2026年10月15日、『アークナイツ:エンドフィールド』新バージョン「丹青渡」がスタートしました!
「丹青」とは「赤と青の絵の具」のことであり、転じて絵画のことを指します。
つまり「丹青渡」とは絵画の世界を巡る、というタイトルであり、その名が示す通り、スーの描いた絵巻の世界へ渡り、管理人の治療を行うというストーリーが展開されました。
個人的にはそのモチーフも内容も、本家『アークナイツ』のイベント「画中人」を彷彿とさせるもので大変満足なシナリオでしたね……。ミニゲームも中毒性あったし、そしてなによりも、ようやくプレイアブル実装されたスーちゃんがね……たまりませんね……。

すぐ拗ねちゃう君が好きさ……。そんなわけで今回もプレイ日記と称して好き勝手『エンドフィールド』について感想を言わせてもらおうと思います!
※この記事は『アークナイツ:エンドフィールド』の魅力をもっと知ってもらいたいGRYPHLINEさんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。
スーちゃんかわいいね……
思い起こせば初お披露目はミフさん、カミーユ実装のお知らせと同時でしたね……半年前!?
正直1周年くらいまで出てきてくれないんじゃないかと思っていたので、「思ってたより早かったな」とは思いつつ、丸々3バージョン焦らされた「待望の実装」でございました。

スーちゃんは『アークナイツ』に登場していた巨獣「歳」の代理人……つまり怪獣のような生物が生み出した、人間大のアバター……のひとり。
『アークナイツ』では12人の兄妹とされており、年に一度のペースでプレイアブル実装されるのがお約束の名物陣営でもありました。グローバル版『アークナイツ』では2026年8月、それまで足かけ6年以上に渡り展開されていた「歳」のドラマがひと段落し、逆にこれからの動向に注目が集まっています。
エンドフィールドでも見覚えある美術がPVでも垣間見えますね。
スーちゃんは、その「歳」の代理人の、本来あり得なかったはずの13人目の末っ子。なのでというかだからというか、100年以上を生きる長命種でありながら、子どもっぽさも併せ持つなんとも魅力的なキャラクターとなっており、破顔。

帝江号で遭うとめちゃくちゃめんどくさく絡んできて最高。かわいい。この時の「したなぁーッ」の声がとてもかわいいので皆さんには実際に聞いてみてほしい。そのためにはスーちゃんをガチャで引く必要があります。

通常攻撃4段止めではブラブラとブランコに乗ってくれます!! 操作しないと永久にギコギコする。ご機嫌でかわいいね……。
最近の実装キャラは攻撃終了時のモーションも凝っているので見逃せませんね。いまのところ実戦で通常攻撃を途中で止めることにあまり意味はないのですが……。いや、意味を出されても「そんな格ゲーみたいなことできないよ!」ってなるけど。
また、ゆっくりと歩かせるとご機嫌な様子でクルリと回るモーションも見せてくれます。

そんなスーちゃんですがかわいいだけでなく、戦闘面でもえげつない活躍をします。基本的には寒冷属性の補助、バッファーとしての実装なのですが連携技の火力がえげつない。
寒冷付着や灼熱付着の消費・吸収で発動、というゆるい条件ながら、そのダメージ倍率はデフォルトの数値で750%。さらに最後の一撃は消費・吸収した付着の数に応じてさらに倍率がアップし、特化3では100%に達するまでに。
つまり付着4つ消費したら1150%のダメージを与えられるということで……君は本当に補助かい? 突撃じゃないのかい?

