eスポーツ元年として高額賞金の大会が開かれ、各タイトルからはプロ選手が数多く生まれている。自分のようにeスポーツの記事を書くライターも登場し、eスポーツプレイヤーを専門に撮影するカメラマンも存在する。
そんな状況下で、いち早くeスポーツの実況に着目したアナウンサーがいる。それが平岩康佑アナウンサー。
テレビ朝日系列朝日放送の局アナとして、高校野球やプロ野球、サッカーなど第一線で数多くのスポーツ実況をしてきたプロのアナウンサーだ。
氏は今年6月に朝日放送を退社し、eスポーツ実況専門の事務所オデッセイを立ち上げ、鳴り物入りでeスポーツ業界に飛び込んできた人物だ。直近では、『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』の任天堂公式大会「プレミアムファイト」で実況を務めた。
そして、それに呼応したのが、静岡第一テレビでアナウンサーをしていた柴田将平アナウンサーだ。
eスポーツ界隈は、まだゲームコミュニティから発展したイベントや興行が多く、いわゆる専業プロが入ってきていない。イベントや動画配信による実況もほとんどがゲームプレイヤー、プロゲーマーから転向もしくは兼業している人が中心。アナウンサーとして基礎を勉強した人もいるものの、多くが独学で行っている。
テレビでもeスポーツを放送しはじめたこともあり、テレビ局のアナウンサーがeスポーツ実況の世界に入りはじめている。とはいえ、彼らはアナウンサーとしてのスキルはあるものの、eスポーツに関してはまだまだ知識も浅いのが現状だ。
そこに実況のプロフェッショナルであるテレビ局所属のアナウンサーが、eスポーツの世界に飛び込み、eスポーツ専業のアナウンサーとして活動を開始した。実況のプロから見たeスポーツ実況とは、プロだからこそ目指す実況とは、そして、eスポーツ自体の今後の展望を見据え、自分たちが何をして、どこに向かっていくのかを聞いた。
局アナからeスポーツ実況アナウンサーへ
──テレビ朝日系列の朝日放送の局アナとして、第一線で活躍していた平岩さんですが、なぜeスポーツ専業のアナウンサーへと転向したのでしょうか。
平岩氏:
ずっとゲームが好きでeスポーツにもかなり興味があったんです。eスポーツには実況がつきものですし、私はスポーツ実況を中心に活動していたので、eスポーツの実況もやってみたいと思っていました。
そんな折、「RAGE」というeスポーツイベントが開催されることになり、その番組に知り合いが関わっていることを知ったんです。そこで、是非とも実況をやらせて欲しいと打診したのがきっかけですね。
朝日放送の上司に動いてもらい、さまざまなハードルを乗り越えてようやくeスポーツの実況を行うことができました。このときはまだ朝日放送に在籍したままです。
そのときから今後もeスポーツの実況をやっていきたいと思ったのですが、テレビは意外と制限が多く、巨大な組織のため、動きも遅くなってしまいます。なにをするにも上を通さなくてなはならず、個人でSNSをはじめることも難しかったりしました。
eスポーツが世の中に浸透しはじめ、注目されている昨今においても、まだeスポーツを取り扱うには、テレビ局にとっては時期尚早で、eスポーツに関する番組企画を通すのにも時間がかかってしまうんです。
そういった点からテレビ局に在籍していると、せっかくの機会を逸することになりかねないうえに、eスポーツの仕事はなかなかできないと感じ、一念発起し、独立することに決めました。
──柴田さんがeスポーツ専属アナウンサーへ転向した経緯はいかがでしょうか。
柴田氏:
静岡第一テレビ時代、今年の2018年4月から報道キャスター兼記者として、静岡県内各地の事件や事故現場に行って、起きたことを伝える仕事をしていました。その仕事には大変やりがいを感じていたのですが、6月に起きた殺人事件の取材中、被害者の遺族の辛い現実を目の当たりにしまして。
それがきっかけとなり、6月末から精神的な苦痛から体調を崩してしまったんです。7月に入ってから会社を休み、療養していたのですが、ずっと報道の仕事を続けるべきか、続けられるのかを自問自答していました。
ちょうどそのとき、大学の先輩だった平岩さんのeスポーツアナウンサーへの転向をニュースで聞き、自分も大好きなゲームを通して誰かを笑顔にする仕事がしたいと思い、eスポーツ実況の世界へ飛び込もうと決心したんです。
