騰訊、台頭の裏にある意図とは?
──上海ゲーム部から見て、いまの中国のビデオゲームのプレイヤーや市場はどのように見えますか?
K氏:
まずプレイヤーの傾向として思うのは、彼らはグラフィックをあまり偏重していないということですね。ゲーム性というか、本質を見ています。
彼らには、いまだに『シャイニング・フォース』【※】を何回もクリアしていたりする人がいっぱいいますからね。
※シャイニング・フォース
セガがメガドライブで1992年に発売したシミュレーションRPG。正しくは『シャイニング・フォース 神々の遺産』。前作『シャイニング&ザ・ダクネス』(1991)が3Dダンジョン探索型のRPGであったのに対し、世界観こそ引き継がれたがゲームシステムを大幅に変更し、以降のセガハードをはじめとして、さまざまなハードを跨いで発売が続く『シャイニング』シリーズの方向性を決定づけた。
──そこでセガ!(笑) メガドライブなんですね。
K氏:
ええ、さらに「『シャイニング・フォース』って何々がいいんだよなー」って言っているポイントが、ものすごく日本人プレイヤーと変わらなかったりしますね(笑)。
── 一方で中国ではe-Sportsがかなり熱狂的に支持されています。これは、どのように見ていますか?
K氏:
家庭用のゲーム機などを持たず、PC止まりの人がとても多いことと、いちばん人気の『League of Legends』(以下、LoL)で要求されるグラフィックボードのスペックが低いので、モニターは別として、なんだかんだ20000円程度で始められるわけですよ。
e-Sportsが強いのも、やっぱり価格の低さによる裾野の広さだと思います。『LoL』は無課金でもずっとできちゃいますし。
──道端でボール1個で楽しむサッカーのような感覚なんですね。
K氏:
あとは最近は少し減ってきていますが、ネットカフェがもともとすごく多いことが影響していますね。基本的にプレイヤーの皆さんは、ネットカフェで『LoL』を遊んだほうが通信環境がいいんですよ。そうすると初期投資もいらない。
さらに最近は『オーバーウォッチ』がだいぶ伸ばしてきており、『オーバーウォッチ』の必要スペックは高く、そのためのPCを買うのはかなりたいへんなので、さらにネットカフェに人が集中します。そういうインフラのありかたがやっぱり大きいでしょうね。
──なるほど。やっぱりどこまで行っても中国はPCがメインなんですね。それから、市場について何か感じることはありますか?
K氏:
それ、僕個人の意見になりますが、見え見えのシナリオがあるんですよ。
──と言いますと?
K氏:
いまはやっぱり騰訊【※】が一強になりつつありますよね。中国の皆さんが楽しんでいるゲームは、基本『LoL』。それからスマホ版『LoL』ともいうような『王者荣耀』ですよね。アカウントが2億あるゲームです。そのふたつがどちらも騰訊のものなんですよね。
※ 騰訊
英語名はテンセント。1998年に中国・深圳で創設された、世界最大のゲーム売上(2017年第一四半期の発表で約5783億円)を誇るテクノロジー企業。中国でもっとも使われているインスタントメッセンジャーQQやWe Chatを持ち、これを基盤に成長。ゲーム会社としては、株式の取得で既存の会社を吸収し続け、代表的な例でも2011年に『League of Ledends』のRiot Games、2012年にアンリアルエンジンのEpic Games、2016年に『Crash of Clans』のSupercellなどを傘下に収めている。
──売上高世界一というゲーム会社ですからね。
K氏:
これって理由があると思うんですよ。中国政府というのは、基本的にいつも同じやりかたをするんです。たとえば、Twitterに対しては微博(Weibo)【※】をぶつける。PayPalに対しては支付宝(Alipay)をぶつける。で、VISAに対しては银联をぶつける。Amazonに対しては淘宝(Taobao)をぶつけるといったように、世界で支持されているサービスすべてに国内で似たようなインフラを作ってぶち当てるんです。
※微博
中国で最大級の規模を誇るSNSサービス。言わば中国版のTwitter。Twitterは、中国からは読み書きが不可能。
──薄々思っていましたが、あれは国民性ではなく、政府の意向が噛んでいると。
K氏:
ええ。そこでつぎはおそらくゲームがターゲットになっている。ゲームの世界は映画などのエンターテイメントの世界に繋がっていくので、そこを押さえるために、当局は、おそらく騰訊にゲームというものを一極集中させていますね。つまり……中国製の覇権ハードを出すための準備をしていると思います。
