アトラスの橋野桂氏は、『ペルソナ3』以降のシリーズ3作品【※】で、プロデュースとディレクションを手がけてきた。高校生のリアルな内面をスタイリッシュな表現で鮮やかに描き出すそれらの作品は、日本で多数のファンを獲得したのはもちろん、世界的にも高く評価されている。
近年は「ペルソナ」シリーズとして、現代を舞台にしたジュブナイルRPGを作ってきた橋野氏が、『ペルソナ5』の次に選んだのは、RPGの“王道”であるファンタジーのジャンルだ。「真なる幻想世界(=ファンタジー)への回帰」をテーマに掲げたこの作品を制作するにあたって、橋野氏は、アトラス社内に新たなスタジオである「スタジオ・ゼロ」を創設している。
「ファンタジーをよく知らないからこそ、あえてそれに挑む」と語る橋野氏の決意は、本作のプロジェクト名に最もよく現れている。「PROJECT Re FANTASY(プロジェクト リファンタジー)」……つまりこれは、日本で最も人気の高いゲームジャンルであるファンタジーRPGをその原点にまで立ち返って検証し、新生させるというプロジェクトなのだ。
この橋野氏の決意に共感した電ファミでは、新たな連載シリーズを企画した。ゲームはもちろん、小説、コミックなど、日本の第一線で活躍するファンタジーの“達人”たちと橋野氏が語り合い、ファンタジーについての意見を交換するというものだ。
この対談企画を通じて日本のファンタジーRPG、そして日本ならではのファンタジーというものがどのように誕生し、この先どこへ向かおうとしているのかを確認できれば、非常に意義深いものとなるだろう。
本企画の第1弾として登場いただいたのが、『ロードス島戦記』【※】の作者である水野良氏だ。
『ロードス島戦記』は1986年に、テーブルトークRPG(TRPG)『ダンジョンズ&ドラゴンズ』【※】の誌上リプレイ企画として、雑誌「コンプティーク」で連載が開始された。この企画でゲームマスターを務めた水野氏は、1988年より『ロードス島戦記』の小説を発表。コンピュータゲーム化、アニメ化といったメディアミックスを経て、小説シリーズの累計が1000万部を突破するという、絶大な人気を獲得している。
『ロードス島戦記』のTRPGリプレイ連載がスタートした1986年は、日本のファンタジーRPGにとって非常に重要な年だ。1980年代の前半に『ウィザードリィ』、『ウルティマ』などの海外製コンピュータRPGが日本に輸入された影響を受けて、1984〜85年にはPC-8801などで『ハイドライド』、『ザナドゥ』といった国産RPGのヒット作が誕生する。
それと並行してアナログゲームの世界でも、1984〜1985年には『トラベラー』や前述の『D&D』をはじめとするTRPGの日本語版が発売された。こうした流れを受けて、コンピュータゲーム雑誌である「コンプティーク」の誌上で、TRPGリプレイ『ロードス島戦記』の連載が開始されたのだ。
その一方で1986年には、とある1本のゲームソフトがファミリーコンピュータで発売されている。今では“国民的RPG”と呼ばれている『ドラゴンクエスト』の第1作だ。
『ドラゴンクエスト』を契機にしてファミコンでRPGブームが巻き起こるのと、『ロードス島戦記』を契機として日本でTRPGの普及が進み、後にライトノベルと呼ばれるようになる小説ジャンルにファンタジーが広がっていく現象が、ほぼ同時に始まったのが1986年という年なのである。
今回行われた水野氏と橋野氏との対談では、本格的な西洋ファンタジーの世界観や用語が『ロードス』を通じて、日本のゲームや小説、コミックの世界にどのように定着していったのか、その過程が明らかにされている。さらに話題はファンタジーの定義から、お互いの作品作りの姿勢にまで及んでいる。
日本ならではのゲームファンタジーの基礎を築き上げた水野氏と、ファンタジーRPGの新生を目指す橋野氏との対話から、日本のファンタジーRPGの過去、現在、そして未来が見えてくるはずだ。
聞き手/TAITAI、伊藤誠之介
文/伊藤誠之介
写真/増田雄介
水野良氏とアトラスとの出会いは?
