eスポーツ初心者と上級者に向けた実況の取捨選択はどう考えるのか
──ここまではリアルスポーツとeスポーツ実況の違いをお伺いしてきましたが、おふたりが考える実況に大切なこと、というのも伺っていこうと思います。
これはどちらのスポーツにも言えることですが、初心者にはわからないシステムやルール、用語があり、どこまで説明すれば良いのかと言う線引きは難しいのではないでしょうか。
特にゲームは、はじめて見るタイトルもありますし、ゲーム自体のルールが複雑で、画面を観ただけでは内容にわかりにくいものもありますよね。そのため、初見の人はついていくのが大変だと思いますが、このあたりはどうバランスをとっているのでしょうか。
平岩氏:
まず放送や配信をするときに、視聴者のターゲットをきちんと確認するようにしています。このゲームにハマっている人が中心なのか、まだこのゲームをやったことがない人がほとんどなのか、そもそもゲーム自体をあまりやったことがないのか、そういったことを最初に確認するんです。
既存のプレイヤーであればコアゲーマーが多いでしょうから、情報もできるだけコアな情報を入れ込みます。解説の方にもそういった深い解説を引き出せるように話しかけていきます。
ただ、すべてがコアゲーマーと言うこともないので、初心者もしくは中級者レベルの人を置き去りにしてしまうのはマズいと思っています。基本的なことを全部抜かしてしまうかと言うとそうではなく、そこはしっかりとおさえおきます。
──そこの見極めは何を基準にするんでしょうか。
平岩氏:
一番わかりやすいのはネット配信かテレビ放送か、ですね。明らかにテレビ放送の方がよくわかっていない方が多いので、ほとんどコアな話はしていません。テレビとネット配信では、まったくベクトルが違うものだと思っています。
ですので、たとえばテレビで『ストリートファイターV』の実況をする場合は、左側が誰で、右側が誰、上の体力ゲージがゼロになったら負けです、と基本中の基本のところから言います。それこそ自分の祖父や祖母に説明するような気持ちです。
柴田氏:
自分も同意見ですね。ネット配信だと本当に好きな方──ファンが見に来ているので、その人たちが納得できるような濃い目の実況を目指しています。
ところが、これがeスポーツ大会やイベントでの実況になると、現場の反応を見ながらやる必要があります。特に無料のイベントだとふらっと立ち寄った人もいるので、どれくらいの知識層なのか雰囲気で確認しています。
平岩氏:
ただ、そういう伝えるべきレベルの話はもちろん重要なのですが、スポーツ実況について何が重要であるか、という話が先にあると思います。eスポーツに限らずスポーツ全般で、もっとも重要なのは“勝敗”なんです。
たとえば15歳高校生と30歳のプロが戦って、「15歳の高校生が頑張っています」というような状況を伝えるのはもちろん重要なのですが、試合が終わったあと、「で、どっちが勝ったの?」となってしまってはもったいない。
ですので、試合前には“どうなったら勝ちになるのか”という勝利条件、そして現在の状況は互角なのか、圧倒的なのか、どちらが優勢なのかは必ず伝える必要があります。そのうえで、下のゲージが溜まったらより大きなダメージの技が使えるようになる、といった話に繋げるんです。
──なるほど、すべてのゲーム、スポーツにおいて、勝負である以上、勝敗が重要になってくるわけですよね。そのうえでゲームの説明や状況を伝える必要があると。
平岩氏:
そうすることで、これまで見たことのない技で試合が終わったら、「さっき言っていた大きなダメージの技を使ったんだな」とわかると思います。
プロセスを咀嚼して伝えることはしていますが、どの道最後に繋がるのは、“どちらが勝ったか”です。なので、勝敗をわかりやすく、そして伝えやすくする意味でも、専門用語は使わないようにしていますし、略語も使いません。
柴田氏:
また試合中の説明としては、ゲーム自体の勝敗条件だけではなく大会のレギュレーションもしっかり説明する必要があると思っています。
この前のサッカーのワールドカップのグループリーグでも、勝ち点が同じ場合、全試合での得失点差、全試合での総得点などがあり、それでも差が付かない場合は反則ポイントの少ないチームというルールが新たに設けられ、それをうまく利用した形となった日本が消極的な印象を持たれてバッシングを受けていました。
サッカー好きであれば、それらのルールも織り込み済ですが、ワールドカップのお祭り感を楽しんでいる人にとっては、なんのことやら説明をしてもらわないとわからない事態になっていましたよね。
平岩氏:
そうなんですよね。リーグ戦なのか、トーナメント戦なのか。トーナメントでもシングルエリミネーション方式【※1】なのか、ダブルエリミネーション方式【※2】なのか。そして、それらの方式がどういうものなのか、ということですね。それぞれの方式をしっかり説明した上で、その結果、どういう状況になるかを説明します。
※1シングルエリミネーション方式:1回負けると脱落するトーナメント。プロテニスや高校野球、オリンピックの大多数の競技がこの方式を採用している。
つまりトーナメントといわれれば、このシングルエリミネーション方式を指す。
※2ダブルエリミネーション方式:勝ち抜きトーナメント戦の一種。1回負けると敗退となる通常のトーナメント(シングルエリミネーション方式)とは違い、2回負けると敗退となる方式。
初戦は全員ウイナーズサイドといわれるトーナメントで戦い、1度負けるとルーザーズサイドと呼ばれる別のトーナメントに移動する。ルーザーズサイドのトーナメントで負けると脱落となる。勝ち続けている人はウイナーズサイドで戦い続ける。つまり2回負けるまでは大会に残れる。ウイナーズサイドの決勝戦を勝った選手とルーザーズサイドの決勝戦を勝ったプレイヤーによる最終決戦グランドファイナルで戦うことになり、勝った方が優勝となる。ウイナーズサイドの選手は1度負けてもまだ残れる権利があるので、ルーザーズサイドのプレイヤーはまず、ウイナーズサイドの選手に勝ち、お互いに1回負けた状態にする必要がある。この状態をリセットといい、リセット後に勝った方が優勝となる。つまりルーザーズサイドの選手が優勝するには2連勝しなくてはならない。ウイナーズサイドの選手はグランドファイナルで1回勝てばそのまま優勝となる。大会の試合数はシングルエリミネーション方式に比べ、圧倒的に増えるが、強豪同士が序盤に対戦し、どちらかが敗退しても巻き返しができるので、実力通りの順位になりやすい。
「シングルエリミネーション方式なので、ここで負ければそこで脱落です」とか「ダブルエリミネーション方式のウイナーズサイドの試合なので、ここで負けてもまだチャンスはあります」とか。
わかりづらい内容なので、3時間のイベント、配信であれば、3回くらいはスライドを使って説明しても良いと思います。
柴田氏:
あと、1先(1勝勝ち抜け)なのか2先(2勝勝ち抜け)なのかというのも重要ですね。対戦格闘ゲームとかだと、勝敗を決する状態が、ラウンド、セット、マッチ【※】とあって、どの状態でラウンドをとったことになるのかもわかりにくい点です。
※ラウンド・セット・マッチ:相手を1回倒したり、相手に倒されたりする状況を1ラウンドとカウントする。試合の規定数のラウンドを先にとった選手が1セット取得となる。
さらに試合の規定数のセット数を先にとった選手がマッチとなり、その試合の勝者となる。対戦格闘ゲームの場合だと、ラウンドが終了すると体力が最大に復活しての再戦となるが、必殺技のゲージなどは前のラウンドから引き継がれることが多い。1セットが終了すると体力をはじめとするすべての状態が初期状態に戻る。
平岩氏:
大会の開始前や試合と試合の間のインターバルのときには、これらの情報を何度も繰り返して伝えるようにしています。
柴田氏:
また、普段ゲームをされていない方からすると、画面上に表示されている時間表示もわかりにくい点ですよね。『ウイイレ』だとゲームの中の時間としては45分ハーフで行われているので、時計が20分を過ぎれば残り25分となるのですが、ゲームをプレイする実際の時間とは異なっているので、リアルな時間としては20分も経過していないですし、残りの時間も25分ではないわけです【※】。
※時間設定:『ウイイレ』には試合時間設定があり、通常のサッカーとは違う試合時間でプレイすることが基本。試合時間が10分設定の場合、1/9の時間となる。
つまり表示として残り10分の場合、実際の時間としては1分ちょっとしか残っていない。
試合を視聴するという観点では、基本的にサッカーと同じ感覚で見ることができるのですが、実際の試合とゲームの試合では、流れる時間が違います。そのため、ゲーム中の時計が30分を過ぎていたら、「前半も半分が過ぎ折り返しです」とか、「前半の残り半分はどう戦っていきますでしょうか」といったような言い方に変え、視聴者が混乱しないようにしています。
──そういう意味ではアディショナルタイムも実際のサッカーとは違いますよね。
柴田氏:
ゲーム中のアディショナルタイムは本当にあっという間に終わってしまうので、アディショナルタイムの意味合いもだいぶ変わってきます。実際のサッカーの場合、アディショナルタイムで同点劇、逆転劇など、奇跡的な展開がそれなりあるわけですが、『ウイイレ』では短すぎて、そういったことはほとんど起きないんです。サッカーの中継をしていた感覚とは違う時間感覚になるので、そのことにも気をつけるようにしています。