戦技では敵から魂……「墨魂」を取り出して殴ることができます。
敵を直接殴らなくてもこっちを殴ればダメージを与えられるという無法すぎる性能です。もうロダンがぴょんぴょん跳ねるのにイラつく必要なし!あと戦技を当てた敵はしばらく停止します。
強すぎねえか? アーツ付着もできるし。
墨魂をひと通り殴ったあと、20秒経過するか、さらなる戦技コマンドの入力で敵に墨魂をぶつけると、これまで蓄積されていたダメージが全部敵に襲いかかります。
このダメージは敵の耐性とか諸々の環境に左右されず、純粋に墨魂を殴り続けて保存されたダメージが与えられます。どういうこと??? 実質ダメージが倍になっている??? 意味がわからない、強すぎるこの末っ子。

あと餅武器の読み方がわかりません。
中国語では「ユイジョンシェン」らしいのだが…… なんだ? ギョクチュウシン?
マジでわからん!!!
これからはクヒツムの時代が来るーッッッ
今回は絵画、特に「スーが操る水墨画」が舞台ということで、背景美術もこれまで以上に美麗。
景色を眺めるインタラクトがこれまで以上に多かったり、視点が固定されるゾーンも多く設けられていて「キレイなステージ作ったから見て! 見て!」というスタッフ陣からの内なる声を感じました。
あとまあ ゲーム的にそりゃそうっちゃそりゃそうなんですが
絵巻の中のアイテムって全然手に入るんですね。いいのか。
たっ 頼む なんとかしてくれ
あとあと ついに「クヒツム」にスポットライトが当たりまくってめちゃくちゃうれしい……。

『エンドフィールド』劇中では、個体名を持つ「ソウメイ」以外は単に墨魎としか呼ばれませんが、このウナギみたいな墨魎は「クヒツム」といいます。
『アークナイツ』では歳の代理人のひとり、絵画の能力を司るシーが生み出した基本的な墨魎として登場し、ゲーム中のザコキャラとして、あるいはシナリオ中のモブキャラとして登場していました。
どこかトボけたそのフォルムとノロノロした挙動が愛らしく、ずっと個人的には「龍泡泡より……クヒツムの方がかわいいだろうが!」と思い続けてきたんですが……「丹青渡」では過剰なまでにクヒツムの供給が行われ、発狂。



おい管理人がメロすぎる
今回、絵巻の中に入った目的は「超域によるダメージを負った管理人の治療」だったわけですが、そのせいかスーの掘り下げ以上に管理人自身についてグッと踏み込んだストーリーとなりました。
寂れた村や象棋で表された戦場を舞台に、過去の管理人の功罪と、記憶を失った今、それらにどう向き合うか、が描かれ、満足感がありました。
過去のイベントではレーヴァテインのキャラストーリーなどでもこれらを顕著に描いてくれました。
が、そうした一部を除けばこれまでの管理人は独特の愛嬌などは見えるものの、記憶がなく目覚めた瞬間から帝江号やエンドフィールドに妙に馴染んでいたり、いきなりガンガン戦えたりと妙な適応力を見せる一方でイマイチ人とナリが見えない、どこか不自然だ……と個人的に感じるところもありました。ので、こうした形で本音が語られるのはうれしかったですね。
大量のカボチャが湧いてきたのを見て「米と麦だッッ」と沸く村人は謎すぎてちょっと笑ったけど。米と麦じゃねえよ。
定番の「自分の精神世界を歩きつつ、トラウマとかと会話するシーン」もやはりあったんですが、こちらもラストの仲間たちのフラッシュバックが激アツで良かったですね……。問答無用で斬りかかられるネファリスには笑ってしまいましたが。

ストーリー中に、管理人の餅武器「大願」がかなり印象的に使われてたのもうれしい。
前回のティフォロスのストーリーでもムービーパートで使われてたけどね。あの時もうれしかったけど引き続き、かつババーンと使われたのでうれしかった。仮面ライダーが必殺武器をチャキッと取り出したときみたいなうれしみを覚えた。

