2026年2月、イマーシブ・フォート東京が開業からわずか2年でその歴史に幕を下ろした。
「体験型エンタメ」は失速したのか──と思いきや、現場で起きていることはむしろ逆だ。
謎解き/脱出ゲームの売上規模は初めて100億円を突破し、ARGはテレビ局や大手企業を巻き込んで認知を拡大。マーダーミステリーの店舗数も伸び続けている。
この「いま最も動きの速いジャンル」の現在地をまとめて見渡せるのが、IGDA日本の専門部会・SIG-体験型エンタメによるミニセミナーだ。
その3回目となる「体験型エンタメの現在と未来」には、正世話人の石川淳一氏、副世話人の田中宏明氏、池田奈美氏が登壇。2025年の総括に続き、注目ジャンルである「謎解き/脱出ゲーム」「ARG」「ロケーションベースエンタメ(LBE)」の3つについて、成長の実態と、その裏で顕在化しつつある課題が語られた。

「謎解き/脱出ゲーム」では昨年初めて100億円を突破!
今回のテーマでもある体験型エンターテイメントとは、「自分自身が日常空間の中で非日常体験ができるエンタメ」のことをさしている。まずは、この体験型エンターテイメントに含まれるジャンルごとに、2025年の振り返りが行われた。
「謎解き/脱出ゲーム」では、昨年法人主導で様々な団体が集まるフェスイベントが活発化してきた。また、持ち帰り商品が増えてきたほか、店舗で販売される商品も登場している。それに加えて、中国などからの輸入コンテンツも注目を浴びるようになってきた。
この「謎解き/脱出ゲーム」の市場規模は、昨年初めて100億円を突破している。こちらはあくまでも売り上げ規模のみで、派生などを含む市場規模ではない。
今年の展望としては、団体同士の交流が加速。また、謎解きが様々な形で使われるようになってきた。だが、謎解きの制作は個人クリエイターや副業の作家への依存度が高い。そのための、法的な整備も必要になってきている。
日常侵蝕ゲームとも呼ばれる「ARG」は、日本では第四境界がシーンをけん引する一方、近年はインディーARGも急増している。かつては作品数が限られていたが、現在ではすべてを追いきれないほど多くの作品が生まれるようになった。
この状況は、謎解きやマーダーミステリーが一気に普及した時期を思わせる。
加えて、テレビや雑誌など一般メディアで取り上げられる機会も増えており、認知度の向上が新たな制作者を呼び込み、作品の誕生につながる好循環が生まれている。
「マーダーミステリー」は、2025年に入ってから店舗数が2024年を上回るなど、引き続き広がりを見せている。従来とは異なる派生ジャンルの拡大に加え、オンライン・オフラインの両面で市場が成長。
さらに、中国企業との提携を背景に、輸出入の動きも活発になっている。こうしたビジネスモデルやターゲット層の広がりが、市場拡大を後押ししているといえる。
「XR(VR/AR/MR)系」は、「VR」は商業施設を使うフリーローム型と映画館などを組み合わせたというパターンが出てきた。「XR系」は伸び悩んでいたが、コンテンツやターゲット、収益構造を改善しながら課題を解決する道筋が見えてきている。
「AR」はスマホARや音声ARなど体験装置のひとつとして定着化してきた。その他のXR技術に関しても、演出表現として一般化してきている。
「イマーシブシアター」では、今年の2月にイマーシブ・フォート東京が閉館してしまったが、これまで知らなかった層への新たなアプローチも広まってきている。従来までの団体は安定して活動を継続しつつも、新規の団体も増加してきた。また、イマーシブシアターの要素を取り入れたコンテンツも増えてきた。
「モキュメンタリー」はドキュメンタリー風のフィクションを表すコンテンツだが、こちらは従来までは映画やテレビだけだったのがメディアを跨いだ展開が拡大している。切り口の多様化や考察要素も拡大しているが、複雑さがどこまで受け入れられるのかが課題になっている。
