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「ゲームで中国人が台湾の歴史を知った」あの国民党時代を描く台湾製ホラゲ『返校』を出した中国パブリッシャーが、共産党の検閲との駆け引きを語る【中国ゲーム事情レポ】

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 中国のインディーゲーム事情を尋ねるインタビューの第二弾は、中国でパブリッシャー・COCONUT ISLAND GAMESを営む鮑嵬偉(ウェズリー・バオ)氏に話を伺った。

【第一弾はこちら】


「基本無料、アイテム課金は嫌い」な中国インディー開発者が語る“苦悩”。コンシューマ市場が1%未満な世界でのゲーム文化のリアル【中国ゲーム事情レポ】

「ゲームで中国人が台湾の歴史を知った」あの国民党時代を描く台湾製ホラゲ『返校』を出した中国パブリッシャーが、共産党の検閲との駆け引きを語る【中国ゲーム事情レポ】_001

 同社は、もともとはデベロッパーとして活躍していたが、ある台湾製のゲームを中国本土でリリースしたいと思い、以後、どちらも手がけるようになったのだ。

 鮑氏にそこまでの思い入れを生んだゲームの名は『返校』(Detention)という。このタイトル、じつはSteamで全世界3位を獲得した代物だ。
 台湾製のホラーゲームだが、ストーリーではホラーの背景に中国国民党の圧政が敷かれていた1960年代の台湾が描かれており、内戦の相手だった中国共産党が支配する現状の中国で「仇敵の行った政治的抑圧」を描くという、なんともいえない内容を扱った作品なのだ。

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(画像は返校公式サイトより)

 中国で発売されたこと自体が驚愕を持って受け止められたこの作品がリリースに至る背景で、当局側、パブリッシャー側双方にどんな判断がなされたのかを中心に、鮑氏には中国という国の独自性を語ってもらった。

 なお、この取材も、100年後の未来から振り返る過去のゲーム(つまりこの先100年のゲーム)のレビュー集という、とんでもない本『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』を書き上げた作家、赤野工作氏(@KgPravda)とともに行っている。

取材/赤野工作小山オンデマンド
文/小山オンデマンド


「ゲームで中国人が台湾の歴史を知った」あの国民党時代を描く台湾製ホラゲ『返校』を出した中国パブリッシャーが、共産党の検閲との駆け引きを語る【中国ゲーム事情レポ】_003
鮑嵬偉氏

Steamで全世界3位の『返校』、日本でもリリース!

──まずは本題に入る前に、Steamで『返校』【※】の売り上げが全世界3位になりましたね、おめでとうございます。

※返校
台湾のデベロッパー赤燭遊戯が制作、中国本土でCOCONUT ISLAND GAMESが2017年1月にリリースしたホラーアドベンチャー。初期の「クロックタワー」シリーズの様なアングルと操作系で、国民党による圧制“White Terror”下にあった1960年代の台湾を舞台に物語は描かれる。

鮑嵬偉氏(以下、鮑氏):
 ありがとうございます。日本のゲーマーの皆さんにも『返校』は注目されたんでしょうか?

──日本でコアなゲームを紹介する実況者たちが紹介したことがきっかけとなって、中華圏の歴史についてそれまで知らなかったような人々が関心を持つようになりました。

鮑氏:
 それは何より。今年(2017年)の年末か来年のアタマにPS4で日本語版も出しますよ。

──(赤野氏)え! ホントですか! ツイートしていいですか?

鮑氏:
 どうぞどうぞ。あなたが最初の発信者になりますね(笑)。多少の変更があるかもしれませんが、宣伝になりますので。

──買います買います。

鮑氏:
 センキューセンキュー。いまCERO【※】の審査を待っているところです。

※CERO
特定非営利活動法人コンピュータエンターテインメントレーティング機構のこと。英語の正式名称であるComputer Entertainment Rating Organizationの頭文字をとってCERO(セロ)と呼ばれる。国内で発売されるコンシューマーゲームの性表現、暴力表現、反社会的表現などを倫理規定と照らし合わし、対象年齢を策定(レイティング)する非営利団体。

──どこのパブリッシャーから出されるんですか?

