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【全文公開】伝説の漫画編集者マシリトはゲーム業界でも偉人だった! 鳥嶋和彦が語る「DQ」「FF」「クロノ・トリガー」誕生秘話

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アンケートを取ったら「友情、勝利、……健康」!?

――今日もう一つ鳥嶋さんにお伺いしたいことがあるんです。それは、『週刊少年ジャンプ』とは何なのか、ということなんですよ。あれほどの数の人間が毎週楽しみに読んでるのに、ジャンプがなぜ他の雑誌と違うのかを上手く説明できた人は見たことない気がして……。もしよければ、鳥嶋さんなりのジャンプ論を聞ければ、と。

鳥嶋氏:
 でも、僕はジャンプは大嫌いだからね(笑)。

――そうだと思うのですが(笑)、そこで得たものはあるんじゃないでしょうか。以前にさくまあきらさんに取材したときに、さくまさんが「ジャンプで“王道”を学んだ」と言っていたんです。彼はジャンプのメソッドをゲーム開発に活かしてきたというんですね。

鳥嶋氏:
 ……なにそれ。さくまさん、そんなこと言ってたの。
 「王道」なんてあるわけないじゃん。強いて言えば、そのとき流行ってるものが「王道」だよ。『バクマン』でもそんな話をしていたけど、あの作品は本当に世間に良くない影響を与えてると思うね(笑)。

佐藤氏:
 でも、ジャンプの方針として「友情・努力・勝利」とか言われるでしょう?

鳥嶋氏:
 ああ、全く無意味ですね。あんなのはバカが言うことですよ。

――ちょ(笑)。

佐藤氏:
 ええと(笑)、それは、創刊当時は合っていたけど、今は違うということ?

鳥嶋氏:
 昔から変わってないですよ。
 もっと正確に言うと、「友情」と「勝利」は正しいんです。でも、「努力」は子どもは大嫌いなんです。実際、昔アンケートをしっかりと取った結果は「友情・勝利・健康」だったんだから(笑)。

――えええ(笑)。「健康」ですか。

鳥嶋氏:
 まあ「健康」に関しては、さすがにその時代の雰囲気だろうから、今は違うとは思うけどね。

佐藤氏:
 そういうアンケートをちゃんとやっているんだね。

鳥嶋氏:
 だから、『ドラゴンボール』では「努力」はさせなかったんですよ。「修行しました」とは言うよ、でもあくまでも結果で見せていく。だって、「滝に打たれて修行する」とか、そんなバカな話が現実には意味ないことくらい、そりゃ今の子供は知ってるよ。そういうリアリティは普通に生きていれば、この情報時代に絶対にキャッチするからね。

――確かに、そうですね。

鳥嶋氏:
 そういう子供が敏感に感じ取れてしまうところで嘘をついたら、おしまいなんです。
 だから、『ドラゴンボール』でも戦闘シーンは、徹底的にアクションを本格的につくったんだよね。逆に子供にそういう部分で「本当だ!」と思わせちゃえば、あとはもうどんな嘘でも受け入れてくれる。

佐藤氏:
 でもさ、ジャンプでも『キャプテン』なんかはずいぶんと努力のプロセスがあったよ(笑)。

鳥嶋氏:
 いや、あの作品のエンターテイメント性の本質は「努力」というよりも、「チームワーク」ですよ。世代が代わる中でチームワークをいかに練っていくかが重要で、基本的には「友情」の物語なんですよ。

――それにしても、昔からアンケートで「努力」の人気がなかったというのは面白いですね。それこそ、『テニスの王子様』以降の時代なんかであればすごく納得いきますけど。

鳥嶋氏:
 子供は本当に正直なんだよ。例えば、大人は「子供はどうせ世の中の理不尽さなんて知らないだろう」と思ってしまいがちじゃない。大間違いだね。

 だって、そんなのは学校のクラスを見渡せば分かることだよ。一番モテるのは、結局は頭が良いやつ、テストができるやつだよ。先生からも同級生からも一目置かれるよね。で、次はスポーツができるやつでしょ。カッコいいよね、運動会のヒーローだ。そして顔が良ければ、女の子にもモテる。
 じゃあさ、その全てがない子はどうしたらいいの? 「努力」なんかじゃどうにもならない現実があることくらい、子供は小さい頃からイヤというほど知ってるよ。