すぐに平岩さんに連絡を取り、8月にはオデッセイの所属になりました。
洋ゲー好きが現在のeスポーツ実況の基盤
──なるほど、動きやすさを重視して、eスポーツ専門のアナウンサーとして独立したわけですね。いまゲームが好きとおっしゃいましたが、どんなゲームをプレイしていたのでしょうか。
平岩氏:
小学生の頃に北米へ家族で旅行する機会がありまして、そこで洋ゲーに出会ったんです。すぐに現地でXboxを買ってもらい、それ以来ずっと洋ゲーを中心に遊んでいますね。当時の日本では国産ゲーム全盛期だったので、洋ゲーを遊んでいる人は少なく、日本のゲームを遊んでいる友達とゲームの話題は合いませんでした。
ジャンルとしてはFPSが好きで、いまやeスポーツでトップクラスの人気を誇る『レインボーシックス・シージ』の原点である『Tom Clancy’s レインボーシックス』の頃からずっと遊んでいました。
洋ゲー仲間ができたのは大学に入ってからですね。『コール オブ デューティ』をプレイしている友人がいて、驚愕したのを覚えています。日本でも洋ゲーをやる人がいるんだって思いましたね(笑)。
柴田氏:
私は平岩さんのエピソードに比べると至って普通で、小学生時代に『ポケットモンスター 赤・緑』と『金・銀』を遊んでおり、中学生時代に『ルビー・サファイア』でめちゃくちゃハマりました。ポケモン図鑑もすべて揃えましたし、秘密基地も自分が言うのもなんですが、けっこう凝った作りだったような気がします。
また、小学生時代には学習塾帰りに友達とゲームセンターに立ち寄り、『機動戦士ガンダム 連邦vs.ジオン』をよく遊んでいましたね。学習塾が終わったらまっすぐ帰ってくるように親から言いつけられていたので、ゲームセンター通いがバレたときは、こっぴどく叱られたのを覚えています(笑)。
──そこで懲りたりはしなかったんですか?
柴田氏:
それが懲りなかったんですよね。それでもゲームセンター通いを止めることはなく、中学高校時代になるとそのゲームセンター通いに拍車がかかりました。その頃は、本当にアーケードゲーム中心のゲーム生活でしたね。音ゲーが好きで『ギターフリークス』や『ドラムマニア』をやりこんでいました。
ほかには『麻雀格闘倶楽部』とか『クイズマジックアカデミー』、『World Club Champion Football(WCCF)』もよくやりました。ただ『WCCF』はお金がかかるゲームだったので、「大人になったら本気でやろう」と(笑)。
そして大学時代には『大乱闘スマッシュブラザーズX』にハマりまして。大学時代は演劇サークルに入っていたのですが、公演がないときは、ずっと部室にこもって、『スマブラ』を後輩とやっていました。
それに熱中しすぎて、気がついたら大学には5年在籍してしまうのですけど(笑)。
──ゲームの悪影響が出てしまいましたね(笑)
柴田氏:
『スマブラ』はいわゆる対戦格闘ゲームとは違い、そこまで勝敗にこだわってなかったので、相手を倒すことよりも、ディディーコングを使って、バナナの皮を投げて、いかにうまいプレイヤーの妨害をするかばかり考えていたような気がします。家でもゲーム三昧で12時間ぶっ通しとか長時間プレイも頻繁にやっていました。
けっこう難易度が高いゲームでしたがアトラスの『キャサリン』もずっとやり通しで、2日でクリアしたのを覚えています。
社会人になってからは、念願の『WCCF』三昧ですね。あとサッカー繋がりで『ウイニングイレブン』も良くプレイします。
スポーツ実況のスキームをeスポーツにも転用
──おふたりともかなりハードなゲーマーだったんですね。アナウンサーとしては、どのようなお仕事をされていたのでしょうか。
平岩氏:
高校野球やプロ野球、Jリーグ、箱根駅伝などのスポーツ実況を担当していました。
柴田氏:
私は、スポーツ実況は高校サッカーが中心でした。実況以外の仕事としては、映画『ファインディング・ドリー』でマンボウのチャーリー役の吹き替えを担当したり、ミスユニバース静岡大会の司会なども経験したりしています。会社を辞める直前は報道キャスターとして夕方のニュースを伝えていました。
──おふたりとも多岐にわたった仕事をしており、いずれも第一線で活躍していたわけですが、eスポーツと普通のスポーツ──いわゆるリアルスポーツとの実況の違いなんだと感じていますか?