以前はなぜかムービーシーンになると貧弱な初期武器を持ってたんですよね……。これが長いあいだ納得いかなかった!!! プリレンダムービーはまだわかるけど、明らかにリアルタイムレンダのシーンでもドヤ顔で初期武器を召喚するので「イヴォンヌやタンタンは餅武器使わせてもらえてるのに何故っ!?!?」って叫んでた。
なので、こうして堂々と大願を振るってくれるようになったのはうれしい。
そういえば従来のアプデよりも「管理人がボイスで喋る」シーンもかなり増えた気がしますね。これまでは選択肢を選んだら管理人は身振りするだけみたいなとこでもちゃんと喋ってくれるようになってきたのでうれしい。こういった細やかなアプデも随所に見られるので、みんなもバージョン終わったらアンケを出しましょう。ガチャ石もらえるし……。
あとあと! ついに管理人の素顔が解禁されましたね!
これまで各メディアのイラストとかではむしろ仮面つけてる状態の方が少ないくらいだったのに、ゲーム中では頑なに取らないので流石に感慨深かったのですが、
いやちょっとイケ女すぎるな……え????? 何????? は?????
実はこれまでも(当然といえば当然ですが)仮面の下に素顔はモデリングされていて、めちゃくちゃ下から覗いたりすれば無理やり目を見ることはできたんですよね。
でもなんかやっぱりもちもちしてたんだよな……。
それが……
えっ
なんですか この
激烈イケ女は……は?????????
ペリカもゾアンもスーも「これ」にやられたのかよ!!!!! って感じですごすぎる。なんだ? なんだこれは。
見比べると顎のラインとか別に変わってないんだよな……。仮面の効果ってすごいですね。目と鼻を隠すだけで全然印象変わるんですね。欧米のヒーローもので、変装のためにドミノマスクつけるタイプのヒーローが多いのってなんでなんやバレるやろ目だけ隠しただけじゃと思ってたけどマジで全然印象変わるんですね。
そしてついにロドスが舞台に!!!!
あああああ楽しみ
生放送でワルファリンが出てきて大声出したときからずっと楽しみ!!!

ついにロドスの中を歩いたりできるんでしょうか!? 艦内では見覚えありすぎる場所に行けたり聞き覚えありすぎるBGMが流れたりするんでしょうか⁉︎ さすがに実装は年明け以降でしょうが、マジで正座して待ちます。

そうそう、緑緑荘のミニゲームもおもしろかったですね。オペレーターの掘り下げにもなってるし。

イヴォンヌとかアイビーエナがデザート作るの得意なの、わかるな~~ とか フローライトは酸っぱいスープが得意なのか……←いやそれっぽすぎるかもな……とかうれしかった。
あと緑緑荘にZ7とかタンタンとかが来てくれるし。
うれしすぎ!!! ずっとほしかった要素だこれ!!!! 帝江号にももっと何も機能がない部屋増やしてください!!!
丹青渡と画中人
と、ざっくりしたゲームのプレイ感想はここまでにしておいて、ここからは『アークナイツ』含めた考察……というほどでもないけど色々思い浮かんだ雑感とか妄想とかを色々。
とくに今回はかなり「歳」を中心に本家とリンクする情報が多く出たので……。その話を……したくて……(ワイはアークナイツのオタクだから……)。
先述した通り、スーの兄妹に当たる歳の代理人は12人存在し、それぞれが人間の文明を司る権能を宿しています。

12の兄妹はそれぞれ武術、戦略、詩・夢、法・音楽、書・記録、農業、商売、建築、鋳造・鍛冶、医療、絵画、食事を司っており、それらに由来する権能を用いることができます。
スーはとくに絵画の能力に長けているようですが、プロファイルを読むと基本的に全ての能力を(兄妹ほど完璧ではないものの)使うことができるようです。
スーが顔見せで登場したときに、墨絵や墨魎を操るのを見て「シーちゃん!?!?!」と興奮しましたがまさか全能力を使えるとは……。
このあたり、プロファイルによると「歳」本体の残骸から生まれたのが理由であったりするらしいのですが、これまでに『アークナイツ』プレイヤーからは「スーは歳本体ではなく、かつてニェンとシーが作った十二楼五城から生まれたんじゃね?」という考察が編まれたり、現段階ではグローバル版ではまだ読めないけど、本国版で開放されたテキストでスーの誕生に関係ありそうな新情報が開示されてるらしかったりと様々な憶測があり、あるので……
『アークナイツ』にはよくあることなのですが「詳しいことはまだよくわかりません!!!!!!」って感じです。早く教えてくれ!!!!!
ただ、スーが間違いなく「歳の代理人」13番目の妹であるのと同時に、兄妹たちから大きな愛を送られてきたのは間違いないようです。
スーちゃん本人の弁によると、全員と面識があるわけではなく、兄と姉が一人ずつスーちゃんの世話をしていたらしい? そのメンツがどうもウァンと……もうひとりはもしかして死んだはずのジェ? 今後本家の方でどんなストーリーが紡がれるのか、いやでも気になる情報がまたここで開示されています。