 もちろん、漫画というメディアは、そういう子供たちを励ますものとして発展してきたんですよ。でも、そのときに「滝に打たれて修行すれば強くなれます!」みたいなうさん臭い「努力」の物語なんかじゃ、そんな子供たちを励ますことはできない。子供をナメちゃいけないんです。

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佐藤氏:
 自分が子供の頃を思い返しても、確かにそう思うね。

鳥嶋氏:
 大人になると、人間は色んなことを経験して、自分の判断を曇らせていくんですよ。その方が生きていく上で、楽だからね。
 だけど、子供は違う。最も感性が鋭くて、あらゆる物事をピュアに感じられるのが、子供時代なんです。ところが、それなのに彼らはお金もなければ、学校にも行かなきゃいけない。先生と親にも従わなきゃいけない。でもね、そうやって現実で虐げられているからこそ、彼らは二次元の世界に対して鋭敏な感受性を持つんだね。

――大人であれば「フィクションだしな」と思って見逃してくれるようなことも、子供は見逃してくれないということですか。

鳥嶋氏:
 実際、『ドラゴンボール』なんて、そういう世界観で出来ているでしょ。

 世界が平和だなんて大嘘で、たとえピッコロ大魔王や魔人ブウが出てきても、国連は何の役にも立たない。そして、悟空がスーパーサイヤ人になるのは、何かの大義のためじゃなくて、一番の友人だったクリリンが死んだとき――こういう話に怒る大人もいるかもしれないけど、これこそが自分たちのリアリティだとして子供は受け取るんだと、僕は思う。
 そして子供は、そういう部分に関しては驚くほど正確に、大人たちの言うウソを見抜いてくるんです。

佐藤氏:
 でも、その話はわかりますね。僕なんかも今『月光仮面』みたいなドラマを見ると、なんだこんなもの……と思っちゃうんだけど、間違いなく当時は純粋に感動していたんですよ。子供だからこそわかる真実というのはあるのかもしれないね。

 あと、ジャンプといえばトーナメントバトルもあるよね。あれは『ドラゴンボール』が始まりだったと思うけど、あれも鳥山さんが考えたの?

鳥嶋氏:
 ああ、天下一武道会のことですね。あれは経緯があるんですよ。
 『ドラゴンボール』は最初の頃、あまりに人気が弱くて、打ち切り寸前の状態になってしまったの。

――えっ、そうなんですか。

鳥嶋氏:
 そうなんだよ(笑)。で、どこに問題があるのかを徹底的にチェックしたら、悟空のキャラが立っていないのが原因だと分かったんだね。
 そこで、もう既に出ていた亀仙人だけ残して、全てのキャラクターを一度鳥山さんに捨ててもらった。それで、悟空と対照的なキャラとしてクリリンというのを引っ張りだして、3人で修行をさせるところからやり直したの。
 それで分かったのは、悟空が「ただ強くなりたい」というキャラだということね。そこで、次にそのキャラを引き立てるために持ちだしたのが、「天下一武道会」だったの。しかも鳥山さんは、修行後すぐにその展開に持ち込んできたんだよね。
 実は『Dr.スランプ』の末期に鳥山さんが苦しまぎれに運動会で話数を稼いだら、それが大好評で『北斗の拳』を抜いて1位になったという事件があって、僕も「日本人は甲子園みたいなトーナメントが、やっぱり好きなんだな」とは思ってたのよ。

――でも、その鳥山さんの判断は大当たりで、以降の『ドラゴンボール』はトーナメントに引っ張られる形で看板作品に育っていきましたよね。

佐藤氏:
 その後、他のマンガもどんどんトーナメントを狙うようになっていったけど、鳥嶋さんはどう見ていたの?