鮑氏:
 うち(COCONUT ISLAND GAMES【※】)からです。

※COCONUT ISLAND GAMES
中国・上海に拠点を置く、独立系のゲームスタジオ。ケータイアプリ開発に始まり、近年では『返校』をはじめ、他のデベロッパーのゲームをパブリッシャーとして中国国内でリリースしている。

──スゴい! いやー、本当に楽しみなんですが……COCONUT ISLAND GAMESさんを知らない日本の読者に向けて、まずはどういう業務をされているのかご説明いただけますか?

鮑氏:
 会社は2009年に設立しました。最初からインディーゲームだけを専門にしてやっています。モバイルやスマートフォンのゲームから始まり、それらはいまでも引き続きやっています。

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(画像は决战喵星公式サイトより)

 中国でXbox Oneがリリースされたのが2014年、PS4が2015年なのですが、そのどちらでもCOCONUT ISLAND GAMESのゲームはローンチタイトルになっています。Xboxのほうが、『决战喵星』【※1】で、PS4が『小小白日梦』【※2】と言います。

※1决战喵星(Naughty Kitties)
2014年9月29日の中国におけるXbox Oneのローンチタイトルのひとつとなった横スクロールシューティング。タイトルどおり、さまざまな猫から自機に乗せる数匹を選んで出撃。射撃は自動で行われるため、猫の体力と乗せ換えのタイミングに気を払うことになる。シューティングにはめずらしい対戦モードも備えている。

※2 小小白日梦(One Tap Hero)
2015年11月4日に、中国におけるPS4の初期タイトルのひとつとしてリリースされた面クリア型のパズルアクション。テディベアにされてしまった彼女を助けるため、キーとなるアイテムを探して主人公がステージ内を跳び回る。主人公は自動でステージを移動するため、各種の仕掛けに合わせてプレイヤーはクリックをして彼をジャンプさせることになる。

──基本的にはパブリッシャーと捉えていいのでしょうか?

鮑氏:
 パブリッシャー業務は昨年からです。昔はずっと自分たちでゲームを作っていました。2016年以前は自前でゲームも作り、パブリッシングもしていたんです。そういう経験を詰んだので、ほかのインディーゲームデベロッパーの助けになるのではと思い、パブリッシング業務も始めたわけです。

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帰家異途(Home Behind)……2016年にCOCONUT ISLANDからリリースされた、横スクロールタイプのローグライクゲーム。内戦の始まった故郷を脱出、ヨーロッパまでの1500キロを武器を片手に移動するのが目的。移動中のイベントはランダムで発生。操作キャラクターのパラメータに注意しつつ、さまざまな障害を乗り越えていく。Steamでは、日本語版も発売されている。
(画像はSteamより)

 初めてパブリッシングしたのはSteamの『帰家異途』というゲームです。日本のメディアさんでも取り上げていただきました。

──『ホームビハインド』ですね。

鮑氏:
 初めてパブリッシュしたゲームでしたが、当初は無料ということもあって1年目で全世界1000万のダウンロードになりました。

──最初でそれはスゴい数字ですね。

ゲーム業界へのきっかけはやはり小覇王 

──続いて鮑さんの個人的なゲーム遍歴をお伺いさせてください。お好きなゲームは何でしょう?

