日が落ちようとしてる。
その後は特に何事もなく、
ただ重苦しいだけだった行軍(こうぐん)が
終わろうとしてる。
ビョルカが足を止めた。
「お分かりですね」の顔。
しかめっ面のウルヴルも、
怯えた表情のゴニヤも、
異論は挟まない。
『儀』が始まる。
「……今日は誰も死んでいない。
『誰も犠としない』の選択を
増やしてもいいか、と……
思いましたが、
どうやら不要のようですね。
では、ゆきます」
「『ヴァルメイヤ、
我らを導く死体の乙女よ。
信心と結束をいま示します。
ご照覧あれ……』
血と肉と骨にかけて──
みっつ。
ふたつ。
ひとつ──」
4つの指が静かに動いて、
それぞれの相手を指し示した。
……やっぱりだ。
ウルヴルは、ビョルカを。
ビョルカは、ゴニヤを。
ゴニヤは……ビョルカを。
それぞれ指さした。
ゴニヤが私でなくビョルカを
選んだ理由は、分からない。
でも、態度から読めた通り。
「ワシがビョルカを選んだのは、」
「聞きたくありません」
「……選んだのは!
小僧は『狼』ではなかったと、
思い直したからじゃ。
あやつが『狼』じゃったら、
死に方なぞ選ばんでもええ。
じゃあ『狼』は誰か。
気付けばいかにも恐ろしい。
ワシらを思い通りにするなら、
巫女を乗っ取るのが
いちばん確実じゃと!」
「なにしろ、フレイグの小僧は、
巫女の言には絶対服従。
ワシらもまずは疑わん!
最初の『儀』で
ワシを指名したのも!
信仰の道から外れても
『理』をとったワシが、
邪魔じゃったからじゃな!
何とか言え、ビョルカ!」
「……ふう……
自分に言い訳を積み重ねて、
それで納得できましたか?
フレイグを誤って殺し、
次も誤って殺すかもしれない。
怯えていますね、ウルヴル。
あなたも本当は
疑っているのでしょう?
ゴニヤが怪しいのでは、と」
「……
むりもないわ。
ゴニヤだって、あやしいと
おもってるもの。
でもゴニヤはまちがいなく、
レイズルをころしたりなんて
してないし……
わからない、けれど……
あえてひとりえらぶなら、
ゴニヤをこわいめでみてくる、
ビョルカかしら……って……」
「……ヨーズは、どうじゃ。
もう結果は出ておるが、
思うところは言えばええ」
確かに、そうだ。
3人の指さした先。
私の指さした先。
全部合わせて、
結果は……出てしまった。
退場(c)
「ヨーズも、
ビョルカを指さしたか。
理由を聞いてもええかの」
……理由、ね。
それにこだわるのは、
今のウルヴルらしい。
『村』らしくは、ない。
……でも。
この選択をしたからには、
ビョルカを否定するからには、
それに従うのが筋、か。
どうせ言い訳なのに。
めんどくさいな。
「ビョルカが怪しいとか、
悪いとかは思わない。
ウルヴルやゴニヤと比べて、
怪しくなさすぎた。
ビョルカが『狼』だったら、
ここを逃したら終わりだった。
だからごめん。
ここは退いて。
もし違ったら……
何としてでも、私が正すから」
あー。
余計なこと言っちゃった。
クズの上に、もろい。
だから最低なんだよ。
「いいでしょう。
そうやって最善を考え、
単身でことを為したなら、
行いはヴァルメイヤのもの。
私がどうこう言うことでは
ありません。
皆さんのここまでの協力に、
特に、ヨーズの献身に、
改めて、感謝を。
では、すみませんが、
とどめをお願いします、
ヨーズ」
あー。
胸糞。
最悪。
ま、それが私か。
「……血と肉と、骨にかけて──」
【ビョルカ死亡】
【2日目の日没を迎えた】
【生存】
ヨーズ、ウルヴル、ゴニヤ【死亡】
フレイグ、ビョルカ、レイズル
無法
「……始末はすんだ。
で、どうする?
夜の寝方(ねかた)。
もうやめる?
巫女の作法の真似事」
「……別にアレは、
巫女の真似じゃから
やったわけじゃなかろう。
というか始めたの
おまえじゃろうに……
ワシとしては、安全のために、
最善を尽くす、という姿勢は
保ってええと思っとる。
じゃが……ゴニヤはどうじゃ。
体の具合によっては、
皆で一緒におっても……」
「ゴニヤは、どっちでもいいわ。
あまり、どうしたいとか、
いえるたちばじゃないから……」
「……おまえが決めてもええぞ、
ヨーズ」
そりゃ、そうなるか。
参ったな。
もしかしたら、私が提案した、
バラけるやり方が、
『狼』を有利にしてるかも、
と気づいた。
もしそうなら、『狼』は、
このやり方に固執するかも
しれない。
……と思ったけど。
2人ともしなかったな。固執(こしつ)。
「じゃあもう、一緒に寝ようか」
「ムウ。了解じゃ」
「わかったわ」
まあ、こっちなら安全、
とはならないけど。
レイズル死んでるし。
全員襲われて全滅、もある。
それでも。
近くなら気配が探れるかも
しれないし、
何もしないよりマシに思えた。
「……」
「……」
……あと、アレだ。
気まずくて、全員黙ったけど。
共謀とか、こそこそ話とか。
そういうめんどくさいのが、
近すぎてできないのは、
よかったのかも、ね。
……
結局それで、言葉少なに
時間は流れて、
みんな眠っていった。
そして、深夜に吹雪が訪れる。
やはり、だめだ。
視界も何もかもだめ。
というか……
立ち上がれもしない。
猟で夜を越すこともある私が、
意識を保つのに精一杯。
いや、意識、保ててるか?
魔法的なおかしさ。
この吹雪が異常なのか。
それとも『護符』の副作用。
分からないけど。
いま人殺しがやってきても、
気付くことも、
抵抗することも、
できないだろう。