橋野桂氏(以下橋野氏):
水野さんは最近、ゲームを遊ばれていますか?
水野良氏(以下水野氏):
遊んでますよ。いちばん最近ハマっているのは、スマホの『ファイアーエムブレム ヒーローズ』【※】ですね。
とりあえずチキとかシーダとかを手に入れたら、意外に弱いんですよ。僕の知らないキャラばっかり強くって(笑)。
※ファイアーエムブレム ヒーローズ
「ファイアーエムブレム」シリーズの英雄たちを召喚して戦う、iOS/Android用シミュレーションRPG。開発はインテリジェントシステムズで、2017年に任天堂より配信された。
――「真・女神転生」シリーズ【※】をプレイされたことは?
※「真・女神転生」シリーズ
1992年にアトラスより発売されたスーパーファミコン用ソフト『真・女神転生』を第1作目とするシリーズの総称。略称は「メガテン」。西谷史による小説『デジタル・デビル・ストーリー』を原作としたゲーム「女神転生」シリーズのひとつに位置づけられる。
水野氏:
シリーズ全部ではないですけど、遊んだことはありますよ。アトラスといえば『メガテン』というイメージでしたから。ただ、時間がかかるので。ダンジョンが長いし、セーブポイントが少ないし。
橋野氏:
今の目で見ると、遊びづらいですよね(笑)。
水野氏:
たしかにユーザーフレンドリーではないですよね(笑)。でもコンセプトが好きだったのと、世界観がすごくしっかりしていたので、かなりハマって遊んでいました。ユニットを合体させて進化させるという発想が、僕の記憶では当時初めてで、新鮮だった記憶がありますね。
それに『メガテン』は、古い神話のモンスターや妖精や神様を、非常によく調べて作られていたので、そういう意味でも楽しめるゲームでした。
本当にすごい発想と、しっかりとしたイメージで作られた作品だったので、だからこそ普遍的なものになっていたし、『ペルソナ』みたいなスピンアウト作品を生み出せるだけのポテンシャルを持っていたんだと思います。
――水野さんから見た『メガテン』の普遍性とはどういうものか、もう少し具体的にお聞きしたいのですが。
水野氏:
あらゆるファンタジーの神話的なモンスターを集めてきて、それを独自の世界観で体系化して、違和感のない形でまとめているのがスゴいなぁと。
世界観的には、人間が神や悪魔と戦っていくという、黙示録的な雰囲気があるじゃないですか。黙示録的な世界観でデジタル的に戦って、そこに出てくるのが伝承や神話のモンスター。
そういった要素が違和感なくきっちりと世界観に収まっているのは、作り手のセンスの良さですね。作り手が自分たちの世界観を明確に持っているから、途中でブレないんです。
――橋野さんが『真・女神転生III-NOCTURNE』【※】でシリーズを引き継ぐ時に、『メガテン』のここは活かそう、というところはあったのですか?
橋野氏:
『メガテン』には、ロウ、カオス、ニュートラル【※】という属性があるんです。『ウィザードリィ』みたいな感じで。
※ロウ、カオス、ニュートラル
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』では、倫理的な属性(秩序 Low・中立 Neutral ・混沌 Chaos)と道徳的な属性(善 Good ・中立 Neutral ・悪 Evil)のふたつの軸があり、それぞれの組み合わせで9つの属性を選択することができた(秩序にして悪、混沌にして善など)。『ウィザードリィ』での属性は「善・中立・悪」の一軸のみ。「真・女神転生」シリーズではロウ・カオス・ニュートラルの軸はキャラクターの思想を象徴する軸として、ライト・ダーク・ニュートラルという軸がその性格を象徴するものとして用いられている。
水野氏:
『ウィザードリィ』というか、『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』のアラインメント(属性)ですね。
橋野氏:
この3つの属性を使って、その時点での思想の偏りみたいなところをシミュレートするという部分は踏襲しないといけない、と思いながら作っていました。
水野氏:
『真・女神転生』だと、普通にプレイするとロウっぽくなるのかな?