「体験型展示会」は、2024年に続き2025年も拡大基調になっている。たとえば『恐怖心展』は13万人を動員しているが、一気に増えたため差別化がしにくくなってきている状況だ。それに合わせて、ディープなものも登場してきているのが特徴だ。
「教育/プロモ体験型」の事例も増えてきている。中でも大きな注目をあつめたのが、大阪万博だ。こちらには、体験型コンテンツが山のように展開されていた。こうした流れから、今後もよりリーチしやすい形態として増えていくと予想される。
「宿泊/ツアー型」は、以前は謎解き一択だったが、様々なタイプのものが登場してきている。「泊まれる演劇」や「マニアなツアー」といったブランドも定着化しているほか、高価格帯にもかかわらずその価値が一般にも浸透してきている。
その他のジャンルとしては、ショップ型やインタラクティブムービーなども注目を集めてきている。方向性としては、非傍観型トキ消費というマーケティング面でも注目されるような分野になってきているのだ。
市場の拡大とともに新たな課題も見えてきた「謎解き/脱出ゲーム」
昨年の振り返りが終わった後、具体的に3つの分野について紹介が行われた。謎解き作家でSIG-体験型エンタメ副世話人の田中宏明氏からは、注目ジャンルのひとつである「謎解き/脱出ゲーム」について紹介が行われた。

石川氏のパートでも触れられたように、「謎解き/脱出ゲーム」の関連売上が100億円を突破している。こちらは、約20のブランドや企業などが公開している情報などを合算したものだ。
こうした数字からも、今勢いのある業界という認識がさらに広がってきている。
「謎解き/脱出ゲーム」では、企業でもフェスを開催する流れが多くなってきている。本来はひとつの団体が大きな会場を借りて30団体ほどが集まり、みんなでやれば楽しいというノリだった。
それが企業側からいろいろな団体に声をかけて開催されるようになってきたのだ。
これまで敵対してきた競合同士が融和していくことで、業界全体を盛り上げていく流れになってきたのである。
「謎解き/脱出ゲーム」が登場してから約20年が経ち、初期から遊び続けているコア層と、近年参加し始めたマス層では、経験値に大きな差が生まれている。マス層向けの作品は、難易度よりも物語性や没入感を重視した体験を提供する傾向がある。
その一方で、コア層向けの作品は、高難易度や長時間プレイ、背徳感といった要素を打ち出し、差別化を図っている。
こうしたターゲットの細分化が進む一方で、参加者が期待する内容と実際の体験が一致しないケースもあり、そのミスマッチが現在の課題となっているのだ。
近年は、マス層への訴求が「難しさ」や「美しい謎解き」から、「体験」や「没入感」へと移りつつある。そのため、謎解きそのものを楽しむのではなく、物語や世界観を盛り上げるための要素として求められるケースが増えている。
謎解きを「物語を進めるためのミッション」や「理解を深めるための仕掛け」と捉えることで、その活用の幅は大きく広がる。これはさまざまなインタラクティブコンテンツへ組み込みやすくなるからだ。
今後は、謎解きが単独のコンテンツとして展開されるだけでなく、さまざまなエンターテインメントにミッションツールとして組み込まれていく流れが加速すると考えられる。
なんといっても大きな課題は、イベント価格の高騰化だ。一部の作品は2014年から比較すると約1.5倍に価格が上昇している。「謎解き/脱出ゲーム」の分かりやすいベンチマークとして映画があったが、それよりも明らかに高くなってしまっている。
特にイベントでは、より価格に見合った体験も求められるようになってきているのだ。
インディーゲームが盛り上がってきたことから、謎解きをデジタルゲームにするという試みも行われるようになってきた。クオリティの高い作品もリリースされてはいるものの、競合するゲームと比較するとコストパフォーマンスが低いためいまひとつ普及しにくくなっている。
また、海外の事例に触発される人々も増えてきた。韓国や中国の脱出ゲームをはじめ、日本では体験できないコンテンツがイノベーターの間で話題となっており、それらを体験するためのツアーをサポートする人や団体も増加している。