鳥嶋氏:
 やるのは勝手だけど、二番煎じには新しさがないよね。

 しかも、トーナメントで大事なのは、毎号どうやって読者を前のめりにさせるかにあるんですよ。トーナメント戦が始まると、いつも以上に読者は展開を真剣に予測しはじめるから、それを上手く裏切ってみせたり、誰が勝ち残るかを読者投票で予測させる企画を打ったり、というのを徹底的にやり続けるんです。
 そうすると、どんどん読者がその世界に入り込んできて、クラスでのクチコミの話題もどんどん広がっていく。そこをしっかりやれてる人は今でも少ないんじゃないかな。でも、僕らはその辺を全て狙って作ったからね。

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ジャンプ編集長時代、どう立て直しを図ったか

――もう少しジャンプについて、聞いてもいいでしょうか。まさに冒頭で聞いたゲーム業界と関わった数年間の後、鳥嶋さんは編集長としてVジャンプからジャンプ編集部に呼び戻されますよね。その立て直しから、『ONE PIECE』や『HUNTER✕HUNTER』のような傑作群が生まれて王座に返り咲いたのは有名な話ですが、きっと鳥嶋さんはそこで「ジャンプとはなにか」を相当に考えたはずなんです。

鳥嶋氏:
 そうね。
 そのときに結局、初代の編集長が立てたテーマに尽きるなと思ったんです。つまり、「新人の新連載」「編集者と二人三脚のモノづくり」「読者アンケート」の三つね。僕が戻ったジャンプをもう一度見渡してみると、これが三つとも出来ていなかった。だから、僕は原点回帰を試みたんですよ。

――なぜ原点回帰が必要だったのですか?

鳥嶋氏:
 そりゃ、まさにそれが足りていなかったからなんだけど……そうね。
 結局、どの出版社や編集部にも、市場の中で生き永らえてきたことに正統性があるんですよ。これは出版社やメディアの「遺伝子」と言ってもいいもので、他の会社がうらやましいと思ってもダメなんです。無理にやっても、それこそ小学館の『コロコロコミック』をパクろうとした、『Vジャンプ』の前身の企画みたいになっちゃうんだよね。
 でもさ、逆に言えば、ジャンプはそれを編集部で定義できていたのだから、しっかりと認識すればいいわけじゃない。

――他の雑誌なんかでも定義はあるんですか?

鳥嶋氏:
 そういう意味でダメなのが、『週刊少年サンデー』だね。
 なんとなくサンデーっぽいカラーはあるけど、それを定義できているわけではないよね。あの編集部にヒット作の再現性がないのは、それが理由なんだよ。

佐藤氏:
 なるほどね。

鳥嶋氏:
 だから以前、友人がサンデーの編集長だったときに、「お前だったらサンデーをどう立て直す?」と聞かれたとき、僕は真っ先に「まずは高橋留美子とあだち充を連載陣から外すね」と答えたんですよ。

――だいぶ強烈なテコ入れですね。

鳥嶋氏:
 週刊誌の連載はライブだからね。ジャンプにも連載が長期化している漫画があるけど、危険だね。編集部が実にイージーな作り方をしていると思うよ。
 それに、どんなに新連載をやっても、作家が同じ顔ぶれではパチンコ屋の新装開店と変わらないんだよ。新しいことをやるなら、人間ごと取り替えなければいけない。それで新しい作家をどんどん出して、自分たちのカラーを定義していくべきなんだよ。

――では、鳥嶋さんの場合はジャンプ立て直しにあたって、どうされたんですか?