橋野氏:
そうですね。狙わないとなかなかニュートラルにならなくて。
水野氏:
ニュートラルは神も悪魔もぶっ殺すという内容で、トゥルーエンドっぽかった記憶があります。僕はだいたいロウになっちゃって、2周目でニュートラルのエンドを見る、みたいな感じでしたね。
『ウィザードリィ』はGOOD、NEUTRAL、EVILに分かれていて、ダンジョンで出会った他のパーティをぶっ殺すとEVILになって、そのままスルーしているとGOODに偏っていくんですよ。
『ウィザードリィ』の3作目【※】は、GOODパーティとEVILパーティの2つを育てて、最終的にNEUTRALのクリスタルを作らないと、最後の階に入れないというギミックがあるんです。『真・女神転生』を遊んで、そのコンセプトに近いなと思った記憶があります。
※『ウィザードリィ』の3作目
正式タイトルは『ウィザードリィ#3 リルガミンの遺産』。なお、ファミコン版はPC版の第2作目と発売順が入れ替わっており、『ウィザードリィII リルガミンの遺産』となっている。
――「ペルソナ」シリーズをプレイされたことは?
水野氏:
残念ながらありません。この間、鈴木大輔君【※1】に話を聞いたんです。彼が『ペルソナ5』【※2】について熱く語ってくれたのは、スタイリッシュさや演出のところ。そういったスタイリッシュさは僕にはないところなので、勉強しなきゃいけないなって思うんですけど。
ただ僕は以前、『ステラデウス』【※3】という作品でアトラスさんとお仕事させていただいたご縁があって。
※1 鈴木大輔
2004年に第16回ファンタジア長編小説大賞佳作を受賞し、『ご愁傷さま二ノ宮くん』(富士見ファンタジア文庫刊)でデビューした小説家。ほか『お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ』などのライトノベル作品で知られる。「ペルソナ」シリーズの大ファンということで、じつは取材当日も水野氏に同行して、対談の様子を見守っていた。
※2 ペルソナ5
2016年9月に、PlayStation3/PlayStation4用ソフトとして発売された、ジュブナイルRPGシリーズ。ペルソナ能力に目覚めた主人公は、学園生活の傍ら、仲間たちとともに「パレス」という歪んだ心が具現化した世界から、その歪んだ心の大元である“オタカラ”を盗み出す「心の怪盗」として暗躍する。『ペルソナ3』、『ペルソナ4』と同様に、コミックなどのメディアミックス展開が行われており、2018年にはテレビアニメ化が決定している。
橋野氏:
じつは『ステラデウス』のキャラクターデザイナーだった副島が、この(「PROJECT Re FANTASY」の)キャラクターを描いているんですけど。
水野氏:
あぁ、言われてみると、懐かしい感じがありますね。
橋野氏:
副島としては、この「PROJECT Re FANTASY」はリベンジのつもりらしいんです。彼は、『ステラデウス』で初めてメインのキャラクターデザインを手がけて、ファンタジーRPGに挑戦したんだけど、本人がイメージしていたような人気にはならなかったので。
――なるほど、そういった思いもあるんですね。
“架空世界”というプラットフォームだけを作っていたい
――ではそろそろ本題に。まずは橋野さんが次回作として「PROJECT Re FANTASY」のプロジェクトを始めようと思った理由を、水野さんに説明するところから始めましょうか。
橋野氏:
僕たちは『メガテン』や、そこから派生する学園物の『ペルソナ』を、10年以上作ってきたんです。
『女神転生』を作り始めた頃のアトラスには、当時のファンタジーRPGに対するカウンターというか、ファンタジーじゃなくて現代劇でもRPGが作れるよ、という思いがあったんです。
でも今、40歳を過ぎたこの年になって、人はなぜ現実を舞台にしたドラマではなくて、幻想世界での冒険に憧れるのかということに、初めて興味が湧いてきて。