クヒツムはスーが産んだものではなく、いつの間にか贈られてきたとの言及あり。シーなりの妹への気遣いなのでしょうか。シーちゃんはこれまで弟がひとりいるだけの末の妹ちゃんだったから、スーちゃんの存在はたまらなくうれしかったのかもしれない。
また、ほかの兄妹たちの痕跡もサブクエストで窺うことができます。
物語の中で触れられているのはチョンユエ、リィン、シュウ、ニェン、シー、ユーの6人。思ってたより多くの代理人がタロ2を訪れていたことに驚かされます。
とはいえ「絵巻の中」の出来事なので、本当にこうしたことがあり、記録されたのか。あるいはすべてスーが憶測で書いた創作なのか……。今のところハッキリしないなというところもありますね。でも先のクヒツムの件もあるしなあ……。
そして最初にも書きましたが、今バージョンで興味深いのは『アークナイツ』「画中人」との類似性と対比です。
「丹青渡」では管理人の治療のため、スーの描いた絵巻に入り込み、中で管理人が過去と向き合ったり、スーが生み出した墨魎と交流したりする様子が描かれました。
いっぽう、「画中人」ではシーに接触しようとしたロドスのオペレーターたちが、彼女をイラつかせ、絵巻の中に閉じ込められてしまうというストーリーが展開されました。
両作の絵巻の世界の描かれ方の違いがよく表れているのが、そこに暮らす墨魎たちの扱いです。
「丹青渡」で緑緑荘のスタッフとして働く3人の墨魎は、それぞれ死んだ人間やスーが旅先で出会った印象深い人間をモチーフとして生み出された存在です。スーはもちろん、管理人も彼らと交流を深めるし、そのほかにも多くのモブ墨魎が絵巻の中で生活しており、ミニゲームでは彼ら(と観光に来た武陵の人間)をもてなすことすらあるなど、賑やかな存在として好意的に描かれます。
いっぽう、「画中人」でオペレーターたちが出会う少女・レイは、かつてシーと親しく過ごした人間をもとに、その死後に描き出された墨魎でした。ここまでは緑緑荘のスタッフと同じです。
ところが「画中人」では、絵の中に滞在し続け、墨魎と関わり続けているうちに”現実の自分”を失っていく危うさが描かれ、レイ自身もその危険性を訴え、オペレーターたちを外の世界へ帰そうと尽力します。そもそも絵巻の中に入る理由が異なっているとはいえ、これは「丹青渡」とはまったく異なる……というか真逆と言ってもいい展開です。
また、墨魎レイのアイデンティティを維持するためにシーがかなりの無理をしていることも描かれ、死者を絵の中に生かし続けること自体にも影が落とされています。同じく死者をモデルとした緑緑荘のスタッフたちが、スーに負担をかけることなく本人たちも幸せに暮らしており、擬似的な家族としてすら機能しているのとはかなり対照的です。
この対比には当初かなり戸惑いました。
同じ「死者をもとに描かれた存在が暮らす絵の中の世界」なのに、「画中人」では抜け出すべき間違った世界として否定的に描かれているのに対し、「丹青渡」では訪れるべき療養の地、楽しい観光地として肯定的に描かれている。
この差はなんなのだろう? 数年前に展開されたストーリーで否定したテーマについて、なぜ今回は肯定的に描いているのだろうか?
プレイ中はずーっとそうした疑問が胸の中でグルグルしてたんですが、ストーリーをクリアして少し時間が経つことで、だんだんと思考が整理されてきました。これはつまりそのまま『アークナイツ』と『エンドフィールド』への変化から来ているものなのではないかと。
「丹青渡」劇中の象棋パートでは、管理人の生き様を描くとともにかなり直球で『アークナイツ』と『エンドフィールド』の違いに言及しています。
タワーディフェンスゲームだった『アークナイツ』では、プレイヤーたるドクターはあくまで指揮官。ボードゲームの駒を動かし、陣営を勝利に導くことはできても、そのすべてをコントロールし切れるわけではありません。時にはやむを得ない犠牲を払い、そしてそれでも勝利が掴めない瞬間というのは訪れます。
しかしそこで『エンドフィールド』のプレイヤーたる管理人は、「自らが駒になる」ことで状況を打開することが可能です。これはボードゲームとしては破綻した答えではありますが、現にこれまでのゲームプレイでも管理人はその身体を張って不可能を可能にしてきました。
リアルタイムプレイ時には、ここの対比はただ単にドクターと管理人の違いを表していると思ったのですが、「画中人」を改めて読み直すと、またちょっとここでの描写が味わい深くなるなと思ったのです。
「画中人」終盤では、非常にメタ的かつ哲学的な問いかけが行われます。
仮に絵の中の人間を、自分と比して“偽”と見るのなら、なぜ自分が“真”だと言えるのか?
自分たちが、他人の書いた物語の中の存在……「画中人」ではないと、なぜ言い切れるのか?
これは「スマホゲームの登場人物が、自分たちはフィクションのキャラクターかもしれないと皮肉っている」メタ的な表現とも取れますが、同時に我々にもかかる非常に哲学的な問いとも取れます。
いま、この世界を生きてこの記事を読んでいるあなたが、あるいは書いている私が、誰かの物語の中の架空の登場人物であるはずが無い……となぜ言い切れるのでしょうか?
「この世界は上位存在に作られた架空の世界である」という「シミュレーション仮説」という考え方がありますが、そんな説を持ち出さなくてもそうした疑問を感じたことのある人は多いのではないでしょうか。
自分は、本当に自分の意思で生きているのだろうか?
他人にコントロールされていないと、なぜ言い切れるのだろうか?
そもそも意思、意識、自我とはなんだろう?
「考える」ということは、「生きる」ということはなんなんだろうか?
「画中人」は人生そのものについて疑問を投げかけます。また同時に、そうしたニヒリズムを批判して否定してもみせている。