鮑氏:
 『Football Manager』【※1】、『大航海時代II』【※2】、『Gone Home』【※3】。この3作は海外作品でもっとも好きなゲームです。

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※2 大航海時代II……1993年に光栄(当時)から発売されたシミュレーションゲーム。「大航海時代シリーズ」の第二作に当たる。はじめに発売されたのは PC-98版だが、そのあとスーパーファミコンやメガドライブといった家庭用ゲーム機にも移植されていった。16世紀のヨーロッパを舞台に、船に乗って冒険や交易、海戦を行いながら「名声」ポイントを貯めていくという内容。画像はバーチャルコンソール版。
(画像は任天堂公式サイトより)

 最近はNintendo Switchで『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』をやっています。『ゼルダ』は探索しているときがいちばん楽しいですね。

※1 Football Manager
セガが海外向けに2004年からリリースしている、PC向けのサッカークラブ経営シミュレーションシリーズ。人材の確保からチーム戦術の決定に至るまで、運営だけに的を絞り、選手が操作できないのが特徴。

※3 Gone Home
2013年に、たった3名のThe Fullbright Companyによって製作された、インディーアドベンチャーゲーム。海外で1年間を過ごし、1995年の夏にひさびさに帰宅した主人公が出くわしたのは、もぬけの殻となった家だった。家族にいったい何が起こったのか? 皆はどこへ行ったのか? 主観視点で家の中を探索しながら、地道に手がかりを集め、家族に起きたこと、家族(あるいは主人公)の抱えたを問題を追体験する作品。

──どれくらいからゲームを遊んでいて、何をきっかけにゲーム開発を始めようと思ったんですか?

鮑氏:
 やっぱりファミコン互換機ですね。7歳くらいでした。『魂斗羅』【※1】やジャッキー・チェンが出ている『功夫大帰斯巴達』(スパルタンX)【※2】などが好きでした。

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※魂斗羅……コナミ(当時)が1987年にアーケードでリリースした縦スクロールタイプのアクションシューティングゲームを、1988年にファミコンに移植したもの。ジャングルの奥に隠された敵基地に向かって進撃。ふたりプレイでひたすら敵を撃ちまくる。ファミコン版では、画面が横向きとなっているのが最大の違い。現在もiOSや、コンソールのアーカイブスで楽しめる。
(画像はAmazonより)

 ゲームを作り始めたきっかけは、15歳のときに『大航海時代II』を遊んでものすごく好きになったから。広い世界を見せてくれるし、いろいろな人物が登場するし、物語もあり、すばらしいゲームだと思ったんです。でも、いくつかの不満点があったんですよね。

※2 功夫大帰斯巴達(スパルタンX)
ジャッキー・チェンが主演した1984年公開の同名のカンフーアクションコメディ映画をゲーム化したもので、同年にアイレムがスクロールアクションとしてアーケードでリリース。行く手に立ちはだかる敵をパンチとキックで倒しながら、全5層のフロアごとに待つボスを攻略し、ヒロインを助けるという、映画の内容とは異なるものとなっていた。ファミコン版は任天堂が1985年にリリース。合成音声が衝撃的だった。

──たとえば?

鮑氏:
 『3』からは行けるようになったんですが、船が港にしか到達できず、内陸には行けなかったところなどです。「自分が作ればこうするのに」と思ったことがゲーム開発に就いた原点です。

──中国でいろいろな方にお話を伺っていると、小覇王【※】などを触っていた人たちがいまの中国ゲーム業界の第一世代になっているなと感じます。

※小覇王
1980年代の終わりに中国で発売され、もっとも売れたと言われる非ライセンスのファミコン互換機。「勉強ができる」という触れ込みでキーボードが付いたものなどさまざまなバージョンが発売され、「ファミコン」がゲームの代名詞であるように、「小覇王」が中国ではこの手のマシンの代名詞となっている。

鮑氏:
 そうです。海賊版で遊んでいます。中国のプレイヤーに正規版を買おうという意識が芽生え始めたのはPS3からですね。それ以前はそもそもそういう意識がありません。そもそも正規品がなかったので。
 それを踏まえてですが、ゲームボーイも、ゲームボーイアドバンスも、ニンテンドーDSも遊んでいますし、プレイステーションは全世代制覇しています。ファミ通のテキストが翻訳されたものを読んで育っていますし。

──それはそれは(笑)。お伺いしている限り、いわゆる2000年代中盤に中国で起きたMMO【※】の大ブームには、あまり乗っていないんですね?

