『プロセカ』は本質的にゲーム。「マイセカイ」も「譜面メーカー」も、飽きずに楽しんでもらうためのチャレンジ
──ストーリーの話をうかがってきましたが、ゲームの面でも変化が続いていますよね。『プロセカ』は物語に触れやすくする取り組みを重ねてきた一方で、近年は「マイセカイ」や「譜面メーカー」など、ストーリー以外のコンテンツの拡充にも力を入れている印象です。これはなぜなのでしょうか。
近藤氏:
理由はシンプルで「『プロセカ』は本質的にゲームだから」ということに尽きます。ノベルなら物語だけを書いていればいいのですが、あくまでインタラクティブ性が重要なゲームです。
プレイヤーのみなさんはキャラクターやストーリーに魅力を感じて遊んでくださっていると思いますが、一方でゲームとしても日々触れているわけです。ずっと同じことをくり返していたら、シンプルに飽きてしまう。
ですから、常にアップデートを重ねていく必要がある。「マイセカイ」も「譜面メーカー」も、みなさんに飽きずに楽しんでもらうためのチャレンジなんです。
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──既存のプレイヤーに向けた施策とはいえ、新規ユーザーの獲得につながる期待もあったのではないでしょうか。
近藤氏:
もともと、どちらも既存のファン向けに作ったものではあります。ただ、「譜面メーカー」に関しては、あわよくば新規ユーザーが増えないかなと少し期待していました。そこは、そんなに甘くはなかったですね(笑)。とはいえ、いま遊んでくれている人たちが楽しんでくれていれば、それで十分です。
佐々木氏:
ボカロカルチャーは、そもそもUGC、つまりユーザー自身がコンテンツを作ることを土台にして育ってきた文化なんですよね。
ユーザーが自分で何かを作ったり、自分好みにカスタマイズしたりする楽しみ方は、『Project DIVA』の「DIVAルーム」や3DCGソフトの「MikuMikuDance(MMD)」など、ボカロ周辺でも以前から親しまれてきました。
だから「マイセカイ」や「譜面メーカー」が実装されたときも、ファンの方には「やっと来た!」という感覚があったと思います。『プロセカ』のなかでも、より自分らしい楽しみ方ができるようになったんですよね。
『プロセカ』は、若い世代にもう一度「ボカロっておもしろいんだよ」の入口を作ってくれたコンテンツだった
──佐々木さんから見て、『プロセカ』はボカロカルチャーのなかでどういう存在になったと感じますか。
佐々木氏:
ボカロカルチャーは、2010年代前半の「千本桜」(作詞作曲:黒うさ)や『カゲロウプロジェクト』といった流れで、基盤ができあがっていて。我々としても、どうしても当時のファン層に目が向きがちでした。
でも『プロセカ』は、それより若い世代に、もう一度「ボカロっておもしろいんだよ」と伝わる新しい入口を作ってくれたコンテンツです。ここまで大きな規模で、新しい世代をボカロへ連れてきた例はほとんどなかったと思います。
それまでは「初音ミク」「ボカロ」と聞くと、少し昔のブームや、熱量の高いコアなファンの文化を思い浮かべる人も多かったと思うんです。『プロセカ』は、そこに新しい世代のイメージを加えてくれました。
だからこそ、若い世代に新しい入口を作った近藤さんのアプローチは本当にすごいと思います。近藤さんは、若いプレイヤーの感覚をどう捉えているんですか?