そもそもなぜこんなにファンタジーが流行っているのか、幻想小説や幻想世界がどういう魅力を持っているのかを考えるようになったら、その理由を説明してくれる人がたまたま周囲にいなかったんです。
それって要するに、なぜラーメンが好きなのか、カレーライスが好きなのかと聞くようなものなんですよ。「だって昔から食べてたから」みたいな感じの答えしか返ってこなくて。
水野氏:
たしかに、なぜラーメンが美味しいのかなんて、なかなか考えないですからね(笑)。
――橋野さんにこのプロジェクトのお話を伺った時、「僕はファンタジーについて詳しくないんです。でも、だからこそやるんです」というお話をされていて。そこが面白いなと思って、今回の対談を企画したんです。
似たような話で、以前カプコンさんで「そのジャンルが苦手なディレクターに、あえてそのジャンルをやらせる」というお話を聞いたことがあって。好きなジャンルだと「こういうものでしょ」という皮膚感覚で仕事をやってしまうので身につかない。でも苦手なジャンルだと、自分がそもそも興味がないから、「なんで面白いのか?」という理由を調べたり分析したりして作るから、と。
水野氏:
それはよくわかります。詳しい人ほど固定観念があるから、新しいものを逆に生み出せないという部分がありますよね。
橋野氏:
水野さんはご自身がなぜファンタジーが好きなのか、自分自身で分析されたりすることはありますか?
水野氏:
僕はファンタジーというよりも、もっと大きい括りで“異世界”が好きなんです。“異世界”という言葉は、今は狭い意味で使われているので、“架空世界”と言うべきかな。
その架空世界がSFっぽくてもいいし、もちろんファンタジーっぽくてもいいし。僕はちょっと設定オタクなところがあって、架空世界を構築するのがもともと好きなんですね。
そうやって架空世界で遊んでいくうちに、自分の好みに合っていたのがファンタジーだったんです。代表的なところでは、大学生の時に『ウィザードリィ』【※】を遊び倒して、地下10階に何千回というレベルで潜っていました。
もちろん『ドラクエ』や『FF』も遊びましたし、ボードゲームでも『Magic Realm』【※1】とか『Dragonhunt』【※2】とか、ファンタジーを題材にしたものがとにかく遊んでいて楽しいんですよね。それによく考えてみたら、子どもの頃からギリシャ神話や北欧神話の物語が好きだったので。
橋野氏:
自分が空想した世界を作って、そこで他人を遊ばせたいというのは、水野さんなりのサービスみたいなものですか?
水野氏:
自分がその世界を作るのが楽しいからですね。僕にとってはまず、世界を作ることが作品なんですよ。
それはある意味プラットフォームなので、その世界の上にどんなキャラクターを乗せるか、どんなストーリーを乗せるかというのは、また別の話になってくるんです。
それにプロになってしまったら、世界を作るだけでは食べていけないんですね(笑)。
本当は架空世界を作って「どうだ、俺の作った世界は美しいだろう」と見せびらかすだけでも満足できるんですけど、それだけでは許してくれないので。だから小説を書いたり、ゲームを作ったりしているんです。
橋野氏:
小説の方が、仕方なくなんですね(笑)。
水野氏:
いやだから小説を書くのは苦手なんですよ。小説を書くのが楽しくて仕方がないという人間なら、もっとたくさん書いてると思うんですよね。
――まず設定から作っていくのは、やはりゲーム世代の作家という匂いを感じます。
水野氏:
子どもの頃からゲームが好きでしたからね。アーケードゲーム、テレビゲーム、ボードゲーム、カードゲームとなんでも遊んでいたので。
やっぱりゲーム性というのが頭のどこかにあって、世界観を作る時でも必ず、「この世界をゲームとしてどう遊ぶのか?」ということを考えている気はします。
――水野さんみたいに、まず世界設定から作っていく作家さんは、他にいらっしゃいます?