平岩氏:
実況すること自体はさほど変わらないと思っています。eスポーツ大会でもリアルスポーツの大会でも、主役は選手。この道を究めた人どうしが戦う姿を私たちがよりわかりやすくしたり、盛り上げたりして伝えるというスタンスは変わりません。
リアルスポーツと違う点があるとすれば、ゲームはアップデートがあるということです。アップデートをすることで、これまでのデータや知識がリセットされるとまでは行かないまでも、大幅に更新しなくてはいけないわけです。
柴田氏:
知識の入れ替えがリアルスポーツに比べて短期的にあるというのが大変ですね。キャラクターの名前が変わったり、せっかく覚えた技名とダメージ量が変わってしまったりだとか、そういったことが頻繁ではありませんが、ある程度の期間で定期的に行われるのは、eスポーツならではですね。
平岩氏:
リアルスポーツでも新戦力が入ったり、ルールやレギュレーションが多少変わったりするので、新しい情報を常に上書きしていかないといけないのは変わらないのですが、その速さと変更する内容が大きく違います。
たとえばリアルスポーツの場合は、新情報が入ったとしても蓄積していくことが多く、野球で言えば大谷翔平がいきなり右バッターになったり、ルール変更で来週からボールは5つ同時に使うようになるような変更はないわけです。
ところがゲームでは、それがありえます。
──たしかに対戦ゲームであればバランス調整や新キャラクターの追加、さらにはゲームシステムが変わってしまうことすらありますもんね。
平岩氏:
実際、私が担当しているゲームで大型アップデートが導入されたときは大変でしたね。何日もかけて作った資料が一晩にして役に立たなくなってしまいましたから……。
ゆえにeスポーツでは、その変化を体験し、どう変わったのかを伝えられるのも重要なので、ひとつのタイトルと長く付き合っていく必要があると感じています。
柴田氏:
私も実況という大きなくくりで考えたとき、eスポーツとリアルスポーツで大きな違いがあるとは思っていません。
ただ、ゲームタイトルによっては1000体以上のキャラクターから選ぶ必要があり、それらをひとつひとつどんなキャラクターか理解するだけでも大変ですね。『League of Legends』だと100体以上、『モンスターストライク』だと1500体くらいいますし、平岩さんが言った通り、アップデートによって情報が書き換えられてしまう場合がありますから。
また、それ以前に選ばれる可能性のあるキャラクターを全部覚えるだけでもかなり大変な作業です。
──選手となる候補者が何百何千といるリアルスポーツはありませんもんね。
柴田氏:
そうですね。野球だと9人、サッカーだと11人のレギュラーで、プラスしてベンチ入りしている控えを含めた十数人からメンバーを予想して試合に臨んで実況をするのですが、ゆえにスターティングメンバーにサプライズが起きることはほぼありません。サッカーの日本代表の選出にしたって、選ばれそうな選手は限られていますので、サプライズ人事といっても、あり得なくもないという範囲ですよね。
これがゲームになると、「いきなりこのキャラクターが登場!?」みたいなことが起きるんですよ。ステージ構成やキャラクターの性能から、選べるキャラクターが1500体いたとしても、それなりに絞ることができるのですが、それでもほぼ選ばないであろうキャラクターが選ばれることもありますので。
そうなった場合、覚え切れていないキャラクターが選ばれると慌ててしまいますが、できるだけ冷静に対応するようにはしています。
──そのすべてを暗記するのはかなり難しいと思うのですが、たとえば『モンスト』の場合、最低限覚えておかないといけないモンスターは何体ぐらいいるのでしょうか。
柴田氏:
『モンスト』のeスポーツイベントで使われるのは、コラボキャラクターや☆4以下のキャラクターを抜かしたものになります。そのためすべてのキャラクターを覚えないですむのですが、それでも500体以上のキャラクターはおさえておかなくてはいけません。