鳥嶋氏:
 まず、前の編集長が立てた企画は全て潰した。宮部みゆきさんが原作の漫画とかもあったけど、それも含めて話をつけて回って全てナシ。同時にベテランの作家も全て切った。そして、編集部の連中の前で「新しい作品を作れない編集者には立ち去ってもらう」と言って、代わりに「作品を作った結果については、俺が全て責任を負う」と宣言した。

――まさに、「新人の新連載」の体制を整えたんですね。

鳥嶋氏:
 それが上手くいきだしたら、今度は競争原理をさらに徹底させた。作品を当てない編集者も編集部から立ち去らせることにした。一番大事なのは、担当者に競争原理を持ち込むことだからね。

 結局、やるべきことは作家と一緒だったんですよ。いかに編集者を短時間で効率よく失敗をさせていくか。その過程で成果が出てくれば、編集もサラリーマン的な働き方はしなくなって、作家との向き合い方も変わっていく。ヒット作を出して、モノを作る喜びや痛みを知れば、おのずと人間は変わっていくんですよ。
 だから、僕は編集の働き方も自由にしたんです。「成果さえ出していれば、何をしても構わない」と言って、「どこにいるかだけ教えれば、会社になんて来なくていいよ」ということにした。

――まさに、ここまで聞いてきた、“不良サラリーマン”鳥嶋和彦の面目躍如ですね。そうやって「新人の新連載」と「編集者と二人三脚のモノづくり」の体制を仕上げたら、あとは「読者アンケート」ですか。ただ、よく言われる話でもあるのですが、アンケートってどこまで参考になるのでしょうか。

鳥嶋氏:
 なるよ。
 ただ、この前も白泉社で話したのだけど、アンケートそのものは現状の分析だから、これを見て漫画を作ることには意味がないんだね。じゃあ、アンケートに意味があるとすれば、なにか――たった一つだね。こちら側で仮説を用意して質問をして、読者の「半歩未来」のデータを取るのに使うんですよ。

佐藤氏:
 なるほどね。単に作品の人気順位を取るんじゃないんだね。

鳥嶋氏:
 そう。だから、アンケートを活かせるかどうかは、ここ(頭を指差して)の働き次第なんですよ。

 実際、アンケートがダメな場合ひとつ取っても、いくつかの要因があるんですよ。単に読まれていないのか、反響がないだけなのか、あるいは今回に限って人気がないのか。同じ数字を読んでも、人によって見え方が違うわけで、数字を味方にできるようなアンケートの読み方を自分の中で確立しなきゃいけない。

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インターネットから優れた作品は生まれるか?

佐藤氏:
 そろそろ良い時間だし、鳥嶋さんの今後について聞きたいかな。鳥嶋さんは白泉社に移って、まずは何をしているの?

鳥嶋氏:
 とりあえず、一か月半かけて全社員100人と面談したんだよね。
 やっぱり僕は編集者だから、自分の目で見て、自分の耳で聞いて得た情報からしか判断したくないんですよ。だから、まずは白泉社の皮膚感覚を作ろうと思ったんだね。

佐藤氏:
 それで結果はどうだったの? 面接で、誰か現状への不満を言ったり、「俺はこうしたいんだ!」みたいなことを話す社員はいたの?

鳥嶋氏:
 それがね……全くいなかったの、ゼロ!

佐藤氏:
 なるほど……。

 いや実は、僕はちょっと鳥嶋さんを心配しているんですよ。だって、白泉社というまったく新しい環境のなかで、任期3年という限られた時間で結果を残さなきゃいけないわけでしょう。それは普通に考えても、とても難しいミッションだと思うんです。

――……そうなのですか?

鳥嶋氏:
 そうだね。そうかもしれない。
 でも一方で妙な期待もされていて、「鳥嶋が来た」ということで何かが変わるんじゃないかとも思われている。

――輝かしい経歴に彩られた「伝説の編集者」鳥嶋和彦、ですからね。

鳥嶋氏:
 だけど、会社を変えるのはやっぱり社員、それも若い社員たちであって、僕であることは絶対にないんですよ。
 だから、こうやって話しているけど、63歳の自分があと3年間で何が出来るのかは悩んでいるんです。たぶんそれは限られていて、1年目で古い体制を壊して、2年目で種を撒き、3年目で芽吹くかどうか……という感じだよね。

佐藤氏:
 でも、そのタイミングで社長を辞任するしかないのなら、「ただ壊しただけの人」という評価になっちゃうよ。そこを僕は心配しているんだよね。

鳥嶋氏:
 まあ、だからきちんと次の社長に託すところまでは絶対にやらないといけないんだけどね。それに、これは僕自身のモチベーションもあって、やっぱり自分が次のことに挑戦するためにも、ここできちんと成果は残したいんだよ。

佐藤氏:
 えっ。

――「次」って、まだなにかやるつもりなんですか!?