──『ウイイレ』のようにリアルスポーツが題材である場合、ある程度説明を省ける点はいいですが、逆に「時」間のように見え方は同じだけど実際は違う要素は説明が難しいですね。
柴田氏:
『ウイイレ』のようなリアルスポーツを扱ったスポーツゲームだと、登場しているプレイヤーは実際にいる選手なので、『ウイイレ』を知らなくてもメッシとかスアレスとか、そういう選手のことはわかっていますからね。『ウイイレ』のeスポーツイベントではそういった有名選手の話をすることで、ゲームに詳しくない人が飽きずに見ることができます。
ただ、それはeスポーツへのとっかかりであって、そこがすべてにならないようにしないといけないと思っています。eスポーツの場合、主役である選手は、ゲームの中にいるサッカーの有名選手のことではなく、実際にプレイしているプロゲーマーである選手のことであり、その選手のことを知ってもらいたいんです。
──たしかにそうですね。
柴田氏:
プレイヤーの知名度が上がることで、『ウイイレ』の知名度も上がりますし、eスポーツも見てもらえるようになります。『ウイイレ』に登場する世界的に知られている選手よりも、『ウイイレ』をプレイしている選手に注目してもらいたい。最終的にはサッカー選手と同じくらいの知名度になってくれれば最高ですね。
平岩氏:
選手が主役というのは先ほども言いましたが、すべてのスポーツに通じるものであり、我々は選手のことを必ず伝えるようにしています。たとえば、今年の甲子園で注目された金足農業高校は県立高校で、もうそれだけで応援したくなるわけですよね。
現在、高校野球は、私立の名門校が、リトルリーグや中学の軟式野球で活躍している選手をスカウトし、越境させてまで入学・入部するのが常套手段となっています。県立高校は生徒が自らの意思で受験し、入ってくるわけなので、高校野球において圧倒的に不利なわけです。
そういう前提があるからこそ、私立の野球エリート校ではなく、県立が活躍する姿は、野球を知らなくても応援に値するわけですね。こういうのはeスポーツでも同じだと思います。
ひとつのタイトルを掘り下げるメリットとデメリット
──先ほど「専業」という話がありましたが、ひとつのタイトルを掘り下げるメリットとデメリットについてもお話いただけるでしょうか。
平岩氏:
ゲームは情報が多すぎますし、アップデートによる情報の上書きも頻繁なので、各タイトル専業でやるのが理想だと思います。
柴田氏:
リアルスポーツでも競技によって班がわかれているんですよね。日本テレビでいえば大きくわけてサッカー班と野球班。他のスポーツはどちらかの班が担当しますが、競技によってどちらの班で担当するかが決まっています。
サッカー班はJリーグだけでなく高校サッカーも担当しますし、野球班はプロ野球や高校野球だけでなく、箱根駅伝も担当したりします。
平岩氏:
そのため、今後テレビでもeスポーツ中継が頻繁に行われるようになり、局アナがeスポーツ実況をすることになったとしても、それはやはりひとつのタイトルの専門となるのではないかと考えています。
一方で我々のようなアナウンサーは、今はさまざまなタイトルの実況をしないと生計を立てられない状態です。ひとつのタイトルが盛り上がり、担当するキャスターの単価があがっていけば、それだけで生活できますし、キャスターとしてもそのタイトルに関してはプロフェッショナルになっていきますので、これが一番の理想ではありますね。
扱うタイトルが増えるほど、ひとつひとつのタイトルのクオリティ担保が難しくなっていくと思いますので。
中国では年収7億円を超えるアナウンサーもいるとのことですが、人口による視聴者の割合から日本で同じようになるのは難しいですし、そこまでは望まなくても、1タイトルの専業アナウンサーとして、生計を立てられるようになればいいですね。
──ただ、ゲームは流行り廃りが激しいじゃないですか。
平岩氏:
コンテンツの移り変わりは速いですよね。『PUBG』が日本サーバーを閉じてしまったりしましたが、少し前まではそういうことも想像できなかったわけです。移り変わりの速さは私たちにとっては嫌なものですけれど、一度勉強したタイトルはサービス終了するまで付き合おうと思っています。
サービス開始からサービス終了まで付き合うというのは、そのタイトルのシーンのすべてを見てきたわけですから、そこでのノウハウは溜まっていくわけです。人気のゲームだけ追いかけるというのは考えていません。
それだとどれもこれもが中途半端になってしまいますからね。
──とはいえ生活が懸かっているので、そこの塩梅は難しそうですね。
平岩氏:
もちろん、我々も仕事なので需要も考えていきますが、最後まで付き合っていく経験は決して悪いものにはならないのではないでしょうか。
実況する者として、そのゲームを、そのシーンを盛り上げていく責任もあると思っています。ひとつのタイトルがサービス終了し、次のタイトルの実況を行うことになったとき、ユーザーが一気に離れた瞬間とか、盛り下がっていく瞬間とかが肌で感じることができますしね。
もし、盛り下がっている空気を感じたら、実況する身として、そこで盛り上げる施策も考えていけるわけです。それが最後までタイトルを見通してきた経験が活かせる場面だと思います。
もちろん、ゲームを作っているわけではないので、劇的に人気を回復させる手立てを打てるとは思っていませんが、そのゲームの面白さを如何に伝え、流行り廃りではない本質の面白さを伝えていくことはできると思います。
それが、そのゲームを担当したキャスターとしてのある種の使命かと。最終的には実況としての仕事がなくなったとしても、その経験により次の仕事に繋がるかもしれません。
そういう意味では、アナウンサーだけでなく、選手も同じだと思います。ゲームの場合、復活する場合もありますから。
──復活はありますね。この前『ぷよぷよ』のeスポーツ大会に行ってきましたが、プロがいま20人ほどいる中で、ここ最近『ぷよぷよ』をはじめた人もいれば、『ぷよぷよ』歴24年とかの人もいるんです。
24年前って、まだコンパイルが健在で、『ぷよぷよ』の大会が頻繁に行われていた時期なんですよね。
でも、コンパイルが倒産し、セガに権利が移ってからしばらく新作が出ず、大会も公式はほぼ行われていない状況が続いたうえで、今年にプロ化したeスポーツとして復活したわけです。
『ぷよぷよ』歴20年を超えている人は、ずっとやり続けていたから、今、プロとして活躍できているわけですよね。
平岩氏:
そうですよね。私たちは最終的にはビジネスとしてできる範囲になってしまいますが、それでもできるだけ付き合っていきたいと思っています。
『ぷよぷよ』のプロになった人は、それこそ採算度外視で“好き”でずっとプレイし続けてきたわけですから、そのようなことができれば良いと思っています。
先ほども言いましたが、私たちはゲームを作っているわけでもないですし、選手でもないですが、そのシーンを盛り上げる責任はあると感じていますし、ある程度はできると思っています。
──それはコミュニティの活性化にも、きっと繋がりますしね。
平岩氏:
以前、『ストリートファイターV』などの実況でお馴染みのアールさんの記事を見て、彼はゲーム実況をやっているだけではなくコミュニティを重視し、育ててきているのがわかりました。
そういう姿勢が大事なんですよね。取材した選手の話やゲームの面白さをいかに伝えていくかが私たちの仕事です。
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eスポーツ大会がそこにあって、その仕事がきたから実況をして……というのではなく、そのイベントを、そのゲームを育てていくというのが、長く付き合っていくということでもあると思います。
柴田氏:
正直先のことはわからないですが、何にせよ私も経験で得たことが身になると思っています。
私が実況を担当している『ウイイレ』は幼少の頃から遊んでいるタイトルなので、もしこのタイトルがなくなってしまったら寂しいですが、ただ、それで終わりではなく、糧にはなってくると思っています。なんというか……ゲーム実況脳みたいなものが培われていくと思うわけです。たぶん、これは選手も一緒ですね。
先ほど話に出てきた『ぷよぷよ』の選手の話になりますが、あめみやたいよう選手という方がいまして。彼はもともと『テトリス』のプレイヤーで、世界一になった選手なんですよ。
『ぷよぷよテトリス』の『テトリス』では無類の強さを誇っていましたが、『ぷよぷよテトリス』がeスポーツ化したときには、『ぷよぷよ』のみの大会になってしまったんです。
──となると、あめみやたいよう選手的には厳しいですね。
柴田氏:
でも、あめみやたいよう選手は、『テトリス』の技術を活かして『ぷよぷよ』を練習し、いまはプロ選手として活躍しているんです。
『ぷよぷよ』をはじめてプロになるまで4年間くらいかかっているのですが、あめみやたいよう選手にとって『テトリス』の経験は無駄ではなく、その経験は『ぷよぷよ』に受け継がれているわけです。つまり、本気で向き合ったぶんだけ身になる。
タイトルによっては特異すぎて下地になれないかもしれませんが、何かしらの経験が活かせる日はくるのではないでしょうか。先ほど言っていたように復活というのも十分ありますし。
リアルスポーツもeスポーツも選手が重要