さらに、試合では「ピック」といって、キャラクターを交互に選んでいくわけですが、その選び方もボスの弱点を突けるキャラクターなのか、相手チームの邪魔をする意味でとったのか、それとも味方キャラクターの組み合わせによる効果を狙ったものなのか、キャラクター単体の強い特殊能力を使いたいのかと、選んだ理由がさまざまなんです。
──そして、それを説明する必要があると。
柴田氏:
ええ。それを瞬時に判断し、視聴者に伝えないとならない。ピックは30秒以内に行わなくてはならないうえ、ギリギリまで時間を使う選手は少ないので、本当に少ない時間で、選んだキャラクターの特性と、そのキャラクターをなぜ選んだのか、このキャラクターを選んだことによりどういう作戦が考えられるのかを実況していくわけです。
しかも実況は主観ではなく、客観的にものを見ていかなくてはならないので、独りよがりにならないように、解説の方と相談しながらやっています。ですので、キャラクターの特性とかは間違いないように伝え、選手の意図については気持ち的な部分もあるので、解説の方にお任せすることもあります。
──そういう意味でゲームは非常に情報量が多いと思うのですが、伝えるべきこと、伝えなくてもいいこと、といった取捨選択はどのようにしているのでしょうか。
平岩氏:
私はラジオもやっていたのですが、ラジオは映像の情報がないため伝えることが多く、基本しゃべりっぱなしになります。聴いている人は状況がまったく見えていないので、あらゆることを伝えなくてはいけないのです。
それでもすべての情報を伝えきることは難しく、取捨選択をして伝えなくてはいけません。マウンドにピッチャーがいて、バッターボックスにバッターがいて、両監督がベンチにいて、アルプススタンドにはお客さんがいる。
その中で、いまどの情報を伝えるべきなのか、いまなにを言ったらこの試合が盛り上がるのか、この試合の展開に一番合う言葉はなんなのかを検討しています。解説者に振るという選択肢ももちろんあり、それらは試合終盤になればなるほど難しくなっていきます。
そんなとき、私は「この試合がスポーツ紙に載ったとき、どういう見出しになるのか」と考えます。田中将大の完封なのか、大谷翔平の2打席連続ホームランなのか、その試合の一番の盛り上がりに繋がるような話をできれば最高だなと。
──なるほど。それらはeスポーツの実況でも活かせそうですね。
平岩氏:
ええ。たとえば、ずっとAという行動をとってきている選手が、最後の最後にBを出してきたとき、そのずっとAできていたという情報をしっかりと伝えることで、聴いている人は「なるほど、ずっとAだったのに最後Bにしたんだ」と理解でき、選手の考えを見せることができるわけです。
この前、『オーバーウォッチ』の試合で、仲間ひとり残して5人が攻め込み、残った一人が背後に回って、スナイピングした映像がTwitterなどでバズッたんです。『オーバーウォッチ』をプレイしていない人はその凄さの本質をわかっていなくても、なんとなく凄いことだというのがわかり、「いいね」や「リツイート」をしたりするわけです。
オーバーウォッチのプロリーグ史上最高のチームプレイ
— Aznyan07 "Wholesome" (@aznyan07) July 18, 2018
攻撃側が敵をフル無視して突如制圧拠点よりさらに奥へ
↓
なんか一人攻撃側が取り残されてる
↓
敵混乱
↓
突如取り残された攻撃側の一人がウィドウに、、、
いよいよスポーツとして面白くなってきたオーバーウォッチhttps://t.co/vpkKlPTu6j pic.twitter.com/Q7mpVCeazR
このように、なにか選手が大きな活躍をしたり、大きな逆転劇があったり、そういうところにスポーツの本質があるわけです。それはeスポーツも同じで、それをいかに伝え、新しい層、ゲームをあまり詳しくない層にも伝えられることが重要だと思っています。