水野氏:
他のみなさんがどういうふうに書かれているか、僕はわからないので……。設定がスゴい作品は、もちろんあると思うんですけど。『境界線上のホライゾン』【※】とか。
――作者の川上稔【※】さんは、ゲームクリエイターとしても活躍されている方ですね。
※川上稔(かわかみ みのる)
1975年生まれ。有限会社TENKYに所属するゲームクリエイターで、『メリーメント・キャリング・キャラバン』、『奏(騒)楽都市OSAKA』といったゲームを手がける。また、ライトノベル作家としても知られており、『パンツァーポリス1935』(1996年)でデビュー。本作は第3回電撃ゲーム小説大賞・金賞を受賞した。代表作に『都市シリーズ』、『AHEADシリーズ』といった長編作品がある。
水野氏:
僕らの時代には、TRPG系のライターから小説家になった方も多いので。賀東招二さん【※1】もそうだし、築地俊彦さん【※2】もそうだし。作家になる前にどこを自分の戦場にしていたかということが、作品にまで影響していく部分はありますよね。
TRPGの人たちは基本的に、世界からストーリーからキャラクターから、なんでも自分で作らないといけないし、数値的なデータも作らないといけないので、フレキシビリティが高いんですよ。だからどの業界に行っても重宝されますよ。
今、TRPGが商売として成立しなくなって人材が流出しているので、TRPG出身の人を捕まえるのはチャンスかもしれないですね。
※1 賀東招二
1971年生まれの小説家。代表作は『フルメタル・パニック!』、『甘城ブリリアントパーク』など。かつては「蓬莱学園」シリーズのアンソロジー小説や、TRPGなどを手がけていた。
※2 築地俊彦
『まぶらほ』、『けんぷファー』などで知られる小説家。かつてはプレイバイメールゲーム(手紙やメールを用いて行うゲームのこと)の『クレギオン』などで、ゲームマスターを務めていた。
異世界とは“逃避”であり、“生きるためのエナジー”でもある
橋野氏:
子どもの頃から神話がお好きというお話でしたけど、現代劇にはあまり興味がなかったのですか?
水野氏:
もちろん刑事ドラマとかは普通に見ていましたけど、でも自分で遊ぶなら、やっぱり異世界物がいいなぁと思っていましたね。
中学生になって中二病にかかる頃に、『レンズマン』【※1】を読んだんです。『レンズマン』はスペースオペラ【※2】なんですけど。
※2 スペースオペラ
サイエンス・フィクションにおけるサブジャンルの一つで、主に宇宙空間を舞台とした、騎士道物語や冒険活劇的なジャンルを指す。「スペオペ」と略されることもある。海外では「スター・ウォーズ」シリーズ、日本では『宇宙戦艦ヤマト』などが代表的な作品としてあげられる。
橋野氏:
アニメなら知ってます。手首にレンズがついてるヤツですよね。
水野氏:
そうです。それまではただ単に物語を読んでいるという感じだったんですけど、中二病の頃になると、物語の中の異世界に入りたくなるというか、そんな感覚があって。
橋野氏:
僕も感覚としてはわかります。僕が中学生の時に『ドラゴンクエスト』の1作目が出たんですけど、その頃に住んでいたのは地方の山奥で、友達の家に遊びに行くのにも、覚悟が必要なほどの田舎だったんです。
そんな環境で暮らしていて、『ドラクエ』をプレイする間だけは逃避ができたというか。現実はすごくつまんないんだけど、放課後、家に帰るとそこには冒険があるみたいな感覚で。
だから僕の中で異世界は、逃避というか逃げ込む場所だったんです。でも、水野さんにとっての異世界の面白さは……?
水野氏:
逃避だと思いますよ。
橋野氏:
えっ、水野さんがそう言い切っちゃいます!?