近藤氏:
それは単純に、『プロセカ』の企画を出した当時の僕が、まだ20代だったからという話だと思います。だからこそ、僕は今後どんどん「ご意見番」のほうに回るべきだと思っているんです。
──自分よりも若い世代のクリエイターに任せていく、ということですね。
近藤氏:
そうです、そうです。ギリギリ29歳のときに出した企画書が、あんな感じでしたから。クリプトンさんやセガさんの社内では、「破壊神」呼ばわりされていたと思うんですよ(笑)。
小菅氏&佐々木氏:
いやいや、そんな呼びかたはしていませんよ(笑)。
──あんな感じというのは? 企画書のどのあたりが、そこまで壊しにいっていたのでしょうか。
近藤氏:
内容としては、いまの『プロセカ』がやろうとしていることとまったく同じです。「プロジェクトセカイ」というタイトルも、企画書のままですしね。
ただ、当時のボカロコミュニティの雰囲気を考えると、受け入れられるにはいくつも壁があると思っていました。「ミクたちの世界に人間のオリジナルキャラクターが出る」ことへの反発や、「歌ってみた」カルチャーに対する抵抗感など、さまざまな障害が予想されましたから。
佐々木氏:
当時、その話はすごくしましたよね。
近藤氏:
ええ。まだコミュニティの空気がいまよりもずっと濃い時代でしたから、本当にいろいろな壁があったんですよ。
──当時は、「人間」という言葉すらひとつの壁だったのですね。
近藤氏:
まったくです。むしろいまの話をしながら、「あれ、逆にいまはその壁はないのか?」と不思議に思うくらいで。
佐々木氏:
僕からすると、ニコニコ動画にはもともと、アイドルもののリズムゲームを楽しむ文化があって、その周辺からボカロカルチャーの初期の広がりも生まれていったんです。
そこから時代が一周して、『プロセカ』では人間関係やキャラクター性のある物語を、もう一度リズムゲームと結びつけた。その形を、元ボカロPでもある近藤さんが設計してくれた。こちらとしては「まさにそれを待っていました」と感じたんです。
『Project DIVA』ではたどり着けなかった形。29歳の青年が「まず通らない」と思った企画書から、『プロセカ』は始まった
──「まさにそれを待ってました」とおっしゃいましたが、そう感じられた背景には、それ以前の経緯があったのでしょうか。
佐々木氏:
じつは近藤さんが『プロセカ』の企画書を持ってきてくださる前に、セガさんの社内で「『Project DIVA』などをベースにして、スマホゲームを作れないか」という検討があったんです。
でも、『Project DIVA』にはすでに強い個性があり、それを愛しているファンもいます。若い世代に向けて大きく作り替えようとすると、今度は「それはもう『Project DIVA』ではない」というところまで行ってしまう。既存シリーズの延長線上では、どうしても越えにくい壁がありました。
そこで「『Project DIVA』とは別の形で考えよう」となっていたときに、当時29歳だった近藤さんの企画書が出てきたんです。『Project DIVA』のスマホゲーム化を考えていた僕たちの目線では、なかなかたどり着けない発想でした。
──そうした前日譚があったからこそ、新しい切り口の『プロセカ』がスタートしたんですね。
佐々木氏:
結果だけを見ると、すごく自然な流れだったのかもしれません。若い世代の近藤さんが、ボカロカルチャーを内側から理解したうえで、当時のソーシャルゲームのおもしろさと結びつけてくれた。それが『プロセカ』の出発点だったのだと思います。
近藤氏:
僕のほうは逆で、「セガさんもクリプトンさんも、これを通すんだ!」と驚いていました。
正直、まず通らないだろうなと思いながら出しましたから。でも、これくらい攻めたことをやらないとダメだろうな、という覚悟はあったんです。
佐々木氏:
いえいえ、驚いたのはこちらのほうなんですよ。近藤さんの企画書を見たときに、やっと「これだ!」と思える案が出てきた感覚でした。
それまでもいろいろな企画を検討していましたが、どこかで「これではない」と感じていた。そこへ、それまでとはまったく違うアプローチの企画が来たので、「これなら始められる」と安堵したのを覚えています。
──近藤さんが、ボカロカルチャーの外から来た人ではなかったこと。それが企画書の違いにも表れていたのですね。「元ボカロP」としての経験は、いまでも大きいと感じますか。
近藤氏:
めちゃくちゃ大きいです。ゲームとしての判断だけでなく、「カルチャーとしてのコンテンツ判断」が求められる場面が多々ありますから。そこで事故ったら終わり、という側面は常にあります。
「お金儲けのためだけにやってるな」とボカロファンに思われた瞬間、僕は一生石を投げられ続ける人生になるわけです。でも、『プロセカ』の運営を長く続けるなかで、少しずつ理解いただけてきたんじゃないかと。