──試合のテンポという意味ではいかがでしょうか。たとえば格闘ゲームは次から次へと新たな展開があるので、初心者からすれば実況解説をゆっくり聴くという余裕のないゲームもたくさんあると思います。
柴田氏:
ここが勝負どころだと思った部分で、盛り上げていこうとし過ぎて、解説に話を聞けなかったという失敗もありますので、非常にタイミングは難しいですね。盛り上げていくのか、状況を伝えるのか、解説に振るのかという選択やタイミングは、リアルスポーツよりもeスポーツの方が難しいです。これは日々勉強中ですね。
配信している画面しか情報を得られないeスポーツならではのディレクターとの付き合い方
──リアルスポーツとの違いとして、ステージの見え方もありますよね。野球やサッカーならフィールド全体を見渡すことができ、全体の状況を把握できると思いますが、eスポーツの場合は基本的にプレイヤーの画面に映った情報しか得ることができないじゃないですか。
平岩氏:
ええ。対戦格闘ゲームや『ぷよぷよ』、『シャドウバース』のように、ひとつの画面で収まるゲームタイトルは良いのですが、『リーグ・オブ・レジェンド』や『フォートナイト』などは、選手が見ている画面のいずれかをピックアップして見ることになりますので、選手が見ている画面から放送すべき画面を選ぶ行為、いわゆるスイッチング【※】が発生します。
そのためeスポーツの場合、基本的にはディレクターが選んだ画面からしか情報を得ることができません。
※スイッチング:複数のカメラが撮影した画面、もしくは複数のプレイヤーが見ているゲーム画面の中から、放送や配信をする映像を選ぶ作業。ディレクターの判断で行い、番組や配信動画全体の演出として映像作りをする。
──よくよく考えれば当然のことですが、普通の視聴者からすればスイッチングのディレクターの存在は気づきにくいと思います。もちろん誰かが切り替えているということは無意識のうちに理解しているとは思うのですが、「じゃあ、どのようなことを意識して切り替えているのか」までは考えられないと思います。
平岩氏:
なるほど。まず実況中継には複数のカメラをスイッチングするディレクターがいまして、スポーツの場合は、アナウンサーは試合が始まる前にディレクターと打ち合わせをします。たとえば「今日の試合は明らかにA選手とB選手の対決が見物だよね」ということになれば、ディレクターはそのふたりを中心に画面を切り替えていきます。
そして私たちはその打ち合わせを元に、試合の状況に合わせてA選手とB選手を中心とした話をしゃべっていくわけです。
──ディレクターが選んだ映像とアナウンサーが話す内容が一致することが重要だと。
平岩氏:
画面に映っているものと、しゃべっている内容が違ってしまうと、見ている方は気持ち悪くなってしまうんです。だから、ディレクターも野球をわかっていないとダメですし、アナウンサーも野球をわかっていないとダメ。そしてこの試合がどんな試合であるかも共有していないと上手くいかないんです。
そこがすごくわかっていると、たまに打ち合わせ以上にシンクロすることがありまして。たとえば、完封勝利したピッチャーが喜んでいるところを映しているときに「ライバルのBは肩を落としています」と伝えると同時に、ディレクターがライバルの姿を映す──まさにシンクロですね。
こういうことが起きると、凄くいい中継になります。
──映像と話す内容のシンクロは、eスポーツでも重要だということですね。
平岩氏:
eスポーツでも重要性はまったく同じだと思いますし、eスポーツにも当然そういうディレクターがいます。今年のEVOでしたら、優勝したProblem X選手を映すのか、惜しくも敗れたときど選手を映すのか、ディレクターの判断があるわけですね。
※EVO 2018『ストリートファイターV AE』のルーザーズファイナル&グランドファイナル。
Problem X選手とときど選手が戦ったグランドファイナルは12分58秒から。