水野氏:
突き詰めれば、異世界って逃避だと思いますよ。でもそれは現実を否定しているのではなくて、自分にとって理想となる世界を、現実とは異なるところに持つという感覚ですよね。
それを逃避と言ってしまえば逃避だし、生きるためのエナジーであると言えばそのとおりだし。
橋野氏:
現実逃避としての機能が強いんでしょうかね、異世界というのは。
水野氏:
J・R・R・トールキン【※1】の『指輪物語』【※2】の世界は、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての現実に対する絶望の中から生まれたというのを、以前にちょっとだけ聞いたことがあります。
ファンタジーには何かしら、その人にとっての理想的な要素が入っているんじゃないかなと思うんですよ。僕自身の作品にもそれぞれ、僕の中の理想的な要素を入れているつもりもありますし。
※1 J・R・R・トールキン
イギリスの作家、英文学者(1892〜1973)。『ホビットの冒険』、『指輪物語』などの作品で、「中つ国(Middle-earth)」と呼ばれるファンタジー世界の神話や歴史、架空の言語などを創作した。
橋野氏:
現実に対して何らかのストレスや不満を感じる時に、異世界に自分の理想を託すということですか。トールキンは戦時中に人間同士の争いを見ながら、ホビット【※】に……。
※ホビット(種族として)
「中つ国」に暮らす小柄な種族。『ホビットの冒険』の主人公ビルボや、『指輪物語』の主人公フロドがこの種族である。
水野氏:
人間の善性を託したんでしょうね。
橋野氏:
じつは最近、改めて『ロードス』をスタッフと一緒に読んで、プロット分解までさせてもらったんですけど。
水野氏:
やめてくださいよ(笑)。
橋野氏:
主人公が最終的にたどり着く自由騎士【※】の設定は、先ほどの理想の話でいうと、水野さん自身がこういった振る舞いができるように、と考えている理想なんですか?
※自由騎士
『ロードス島戦記』主人公のパーンは、フレイム王国の傭兵王カシューから内乱の続く大国アラニアの王になることを勧められるが、熟慮の末にこれを退けて、特定の国家に属さない“自由騎士”として生きることを選択する。
水野氏:
うーん、どうだったんだろう……。
橋野氏:
主人公のパーンが、王様になるのをわざわざ断る件があるじゃないですか。あれって国家みたいに大きな単位じゃなくて、目の前にいる身近な人たちに対して手を差し伸べる、隣の人を助けるための正義ですよね。
震災以降の日本や世界で今、すごく大事になっている「小さな共同体」についてのメッセージを、バブルのイケイケの時代に書かれた『ロードス』の主人公がすでに示していて、本当に驚いたんです。
水野氏:
でもあれは、パーン自身が自発的に目指したものなんですよ。
僕は小説を書く時に、このキャラクターは何を目指すのだろうかということを、あらかじめ決めないことが多いんです。もちろん線路を引かないと列車が走れませんから、大きなストーリーは考えてあるんですけど。
でもそこで、キャラクターがどう動くかを最初に決めつけてしまうと、あんまりのびのびと動いてくれない気がするので、小説を書きながらそのキャラクターの声を聞く形で仕事することが多いですね。
パーンに関してお話しすると、「志を持ったら誰でも勇者になれる」というのが、僕はRPGのいちばん良いところだと思ったんです。
村の鼻つまみ者というか、跳ねっ返り者の戦士だったパーンが、最初はゴブリン相手に苦戦するようなところからスタートして、いろいろな経験を積んでいくなかでだんだんと英雄になっていく。
でもそのゴールが王になるのではなくて、民衆と近い立場である自由騎士になるというのは、パーン自身が選んだ気がします。
橋野氏:
水野さんが決めなかったということですか?
水野氏:
決めなかったですね。もちろんTRPGがベースにあるので、プレイヤーの意志で行動する部分もありますから、僕自身では決めようがなかったという部分もありますけど。そういう意味では、純粋に僕のキャラクターというわけでもないし。
そんなTRPGならではの部分が、「このキャラクターはどういう人間なの?」と考えながら書く僕のスタイルと、ちょうど合っていたのかもしれませんね。
橋野氏:
なるほど。今回読み直してみて、ゲーム性を感じる小説というのは極めて特異な作品だなって、本当に思いました。
水野氏:
そうですね。僕のファンタジーはゲームファンタジーだなって、やっぱり思います。どの作品もゲーム性みたいなものを常に意識しながら……というか、意識しなくても自然に出てくるものかなという気がしますね。