※MMO
MMORPG。Massively Multiplayer Online Role Playing Game(大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)の略。運営会社の設置したサーバー内に展開する世界に数百~数千のプレイヤーが同時接続し、オンラインで同期して楽しむタイプのロールプレイングゲーム。

鮑氏:
 まさしくそのとおりなんです。そうしたゲームは課金を要求されるので好きではありません。課金をするゲーム会社のほうが儲かると思いますが、意識的に避けていました。

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 だからこそKONAMIに入ったということもあります。じつは初めてゲーム業界に入ったのは上海のKONAMIからなんですよ。

──KONAMI!

鮑氏:
 KONAMIでは『フロッガー』【※1】の移植などを担当しました。もうひとつは中国市場向けのリズムゲームだったのですが、けっきょく発表されませんでした(笑)。ともあれ、オンラインゲームとしては「Warcraft」【※2】なども遊んでいましたよ。Blizzard【※3】は大好きですし。MMOが好きというよりは、「いいゲームを遊んでいる」という感じで。

※1 フロッガー
元は1981年にコナミ(当時)が開発、セガ・エンタープライゼス(当時)がリリースしたアーケードタイトル。クルマが行き交う道路や丸太の流れる川を横断し、カエルを無事対岸のゴールへと導くというアクションゲーム。コンシューマハードにも発売時より洋の東西を問わずさまざまな形で移植、展開されており、近年でも携帯機やダウンロード専用タイトルなどの形で登場している。鮑氏が語っているのは、おそらくゲームボーイアドバンスで2003年に発売され、パズル要素が付与された『フロッガー 魔法の国の大冒険』だと思われる。

※2 Warcraft
米ブリザード・エンターテイメントによって発売されたリアルタイム・ストラテジー型のオンラインゲーム。ファンタジーの世界観のもと、人間やドワーフといった様々な種族が魔法を駆使して戦っていく。同型のシリーズとしてはこれまで3作発表され、世界中で空前絶後の大ヒットとなった。MMORPG型の『World of Warcraft(WoW)』も、「登録者数最多のMMORPG」としてギネスブックに記録されている。

※3 Blizzard
米カリフォルニア州に本社を置くゲーム会社。ゲーム業界3位の売り上げを誇るアクション・ブリザード社の子会社に当たる。「Warcraft」シリーズをはじめとして、その姉妹作に当たる「StarCraft」シリーズや、「Diablo」シリーズを発表している。同社初のシューティングゲームである『Overwatch』も大ヒットを記録している。

──中国の一線にいるゲーム開発の方は、もともとすごくコアなゲーマー出身で、「オレも作るぞ」と業界を引っ張っているんだな、ということがよくわかります。

「ブラックリストに載るなら、会社を作り直せばいいと思った」

──さて、そんな鮑さんが『返校』をパブリッシングした経緯を伺いたいと思います。台湾の開発会社赤燭遊戯(レッドキャンドル)【※1】に、「大陸で出しませんか」と声を掛けたのでしょうか? そのときに赤燭遊戯の皆さんの反応はどうでしたか? もうひとつ、販売したあと、微博(ウェイボー)【※2】をはじめ中国のゲーマーの皆さんの反応はどうだったのでしょうか?

※1 赤燭遊戯(レッドキャンドル)
2013年ごろに母体が完成。既存の3つのスタジオに所属していた6名のスタッフが集い、2015年に設立した、台湾の独立系デベロッパー。『返校』開発のために設立されており、途中2名のスタッフが加わり、『返校』を完成に導いている。