「ニーゴ」を全年齢向けに出していいのか。リリース前の懸念には、ひとつずつ説明を重ねて向き合った
──佐々木さんは近藤さんの企画書を「これだ!」と受け止めたとのことでしたが、リリース前はヒットするかどうかもわからなかったはずです。実際に形にしていくなかで、各社のあいだではどんな議論があったのでしょうか。
近藤氏:
わかりやすいところで言うと、やはり「ニーゴ」のストーリーを「全年齢向けに出して本当にいいのか?」という懸念は、各社さんからありましたね。
それに対して、僕が「これでいいんだ!」と熱弁するめちゃくちゃ長文のメールを送っていた形跡を、つい最近、ログを見返していて見つけました(笑)。
──熱量で押しきった、ということでしょうか。
近藤氏:
いえ、強引に押し通したという記憶はあまりないです。「伝わっていないのであれば、それは表現の問題かもしれない」と受け止めて、「このユニットが本当に伝えたいのはこういうことなんですよ」と、ひとつずつ説明しながらすり合わせていきました。
佐々木氏:
本当にいろいろありましたよね。たとえばバーチャル・シンガーについても、ミクはセカイごとに明確な違いを出す一方で、ほかのキャラクターをどんな距離感で登場させるかは、最初から全部決めていたわけではありません。「実際に走りながら考えていこう」と話していました。
ボカロカルチャーには、数えきれないほどの楽曲やクリエイターさんの表現があります。そのなかから何を『プロセカ』に取り入れ、どう見せれば自然につながるのか。
そこは事前に正解を決めるのではなく、実際に運営しながら、お客さんの反応も見て調整していこう、という共通認識がありました。いま振り返ると懐かしいですね。
──運営型のゲームだからこそ、お客さんの反応を見ながら道を探っていくわけですね。
近藤氏:
そうですね。すべてをあらかじめ決めきってしまうことは、運営型のゲームにおいては避けるべきだと思っています。
当然、決めなければいけない軸は決めます。ただ、「走りながら決めていった」くらいのほうが、結果的によくなることもたくさんあるんです。そういう余白を残しておくのは、すごく重要だと思いますね。
『プロセカ』という明確なストーリーの下地があったからこそ実現した劇場版
──この数年間、3社で共通の認識を持って取り組んでこられたことについてお聞かせいただけますか。
近藤氏:
そうですね……。3社でということでしたら、真っ先に劇場版(『劇場版プロジェクトセカイ 壊れたセカイと歌えないミク』)が挙がりますね。
佐々木氏:
僕もやはり劇場版ですね。あれは、準備期間も含めるといつごろから動いていたんでしたっけ。もうけっこうな年月になりますよね。
近藤氏:
気になってメールを遡ってみたんですが、2021年の5月にはすでにP.A.WORKSさんとやりとりをしていました。
佐々木氏:
まだアプリがリリースされてから、1年も経っていないころですね。
それだけ準備期間も長かったですし、初音ミクとして本格的なアニメーション映画を作るのは、これまでにない新しい挑戦でした。
初音ミクはこれだけ広がったIPなのに、なぜこれまで映画がなかったのかと思われるかもしれません。でも、今回は『プロセカ』という明確なストーリーの土台があったからこそ実現できたんです。
──といいますと?
佐々木氏:
初音ミクには、ひとつに固定された公式ストーリーがあるわけではありません。さまざまなボカロPさんやクリエイターさんが、それぞれの世界観でミクを描いてきた。それが大きな魅力である一方で、一本の長編映画の物語を作る土台にはしにくかったんです。
今回は『プロセカ』という共有できる物語があったから、そこに初音ミクを置いて本格的な映画を作ることができた。ミクが誕生してから15年以上をかけて、迂回しながらも到達できたタイトルでした。
──では小菅さんはいかがでしょうか。
小菅氏:
3社共通のプロジェクトとは少し違うかもしれませんが、この間ずっと強く意識していたのは、やはりストーリーの区切りですね。
前回(4周年時)のインタビューから少し経ったころに、近藤さんから「こういう形で完結に向けてやっていこうと思う」というお話があって。そこから我々も、やるからには覚悟を決めようと。同時に、その先をどうするのかも考えながら進んできました。
──その構想が、さらに具体的なフェーズに進んだということですね。
小菅氏:
そうですね。シナリオが実際にその結末へ向けて進行していくなかで、3社の打ち合わせでも社内でも、ストーリーの完結に関する話題がどんどん増えていきました。
ずっと先の構想だと思っていたものが、いよいよ現実になってきた。6年が経ち、まさにそういうフェーズを迎えている実感があります。






