審査基準は「自分で判断しろ」
──ちなみに『返校』はCEROでもチェックを受けているそうですが、もし内容をご存知なら、中国のチェックとどう違うかを教えてください。
鮑氏:
CEROはたとえば暴力や流血があったとしても、16歳や18歳以上にして出せるところが大きな違いです。中国はいっさいダメ。中国や欧米と日本の審査の違うところはこの点ですね。ただし中国の審査は審査じゃありません。
年齢で分けたりしているわけではなく、OKかNOだけ、しかも基準が明確ではない。基準はどこにも書かれていないので、「自分で判断しろ」という感じなんです。当局が気に食わないのであればNOですべてシャットアウト。コントロールであって審査とは違います。
──当局の胸ひとつなんですね。
鮑氏:
映画の例ですが、たとえば抗日もので政治的に当局が気に入れば、暴力的やセクシーなものでも、子どもが見てもぜんぜんOKとなったりします。
──んー。それらのチェックは具体的にどのような流れなのかを教えてください。
鮑氏:
基本的に完成度が90%あったら提出できます。期間は国産のものであれば2~3ヵ月。
──長い!
鮑氏:
国外のものは4~6ヵ月くらいかかります。付帯して提出しなくてはならないものとしては、すべての絵、すべての音楽、ある程度のプログラムのコードと著作権まわりの資料。あとは企画書です。それで審査期間内にたいてい「ここを直せ」と戻されることが1回くらいはあります。ほとんどの場合は具体的な指示がありますが、出ないときもあります。もちろん、何回も直しを要求されることもあります。2~3ヵ月というのは、そうした平均的な期間なんですね。
──踏み込みます。国外のものは時間がかかっていますが、台湾製は国内扱いなんですか?
鮑氏:
……台湾はわかりません。なぜなら『返校』を審査に出していないから。Steamは審査に出さなくてもいいので。
──それから最近のゲームだとアップデートで内容が一気に変わることもありますが、アップデートごとに審査に出しているんでしょうか?
鮑氏:
それは必要ありません。規定として、ほとんどの部分は変えてはいけないことになっているので。とはいえやれますが、発売後でもいくつかチョイスされて抜き打ち検査があるので。それに引っかかったらたいへんです。みんなはある程度自分たちで審議して、それから出しています。
──にじよめちゃんの話じゃありませんが、審査の恐ろしさは当局以上に、当局を内面化させてしまい、自分で自分を制限する部分にありそうですね。
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ローカライズでわかる日本の特殊事情
──たとえば『返校』日本のローカライズにはどのくらいの費用がかかるのでしょう? なかなかローカライズされないゲームがあるのは、そのへんの手間とお金がかかるからなのでしょうか。
鮑氏:
日本語のローカライズにはそんなにお金はかかりませんよ。ただし、日本語化には難点がいくつかあるんです。日本語の翻訳は、日本の皆さんの目が厳しく、英語だったら多少間違っても温かい目で見てもらえるんですが、少しの間違いでもダメと言われてしまうんです。結果、校正が細かくなり、比較として費用がかさみます。
あとは日本の皆さんがどう思われるかわかりませんが、中国のゲーマーから見ると、日本の市場やゲームの習慣は欧米や中国と比べても特殊なんです。
──どういう見られかたをしているんでしょう?
鮑氏:
日本はマーケットがぼんやりしているんです。そこはCOCONUT ISLAND GAMESの経験不足もあると思うんですが、どうやったら売れるのかはっきりしないんですね。
日本の市場の特殊性は、日本だけで『モンスターストライク』【※】がものすごく売れているというところを見ればわかります。日本だけで売り上げが世界一になるゲームですよ? ふつう考えられません。
あとはものすごくRPGに対する執着心があるという。他の国から見たら、『ドラゴンクエスト』がなぜ日本であれほど人気なのかがわかりません。
──それだけでひとつのテーマになる話です。機会をあらためてまた論じたいですね。では、いまの日本の市場はあまり積極的に関わりたいものではない?
鮑氏:
世界から見ても、ひとことで言えば、日本の市場は小さくなっているので、そこまで力を入れて宣伝するわけにもいかないと思います。ただしそれはコンシューマーゲーム市場。一方で課金ゲームの市場がまだ勢いがあると思います。もちろんそこには中国の二大ゲーム会社である騰訊(テンセント)や網易(ネットイース)も注目しています。
ところがCOCONUT ISLAND GAMESは課金ゲームを作っていないので、関係ないというか手の出しようもない国なんです。経営者の立場からすると、そこまで力を入れてがんばる市場じゃないと思います。ですが、個人的に尊敬しているふたつのメーカーのうち、ひとつがある国なんです。
──それはどこでしょう?
鮑氏:
任天堂です。ちなみにもうひとつはBlizzard。任天堂が卓越したゲームデザインを皆さんに見せてくれますし、すばらしいプロダクトを提供してくれていますから、日本はまだまだ大丈夫だと思っています。
中国人はゲームに物語を求めない?