その内容が当時の自分にエラく響いたので、私は『アークナイツ』の中でも「画中人」が5本の指に入るほど好きなのですが……今回読み直してふと、「丹青渡」での描写は決して「画中人」の逆張りでなく、アンサーの一つであり、そしてそれは『エンドフィールド』がやりたいことであると気づいたのです。
繰り返しになってしまいますが『アークナイツ』は戦場を指揮する指揮官として、戦場を碁盤のように見下ろしながら大局的にプレイします。それはいわば絵巻を上から見下ろしているような状態と言えるでしょう。実際にスマホを見下ろしているわけですし。
ですが『エンドフィールド』は3Dアクションの要素が加わり、プレイヤーは管理人として自ら世界を飛び回り、剣とアーツを操る身体を持って戦場へ……言うなれば絵巻の中に舞い降りることができます。象棋パートでそうしたように。例え絵巻の入れ子構造のような世界でも、その世界を愛してしまったが故に。
つまり、「真か偽かは置いておき、自ら進んで“画中人”になる」というのが『アークナイツ』に対する『エンドフィールド』なのだと。そういうことが言いたいのでは無いかと……。
って 別にこの結論、わざわざ「画中人」の話を絡めなくても象棋パートの話だけでできるだろ! って感じがしますね。
しますね!!! でもいいじゃん!!!!! 「画中人」の話したかったの!!!!!
個人的には「画中人」と絡めることで思考がクリアになり、より『エンドフィールド』のことを好きになれたので大変良かったと思っています。そう、大事なのは結論じゃ無いんだよ過程なんだよなにをどう考えたのかが重要って話!
なっ!? わかる!? 「画中人」を読んでください……。以上です。
































