今後も海外のルーム型コンテンツが日本に輸入される事例は増えると予想されるが、家賃や人件費の高さに加え、消防法への対応など、乗り越えるべき課題は少なくない。
認知拡大と新たな課題を迎える「ARG」
続いて石川氏より、2番目の注目ジャンルとして「ARG」の紹介が行われた。この「ARG」とは、日常空間にあるメディアや場所などに物語を潜ませて、どこまでフィクションでどこまでが現実なのかわからないようにしたゲームのことをさしている。
今年の夏に第四境界とにじさんじのコラボが行われるなど、一般メディア以外でも露出が増えてきている。また、日本テレビやSANKYO、ENTERといった異業種からの参入も増えてきている。このような流れから、2026年は「ARG」の認知がさらに一段高まると考えられる。
インディーの「ARG」に関しては、2026年スタート時点でも増えていたがさらに増加傾向にある。第四境界の運営する「Guest ARG」では72作品が登録。SIM3の「WebARGポータル」でも100作品を突破しているほどの勢いだ。
そうした中には、インディー制作者が仕事として手掛けるケースも増えてきている。一方で、数が増えすぎたため「ARG」というだけでは遊んでもらえなくなってきている弊害も生まれている。
また、公演型も本格化してきた。こちらは第四境界が積極的に展開しているほか、「ARG」とはうたっていないもののその手法が活用されているようなものも出てきている。そもそも公演型自体が、謎解きやマーダーミステリー公演にも近い形式であることから、参加者がお金を出しやすいというメリットもあるのだ。
ARGにはTINAG(This Is Not A Game)という文化があるが、こちらは現実との境界線が曖昧になってしまいがちだ。
たとえば、誰かが行方不明になったという投稿をSNSに流した場合、それが行方不明を装ったコンテンツだったときには、がっかりしたり、不快に感じたりする人が出てくる可能性がある。
こうした事例は過去にも見られたが、「ARG」の活性化に伴い、その課題が改めて表面化してきている。そのため、守るべきルールと表記ルールの整理が必要になってきているのではないかと石川氏は指摘する。
「LBE」が切り拓く体験型エンタメの可能性
今回のミニセミナーの最後に取り上げられたのは、「ロケーションベースエンターテインメント」(以下、LBE)だ。池田氏は、その現状や課題、そして今後の可能性について解説した。
LBEとは、リアルな場所でしか得られない体験を提供するエンターテインメントの総称。近年はIPやXR技術を活用し、商業施設や観光地などへ展開する新たな市場として注目されている。

最近は、SNSや動画などの普及もあり、別世界と触れているという感覚が当たり前になってきた。「日常から解放されたい」という、人間がもともと持つ欲求から「非日常感」に求めるものも高くなってきているのだ。それが「LBE」の需要にも繋がっているのである。
「LBE」とひと言でいっても、その内容はさまざまだ。大きくは「テック主導型」、「物語・没入型体験」、「商業・プロモーション」に分類され、さらにロケーションの活用方法によって「器型」と「借景型」に分けられる。
器型は、空間を器として提供し、コンテンツ側が世界観や物語を持ち込むスタイルだ。一方の借景型は、その場所が持つ構造や歴史、物語そのものを体験の核として活用する。
器型は、場所へ足を運ぶ動機づけが弱いため、コンテンツの魅力で集客する必要がある。
一方の借景型は、体験者数と売上、制作費のバランスに加え、遠方からの集客など継続運営が課題となる。
このようなロケーションの違いだけではなく、没入体験/イマーシブという面でもふたつのタイプに分けることができる。
「五感的没入」タイプでは、XR系で多く採用されている技術や演出など感覚から入る没入になっている。