──一方、鮑さんは中国のゲーマーや市場をどうご覧になっているんですか? というのも、『返校』のように、物語を味わうタイプのひとり用のゲームが中国のゲームとしては個人的にすごくめずらしいと思ったんですね。さらに内容も大人向け。そういうプレイヤーが増えているんでしょうか?
鮑氏:
やっぱり変化はあります。おっしゃるとおり中国は対戦ゲームが非常に好まれていて、現在は『英雄聯盟』(League of Legends)をプレイしている人たちが多いのですが、これがどういう感覚で楽しまれているかというと、誰もが楽しむトランプや麻雀と同じ感覚なんです。
庶民感覚で、「みんながやってるから、自分もやろう」という態度なんですね。ところが、いまは中産階級のプレイヤーが増え、結果ひとりで遊ぶゲームが増えています。私は彼らに向けてゲームを作りたいと思っているんです。
──中産階級に向けたゲームというのは具体的には?
鮑氏:
彼らはお金に余裕があるため、ある程度自分の趣味を追求し、小説の代わりなどとしてゲームを遊んでいる人たちなんですよね。
そういった人たちの中には、昔からのゲーム体験が少ない人も多く、白紙の状態なんです。ゲームの知識がある人は、たとえばFPSしかやらないとか、有名なゲームしかやらないというようなことがあるんですが、そういう知識のない彼らは、おもしろければありとあらゆるものをやりたがるし、のめり込んでくれる。そういう人たちが中国にも増えてきたんですよね。
その反動で、難しいゲームはぜんぜん遊んでくれないのですが。
──難しいゲーム?
鮑氏:
操作が難しいとまず好かれませんね。どちらかというと中国は新しい市場なので、日本ではベーシックな操作であっても、そういうゲームについての素地がないんですよ。
さらにインディーズのゲームはひとりで遊ぶものが多いので、余計に認識が形成されていないといいますか。だから同じゲーム好きでも、『英雄聯盟』を遊んでいる人々と、インディーズのゲームを楽しむ人は、まったくの別世界に生きています。
──同じゲームと呼ばれるカテゴリーの中でも、そういう棲み分けができるのはありますね。
鮑氏:
『返校』のように物語をひとりで楽しむゲームを遊ぶようになったのは、若い人たちが「麻雀はちょっとね」と思うようになったことに近いのかもしれません。
──「麻雀はちょっと」という感覚があるんですか。
鮑氏:
麻雀は他人と戦う、ゲームのためのゲームですよね。そうでなく、プレイしたあとに、自分の中に物語が残って、何かしら人生に影響を受けて、というようなことを感じたい人たちが増えていると。
──まさに映画や小説のような感覚なんですね。
中国インディーシーンでの今後の展望
──今後どのようなゲームを作り、広めていかれるのでしょう? インディーで、中国で、収益が拡大できるイメージはあるのでしょうか?
鮑氏:
最近は、そのようにインディーゲームを買う新しい人たちが増えていますから、大きく儲かることはなくても、生きていくうえでは大丈夫かなと思います。なかでも国産のインディーゲームであれば、みんな温かい目で見てくれるので。遊ばなくてもわりとお金を出すという意識があるんです。
──あ、ある種の愛国主義なんですね。インディーゲームは開発者の人物やメッセージ性が強く出るゲームも多いと思いますが、鮑さんが今後サポートしていきたいゲームの方向性はあるのでしょうか?
鮑氏:
個人としては、物語の巧いゲームやシミュレーションゲームが好きなので、それらを出していきたいと思っています。でも経営者としてはやっぱり中国で売れるものも出したいですね。
売れるものとしては、ローグライクやサバイバルゲーム、それからやはりインターネットを介して対戦・協力できるものがメインです。あとはサンドボックスかな。
──サバイバルというのは、どういうものを指しているんですか?
鮑氏:
『Don’t Starve』【※】などですね。
もちろん変わったゲームも取り扱いたいところです。『返校』もそのひとつですが、『返校』のようにトップレベルで変わったものじゃないといけないと思います。そういう中国のすばらしいインディーゲームを世界中に広めたいんです。
加えて、世界のすばらしいインディーゲームを中国のゲーマーに紹介するというのが、いまの段階で考えていることです。過去にすでにモバイルゲームでもそれを始め、『返校』もご存知のように広まっています。『小小白日梦』はソニーさんの協力あって、すでに韓国や台湾で遊べます。
──先ほど中国のゲームのよさを世界に伝えていきたいと語られていましたが、中国のゲーム開発の強みはどういうところにあるんでしょうか?