鳥嶋氏:
 まあ、現時点でハッキリとは決めてないんだけどね。ただ、あなたにはわからないと思うけど、60歳になると朝起きてまず、自分を奮い立たせる作業が必要になるんですよ(苦笑)。で、そのたびに「ああ、この状態に流されたくないな」と思うんだね。今もわざと身なりを小奇麗にしていて、そこはただのジジイにはならねえぞ、とあがいているんだよ。

――あと、最後に鳥嶋さんに聞いてみたいのですが、まさに佐藤さんのKADOKAWAはドワンゴと合併して、インターネット時代のコンテンツというのを考える立場だと思いますが、ネットについてはどうお考えですか?

鳥嶋氏:
 申し訳ないけど、僕はネットから何かクリエイティブなものが生まれることはないと思う。会社でも、「コンテンツの生まれる場所としては、相手にしなくていい」と言ってるしね。

――鳥嶋さんのコンピュータ文化への通暁ぶりからすると、ちょっと意外な発言のような気もしますが……。

鳥嶋氏:
 コンテンツが生まれるときに、クローズドな環境であることと、有料の場であることは欠かせないんですよ。でも、インターネットにはその両方がないじゃない。

 だって、インターネットのそもそもの始まりは、軍需産業や図書館、大学の研究室みたいなところにあるわけでしょ。そこには市場の発想がないんです。無論、そういう出自のテクノロジーだから、何かを共有したり拡散したりするのには素晴らしく向いている。
 でも、ここから何か本当に新しいコンテンツが成功して、生まれてきた事例なんてないでしょう。

――ニコニコ動画のN次創作動画みたいな遊び方が事例にはなるかもしれないですが、そうして生まれた動画作品それ自体に革新性があったかというと難しいですね。

鳥嶋氏:
 別に僕は、インターネットがなにか既存のものを組み合わせたり、広めていくのに向いていることは否定していないんです。いや、むしろどんどん使うべきだとさえ思っているんですよ。

 でも、何か創造的なものを生み出すためには、作家をクローズドな環境において、徹底的に絞っていく作業が欠かせない。その時点でネットは無理がある上に、基本的には無料でしょう。有料で値付けされていないと、受け手が真剣に身構えないんです。気軽にだらだらと受け手が見るような場所では、なかなか作家は育たないね。

 そもそもインターネットのような場所は昔からあって、例えばコミケがそうでしょう。でも、あそこから本当の才能が飛び出してきた試しなんてないじゃない。結局、そういう場所では作家が「描きたいもの」ばかりが溢れてくるんですよ。

――まさにさっきの作家は「描けるもの」を書かねばならない、という話ですね。

鳥嶋氏:
 君たちの世代にはインターネットが最初なんだろうけど、僕くらい長くやっていると、なにか新しいメディアが出てくるたびに、必ず同じことを言い出す人が登場するんだよ。でも、結果は毎回一緒。正直なところ、これは「いつか来た道」でしかないね。

佐藤氏:
 でも、それは言い方の問題じゃない? つまりは、それこそ鳥嶋さんのような編集者がボツを出したりして、「描けるもの」を作家に描かせて作品として仕上げるプロセスがあれば、インターネットとかコミケとかは関係ないんじゃないかな。

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――じゃあ、具体的にはネット上で才能がありそうな人間を見つけたら、即効でクローズドな環境に押し込めて作らせ、拡散だけはインターネットでやる……みたいな(笑)。