※2 微博(ウェイボー)
中国で最大級の規模を誇るSNSサービス。言わば中国版のTwitter。Twitterは中国からは読み書きが不可能。

鮑氏:
 そもそもCOCONUT ISLAND GAMESにインディーのコミュニティがあったんですね。そこで“インディープレイ”というインディーゲームの展覧会を開催したんです。それにあたってコンテスト作品を募集したところ、台湾から赤燭遊戯が応募してくれていたんですが、ゲームとしてすごくすばらしい出来だったので入賞したのが最初です。私から見てもすごいゲームだと思ったので、「売りましょう」とこちらから声をかけました。

──見い出した以上に、先方から飛び込んできたんですね。しかも内容を理解したうえで売ってしまおうと。

鮑氏:
 ええ。でもその結果、このゲームは中国のゲーマーの大多数に好評を得ています。

──それがスゴいんですよね。読者の皆さんに説明しますと、ゲームの舞台となっているのは、1960年代の台湾です。第一次大戦後から始まる共産党との争いに破れ、第二次大戦後に台湾に追いやられた国民党が、台湾内では強権的な政治を執り行っていた時代なんですね。そういう「仇敵」、「政治」、「抑圧」など、極めて政治的で、いつ地雷を踏んでもおかしくないキーワードで彩られた作品がリリースされたと。

鮑氏:
 台湾の歴史が中国で語られることはほとんどありませんし、『返校』の中で描かれている“白い恐怖”【※】のような反政府的な主張への弾圧など、場合によっては禁止されることもあります。
 ですからこのゲームを通じて、初めて台湾の歴史を知った人も多いんです。しかも興味を持ってくれて、たくさん議論が交わされました。台湾に興味を持ち始め、しかも当時の台湾は少なからずいまの共産党と通じる部分がありますので、「国外から見た共産党政府を知る」という点では、視野を開いたというか、とてもいい結果を生んだと思っています。国外から見た中国政府の姿は、国内からは知ることができないんですよ。

※白い恐怖
ホワイトテロ。政府など権力者による反権力勢力、組織、個人などへの暴力的な弾圧を指す。

──ゲームが、じつは国民意識の転換点になっているかもしれないんですね。

鮑氏:
 当時『返校』をパブリッシングしたのは、ゲームが社会や文化、ほかの領域に影響を与えることができるかもしれない、と、まさにそういうことを求めていたからなんです。結果からするとそれが『返校』ではできたし、それが当時大きなやりがいとなっていました。

──そもそも国民党を扱った作品を当局の審査に通すのは、並大抵の努力ではないと思われますが……どういう経緯を踏んだのでしょう?

鮑氏:
 『返校』のパブリッシングを決めて以来、スタジオ全体がドキドキしていました。政府のかゆいところに触れる内容からして、審査を通らない畏れもあるので。それなのになぜこのゲームをパブリッシングしたかというと、中国語を使っている台湾やシンガポール、香港など中華圏でも、こういうゲームがとてもめずらしかったからです。

──政治的な要素がですか?

鮑氏:
 それもそうですが、まず中国の物語でホラーという、このふたつの要素が同時に成立しているゲームがまずないんです。さらに言えば、物語そのもののおもしろさと、物語を語る人のうまさがどちらも際立っていること。単純に言えば、ものすごくいいゲームなんです。だから、中国のプレイヤーにとっては親近感が湧くだろうし、「ホラーゲームが好きであれば絶対に買ってくれる」と確信したんですね。

──何よりゲームとしてすぐれていると。

鮑氏:
 ええ。ですから私自身が率先して「やろう」と決めました。もちろん当時の社内でもリスクについての話し合いはありましたが、そのリスクは背負うことができると判断したんです。

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 最悪の場合、このゲームが政府から削除され、さらに自分の会社の名前が政府のブラックリストに載るんですが、「だったら、別の名前で会社を作り直せばいい」と思って。

──(笑)。

鮑氏:
 あとは、そこまで行ったらゲームの商売を辞めればいいと思ったんです。

──そこまでの覚悟で。

鮑氏:
 でもそれは当時の話で、最近は当局もさらにいっそう厳しくなっています。いまこの作品をパブリッシングするかどうか考えたなら、もうダメでしょうね。

──え、でもまだ決意から1~2年しか経っていませんよね?