──今回お話を伺ったなかで、いくつかキーワードが出てきたと思いますが、その中で気になっているのが、ゲームは他のスポーツに比べてデータ量が多くアップデートも頻繁にあること、選手をピックアップすることでゲームに興味がない人にも楽しんでもらえること、ひとつのタイトルを長く付き合っていくことで実況に深みが出るとことといったところですが、そのすべてに当てはまると言っても過言ではないことが、「選手に対する取材」だと思っています。
選手はゲームのキャラクターの比ではないほどたくさんいますし、黎明期である今は、新人の登場頻度が高く、過去の話やバックボーンの取材をしておかなければならないわけです。最終的にはそこに集約するという面もあると思いますが、そこについてはいかがでしょうか。
平岩氏:
選手への取材は本当に大事だと思います。大会の決勝でA選手とB選手がいたとします。そのときにただ、その試合の内容、選手の調子、この大会での戦いっぷりを伝えるだけにとどまらず、「対戦するA選手とB選手は、実は2年前の○○という大会でも戦っており、そのときは、3-0でA選手が圧勝しているんです」といった情報があるとないとでは実況の厚みが変わってくるわけです。
データとして、調べていても簡単に頭に入るものではないので、そのタイトルのシーンを見続けていれば自然と、このふたりは以前戦っているなと思い出しますし、その結果や試合内容が思い出されるわけです。
大相撲の中継では対戦前に対戦する力士の最近10戦の結果が表示されたりしますが、そういうデータ上の話だけでなく、前回の試合は圧勝だったのか、逆転勝ちだったのかといった話も付け加えることができるのです。
──ゲームとしてのデータだけでなく、選手としてのデータが必要になってくるわけですね。そうなると、さらに必要なデータ量は増えていきますね。
平岩氏:
そういう意味でも、ひとつのタイトルを追いかけ続けるのには意味があり、すでにそういったものが蓄積している人はそれが大きな武器になっているはずです。私たちもできるだけ取材をしておきたいので、大会では主催者やメーカーの人にお願いして、取材させてもらったりしているんですよ。
またプライベートな情報になりますが、プロ選手になったきっかけや家族構成や人となりもできるだけ知っておきたいと思っています。プロゲーマーになったことが家族に影響したり、もしくは家族の影響でプロゲーマーになったりというエピソードがあるなら、それはしっかりと伝えていきたい。
やはり「守るべき家族に捧げる初勝利です」みたいなことは言いたいですからね。
──たしかにスポーツ選手だと、選手のバックボーンはその選手の人となりを知る上で重要ですね。家族のこと、恩師のこと、ライバルのこと、チームメイトのことなど。
ゲームタイトルによっては選手の扱いが違うところもあります。
一般的なスポーツでは、ほとんどがアマチュア時代から素性を隠さずに競技をしている人が多く、プロ選手が雑誌やテレビ、新聞などで取り上げられたとき、家族へのコメントを求めることも少なくないわけです。
そういった方向に近づいていくのか、それともeスポーツはそれらと一線を画す立場で独自の方向性を目指していくのか、そのあたりもお聞かせください。
平岩氏:
eスポーツの選手はもともとゲームコミュニティ発祥の大会やオンラインでの対戦がメインだったので、プレイヤーネームを使うという文化が根強く残っています。なので、eスポーツの選手となった今でも、プレイヤーネームを使い、その名付け方もテレビゲームで主人公に名前を付ける感覚で行っているのではないでしょうか。
以前『シャドウバース』の大会で優勝した選手の名前が「ああああ」だったんですよね。RPGの主人公の名前決めの”あるある”ですし、「勇者ああああ」というゲーム番組もあるので名付けた意図がわからないでもないですが、でも、この名前の選手を今後応援していこうと視聴者やオーディエンスは考えにくいのではないかなと思ったりもしました。
スポーツとして捉えるのであれば、本名であって欲しい部分もありますけど、海外のeスポーツプレイヤーの多くはプレイヤーネームを使っていたりします。その扱いについては本当に難しい問題ですが、出身地くらいは公表しても良いのではないかなと思います。
柴田氏:
出身地が公表されるというのは、ファンにとってみれば、応援する要素のひとつとなると思うんですよね。同郷、同性、同世代とか。選手と同じであることは、それだけ応援する理由のひとつになりますよね。
プロ野球で「いえば松坂世代」と呼ばれる世代がありましたけど、あれは松坂選手と同い年の選手にタレントが揃っている意味での呼び方でした。でも、応援している人で、松坂選手と同い年の人は、絶対どこかで、「松坂世代です」ってネタにしていると思うんですよね。
