社してすぐにローカライズ業務を担当されていたのですか?
陳氏:
入社当初は、「SCEがアジアのビジネスをスタートしたい」とのことで、ソフトビジネスを担当しました。「アジアで1本でも多く売れるソフトを探す」というところから始まったんです。
大きなきっかけになったのは、プレイステーション2がアジアで正式に発売されることになったときですね。日本より1年半以上発売が遅れたこともあって、上司から「何か目玉を用意しなきゃいけない。いいタイトルはないか?」と聞かれ、ちょうどそのとき『ICO』の発売直前だったんです。真っ先に「『ICO』【※】のローカライズをやらせてください!」と言って、ひとりですべてやりました。
※『ICO』……2001年12月6日にSCE(現SIE)から発売されたプレイステーション2用ソフト。少年イコが少女ヨルダと出会い、古城を脱出するアドベンチャーゲーム。

──え? おひとりでやられたのですか!?
陳氏:
ローカライズ、QAはもちろん、マーケティング、セールス、プロモーション……ロジスティックのすべてですね。当時、誰もやり方がわからなかったので、自分ひとりで全部やりました(笑)。台北のローカライズセンターの設立も行いましたし、おかげさまでいまではこうやって会社ができるまでになりました。
大きな会社に入ると、ふつうは「特定の部門のみを担当する」ことが多いじゃないですか。そんな中で、ゼロから作るということに対して自分で一から十までやらなきゃいけなかったんですね。契約書を作ったり、外部の方と交渉したり、いろいろなことを勉強させていただきました。そういった原点があったからこそ、クラウディッドレパードエンタテインメントを自分ひとりでスタートするという考え方にたどり着いたわけです。
──『ICO』が最初に担当されたローカライズということですが、SCE時代に何本くらいローカライズをされていたのでしょうか。
陳氏:
『ファイナルファンタジー』シリーズ、『ドラゴンクエスト』シリーズ、『龍が如く』シリーズ、『スーパーロボット大戦』シリーズ、『ソードアート・オンライン』シリーズ、『仁王』シリーズ、『グランツーリスモ』シリーズ、『SEKIRO』などなど……皆さんが知っている日本の有名なタイトル、サードパーティー様のIPはかなりの数を担当しました。正確に数えたことはないんですが、おそらく150本は軽く超えていると思います(笑)
──それはすごいですね。ローカライズはテキスト量が多いほど労力が必要になりますが、RPGだとすごい物量になると思いますから、ジャンルを問わずにご担当されていたのには驚きです。
陳氏:
よく「どのジャンルが好きですか」と聞かれるのですが、それは遊び手のときの視点。ですので、ローカライズを行うときにはジャンルのことは考えていませんでした。
ローカライズすることでユーザーによろこんでいただいて、マーケットに受け入れてもらうことだけを考えていたというか。ただ、『デモンズソウル』のときはなかなかゲームがクリアできなくて、ディレクターの宮崎さん(フロム・ソフトウェア宮崎英高氏)に「すみません、どうすればクリアできますか」とうかがったりもしましたが(笑)。

──(笑)。たしかに、高難度のゲームだとたいへんですね……。ちなみに、日本語を中国語にローカライズするにあたっての難しさ、意識していることがあれば教えていただけますか。
陳氏:
日本語は特別な表現がすごく多いんです。たとえば「敬語」という表現があったり、一人称や二人称が多いところが難しい点です。「僕、俺、私、わたくし、あたし、〇〇さん、〇〇様、〇〇くん……」など、一人称の表現によってキャラクターの個性は変わります。中国語も英語も、ほかの言語にはそこまで多くのバリエーションはないんですよ。
あとはやはり日本語は3種類の文字で表現できるのがすばらしいですよね。ひらがな、カタカナ、漢字。それだけで変化が広がっていきますから。たとえば、漢字にすることで読み方を想像する楽しさが生まれたり。
中国語だとそれができないんです。日本語はすごく学びがいがある言語だと思いますが、その壁を飛び越えてローカライズすることはたいへんではあります。
──たとえば、個性的な一人称を他の言語で表現するときはどう翻訳されるのですか?
陳氏:
そうですね。日本語の場合、たとえば「僕」という一人称なら「おとなしい男の子なのかな」とイメージされますし、「俺」なら「もっとガサツな(あるいは力強い)奴だな」といった印象を抱きますよね。このように、たったひと言の言葉だけで読み手にさまざまな印象や背景を想像させることができます。呼び捨てや「?さん」「?くん」といった敬称のニュアンスも同様です。
その一方で英語に翻訳する場合、一人称は基本的に「I」ですし、呼びかけも「Mr.」くらいしかないので、日本語のような繊細なニュアンスをそのまま再現するのが難しいんです。
そのため、特定の代名詞に頼るのではなく、セリフ全体の言い回しやトーンを調整しながら、そのキャラクターの個性がしっかり伝わるような文章に作り替える工夫をしています。