鮑氏:
はっきり言って強みはないです(笑)。
──(笑)。
鮑氏:
海外のゲームと比べると、アイデアにも作りにも目立った強みはないんです。ですが、『返校』も、それから最近リリースした『汐』【※】という難しくてすぐ死ぬゲームにも、中国的な要素がいたるところに入っています。結果からすると、その要素を海外の方々がものめずらしく感じて、興味を持ち始めてくださっているんですよ。でもそれがすなわちゲームのすごさというわけではありませんよね。
※ 汐(Shio)
2017年5月にCOCONUT ISLANDがリリースした、PC用横スクロールアクション。古い中国の趣きを静かな佇まいで描いたグラフィックが独特で、プレイヤーキャラクターは提灯を片手に、木製の仮面を身に着けてつぎつぎとステージを攻略することになる。ステージが進むうちに、その独特なキャラクターの姿に隠された悲しい理由も明らかになっていく。
──なるほど。テイストもゲームに惹かれる大きな要素であるのは間違いありませんね。
鮑氏のオススメ中国ゲーム
──それでは最後に、鮑さんが日本のユーザーに遊んでほしいと思うCOCONUT ISLAND GAMESや中国のいいゲームを教えてください。
鮑氏:
うちのタイトルで言えば、『超脱力病院』【※】はおすすめしたいですね。日本語版もあってAppStoreでダウンロードできますので。風変わりな人たちばかり登場する病院経営シミュレーションですね。
これは『2』が近いうちに出ます。ぜひ遊んでみて、翻訳におかしなところがあれば教えてください(笑)。
──(笑)。
鮑氏:
それからテキストアドベンチャーなんですが、『Will:美好世界』【※】。これは最近リリースしたばかりで、いつかわかりませんが、日本語版も出します。
※Will:美好世界(WILL: A Wonderful World)
独立系デベロッパー4D Door Gamesが開発し、2017年6月に発売されたばかりのPC用テキストアドベンチャー。ゲームの内容については本文を参照。本文中にはないが『逆転裁判』や『ダンガンロンパ』の影響を大きく受けていると語られている。
──アートワークが洒落ていますね。どういう内容でしょう?
鮑氏:
人の運命を入れ替える力を持つ、神と呼ばれる少女が、物語に登場する人々のテキストを物理的に入れ替えて、運命を変えてよい方向に導くというゲームです。いろいろなエンディングがあって、文章量も膨大。だから日本語化も進んでいないのですが……。日本語版が出たらぜひ遊んでください。
──内容だけ聞いて『ROOMMANIA#203』【※】を思い出しました。
※ ROOMMANIA#203
2000年にセガ(当時)から発売された、ドリームキャスト用アドベンチャーヘゲーム。プレイヤーは神様となり、アパートの平凡な住人、ネジタイヘイの生活を覗き見。生活に介入することで、彼の人生をより刺激のあるものへと変化させていく。当時のセガのサウンドスタッフたちが中心となって製作されており、ゲームの内容と同等にBGMからSEに至るまでサウンド面での評価が高い。2002年にはプレイステーション2にてリメイク版が、翌2003年には同じくPS2で続編『ニュールーマニア ポロリ青春』が発売されている。
鮑氏:
この作品は、最初にお話をしたインディープレイという展覧会の1回目の入選作品です。2016年の東京ゲームショウでファミ通や4Gamerの賞をいただきました。10時間くらいでエンディングまでたどり着きますし、何より単純におもしろいのでおすすめしますよ。
──ぜひ楽しませていただきます。(了)
明文化されていないNGの数々をかいくぐり、ゲームの制作や販売をしなければならない中国市場の独自性を訊ねていたつもりが、普遍性に乏しい日本市場の特殊性を浮かび上がらせるインタビューともなった。
中国では、出版もネットも共産党政府による一元管理やチェックがなされており、ゲームも当然その管理下にある。だが、当局のチェック基準の不透明さゆえ、あらゆるメディアはそれを突破するために右往左往し、あるいは予定したものを諦めている現状がある。そんな状況下で、国民党を描き、スピリチュアルなものも含まれるホラーゲームをリリースした鮑さんの尽力と覚悟は賞賛に値するだろう。
一方、日本はと見れば、言葉の壁が日本が世界市場から孤立する一因でもあるのだが、同じ漢字文化圏の国のゲームがそうやって壁を乗り越えてSteamで3位を獲得したりしているのだから、これは作り手だけの話でなく、プレイヤーとしても、言葉の壁がそろそろ言い訳にもならないのかもしれない。
日本のマンガやアニメが好きすぎて日本語に習熟していく海外のマニアの話などをよく聞くように、その意味では僕らも、中国や台湾のゲームなんて漢字から想像が付きやすいだけに、あっというまに楽しめるようになるんじゃないかと妄想しなくもない。『返校』がそのきっかけになってくれるかもしれないわけだ。
実際『返校』に触れてみると、台湾も中国も日本もない、極めてアジア的な湿度の高い怖さを感じることができる。もちろん国民党と共産党の歴史に習熟していたほうが、より楽しめ、より恐がれるものではあるが。そんな、国を超えてフィクションの怖さや楽しさを同時代的に共有できるはずの世界に僕らは生きているのだ。意欲さえあれば。
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