それは単なるハードではなくて、現行世代のXbox OneやPS4と競うような。この世代までくると、コンピューターを作っているのと変わりませんよね。そうなると、ハードを作る工場をたくさん持っている中国が俄然強いんです。ハードに使う素子は韓国や台湾から買っているものが多いんですが、それらすら中国が作るようになったときに、いちばん安く作れるとしたらそれは中国になるんですよね。ゲームソフトだってUnreal Engine【※】など、作っているEpic Gamesの株式の40%は……。
※Unreal Engine
Epic Gamesが、1998年に発売したFPS『Unreal』に実装したものに端を発するゲームエンジン。FPS、TPS以外にもさまざまなジャンルのゲームに使用され、現在はバージョンが4(記事執筆現在では4.16)まで上がっている。開発会社のEpic Gamesは、2012年に騰訊が40%の株式を取得している。
──騰訊が持っていますね。
K氏:
ですよね(笑)。そうなると、基本的にゲームは騰訊に集約して、ハードを作らせて、統一ハードを狙う方向になると私は思っています。
──任天堂やソニーに対して、中国は中国国内で完結するようなHDゲーム機を出すと。
K氏:
そうです。大きなメーカーがUnreal Engineを選ばない理由のひとつに、「カスタマイズをお願いしたときにEpicの対応が遅い。だから自分たちでエンジンを作っている」という側面があります。でも、そのUnreal Engineを好きにできる騰訊であれば、中国国内のデベロッパーに対しては特別な扱いをするようにできちゃうんですよね。そうなるとたぶん、すばらしいものが生まれるだろうと。
──おおお。
K氏:
そうなると、騰訊がハードとソフトの両分野をコントロールできる唯一の企業になり、そこまでいくと価格のコントロールまでできますよね。このように、騰訊集中の裏には、おそらく価格統制までを見越した国の方針があるんじゃないかなと私は思っていますね。
──いまはその入り口ということですね。
K氏:
そうです。いま政府はソニーに協力して、デベロッパーを育てている段階。いいデベロッパーをいくつか育てさせておき、育ったら、つぎは騰訊が前面に出てくると思います。
──Kさん個人の意見で結構ですが、たとえば前述の国産サービスのように、騰訊のゲームも中国国内で必ず成功するでしょうか?
K氏:
騰訊は、中国国内ではもうすでに会社として成功していますからね。ですので、QQ【※】のアカウントをそのまま使って、Steamみたいなプラットフォームにしていくんだと思います。すでにそうなりつつありますが。
※QQ
騰訊によるインスタントメッセンジャー。騰訊QQとも。言わば中国のSkypeやLINEに相当する。騰訊のインスタントメッセントジャーには、よりSNS的な機能の強い微信(We Chat)もある。
──WeGame【※】がそれですね。
※WeGame
騰訊による、Steamと同様のオンラインのゲーム販売プラットフォーム&コミュニティ。2017年9月1日にサービス開始を予定している。
K氏:
それがPCゲームだけでなく、家庭用ハードにも及ぶ可能性はありますよね。
──そのハードは国内で完結するんでしょうか? それとも海外にも進出する?
K氏:
まず中国国内に普及させていって、ほかのサービスのジャマをするでしょう。いまAppleとソニーに対して当局が何を言っているのかというと、「中国国内で売るソフトウェアやアプリはすべてサーバーを中国に置け」ということです。そういう法律を作ったんですね。
それに対応させられた場合、Steamも同じことになるんです。そうなると、もう生殺与奪は簡単。
──おおぅ……。
K氏:
で、ゲーマーはけっきょく、「もっとおもしろいゲームがやりたい!」という欲望の塊なので、どんな国のものでも、おもしろかったらそれで遊ぶんです。つまりキラーコンテンツをどの国のどのハードがいつどれだけ持っているか、という話になってくるんでしょうね。
──おもしろい意見ですね。
K氏:
ですので、日本や欧米はそれを防御したければ、おもしろいものを作り続けるしかない。
──中華ハードが進出する時代が来た場合、メリットはどういうところにあるんでしょう?
K氏:
人口の母数がある中国ですから、競争を勝ち抜いて洗練されたものが残るでしょうし、天才たちが絶対数として生まれやすいので、おもしろいゲームができるようになるでしょう。
中国の「長い目でみた」VRの戦略
──中華ハードが進出する時代が来た場合のデメリットはどうでしょう?
K氏:
中華エンターテイメントの世界が当局と騰訊に牛耳られるわけですよね。するとゲームのVRを突破口にアニメも映画もおそらくだんだん当局の制御下に入ることになるんでしょうね。
──それはどういうロジックでしょうか?