佐藤氏:
 というか、ネットで生まれた才能を編集者が磨いてプロに育てる例はいくらでもあるんですよ。逆にむしろ小説の新人賞なんて、作家の先生だけで審査員をやって、そこで高い評価を得てしまえばそのまま商品化されてしまうような世界なんです。でも、やっぱりそれじゃうまく行かないんだよね。
 そう考えると、つまりは編集がいることが重要なんだという気もしますね。なんていうかな、作家さんをある種素材として考えて、編集者が介在して育てていくようなやり方があるんだと思うんですよ。

――まさに、初期の電撃文庫における作家と編集者の関係のような感じでしょうか。

佐藤氏:
 漫画の世界にもそれがあるんでしょ。ジャンプは「編集と新人作家との二人三脚」を掲げているわけだし。

鳥嶋氏:
 まあ、ものづくりにおいて編集者は絶対に必要なんですよ。

 でも、編集なんて10人入ったらまともなのは2人育てばいいくらいなんだけどね。ただ、1人でも良い編集を育てれば、10人は作家が育つ。だから一見遠回りに見えるけど、編集者を育てるのが大事。まあ、それも失敗を繰り返させるしかないので、その資本力と機会が必要なんだけども。

――そういう経営判断になってくると、残念ながらネット企業に理解を求めるのは厳しいでしょうねえ……。でも、話を戻しますけど、逆にカドカワにはそういう現状などに不満を言うような社員はいるんですか?

鳥嶋氏:
 君、なかなか良い質問するね(笑)。

佐藤氏:
 うーん……いや、なかなか難しいよね。

 やっぱり「サラリーマン的」なところはあるかもしれないね。多くの編集者にとって、作家は「先生」で作品は「完成品」で、編集者がただの「連絡係」にしかなっていないことも少なくないんだよね。作品を作家と一緒になって作り上げて、作家を育てていけるような編集者は本当に稀有だと思う。

鳥嶋氏:
 だから、「良い編集者」っていうのは、とても貴重なんですよ。その仕事ぶりが世間から見えることは少ないから、なかなか理解されづらいかもしれないけどね。

――鳥嶋さんの考える「良い編集者」って、どういう人なんですか?

鳥嶋氏:
 そもそも編集の仕事がなにかといえば、カッコいい言い方をすると「愛するが故に厳しく」なんですよ。作家に厳しくできるのだって、やっぱりその人間の才能を愛しているからなんだね。逆に言うと、愛することが出来ない才能に対しては、どうでもいいから厳しくなんてできない。だから僕なんかは付き合う人を選んでしまうんだけどね。

――先ほど、鳥嶋さんは「クローズドな場所」からしか創作は生まれてこないと言ってましたが、そのクローズドというのは究極的には「個人の才能」なのかな、と思ったのですが……。

鳥嶋氏:
 そのとおり。僕は自分の経験から、創造の奇跡というのは常にクローズドになって、個人の力が発揮される瞬間に生まれると思ってる。申し訳ないけど、チームワークからそんなものが出てきたことはないね。ゲーム業界も、本当に面白いものが出てくる状況に戻りたければ、昔のように少人数で制作できる体制になる必要があるんじゃないかな。

佐藤氏:
 作家の力を信じて、クリエイティブなものに感動する心は編集者には必要だよね。

鳥嶋氏:
 編集者に大事なのは「好奇心」なんですよ。僕は、本当はあまり他人に興味がない人間なんだけど、やっぱり一番最初にすごいものを見たいという思いは強いんだよね。

 でね、新しい才能の作家は、常に評判が悪いんです。
 床屋に行って髪型を変えたら、必ず最初は「なにそれ?」と言われるでしょ。髪を切る程度でもそんなことを言われるわけで、そりゃ新しい作品にはとてつもなく厳しいコメントを人間は投げつけてくる。でも、そういう否定的な意見は割りきって、まず稀なものを面白がることですよ。
 そうして奇抜な才能を愛して、厳しく育てていくんです。だって、「奇なるものを好む心」が「好奇心」なんだからね。(了)