ベガという決して強豪とはいえないキャラクターで優勝したProblem X選手はもちろん重要ですし、昨年王者であるときど選手が敗れたことも重要。優勝した瞬間はいろいろ言いたいことがよぎるんです。
その選択肢の中でディレクターとアナウンサーがシンクロできれば、見ている方も気持ちよいと思います。つまり、アナウンサーはディレクターとは二人三脚で実況をしていくものなのです。
我々はテレビ局出身のアナウンサーとしては初となるeスポーツ専門アナウンサーとなるわけですが、eスポーツの中継制作もやるので、ゲームの好きな良いディレクターさんと組んで良い中継ができればいいなと思っています。
──実際にeスポーツでそういうディレクターはたくさんいらっしゃるのでしょうか。
平岩氏:
eスポーツ専門のディレクターは少ないですね。いままでは需要が少なかったので仕方ありませんでしたが、今後はeスポーツ専門のディレクターとなる必要性が出てくると思います。
たとえば『オーバーウォッチ』や『LoL』では、ただ画面を映すだけでなく、ゲームをわかっており、対戦相手によって、「そろそろあそこのふたりが接触する」といったことを予想しながらスイッチングする必要があります。
そうなると、eスポーツもしくはタイトル毎に専業のディレクターがいないと追いつかないのではないでしょうか。
──それが『PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS』(以下『PUBG』)のようにプレイヤー人数が多いゲームの場合、50人分の映像から一番見せるべき映像を探す必要があるので、至難の業ですよね。ところによっては6人くらいディレクターがいて、それを統括するディレクターがいるとか。
平岩氏:
ゲームの規模が大きくなると、そうなってくると思います。すべてのキャラクターの動きが把握できるようなシステムがあればいいんですけどね。現状の多くのゲームでは、配信しているゲーム画面以外の情報をアナウンサー側が得ることは難しいです。
ただ、熟練のプレイヤーが解説をしている場合だと、たとえ全体が見えなくとも、各選手の動きを予想し、それを伝えることはできると思います。実況としては、そういった意見が次々出てくるような状況にして、解説の方と息を合わせていきます。
──逆に、アナウンサー側から試合中にリクエストを飛ばすことはありますか。
平岩氏:
映っている画面にあまり動きがないときは、「A選手側の方はどうなっていますか?」「B選手に動きはありましたか?」という感じで、こちらからディレクターにリクエストすることもあります。ただ、海外の配信に日本語の実況を乗せる場合は、こちらの声は届かないので、そこは厳しさもありますね。
──この前行われた『LoL』の大会「Worlds」で、日本の「DetonatiN FocusMe」と「Cloud9」の試合があり、「Cloud9」を追い詰めながらも大逆転で負けてしまったのですが、そのときの状況を選手に聞いたら、5人いることを確認したうえで攻め入ったら、その後ひとりが裏に回っていて、背後から攻撃され全滅したと言っていまして。
つまり選手でも予想が付きにくいことが起きるわけですが、それを解説するのも難しいのかもしれないですね。
平岩氏:
そういった場面だと、実況も解説も気がつかないことがあるかも知れません。そうなると、気がつく可能性があるのはディレクターのみですね。そこに気がつくかどうかも、注意力の高さと、いかにそのゲームが好きかどうか、そのゲームをどれだけ知っているかにかかってくると思います。
最近『PUBG』の配信をしているディレクターと一緒に仕事をしたのですが、そのディレクターは『PUBG』が大好きで、プレイヤーとしても上手く、配信のスイッチングも選手が見たいシーン、ファンが見たいシーンをよくわかっていました。
そういった方と組めると、非常にいいものになります。