鮑氏:
 当局の判断の根拠や強さはよくわからないんですよ。なぜダメかを教えてくれるわけでもないんです。ですので、今後は政治に触れるものは出さないことになると思います。

通った理由は「国外の話」だから?

──イラン革命を扱った『ブラックフライデー』【※】というゲームがSteamで発売されて、政治的なテーマを扱ったということで『返校』と比較され、とても評判になったのですが、鮑さんは『ブラックフライデー』をご存知ですか?

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※ブラックフライデー……正しくは『1979 Revolution: Black Friday』。ニューヨークを拠点を置くインディーデベロッパーiNK Storiesが2016年にリリースした、イラン革命を題材にしたPC用アドベンチャーゲーム。プレイヤーは1979年に起きた実在の革命の中を生き抜くフォトジャーナリストとなり、首都テヘランで運命に翻弄される人々を写真に収め、さまざまな選択をしていくことになる。
(画像はSteamより)

鮑氏:
 知っていますよ。

──あのゲームは結局、イラン政府にBANされたんですよね。一報『返校』はリリースされ、微博でもゲーマーからの評価がすごく高かった。比較で語るのは難しいと思いますが、いったい何が違ったんでしょう?

鮑氏:
 『ブラックフライデー』は、直接イラン国内の話をしていますが、『返校』は台湾の話だということがひとつ違いとして考えられます。中国政府がダメだというのは台湾じゃないんです。台湾と中国のつながりを表現するときにダメな部分がいくつかある。
 たとえば当時は共産党と台湾の国民党が犬猿の仲。国民党が共産党を呼ぶときに使う共匪という卑称があるのですが、それは政府からするともちろんダメ。じつはこの言葉がゲームのトレーラーに含まれていたので、トレーラーはBANされました。

──あ、BANされたんですね。

鮑氏:
 彼らの判断なのでそこであるというのが本当かどうかはわかりませんが、引っかかったのは台湾だからではなく、その言葉遣いがあったからのようです。赤燭遊戯に「これはこういうところを直しましょう」と交渉して作り直し、再提出したところ、実際に通ったので、「問題はそこだったんじゃないのかな」と後からわかるのみですね。

 ですので、そういう意味で国内の話をしているわけではないので、『ブラックフライデー』とは扱いが違うんでしょう。

──当局を通すために努力したのは、トレーラーの言葉を抑えたこと以外にありましたか?

鮑氏:
 提出前の話ですが、ほかの部分でも言葉遣いを直しました。初めからそうした言葉がなければ作品自体がBANされることはないので。中国ではたとえばPS4などでゲームを発行するにあたって、版號というものが必要なんですね。

──審査済み証紙みたいなものですか?

鮑氏:
 昨年から必要になった出版の番号みたいなものですね。ただし、Steamはグレイゾーンなんです。中国でPS4で出すとなったら、版號が必要。でも「PS4でなくても、Steamで出せればいい」と思っていました。そもそも台湾という要素以外に、ホラーだったり、いまの中国ではよしとされないスピリチュアルなものがあったりしているので。ですが、そこは通ったと。

──結局、ほかの部分が当局を通った理由は明確にわからないんですね?

鮑氏:
 結果しかわからないので、そうですね。

──たとえば今後日本のデベロッパーが中国でゲームを出すときに、どういう表現に気をつければいいかアドバイスをいただけますか?

鮑氏:
 いま言ったようなものがまずダメですね。あとは六四【※】がダメですね。ほかはもろもろ……日によって変わるので。

※六四
1989年6月4日に、北京の天安門広場で繰り広げられた中国人民解放軍による民主化を求める市民への武力弾圧・粛正。いわゆる天安門事件。多数の死傷者を出し、以降、中国内では語ることも抑え込まれているため、事件の日付から「六四」などの隠語で呼ばれている。

──日によって(笑)。笑いごとじゃないとは思いますが。

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