そうすることで、松坂選手、松坂世代の他の選手に愛着が湧いてきます。eスポーツの選手はほぼほぼ非公開の選手が多いですよね。
平岩氏:
アマチュア時代、コミュニティでゲーム大会を開いていた狭い世界の時代はそれでも良かったのですが、プロとして活躍し、今後一般層がeスポーツを視聴しはじめるとなると、その人たちがはじめてのプロ選手として認識することになるわけです。
そうなると、やはり他のスポーツ選手と比べて特異な存在になりかねないので、もう少しオープンにして欲しいところはありますね。先ほど言っていた出身地の件に関しても、絶対地元の人は応援してくれるので、出さないのは本当にもったいないことだと思います。
──クローズドなコミュニティとオープンなeスポーツでは立場も状況も違うということですね。
平岩氏:
これまでの培われた文化があるといわれると、それも納得する部分はありますけど、やはり広く知ってもらい、新しい人が続々と入ってくるのであれば、過去の文化の良さと一般的な要素とのバランスが必要になってくるのではないでしょうか。
オフラインの大会で同時にストリーミング配信もされており、明らかに人に見られてしまうという状態にあるにもかかわらず、チーム全員がマスクをしているというのもありました。ユニフォームというか、衣装としてのマスクでしたら、そういうチームなんだなというのもわかるのですが、普通のマスクをしているだけでしたので、さすがにそこまでやる必要があるのかなと思いました。
最初の頃はキャラ付けとか、顔出しをあまりしたくないとかいろいろあると思うのですが、ずっと続けていくのは本当に大変。意外と、素のままでいる方が楽だと思います。
まあ、最初は素顔で注目されるのは慣れていない人が多く、キツい部分もあると思いますが。
──YouTuberや芸能人が芸名や仮名が普通で、eスポーツ選手だけがそのように言われがちになってしまうのは、“ゲーム大会に出場するゲーマー”が、“eスポーツ大会にでる選手”という扱いになったことによる弊害と言えなくもないと思います。
興行とするのであれば、絶対的にファンが最重要になってきてしまいますので、ファンに対するアピールやサービスのことを考えはじめる時期にさしかかってきたといえるのではないでしょうか。
ももち選手も百地祐輔、チョコブランカ選手も百地裕子の名前は浸透しています。さらにプロフェッショナルではウメハラ選手の両親が、情熱大陸ではときど選手の父親が出演しており、こういったドキュメンタリーやスポーツ誌の取材が入るとなると、家族への取材も当たり前のように出てきてしまうわけですよね。
平岩氏:
ああいう方が、観ていて良いですよね。人となりがわかると好感が持てますし、応援したくなります。ファンはその選手のことに関してはいろいろ知りたがるのは当然ですし、知ることによってさらにファン度が増していくと思います。
こういった情報は、出していった方がプロ選手として活動するうえでは、得だと思うんですけどね。
──そろそろ締めの話題に入ろうと思います。今後eスポーツがよりメジャー化していく前提で考えるとしたら、eスポーツアナウンサーや実況者はどうなるのか、もしくは、どうなっていくべきなのでしょうか。
平岩氏:
難しい話ですね。行く末としては、地上波でeスポーツの大会の放送するようになることは十分ありうると思います。そうなったとき、先ほど少しお話しましたが、局アナは絶対使われると思います。しかし、局アナが担当するとなった場合、そのゲームタイトルにかなり精通している必要が出てきますよね。
彼らは彼らで忙しいので、eスポーツタイトルにそれだけの時間を割けるか、リソースを割り当てられるかが問題になってきますね。
現状放送しているスポーツや報道、バラエティ番組の司会など、すでに仕事は多岐に渡っており、その上でeスポーツの実況をこなせるかというのは、各ゲームタイトルの勉強も含め、難しい部分はあると思います。
──では実況者がテレビに出るようになるのでしょうか。
平岩氏:
現在eスポーツ実況において、ゲーム実況者の方々は局アナと対極にあると思います。この方々は局アナとは違い、ゲームに精通していますし、知識や歴史においては、高いレベルにあることは間違いありません。
ただ、実況として、アナウンサーとしてのスキルについては、局アナと比較するレベルには至っていないかもしれません。局アナは専門的に訓練されていますし、テレビのような不特定多数の人に伝える術も持っています。
ゲーム畑出身のeスポーツ専業の実況の方がテレビや地上波で実況する場合、今後は地上波に耐えられるだけのクオリティが必要になってきます。
──具体的にはどういったことでしょうか?