【全文公開】伝説の漫画編集者マシリトはゲーム業界でも偉人だった! 鳥嶋和彦が語る「DQ」「FF」「クロノ・トリガー」誕生秘話_025

 この連載企画で取材を進めていくつれて、一つ見えてきたことがある。それはゲーム業界の黎明期において、当時日本で最盛期にあった出版文化が驚くほど強く影響を与えていたという事実である。
 今回のインタビューは、パーソナルコンピュータやアナログゲームの市場を背景に「大人の娯楽」として発達していった北米のゲーム文化とはまた一味異なる、漫画やアニメなどの戦後サブカルチャーと手を結んで発達してきた「子供の娯楽」としての日本のゲーム文化が、一体どういう文脈にあるのかを、かなり具体的に解き明かすものだったのではないだろうか。
 この「出版文化」という文脈については、今後に公開予定の、アスキー出身の『ダービー・スタリオン』開発者・薗部博之氏の記事や、あるいはビジネス系の商業ライター出身の『タクティクスオウガ』開発者・松野泰己氏などの記事でもかいま見える。

 もう一つこの記事で印象深いのが、鳥嶋和彦氏の歯に衣着せぬ鋭い言動と、一介のサラリーマンの領分を遥かに超えた、まさに「不良サラリーマン」としか言いようのない破天荒な仕事ぶりである。
 一人の漫画編集者の「まだ見ぬ凄いものを見たい」「本物の才能にチャンスを与えたい」という熱量が、ついには紙とは本来は関係のない新興ジャンルのコンピュータゲームの歴史にまで影響を及ぼしていく。そんな編集者の「常識」の枠などやすやすと越えてしまう軽やかな振る舞いは、むしろ現代の我々にこそ学ぶべきものが多いように思う。
 そんな鳥嶋和彦氏について、対談相手の佐藤辰男氏から文章が届いたので、最後にそれを紹介して終わりにすることにしたい。

 平君が鳥嶋さんのインタビューをやりたい、と言ってきたとき「いいタイミングかもしれない、鳥嶋さんはきっと取材を受けるよ」と返事をした。というのは、ちょうど彼が白泉社の社長の辞令を受け、まず手始めに社員100人に面接をする毎日だと、本人から聞いていたからだ。
 集英社時代に区切りをつけ、はて、白泉社で一体自分は何ができるのか、思案中とのことだった。私の認識では鳥嶋さんは、人生の転機に深く沈潜するタイプで、ちょうどいまが、これまでとこれからを吐き出してくれるいい頃合いだろうと思ったわけだ。


 96年に少年ジャンプの部数が不振を極め、Vジャンプ編集長だった鳥嶋さんが少年ジャンプに編集長として返り咲いて苦闘していた時代の新聞のインタビューを鮮明に覚えているが、何が起きてこうなったかを真摯に振り返り、いい内容だった。このインタビューのなかの鳥嶋さんは更に真摯だ。ゲームについてのみならず、漫画について編集者について自分について、縦横無尽に語ってくれた。初対面の平君に胸襟を開き、なんでも率直に話す鳥嶋さんは清々しかった。


 このインタビューには、初期のゲーム業界、ゲームメディアの重要な出来事の真相や、モノづくりを巡る鳥嶋さんの慧眼が詰まっている。敵に回すとこんなに嫌な人もいないのだが、なるほど勉強になるなー、と唸ってしまう人でもある。同い年のじじーとして、鳥嶋さんのこれからの3年にエールを送ります。

佐藤 辰男

鳥嶋和彦さんの取材を行うにあたって、編集部が作成した取材用メモの年表を公開中です。

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佐藤辰男『コンプティーク』編集長時代を語る!

(情報元:プロジェクトEGG)

白泉社 社長メッセージー改革元年、白泉社は変わります。

(情報元:2017年度 白泉社定期採用情報ページ)

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