懸念(c)
いちばん妥当で、
いちばんやりがちな手。
でも、犯人がすぐに
名乗り出なかったってことは
思いがあって隠してるって
ことだよな。
それをあぶりだすのに、
問い詰めて険悪になるなら
まだよくて、
拷問、濡れ衣、分裂等々、
最悪なことも起きかねない。
やるならすごく慎重でないと。
狼
でも、こんなこと、
僕が考えても無駄なんだ。
こういう時どうするか、
『村』では決まっている。
絶対の掟だ。
僕なんかの一存は通らない。
だから、今すべきことは、
『狼』なんてホントはいなくて
何も起きない、ってことを
祈ることだけだ。
よし、切り替え完了。
祈りを胸に、僕は進む足を
いっそう力強く動かしていく。
大丈夫だ。
僕らは同胞だ。
『狼』なんかいない。
「ちょっぴり、
つかれちゃったわ……
こんな時こそ、
ひろいぐいにかぎるわね!
(ああーん)」
日暮れ時。
得体の知れない青緑色の甲虫(こうちゅう)を
口に運ぼうとする
ゴニヤを必死に止めながら、
僕らはキャンプの設営をした。
といっても、
適当な隠れ場所を見つけて、
ジジイの運んできた
ベッドロールを転がすだけ。
『護符』の力を保つため、
火も焚かない。
すぐに日は落ちて、
辺りは静かな闇に包まれた。
空はまだ明るいけれど、
風はあるし、雲も流れてる。
深夜には嵐になりそうだ。
「……灯(あかり)りだけだというのに。
不思議と温かみを感じますね。
魔術というものを
我らはよく知りませんが、
南の方々はこのような
技術の恩恵のもと、
豊かに暮らされている
のでしょうか」
「どーだろーなあ。
そのぶん、奈落があふれて
滅びる恐怖におびえて
生きなきゃならんのよ?
『村』での穏やかな暮らしと、
どっちが良かったか?
俺は断然、『村』だったね」
「そうだった。ワシも同じじゃ。
……が、もう無いもんを
ねだっても仕方ない。
郷に入ればなんとやらじゃ。
騎士団の砦に辿り着いたら、
そこの暮らし向きに
合わせるんじゃぞ」
「……まあ、ええ、
そうですね……」
「別になにも変わらない。
ケモノの代わりに、
バケモノを狩るだけ。
フのつく歯糞は
吐き捨てるだけ」
「言葉遣いは改めてね頼むから。
騎士の人たち泣いちゃうから」
「ふふっ、ヨーズはそのままで
だいじょうぶよ!
だって、わるく言う相手は
フレイグだけだもの──
──ふぁあ、
ねむくなってきちゃったわ」
確かに、眠気は
相当強くなっている。
あと僕はかわいそうだ。
「……じゃ、
やることやってから
寝ますかね」
「そうでした。では、
この寒空(さむぞら)の下ではありますが、
皆でお祈りをして、
休みましょう。
我らが崇める、
『死体の乙女』に」
ビョルカさんの呼びかけに、
みんな神妙な顔で頷く。
そして輪になり、手をつなぎ、
眼を閉じ、巫女の言葉を待つ。
僕らの村が大昔から
守ってきた、
大切な信仰の儀礼だ。
「──ヴァルメイヤ、
我らを導く死体の乙女よ」
「流血の捧げものの
中断をお許し下さい」
「永い夜の蜂蜜酒を
少しばかりお分け下さい」
「恐るべき『オスコレイア』の
手を遠ざけて下さい」
「許しがたきことあれば、
お示し下さい。
必ずや、短き春の一日に、
『ヴァリン・ホルンの儀』にて
報いますことを──」
「「「──誓います」」」
唱和を終えた。
僕らは『護符』を囲み、
眠った。