平岩氏:
基本的な話ですが、日本語として変な言葉は使わないようにしなくてはならないですし、差別用語も使わないようにしなくてはなりません。声がいいとか滑舌がいいとか、そこはアナウンサーとしての最低限の基準を超えているかどうかが重要になってきます。
何よりテレビ放送には専用のレギュレーションがあります。今後、eスポーツ大会が巨大なイベントとなり、テレビの全国ネットで大々的に放送されるようになったとき、人気のeスポーツ実況者やそのゲームタイトルの第一人者的な人であっても、アナウンサーとしての基準を満たしていない人が、キャスターを担当している姿を想像するのは難しいと思います。
というのも、多くの視聴者はテレビ放送の実況に慣れてしまっているので、どうしてもそこが基準点になってしまいます。これまでは動画配信の佇まいのようなものがあって、多少崩れていてもそれが味になったり、個性であったりするわけですが、それが許されるのは、ある意味視聴者が限定されていたからなわけです。
ところがテレビだと、視聴者を自分に合わせさせることは難しいので、視聴者が求めるアナウンサー像に近づけていかなければならないわけです。テレビのアナウンサーはスポーツ実況でそれらの訓練を積んでおり、慣れているので、そこで差が出てしまいます。
──そう考えると、なかなかハードルが高いですね。
平岩氏:
全国ネットのテレビ放送になると、大会で使われているゲームのファンや、eスポーツ自体のファンはもちろん観るでしょうが、そこまで興味がない人も観る可能は十分あるわけですよね。そういった一般層に伝えるにはアナウンサーとしての素養が必要であり、ファンが納得できるだけのゲームの知識も必要になります。
そのため、アナウンサーから来た人も、ゲーム畑から来た人も、その両方の素養を兼ね備えている人が必要になるのではないでしょうか。
──eスポーツの場合、動画配信もテレビ放送も作りとしてはそれほど大きな違いが出てくるとは感じませんでしたが、視聴者層が違うことが重要で、その視聴者に合わせたレギュレーションが必要になってくるということですね。
平岩氏:
それもあると思います。メジャーになってくると多くの層を取り込んでいかなくてはならなくなりますから。
たとえばアメリカのeスポーツ実況を聞いていると、声が小さいとか、滑舌が悪い人はいないんですよね。アメリカの実況者はプロの方が多く、ESPN(ウォルト・ディズニー・カンパニー傘下のスポーツ専門チャンネル)で実況をやっている人がeスポーツ実況をやっていたりもします。そういった方はトークもうまいし、ユーモアもある。もちろん変な言葉使いはしませんし、言葉巧みにゲームのことをしっかりと伝えてくれます。
※YouTubeのESPN公式esportsチャンネル でのeスポーツ実況
プロのアナウンサーの素養のひとつに声力の強さがありますが、ただ大きな声を出せるということではないんです。大きな声を出してしまうと誰でも声が裏返ってしまうので、声のトレーニングをしている私たちも、興奮すると声が裏返ってしまうことがないわけではありません。
なので、本番でそうならないようにトレーニングを積んで、声が裏返らないギリギリのラインを知ることで、どこまで声を裏返らさずに大きな声を出せるか、という判断ができるようになるわけです。
声が裏返ってしまうラインそのものも、常人とは違う高さであるというのが、プロのキャスターなんです。
──また最近求められているものに”メジャー感”のようなものがあるのではないでしょうか。
平岩氏:
いわゆる一般層、普通の方々と目される人たちや保守的な人がeスポーツなどを見ることが当たり前になったときに、アナウンサーの基準を超えていない実況者は素人くさく感じてしまうのは仕方ないことだと思います。
柴田氏:
学生から社会人になったとき、気をつけてしゃべっているつもりでも、社会人として使う言葉になっていないことは多々あると思います。それと一緒で、自分ではアナウンサー然としてしゃべっているつもりでも、若者言葉であったり、ゲームやネット上で使われている言葉であったり、単純に言葉使いがなっていなかったりするわけです。
そうなってしまうと、実況のクオリティによっては、ライトユーザーやゲームをあまり知らない人に対してeスポーツそのものに良い印象を与えないかも知れません。元々、知らない世界の人やものに対して、理解が低く、敵視する傾向は誰にでもあると思います。
実況のそういった言葉使いが、ゲーム全体の評価とされることもあるわけですし、eスポーツを否定する材料にされてしまいかねないわけです。そうなると世間一般のゲームの価値を落としかねないので、やはり日本語をしっかりしゃべれるようにした方が良いですね。
平岩氏:
しっかりとした日本語での実況は、ゲーム会社やeスポーツの運営会社、スポンサーなど、クライアントが求めているというのもあります。仕事にする以上は、顧客が求めるものを提示できるようにしないとなりませんね。
クライアントにしてみれば、イベントや配信はやはりリスキーなものでもあるんですよね。実況が変なことを言ってしまったら、そのイベントの運営やその大会のゲームをリリースしているメーカーに矛先が向きかねないわけですから。
──テレビ局のアナウンサー、もしくは元テレビ局のアナウンサーであれば、その肩書きが安心感を与えると思います。
平岩氏:
アナウンサーはそういった基礎ができているのがやはり大きいですね。そこが視聴者にとっての安心感になると思います。
たとえば、サッカーワールドカップに初出場を決めた場合、多くの人が「やったー」「すごい」と言う言葉しか出てこないと思います。大興奮の観客や周りの人間に囲まれていながらも、「苦節○○年、長かった戦いもここで報われました。日本代表ついに本戦出場です」といったことをしっかりと伝えなくてはいけないわけです。
いつも冷静でいなくてはならない実況が、興奮していつも言わないようなことを言ってしまうと、それほどのことが起こったということにもなるので、すべてが冷静な実況である必要なないとは思います。
私個人としては、やはりちゃんと実況として伝えて欲しいと思っていますので、アナウンサーは冷静にそこで起きていることを的確に伝えて欲しいですね。
実際、eスポーツイベントの実況でもそのスタンスで実況をしていますが、そのことについては一定数の方に認めていただいていますし、そのスタンスを広めて行きたいと思っています。
──本日はありがとうございました。(了)
テレビ局出身のアナウンサーとして、初となるeスポーツ専属アナウンサーとなった平岩康佑アナウンサーと、平岩アナに共感し、同じ道を歩むことになった柴田将平アナウンサーによる、eスポーツとeスポーツ実況の現状と今後の展望を聞かせていただいた。
話を聞いて感じたのは、やはりeスポーツが世の中に注目され、eスポーツ元年ともてはやされていたとしても、まだまだ興行としては成立しているわけではなく、今後の発展を見込めないとeスポーツ専業のアナウンサーを生業とするのは難しそうだ。
ひとつのタイトルを専門に実況することが叶うようになるのは難しいのかも知れない。まだまだ市場として小さすぎるということなのだろう。ただ、おふた方ともそのことについて悲観的には感じておらず、現状を認識したうえで最大限の活動をし、自らeスポーツシーンを盛り立て、目指す世界を構築しようとしているのがみてとれた。
現在、eスポーツ専業アナウンサーの仕事としては、大会イベントや動画配信など、試合の実況がメインであることは間違いない。しかし、多くのアナウンサーやキャスターが他のカテゴリーでやっているように、その業界で活躍する人たちへの取材やインタビューなどを行うことも必要になってくるわけだ。
必要というよりは、そうならないとこれ以上の発展は望めないのではないだろうか。
eスポーツがリアルスポーツと良い意味でも悪い意味でも比較されがちだが、興行することにおいて、人に見せるということにおいては、見習うところはあり、目指す場所でもある。そこを目指す以上は、スポーツとしての佇まいを取り入れなくてはならないと感じた。
現状のeスポーツは、ライブハウスで活動するインディーバンドが、メジャーレーベルにスカウトされたような時期だといえる。メジャーデビューしたおかげで新たに多くの人たちに知られることになり、ファンも増え続けている。
インディー時代から応援している人にとっては、誇らしげに思える部分もあるものの、面白くない部分もあるのも確か。新たなファンやその影響力に目を付けた大人たちによって勝手に決められたルールも作られ、疎外感を感じることもある。ただ、インディー時代のやり方では決してメジャーで成功しないのも事実であり、そのあたりの折り合いがうまくつけられるようになるのが理想なのではないだろうか。
平岩アナと柴田アナは、実況においては、そのバランスをとっていこうとしているように感じた。
eスポーツはあくまでも選手やゲームタイトルが主役であるというのは間違いではないだろう。ただ、テレビ放送から火がついた文化として、プロレスにしろ、F1にしろ、Jリーグにしろ、プロ野球にしろ、競馬にしろ、名物アナウンサーによる名実況があり、それがその業界の後押しをしたのも間違いない。
実況がeスポーツを牽引する可能性は十分にあるので、平岩康佑アナウンサーと柴田将平アナウンサー、さらに現在活躍している実況者、今後出てくるであろうeスポーツ専業アナウンサーには、期待したいところだ。
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