一方、マーダーミステリーやイマーシブシアター、謎解きなどの「情感的没入」タイプは、物語や感情など心から入る没入になっているのだ。
こうした「LBE」は、オンラインコンテンツと比較すると初期費用や運営費ともに桁違いにお金が掛かってしまう。場所代や設備費、人件費、安全管理、撤収費など、すべてが積み上がっていくのである。
そして、これが日本の体験型エンタメの一番のネックとなっている部分だ。
その一方で、中国や韓国は土地代や人件費が圧倒的に安いため、その分クリエイティブに投入することができるのである。日本でも体験したいユーザーは十分見込めるものの、結局はコストが掛かってしまうため実現は容易ではない。
それぞれの体験型エンタメには、ある程度相場観があるため価格を上げづらいという側面もある。
たとえばXR系では、顧客単価は4000円~5000円と、イマーシブシアターの半額ぐらいだ。それでありながら、初期費用は億単位が必要となる。
こうした課題をどう改善していくかは、コンテンツをいかに面白くするか以上に重要なテーマとなるのだ。
このセッションの最後に紹介されたのが、こうした課題を解決している事例だ。ひとつ目は、借景型かつ巡回可能な設計のコンテンツである。ウズプロダクションのイマーシブ試験「恣験(しけん)」は、カラオケボックスの構造を活用してコンテンツが作られている。
また、トキキル×PARCO GAMESの未体験ショッピング「esc」では、池袋PARCOのイベントスペースに実店舗型の濃い体験を持ち込んでいる。いずれも業態の条件や課題を把握して展開できるフォーマットを提供している。
テックによる物語体験の拡張例として、StudioLucaの「とある個展」とUNROUTEの「月明かりの書店と呪われた原稿」が紹介された。
どちらも音声ARを活用したコンテンツだが、「とある個展」は、1周目は考察型の展示会として楽しみ、2周目のチケットを購入すると音声ARによる作者の解説を聞きながら鑑賞できる仕組みになっている。この「2周目目」というコンテンツ設計こそが発明だと、池田氏は語る。
一方の「月明かりの書展と呪われた原稿」は、音声だけのキャラクターとともにウェブを巡りながら事件の謎を追うコンテンツだ。イマーシブシアターのような推理体験を楽しめるが、実際にキャストは登場せず、音声ARのキャラクターがシーンに応じてガイドや物語を進行する。
そのため、多くのキャストを必要とするイマーシブシアターの課題を、完全ではないものの、ある程度解消するアプローチとなっている。
XR系はゴーグルを被るなど物語を邪魔するUXになってしまいがちだ。しかし音声ARなら邪魔しないUXになっている点もポイントとなっている。
3つ目の事例が、体験濃度UPによる顧客単価向上だ。
店舗型のマーダーミステリーは、1回に体験できる人数が決まっているため、スケールしにくい。そこでマダミスシアターMyMyやストーリープレイングシアターでは、施設自体を舞台美術やデジタル演出を活用してリッチ化している。これにより、店舗に入った時点で非日常感を出しているのだ。
コアターゲット向けの高単価コンテンツではあるが、どちらもクラウドファンディングで多くの支援を得てスタートしている。これから新規の顧客がどれぐらい入ってくるか、注目が集まっているところだ。
これにて、今回のSIG-体験型エンタメ ミニセミナーVOL.3「体験型エンタメの現在と未来」のセッションはすべて終了となった。
なお、次回となるVOL.4「体験型エンタメのシナリオ」は、10月2日に東京・御茶ノ水で開催される。体験型エンタメならではのシナリオ技法をテーマに、イマーシブシアターや謎解き、ARGなどの物語を手がけてきたクリエイターたちが登壇するパネルディスカッションだ。
チケットはすでに完売しているが、詳細は公式ページから確認できる。毎回濃密な内容で注目を集める本セミナーの、今後の展開にも期待したい。


