K氏:
いまVRはゲームがわかりやすい活用方法として提示されていますが、我々でよく話していると、つぎは「スペース」が題材だという話になるんですね。たとえば、このみんなの集う場所を維持するにも費用がかかるわけです。
でも、もしメンバーみんながVR機器を持っていて、仮想空間上で場所を借りたら、そこにボードゲームがデジタル化されたものが置かれていたら、そこで遊べてしまうんですよ。そういうスペースがあって、リアルにあるいろいろなものをVR内で導入できる仕組みができていくと、その中で完結するようになるわけです。
──VR=空間、という話はよく出ますね。
K氏:
たとえばそういう空間で『アイマス』みたいなものがあったとしたら。声優さんの頭や手などの動きが同期した状態のキャラクターたちが仮想空間で歌っていて、そこにリアルタイムでオンラインでつながった人たちが訪れられる仕組みがあったら、すごい市場になりますよね。
MMORPG【※】などもどんどん同じように変わっていくわけです。そういう時代になると、たぶんVRが「どこでもドア」化していくわけですよね。そういう世界になったら、映画などは、たぶんVRの名のもとに統合されていくんだろうと思います。
※MMORPG
Massively Multiplayer Online Role Playing Game(大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)の略。運営会社の設置したサーバー内に展開する世界に数百~数千のプレイヤーが同時接続し、オンラインで同期して楽しむタイプのロールプレイングゲーム。
──なるほど。あらゆる娯楽がVR内のコンテンツとして集約されていくということですね。
K氏:
ビデオゲームでかなり出遅れていた中国がいま、VRにこれだけ投資しているということは、おそらく目先のお金ではなく、インフラとしてのVRをすべて奪うつもりなのかなと思っています。彼らの歴史は長く、100年で物を見るので……ですが、これは10年で起こり得る話です。
ゲーム大航海時代を楽しんで
──(赤野)確かに騰訊のトップの人たちと中国共産党の人たちの関係のありかたはニュースになっていますね。
K氏:
たとえば支付宝と银联【※1】はめちゃくちゃ仲が悪いんですよ。でも本来、共産党であればどっちかを潰すことだってできるわけです。それをやらないのは、それぞれが、先ほどお話をしたカウンターなので。支付宝はあくまでもPayPal【※】のカウンター、银联は対VISAですのでどちらも絶対に必要なんです。そういうカウンター戦略として騰訊は当局にとって必要になりますね。
※1 银联
银联は日本の漢字で書くと銀連。英語ではUnionPay。中国のさまざまな金融機関のシステム統一を図って2002年に設立され、この銀連の発行するカードが銀連カードと呼ばれる。カードにはクレジットカードとデビットカード(銀行の口座から即時引き落としとなるカード)があるが、流通しいてるカードの多くはデビットカードとなっている。
※2 PayPal
アメリカのWeb決済サービス。メールアドレスとクレジットカードに紐づけたアカウント(口座)を開設し、ショップとの金銭のやりとりをサービスに委ねるため、クレジットカードの番号や口座の内容を取引相手に知られずに済むというメリットがある。アメリカ最大のWebオークションeBayとの関係性も深く、日本からeBayを利用するときなどには、ほぼ必須と言える。
──騰訊は当局からつぎの時代の勝者として選ばれていると。そういう視点で騰訊を見たことがいままでありませんでした。やっぱり現地にいる人ならではの意見ですね。
K氏:
私は株も趣味なので、ゲーム関係の企業の動向やニュースはだいたい見ているんですね。
──そういう視点で! なるほど! しかし、サービスをぶつけているとは思いましたが、国策インフラの一部かもしれないとは……。
K氏:
中華ハードが既存のゲーム機に居並ぶようになると、本当に、新しい場所を探して各国が覇権を競い合う、いわば「世界ゲーム大航海時代」になりますよね。
ゲームファンとして、おもしろい時代だと思います。上海でこの波を楽しんで、ゲーム部が日本と中国をつなぐ何かになれればと思います。(了)
プレイヤー目線で見た中国ゲーム事情を尋ねるつもりが、想像以上に大きく、目新しい視線を多く含んだ話題となって返ってきた。
「ゲームの楽しさが民族の軋轢を緩和する」なんて、夢みたいな話をする気はないけれど、かつて日本の巨乳小学生の画像が中国のネット掲示板に貼られた途端、反日運動が下火に転じたなんて都市伝説があった。同じように、「日本のゲームやアニメの力で日中はもっと親しくなっていくだろう」なんて、コミュニティー運営の実績を持ち、圧倒的なバイタリティーで途切れなく話すK氏に聞かされると、「そういうこともあるのかもしれない」と信じたい気になってくる。
実際、今回の上海訪問で日中のコンテンツの志向の差が埋まり始めている様子は目の当たりにしてきた。世界に進出した中華ハードで、日本人好みのゲームを堪能する日がやってくるのも、そう遠くはないのかもしれない。
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